ゆんゆんの呪文によって俺達は一瞬にして移動する。
何度やっても慣れない感覚。夢を強制的に覚めさせられるような不快感。
刹那の浮遊感の後、俺は一瞬にして踏み入れたことがない場所へと訪れていた。
「惜しむ声を振り切って紅魔の里を出て幾星霜。……ふっ、帰って来ましたよ。歓迎の者はどこですか? ふふ、この紅魔の里随一の魔法使いが――ってゆんゆんの家じゃないですか!」
俺達が移動した先にある光景は、何故だか大きな家だった。
「当たり前じゃない。私のテレポート登録なんだから自宅の前にしとけば楽でしょ」
「ぺっ。故郷に帰ってきてすぐにゆんゆんの家を見せられるとは、嫌がらせですか」
「何を言っているの。ただの私の家じゃない。普通でしょ」
「はっ、なんですか、この大きさ。無駄以外のなにものでもありません。自慢ですか? 自慢ですよね」
「別に自慢してないから。確かにめぐみんの家は私の家の半分もない小ささだけど、家の大きさでどうこういうのは悪いことだと私思うな。めぐみんの家は小さいけど私は好きだよ。ほら、めぐみんも発育勝負の時に言ってたじゃない。自分の体は小さいから勝ちって」
「……小さい小さいうるさいですよ! こっちもそれも無駄に大きくしやがって!」
「い、痛い! む、胸は関係ないでしょ!」
アルカンレティアから逃げるようにテレポートした先は、ゆんゆんの実家の前である。
結構な大きさで、優に俺達の家の二倍はあった。
そういえば紅魔族の村長の娘だもんな。裕福な家庭で育ったから、この魔法使いはこんなに性格良くて健やかなボディーに育ったのだろう。
しかし……ここが紅魔の里、か。
自然と顔が強張り、手足が警戒態勢へと移行する。
左右上下と顔を曲げて見れば――予想に反して牧歌的な光景が広がっている。
家がデストロイヤーみたいに足が生えて動いたり、上に宇宙船が飛んでいたり、下に地雷が埋まっているということもなさそうだ。
「案外普通の場所なんだな、紅魔の里って。噂もあてにならないもんだ」
「どんな噂か気になるところですが、そんな変な場所ではありませんよ。なにせ私の故郷ですから」
いや、お前の故郷だから変な場所だと思うんだが。
「観光名所も揃ってますしね。ゆんゆんの家の近くだと、猫耳神社や聖剣が刺さった岩などありますよ。聖剣抜き試してみます?」
「聖剣。へぇー。すごい場所があるんだな」
「あそこの台座には人数によって抜ける魔法がかかってあるけど、まだまだ到達人数には遠かったよね? 今抜こうとしても絶対無理ですよ、ユウスケさん」
「前言撤回。……やっぱ普通じゃねえわ」
あの紅魔族だもんな。
格好良さ重視。その場のノリ重視。そして、魔法使いとしては最高クラスの一族。何が出てくるかわからない。
敵地でもないのに緊張させられる場所って何なんだろう?
「あ、一つ大事なことを忘れてましたね」
ぼーと考えていると、クイクイと袖を引かれる。
「ん?」
視線をわずかに下げると、そこにはめぐみんが杖を手に持って、まるで大きなものを抱きしめるかのように両手を広げていた。
いつものように不敵な笑みで。
「ようこそ、紅魔の里へ。あなたなら歓迎しますよ」
そんなことを言ってくれた。
ちょっと嬉しい。
「うわ、ずっこいよめぐみん! 私もやりたかったのに! 昨日言ったじゃん!」
ほんと、たまにめぐみんって不意打ちで嬉しいことを言ってくれるよな。
そこら辺は確かにズルいと思うわ。
「早い者勝ちです。先手必勝。殴られるより殴れ。これこそが紅魔族の必勝法ですよ」
「私達って魔法使いなんだからせめて魔法で例えて欲しいな……」
当初は予定していなかったが、文化祭があるということでなし崩し的に俺達は紅魔の里に来た。
一見すると普通なようで、まったく普通じゃない場所であるあの紅魔の里にである。
どいつもこいつも賢い者だらけ。敵でないにしても知能が高い彼らは警戒すべき連中である。迂闊に動けば俺のクズさもばれる。
ここでは俺は注意深く、ぼろを出さず、大人しく動こうと思っていたのだが、そうは言ってられなかった。
なんせ、紅魔の里である。
結論から言うなら――この里では殆ど俺は正気ではなかった。
折角ゆんゆんの家の前に来たのだ。
同じ家に住んでいるし、一人娘を実質預かっているようなものなので親御さんに挨拶をと考えたのだが、顔を真っ赤にしたゆんゆんによって妨害された。恥ずかしいらしい。
なんかもう色々今更な感じはするのだが。
今日から紅魔の里の文化祭。
文化祭は二日もやるらしい。俺の高校では一日だったけど、こっちでは長いことやるんだな。といっても一日分しか変わらないが。
そんなわけで俺とゆんゆんは文化祭をやっている学校にへと足先を向けていた。
「この道に幼いゆんゆんは通っていたんだよな。懐かしい?」
「懐かしいというほど時間は経ってませんよ。でも……うん。懐かしいかもしれません。学校時代もあの子に振り回されたりで大変だったけど、冒険者になってからの時間は濃かったですから」
「ほんと大冒険だよな。デストロイヤーを止め、魔王軍幹部討伐する。たった半年の冒険とは思えない。それに普段の冒険も事件が起こるし。俺は自身を石橋を叩いて渡るタイプだと思っているのにな。これだけ半年が濃かったのも、絶対めぐみんのせいだぜ」
「もー、ユウスケさんも人のこと言えませんからね。たまにとんでもないこと言いだすんだから」
学校の委員長みたいに人差し指を立てて注意する。
実にそういうポーズが似合っていた。可愛らしく見える。けど、ゆんゆんにも注意されたくない。めぐみんの暴走はある程度予想できるが、ゆんゆんの暴走は予想がつかないんだよ。温泉で抱き着いて来たとかもそうだが。
「それを言ったらゆんゆんもだろ。……ぷっ、じゃあ皆問題児パーティーってことか」
「ふふっ、ですね」
などと二人で笑いあう。
これでもアクシズの街では名の知れたパーティーだが、一皮むけばこんなものだ。完ぺきなパーティーなど存在せず、デコボコだからこそ愛着がわくのかもしれない。
あっ、とゆんゆんがなにかを見つけて、俺を手で招く。そこには一輪の花があった。
お花を見つけて呼ぶなんてゆんゆんも可愛らしいところがある。
ボソッと俺は小さな声で感想を呟く。
「……綺麗なは――」
「このお花食べられるんですよ。砂糖と煮詰めて食べれば結構おいしいんです。そっちのお花は茎のところをきざんで炒めれば食べることができますし。あれ、ユウスケさん。何か言いました?」
「……なんでもない」
まさかの食用目的かよ。
流石に可愛いとは表現できないわ。
「よくそんなこと知ってるな」
「めぐみんに食べさせられたことありますからね。奢られたお返しですなどと言いながら食べさせられたことがあるんです。……嫌がっていても無理矢理」
「私のご馳走が食べられないんですか。……折角、あなたのために作ったのに悲しいですね、みたいなこと言われたり?」
「そっくりです! もしかしてユウスケさんもやられましたか?」
やられたことはないが、あいつのやりそうなことだ。
後、実はあの魔法使いは家の庭で食用の草の種などを植えたりしている。育てた食用の草を食事に使って節約したり、できる主婦みたいな面もあったりする。
財布がクーポン券でパンパンだったり、大雑把なようで家庭的なめぐみんである。
「めぐみんとゆんゆんってやけに仲いいけど、学校に在籍していた当時はめぐみんと四六時中一緒だったりしたのか? 他に仲良い人いたの?」
「も、ももももちろんいましたよ! た、確かにめぐみんとは一緒に学校を過ごして、めぐみんと一緒に学校から帰りながら喫茶店に寄ったりして、学校がない時もめぐみんが暇なら遊んだりしていましたが、めぐみんと会っていたのはそれだけです」
「……それもうずっとめぐみんと一緒にいない?」
「はっ!? ほんとだ! で、でもでも! わ、私もふにふらさんやどどんこさんみたいな友達がいましたし、私よりめぐみんのが友達いなかったかもしれないぐらいですよ」
「じゃあむしろゆんゆんがめぐみんの相手してあげてたんだ」
「そう……なこともないですね。私も、めぐみんといたら楽しかったですし。……ふふ、こんなことめぐみんには言えませんけど」
一瞬考えるも、はにかんで言うゆんゆん。
いつもながら仲の良い友人関係である。いっそ姉妹に見える。優しい姉と自由気ままな妹。
そんな話題となっている妹めぐみんは今は、実家に帰宅中だ。私は家族の顔を見てくるので、先に学校に行ってくださいと言われて、今ゆんゆんと二人で学校への道を歩いているわけである。
「故郷に帰ったらすぐ家に帰るって、ああ見えてめぐみんは家族思いだよな」
「妹のこめっこちゃんのことあの子は大好きですからね。あーあ、私もこめっこちゃんみたいな妹欲しかったな」
「ふーん、妹を溺愛するめぐみんか。妹好きなのは知っているけど、実際の光景は想像できないわ。めぐみん自体妹っぽいじゃん」
「それわかります。私も同じ年なのにたまに妹みたいだと思いますもん。でも、こめっこちゃんと一緒だとお姉さんな一面が見れたりしますよ」
「姉ぶるめぐみん……超見たい」
見た過ぎる。
末っ子気質のめぐみんがどんな姉行動をするのか見たかった。
「あっ、ダメですよ。ユウスケさん。そういうとこ茶化したりするのはよくないです」
「わかってるって。少しにやつくだけにしとく」
取り立て話したい話題があるわけでもないし、あっちこっちと話が飛び散らかしながら歩く。
会った当時はわからなかったが、ゆんゆんは意外にも会話好きである。自分の中でため込んでいる話が一杯あるのか、話し込むとずっと会話が続いていく。
俺も彼女と会話をするのは好きなので、適度に相槌を打ちながら聞いていると、この前なんて五時間ぐらい経っていることもあった。話の中身はめぐみんに関することも多いが。
「ここがめぐみんとゆんゆんの母校か。普通の中学校みたいだな」
会話しながら歩いていると、彼女達の学校につく。
学校は日本のものと大差なかった。ごく普通の外見をしている。文化祭のためか看板や垂れ幕などがあったりするが、そこまでおかしな光景ではない。学校の前にはただただ広いだけの校庭があって、なにやらステージが置かれているのは、ここで文化祭の催し物でもやるのだろうか。
「ユウスケさんユウスケさん」
今度はゆんゆんが俺の袖を引っ張る。
めぐみんの場合だと本当にぐいぐい引っ張ってきたが、ゆんゆんの場合だと摘まむ程度だ。そこらへんに性格の差が見れる。
「ようこそ、我が母校へ! ユウスケさんなら私大歓迎しちゃいます。えへへ」
そんな言葉と共に満面の笑みで両手を広げていた。
かわいらしさ全開といった姿だ。思わずこちらの頬も緩ませる効果を持っている。
「余程やりたかったんだな」
「もちろんです! 実は前日に一緒にしようとめぐみんと約束していたのに、一人でやっちゃってほんとずるいですよね」
微笑ましさがすごい。
衝動に身を任せると抱きしめてしまいそうなので、視線をそらして校舎に目を向けると、垂れ幕が目に入ってくる。
学校には垂れ幕がかかっていて、その学校にはあまりに似つかわしくない文字を読み上げる。
「長いな。なになに……じゃ、じゃりゅう……邪竜天撃双覇大会? なにこの大会?」
「ま、またやってる……。あの……大会と書いているんですが、大会じゃないといいますか、今回の文化祭の名前があれだと思います。毎年私達の母校は文化祭に変な名前をつけるのが恒例なんですよ……」
身内の恥を見せてしまったかのように彼女は、顔を赤らめながら視線を地面に落としていた。
文化祭につける名前にしては名前負けも甚だしいと思うんだが。独特のネーミングセンスだよね。
ゆんゆんが羞恥に打ちひしがれていると、不意に校舎の中から声をかけられる。
「ゆんゆん。ゆんゆんじゃない!」
「久しぶりね! 私のこと覚えている? さすがにまだ一年も経ってないんだから忘れるわけないわよね!」
「ふにふらさん! どどんこさん!」
校舎内から駆け寄ってくるのは、めぐみん達に負けず劣らず可愛い女の子二人組であった。この学校の生徒。かつてのめぐみんとゆんゆんの同級生だろう。
ピンク色の制服で、首元には赤と黄色が交互に入っているネクタイをし、腰のところで紅魔族特有の黒マントを長いスカートみたいにして巻いている。
身長が大きい方は髪の毛を赤のリボンでポニーテールにしていて、身長が低い方は髪の毛を白いアクセサリーでツインテールにしている。
もちろんどちらも紅魔族なので、瞳は赤色である。
「……この人がゆんゆんの冒険者仲間?」
「はい。とってもとっても頼りになる剣士さんです」
誇らしげに胸を張るゆんゆんに、彼女達はよそ者である俺のことを無遠慮な視線で品定めする。
「へー、でもゆんゆんってば、男みたいな女の冒険者と仲間になったのね。大分強そうだけど」
「ほんとほんと。男にしか見えないし。腕ムッキムキじゃん」
ぺたぺたと女の子の手が二の腕を触ってくる。何故かこちら側を女性だと勘違いしているらしい。
初めての経験で戸惑う。俺だぞ? この背丈でこの筋肉の俺だ。女性に間違われるなど考えられない。どんなゴリラみたいな女性なんだよ。というかこのツインテール、腕触りすぎである。
「……めぐみん達の友達なだけあって遠慮ないな」
「ごめんごめんっ。それにしても声も男みたい」
「剣士になるとそこまで女捨てないといけないのね。私良かった魔法使いで。そけっとさんも木刀を振り回してたりするけど、今度注意してあげないと。……うわっ、剣士だと女性でも喉仏も生えてくるんだ」
「生えるか!? いや……男にしか見えないのは当然だろう。俺男だぞ」
本気で俺を女と勘違いする要素は一切ないと思うんだが。俺の身長と体格とこの顔で女性だったらどんな男勝りよ。
こっちを女性だと認識していた二人は、俺の返答を聞いて露骨に驚いてバッと離れたかと思えば、二人してゆんゆんに問い詰める。
「男っ!? ……ゆ、ゆんゆん!? どうしたの! ゆんゆんが男を連れているなんておかしいよね!」
「天変地異! ここが魔界!? あたしは夢を見ているの! 男の子はおろか女の子にだって話しかけにくそうにしていたゆんゆんが男連れ! さてはあんた偽物ね! 正体を現しなさい魔物! 族長の娘というアドバンテージを使って悪さをするつもりでしょ! でも甘いわね魔物。こんなおっぱい大きくしたらバレバレよ! 元々大きいけど更にこんなに大きくなるわけないじゃん!」
まるで警察みたいな問い詰め方に、ゆんゆんは大きなおっぱいを掴まれながら否定する。
「じ、自前です! 大きくなったんです! ふにふらさんやめてください! どうして皆めぐみんといい私の胸に突っかかるの!」
「……この大きさ、本物だわ」
「胸で信じるのかよ。仲間の俺も保証するけど、間違いなくこっちは本物のゆんゆんだぞ」
一通り揉んだツインテールの女性は、ガックリと肩を落とす。
ゆんゆんは日々成長する女の子である。腹の肉は全然つかないのにな。
そしてどうやら小さいツインテールの女の子がふにふらで、身長が大きいポニーテールがどどんこらしい。相変わらず紅魔族の人は特徴的な名前で覚えやすくていいな。一度聞いたら忘れられないネーミングだ。
「魔力からしても変身しているわけではなさそうね。正真正銘ゆんゆんだわ」
「え、マジゆんゆん? ……うっそ。あの手紙の内容って本当だったんだ」
「正直、疑っていたよね」
手紙?
なんだそれはと俺は思うが、ふにふらさんとどどんこさんは、相手の顔を見合わさって頷き合う。
「あっ」
それに俺の隣で立っているゆんゆんは、しまったみたいな声をあげた。どうやらゆんゆんも手紙に関して知っているらしい。
「うんうん。最初の頃の手紙は理想すぎる男と会ったとか友達一杯作ったとか、なにこれ胡散くさー、なことばかり書いてあったけど、半年ぐらい前から急に変わったのよね」
「ふ、ふにふらさん!?」
「書いている相手の男も内容もやけに具体的なことを書き出して……そういえばあんた、ゆんゆんの書いていた手紙の男にそっく――」
「わっーわーわー!」
ふにふらさんが会話している途中で、ゆんゆんが騒ぎ立てる。
突然会話を中断させたゆんゆんは彼女の肩をガシッと掴む。
「ふにふらさん! そんなことより今はなにをしていたんですか!?」
「今? えっと、あたし達は今は文化祭でジュースとかを売っていたわ。ジュース販売って元手よりも絶対高く売れるし、余っても長いこと保存できるしね」
彼女達は首からかなり大きめの箱をぶら下げていた。
文化祭においてジュース販売はあまり準備がかからず儲かる手段の一つだろう。その代わり移動販売となると、重みで大変だが。彼女達も学校の中を今まで歩いていたのか、額に汗を流している。
「小金稼ぎには丁度良いのよね。それにー、あたし達には大人向けの秘密兵器もあるし。そ、それにしてもゆんゆん、そろそろ肩から手どけてくれない? ちょ、早く、真面目に、痛い痛いゆんゆん痛い! わかったわ! もうなにも言わないし聞かないから!」
「ふ、ふにふらが押されてる……。昔はめぐみんぐらいにしか強気に出てるとこ見たことなかったのに、ゆんゆんも強くなったね」
「私も冒険でいろいろと成長したんです!」
ゆんゆんも最初出会った頃よりも逞しい女性に成長した。
というより素の自分を他の人にもめぐみん以外にも出せるようになったのだろうか。ちょっと自分に自信がついたのかもしれない。
それなら、俺も嬉しい。
ようやく肩から手を離してもらっていたふにふらさんは、制服のシャツのボタンを外して肩を確認していた。
「……ちょっと赤くなってるじゃん」
「いつまでも昔のゆんゆんじゃないと知れて良かったじゃない。友達の成長は素直に喜んであげようよ」
ネクタイを緩めたことで、シャツの上のボタンを二つほど開けたことで胸元が見えるわけだが、さりげなくゆんゆんが俺の前に移動して見えないようにする。
……ただ俺の方が身長大分高いので意味ないのだが。
「友人の成長は嬉しいわ。……嬉しい反面、ガードが固すぎて情報を引き出せないのは問題よね! くっ、色々と聞き出したいこともあるのに、今のゆんゆんは手ごわそうね。――どどんこ撤退するわよ」
「うん。丁度昼を過ぎた頃で食事終わりの喉が渇いている人達に、売りつけないといけないからゆんゆんとユウスケさんもまた後でね。私も話聞きたいから」
「ま、またね。ふにふらさん、もし赤いのが取れなかったら薬代払うからー!」
魔法使いとは思えない脚力で重たい荷物を首からぶら下げながら、二人は校舎に戻っていく。馴れ馴れしい二人だったが、嫌な感じはしなかった。どっちかというと好感が持てる二人だ。
可愛い女の子には俺も弱いのである。
何度も何度も手を振っているゆんゆんの肩をポンと触る。
「久しぶりの友達に会えてよかったな」
「はい!」
「それで、手紙に書いてあった男ってなんの話なんだ?」
「……ゆ、ユウスケさぁーん」
涙目でこちらを上目遣いするゆんゆんを見ていると、めぐみんがイジメたりする気持ちが少しわからないでもなかった。
「見えない」
学校の中身も変わったものはなかった。
普通の廊下。普通の教室。瞳の色が紅の男性や女性達。
人体実験を募集していたり、魔王軍幹部のシルビアが最近紅魔の里に手下達と襲撃をかけてくるので、来たら手を空いている人は手伝ってくださいという貼り紙があったりするぐらいだ。
……普通じゃねえ。
全然普通じゃない。
え、魔王軍幹部が攻めてきているという超重大事実をこんな小さな張り紙でいいの?
それも張り紙は書いた人のやる気が反映しているのか黒色だけで書かれている。せめて赤色ぐらい使えよ!
暇がある人は農作物の収穫を手伝ってくださいぐらいの重要度で魔王軍幹部襲撃を告知しているとは、ここが本物の紅魔の里だなと思い知らされる。
「見えないわね」
そんなある意味納得をした俺は、現在占いをされていた。
「これぽっちも見えないわ。なにあなた人間? もしかして私にこの水晶玉をくれた悪魔が化けているとか?」
そして、何故だか悪魔認定されそうになっている。
「俺としては、人間のつもりですよ」
「ユウスケさんは人間です! もしも、悪魔だったしても、私はその事実を受け入れる覚悟があります。……だから、ユウスケさん。私だけには言ってくれてもいいんですよ」
「……そうか。実は俺は……って、人間だよ! 自然に悪魔なのを自白させようとしないでくれる!? 仲間だよね俺ら! 俺人間だから!」
ゆんゆん偽物説に引き続き、まさかの俺悪魔説である。
巧妙な誘導によってあやうく身に覚えのない自白をしそうになったが、まぎれもなく人間だ。尻尾も生えてなければ角だってない。持っているのは悪魔のような心だけ。
なぜこんなおかしな話になったかといえば、文化祭のために店から学校に出張営業しているらしい本業の占い師に占いをしてもらうことになったからだ。
俺としては遠慮したかったのだが、よそ者が気にかかるのかほぼ無理矢理占われるも、なにをやっても未来が見えないというのである。
「こんなに見えなかったのは初めてよ。私のことを占うみたいに見えないわね」
「……占いのことについてはよく知りませんが、そういこともあるんじゃないですか。ほら、当たるも八卦、当たらぬも八卦と言いますし」
「二流、三流の占い師だとそうかもね。でも私の占いだとほぼ当たるわ」
「昔、私も一週間後のお昼ご飯をピンポイントで当てられたことがあります。めぐみんに取られて、リンゴ一欠けらというのです。あれは当たって欲しくなかったなぁ」
そこまでいくと占い師というより未来視だなー。
未来を直接見ているような精確さである。勇者候補にアクア様から貰えるチートかよ。
そけっとさんといったか。何故か水晶玉の横に木刀を置いている彼女だが、そこら辺の占い師が裸足で逃げだすようなチートの持ち主らしい。
指でこつこつと水晶玉を叩きながら、彼女は首を捻っていた。
「レベルが高かったりすると見えにくかったりするにしても、紅魔族でもある程度は見れたりするんだけどね。不思議よね。別要因があったりするのかしら」
「ユウスケさん何かしら魔力を遮断するようなもの持ってましたっけ?」
「持ってないかな。うーん、不思議だよな」
皆頭を悩ませていたが、俺はなんとなくこの現象の理由に察しがついた。
――時間停止の時計のせいである。
未来とは時間の延長上の存在だ。その時間を停止させる神器を持っていたからこそ、いくらチートじみた未来視を持っている彼女とはいえ、先が見えないのではなかろうか。
行き止まりの壁の先がわからないように。
もしくは俺が転生者だということが関係しているかもしれないが、どちらにせよ言えることではない。トップシークレットの情報だ。
「まあわからないことを気にしても仕方ないですよね。占ってもらってありがとうございました。さあ、ゆんゆん、次の場所に行こう」
「あ、はい」
「……待って。こんなにもわからないようでは私も紅魔族随一の占い師の名折れ。こうなったら見えるまで付き合うわ」
なので俺はあやふやに誤魔化してその場から離れようとするも、占い師によって止められる。
どうやら占い師としてのプライドが刺激されたらしい。わざわざ自分から占いするといってなにもわかりませんでは、プライドに傷がつくのもわかる。ただ俺としては見えてしまっては困る。
「大丈夫ですよ。俺そんなに占いとか気にしないタイプですから」
「私が気になるのよ。よし! 今から行ってくるわ」
「どこに?」
「どこかに行くんですか?」
なんだか嫌な予感がしながらも二人でそけっとさんに尋ねる。
……こういう時の俺の予感って百発百中なんだよな。
「ちょっと精神統一のために滝修行してくる。で、あなたはなにかしら服が占いを阻害しているかもしれないからここで全裸で待ってて――」
「ゆんゆん行くぞおおおおおおおおおおお。ここに占い代置いときますね。ありがとうございましたああああ!」
「ちょ、ちょっとユウスケさん! 速いですよ! 置いていかないでください!」
「あ。こら待て。逃がすか! 占い代ありがとう! 今後ともご贔屓に。いや今すぐご贔屓に!」
木刀を掴んだところまでは目に入って、そこからは全力疾走した。
走れ俺。
服を着ている俺よ、走れ。
服を置き去りにしないために走れ。
もし――俺の未来が見えないのが神器のおかげとするなら、裸になってしまえば効果をなさなくなる。
……なにより美女の前とはいえ、裸になる趣味はない。時間停止最中でもギリギリなのに、時間が動いている間に全裸になるのは嫌だ。
やはり紅魔の里の住民は一筋縄ではいかないと思いなおす。初めて出会った人を剥くって本気か?
「パラライズ!」
本気だわ。本気ですわ。
捕まえるために魔法まで撃ってきやがる。若干の手加減はしているのか中級魔法なのは幸いか。
あの爆裂魔法の範囲から何度も逃げたことがある俺である。中級魔法程度余裕でかわしながら逃げると、当然のごとく迷子となった。
「どこだ、ここ」
きょろきょろと辺りを見回す。
あてもなく走っていたのだから、場所を見失うのが道理だろう。ゆんゆんともはぐれてしまったようだ。
まあ所詮は学校の中の迷子だ。森の中で迷子になるとはわけが違う。
特に焦る必要もなく、俺はどこかの空き教室に入って、床に座った。どうやらこの教室は文化祭の物置となっているようだ。様々なものが置かれている。
「ふぅ」
朝からアクシズ教徒のダクネス賛歌。テレポート。紅魔族の襲撃。
身体的に疲れたわけではないが、気分的には一息つきたい気分にもなる。
一番面倒なのはダクネスへの報告だろうか。なんといっていいやら。アクシズ教から天使みたいな扱いを受けているなど、エリス教のダクネスに報告するのは難しい。
……マジでどう説明するの?
「まあ今はまだ王都にいるだろうダクネスには、帰ってきたらありのまま正直に言うしかないだろうな」
悪意があったわけでもないし、許してくれるだろう。
「許してくれたらいいな……」
自信なさげに希望的観測を展開する。
と独り言をしていたら、先ほど俺が締めた教室のドアの向こうから声がする。咄嗟に腰を上げそうになるが、あの占い師の声でもゆんゆんの声でもない。
がらりと教室の扉が開いて、二人の生徒が入ってくる。
「あっ、ゆんゆんのパーティー仲間じゃん。相変わらず今もムキムキね」
「ほんとだ。どうしたのこんなところで」
校庭で会った二人組である。
ポニーテール女子とツインテール女子だ。どうやら逃げる必要はないらしい。
「ちょっと休憩しているだけ。そっちこそどうしたんだ」
「あたし達? ジュース売りが爆売れで、在庫を取りに来たの」
「予想より幸先が良いわ。今日帰りに喫茶店で祝勝会しよっか」
「どどんこ。気が緩みすぎ。明日もあるんだから次のジュースも仕入れておかないでしょ。この売り上げを知った他の連中が真似するなんてのはありえることだし」
「確かに。店のジュースは買い占めておこうよ。明日はもう少し値段上乗せしてもいいかも」
「へえー、調子良いみたいでよかったな」
話している限りでは、かなりまともなことを喋っている。毎日爆裂魔法を撃ってくる仲間と出会ったばかりの男を裸にしようとする連中に比べれば、随分まともだ。
きっと彼女達は紅魔族の中でも常識人なのだろう。
俺は緊張を解いて、腰を下ろしたまま返答した。俺ももう少ししたら教室から出て、ゆんゆんと合流するか。探しているだろうしな。
めぐみんと同級生だった二人は首から下げている箱の中にジュースを補充すると、こっちに視線を向けた。
「ねえねえー、それで実際のところどうなの?」
「どうなのって、なにがだ」
聞いている目的がわからないので俺は首を傾げる。本当にわからない。
ふにふらさんは目を細めて口をにまーと横に広げる。
「ゆんゆんとの関係に決まってるじゃん」
「私も気になる。あのゆんゆんが気を許しているってのも珍しいしね」
「うんうん。友達になると言われただけでなんでもしそうなちょろい子だけど、なんだかんだガードはしっかりしているから気になるのよ。一体どんな……冒険したんだろうってね」
「そのことか……」
俺も恋バナは嫌いじゃない。
だが、俺を対象にされているのと、本人が嫌がっているなら話は別だ。
「ゆんゆんに聞いてくれ。あいつが良いならいいけど、嫌がっているなら俺の口からは言えない。当たり前だろ」
「うっ、まともだわ!」
「ゆんゆんの連れてきた人なのにこんな常識人なんて……。紅魔の里では見れないタイプね」
何故か正論を言っただけで驚かれる。どういうところなのここは。
そしてゆんゆんは一体どういった男性を連れてくると思われていたのか。
「……けど、成長したゆんゆんから聞き出すのは困難そうなのよね。どうしよっかどどんこ」
「いっそ力ずくで……」
「――ふんっ!」
「無理無理無理! あれに力ずくは無理!」
両腕に力を入れて筋肉を膨張させた俺に、どどんこさんは何度も首を振る。
流石に魔法も覚えていない魔法使いに負ける俺ではない。一応これでも前衛職の高レベル剣士である。例え二人がかりとはいえ余裕であしらえる自信がある。
力では敵わないと悟ったのか、少し離れたところで相談する。
「……相手は剣士。脳に筋肉が詰まっているような男だわ。力では勝てない」
「力では勝てなくても、あたし達紅魔族には頭があるわ。剣士なんて頭でかかれば余裕よね。所詮考えているのは筋肉のことだけよ」
聞こえてる聞こえてる。剣士軽視はやめろ。別に剣士イコール頭が悪いというわけではないからな。
……まあ紅魔族には負けるだろうけど。
「ごにょごにょ」
「うんうん」
そこからは声も小さくしたのか相談は聞こえなくなる。
そして、相談が終わったのかめぐみんと同じ瞳と髪を持つ二人はため息を吐いた。
「はぁ……。紅魔族であるあたし達をもってしても、流石に剣士の人から無理に聞き出すのは無理ね」
「諦めるしかないわ」
残念そうに表情を落とす彼女達を見ると、こちらが悪いことをしたような気分にさせられる。
かと思えば、パッと花を開くかのように二人は笑顔を取り戻した。
胡散臭い。
ひたすら胡散臭い。
「……でも、ゆんゆんの友達ってことは私達の友達ってことよね。仲良くしようよっ」
「だよね。やっぱ皆友達の方がいいよね! お近づきの証拠にジュースあげるから!」
「いらん」
「なんで!?」
「どうして!?」
なんでも、どうしても、怪しいし。怪しいものには触れないのが賢い人だ。剣士とてそれぐらいの頭はある。
箱の中の奥から瓶を取り出し、コップに少量だけ注いで二人は自分達で飲む。
「ほら、なにも入ってないじゃん! というかこれ売り物だからね!」
「そうそう。幾らなんでもまともに飲めないものを売るわけないわよ!」
……まあ確かに箱の中から取り出したのは確認したし、俺も気にしすぎか。紅魔の里だからといって過敏になりすぎた。
この二人はゆんゆんの友人である。俺としても仲良くしたいところだ。
「悪かったな。ちょっと警戒しすぎた。お金は払うから俺もジュース貰うよ」
「え、良い人じゃん! ゆんゆんも上手いこと相手見つけたわ。あたしも冒険者になったらあなたみたいな人を見つけたいわ。ふにふら嬢、彼に注いであげて」
「はい、今日は私がつかせてもらいますね。では社長さん、一杯どうぞどうぞ」
「……意味わかってる?」
「おかしい? これ王都で流行りの歓迎の仕方ですよ?」
王都というと、転生者達の影響か。
本当に何しているんだあいつら……。
とぷとぷとぷっと、勢いよくコップに液体が注がれる。注いでもらった液体の臭いを嗅ぐと、若干鼻を刺激するような感覚を得る。どこかで臭ったことはあるような気がするが、まったく口には入れたことがないものだ。
「変な臭いだな」
「ま、魔法薬ですから! こ、紅魔の里特有の元気が出る魔法薬!」
「ふーん」
そんなのあるんだな。
俺の勘もこの中身が危険なものであるとは言っていない。
なら、大丈夫か。少なくとも毒などではないだろう。
俺も初めて口に入れるものということで躊躇いながらも、コップに口をつけて中の液体を口内に流していく。
不思議な味。飲みやすいが、なにか喉にひっかかるようなものがある。炭酸? とも違うしな。
けれど、飲めないものでは決してないようで俺はその液体を胃の中に収める。
「一気! 一気!」
「一気! 一気!」
元々喉は渇いていた方だ。
一息つく間に飲み干してしまう。
「……案外、美味しいな」
うん、いける。
飲んだことない飲み物だが、俺はこれを飲んでもなんともない。
「もう一杯貰える?」
「え! もう一杯!? 流石に一杯だけでやめておいた方がいいような……」
「喉乾いていたんだ。後一杯だけもらってもいいだろう。ゆんゆんの友達の稼ぎに貢献するよ」
「う、まあそう言われれば……こっちとしては売らないわけにはいかないけど」
もう一杯俺は飲む。
飲むたびに体の中がポカポカする。何故だか頭が澄み渡ると同時にひどく濁る。
「ああ、美味しい……」
俺はわからないでいたのだ。
紅魔族の常識人は、他からしてみれば常識人ではないということに。紅魔族はゆんゆんを除けば、はっちゃけたやつしかいないことに。
そして、剣士は基本馬鹿なのだ。
――ひっく。
アルコール類の一気飲みはやめましょう
エロはこめっこにはないです。流石になんかこう色々と不味いので