秋季大会県予選が始まった。
一回戦から準決勝戦まで上位2校抜けて行われる。そして、決勝戦に進んだ4校は信越大会に進むことになる。
今大会には、龍門渕高校と鶴賀学園の名前がなかった。そのため、清澄高校と風越女子高校の一騎打ちとされた。
清澄高校は第一シードで一回戦は免除だった。二回戦からの出場となった。
閑無がオーダーを発表した。
「最速で終わらせる。先鋒は咲。」
「はい。」
「例の件。頼んだぞ。」
「でも…。」
「インターハイ個人決勝戦の時も、熊倉さんから電話を受けてたんだろ。」
「知ってたんですか?」
咲は、あの日、一回戦で明星をトバし、二回戦で穏乃とみなものプラマイゼロを作り上げ、決勝戦でみなもと咲が同時優勝するように点数調整した。これは、全てトシが依頼したことだった。信じ難いことだが…。
特に一回戦では、明星を容赦なく叩き潰すように指示されていた。それで、最強(最凶)の支配力を発揮して明星をトバした。
「例の件ってなんですか?」
和が閑無に聞いた。咲以外には、今回関無が慕から依頼された内容を知らせていなかったのだ。
「まあ、ちょっとな。派手にやってくれってことだ。」
「そうですか。派手に勝って来いってことですね。」
「まあ、そう言うことだ。それで、次鋒は、みなも。万が一のことがあっても、ここで終わらせろ。」
「はーい。」
「中堅は優希、副将は数絵、大将は和。以上だ。じゃあ、恭子。」
「わかってます。それじゃ、いくよ、咲。」
「は…はい。」
方向音痴の咲が迷子になって失格にならないように、恭子に対局室まで付き添ってもらうことになっていた。
対局室に咲が入ってきた。
「(タコスちゃんのタコス…じゃなくて、優希ちゃんの優希…、でもなくて、タコスちゃんの優希って、あれ? おかしいな。まあ、いっか。タコスちゃんの優希を食べたから、これで起家になれるかな?)」
もはや、咲の中では『優希=タコス』であった。ただ、タコスを食べることはあっても優希を食べることはない。
咲が目を瞑った。そして、再び彼女が目を開いた時、彼女の表情は、感情の無い冷たいものへと変わっていた。まさに、インターハイ個人戦決勝トーナメント一回戦の再現とも言える。
咲が場決めの牌を取った。タコスパワーで狙ったかのように{東}を引いた。そして、女子高生麻雀部員達にとって、この上ない恐ろしい出来事が始まった。
東一局、咲の親。
「ツモ。嶺上開花。4000オール。」
咲の、作業のような和了りだった。そこには、喜びも何もなかった。ただ、当たり前のように嶺上開花を和了っただけだ。
東一局一本場、咲の連荘。
「ツモ。嶺上開花。4100オール。」
これも作業のような和了り。そして、二本場、
「4200オール。」
三本場からも…、
「4300オール。」
「4400オール。」
「6500オール。」
「4600オール。」
「6700オール。」
「4800オール。」
「6900オール。」
「5000オール。」
「5100オール。」
「5200オール。」
「2300オール。」
「5400オール。」
「3500オール。」
「5600オール。」
「5700オール。」
「5800オール。」
「5900オール。」
十九本場で、咲以外は全員0点になった。
そして、歴史的とも言える恐怖の二十本場がはじまった。
咲以外は、全員が半泣き状態だった。もう麻雀牌なんか見たくない。さっさと、この場から逃げ出したかった。
この試合が終わったら、3人とも多分、こう言うだろう。
「もう麻雀なんか、やめるー!」
そして、その時は来た。
「ポン!」
対面が捨てた{中}を咲が鳴いた。そして、次巡、
「カン。」
{中}を加槓した。そして、
「もいっこ、カン。」
{東}を暗槓。
「もいっこ、カン。」
{南}を暗槓。
「もいっこ、カン。」
{西}を暗槓。そして、嶺上牌は{北}。
「ツモ。嶺上開花。小四喜字一色四槓子。秋季大会は、トリプル役満ありのルールですので48000オールの二十本場は、50000オールです。」
咲は、これだけ大きな和了りを見せても、決して嬉しそうな顔をしていなかったし、声も坦々としていた。
三家トビで終了。しかも、電光掲示板には、清澄高校以外のところは、全て-50000点の文字が記された。
咲の点数は550000点。全て数字がピッタリ過ぎて笑えなかった。
たしかに、派手に勝った。
「もの凄い偶然ですね。」
和は、笑顔でそう言いながらも、
「(絶対にワザとですね、咲さん。例の件って、これだったんですね。)」
小刻みに震え、額には血管が浮き出ていた。
その日の夕刊には、『奇跡の55万点!』の見出しで咲の姿がデカデカと載っていた。当然、ニュースでも報道された。
ただ、報道陣は、今回のことを、
『もの凄い偶然!』
として、この奇跡的点数を取り上げた。協会側からの圧力で、偶然以外の言葉を使わせなかったのだ。つまり、意図的ではないと報道させた。
もし意図的にやったならば、20本場続けることも、最後にトリプル役満を和了ることも全て本人の意思でできることになる。さすがにそれは信じられない。
かつて、有珠山高校の獅子原爽が言ったとおりだ。
『麻雀だと表向きは偶然で済む。』
しかし、麻雀関係者の中には、これが意図的な点数調整によるものと捉えている者もいた。ただ、それを公的に言葉にすることはタブーとされた。そう考えるであろう者達に、トシが先手を打って釘を刺していた。
翌日午前中に行われた三回戦では、咲は先鋒で出場し、全員を容赦なくトバした。
全員が-114800点にされた。
そして、咲自身は、444400点。これも、
『もの凄い偶然。4並び!』
として昼のニュースで報道された。
この脅威の点数調整を目の当たりにして、殆どの選手達の心が折れた。
監督やコーチも同じであった。点数を自由自在に操ること…。それは、点数を競う競技そのものの根底にかかわる。
ただ、全員の心が折れたわけではなかった。ごく一部だが、強い心を持つ者達が、咲への挑戦に決起した。
「ねえ、咲。やりすぎたんじゃない?」
みなもは、咲のことが心配だった。負けた者達が、背後から刺してくるのではないかとの恐怖もあった。自分が地下麻雀でやっていた虐殺と何ら変わりはない。
「でも、それが依頼だったから…。」
咲は、小さな声でそう答えた。卓に付くと最強捕食生物、卓から離れると単なる被捕食者側の小動物のような雰囲気。それが咲だった。
このギャップは、毎度のものだった。
ただ、今回の件は、さすがにマズイと、みなもは思った。最強捕食生物の時は、別に心が苛まれることはないだろう。しかし、小動物となる時間帯のほうが長い。その時、咲は平静でいられるのだろうか?
今の咲は、自分のためではなく、指示する者のためだけに戦うバトルマシーンと化していた。かつてのミナモ・A・ニーマンのように…。
ただ、ミナモ・A・ニーマンは常に最強捕食生物でしかなかった。小動物となる時間帯が存在しなかった。だから、壊れなかった。
しかし、咲は違う。
そのうち、咲の心が壊れるのではないか?
そこを、みなもは、危惧していた。
「ねえ、監督。」
「どうした、みなも。」
「もう、いいでしょ。これ以上、咲に変なことさせないで。」
「ああ。いくら協会からの指示でも、もう、ここまでにする。」
「協会?」
「あっ!」
閑無は、うっかり言葉に出してしまった。これを聞いて、みなもも和も、
「「協会って何ですか!」」
途端に閑無を問い詰め出した。
さすがに、閑無も分が悪い。全てを話すことにした。
「咲には、インターハイの時に熊倉さんから連絡が行っていたみたいなんだけど、マホが大変な能力を発揮し出した。和には理解できないことかもしれないが…。」
すると、和が、
「でも、私も咲さんとお付き合いし始めて…。」
「あ゙っ?」
つい、和は言葉の表現を間違えた。自分の希望が出てしまったようだ。
それで、みなもが変な声を出した。
「済みません。そうじゃなくて、咲さんと『友人として』付合うようになって、もう一年以上が経ちます。さすがにオカルトの耐性はできました。」
「そうか。なら話すが…。マホが非能力者に他人の能力のコピーを移植することができるようになったらしい。」
「はぁ?」
たしかに和は、自分で言うように能力について理解するようになってきた。しかし、能力の移植は、和には受け止め難いことであった。和の考えるオカルトの枠を遥かに超えていた。
「その移植術を受けたのは2人。1人はニーマンの姪。そして、もう1人は、昨年のインターハイで劔谷高校の大将を勤めた安福莉子…。」
和も、みなもも、
「「(だれそれ?)」」
と言う顔をしていた。
2人には、安福莉子はマイナー選手過ぎた。
莉子は、留学の名目でヨーロッパに旅立っていた。ニーマンの魔法にかかり、自発的にドイツに渡ったのだ。しかし、協会側が想定していた選手ではなかったため、この状況になって初めて協会側も把握した状況だった。
関無の話が続いた。
「マホ達に立ち向かうためには、日本選手全体の底上げが必要と考えた。それで、咲を目標に有望選手を奮起させたいらしい。」
「奮起ねぇ。」
みなもには、これを見て奮起する選手がいるか疑問だった。自分だって咲の妹でなかったら…、小さい頃から一緒に麻雀を打っていなかったら…、咲への耐性が無くて心が折れていただろう。
「細かいところは、後で学校に戻ってからビデオを見せて説明するよ。」
「でも、もう咲にムリをさせないんだったら、準決勝からは通常のオーダーに戻してくれるでしょ?」
「そうするよ。これ以上は、偶然では済まされなくなるからな。」
そして、準決勝戦のオーダーは、先鋒はみなも、次鋒は優希、中堅は和、副将は数絵、咲は大将になった。で、結局、みなもと優希の2人だけで決勝進出を決めた。
県予選三日目。決勝戦は、先鋒は優希、次鋒は数絵、中堅は和、副将はみなも、大将は咲となった。後から強い順に並べるオーダーだった。
秋季大会では、まだ、どのオーダーが最良か手探り状態のケースもある。それで、色々とメンバーの順番を入れ替えて試すところもある。
ただ、県大会レベルで、今の清澄高校のオーダーを考えること自体が無意味かもしれない。決勝戦は、副将戦でみなもが他校をトバして優勝した。衣を中心とする龍門渕高校のレギュラー5人がいなくなった今、清澄高校は長野県では敵なしの状態になった。
だが、この敵なし状態は、言い換えれば長野県には、他に有望選手がいないことを示していた。
龍門渕高校は全員3年生で、もう高校生の大会には出場しない。
風越女子高校は、秋季長野県大会で2位だったが、文堂星夏くらいしか有名どころはいかった。ただ、その星夏でさえ、咲やみなもどころか和や数絵にも到底及ばないし、優希や栄子のレベルにも到達していなかった。池田華菜も吉留未春も3年生。風越女子高校には既に勝ち目はない。抗う術すらなかった。
鶴賀学園の麻雀部は部員がいなくて解体…。
そういった意味では、
「宮永…。舐めたマネして。今度こそ、私が高2最強になってやる!」
泉の負けん気は評価されるべきだろう。
千里山高校では、既に監督の愛宕雅恵でさえ心が折れていたのだから…。
姫松高校でも、
「さすがに、生徒を壊させたくないわ…。恭子ちゃんの裏切り者…。」
監督の赤阪郁乃も、咲との戦いを避けたいとさえ思っていた。それに、もし咲の調子が悪い日があっても、清澄高校には、みなもがいる。
それに、和も数絵も今年の春季、インターハイともに個人戦ベスト16入り。3年生を除いたインターハイ個人順位は4位と8位。とても姫松高校に勝てる見込みはない。
射水総合高校の寺崎弥生でさえも、インターハイ個人戦で、みなも、穏乃、淡に世界の違いを知らされ、そのさらに上を行く咲に抗うことを諦めていた。
しかし、そういった中でも奮起する者達がいた。
白糸台高校では淡、麻里香、みかんが、阿知賀女子学院では穏乃、憧、ゆいが、永水女子高校では明星と湧が咲に対して闘志を燃やしていた。
臨海女子高校でもネリーと郝は、咲とみなもとの戦いに焦点をあわせていた。そして、新たに加わった日本人選手も…。
また、兵庫県では、1人の中学3年生が打倒咲を目指していた。
「あのクソ女。絶対に許さないんだから、モー!」
その少女は、どうやら咲に、個人的に恨みがあるようだった。それで、来年のインターハイで咲と戦って勝つことを目標にしていた。
彼女の名は椿野美咲。昨年インターハイで劔谷高校の先鋒を務めた椿野美幸の妹であった。彼女もまた、麻里香やみかんと同じで、姉の失禁事件をネタに弄られていた。その恨みを晴らしたい。それが彼女の原動力だった。
ただ、あの事件以来、美咲は、自分の名前が気に入らなくなった。『咲』の文字が入っていたからだ。周りから名前を呼ばれる度に、テストで名前を書く度に、フラストレーションが溜まっていた。
県大会翌日、みなも達が部室に集まった。
マホ関連の打ち合わせである。例の地下麻雀関係のBD観賞(?)もあるかも知れない。それで、部長の和は、みなも、咲、優希、数絵、栄子、ムロ以外には声をかけなかった。勿論、
「(須賀君に見せたら、ディスクを持って帰ってしまいそうですからね。)」
京太郎も例外ではなかった。
あと、ここにいるのは監督の閑無とコーチの恭子だけであった。
「じゃあ、これ。頼む。」
「はい。」
恭子は、閑無からBDを受け取ると、それをBDプレイヤーに挿入した。
今回の映像は、例の地下麻雀ではなく欧州大会の様子が録画されたものだった。和は、少しホッとした。今回は、あのグロい映像ではないのだ。
この大会のルールは、大明槓の責任払いがないこと以外は、インターハイと同じで、赤ドラはありだが、ダブル役満以上は認められていなかった。ただ、前後半戦には分かれておらず、先鋒から大将まで、各1半荘のみの戦いだった。
先鋒はマホ。ここでは、優希のコピーでも天和は出なかった。相手の力量と言うか、支配力も影響するようだ。さすが、欧州各国の代表選手だけはある。
東二局で、マホは{東}と{北}を鳴いた。そして、
「小四喜。8000、16000ですぅ。」
初美の技だった。
次々と繰り出されるコピー戦術。一気に大量リードを作った。
次鋒は、ニーマン(姪)であった。
彼女の打ち筋を見て、恭子が固まった。
「絶一門!」
それは、石戸霞の打ち方だった。労せずして面前清一色を和了る。恐ろしい爆発力。胸まではコピーされていなかったようだが…。
「今のところ、1人の選手に対して2人の選手のコピーは移植されていないらしい。あくまで、1人に対して1人のコピーだけのようだね。それと、移植したコピーを、マホは使えなくなるみたいだ。」
閑無が慕からもらった書類を見ながら言った。
「毎回、こんな打ち方するんですか? ニーマン姪は?」
恭子が閑無に聞いた。
「普段は、守りの打ち方をするらしいけど、今回は攻めに出ている。」
「では、本当に石戸霞そのものと言うわけですか。」
「そうみたいだね。しかも、マホとは違って、そのコピーをずっと使い続けることができる。」
「では、完全に石戸霞そのもの…。」
ニーマン(姪)は、マホが作ったリードをさらに広げて中堅に繋いだ。
中堅は、日本人だった。
「だれこれ?」
このみなもの問いに、恭子が答えた。
「昨年のインターハイで劔谷の大将を任されていた安福莉子。高鴨穏乃に山越の七対ドラ2を振り込んで敗れた子…。」
昨年インターハイでは、莉子は極めて普通のデジタル打ちを見せていた。しかし、この映像では、その時と打ち方が変わっていた。
これを見て、恭子が黙り込んだ。
「(似てる。この打ち方、もしかして…。)」
他家3人が聴牌した。しかも、莉子の手牌の半分が、誰かの和了り牌になっていた。しかし、それをかわして莉子がツモ和了りを決めた。
「やっぱり!」
恭子が大声を上げた。
「監督。これって、洋榎の打ち方じゃ…。」
「そう。愛宕洋榎のコピー。」
莉子は、そのまま他家の和了りを阻止し、下家をトバした。
「今のところ、優希や咲のコピーはマホが使っている。」
「と言うことは、移植されていないってことですね。」
「そうなるな。ただ、マホは、1つのコピーを一局しか使えない。そうなると、使い勝手が悪いコピーがいくつかある。」
「例えば、前チャンピオンと、みなもですかね。」
「そう。連続で和了れてこそ意味がある。となると、その2人のコピーはマホには不要になる。よって、その2人の移植者が出てきてもおかしくないと思うんだ。」
「たしかに、そうですね。つまり、ドイツチームは、あくまでも可能性としてですが、マホに前チャンピオンに、みなも、永水のお…。」
恭子は、つい『おっぱいオバケ』と言いそうになった。
「石戸霞だな。」
閑無は、『お』で恭子の意図するところがわかった。それだけ、霞の胸は衝撃的だったと言えよう。
「はい。それと洋榎のチームになるってことですかね。」
「まあ、可能性としてはな。ただ、少なくともマホに石戸霞に愛宕洋榎の3人は確定だろうな。」
「石戸霞と洋榎のディフェンスはピカイチ。マホに大量リードされたら、たまったものではありませんね。」
これを聞いて、和は、言葉を失っていた。
昨年の夏、霞には、咲だから勝てた。恐らく、和では勝てなかった。洋榎にも、久との対戦を見る限り和が勝てる見込みは薄い。勝てても僅差だろう。
マホに大量リードされたら、霞と洋榎を相手に追いつくことができる人間は、咲とみなもくらいしかいない。
だが、ここに照とみなものコピー移植者が出てきたら…。
これ以上は、考えたくなかった。
それから少しして、信越大会が開催された。
今は、ドイツチームのことを考えていても仕方がない。目の前にあるタスクを一つずつクリアして行くことが大事だ。
信越大会は、長野県、新潟県、富山県、石川県、福井県の5県の代表校によって2日間に渡って開催される。1日目が一回戦と準決勝戦、2日目が決勝戦である。三回勝てば優勝となる。
信越5県のうち4県は、信越大会に3校が出場する。直前の夏のインターハイで県代表校が最も優秀な成績を収めた1県、つまり長野県のみ4校が信越大会に出場する。
それと、今回の秋季大会は、ダブロン(二家和)、トリロン(三家和)は無しになった。昨年の弥生への悲惨なトリロンを見て、今回はアタマハネを採用することになった。
「オーダーを色々いじるよ。どのオーダーが一番良いか、ちょっと実験させてもらう。それと、栄子にも試合を経験してもらう。」
「私もですか?」
「そう。まあ、後にみなもや咲が控えているから、安心して打ってきな。」
「は…はぁ…。」
「自信を持ちなって。栄子は、自分で思っているよりも強いよ。だから大丈夫だって。」
閑無は、表向き『オーダーの実験』と言っていた。
しかし、実際には慕から色々依頼されており、このオーダーをいじるのも慕から頼まれたことだった。
何故か?
和、優希、数絵、栄子の試合を慕達が見たいからだった。それも、みなもや咲が、先に大量リードを作っていない状態でだ。
世界大会のメンバー、補員を含めて7人中、みなもと咲は、余程のことがない限り確定だろう。ただ、他の5人をどうするか、それが、この1年間の課題だ。
勿論、来年、とんでもない1年生がデビューするかもしれないが、少なくとも現状把握はしておきたい。それが慕達の思うところだった。
一回戦は、先鋒に補員の栄子を起用した。次鋒に数絵、中堅に和、副将にみなも、大将に咲のオーダーだった。
対戦相手は、福井県の甲ヶ崎商業高校、石川県の鞍月高校、富山県の射水総合高校だった。いずれも各県の麻雀強豪校だ。
しかし、甲ヶ崎商業高校は、昨年のインターハイ一回戦で清澄高校が倒した相手。
鞍月高校は、昨年のインターハイ一回戦で姫松高校が倒した相手。
射水総合高校は、昨年の秋季大会決勝戦で清澄高校が倒した相手。
普通なら、常勝清澄高校としては、ナメてかかってしまうクラスだろう。
しかし、栄子には、そんな気持ちは一切なかった。負けたらみんなに迷惑がかかる。ただ、その気持ちだけで心の中は、いっぱいだった。
射水総合高校の先鋒は、寺崎弥生。聴牌すると壁牌にある自分の和了り牌の場所が分かる能力を持つ。今年のインターハイ個人戦15位。そう言えば、彼女の姉、寺崎遊月も2年生の時にインターハイ個人戦15位だった。これはこれで、もの凄い偶然と言えよう。
場決めがされた。起家は弥生、栄子は西家だった。甲ヶ崎商業高校が南家、鞍月高校が北家になった。
東一局、弥生の親。
今回は運が良いのか、弥生は4巡で聴牌した。平和一盃口ドラ2。11600点の手だ。しかも、待ちは{147}と良形。和了り牌の{1}が、栄子の次のツモのところにあった。
しかも、栄子は1巡前に{1}を切っていた。下手にリーチをかけると出ないかもしれないので、弥生はダマで待った。
栄子のツモ番。弥生は、和了れるものと思っていた。しかし、出てきたのは{北}だった。
「(どうして?)」
そして、次巡も栄子は{北}を切ってきた。アタマを落としたのだ。そして、数巡後、
「ツモ。300、500です。」
栄子がフリ聴の{1}単騎で和了った。愛宕洋榎に似たディフェンス能力を持つ栄子は、直感的に弥生の和了り牌がわかったのだ。それで止められた。
しかし、弥生には、何故止められたのか理解できなかった。
東二局、この局も栄子が、
「ツモ。平和。400、700です。」
弥生の聴牌をかいくぐり、小さい手を和了った。
東三局、栄子の親番。ドラは{白}。
8巡目で弥生が大きな手を張った。
{①①②②③③白白白發中中中}
筒子の面前混一色、小三元、チャンタ、一盃口ドラ3。{發}単騎待ち。しかも、次の栄子のツモ牌と、次巡の自分のツモ牌が共に和了牌だった。
弥生の捨て牌は、字牌で切り出し、萬子、筒子、索子がいずれも出されていた。偶然にも、あまり染め手の雰囲気は出ていなかった。
{發}は1枚切れ。甲ヶ崎商業高校が捨てていた。これなら多分、栄子から出るだろう。もし止められても、次でツモ和了りすれば良い。
この時だった。妙なエネルギー波が弥生を襲った。出所は、栄子だ。
栄子のツモ番。{發}は止められた。捨てたのは{②}。すると、
「チー。」
鞍月高校が鳴いた。これによって、弥生の和了り牌である{發}は、甲ヶ崎商業高校に回った。当然、甲ヶ崎商業高校は{發}を捨てた。
「ロン。32000!」
弥生が和了った…はずだった。しかし、
「済みません。アタマハネです。七対子ドラ2で9600です。」
栄子に和了られた。
もし、鞍月高校が鳴かなければ弥生は数え役満ツモ和了り。8000、16000だった。
しかし、栄子のディフェンス能力は、相手の力量によって削れる点数上限が決まっており、それを超えた時点で栄子から削れなくなると言うもの。しかも、他家が削った分も含めての計算になる。
例えば、優希が栄子から削れる上限は10000点で、東一局で咲が栄子から12000をいきなり直取りしたとすると、既に優希の上限点数を超えているため、優希は栄子から点が取れなくなる。栄子への直撃もツモ和了りもできなくなるのだ。数絵ならば15000点まで削れるが、栄子が12100点を支払った後は、数絵も栄子から3000点以上削ることができなくなる。上限値の15000点を超えてしまうからだ。しかも、この能力は強力で、咲やみなもでも破ることができなかった。
ただ、咲とみなもの上限は、50000点を超えていたが…。
東二局までに栄子が和了った点数の合計は2600点。ここから16000点を栄子から払わせる場合、栄子から13400点を削れる力量がないと和了れない。
数絵よりもランク下の弥生の力量では、削れる上限は12000点程度。そのため、この手をツモ和了りすることができなくなったのだ。これが栄子の持つ能力…強制力だった。
これで、一瞬にして弥生のツキは落ちた。
結局、そのまま栄子に走られ、清澄高校がトップで先鋒戦を終えた。
その後、次鋒の数絵、中堅の和で甲ヶ崎商業高校をトバし、清澄高校は二回戦進出を決めた。2位通過は、射水総合高校だった。
栄子の活躍のために、ルールをアタマはねに変えました。
今回の咲の55万点とか444400点は、半ばギャグとして捉えて頂ければと思います。