「ツモ。2000、4000。」
大将後半戦南三局、トップのドイツチーム大将、ミナモ・アークタンデ・ニーマンが和了りを決めた。
彼女は、北欧の血を受け継いでいるといわれ、その華奢な姿と欧州トップレベルの麻雀の実力から、巷では『北欧の小さな巨人』の二つ名で呼ばれていた。
高校生麻雀世界大会決勝戦。
会場はボストンコンベンションセンター。
現在トップは、ブルーメンタール姉妹とミナモ・A・ニーマンの魔物3人を擁するドイツチーム。2位のアメリカチームに3万点以上の差をつけてのダントツ1位だった。
日本チームは最下位。
南三局の親で連荘を目指していた大将の宮永咲にとっては、最悪の展開になった。
日本チームは、白築慕監督のもと、先鋒に宮永照、次鋒に園城寺怜、中堅に荒川憩、副将に天江衣、大将に宮永咲、補員に辻垣内智葉と獅子原爽の最強の布陣のはずだった。
しかし、初戦から決勝戦まで計10日間の今大会は、5日目が新月と、衣にとって最も不利な期間に行われていた。
そこで、衣が最弱となる新月の日は、爽が出場し、雲とカムイの全てを投入して穴を埋めた。
また、体力の無い怜を、智葉が交代で出場することでカバーしていた。
そして望んだ決勝戦だったが、世界の壁は厚かった。日本チームは、逆転不可能と言える程の圧倒的点差をつけられていた。
オーラスが始まった。
現在の各チームの点は、
東家:ドイツチーム 141900(暫定1位)
南家:中国チーム 108700(暫定3位)
西家:アメリカチーム 110100(暫定2位)
北家:日本チーム 39300(暫定4位)
ドイツチームは安手で流せば優勝。流局でも問題ない。
アメリカチームは三倍満ツモか、ドイツチームから倍満を直取り、もしくは中国チームか日本チームから役満直取りが優勝条件。
中国チームはドイツチームから倍満を直取りでも優勝できず、三倍満以上の和了りが必要だった。
本大会ではダブル役満以上の和了りも認められていた。
しかし、単一役満でのダブル役満は認められておらず、例えば、大四喜、国士無双十三面待ち、純正九連宝燈、四暗刻単騎待ち、大七星など慣例的にダブル役満として認められているものでも、ここではシングル役満として扱った。
つまり、清老頭四暗刻や大三元字一色四暗刻といった複合役満でなければダブル役満やトリプル役満は成立しなかった。
日本チームは、ダブル役満をツモ和了りしても、他家から直取りしても優勝できない。
もはや、日本チームの優勝は絶望的となった。
本大会では、咲の得意とする大明槓からの嶺上開花に対する責任払いは適用されていなかった。もっとも、それがあっても、逆転優勝できる状況にはない。
ただ、この状況にあってもミナモは咲をマークしていた。
ミナモは、長野県大会団体戦決勝大将戦の逆転劇や、インターハイ団体戦決勝大将戦での咲の奇跡的ともいえる逆転劇の牌譜を見ており、一発逆転の可能性がゼロにならない限り気が抜けないと踏んでいた。
親のミナモの配牌は、
{一二二③⑤⑥⑦2469白發中}
打{中}より始まった。
数巡後、
ミナモの手牌は
{二二二③④⑤⑥⑦4[5]667}
ここに{⑦}ツモで聴牌。
安上がりで良い。
アメリカチーム大将からも中国チーム大将からも聴牌気配は感じない。
ミナモは当然のように{③}を切った。
中国チーム大将が初牌の{東}を切ったその時、
「ポン。」
咲が動いた。
場には、既に{北發中}が2枚ずつ、{白}が1枚切れていた。
日本チームの逆転優勝条件はトリプル役満。
ならば、場に捨てられた牌から考えると、咲は小四喜字一色四暗刻を狙うしかないはずだが、ここに来て{東}のポン。
ミナモは、咲の狙いが逆転優勝ではなく、小四喜字一色での2位狙いと判断した。
咲は打{⑨}。
「(字牌を切らなければ日本チームに振り込むことはない。もし、振り込んでもシングル役満ならドイツの優勝は変わらない。)」
ミナモの顔に余裕の笑みが浮かんできた。
次巡、ミナモは{①}ツモ。
その{①}を、ノーケアーでツモ切りした。
その時だった。
「カン!」
咲が動いた。大明槓を仕掛けてきたのだ。
嶺上牌は{東}。
「もいっこ、カン!」
当然のように咲が{東}を加槓。
嶺上牌は{南}。
「もいっこ、カン!」
咲が{南}を暗槓。
次の嶺上牌は{西}。
「もいっこ、カン!」
咲が{西}を暗槓。これで四連続槓。
そして、嶺上牌は、ラス牌の{北}。
北の文字が見えるようにして、咲は、それを手元に置いた。
「ツモ。嶺上開花。小四喜四槓子。」
小四喜字一色ではなかったが、やはり咲はダブル役満狙いだった。
ミナモは、咲の前に32000点を差し出した。
「2位おめでとう。そして、我がドイツチームの優勝を決めてくれてありがとう。」
少し嫌味がかった声だった。
しかし、
「違うよ。」
そう言いながら咲が電光掲示板を指さした。
ミナモの目に映った電光掲示板の文字は、何かがおかしい。
ダブル役満ツモなのだから、ミナモの頭の中では、
1位:ドイツチーム 109900(-32000)
2位:日本チーム 103300(+64000)
3位:アメリカチーム 94100(-16000)
4位:中国チーム 92700(-16000)
のはずだった。
しかし、そこに示されていたのは、
1位:日本チーム 103300(+64000)
2位:アメリカチーム 102100(-8000)
3位:中国チーム 100700(-8000)
4位:ドイツチーム 93900(-48000)
順位も点数も違ったのだ。
納得のゆかない顔をするミナモに、審判がなにやら説明し始めた。
本大会ルールでは包と呼ばれる役満責任払い、すなわち3つ目の三元牌を鳴かせて大三元を確定させるとか、4つ目の風牌を鳴かせて大四喜を確定させるプレイに対する罰則(責任払い)が適用されていた。
そして、これは四槓子にも適用されていた。
また、本大会では連槓の場合、連槓の最初が大明槓であれば、その大明槓をさせたプレイヤーの包となるルールが適用されていた。
今回の場合、四槓子の32000点がミナモの責任払い、小四喜はツモ和了りとみなされ、親のミナモに16000点、他の二人に8000点ずつの支払いが課せられた。
よって、ミナモは計48000点の支払いになったのだ。
ミナモは愕然とした。
完全に想定外だった。
しかも、ダントツ1位から4位への転落である。絶望と言うよりも、納得のできない理不尽さしか感じなかった。
同時に、ミナモは、似たような苦い経験をどこかでしていたような気がした。
「(いつだったっけ…。こんなこと、あったような…。)」
その時だった。
「(カン! 嶺上開花!)」
ミナモの頭の中に、少女の声が響き渡った。
大明槓からの嶺上開花。まさに、今回のような狙い撃ち。
「(そうだ、たしかあれは、理不尽と言うよりも、もっと納得できない和了りをされたんだ。今回よりも…。)」
突然、ミナモの頭に激痛が走った。
「痛い!」
その強烈な痛みに、ミナモは、その場に倒れ、両手で頭を抱えて、うずくまった。そして、彼女の頭の中に、今まで心の奥底に封印されていた記憶の断片が甦ってきた。
その記憶の中で、ミナモは麻雀をしていた。まだ小学生の頃だ。
自分がラス親で、タンピンドラ4のハネ満を丁度聴牌したところだった。
これを和了れば逆転トップ。役もある。当然、ここはダマ聴でゆく。
そして、不要牌を切ったその時、
「カン! 嶺上開花ドラドラ! 5200! ミナモの責任払いね。これで、私は30100点でプラマイゼロ…。」
上家の少女の声だった。声質は、日本チームの大将に似ていた。
ぼんやりしていたが、その少女の顔も少しずつ見えてきた。容姿も日本チームの大将にそっくりだったが、もっと幼い感じだった。多分、小学生だ。
これで、ミナモの最下位が決まった。
「ちょっと、咲。なによ、それ!」
トップ狙いではなく、2位狙いの和了り。記憶の中のミナモが、この和了りをした少女に文句を言っていた。
いつも、この子はそうだ。1位狙いではなく、プラスマイナスゼロ狙い。理不尽な和了られかたと言うよりも、正直、納得できない和了られかただ。
「(咲って…? そうだった、この子の名前は咲。私の双子の姉だ。たしか、二卵性双生児で、髪の色も違うし、顔つきもちょっと違う。咲は、嶺上開花が得意で、点数は、いつもプラマイゼロ。しかも、他の人の順位まで操作する。それで、気が付くと、いつの間にかトータルでは皆の点数が平らになっていたんだ。)」
次の半荘が始まった。
今度は、別の女性が連続で和了っていた。
「ロン、1000点。ツモ、700オール。ロン、3200。ツモ、2800オール。ロン、12900。」
しかも、和了るたびに点数が上がっていった。『連続和了』だ。
「くやしい…。」
記憶の中のミナモの言葉だ。
そして、『連続和了』する少女が、
「リーチ!」
捨牌を横に向けた瞬間、
「ロン! 照おねえちゃんから、8000の四本場は9200!」
ミナモが和了った。
「やるじゃん、みなも。」
「えへへ…。」
「じゃあ、今度はお母さんがリーチ!」
「(えっ? お母さん?)」
今、確かにその女性は母と言った。しかし、彼女は、ミナモが母と慕うニーマンとは別の姿をしていた。
ただ、言われてみれば、この女性のほうが自分と容姿が似ている感じがした。
それと、もう一つ気付いたことがあった。母と名乗る女性は、頭の中に浮かぶ二人の少女にも姿が似ていたのだ。
しかも、『連続和了』するほうの少女のことを、記憶の中でミナモは『照おねーちゃん』と呼んだ。
思い出してきた。たしかに、自分の母と姉だ。
急に場面が飛んだ。
「「どうかしたの? みなも。」」
どうやら、山の麓の町にいるらしい。
周りは一面田んぼ。田舎の町だ。
咲と照が、ミナモの顔を覗き込んでいる様子が頭の中に浮かんできた。
ただ、さっきの麻雀シーンでもそうだったが、照が小学校高学年、咲は小学校中学年といったところだった。
再び場面が変わった。
どこかの湖の桟橋かなにかの上だった。
「ほら腹這いになったほうが良く見える!」
自分の声だ。近くには車椅子が置いてある。自分が乗っていたっぽい。
そして、その車椅子を押して、ここまで連れてきてくれた人が隣にいた。自分の双子の姉、咲だった。
「私はいいよ…。キラキラしているのは立ってても見えるし。そんなに魚好きなの?」
「見てて楽しいし、食べても美味しい!」
「そこ同列!?」
「将来の夢は水族館を作ること!」
「おすし屋さんじゃないんだ。」
「わたし泳ぐの大好きだったけど、今はもうムリそうだから。かわりにお魚さんに泳いでもらうのだ。水族館できたら照おねーちゃんと見にきてね!」
「うん…。」
「咲…。」
ミナモの目から、一筋に涙が流れ出た。
「(ああ…、そうだった。私は…。)」
頭痛が治まってきた。
まるでスイッチが切り替わったかのように、今まで忘れ去っていた記憶が甦り、なにか頭の中にかかっていた靄のようなものが急激に晴れていった。
そして、ミナモが頭を上げた時、そこには宮永照と宮永咲の二人の姿があった。二人共、ミナモの前に駆け付けていたのだ。
「ここ、どこ?」
これが、ミナモの第一声だった。
たしか、自分は小学3年生で、さっきまで長野にいた。
ある日のこと、家に2人の外国人女性が来て、麻雀をした。そこまでは覚えている。しかし、そこからが良く分からない。
ただ、その時、家に来た女性の片方を、ミナモはお婆ちゃんと呼んでいたのは覚えていた。そして、もう片方の女性は、かつて自分が母と呼んだニーマンのようだ。
残念なことに、ミナモは、そこからの記憶が飛んでいた。
彼女の今の感覚では、それが、つい昨日の出来事に思えた。ゆえに、まだ自分は小学生でいる感覚だったし、照も咲もミナモの中では、まだ小学生のはずだった。
「気が付いた?」
心配そうな表情で照がミナモに声をかけた。
その声の主…目の前にいる女性は、間違いなく高校生だ。小学生ではない。
「私たちのこと、分かる?」
しかも、目の前の2人は、確実にミナモのことを知っているようだった。ミナモは、直感的に、この2人が照と咲であると思った。
しかし、それが正しければ、いつの間にか年月が経っていることになる。当然、ミナモは、半信半疑の表情を隠せなかった。
「もしかして、照おねーちゃん?」
「うん。そして、隣にいるのが咲…。」
予感はしていたが、正直なところ、やはりミナモには信じ難かった。
「2人とも、急に老けてない? 照おねーちゃんは小学5年生。咲は、私と双子だよ。小学3年生のはずじゃん。」
「もう、あれから7年が経ったんだよ。」
「えっ? 7年って?」
「その後のことは覚えていなみたいだね。でも、あの頃のことは、思い出せたんだね。長かった…。」
照がミナモを抱きしめた。
「(7年って、なに?)」
ミナモは、一瞬、困惑した。
浦島太郎になったのか?
違う。
少しずつだが、他にも色々と思い出してきた。
自分は、ニーマンに連れられて日本を離れたのだ。そして、ニーマンの養女として、7年間に渡り冷酷な麻雀を打ち続け、数多くの女性雀士を打ち負かしてきた。
母であるニーマンの教えに従って…。
ドイツチームの控え室では、その様子をモニター越しにニーマンが、じっと食い入るように見詰めていた。
「イーヴリン。ミーナの記憶が戻ったようだ。」
ミナモのことを、ニーマンやチームのみんなは『ミーナ』と呼んだ。
それは、ニーマン達の世話係であろうイーヴリンも同じだった。
「そのようですね。まさか、ミーナまで、こうなるとは…。」
イーヴリンは、驚きの表情が隠せずにいた。
少なくとも、ニーマンの魔法は、そう簡単に解けるものではない。封印された過去の記憶を掘り起こすのは、並大抵ではなかった。
ただ、前例が無いわけではなかった。
「一度魔法が解けたら、その者には、二度と私の魔法は効かない。もう、ミーナは、私の元に置いとくわけには、ゆかないだろう。白築ナナの時と同じだな。」
「では、日本に戻してあげるのですか?」
「ああ。それが、アイの母親との約束だ。手続きを頼む。だが、帰す前に、例の地下麻雀には参加させる。」
「でも、記憶が戻っては、いつものようには、ゆかないのでは?」
「分かっている。いつもは、地下麻雀でミーナには先鋒を任せ、全チームを玉砕して客を楽しませてきた。だが、もう、あんな非情な麻雀は出来ないだろう。」
「私も、そう思います。だからこそ、地下麻雀には参加させないほうが良いのではと思いますが…。」
「だが、突然、ミーナがいなくなっては、客からブーイングが出る。だから、今回に限り大将に置く。ミーモの地下麻雀引退と称してな。まあ、ブルーメンタール姉妹もいるし、ミーナの運が良ければ大将までは回らないだろうしな。」
「そう願いたいですね。でも、ミーナは、麻雀を続けられるかしら?」
「さあな。地下麻雀のことが頭に残って、怖くてできなくなるかもな。」
「まあ、それはそれで、仕方が無いと思いますけどね…。」
イーヴリンは、溜め息を漏らすとノートパソコンを開き、これから必要になるであろう諸々に関する書類の準備を始めた。
記憶喪失になったことが無いので、記憶が戻る瞬間を、どのように表現してよいかわからないなあと思いながら書いてみました。
他にも
咲:「カン! 嶺上開花!」
照:「ツモ! ロン! ツモ!」
咲:「カン!」
照:「ツモ!」
咲:「プラマイゼロ!」
照:「みなものトビ!」
みなも:「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ。」
なんてのも考えましたが、これでは虐待ですね。