※この作品はR-18です。

別に素晴らしくもない時止め屑野郎が来た   作:伏見透

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八話

 

 めぐみんはそれから三十分ぐらいしてから来た。丁度迎えに行こうとしていた時である。

 

 頼んだシュワシュワも二杯目だ。

 時間が時間だ。ギルド内の冒険者の数も増えて混雑している。

 

 空席だった隣のテーブルも二人の冒険者によって埋まっている。一人はハリウッドモデルみたいな体型と容姿をした人で、もう一人は顔にある小さな刀傷が印象的な可愛らしい銀髪の冒険者だ。この二人はたまに見かけるが、平均を超える容姿で目立っている。

 

 俺達はテーブルを離れて依頼掲示板のところに立っていた。

 

「目ぼしい依頼は持っていかれたぞ。なににするよ」

 

 簡単で実入りが良い依頼はもう持っていかれている。俺とゆんゆんだけで依頼だけを先に受けてもよかったのだが、まあパーティー全員で話し合った方がいいということで待っていたのだ。めぐみんを仲間外れにするのは後が怖いし。

 遅れためぐみんはというと、ある一つの依頼に目が止まっていた。

 

「この発情期ワイバーン三匹なんかはいいんじゃないですか。一匹の雌のために争っている二匹の雄のワイバーン。ちやほやされている雌を爆裂魔法でぶっ倒しましょう。そしたら雄も諦めてどこかへいくでしょう」

「絶対キレた雄ワイバーン達に追いかけまわされる展開だわ。空を飛んでいるってことは俺がお前らを守りにくいし、却下」

「では、この一撃ウサギ討伐はどうですか? あいつら肉美味いんですよね」

「……一撃ウサギはもういやよ。あの子達ってあんな可愛い見た目なのに、滅茶苦茶怖いんだもの。詐欺だわ詐欺」

 

 めぐみんの提案にゆんゆんは青い顔をする。よっぽど嫌な記憶があるのか、語る言葉は重い。

 それに比べてめぐみんは拳を握り雪辱を晴らすことに燃えていた。紅の瞳が光り輝いている。最近気が付いたことだが、紅魔族の瞳は興奮によって光を増すらしい。どこぞの王の蟲を思い出させるな。

 

「何を言ってるんですか。ゆんゆん甘いです。大甘です! あの畜生共は絶滅させるべきです。帽子を傷つけられた恨みもありますし。今の私達なら片手でひねるようなものですよ。所詮愛玩動物になるべきだったモンスターに、弱肉強食を教えて差し上げましょう!」

「俺は倒したことないけど、そんなに怖いウサギなのかそいつら」

「それはもうかなり。あの一撃ウサギ共は可愛い外見して角は丸太を貫くような貫通力。それにあいつら肉食で滅茶苦茶殺す気で襲い掛かって来ますからね。ホラーでした」

「私なんてたまにあの殺人ウサギに襲い掛かられる夢見るもの……」

「なんだそれ。可愛さの欠片もねえウサギだな……」

 

 ウサギのイメージを損なうも甚だしい。

 

 今日はなかなか依頼が決まらない。ああだこうだと依頼板の前で相談する。こうやって相談するのも俺はわりと嫌いではない。ちょっと楽しい。

 

 他の冒険者も依頼を見ながら相談しているので、自然と冒険者の会話が聞こえてくる。

 

「このプリーストの護衛ってのはどうよ。ルートもそこまで危険じゃないし、これに決めようぜ」

「馬鹿。お前ほんと馬鹿」

「誰が馬鹿だ。王都のやつらから聞いたことあるけど馬鹿という方が馬鹿なんだぜ」

「プリーストだぞ。プリースト。エリス教徒のプリーストなら楽な仕事だけど……」

「――アクシズ教徒の可能性もあるってことか。恐ろしっ!? 鳥肌立った。これは確かに俺が馬鹿だったわ」

「因縁つけられたり値切られたり勧誘されたりろくなことにならねえぞ。ちょっとは考えろ」

「わりいわりい。じゃあ窓口行ってどこのプリーストか聞いてからにするか」

「それはいい考えだな。エリス教徒でエリス様みたいな巨乳の女の子のプリーストなら文句はねえんだがな」

「ちげえねえや」

 

 ガハハハと冒険者らしく豪快に笑ってそのパーティーは依頼書を持って窓口の方へ歩いて行った。

 

「…………」

 

 内心その会話で怒り心頭なのは俺だ。

 わざわざ喧嘩を売りに行くことはないが、心の中ではかなり怒っている。

 

 アクシズ教徒というのはアクア様の信者のことである。アクア様は俺にとって大恩ある人だ。それを侮辱されたら気分が悪い。

 エリス教がいくら最大の宗教でお金の単位にまでなってるとはいえだ。ちなみにアクシズ教の規模は……その……少数精鋭だと聞く!

 

 しかし宗教には首突っ込むなというのが親の教えだ。君子危うきに近寄らず。こういう時は心の中でグッと抑えるのが正しい。ああでももやもやする!

 

 アクア様との邂逅を思い出す。エリス。神だしエリス様と言っておこう。俺だけが知っている。エリス様はずぼらで貧乳だということを。間接的だとはいえそんな彼女とアクア様が比べられて貶められるなど、我慢がならない。

 そんな苛立ちによって――俺は思わず言葉を零してしまった。

 

「……エリス様はパッドのくせに」

 

 そんな小さな呟きを聞いている人がいるなんて思いもしなかった。

 

「ふーん、なんて言ったの今」

 

 振り返った先にいたのは少し見覚えのある人だった。

 光り輝くような銀の髪。青に少し紫が入ったような瞳。可愛らしい顔の右顎のところには傷跡が見えるが、それでその可愛さはまったく損なわれていない。えらく薄着でお腹は丸出しでショートパンツをはいている。その外見からは活発的な少女という印象を受ける。

 もしかしてさっき隣のテーブルに座っていた人だろうか。

 

「そこの剣士さん。今どんなことを言ったのかあたし知りたいんだけど」

 

 ヤバい。

 やっちゃった。

 俺が言葉に詰まっていると、彼女は一歩近づいてくる。

 

「あ、いや、聞かれてたか。そんなつもりじゃなかったんだ」

 

 元が可愛らしい顔立ちしているせいで、睨み付ける顔はそこまで怖くない。本当に理性を失うほど彼女がキレてないというのもあるのだろうけど。

 しかしなんだろう。この人から受ける違和感。

 

「エリス教の人かな。悪い。俺の失言だった」

 

 彼女は腰に手を当ててこちらを見て俺の失言の繰り返しを要求する。

 

「あたしの目を見て、もう一度なんて言ったのか聞かせてもらうよ」

 

 これは……あやふやにして謝って終わりはできなさそうな雰囲気だ。

 仕方ない。こういう時は正直に話すのが得策だ。長引かせると余計に怒らせてしまうだろう。

 

 観念して俺はエリス様の胸のことについて語った。

 

「……あの、まあ、エリス様って本当は……貧乳じゃないか? それなのにエリス様の御神像ってどれも巨乳に見えるぐらい大きいから、まるでパッドを詰めてるみたいだなって」

 

 彼女はパッドではなくバッとそんなに大きくない胸を抑えて顔を赤くする。

 え、なにその反応?

 

「な、なななんでそれを! ……じゃなくていくらなんでも失礼じゃない! 女神様の胸をひん……あまり育っていない胸と言うなんて!」

「……確かに失礼だわ。本当に悪かった」

 

 こればっかりは相手の言い分に百の理がある。

 他人から嫌なことを言われたからといって俺も言っていい道理はない。あんなことを口走っていた男二人に怒るならまだしも、陰口を叩くなんていうのはあまりにも格好悪いことだった。

 俺が本気で謝罪していることが伝わったのか、高そうな鎧を着た貴族っぽい金髪の人が見かねて割って入ってくる。

 

「おいおい。別に貧乳だろうがいいだろう。胸が大きかろうが小さかろうが、人にとって大切なのはそんなものではない。エリス様もそんなことぐらい許してくれる。私も熱心なエリス教徒だが、相手も謝っているしこのぐらいにしておけばいいのではないか」

「……ダクネス。喋らないで」

「わ、わかった」

 

 彼女の連れの人が仲裁しようとしてくれたが、それを一刀両断する。ちなみに連れの人は巨乳だ。それもヤバいぐらい美人。

 銀髪の人の怒りもさっきまではまだ本気度は低かったが、今のダクネスという人相手の言葉はマジだった。うん、巨乳の人が貧乳の人にかける言葉ではないと思う。

 

 俺の連れであるめぐみんはやれー! やれー! とばかりに楽しそうに無言で煽っている。ゆんゆんは右往左往の言葉通りどうすればいいかとあたふたしている。戦闘では頼もしい仲間が今はほんと役に立たねえ! 特に喧嘩にならないかなとワクワクしているめぐみん!

 

 どうすればいいか俺も困っていると、なんかやっぱり変だ。

 この銀髪の人はおかしい。

 本来ならわからないだろうささいな違和感。一度見たことがあるような既視感。

 

「なんでそんなにジッと見ているのよ。あ、あたしはパッド入れてないからね! ……あたしだけじゃなくてエリス様もだけど!」

「そうじゃなくて、あんたちょっと変じゃないか」

「は? キミは一体何言ってるの」

 

 うん、やっぱり変だ。

 彼女をジッと見つめると勘が言っている。

 

「外側と内側があってない。凄いようで凄くない? どういうことなんこれ。あんたどうなっているんだ」

 

 目の前にいる彼女がちぐはぐなように俺には感じ取れる。

 それを聞いてたらりと汗をかく彼女。ひょいひょいと目が泳ぐ。その汗を手で拭きとり彼女は平然とした表情で言い放つ。

 

「……あー、誤魔化そうとしてるなキミ。その手には引っかからないんだからね。危ない危ない。いきなりなにを言いだしてるのやら……。まったく欠片もこれっぽっちもわからないなー」

 

 ぽりぽりと頬の傷を彼女はかいている。

 

 そう捉えられたか。

 感じたことをそのまま口に出しただけだが、他から見ればただの意味不明な言葉だしな。

 

「そういうつもりではないんだが……」

「余計怒っちゃったな。うん、今あたしが怒ってるってことが大事なのよ。それ以外は大事じゃない。わかった?」

 

 何度も頷きながら自分が怒っていることを強調する。

 その割には……そこまで怒ってないようには見える。でも非があるのはこちらだ。下手に出るようにしなければいけない。

 

「そしたら俺はどうしたら……シュワシュワぐらいなら詫びに奢りますが」

「いやそんな無理矢理奢らせるほど怒っているというわけではないよ。でも――このままだと収まりがつかないのは確かだよね……なにか勝負しない?」

「勝負と言われても、殴り殴られみたいなのは俺嫌ですよ」

 

 正真正銘クズ野郎の俺だが、女性を殴るというのは趣味に合わない。性的に襲うなら好きだけど、殴ったり首を絞めたりするのは引いてしまう。ハード系は萎える。

 

「キミはどう見ても前衛職だし、そんな勝負は吹っ掛けないよ。たかがこれぐらいのことでどっちも怪我するのも馬鹿らしいでしょ。実益も兼ねながらついでにできるみたいな勝負にしようよ。なにがいいか……この依頼がいいわね。ブロッコリーの収穫」

 

 彼女は掲示板に貼られている期間限定の依頼書を指でカツンと叩く。

 

「これにあたしが勝ったらエリス様は貧乳ではなく、きょ……いや普通の胸以上はあると認めて、ついでに本当についでにあたしも何の変哲もない盗賊だと納得してもらうわね」

 

 まあそれぐらいなら別に勝負しないでも飲み込むんだが、彼女は勝負したがってるし受けておくだけ受けておいたらいいか。それで気がすんでくれるならありがたいことだ。

 俺はめぐみんとゆんゆんとアイコンタクトを取ると、二人とも嫌ではないらしい。

 

 ブロッコリーの収穫か。鋏で切り取っての収穫ならそこまで大変ではないだろう。サツマイモとか根系は引っこ抜くのでもっと大変だろうし。

 そこそこ収穫して別にわざと負けてもいい。勝とうが負けようが俺に不利益はない。それこそ彼女が言うようについでみたいな勝負である。

 

 だが、敢えて俺は挑発的な態度を取る。この勝負に乗っているというのを見せるためだ。相手が乗ってない勝負とか張り合いないしな。失礼なことを言ったお詫びだ。ある程度相手を楽しませないといけない。

 

「わかった。でも体力あるソードマンに勝負を挑むのは悪手じゃないか」

「ふん。盗賊の敏捷性をなめないでよ」

 

 バチバチとにらみ合いで火花を散らす。

 盗賊か。索敵や特にダンジョンで活躍する職業と教えられたことがあるが、この勝負に勝算はあるのだろうか。結局野菜の収穫は体力と根気が必要だし、まともにやれば俺が勝ってしまうと思うんだが。

 

 外野の二人、というかめぐみんは楽しげに拳を上に突き上げている。

 

「盛り上がって来ましたねゆんゆん! これは良い勝負が期待できそうです」

「めぐみん楽しんでない? 楽しんでるよね!」

「もちろん、大興奮ですよ。人の喧嘩ほど楽しいものはないですからね。どっちも程ほどに盛り上げてほしいものです」

「私としては穏やかに解決して欲しいな……。でもめぐみんはてっきりあっちの人の応援するかと思った」

「……どういう意味ですかね。そのおっぱいを平らになるほど潰してほしいですか。私はあの人と違って未来ある胸ですよ。未来巨乳。つまりもうほぼ巨乳です」

「それは……無茶がある理論だと思うよ……」

 

 めぐみん。

 大抵そういうこと言う人ほど成長しないという決まりがある。

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……」

 

 俺は遠い目をする。

 そういえば、ここは異世界だったな。

 常識が通用しない場所。なんでもありの世界。魔法やスキルがある世界だ。どんなことがあっても今更だ。だからブロッコリーだって飛ぶさ。はははは。

 

「物理法則は崩れた。魔法法則万歳」

 

 こんなことを元の世界で言ったら薬やっていると思われる。俺だって言われたらその冗談面白くないなと突っ込むだろう。

 

 でもこれが真実。ブロッコリーは飛ぶ。それも沢山。

 

 ああああ。魔法とかは常識の枠外の話だ。魔法を見せられてもここは異世界だしそういうのがあるんだなですむ。しかし、ブロッコリーは自分の常識内での食べ物だ。それが自由自在に飛ばれたら叫びたいような気持ちにかられる。魚が畑で育っているのを見たときもそうだったが。

 

「春のキャベツ狩りは有名ですが、ブロッコリーも壮観ですね」

「ユウスケさん。体当たりされても質量がない分キャベツほどの威力はありませんが、ブロッコリーは栄養がギュッと詰まってます。その分速度も気性も荒いので気を付けてくださいね。がんばってください! 私応援してます!」

「そうなんだー」

 

 空返事である。

 キャベツも飛ぶのか。それならキャベツ種のブロッコリーも飛ぶのは当然? そんなバナナー。

 

「もう勝負はついたようだね。そんなぼんやりしててブロッコリーの速さについていけるのかな?」

 

 彼女はひょいっとジャンプして、掴み取った手をこちらに見せてくる。そこにはブロッコリーがある。

 

 クリス。先ほど教えてもらった女性の名前。

 エリス様と名前が似ているのは、親が熱心なエリス様の信者だったせいかもしれない。それなら俺の言葉で怒るというのもわかるものだ。

 

 この勝負。

 これには確かに敏捷性が必要だ。盗賊のクリスがこの勝負を持ちかけたのはこういうのだからか。

 

「まだ始まってすらないんだぞ。そういう台詞を吐く人ほど負けるってのがセオリーだ」

「言うね。一株も取れなくて泣きを見ても知らないよ」

 

 敏捷性は負けるかもしれない。

 だが、目の良さはどうか。視力ではない見る力。

 俺は横を通り過ぎていこうとする風を片手でキャッチする。

 

「どっちが泣くかは、まだわからないがな」

 

 そこにあるのは同じく一株のブロッコリーだ。

 ひゅーとクリスは口笛を吹く。

 

「やるね。一方的な勝負とはならなさそうだね」

 

 不利な勝負。俄然やる気が出てきた。

 あまりやる気なさそうな金髪碧眼のクリスの連れが審判をする。

 

「……はぁ……キャベツならまだしもブロッコリーではな。これでは威力が足らない。とてもではないが、私の疼きは収まらない」

 

 なぜかガックリとしているのは、本当に謎だ。

 小声でなにやらぶつぶつと呟いているし。

 一通り消沈した気持ちを吐き出したのか、彼女は顔を上げて俺とクリス、二人の姿を目に収める。

 

「さて、二人とも私が審判でいいんだな。この勝負、この私、ダクネスが審判を務めさせてもらう。そろそろ始めてもいいか? 他の冒険者と距離を取ったし、お前たちを邪魔するものはなにもいない。クリスとユウスケ。時間は三十分。どちらがより多くのブロッコリーを手にしたかで決まる。スキルは使用自由。エリス様に誓って正々堂々と戦うように――開始だ!」

 

 俺とクリスは片手に持ったブロッコリーを水が入った檻の中にいれる。水につけとけばこいつらは動き出さないらしい。

 

 まずは慣れる。

 俺とクリスはどちらもスキルを使わずにブロッコリーを捕まえようとする。

 しかしまあ速い。

 素手でこれを捕まえるのは骨が折れる。

 さっきのはどちらもマグレだったようだ。

 

 ギルドから借りれる虫取り網みたいなのを使えばもう少し簡単になるのだが、ブロッコリーになんで必要なんだよと思って断ってしまった。クリスもそれを見て相手が使わないならと断ってくれたので条件は五分だけど、厳しい勝負となりそうだ。

 

「ぱ、パラライズ!」

 

 ゆんゆんはというと中級魔法を使うことで、あっさりと捕獲していた。

 麻痺させたブロッコリーを自分の檻の中に入れていく。もしかしたら一番捕まえた数が多いのゆんゆんになるんじゃないか?

 本当に魔法は便利だ。

 

 めぐみんはというと、背後から頭にブロッコリーがぶつかってきて怒っている。

 ゴムボールをぶつけられる程度の痛みはあるそうだから、気を付けてほしい。

 

「ふぅふぅ……お互い格好をつけすぎたかもしれないね」

 

 季節的にはもう暑さは過ぎ去っている。

 しかしこれだけ動き回ると彼女の額や体には汗が伝っていた。しなやかな肉体。染み一つない綺麗なお腹に汗が流れるのはかなり色っぽい。なめとりたいぐらいだ。

 

「こっちもこんなに速いと思ってなかった。今から虫取り網オッケーにする?」

「私は大丈夫。そろそろ力を出すから。そっちは今から使ってもいいよ」

「そう言われたら使えるわけないだろう。まだ俺もここからだ」

 

 その言葉を聞いたクリスは猫のように笑った。

 どこからか短く細い縄を取り出しながら、彼女は宙を見る。

 

「冒険者っぽい負けず嫌い。良いね。そういうの嫌いじゃないんだ。それじゃあ、あたしは――敵感知。うん、これでどこにモンスターがいるかわかりやすい。おっと、そこだね。バインド」

 

 縄が意思を持っているかのように勝手に動き出す。

 そして飛んでいるブロッコリーを絡み取った。縄と一緒に落ちるブロッコリー。それを彼女は回収する。

 

「これで一歩リードだね」

 

 別に負けてもいいや。

 そんな考えを撤回する。負けたくない。俺もめぐみんのことを言えない。勝負事だとカッとなる。体の芯に炎が灯る。

 元々剣道でもそうだった。勝ちたいという気持ちが大きくなければ、インターハイ優勝なんてできなかっただろう。やるからには勝ちに行きたい。めぐみんのように俺も負けず嫌いなのだ。

 

 俺もスキルを使おう。

 ソードマンは基本剣を持って使うスキルが殆どだ。素手の時には発揮しないものも多い。

 だが、今の状況にも使えるものがある。

 

「小デコイ」

 

 モンスターの敵意を集める。

 範囲はクルセイダーに比べたら僅かなものだが、それでも効果はある。短く薄く息を吐く。精神を集中させる。

 外界と内界の区別をなくす。肌がまるでなくなったようだ。外からの情報が直接自分に伝わる。

 めぐみんのお腹にブロッコリーが直撃している。何度も体当たりをされためぐみんがとうとう、ふふふと笑いだして、ゆんゆんがそれを恐ろし気に見ている。

 

 三株が俺に近づいてきている。

 自分の目と勘を信じ、俺にぶつかる直前に手を動かした。手の感触は二株。直接当たるルートなのは二株だけだった。もう一株は俺に掠めるようにして飛んでいくつもりだったのだ。

 

「接近」

 

 しかしそれを許さない。

 スキルによって俺の足は速く動き、それより早く手が伸びた。

 右手に二株、左手に一株。一瞬の時間によって得られた報酬はそんなものだった。

 

 その成果をクリスに見せつけるようにしてニヤリと笑ってみせる。

 彼女もそれを見て、楽し気に同じ縄をいくつも取り出す。

 

 まだ勝負は始まったばかりだ。先はまだわからない。アクア様だろうがエリス様だろうが、未来のことはわからない。今あるのは俺とクリス二人の戦いだけ。

 

 この勝負、勝ってみせる――!

 

「ああああああ! め、めぐみん不味いよ! お、落ち着いて。たかがブロッコリーのことにそんな本気になるのは大人げないと思うの。うん、大人の余裕見せて」

 

 ……折角、勝負に集中しかけてるのになんだ?

 俺は出鼻を挫かれた気分で、慌てふためく声がする方を向く。

 そこにはめぐみんを必死に抑えようとするゆんゆんの姿があった。

 

「ふふ、ふふふ、所詮はまだ私は子供ですからね」

「普段大人大人言っておいてこういう時だけ子供理屈をするのはズルいと思うわ!」

「たかがブロッコリーにボコボコにやられた私ですからね。そういう卑怯なことをするやつなのです。ふははは! ここからは攻守逆転。あなた達が逃げまどう番です。短い生を腹の中で終わるのも今すぐ終わるのもかわりはありません!」

 

 あっ、これ本当にヤバいわ。

 心臓が止まったみたいだ。もうすぐ起こる惨劇に血の気を失う。――先ほどの言葉を訂正する。俺はここまで負けず嫌いではない。

 

 爛々とする紅の瞳。彼女の瞳は今は攻撃色となっている。

 めぐみんは杖を右手で持ちながら、左手を目の前に突きつける。

 

「たかがブロッコリー如きが私に喧嘩を売ったことを後悔させてあげましょう! ――天より来たれ我が炎よ」

 

 止める? いや、無理。あの状態でめぐみんを止められるやつなんていない。

 暴走列車を人間が止めることはできない。できるとしたらそいつは超人かなにかだ。少なくとも俺とゆんゆんではとてもではないが、無理。

 

「ゆんゆん! めぐみんの後ろにいろ!」

 

 一番近くにいるゆんゆんに大声で指示する。

 彼女もめぐみんの性格がわかっているのか、すぐ了承してめぐみんの後ろへと移動する。

 

「は、はい!」

 

 あの距離だと術者の背後が一番安全だ。

 この惨状手前な状況を理解していない二人。怪訝な表情で縄を手に持っているクリスと、ブロッコリーに襲い掛かられながらも何故か悠然と立っているダグネス。

 その二人に俺は警告する。

 

「どうしたのよ。勝負の最中に。まだ時間はたっぷりあるよね」

「いいから逃げろ! とにかく早く! 大急ぎで」

「んん? キミはどうしてそんなに慌ててるのよ。別にブロッコリーに一発撃ち込むぐらいいいんじゃない。まあそれにしては練り込まれている魔力の量は大きいけど」

 

 わかっていない。なにもわかっていない。

 当然だ。今からここ一帯が焦土となるような攻撃がくるなんて、一度見てもらわなければ納得できるわけがない。でもそれを悠長に説明している暇はない。

 

 俺は近くにいるクリスの腕をがしっと掴む。細い腕が手のひらから伝わってくるが、そんなことを意識している時間はない。

 

「空を別ち、地を焼き、すべてのものを焦がせ。灼熱の太陽。ここに我は召喚する」

 

 詠唱はもう間もなく終わる。すぐにあれがくる――!

 

「来い! すぐわかるから!」

「何をするのですか!? じゃなくて、キミはなにするの! こ、こんな腕掴んで……」

「ダクネス! お前も早く逃げろ!」

 

 一刻も早くここから逃亡しないといけない。

 焦る気持ちが空回りしないように必死に押さえつけながら、なんとか被害を減らすようにと俺は立ち回ろうとするが、何故かダクネスは首を振った。

 

「逃げない」

「は?」

「……なにやら危険なようだが、私は逃げない。騎士とは逃げないものだ。それこそ騎士。民を守る私が一目散に逃げてどうする。――さあ、私はすべてを受け止めよう」

 

 はい? 何を言い出しているのか、この人。

 綺麗に整った顔に恍惚の表情を浮かべながら堂々と両腕で待ち構える。ブロッコリーに頭をガツンガツンと当たられながら気にした様子もない。

 

 なんなのこの人!? 理解できないにもほどがある! どういう思考の持ち主! 何の意味が!

 

 頭の中が混乱状態だ。

 しかし、元々僅かしかない猶予ももう残り少ない。このまま立ち止まっている時間はない。なんとかして被害を減らさないと!

 今からでは彼女を無理矢理引っ張ってくるのは間に合わない。あれだけの鎧を着ているということは前衛職だろうし、抵抗されたら時間がかかってしまう。

 

 俺は彼女のことは諦め、クリスの腕を引き、無理矢理距離を取らせ、

 

「――エクスプローション!」

 

 腕の中に抱え込んだ。

 

「きゃ!?」

 

 抵抗があるが、構わず俺はぎゅーとクリスを抱きしめる。

 一瞬の空白。台風の目のようなもの。空間が刹那の間。凝縮させる。

 

「これもしかして爆裂――」

 

 クリスの声が聞こえたのはそこまでだ。

 その後の言葉は爆裂魔法の爆風と衝撃によってかき消された。

 目を開けたら死んでませんようにと願いながら、俺はジッと耐える。

 時間にしたら三秒程なのだろう。しかし、その十倍はかかったかと思った。

 

「くっ!?」

 

 背中になにかがかかったような感覚がある。もしかして焼け焦げたのだろうか!

 最悪の想像をしながら俺はクリスを守りながら災害が過ぎ去るのを待った。

 

 どんな酷い災害でもいつかは過ぎ去る。

 

「……もういいみたいだよ」

 

 グッと閉じていた目を開けると、そこにはクリスの顔が至近距離にあった。

 輝くような銀髪が右の目元にかかっている。綺麗な眉、紫色のような瞳がこちらを見つめている。手はギュッと胸元で握られていた。

 何かを捧げる乙女のように清純な姿。

 俺は彼女を抱きしめていた腕を解き、のしかかるようにしていた体を浮かす。

 

「俺、死んでない?」

「死んでないよ。元気一杯なようにあたしの目からは見えるよ。まだまだ冒険の旅の途中ってね。もし冒険者が死んでいたらエリスの前にいるって……ふふ、それならもしかしたら死んでいるのかもしれませんね」

 

 途中で少し声色を変えた彼女はよくわからない冗談で自分だけ笑ってから、俺の下から出ていった。

 

 それに――どうしてかアクア様と似ていると思った。

 

 背中はどうなっているのか恐る恐る確認すると土がかかっただけだった。

 ……助かったか。

 本当にめぐみんと一緒にいると寿命が縮む思いだな。

 

「あっ! ダクネスはどうしたの!? 生きている! ダクネス!」

 

 俺も咄嗟に何故か逃げることをしなかった彼女を見つけようと視線を走らす。

 めぐみんのことを犯罪者になんかしたくないし、なにより誰かが死ぬところなんて見たくない。

 彼女は強烈な一撃にぶっ飛ばされたように仰向けに倒れていた。良かった。原形はあるか。

 それどころか彼女は、はっきりと意識があるようだった。

 

「すごい魔法だったが、掠めるぐらいの範囲しかなかった。残念だ。どんな威力だったか体験してみたかったのだが……」

「ダクネスダクネス! 怪我はない!?」

「ああ、どうやら至近距離から爆風を食らっただけのようだ」

 

 ダクネスはなにもなかったかのように起き上がる。

 ちょっと押されてこけてしまった程度の反応だ。鎧も砂で汚れているが、なんともない。

 

「……さすがに、当てないようにはしましたからね」

 

 自分も爆風で吹っ飛んだのか、倒れ込んでいるめぐみんがそんなことを言う。ゆんゆんは腹を抑えてうなっている。おそらく飛んだめぐみんの頭が背後にいたゆんゆんの腹に直撃したと予想する。

 

 そういえば左手で測っていたか。

 冷静さをかいてたようでそこまでキレてはなかったらしい。いやそれ以前に撃つなよって話だが。

 

「しかし直撃しなかったとはいえ、あの距離で爆風をまともに食らって無傷ってあなたどういう硬さしてるんですか。いや本気で」

 

 ダクネスは傷一つないし、鎧にもへこみすらない。

 もしかしたらよほど防御力高いのと上等な鎧なのかもしれないな。自分の防御力に絶大な自信があったからあんな馬鹿みたいなことをしたのだろうか。まあどっちにしろなぜあんな馬鹿な真似をしたかはよくわからないが。

 ゆんゆんも痛そうだが、まあ大丈夫そうか。後でまだ痛かったらプリーストに頼んで回復魔法をかけてもらおう。

 

 ゆんゆんが腹痛に襲われている以外、誰もなんともなかったことを確認して俺は安堵のため息を吐きながら、仰向けに寝転がる。ひと眠りでもしたい気分だ。

 ああ。良い空だ。

 

「……クリス。仲間が迷惑かけて本当にすまなかったな。それにもう勝負という気分になれないからここらで終わりにしていいか。俺の負けってことでいいから」

 

 クリスをアクア様と似ていると思った時点で、今回の勝負は俺の敗北だ。

 大恩があるアクア様と似た相手だと思うと、戦意が削がれてしまった。

 

 クリスは俺の頭の横に近づいてくる。寝転がった姿勢だが、胸がないのでよく顔が見える。それにしても綺麗な足をしてるなこいつ。

 

「キミは必死に逃げろと注意してくれたし、結果的に二人とも無傷だから気にしてないよ。ただあたしを抱きしめたのは……あれだけど。……初めて男の人に抱きしめられて驚いたし、ドキドキしたし。だから」

 

 彼女は屈んで俺の頭に手を持って行ってデコピンする。

 ペシッという音が鳴るほどの強烈なデコピンである。

 

「これで許してあげるよ」

 

 赤くなったであろう俺のおでこを見ながら、悪戯っ子みたいにペロッと舌を出す彼女は、その顔にぴったり合っていて魅力的だった。

 

 俺はデコピンが結構痛かったけど。

 

「うん。後あたしも勝負はもういいって感じね。まさかこんな若い子が爆裂魔法まで撃てるようなアークウィザードなんてね。よほど天才なのかしら」

 

 天才なのは合っている。でも爆裂魔法までじゃなくてしか撃てないの間違い。

 クリスは俺の顔を覗き込むようにしながら語り掛けてくる。

 

「勝負は勝負だし、今回は引き分けでいいわね。次にまた勝負しようよ」

「次やるなら俺が勝つぞ」

「それはこっちのセリフだよ」

 

 なんか良い流れだ。

 お互いの能力を認め合った感じである。出会いは最悪だったが、どうにか仲良くやれそうだ。

 まあこれだけ可愛い女の子だし、俺としても仲良くしたい。服装がエロいし。大胆にさらした足に惹かれすぎる。いつか擦りつけたい。あれを。

 そんな中、空気も読まずめぐみんがしれっととんでもないことを言う。

 

「では、今回の勝負は私の勝ちでいいですか」

 

 顔を見合わせた俺達は全力でめぐみんに突っ込みを入れた。

 

「いいわけあるか!」

「いいわけないよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




私だけしか気づいていないと思いますが、もしかしてクリスはエリス様なのでは?
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