美雪と愛~Diamonds are Forever~ 作:フィリップおじさん
更にはバックアップデータを紛失してしまい、結局記憶を元に一から書き直すことになりました。
元ネタは、美雪と愛ルートに入るきっかけになる土下座前のイベント(美雪が葉月学園の生徒に絡まれるシーン)です。
原作のゲームでは、主人公が通り掛かり事なきを得、その後この葉月学園のナンパ野郎は登場しませんが、もしこのことを根に持ち、再び美雪にモーションをかけたらどんな話になるか、またその場に愛もいたら…、という、ifの話を書いてみました。
秋の美雪と愛の一緒に下校するイベントから、この二人がどのような末路を辿るのかを書き起こして見ました。
尚、この時美雪も愛も主人公と結ばれておらず、関係は友達(ただの先輩後輩)以上恋人未満という位置付けになっています。
11月半ばを過ぎると、頬に当たる風もその冷たさを一層増し、季節が確実に冬へと向かっていることを否応なしに我々に知らせる。
陽射しには恵まれてはいるものの…、枯れ葉を地面から舞い上がらせ、身に染み入るような冷気を伴った空気は、道行く人々の身体を縮こまらせ、やや俯きながら歩かせるには充分であった。
ここは…、とある地方にある住宅街、卯月町。
町のー文字通り中心にあるー玄関口の卯月町駅の前には多少なりとも繁華街らしいスポットはあるものの、それでも遊園地や動物園、大規模アリーナや球場などがあるー駅一つ隔てたー隣町の葉月町から比べれば数少なく、駅を離れれば閑静な家々の並ぶ姿が目の前に現れてくる。
そのような静香な住宅地の中で、ある一画からは賑かな声が聞こえてきていた。
それは…、卯月町にある私立学校、卯月学園。
文武両道を校是とし、進学率も高く、この地域では知らない者はいない。
卯月町にいる適齢期の男女は勿論、隣町の葉月町からもー葉月学園という同様の学校があるにも関わらずー態態電車に乗って通う学生もいる程の人気校である。
この日は土曜日。
世の中では週休二日制が極当たり前だが、進学校である卯月学園は授業が行われていた。
そして…、時間は丁度午後三時少し前になっていた。
授業を終えた学生達が、放課後の銘々の時間を満喫している時分である。
部活動に所属する学生は自分が籍を置くクラブで精を出し、また部活動に所属しない、所謂帰宅部の学生は帰路に着き、この後の行動について思いを馳せるなど…、其々が其々の時間の使い方をしていた。
そして、その帰宅を選んだ学生の中に紛れて、二人の少女が会話をしながら校門から外へと出てきていた。
片方の少女は、髪をポニーテールに纏め、利発そうな面立ちをしており、もう片方の少女は、ロングヘアの一部を後頭部でリボンで飾った、見るからに清楚な面立ちをしている。
だが…、共通しているのは、間違いなく二人共世の中の男達が一瞬視線を向けるレベルの美少女だということである。
「ね…、ねぇ、本当に帰ってもいいの?」
長い髪の少女が、躊躇いがちにポニーテールの少女に尋ねる。
するとポニーテールの少女は…、相手に笑顔を見せながら、はっきりと断言した。
「ああ、構わないよ…。陸上部の練習なんて糞喰らえだ」
「でも…、本当に良いのかしら?」
大人しそうな少女は、その返答にまだ納得しかねているのか…、まだ腑に落ちない表情を浮かべている。
だが…、活発な雰囲気を身に纏っている少女は、全く気にしていないと言わんばかりに、清々しい表情を浮かべて言葉を続けた。
「こうやって、愛と下校するのも久し振りだよね…?私が陸上部に入ってから、殆ど一緒に帰れなかったよね…?」
「え…、ええ…」
愛と呼ばれた少女は…、まだ心の中の整理ができていないのか、歯切れの悪い反応をする。
「私、愛と一緒にいる時が一番楽しいよ…、ははは」
そのような愛の気持ちを吹っ切れさせようとするかのように…、ポニーテール少女は更に言葉を口にする。
「あ…、あの…」
そんな相手に戸惑いを見せ、愛はおずおずと口を開く。
「え?」
その言葉に、愛の隣を歩く少女は、言葉を返す。
だが…、愛はそれきり口籠ってしまった。
「ど、どうしたんだよ?」
そのような愛の様子に対し、怪訝そうな表情を浮かべながら、ポニーテールの少女は言葉を促すかのように尋ねる。
「う、ううん…、何でもない…」
すると愛は…、相手の顔を頻りに窺いながら、言葉を口にするのを止めてしまった。
愛がそのような行動をすると…、それに呼応するかのように、ポニーテールの少女もまた、何かを言い淀むかのように、口を固く閉じ、隣の少女を見る。
だが…、次の瞬間、ポニーテール少女は、微笑みを浮かべて愛に話し掛ける。
「な、なぁ…、二人で健太郎先輩の悪口を言っちゃおうか」
「え?」
突然過ぎる申し出に、愛は鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情を浮かべた。
だが…、そのような相方の様子などお構い無しに、ポニーテールの女の子は、更に言葉を続ける。
「あははっ、健太郎先輩なんか大嫌いって叫ぶのはどう?」
すると愛は…、その提案に、僅かに表情を曇らせる。
それは…、件の健太郎という先輩に対して、思慕の念を抱えていることがはっきりと表れる仕草だった。
するとポニーテールの少女は…、少し困惑した表情をしながら、愛という少女を強引に説得にかかる。
それは…、会話の間の保たなさを必死に埋めようとするかのようだった。
「へ、平気だって…、一緒に大声で言えばすっきりするよ」
その相方の言葉に…、愛は僅かに口ごもる。
そんな愛を無視するかのように…、ポニーテールの女の子は、促すかのように言葉を続ける。
「じゃあいくよ…、せーの」
「せーの…」
隣の少女の言葉に、愛も漸く言葉を発し、調子を合わせようとした。
だが…。
「う…」
「……」
「あ、あれれっ…、どうして言えないんだろ?」
「私も…、声が出ませんでした」
二人の口から、話題の健太郎という人物への罵り言葉が発せられることはなかった。
その後…、二人の間には、再び重苦しい沈黙が訪れた。
だが…、その沈黙を破ったのは、今度は愛だった。
「美雪ちゃん…、もう止めましょうよ」
「うん…」
美雪と呼ばれたポニーテールの少女は…、愛の言葉に素直に従う。
それからはまた…二人の間に沈黙の時が流れた。
すると今度は…、美雪が愛に話し掛けた。
「な、なあ、愛…。久し振りに駅前で、一緒に買い物しないか…?わ、私、前から欲しい物があったんだ…。良かったら、付き合ってくれないか…?」
「え、ええ…」
美雪の辿々しい誘い文句に、愛もまた頷いて応じる。
しかし…、二人の間から微妙な擦れ違いの空気が失われて行くことはなかった。
そのようなよそよそしさを漂わせながら…、二人の少女は学園を背にし、繁華街のある駅前へと歩を進めて行ったのだった…。
さて、ここでこの二人の少女について紹介しておかねばならない。
ポニーテールの少女の名前は、飯島美雪。
そしてロングヘアーの少女の名前は、南里愛という。
二人共、今しがた校門を通り抜けて来た卯月学園の二年生である。
但し、美雪は二年B組、愛は二年A組と、クラスはそれぞれ異なっている。
だが…、二人は卯月学園に入学した時からの、親友同士であった。
だが…、どちらかと言えば、表情から解る通り、勝ち気な美雪が、控え目な性格の愛のお目付け役をしている、と表現した方が的を射ていた。
二人がそのような関係になったのは…、卯月学園の入学式の日に端を発する。
新入生として卯月学園の校門を潜った愛は…、早速同級生や上級生関係なく、周りを取り囲まれてしまったのだった。
それは…、南里愛という一年生が、儚げで大人しい、正に箱入り娘を絵に描いたような美少女であったためだった。
実際、愛自身、資産家の家系ではないものの、南里家の一人娘として、両親ー特に母親からーに過保護なまでに、蝶よ花よと言わんばかりに大切に育てられて来た、御嬢様然とした雰囲気を全身から放っていた。
だが…、それであるが故に、異性に対しての免疫がなく、一種の男性恐怖症の気すらあった。
「ねぇねぇ、君新入生?」
「可愛いねぇ、名前何て言うの?」
「彼氏いる?」
「良かったら、入学式終わったら俺と遊びに行こうよ?」
早速男達に四方を塞がれ、矢継ぎ早に言葉を投げ掛けられてしまう愛。
そのような状況下で…、愛は身体をガタガタと恐怖で震わせながら、涙目になるしかなかった。
すると…、その時であった。
「こらっ!あんたら、何やってんだよ!?」
怒気を帯びた声がその場に響く。
そして…、
バキッ!
ドカッ!
グシャッ!
「ぐえっ!」
「ぎゃっ!」
「げふっ!」
更には殴打音と、男達が悶絶する声が響き、愛の前の視界が途端に開けていく。
そのぽっかりと空いた人垣の間から…、髪をポニーテールに結った、活発そうな少女がひょっこりと姿を現す。
その表情は…、怒りとも呆れとも取れる、口を真一文字に閉じた、やや憮然とした面持ちであった。
「全く…、世の中の男共と来たら、ちょっと可愛い娘がいたら直ぐにナンパしやがって…。見た目で判断してちょっかい掛ける男なんて、皆最低や奴等ばかりだ」
そう…、この時困っている愛を助けに入ったのは、やはり卯月学園に入学し立ての美雪だった。
この時美雪が不機嫌な様子を隠そうともしなかったのは、彼女なりの理由があった。
美雪の家庭は…、母親と彼女の、二人暮らしの母子家庭であった。
その理由は…、美雪の父親が不倫して家庭を顧みなくなり、最後には二人を置いたまま愛人の下へと去ってしまったからであった。
その浮気相手は…、美雪の父親が勤務する会社の同僚であった。
しかも…、この相手は、自分のルックスが男心を擽ることを知り尽くしており、その武器を余すところなく使って美雪の父親を誘惑した。
その色仕掛け攻撃に…、美雪の父親は簡単に屈し、やがてはこの女の虜になってしまったのだった。
この出来事が…、飯島美雪という少女が持つ男性観に対して大きな陰を落としたのは言うまでもなかった。
兎に角女誑しが嫌い、チャラチャラした男が嫌い。貞操観念もなく、二股三股などする男が嫌い。
女を品物か何かと勘違いするような男など、唾吐するレベルの嫌悪感を示すようになった。
結局…、美雪は男女交際についてはー潔癖症と言える程のー考えを持つようになってしまった。
そのような美雪の恋愛観は…、終いには軈て彼女を男女交際から疎遠なものにしてしまうようになった。
だが…、母一人子一人の飯島家では、母親が働きに出ている分美雪自身も家事をこなすことが必須になってしまっていたため、とても恋愛事まで気が回る余裕など有りはしなかった。
また…、そのような家庭環境であるが故に、美雪は自分がしっかりしなければ、という固定観念に縛られるようになり、あらゆる事に対して、ひたすら強気に、勝ち気に振る舞うようになった。
そのため…、美雪は男勝りな性格の少女に育ってしまったのであった。
そのような美雪が…、卯月学園入学当日から、依りにも依って一番嫌悪感を示す場面に遭遇してしまったのである。
彼女が激昂するのも…、当然と言えば当然であった。
美雪はそのまますかさず愛の側へと駆け寄ると、呆然としたままの彼女の手を取る。
「さ、逃げるよ」
そのように手短に言うと…、美雪は愛の手を握ったまま駆け出し始めた。
「え…、あ…、ちょっ…」
すると愛は…、若干美雪に引き摺れるような格好になり、脚を縺れさせながらも、精一杯の力で走り出し、その場を後にしたのだった。
それから暫くは…、美雪も愛も無言のまま走り続けた。
軈て…、校舎への入口が二人の前に近付き始めた時、美雪はぼそりと愛に話し始める。
「全く…、駄目だよ、ああいう連中に黙ってちゃ。あの手の奴等は大人しくしてたら付け上がるんだからさ。ビシッと言ってやんないと」
「で、でも…」
そのような美雪の言葉に対して…、愛は先程から困惑の表情を浮かべながら、言葉を口から紡ぎだそうとする。
だが…、そのまま二の句を告げることができず、黙りこくってしまった。
すると美雪は…、校舎入口でその足を止め、愛の方へと向き直った。
そして…、そのまま愛の手を離すと、眼前の少女の顔をじっと見て、話を続ける。
「いいか、男なんて皆獣なんだから、黙って大人しくしてると大変な事になるんだ…。特にあんたみたいに大人そうで可愛いと、格好の餌食になっちまうんだよ…」
「そう…、でしょうか…?」
愛はまた戸惑いの表情を見せながら…、美雪にそのように返答をした。
そのような愛の言葉に…、美雪は呆れた表情を露骨に露にしながら、肩を竦めて言葉を続ける。
「やれやれ…、そんな事じゃこの先思いやられるわ…。そうだ、これから私があんたの事を護ってやるよ。あんたを見てると、危なっかしくてしょうがないからさ」
「え?」
全くの見ず知らずのポニーテール少女の申し出に…、愛は当惑の表情を浮かべたままであった。
「ん?もしかして迷惑か?」
愛の反応を見ながら…、美雪は言葉を発する。
その口振りからは、美雪自身にもお節介だという自覚はあった様子だった。
「い、いいえ…、私、この学校に入ったばかりだから…、知り合いが全くいなくて…。だからこうやって知らない娘から声を掛けて貰って…、びっくりしちゃって…」
「それは私も同じさ…。此処に知り合いは殆どいないよ…。だから、全く知らないあんたにこんな事して、自分でもびっくりしてる」
「まあ」
美雪のその言葉に気持ちが和んだのか…、愛が少しだけ表情を崩した。
すると美雪は…、その愛の笑みに対し、柔らかな表情を顔に浮かべた。
それは…、先程の男達を撃退した時の厳しい表情とはうって変わった物であった。
「まあ、護る護られるってのは言葉の綾だからさ…。こうやって知り合ったのも何かの縁だしさ、仲良くやって行こうよ…。あ、自己紹介がまだだったね。私は一年A組の飯島美雪、あんたは?」
「み、南里…、愛です。私も…、一年A組…」
「そっか、同じクラスか…。宜しくね、愛」
美雪はそう言い、改めて愛に右手を差し出す。
その美雪の仕草を見て…、愛は一瞬だけ躊躇いの表情を浮かべたが、軈て自らも右手を差し出して、美雪と握手した。
「こ、此方こそ宜しくお願いします…。美雪…、ちゃん…」
ぎこちなくも…、愛は美雪と友誼の挨拶を交わした。
この時以来、美雪と愛は親友と呼べる交流を始めたのであった…。
それから…、美雪は愛に言い寄って来る男達を、可能な限り悉く撃退していた。
しかし…、美雪が愛と常に行動を伴にしていた、というわけではない。
美雪は卯月学園に入学した後…、直ぐに陸上部に入部した。
前述のように…、美雪の家は母子家庭であり、決して裕福とは言えない。
父母の離婚により、美雪の母の元には毎月父親から養育費が支払われてはいるものの、それでも私立学園に通うには物足りない額であった。
そのため…、美雪は卯月学園に、スポーツ特待生として入学していた。
元々男勝りな気質もあり…、身体を動かす事が得意だった美雪は、中学時分から短距離のスプリンターとして名が知れた存在だった。
そしてそこに目を付け、入学の勧誘を続けていたのが、他ならぬ卯月学園だったのである。
入学金免除、授業料の減免措置、更には美雪にとって地元であった卯月学園からの誘いは…、正に彼女にとって渡りに舟だった。
卯月学園からの打診があった後、美雪は二つ返事で入学に対して承諾をした。
勿論…、天性の負けず嫌いな性格もあり、美雪は卯月学園に入学後、その才能を存分に開花し、一年生にして、陸上部の中心選手となった。
だからと言って…、愛との付き合いを決して疎かにはしなかった。
陸上部の練習がない日や、日曜日など時間に余裕がある時には、美雪は愛と一緒にウインドウショッピングや映画鑑賞など、友達付き合いを欠かさなかった。
一方の愛は帰宅部であり…、授業がある平日などは放課後になると夕方前には学校を後にしてしまう。
だから…、校舎が閉まる時間ギリギリまで部活に精を出す美雪とは、どうしても一緒に帰る事はできない。
だからこそ…、自分の時間の合間を見つけ、美雪は愛と一緒に過ごすようにしていた。
それは…、男に全くと言って良い程免疫のない愛を見守るためでもあった。
そのような関係もあり…、美雪は次第に愛を護る事に自分の存在意義を感じるようにもなり、愛もまた、美雪に依存する事に自分の居場所を見出だすようにもなっていた。
しかし…、美雪も愛も、お互いがかけがえのない友人であるという認識に違いはなかった。
だが、このような関係は、軈て時間が経つに連れ、転換期を迎える事になる。
それは、二人が卯月学園に入学して一年後、二年に進級した時の事だった…。
二年生になると…、先にも述べたように、美雪と愛はそれぞれ別のクラスに所属することになった。
だがそれでも…、二人の友情は尚も続き、休日などは一緒に出掛ける事は少なくなかった。
だが…、その間に、愛に一つの変化が生じ始めていた。
それは…、本来男性恐怖症の気があった愛が、事もあろうに一人の異性に対して淡い恋心を抱くようになったことだった。
その名前は…、長瀬健太郎。
美雪や愛よりも一学年上の、やはり卯月学園の生徒である。
因みに、その男子生徒の評判はと言うと…、これまた極め付きに悪い。
何しろ呼び名が卯月学園きっての問題児。学業成績は当然下から数えた方が早く、絶えず学園内でも悪戯をしては教師を困らせる頭痛の種。
更には卯月町の隣の葉月町にある、葉月学園の生徒と常に喧嘩をし、卯月、葉月両町にその名を知らない者はない始末。
また…、どちらかと言えば軟派な性格であり、可愛い女の子を見れば声を掛けるのが当然という思考の持ち主だった。
その点から見れば…、愛の護り役を自認する美雪がが当然毛嫌いするタイプであり、愛から健太郎への思慕の気持ちを打ち明けられた美雪は、当たり前ではあるが頑なに反対した。
しかし…、健太郎がそれだけ悪ぶっているのは、彼の家庭環境に因るものも多かった。
彼の家庭は…、健太郎の実母が彼が幼い内に実の父親に追い出される形で離婚していた。
その後父親は…、新たな妻、つまりは健太郎にとっては継母を迎え入れるが、この新たな母親は、自分とは別の腹から産まれた義理の息子を愛する事ができず、父親に有ること無いことを吹き込んで、家から放逐してしまったのだった。
結果彼は…、自分の生まれ育った故郷から遠く離れた街である卯月町に、駅前で喫茶店を経営している父親の弟を頼って移らざるを得なかった。
そして…、その叔父には、身元保証人になる代わりに、祝日や長期休暇などの時に、経営するーその名前を「土下座」というー喫茶店で、安い時給でこき使われることになったのだった。
また…、住居は卯月学園の寮に設けられ、夜遊びもできないように束縛された生活を送ることになってしまった。
しかし…、そのような環境であっても、健太郎は健太郎なりに学園生活を楽しんでいた。
実際…、表向きは悪であっても、健太郎は真面目な部分があった。
先ず…、卯月学園の寮の門限は、平日と土曜日は午後八時、日曜日は午後十一時までだったが、健太郎はこれを必ず守っていた。
また…、譬え悪童で名が知られていても、社会的に悪と言えるべき物に対してはこれ以上ないほどの嫌悪感を示し、理屈が通らない事を決して許さない正義感を持っていた。
そのような性格故に…、実際健太郎に対して理解を示す者も少なくはなかったのだった。
卯月学園の養護教諭であり、健太郎のクラスの担任でもある三月静香、また健太郎のクラスメートであり、卯月学園のマドンナと呼ばれ、文武両道を絵に描いたような美少女、結城瑞穂…。
彼女達は、噂だけではない、健太郎という少年の実像を具に見ることにより、その人間性を知り、認めた者ばかりだった。
また…、健太郎の真の姿を知り、その人柄に信頼を置くのは、女性ばかりではない。
健太郎とは一年生の頃からの付き合いがあり、一緒に悪さをしてきた悪友と言えるべき存在の後藤稔、また健太郎のクラスメートであり、母親からの束縛が強く、何かと消極的になっているがり勉タイプの高田慎二…。
そのような理解者に囲まれているからこそ、学園内で彼に怨みを持つ者は皆無と言って良かった。
そのような健太郎に…、愛は自らの理想を見出だすようになってしまった。
その切っ掛けは…、愛が一年生時分の体育祭に遡る。
美雪とは対極的に、元々体育が苦手な愛は体育祭に参加することすら苦痛で、悩みの種であった。
その愛が…、何とパン食い競走に出場することになってしまった。
当日は何か理由をこじつけて休もうかと思ったが…、何も口実が見つからず、母親からも尻を叩かれるようにして登校を促されたため、渋々浮かない表情を浮かべながら学校へと向かった。
そして…、開会式から始まり、プログラムは順調に進み、いよいよ愛が出場する種目が近づいてきた。
元々愛はパンが好きではなく、飲み物がないと喉に詰まって流し込めない程であった。
そんな愛がパン食い競走の選手に選ばれたのだから…、それは愛にとって嫌がらせ以外の何物でもなかった。
だが…、そのような事に対しても、拒否する事もできず、結局スタートラインに着く。
それから…、スターターが合図の銃を鳴らすと、愛の周りの生徒達は一斉に駆け出した。
少し遅れて…、愛はパンが吊るしてある場所へと到達する。
しかし…、其処は既に戦場の様相を呈していた。
皆一斉にパンに食らい付こうと押し合い圧し合い。遅れて馳せ参じた愛に、既に自分のパンを探すだけの余裕など有ろう筈がなかった。
すると…、そのような愛に対して、助け船を出してきた生徒がいた。
その生徒は…、肉弾戦の中でパンを手に取ると、審判員から見えないように自分の身体で壁を作り、そのまま愛の口にパンをくわえさせた。
それから…、自らもパンを口にくわえて、人混みの中から愛をエスコートするように連れ出したのだった。
そして…、愛の背中を軽く押し、ゴールに向かうように促す。
その生徒の意図を察した愛は…、後ろを振り返り、何度も頭を下げて感謝の意を示しながら走り出した。
しかし…、その生徒の行為はそれだけでは終わらなかった。
何と…、その生徒は愛の背後にぴったりくっつくように追走し始めたのだった。
無論…、その後ろにはパンを求めて取っ組み合いをしていた他の生徒達が、戦利品を口に収めて迫って来る。
するとその生徒は…、愛を早くゴールさせるために、自ら囮となり、壁となって後続走者の妨害行動を始めた。
結果として…、本来パンが苦手な愛が、パン食い競走でトップでゴールに辿り着くという皮肉な話となってしまった。
愛がゴールに向かう間…、健太郎が他の妨害をし、結局全員失格となってしまったため、このレースは二位以降が誰もいないというおまけも付いた。
この一件から…、愛は健太郎に興味を抱き始め、学園内で姿を見掛けては、その一挙手一投足を注視するようになった。
そして…、最終的には、愛は健太郎のアヴァンギャルドな行動にすっかり惚れ込んでしまった。
こうなれば…、もう異性に対しての初めての恋心を抱いた愛は完全に盲目であった。
美雪が、愛の口から健太郎についての話を聞かない日はなくなってしまった。
それが…、丁度年度が変わり、二人が二年次に進級した時だった。
そね話を聞いた美雪は…、当然愛の恋に賛成する筈もなかった。
それどころか…、何としてでも愛に翻意させようと、寧ろ躍起になっていた。
美雪は懸命に…、健太郎についての悪い噂を愛に聞かせ、何とか思い止まらせようとしていた。
だが…、全くその方法は通じなかった。
それは逆に…、愛に斬新な印象を与え、より彼女の健太郎への想いの火を焚き付けただけであった。
業を煮やした美雪は…、健太郎に会うや否や、絶対に愛には手を出すな、と直接釘を刺した事もあった。
実際…、二人の入学式の際、愛を取り囲んでいた男子生徒の一団に、健太郎の姿を見掛けていたからであった。
この時の健太郎は…、他の男子生徒と違い、直接的に声を掛けたりはしておらず、寧ろ遠巻きに見ていただけだったが、どの位置で見ていようと、愛に興味を持っていた事には変わらず、それは美雪にとっては許せない事であった。
しかし…、愛が健太郎に興味を抱く事は、美雪が健太郎と接する機会をもまた増やして行った。
すると…、美雪もまた、噂ではない、健太郎の素顔に触れる機会を増やして行った。
そして…、健太郎の実像を理解すればするほど、美雪もまた健太郎への想いを抱くようになって行ったのであった。
そのように…、美雪の健太郎へのイメージを転換させた出来事は、二つあった。
一つは…、春に美雪が部活の練習中で、転倒して膝を擦り剥いた際、丁度その側を通り掛かった健太郎が、自分の持っている純白のハンカチを差し出し、傷を拭うように言ったこと。
そしてもう一つは…、夏になった始めの頃、健太郎の叔父が経営する喫茶店「土下座」の前で、大会で知り合った葉月学園の陸上部に所属する男子生徒に見初められ、執拗にデートに誘われた時だった。
この時もまた…、健太郎が丁度側を通り掛かった。
そのような軟派な行動に辟易していた美雪は…、これ幸いと健太郎を「土下座」に連れ込み、デートの約束があったかのように振る舞い、その葉月学園の生徒をやり過ごした。
この時…、流石に葉月学園でも「悪い」イメージでの有名人だった健太郎に太刀打ちできないと踏んだ男子生徒は、そのまますごすごと立ち去って行った。
だが…、その現場を一部始終見ていた「土下座」のマスター、つまり健太郎の叔父が、美雪の事を気に入ってしまった。
結局…、それから数週間後、マスターの強引な手引きで、美雪は愛と、それから健太郎とマスターとで、ダブルデートという形で、葉月町にある動物園、「南国アフリカパーク」へと向かう事になる。
勿論…、美雪がマスターに靡く事はなかったが、結果健太郎に対して、僅かに心を許すようになった。
しかし…、それから本格的に恋愛関係に発展することはなかった。
それは…、愛についても同じだった。
健太郎とデートした、というのはその一回だけであり、それ以降はそれまでと全く変化のない関係だったためだった。
しかしそれでも…、愛の中では健太郎への思慕がより温められ続けていた。
そしてそれは…、美雪もまた同じだった。
それまで男性嫌いで、まともな恋愛などしたことがなかった美雪が、はっきりと健太郎への恋心を意識するようになったのだった。
だが…、親友である愛の事を考えれば、それは美雪にとって許されざる気持ちであった。
しかし…、そのような美雪の気持ちに気付かない程、愛もまた鈍感ではなかった。
結局…、この二人の想いが、二人の友情に微妙な影響を及ぼし始めていた。
その結果…、二人が久し振りに一緒に下校するという段になって、前に述べたようなぎこちない会話と行動を生み出す事になってしまった。
しかしそれでも…、美雪も愛も、お互いに親友である事を望み、それを行動で示そうとしていた。
だが…、その間に吹くすきま風は、どうしても打ち消す事はできなかった。
結局二人は、そのような気持ちの擦れを修正することが出来ないままに、一緒に卯月学園を後にして、駅前へと向かう事になったのであった…。
しかし…、この二人の行動が、美雪と愛を不幸に陥れることになってしまう。
そしてそれは…、健太郎もまた飲み込んで行った。
丁度美雪と愛が卯月学園から帰路に就き、やはり卯月町の駅前へと近づいて来ているのと同時刻の事であった。
健太郎はこの時…、卯月町駅の通りを目的もなく、ぶらぶらと歩いていた。
部活にも所属せず、ふらふらと根無し草のように行動する事を好む健太郎にとっては…、これは放課後のごくありふれた行為であった。
そのように駅前通りを闊歩し、丁度駅のロータリーに差し掛かった時であった。
一台の黒いセダンが、猛スピードでロータリーへと進入して来たのであった。
そしてそのまま…、健太郎に向かって突進して行った。
それに対し…、運動神経に恵まれ、俊敏な動きが出来る十代男子であったとしても、とても成す術などはなかった。
健太郎はセダン車を回避するこができず、そのまま勢いよく撥ね飛ばされてしまった。
すると…、そのセダン車は、その衝撃で駅舎に突っ込み、入口に設置された自動改札機を薙ぎ倒しながら、大破して停まった。
その間…、僅か数秒の事であった。
当然、卯月町駅前はパニックとなり、野次馬の人だかりが出来ていた。
特に…、卯月学園の下校時間と重なった事もあって、その人数はかなりのものであった。
だが…、それと同時に、卯月町ではまたもや奇妙な出来事が起こる。
卯月町駅から僅かにー卯月学園から遠くにー離れた場所にある卯月町立児童公園で、あからさまに暴走族と言えるバイクの一団が屯し、公園の回りを爆音を立てながら走り出したのだった。
この事もまた…、人々の関心を引き付ける出来事であった。
近隣住民の通報のためか…、直ぐその場に警官が到着し、その連中に対し、騒音を立てる行動を止めるように説得し始めた。
だが…、その暴走族は、警官の行動を嘲笑うかのように、公園回りをけたたましい音を上げながら走り続けていた。
卯月町の住民は…、普段平和な住宅街で起こった二つの事件にすっかり目を囚われ、関心が完全にそちらに向いてしまっていた。
だが…、この時それらの人々は、全く予想だにしなかった。
彼らの注意がその二つの事件に注がれている間に、もう一つの事件が、街の反対側で起こっていたのであった…。
この時美雪と愛は…、卯月町駅の入口ロータリー側と逆にある、ファンシーショップ「大中小」へと向かっていた。
二人は…、久し振りに下校の道すがら、買い物をしようと話し合っていたのであった。
そんなふたり耳に…、何かがぶつかったような激しい衝突音が飛び込んで来た。
「あら…、何かしら…?」
愛が訝しげな表情を浮かべる。
「何だろうな…。事故かな…?」
愛の言葉に美雪が反応し、音が聞こえた方向に視線を向ける。
「行ってみようか、愛…?」
美雪は愛に向かって同意を求める。
「え、ええ…」
愛は美雪のその言葉に、小さく頷きながら返事をする。
それから…、二人一緒にその音の方へと足を向けようとした時だった。
不意に二人の前に、一人の男が立ちはだかった。
「よぉ…、久し振りだな、美雪」
男は軽い口調で、美雪に向かって挨拶をする。
「え…、あ…、あんたは…」
その男の言葉に…、美雪の表情がやや厳しい物に変わった。
そう…、そこにいたのは、夏に美雪をナンパしていた、件の葉月学園の陸上部員だったのだ。
「おいおい、久し振りに会ったってのに、つれないなぁ、美雪…」
そんな美雪に…、男は軽い態度でわざとらしく寂しげな声の調子で言った。
するとその態度が…、美雪の苛立ちを更に大きな物にした。
「一体何の用だよ…?私、あんたなんかに構ってる暇なんかないんだけど…?」
美雪は不快さを隠そうともせずに、そのように言った。
勿論…、その間ずっと愛を護るようにして、彼女を自分の背中に隠し、男に相対して話をしていた。
愛も…、突然の見知らぬ異性の登場に、露骨に怯えた表情を浮かべ、身を縮こまらせるようにして、美雪の背後へと逃げ込んだ。
そのような二人の様子を…、男は見逃さなかった。
「へぇ、可愛い娘連れてんじゃん…。友達かい?だったら尚更都合が良いや…。ほら、夏に一緒に遊ぼうって言ったら、健太郎の奴が来て駄目になったろ…?そしたら、さっきお前が歩いているの見掛けたからさ…。今日一緒にどうかな、と思ってな…。勿論、其処のお友達も一緒に、な?」
「ふざけるな、あの時はっきりと断ったろ!?」
男の言葉に…、美雪は眦を上げて声を荒げる。
それは…、愛との時間を邪魔されて不機嫌になっている気持ちを抑えきれないと言わんばかりであった。
だが男は…、そんな美雪の抗議を鼻で嗤うように言葉を続ける。
「大丈夫だよ…。一緒にお茶飲むだけさ。それになあの時も言ったろ…?お茶飲むだけなら、処女膜は破れないってな…?」
「………!!」
男の下品な物言いに、美雪の表情はより一層厳しくなる。
しかし…、次の男の言葉に、美雪の顔は一瞬にして青ざめた。
「今日はこの前と違って健太郎はいないよな…?さぁ、どうする…?」
その言葉と同時に…、男の背後には数人の柄の悪そうなー所謂チーマー崩れ風のー男達が現れた。
仮に男一人なら、美雪の力があれば軽く往なせたであろうが…、複数の男相手では、やはり多勢に無勢である。
しかも…、今回の美雪は愛と一緒に行動をしているため、彼女がこの状況では足手纏いになるであろう事は容易に想像できた。
たちどころに美雪の顔に焦りの表情が浮かび、頬に汗が伝う。
「愛…」
美雪は自分の背後で小さくなっている愛に向かって、小さな声で話し掛けた。
「美雪ちゃん…」
それに対し…、愛はすっかりと怯えきった表情で、顔を青ざめさせながら返事をした。
「これから大声で合図するから…、そうしたら直ぐに走って逃げろ…」
美雪は小声でそう言い、愛の顔をちらりと見る。
「で、でも…」
美雪の言葉に、愛は躊躇の素振りを見せた。
「大丈夫だよ、私も一緒に行く…。だから合図したら、一目散に走り出して…」
美雪は愛を懸命に説得すべく、言葉を続けた。
すると…、美雪の気持ちを理解したのか、暫しの間の後に、愛は小さく頷いた。
それを見た美雪は…、タイミングを見計らうように、男達の方へ向き変える。
そのような美雪と愛のやり取りを見ながら…、男達はニヤニヤとした笑いを浮かべ、尋ねて来た。
「お、俺達と付き合う気になったかい?」
男の集まりの最前列にいる例の葉月学園の陸上部員は…、余裕綽々と言わんばかりの表情でやはり不気味な笑みを浮かべていた。
「しょうがないな…。この一回っきりで私に付き纏うのを止めるなら、今日は一緒に行ってやるよ…」
美雪は仕方無いと言った表情を浮かべ、降参と言わんばかりに肩を竦めて言った。
「えっ…、美雪…、ちゃん…?」
先程の囁きとは真逆の内容に…、愛は驚きの表情を隠せないでいた。
無論…、葉月学園の生徒の顔には下卑な笑みが浮かぶ。
だが…、次の瞬間、美雪は愛の方を向き、大声で叫んだ。
「よーい、ドン!!愛っ!走れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
美雪のその声に背中を押されるように…、愛は美雪に背中を向けて駆け出した。
すると…、美雪もまた後ろを向き、愛を追う。
「あっ、待て!!」
「逃げるな!!」
不意を突かれた格好の男達は…、慌てて二人の後を追う。
だが…、当然美雪も愛も、男達の言葉など聞きはしない。
二人は、その場から一刻も早く逃げ出すために、持てる力を出して走り出したのであった…。
しかし…、此処で美雪も愛も、ある過ちを犯してしまう。
そして…、そのために、男達が仕掛けた罠にまんまと飛び込む格好になってしまっていた。
二人は駅前の雑踏から遠ざかるように、駅の反対にある、閑静な地域へと向かってしまっていた。
無我夢中で走る美雪も愛も…、その失敗に気付く余裕はなかった。
二人が到着したのは…、卯月町の外れにある「世界一公園」という名前の、緑豊かな森林浴が出来る公園であった。
だが…、この公園は、入るのに入場料千円を支払わねばならない場所であった。
美雪がその事に気付いたのは…、「世界一公園」の入場ゲート前まで到達した時であった。
「しまった…!!」
美雪は…、自らの失態に、思わず表情を歪める。
「み、美雪ちゃん…、どうするの…?」
そのような美雪の顔を見ながら…、愛は不安を隠しきれない様子で尋ねる。
「おい、待て!!」
「待てよ!!」
背後からは…、既に男達の一団が迫ってきていた。
しかしこの時…、美雪はある事に気付いた。
入場ゲートの監視員が、席を外している様子で不在であったのだ。
「大丈夫だ、行くよ、愛!!」
美雪はそのまま愛を引き摺るように連れて、入場ゲートを潜る。
「え、あ…、み、美雪ちゃん、入場料…」
「大丈夫!!誰もいないよ!」
二の足を踏む愛をけしかけるように言い、美雪は愛の手を引いて行く。
その間…、二人を咎める者は誰もいなかった。
だが…、二人は直面している事態から回避できた訳ではなかった。
二人がフリーパスで公園に入れると言うことは…、後続の男達もまた同様という事であったからだ。
美雪と愛は…、そのまま公園の中の遊歩道を駆け抜けると、奥にある木々の林立する茂みの中へと身体を滑り込ませた。
それから…、手近な灌木を見つけると、その根元へとしゃがんで身を隠し、じっとお互いに身体をかき抱きながら、息を殺していた。
「待てえええええええええっっ!!」
「畜生!あいつら何処行きやがった!?」
「しらみ潰しに探せ!!」
そのような二人の傍を…、男達の足音と怒号が通り過ぎて行く。
美雪は…、その自分達を追って来る集団の様子を、枝の間から窺っていた。
それから…、その連中の姿が視界から消えたのを確認すると、当座の危険を遣り過ごした安堵から、ほっと溜め息を吐いた。
「み、美雪、ちゃん…」
先程からの出来事ですっかり恐怖心に陥ってしまった様子で…、美雪の顔を見ながら小声で話し掛ける。
その顔は…、物陰からも解るくらいに真っ青であった。
「大丈夫、大丈夫だから…」
美雪は、愛の背中を手で擦りながら、そのように励まし続けた。
しかし…、その「大丈夫」という言葉に何の根拠もない事は、他ならぬ美雪が一番良く解っていた。
「兎に角、あいつらが諦めるまで、此処で大人しくしよう…。変な音を立てないように、な…」
「ええ…」
美雪の言葉に、愛は小さく頷く。
「でも…、どれくらい此処に隠れていれば良いのかしら…?」
そのような愛の的確すぎる指摘に…、美雪は返す言葉を失った。
何時まで見つからなければ、あの男達が諦めるのか…、それは美雪にも皆目見当が付かなかったからだ。
そのように美雪が口籠っていると…、途端に愛が小さな声で泣き出してしまった。
「け、健太郎先輩…、助けて…」
「愛…」
愛の言葉に…、美雪はそのまま再び黙ってしまう。
それは…、愛の言葉は、美雪のその時の気持ちを的確に代弁していたからであった。
前回、葉月学園の陸上部員に絡まれた時は、健太郎の力を借りる事ができた。
だが…、今回はこの場に健太郎の姿はない。
(健太郎先輩が…、この場に来てくれたら…)
美雪の心の中に、そんな淡い期待も浮かんだ。
だが…、現実はあくまでも冷酷だった。
しかも、そのような苦境に更に追い討ちを掛ける出来事が起こってしまう。
美雪の持っているスマートフォンが、けたたましい着信メロディを、その場一帯に響かせ始めてしまったのだった…。
「あ!何か音がするぞ!!」
「こっちだ!!」
それは…、マナーモードに設定していなかったのが禍いだったとしか言えないほどの最悪なタイミングであった。
美雪のスマートフォンが、自らの位置を知らせる事になってしまっていた。
この時卯月町は様々な事件が発生してはいたものの…、この「世界一公園」の中はー街中でのトラブルに
多くの人の意識が向いてしまっている事もありー人気もなく、閑散としていた。
これもまた…、美雪達にって不幸な出来事であった。
「しまった…!!」
予測できなかった事とは言え…、美雪は自分が犯した失態に、思わず顔を歪める。
それから…、忌々しそうな表情をしながら、スマートフォンを取り出し、すかさず電源を切った。
しかし…、そのような瞬間に、隙が出来てしまった。
「いたぞ!!」
そう…、着信音を辿ってこの場にやって来たかの連中の一人に、二人の姿が見つけられてしまったのだ。
「くっ…、逃げるぞ、愛!!」
美雪がそう言って立ち上がった瞬間だった。
「きゃあっ!!」
タイミング悪く…、愛がその場で脚を縺れさせて転倒してしまったのである。
勿論…、そうなってしまっては、美雪達が取り得る手立てはもうなかった。
「愛!!」
美雪はそのように叫び、親友を助け起こそうとする。
だが…、その次の瞬間だった。
美雪の鳩尾に、強烈な衝撃が走った。
「ぐふっ!!」
そのまま美雪は…、悶絶の声を上げて失神してしまった。
「きゃああああああああああああっ!!美雪ちゃん!?」
その次の刹那…、愛の悲痛な叫び声が木霊した。
だが…、それは長くは続かなかった。
それから間を置かずに、愛の鳩尾にも衝撃が響き渡ったためだった。
「げふっ!!」
愛もまた…、そこで意識を手放した。
それは、美雪と愛が、男達の手に落ちたことを意味していたのであった…。
「ふぅ…、手こずらせやがって…」
葉月学園の陸上部員は…、自分の足許に転がっている二人の美少女の姿を見下ろしながら…、吐き捨てるように言った。
それから…、自分の着ている制服のポケットからスマートフォンを取り出すと、何処かへ電話し始めた。
「ああ、俺だ…。車一台頼む…。場所は『世界一公園』の入口まで…。出来るだけ早く、な…」
それから…、一度電話を切ると、また別の相手に向かってであろう、再び操作して会話を始めた。
「俺だ…、もう暫く頼む…。何、幸運が重なったからな…。まあ、今回の分の謝礼はきっちり払うさ…。後、いい思いさせてやる…。場所は教えるから、お前達も来いよ…、じゃあ、また後でな…」
そう言い、男は…、スマートフォンを切り、再びポケットにしまった。
「こいつが例の美雪って女か…?生意気そうだけど、なかなか可愛いじゃねぇか…?」
その陸上部員な背後から、もう一人のチーマー風の男が話し掛ける。
「ああ、ずっと狙ってたんだ…。それをあの健太郎の奴に邪魔されたからな…。だが、健太郎に復讐するつもりだけだったが、まさか美雪も手に入るとは思わなかったぜ…。しかも、愛とか言ってたな、友達と一緒になんてな…」
「くくくっ…、でもまあ良いじゃねえか、結果オーライだ…。」
「ああ…」
「くくくっ…、こいつらがどんな声を上げて啼くのか、これから楽しみだぜ、長岡…」
チーマー風の男は、そう言って下品な笑い顔を浮かべる。
その言葉に、長岡と呼ばれた陸上部員もまた、その隣にいる男を見ながら、ニヤリと笑って頷いていた…。
それから数分後…、「世界一公園」の正門の前には、黒塗りにワンボックスカーが数台横付けされた。
その中からは…、柄の悪そうな男達が数名降りてくる。
その男達は…、直ぐに公園の中へと入って行くと、長岡達の元へと脇目も振らずに向かって行った。
そして…、彼等の側で気を失っている少女二人の身体を抱き上げ、そのまま元来た道へと戻って行く。
長岡達も…、そのまま男達の後に付いて行った。
その間…、男達は皆無言だった。
軈て…、男達は自分達が乗ってきた車の元へと到着した。
美雪と愛を抱えていた男達は…、一台の車の後部座席のドアを開けると、そのまま手際よく二人の身体を押し込むように乗せた。
それから、美雪達の身柄が車内へと入って行くのを見届けると…、自分達も車へと乗り込む。
長岡と他の男達も…、やはり続いて車に乗り込み始めた。
そのまま男達がワンボックスに分乗すると…、車は卯月町の喧騒を背後に、長岡が通う学校のある、葉月町方面へと走り出した。
その間…、二人の美少女が連れ去られていく場面を見ていた卯月町の住民は、皆無だった。
この運命の悪戯が…、美雪と愛、二人の少女の運命を決定付けてしまう。
二人には…、長岡を初めとする男達により繰り広げられる、陵辱の嵐が待ち受けていた。
だが…、この時意識を失っている美雪と愛には、そのような事を知る由もない。
二人はただ、車内で四肢をだらし無く無防備に横たわらせながら、男達にその身を委ねるだけであったのだった…。
【続く】
さて、美雪と愛の二人は、男達の手に落ちてしまいました。
二人を待ち受ける運命や如何に?
では、「第二章 磨かれる原石~美雪編~」でお会い致しましょう。