病院では、優希と久が大会の映像をテレビで見ていた。
「ノドちゃん、様子が変だったじょ。」
「多分、インターハイでの失点がトラウマみたいになっているのかもね。」
「大丈夫かなあ。」
「そこは、みなもに指示してあるから。まあ、なんとかしてくれるでしょ。」
そう言いながらも、久の表情からは不安の色が隠せないでいた。久が思っていた以上に和の傷は深かったようだ。あとは、みなもが和をどうやって元気付けるか。そこにかかっていると久は思っていた。
休憩が終わり、後半戦が始まった。
場決めがされた。起家は初瀬、南家が和、西家は一、北家はみかんだった。
「(そうです。私は、咲さんを信じて、失点を最小限に抑えて、ただ繋ぐことだけを考えて自分の麻雀を打てば良いんです。咲さんは、夏の県予選決勝にインターハイ決勝、世界大会決勝と、数々の奇跡を生んで、今では『日本の守護神』とまで言われる人です。こんなところで咲さんが絶対に負けるはずがありません!)」
エトペンを抱える手に力が入った。そして、和の集中力が一気に高まり、顔が高潮してきた。スイッチが入ったのだ。彼女は、一瞬にしてデジタルの化身の状態に入った。
東一局、初瀬の親。初瀬としては、ここで連荘して稼ぎたいところだった。しかし、
「ツモ! 1000、2000です。」
今の和のスピードは半端ではなかった。あっという間に親を流されてしまった。
東二局、和の親番。3巡目にみかんが切った{發}を、
「ポン!」
和が鳴いた。そして3巡後、
「ツモ。發のみ、500オール。」
和が和了った。
東二局一本場、
「リーチ。」
5巡目で、和が先制リーチをかけた。一発ツモは、ならなかったが、
「ツモ。リーチドラ1。1100オールです。」
3巡後にツモ和了りした。
リーチのみに裏ドラが1枚乗っただけの安手だったが、大量リードしている和は、大きい手にこだわる必要がなかった。
しかし、東二局二本場、ドラは{8}。
「チー!」
一が捨てた{④}をみかんが鳴いた。{横④③[⑤]}と、赤ドラ含みで牌が晒された。そして、
「ツモ! 2200、4200!」
みかんがツモ和了りした。
{三四[五]⑤⑥34588} チー{横④③[⑤]} ツモ{⑦}
タンヤオ鳴き三色同順ドラ3だった。
東三局、一の親番。
「ポン!」
3巡目に、一の捨て牌である{中}を和が一鳴きした。とにかく、スピード重視だった。そして、
「ツモ! 500、1000。」
和が中ドラ1を和了った。
東四局は、みかんの親番。3位に大きく離されたみかんにとっては、ここで連荘して稼ぎたいところだった。しかし、
「リーチ!」
4巡目に一がリーチをかけた。
みかんは、一発をケアして現物で打ち回した。初瀬も同様だった。
和は、一の筋を切って手を進めた。
2巡後、
「リーチ。」
和がリーチをかけた。しかし、このリーチ宣言牌で、
「ロン! メンタンドラ1。5200。」
一が和を直撃した。
南入した。
後半戦で、初瀬は、まだ一度も和了れていなかった。
「(安い手でも良いから、とにかく和了らなきゃ…。)」
和から{東}が出た。初瀬の自風だ。
「ポン!」
初瀬が、すかさず鳴いた。そして、
「ツモ! 500オール!」
なんとかツモ和了りできた。
南一局で、ようやくヤキトリを解消。そして、連荘。
南一局一本場、ドラは{五}。この時の初瀬の配牌は、
{三四[五]七八28東白白發發發中}
親で混一小三元ドラ2の倍満二向聴。あわよくば大三元の手だった。さすがに、気合が入った。しかし、
「ツモ! 600、1100です。」
南一局一本場は、和が安手を和了った。まるで、夏の長野県予選一回戦で、今宮女子高校の田中舞の大三元をタンヤオドラ1で流した時のように…。
初瀬は、がっくりと肩を落とした。
南二局は、和の親番。
和の手の進みが早い。しかし、
「リーチ!」
先制したのは、みかんだった。この局面で、初瀬は、みかんの現物を一枚も持っていなかった。
みかんの捨て牌には、{1}と{7}が出ていた。
初瀬は、筋を頼って{4}を切った。しかし、
「ロン! リーチ一発タンヤオドラ2。8000。」
筋引っ掛けだった。{③}と{4}のシャボ待ち。南一局一本場での勝負手を流されて運が落ちたのか、吸い寄せられるように初瀬は振り込んだ。
南三局、一の親番。ドラは{南}。
やはり、和の手の進みが早い。そして、5巡目、
「リーチ。」
和がリーチをかけてきた。他家三人は、一先ず現物落としで一発を回避した。和の一発目のツモ牌は、{南}だった。これを和が捨てた時、
「ポン!」
初瀬が鳴いた。これで満貫一向聴だった。しかし、
「ツモ。メンピンツモドラ1。1300、2600。」
和がツモ和了りした。運が落ちた状態のプレイヤーが鳴くと、それが裏目に出る。その典型的なパターンだった。
オーラスを迎えた。ドラは{7}。
現在の各校点数は、
東家:白糸台高校 37600
南家:阿知賀女子学院 91200
西家:清澄高校 164100
北家:龍門渕高校 107100
親は、みかん。
このダンラスの状態。みかんとしては、なんとしてでも連荘して稼ぎ、淡に繋ぎたいところだった。
みかんの配牌は、
{一一[五][⑤]⑨149南北白發中中}
国士無双の三向聴。ただ、四枚の不要牌のうち、二枚が赤ドラという、ある意味もったいない手でもあった。
みかんの第一打牌は{[⑤]}。もったいなくても、先に危険な赤ドラを捨てた。すると、
「ポン!」
いきなり、一が鳴いた。晒したのは、
{⑤[⑤]横[⑤]}
と、既にドラ2が確定だった。
みかんのツモは{東}。一のポンは、みかんにとって絶好の鳴きだった。そして、打{[五]}。
しかし、次巡から、みかんのツモは不要牌が続いた。そして、
「ツモ! 2000、3900。」
一がタンヤオドラ3で和了り、副将戦が終了した。
「「「「お疲れ様でした!」」」」
各校点数は、
暫定1位:清澄高校 162100
暫定2位:龍門渕高校 115000
暫定3位:阿知賀女子学院 89200
暫定4位:白糸台高校 33700
阿知賀女子学院が龍門渕高校に逆転を許し、さらに25000点以上も引き離される結果となった。
初瀬は、憧と一緒に麻雀を打ちたくて転校してきた。それが、この結果…。
「(もう…。私が足を引っ張ってどうするんだよ…。)」
灼の快進撃で、折角イケイケムードになっていたのに、多分、みんな意気消沈しているだろう。さすがに、控室に戻りにくかった。
しかし、阿知賀女子学院の控室では、意気消沈どころか、逆転優勝に向けて意気込んでいる者がいた。深山幽谷の化身、高鴨穏乃だ。
穏乃は、憧の制服を借りてジャージから着替えると、控室を飛び出した。
途中で青い顔をした初瀬に会った。
「お疲れ、初瀬。」
「た…高鴨さん…。ゴメンなさい、折角2位だったのに。」
「気にしないでいいよ。それに、山は高いからこそ、登り甲斐があるんだから。」
「山って…。あっ、そう言えば、制服に着替えたんだ。」
「これ、憧のだよん。」
「憧の?」
「ジャージしか持ってこなかったからね。憧に着替えろって怒られちゃった。インターハイの時もそうだったんだけどね。」
「(ちょっと、それってなに? 憧の制服って、羨ましい。)」
「じゃあ、応援よろしくー!」
「が…頑張って…。」
初瀬は、
「(高鴨なんかに、憧を取られてたまるか!)」
ここに来て仲間の敗北を一瞬期待してしまった。穏乃を見送る彼女の身体は、悔しさで小刻みに震えていた。
一方、和は、
「(後半戦は、なんか自分の麻雀が打てた気がします。)」
と心の中で呟きながら、控室に向かう通路を明るい表情で歩いていた。
連荘を含めて後半戦は十一局あった。そのうち六局を和が和了ったのだ。安手ばかりではあったが、決して悪い結果ではない。
控室に戻る途中、対局室に向かう咲に出会った。
「咲さん。」
「和ちゃん。お疲れ様。」
「はい。咲さんも頑張ってください。」
「うん。衣ちゃんに淡ちゃんに穏乃ちゃん。強い人と打てて、きっと楽しいと思う。」
「そうですね。」
「じゃあ。」
「はい。」
普段見せないような嬉しそうな表情で、咲は、対局室に向かっていった。恐らく、この面子を相手に楽しそうと言える人間は、数少ないだろう。
咲が対局室に入った時、既に穏乃と淡が卓についていた。穏乃は{東}、淡は{北}をそれぞれ引いていた。
咲が引いたのは{西}だった。
少し遅れて衣が入ってきた。
「咲とは正月以来だな。今日は穏乃とも打てて衣は嬉しいぞ。それに、大星淡とは初めて打つが、結構面白い打ち手だと聞く。今宵は楽しく麻雀が打てる!」
衣は、オーラ全開だった。ここにも、この面子と打てて楽しいと言う人間がいた。数少ない一人だ。
サイが振られた。東一局がスタートする。親は穏乃。
淡の背後に宇宙空間が広がった。開始早々、当然のように淡の絶対安全圏が発動し、全員の配牌を支配した。淡のみ二向聴、他は五から六向聴だった。
3巡目の穏乃の捨て牌を、
「ロン! 5200。」
淡が和了った。
「(とにかく、行けるところまでは絶対安全圏とダブリーで押す!)」
さすがに、この圧倒的点差である。淡には、『まずは様子見』などと悠長に言える状況ではなかった。
東二局、親は衣。サイの目は7。
ここでも淡の絶対安全圏が発動し、淡以外は全員、五から六向聴だった。
「リーチ!」
淡がダブルリーチをかけた。そして、9巡目、角の直前で、
「カン!」
暗槓した。その次巡、
「ツモ! ダブリーツモ、カン裏4。3000、6000。」
淡の必殺技が決まった。普通、こんな麻雀をされたら勝ち目はない。これは、白糸台高校のエース、大星淡の力だ。
そして、東三局、親は咲。サイの目は6。
ここでも、淡は、
「リーチ!」
ダブルリーチをかけてきた。それもツモ切りリーチだった。配牌で聴牌していたのだ。もし、第一ツモが和了り牌なら地和である。
そして、10巡目、角の直前の牌で、
「カン!」
淡が{一}を暗槓した。ここまでは、前局と全く同じパターンだった。しかし、淡が嶺上牌を引いて、そのまま河に捨てると、
「ロン! タンヤオ一盃口赤1。7700。」
{二三四五七[⑤]⑤⑥⑥⑦⑦⑦⑦} ロン{六} ドラ表示牌{9} 槓ドラ表示牌{3}
咲の直撃を受けた。
衣が、咲の次のツモ牌をめくった。そこには、{[⑤]}が眠っていた。
「なるほど。もし、淡が{一}をツモ切りしても、次の{[⑤]}ツモで{⑦}を咲は暗槓して嶺上開花だったってことか。どうやら淡の攻撃は、咲には効かないみたいだな。」
「分かってるよ。インターハイの時にもやられたからね。まあ、ここまでは、ご挨拶ってことで…。」
「でも、咲の王牌支配も淡の配牌支配も面白い。穏乃の山支配のことも衣は十分知っている。やはり、今宵は楽しい麻雀になりそうだ! では、御戸開きといこうか!」
衣から激しいオーラが放たれた。これには、淡も驚いた。
「(凄い。これって、照みたいだ。じゃあ、私も楽しませてもらおうかな。)」
淡は、このオーラを当てられても怖気づくどころか逆に麻雀を楽しむスイッチが入ってしまった。勝つことだけを目的とせず、ただ、強い相手に何処まで自分を試せるか、そんな麻雀がしたくなったのだ。
東三局一本場。
この局は、淡はダブルリーチをしなかった。やはり、大方予想していたとおり、この面子を相手にダブルリーチは効かないと結論付けたのだ。
しかし、絶対安全圏は発動していた。淡以外は全員、五から六向聴だった。
ところが、ここに衣の支配も入ってきた。一向聴になると、ここから聴牌まで持ってゆけないのだ。そして、
「ツモ! 3100、6100!」
衣がハネ満をツモ和了りした。
東四局、淡の親番。早ければ、そろそろ穏乃の支配が見えてくる。淡も衣も、穏乃の動きをマークしながら打ち回していた。しかし、
「カン!」
動いたのは咲だった。そして、
「ツモ! 嶺上開花ツモドラ1。1300、2600。」
得意の嶺上開花を決めた。
南入した。南一局は穏乃の親番だった。
各校点数は、
東家:阿知賀女子学院 76600
南家:龍門渕高校 120000
西家:清澄高校 165900
北家:白糸台高校 37500
咲、淡、衣の3人には、卓の周りに、うっすらと靄がかかるような感覚があった。完全に穏乃の山支配が発動したと見てよい。
「(少し視界が悪くなった。今宵は満月では、ないからな。やはり、衣には不利か。しかし、まだ、衣には牌が見える。)」
強烈なオーラを放ちながら衣は牌を打った。そして、
「ツモ! 白対々三暗刻。2000、4000。」
満貫手を和了った。しかし、衣には分かっていた。ここから先は、衣の支配よりも穏乃の支配のほうが上回る。しかも、靄がかかるような感覚が、相手の手を読み取りにくくする。
衣は、いつもであれば相手の向聴数も、手の高さも、和了り牌も感覚的に全部わかる。しかし、穏乃のスイッチが完全に入ると、満月の夜でもない限り、この感覚が殆ど機能しなくなる。
加えて、衣の場の支配を穏乃の山支配が上回る。
南二局、衣の親番。
今までとは違い、衣の配牌三向聴だった。衣は、穏乃の支配で淡の絶対安全圏も崩れてきていることを悟った。
「(さすが、穏乃だな。)」
淡も、インターハイでの感覚を思い出していた。
「(あの時も、こんな風に、なにか視界が悪くなった感じがしたんだ。そして、カンができずに振り込んだりもした。)」
手の進みが悪い。支配力が落ちた感じがする。そのような中、
「ツモ! 2000、3900です。」
穏乃が和了った。
この時、衣と淡には、穏乃の背後に蔵王権現のような火焔が見えていた。
南三局、咲の親番。
この局も、衣と淡には、視界が悪い感覚があった。卓の周りにかかった靄が、前局よりも濃くなった感じがした。
しかし、数巡後、衣が手を進めるために切った{②}を、
「カン!」
咲が大明槓した。
今回のルールでは、大明槓の責任払いはなかった。よって、ここで咲が嶺上開花を決めてもツモ和了りとして扱われることになる。
嶺上牌を引き、
「もいっこ、カン!」
咲は、連槓で{西}を暗槓した。
この時の咲の手牌は、
{二三四⑤⑥⑦⑧} 明槓{横②②②②} 暗槓{裏西西裏}
続く嶺上牌は、{[⑤]}だった。そして、
「ツモ! 嶺上開花赤1。70符2翻は2300オール。」
まさかの五筒開花だった。しかも、赤五筒。森林限界を超えるところに咲く花には、この靄に関係なく、真っ赤な花を開花させた。
しかも、この和了り役は嶺上開花のみ。これは、嶺上牌が分かっていなければできない、咲ならではの和了りだった。
ただ、穏乃の支配が一層強くなっているのは事実だった。南三局一本場は、
「ツモ! タンピンツモドラ1。1400、2700。」
衣や淡が聴牌する前に、穏乃が和了った。
そして、オーラス。淡の親番。
この局は、衣と淡にとっては、濃霧がかかっているような感覚しかなかった。自分の支配が完全に途切れ、深山幽谷の化身に全てを支配されていた。
そのような中、咲だけは普段とあまり変わらない表情をしていた。穏乃の支配を受けているはずだが、靄や霧に対しての受け止め方が違うのだろう。森林限界を超えた花には、靄も霧も関係なかった。咲だけは、視界が悪くなる感覚を受けないでいた。
「ツモ! 平和一盃口ツモドラ1。1300、2600。」
しかし、和了ったのは穏乃だった。やはり、穏乃の持つ後半の山支配は強力だった。
各校点数は、
暫定1位:清澄高校 164800
暫定2位:龍門渕高校 119100
暫定3位:阿知賀女子学院 88900
暫定4位:白糸台高校 27200
引き続き、清澄高校がダントツ、白糸台高校がダンラスの状態にあった。しかし、本大会はダブル役満以上もありで、しかも、二家和(ダブロン)や三家和(トリロン)が認められているルールだ。まだ、何が起こるか分からない。
咲が席を立った。
「お…おトイレ行ってきます。」
そして、咲は、小股で走りながら対局室を出て行った。
「(ええと、おトイレは、どっちだったかな…。)」
案の定、迷子になっていた。
「咲、どうしたの?」
背後から、聞き慣れた声がした。みなもの声だ。
咲にとっては、天の声だった。この決勝戦の休憩中に、みなもに声をかけられて、救われると思ってもらえたのは、これが初めてかもしれない。
「ねえ、みなも。おトイレ、どっちか知らない?」
「それなら、逆方向だよ。私も方向音痴だけどさ、咲のほうが酷いよね。まあ、私が連れて行ってあげる。」
みなもが、咲の手を取り、トイレのほうに向かって走り出した。
一方、イーヴリンは、長野以外の選手にも目を通していた。
たしかに、大星淡や松実玄など、面白選手がいた。
ただ、玄の場合は狩る側ではなく狩られる側のほうが似合っている。玄の性器に22センチの棒が挿入され、直径10センチまで太くなり、レイプ目になる。いっそのこと、さらにそこから後ろの穴も攻めたてたら面白い。今の地下麻雀ルールにはないが…。
そして、みだらな液を吹きまくる。
そのほうが客には受ける。しかし、数回出場させたら終わりだ。飽きられてしまう。客は、常に新しい打ち手が恥辱を受けるのを楽しみにしているのだ。
また、淡も能力的に狩る側としては不十分だ。ミナモほど強烈ではない。
そんな中、日本に無名だが面白い選手がいるのを見つけた。スター性、意外性なども含め、ニーマンが喜びそうな選手だ。
早速、イーヴリンは航空券や宿泊先の手配を始めた。