「へいへーい。スライムさんスライムさんこちら手の鳴る方へー」
「お尻ぺんっぺんっ。この見事な尻にかぶりついて来いよ。どうしたほらどうした」
「うっわー、本当に来やがった。……馬鹿じゃねえの。おらおら聖水くらえ! 聖水に聖水にとどめに五年売れ残っている聖水だ! これ消費期限とか大丈夫なのかこれ!?」
「逃げるスライムは悪いスライム! 逃げないスライムも悪いスライム! 浄化されたスライムだけが良いスライムだはっはー! もちろんお前らが浄化されてもアクア様の元になんていけないけどな! ひゃっほいー!」
彼らは全員が四人一組となり、一人はおとり、二人は聖水をかけ、最後の一人は聖職者で浄化の魔法を唱えるという見事なコンビネーションで、次々にデッドリーポイズンスライムを弱らせ駆逐していく。
大義名分を得て嫌がらせをするアクシズ教徒とはここまでハチャメチャなのか。凶器の塊ともいえるデッドリーポイズンスライムを翻弄しながら効果的に殲滅していた。
それにしたって、こいつら生き生きとしすぎである……。
イジメだ。完全にイジメだ。
「魔王軍幹部をイジメてやがる……」
深々と思わざるをえない。
……こいつらぐらいだろうな。魔王軍幹部をイジメられるやつらなんて。別格の危険軍団として扱われる理由を身をもって知らされたわ。
再び戦況は逆転した。
追い込まれる側になったデッドリーポイズンスライム、彼らの中でも本体といえる皮を被った敵は、髪の毛をバリバリとかいていた。
「アクシズ教! アクシズ教! くうぅううぐううううううアクシズ教め!」
モンスターは発狂しかけであった。
ここまで脈絡もなく盤面をひっくり返されれば誰だって狂いそうになるだろう。俺としてもまさかこんなことになるとは予想だにしていなかった。
「俺だってな、お前らにやられるのならまだわかる。一級品の冒険者に討たれるのは俺もモンスターとしてそれなら……と悔しいが納得できる部分はある。……だが、こんな滅茶苦茶な展開でアクシズ教徒に俺は負けないといけないのか! どれだけ、どれだけ俺がこの街に心血注いだと思っている! どれだけ俺が耐えたと思っている! 毎日……毎日……勧誘勧誘勧誘勧誘勧誘! 毒を入れるためには外に出なきゃならないというのに外に出たらこいつらから勧誘の嵐だ。一時期はな! もう俺……アクシズ教徒に入った方が楽になるんじゃないか……と本気で悩んだときがあるんだぞ!」
ノイローゼ状態である。誰かに相談すべきメンタルの危険度だった。
しかし、モンスター相手の医者は存在するのだろうか。
俺に激怒した時もどこか幹部っぽい雰囲気を臭わせていた相手が、最早プライドも何もなしに仮面をかなぐり捨てている。
「大変な思いをした俺がこんな茶番みたいな終わり方だと! 頑張っているやつには報酬があってしかるべきじゃないのか! 神はどうした!? こんな可哀想な俺に祝福を与えるべきじゃないのか!」
「いやお前モンスターだろう……」
「うるせえ!」
すごい逆切れである。
こっちが黙ってしまうほどの逆切れだった。人間であれモンスターであれ追い込まれるとこんな風になるのか。
俺からは見えないが、多分後ろにいるめぐみんは冷めた目で見ながら言う。
「敵とはいえ、もう見てて痛々しいですね。サクッとやっちゃった方が相手のためではありませんか」
「はぁはぁ。やる……俺をやるだと……? ここで倒されるとしても、このままただ終わってやられるものか!」
それでも魔王軍の幹部なりのプライドがあるのか、精神的にギリギリの位置に踏みとどまって吼える。
吼えた敵の眼光は、俺と背後にいるめぐみんを捉えている。追いつめられているとはいえ、こちらの背筋が凍るだけの力をまだ眼光は宿していた。窮鼠猫を噛むというが、追いつめられたのがライオンならどんなことまでできるのか恐ろしい。
「……こうなったら魔王軍の幹部としてユウスケ。お前とそこの爆裂魔法の魔法使いだけは殺す。人類の英雄と言われるララティーナの部下であるお前がこれだけできるとなると、今後魔王軍のためにならない。必ず障害となる。そこの女も、爆裂魔法の連発なんていう驚異的な真似。あの紅魔族としても厄介がすぎる。お前達二人は、今ここで俺が殺す」
何時から俺はダクネスの部下になったのか。でもここには彼女の紹介状で来ているからそう思われてもおかしくないか。
後ダクネスそんなこと言われているのかよ。俺もその一端を加担してるとはいえ、評判のとんでもなさに冷や汗をかくよ。
「ふふふ、敵ながら良い目の付け所ですね。紅魔族随一の魔法使いである私を今後のために殺しておくというのは素晴らしい判断としか言いようがないです」
「……めぐみんさん。いまだに歩けもしないのにその上から目線。正直私でもどうかと思うわよ。……前から思ってたけど、めぐみんさんってアクシズ教に近いものを感じるわ」
「なっ! その侮辱! 先祖代々のプライドをかけて決闘しますよ!」
「そこまで言うほど!? 散々ボロクソに言われることが多い私としてもかなり辛いわよ!」
後ろでいつもの如く仲間であるめぐみんとアクシズ教徒であるセシリーが言い争っている。
確かに紅魔族というかめぐみんとアクシズ教は若干似た傾向を感じなくもない。口が裂けても本人には言えないが。めぐみんは怒らすと怖いのだ。なにするかわからないからな。ゆんゆんを見習ってほしいと思いつつそういうとこがめぐみんの可愛いところだと思ったりもする。
焼けただれるようになっていた手には力が戻っている。
あそこまで見事な回復魔法の使い手だとは。これなら全力で戦闘ができる。……気軽に男の尻を触ってくるような人だが、能力だけは超一流だ。そんなゼスタさんは嬉々としてデッドリーポイズンスライムの群れを浄化していた。あれなら全滅もそう遠くないだろう。
この俺の前にいるやつさえ倒せばな。
「買いかぶりすぎだ。俺なんて魔王軍をどうかにかできるほどの未来はないさ」
「――でも、ユウスケは魔王討伐をするんですよね。あなたが言うなら私はてっきりそうなると思っていましたが」
背後の二人。
喧嘩をしていためぐみんがそんなことを言ってきた。
懐かしいことを言うな。一番初めの出会ったときの紹介だっけ。紅魔族流の挨拶にこっちも同じように返してしまったときのことだ。俺は確かにそんな紹介をした。
「ユウスケはその場凌ぎの嘘を吐くことはありますが、本気で言ったときは絶対してくれる男ですから。……ふふ、私は魔王討伐の仲間ですか。これは後世に名前が残りますね。最近友人のダクネスが有名になっていて忸怩たる思いをしていたのですよ。一発逆転ですね」
期待が重いな。まあけど、嬉しい重さというやつだ。
アクア様から使命を授かった俺は全力で叶える義務がある。そして、これだけ力のあるめぐみんやゆんゆんが力を合わせてくれるんだから、なんだってできるような気分になる。
クズさで期待に裏切り続けている俺だが、できるかもしれない期待には答えないと。
剣を下に軽く突き刺す。
まるでなにかを宣誓するかのような格好で俺は言う。
「どうやら……お前の買いかぶりでもないらしい。魔王軍にとって脅威になるかもしれない俺はさっさと倒しに来た方がいいかもな。そんな状態のお前にやられるのはありえないが」
「ぬかせ。次は腕どころか全身を溶かしてやる。回復魔法なんてものが効かないぐらいにな!」
最終局面である。
周囲では町中のアクシズ教徒とデッドリーポイズンスライムの群衆との闘い。
相手はどうしようもないほどの絶体絶命に追い込まれた魔王軍幹部。
こっちは俺と背後には二人。魔力も体力も尽きためぐみんとアクシズ教のセシリー。まだわからない。目の前の相手次第ではここから逆転もあり得る。魔王軍の幹部とはそれだけの存在だ。
「……っ」
誰かが息を飲んだ。俺かめぐみんかセシリーさんか。それとも呼吸なんて必要のない相手かもしれない。
どちらが仕掛けるのか。
少なくとも俺から仕掛ける気はない。
となれば、相手から仕掛けてくる。
「ゆうすけえええええええええ!」
俺の名前を叫びながら、襲い掛かってくる敵。わざわざ俺の名前を呼んだのは、俺という存在を認めている故かもしれない。
それに対して俺は動かなかった。なぜなら――俺以外の人がもう動いているからだ。
背後には二人。片方は仲間でもう片方は仲間ではない。そして俺の仲間は三人いる。
こっそりと隠れて木陰などで身を隠しながら移動したゆんゆんは、片手にマナタイト石を掴みながら敵に斜め後ろから接近する。
最高のタイミングでの不意打ち。音もなく彼女は魔王軍幹部に強襲をかける。
「――まさか、俺が気づいていないとでも」
敵は首の可動域など知らないようにゆんゆんのいる方へと顔を向く。
敵は化け物で、容易い相手ではない。
「言っただろう? 熱によって探知するって。お前がこそこそ動き回っていたのなんてこっちは手に取るようにわかっていたさ。……お前を半分ほど溶かして人質にすれば、さっきも魔法使いを庇ったあいつはあっさりと殺されてくれるかもな」
スライムの生態。
熱によって相手を感知する。生き物を感知することに長けた相手に、こっそりと不意打ちするなんていう真似は出来ない。
「まずはその顔から溶かしてや――なぁああ!?」
それなら堂々と不意打ちしてやればいい。
「足が。下が動かない、だとぉ!?」
敵の動揺が手に取るようにわかる。自分の手のひらで動かしていたと思ったら、突然手のひらから零れたことの驚きだ。
……あっちに気取られ過ぎたな。
確かに生物の感知にかけてはそれ専用のスキルを持ってない限り人間では太刀打ちできないだろう。しかし、生物の体温を感知することに特化した魔法生物である相手は、低温を感知するのは下手だ。
例えば、こうして氷のような。
既に――地面には剣が刺してある。
「地面フローズンソード」
条件は揃っていた。
前方面へと指向性を操作した凍結スキルを、俺はあいつがゆんゆんに襲い掛かる一テンポ前に発動していた。
蛇のように伸びた氷の道は敵の足元にへと到着し、その下半身を凍らせている。
「お前! お前! ユウスケえええええええええ!」
「俺とめぐみんが危険? それでは不十分だと教えてやる。俺なんかよりよっぽど有能で頼りになるやつが俺の仲間にはいるんだよ」
……もしかしたらこいつに知性がなければ俺の凍結スキルを無視して皮を突き破り、ゆんゆんに襲い掛かって逆転されてたかもしれない。
だがこいつは隙を見せた。一瞬の混乱をした。知性がある故の次の最適な行動を求め、考えた。幾つかある選択を悩むことになった。もし本能だけの存在なら、そんなことはありえなかった。
「なあ、俺が今までで戦ってきた中で一番強かったモンスター。難しいものだな。……知性があったからこそ俺達は追いつめられたが、知性があるからこそお前は負けるんだ」
これが俺がこの相手に言える最後の言葉だった。
魔王軍幹部。多額の懸賞金を持ち転生者によって体を改造されたデッドリーポイズンスライム亜種。その出自の珍妙さとは逆に、この相手は賢く強く大きかった。人間に擬態する能力。人を簡単に殺せる毒。どれもが恐ろしく、こうした局面にたどり着いたのは奇跡だろう。
でも大した奇跡でもない。俺の仲間とアクシズ教徒がいれば起こせる程度の当たり前の奇跡でしかない。
ゆんゆんは一瞬の隙を見逃さず、まるでこういう隙を俺が作ってくれると信じていたように接近して、高位の魔法使いでも使うのが難しいその呪文を唱える。
「――テレポート!」
断末魔すらない。
敵は一瞬光ったかと思えばもうすでにそこにはいなかった。
残っているのは、氷の跡だけだ。その跡だけがこの強敵が残した印だった。
魔王軍の幹部はもう俺達の前から綺麗さっぱりいなくなっていた。長きにわたってこのアルカンレティアで活動した相手もここから離れることになった。
「ふぅ……」
緊張の緩和から膝を地面に着きたくなる。体の方は回復したといっても、精神的には疲れている。大きな怪我をした後だからというのもあるだろう。
一先ずは今日の戦いはこれで終わりと言っていいかな。勝敗は決したといっていい。
アクシズ教徒とデッドリーポイズンスライムの群れとの戦闘も掃討戦に入っている。少しぐらいは息を吐いてもいいに違いない。
……疲れた。
思った以上に俺は疲労していた。それに、誰かに怒るというのはこれだけカロリーを使うことなんだな。知らなかった。
「どうやらもう私達の出番は必要なさそうですね」
「ゆんゆんさん素敵だったわ! ……それに比べてユウスケさんは殆ど突っ立っているだけって男の人としてはどうかと思いますー。思いますー」
背後にいた二人が俺の隣へと並んだ。
めぐみんはまだだいぶ辛そうだが、なんとか立つぐらいはできるみたいだ。
「そういうセシリーさんこそ何もしてませんよね。格好良く応援に来て私の隣に突っ立っているだけです」
「私は! 私は! めぐみんさんのためを思ってボディーガードをしているのに!」
「ならもういいので、他のアクシズ教徒の加勢に行ってください。私のボディーガードはここにいるので。ですよね、ユウスケ」
「冷たい。なんて冷たい一撃! けど最近ちょっとそういうのにも快感を覚えてきている私がいるわね」
「……やめてください。会うたびに強力になっていくの。あなたは物語の主人公か何かですか」
もうこれ以上厄介さを増やさないでほしいものだ。成長するのもほどほどにしてくれ。
俺は布で剣を拭いてから鞘に納めて、ゆんゆんにねぎらいの言葉と聞かなければならないことを尋ねる。
「ゆんゆん、ご苦労様。最後にビシッと決めたな」
「決めました! ……それもこれもユウスケさんが手助けしてくださったからですよ。すごいです!」
「ふん。私としては不服ですよ。私の爆裂魔法で終わりの方が綺麗に締められるのに。なんですかテレポートって。パッとしません。やり直しを要求します」
「前半だと間違いなくお前が一番目立っているんだからそれで満足しろ」
「できません。どっちかというと私としては最後の良いところだけ持って行きたい派ですから」
「贅沢なやつ。それで、ゆんゆん。テレポートってことはどこかにあいつを送ったんだよな。どこに送ったんだ?」
接近したらてっきりありったけの力を込めた氷系の呪文でも使うと思っていたら、空間移動であるテレポートの呪文だった。
ということは送る先がないといけない。ゆんゆんなら変なところには送ってないと思うが。
「そのことについては私も気になっていました。ランダムテレポートでしょうか。……まさかゆんゆん。テレポート先って私達の里……」
「違うよ! ……まあ紅魔の里なら突如現れたデッドリーポイズンスライムにも対応できるかもしれないけど」
できるのか。
ゆんゆんクラスの魔法使いが何人かいるなら確かにできなくもないか。改めて考えるとヤバい戦闘力だな紅魔族。絶対敵に回さないようにしよう。
「ゆんゆんさんってばそれならどこに送ったの。確かテレポートってある程度送る場所の枠に制限があるのよね」
「送っても絶対安全なところに送りました! あのデッドリーポイズンスライムを普通の場所に送ったらいけないなんて私でもわかります」
「おっ、そこら辺はちゃんと考えていたんだな。偉いぞゆんゆん」
「えへへへ。もうユウスケさんってば」
褒めると頬を緩めて喜んでくれるからゆんゆんは褒めがいがある。
褒めていてこっちも嬉しくなるというのは彼女の凄いとこだ。
「いや、ですからどこに飛ばしたのか知りたいんですけど。もったいぶっておちょくっているのですか。もし私が万全なら無駄に大きい胸をこねくりまわしてましたよ」
「はいはい、私もする! セシリーお姉ちゃんもその素敵な行事に参加します!」
「言うから! もう言うから!」
真っ赤になって自分の大きい胸を隠すゆんゆん。
自分の体の方が優れているなどと言いながらも、めぐみんなりにゆんゆんの発育にコンプレックスがあるので喧嘩になるとよくめぐみんは彼女の胸に攻撃する。
そしてゆんゆんは一度息を吐いてから、とんでもない送り先を教えてくる。
「あれやられると、普通に痛いんだからね……。私が送った先は火山です」
「……火山?」
「覚えてます? 前にウィズさんと数日でかけていたの」
「そんなことありましたね」
「あの時に火山の火口のところに移動先を設定していたんです。いや、苦労したんだよ! 送られたら絶対マグマに落ちる場所に移動先を設定するの! ウィズさんと一緒に氷魔法で頑張ったんですから!」
めぐみんとエロ遺跡に潜った日に彼女は帰ってきたが、まさかそんなことをしていたなど考えもしなかった。
「つ、つまりは、あのスライムは送られた先でそのままマグマにボチャンと?」
「そういうことになりますね」
彼女は笑顔で肯定する。
満面の笑みで言葉を続ける。
「幾ら耐性があろうが問答無用で焼け死ぬのは決定しています! これならどんな強敵だろうが送っても安全ですね。めぐみんったら私が紅魔の里に送ったなんて疑惑をかけてたけど、常識的に考えてそんなことするはずないでしょ。もうめぐみんってばー」
「…………」
無言だった。俺達は無言だった。
無言になってしまうのだった。
「……前に私達の中で一番強いのはゆんゆんだと言って否定しましたが、一番怖いのはゆんゆんかもしれませんね」
ポツリとめぐみんが漏らした言葉は、ゆんゆん以外の心の声だったのかもしれない。
防御無視の反則技である。幾ら耐久力があるとはいえ、いや耐久力があるからこそ地獄と化す所業だ。空を飛べないものは問答無用で殺される。
えげつない。
こわっ。ゆんゆんこわっ!?
「なんなの? 皆どうしたの? ここは全員一緒になって喜ぶシーンじゃないんですか!」
「そ、そうですね。ゆ、ゆゆゆゆさん」
「誰!? そんな名前の人私知らないです!」
「お、おう。ほ、ほんとゆんゆんってば頼りになる。頼りになりすぎて困ってしまう。えと、今度から俺もゆんゆんさんとお呼びした方がいいでしょうか」
「距離!? すごい心の距離を感じる!」
「ゆんゆんの行動力はたまに私でさえ引かせるものがありますね……」
なんで私頑張ったのにー! とアルカンレティアの街の外でゆんゆんの叫び声が響き渡る。
あまりの恐ろしい必殺技に俺とセシリーさんは抱き合って若干震えていた。
あっ、こいつ意外に柔らかくて良い臭いがするなどと考えている。
こうしてデッドリーポイズンスライム。魔王軍の幹部との戦闘はとりあえず終わったのである。
……まあいまだに少量だけ残っているデッドリーポイズンスライム達をイジメているアクシズ教徒の声は聞こえるのだが。
デッドリーポイズンスライム。
あの敵の被害は大きかった。温泉も秘湯は壊滅に近い。だが、源泉は無事であり、長い日数をかければまた元に戻るだろう。
今回は腕も治してもらっていたので俺は怪我もなく、めぐみんは一日たっぷりと寝て体力と魔力を回復し、止めをさしたゆんゆんさん……いやゆんゆんは普通に元気である。泣きながらさん付けはやめてくださいと言われたら俺もやめるしかなかった。
そんな俺達は街の住人達に見送りされようとしていた。
「とうとう私達も大物になったという感じがしますね。妥当な待遇です」
「わわわ、こんな大勢でなんて。恥ずかしいというか悪い気分だよ」
「何を言うんです。私達の実力があってこその今回の幹部討伐ですからね。悪びれるところなどないのですから堂々としておけばいいんですよ」
「その通りです。今回ばかりは本当にお世話をかけました」
百人以上はいる中から、ゼスタさんが代表となって一歩前に出てくる。
これだけ多くの人から見送りされると俺もゆんゆんのように恥ずかしくなってくるな。注目を浴びてめぐみんは嬉しがっているが。
今もそんなにない胸を張っている。
「皆さんももう行かれるのですか。私どもとしても祭りを開いて豪華におもてなしをしたいのですが」
「ここに長居しすぎましたからね。丁度良い機会なので紅魔の里にでも行って来ようかと思います。なんでもゆんゆんの話を聞く限りではそっちでも祭りをやるみたいなので」
一度帰っていったゆんゆんがいうには紅魔の里で文化祭の準備をしていたらしい。
あの紅魔の里の文化祭というと見てみたい気持ちがある。
それに……この街ではあの宿屋はもうやっていない。暫くの間はここで泊まるというのはなんとなく遠慮したい気持ちなのである。
「まあどの道アクセルの街にはテレポートの指定をしていないので、帰りにこの街へテレポートで寄ってから帰らないといけないないんです。また帰る途中に挨拶させてもらいますね」
ダスティネス家へのお土産もその時に買うつもりだ。
「では、再び立ち寄られたその時に魔王軍幹部の討伐報酬をお渡しします。……しかし、いいんですか。報酬はそんなに多くなくて。いくら私達でも今回の成果はあなた達の存在が大きいのを自覚していますからね。報奨金から多額を持っていっても恨み言ぐらいしか言いませんよ」
恨み言は言うのね。
「マナタイト石の分は別として貰えるということですし、それ以外は均等に分けましょう。……皆さんも今後色々大変でしょう。温泉の方は暫くは客足にも影響出るでしょうし……」
「それなら問題ありませんよ」
「いやいや。お湯はあれだけ毒で汚染されたら問題ないわけがないですよね!」
この街のアクシズ教徒にとって温泉は重要な資金源だ。もう問題がないとはいえ、毒が入っていた温泉というのは風評に激しく悪い。
元の客足を取り戻すのは何年単位でかかるだろう。温泉の改修費と一緒に幾ら金があっても足らないぐらいだと思うのだが。
「ああ、温泉の方は確かに今後も厳しくなるでしょう。しかし、私達にはもう一つ金のなる木ができましたからね」
「……危険な商売に手を出したんじゃないんですかね」
「めぐみんさん。何という疑いをかけます。これでも私達はアクア様の信徒ですよ? もちろん合法ですよ、合法な商売です。合法ですから」
「合法なら安全ですね!」
ゆんゆん。こんなに合法を連呼されると、むしろ俺には法の隙間を縫った危ない商売に聞こえるんだが。
「論より証拠ですか。まだ作り立てですが、チラシはできているのでそれを持ってきてください。……ありがとうございます。ユウスケさん、これが、これが、私どもの金のなる木。いえ、金のなる水ですかね」
そのチラシは聖水の宣伝だった。
彼らが作っていた聖水である。宣伝文句は――魔王軍幹部を浄化し討伐した聖水となっている。やたら上手い絵も載ってあった。
「これは……」
そういう手か。
控えめにいって売れるわ。
実際聖水によって討伐できたものでもあるし、嘘じゃない。飛ぶように売れるのが俺でも推測できる。
「これを大々的に押していくつもりです。冒険者ギルドの一部にかね……ではなく善意で宣伝もしてもらっていますし、昨日の今日ですでに注文が来ているぐらいです。聖水は元はただの水ですから元手もあまりかかりません。ここだけの話……もう笑いが止まりません。ぐふふふ」
「商品展開もばっちりです。僕のところは魔王軍幹部にダメージを与えた爆裂饅頭を今作成中ですし、お前のとこはなんだっけ?」
「俺のとこは魔王軍幹部から逃げきれた靴だな。そういえば、それにあたってユウスケさんの靴大分参考にさせてもらいました」
「別に構いませんが……」
全力でこいつら湧き出た蜜を吸いに来てやがる!
ここまで全力だといっそ清々しいわ。半端ねえよ。もうそれしか言えない。商売根性逞しすぎる。どこでもやっていけるだろこの人達なら。
「魔王軍も馬鹿なことをしましたね。この人達を潰そうとするなど無茶なことを考える方が間違っています」
「俺もそう思うわ……」
「めぐみんとユウスケさんのグッズ。……わ、私のグッズはないんですか!」
「ないですね。頭を捻ったのですが、テレポートは商品化しにくかったので」
「ええ! 私も活躍したのに! と、トルネードもやったんですよ! 今からでも私のグッズも!」
ゆんゆんは自分だけ仲間外れになっている感じがするのかグッズを要求している。
実際にグッズが出たら出たらで恥ずかしがりそうなんだが。出てたら帰りにめぐみんとゆんゆんのは買っていこう。俺のはいらない。
「というわけで、私どもは大丈夫なので、今からでも取り分を多めにしてもらって構いませんよ。今回の件は非常に感謝しています。多めに持っていかれても私達の恨み言も一つや二つです」
少ないけどやっぱ言うのね。
けど、あらかじめ俺達が相談して決めたことだしな。
「マナタイト石分以外は取り分は皆さんと同等でいいです。俺達はダスティネス家との関わりということで参加させてもらいましたからね。彼らの名前を使っている以上、そういうわけにはいきません。……もしダスティネス・フォード・ララティーナでしたらお金などいらないというところですが、俺達はただの冒険者なので一応その分は頂かせてもらいますが」
俺達だけ多く貰ってもしダスティネス家が強欲など噂が立ってしまったらことだしな。
それになにより俺達だけが命をかけたわけではない。彼らも同じく命をかけた。危ない時助けてもらったのは俺達も同じだ。だからこそそこに差をつけるわけにはいかなかった。
そんな理由で彼らの申し出を断ったわけだが、ポツリとアクシズ教徒の誰かが呟く。
「素晴らしい……さすがはダスティネス家。いや、ララティーナお嬢様の紹介」
「俺さ……。疑っていたんだよ。貴族なのに作戦を立ててデストロイヤーを倒したなんていう話。できすぎだろって思うだろ? 絶対盛られた話だって思ってた。……でも今日で確信した。なにもかも真実だってな」
「私と変わらない歳の女性が、素敵すぎるわ。ララティーナお嬢お姉様! 素敵! 素敵! 足舐めさせて!」
……うん?
く、雲行きが怪しくなってきたな。
信者たちは目がグルグル回っている。怪しい光り方をしている。状況に敏感なめぐみんはというと、どこかに逃げ場所がないか周囲を見渡していた。しかし、俺達は彼らに囲まれているのだった。
ゼスタさんは振り返って信徒達の方へと向き、勢いよく拳を天に突きだした。
「皆様もお聞きになられたでしょう。こればかりは認めざるおえません! ララティーナお嬢様の尊き行動を! 我々も彼女の誰の模範ともなるような気高き魂に応えなくてはいけません! ――アクシズ教団の最高責任者として認定しましょう。彼女ダスティネス・フォード・ララティーナこそアクア様よりも遣わされた天の使いであるということを!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおララティーナララティーナララティーナお嬢様!」
「ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様!」
「ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様!」
「ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様!」
街全部が地震に見舞われたかのような大歓声。
老人大人子供関係なくの大合唱である。めぐみんよりも体の小さい少女ですら腕を突き上げ、男らしい歓声をあげている。祭りの真っ最中でもないような盛り上がりである。
おや、おやおやおや。おやおやおや?
「いつぞやにも見たことがある光景ですね」
「あれってギルドでだっけ。あの時よりも皆興奮しているように見えるわ」
「まあ前回は勝てるかどうかわからない勝負でしたので乗り切れない部分もあったのでしょう。今度は元々のダクネスの風評に実際事件を解決したという成果込みの熱狂でしょう。ユウスケ、この状況どうします?」
「ど、どうしよう……」
俺は頭ぐるぐる状態である。折角温泉毒事件が解決したと思ったらそれ以上の心配事をぶつけないで欲しい。
なんとかなんとしないと……俺にそんなことできるのか?
狂喜したアクシズ教徒を上手く抑える方法? そんなのないに決まっているわ!
「よし、もう行くか」
「ほー。逃げるのですか」
「……だって、これどうしようもないだろう」
「うん、私もこの状態だと逃げるしかないと思います。テレポート唱えてますね」
彼女が罵声を浴びているなら俺としては抗議せざるをえないが、褒めたたえているのであって止めにくい。だから仕方ないのだ。こればかりは俺には無理である。
まあ家名が上がるのは悪いことではないだろう。きっと。……そう思いたい。
流石になにも言わないままいくわけにもいかないので、俺は皆に聞こえるようにある程度声をあげて別れの挨拶を言う。
「あの。俺達もう行くんですが……」
「ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様! ララティーナお嬢様!」
聞こえてないね!
彼らのヒートアップっぷりは次の日までやっていそうな勢いである。ダメだ。別れの挨拶は俺側からは言ったし、これでよしとしよう!
「うるさいですし、もう行きますか」
「紅魔の里はこんなのじゃないと願いたい……」
「おいこら。喧嘩売っているのか。流石にこの異常集団と私達を一緒にされると私の爆裂魔法が火を吹くのだが」
「じゃあ掴まっててね皆。テレポート!」
そんなこんなで、町中の人間が熱狂する中、大手柄を立てたとは思えないほど俺達はこそこそと逃げるようにしてアルカンレティアから去るのであった。
色々あった。本当に色々あった街だった。そして、最後まで賑やかな町だよここは。
さよなら。アルカンレティア!
2章もようやく終盤
ここからはおまけみたいなもので紅魔の里では戦闘はなくエロだけやって2章も終わります
7月入ってから更新速度をある程度戻したい