春季大会のルールは、基本的に秋季大会と同じだった。また、一回戦は、先鋒戦、次鋒戦、中堅戦、副将戦、大将戦の、いずれも半荘1回ずつの計5半荘での戦いだった。二回戦から、5人が前後半戦の半荘2回ずつを戦うようになる。
大会初日は、抽選の後、Aブロックの一回戦が二試合同時に行われた。それが終了した後、Aブロックの残りの一回戦二試合が行われた。
大会2日の朝、Bブロックの試合のうち、二試合が同時にスタートした。そして、それらが終了した後、残る二試合が行われた。
清澄高校は、一回戦最後の試合に登場した。
対するは、インターハイにも出場していた3校。北大阪の千里山女子高校、愛媛県の大生院女子高校、神奈川県の東白楽高校だった。
ちなみに、二回戦は大会3日目にAブロックの二試合が、大会4日目にBブロックの二試合が、それぞれ同時に行われる。
大会5日目は、準決勝の二試合が同時に行われ、大会6日目に決勝戦が開催される。
その翌日、個人戦の予選が行われ、大会8日目に個人戦決勝トーナメントが開催されるスケジュールになっていた。
清澄高校先鋒の片岡優希は、インターハイ準決勝戦や決勝戦の時と同じように控室でマントをまとった。
「また、それか?」
清澄高校麻雀部唯一の男子部員、須賀京太郎が、いつもの調子で突っ込んだ。
「別にいいだろ、イヌ。東風の神として、颯爽と登場するんだじぇ。」
優希は、咲のことを咲ちゃん、みなものことをミナちゃん、和のことをノドちゃん、数絵のことをカズちゃん、栄子のことをエイちゃん、京太郎のことをイヌと呼んでいた。
なので、「イヌ」は、普段のやり取り。清澄高校麻雀部では、良くある光景だ。
しかし、そう言いながらも、今日の優希は、顔色が優れなかった。京太郎には、優希が虚勢を張っているようにも思えた。
千里山女子高校の先鋒は、二条泉。
原村和を強く意識し、自分が同学年最強を連呼する泉だが、咲やみなもを毎日見ている京太郎の目には、泉は、ちょっと強い程度にしか映らなかった。
また、これまでの戦績を考えると、京太郎には、東場の爆発力がある分、泉よりも優希に軍配が上がるように思えた。これは、身内贔屓ではなく、純粋な彼の感想だった。
他の2校の先鋒も、特に騒がれている様子も無い。
京太郎は、優希の楽勝を信じていた。
「まあ、いいか。頑張れよ。」
「いってくるじぇい。」
優希は元気に答えたが、やはり京太郎には、どことなく空元気のように見えた。
心配した表情で、京太郎は、優希を見送った。
控室には、現部長の染谷まこ、1年生の宮永咲、宮永みなも、原村和、南浦数絵、園田栄子の他に、前部長の竹井久もいた。久は、清澄高校の自称コーチとして特別に控室に来ていた…、というか紛れ込んでいた。
さすがに彼女達も、優希の様子が少しおかしいことに気付いていた。
昨年夏、清澄高校1年生トリオの1人目と呼ばれた優希は、インターハイで1年生先鋒として良好な戦績を残し、しかも決勝戦では史上初の天和を東一局一本場で和了った。
そして、かつて自称だった『東風の神』は、今では周囲からも認められた彼女の二つ名になっていた。
そんな彼女に、当然マスコミは注目を集めていた。
カメラが一斉に彼女の姿を捕らえた。
彼女が対局室に入ると、既に千里山女子高校の二条泉が場決めの牌をめくっていた。彼女のめくった牌は{南}だった。
「お前が清澄の先鋒か。」
「そうだじぇい。よろしくたのむじぇい。」
そう言いながら優希がめくった牌は{東}だった。何故か、彼女の起家率は高かった。
「東風の神だかなんだか知らないけど、この高1最強の二条泉が、お前を葬ってやる。」
早速、泉の攻撃…というか口撃が始まった。まず、インターハイでの優希の大活躍が気に入らなかったし、清澄1年トリオと称されてマスコミにも取り上げられ、自分よりも目だっているのも気に入らなかった。
「留年したのか?」
優希の何気ない一言だった。
数日前に1年生時の終了式が終わったので、もう2年生になったと優希は思っていた。
「違う。4月からは2年生だ。でも、まだ3月だから1年生なんだ。」
「そうか。そういうことか。でも、だったら高1最強はおかしいじょ。誰がどう考えても高1最強は、インターハイチャンピオンの咲ちゃんか、北欧の小さな巨人、ミナちゃんだじぇい。」
優希が卓についた。
「(昨日の夜から、お腹が痛いじょ。)」
どうやら、この腹痛が、優希の顔色を悪くする原因のようだ。
しかし、優希の体調のことなど、泉は気にもかけなかった…というか気付かなかったというのが正しいだろう。
「私は、実力的に宮永咲に負けているとは思わない。それに、ミナモ・ニーマンは補欠じゃないか。」
「んーん。最近、こういうのが多い気がするじょ。」
たしかに、信越大会での射水総合高校寺崎弥生といい、この泉といい、自分が一番強いと思い込んでいる輩が目に付いた。
これはこれで、咲やみなもに近しい優希にとっては面白くなかった。
「ミナちゃんは、折角チームの輪が出来ているんだったら、それを壊さないようにっていって、私にレギュラーを譲ってくれたんだじぇい。普通に打ったら、私はミナちゃんの足元にも及ばないじょ。」
そう言いながら、彼女は右脇腹下のあたりを手で押さえた。相当痛みが酷いようだ。
大生院女子高校と東白楽高校の先鋒が対局室に入ってきた。
これを見て、泉は優希への口撃をやめた。
二人が、残る2牌をそれぞれめくり、東白楽高校先鋒(2年生)が西家、大生院女子高校先鋒(2年生)が北家になった。
「(半荘1回くらい、この痛みに耐えなくちゃだじぇい。)」
そう自分に言い聞かせながら、優希がサイを回した。
出た目にあわせて、順に牌を取ってゆく。
ドラは{二}。
優希の配牌は、
{三四[五]五五④[⑤]⑥⑦3[5]東中白}
東場の優希にとっては、まあまあの配牌。インターハイ決勝のときのように、いきなりダブルリーチ、天和、ダブルリーチといけるほうが、むしろおかしい。
ここから、打{中}。
次巡、優希は{[⑤]}ツモ、打{白}。
更に次巡、優希は{4}ツモ。
手牌は、
{三四[五]五五④[⑤][⑤]⑥⑦34[5]東}
ここから打{東}。
「リーチだじぇい!」
「チー!」
泉が一発を消した。しかし、優希は次巡のツモ牌をそのまま表にして自分の前におき、手牌を倒した。
ツモ牌は{⑥}、裏ドラ表示牌は{四}だった。
「ツモ! メンタンピンツモドラ7で12000オールだじぇい!」
いきなりの高火力。
各校点数は、
東家:清澄高校 136000
南家:千里山女子高校 88000
西家:東白楽高校 88000
北家:大生院女子高校 88000
泉が山を崩す際に、次の上ツモ牌をわざと落とした。
めくれたのは{③}。泉が鳴かなければ一発高めツモで数え役満だった。
東一局一本場、ドラは{北}。
「ポン!」
東白楽高校先鋒の捨てた{東}を優希が鳴いた。
次巡、
「カン!」
優希が{中}を暗槓した。槓ドラ表示牌は{發}。そして、そのまま、
「ツモ! 嶺上開花。咲ちゃんみたいだじぇい。」
{①②③④[⑤]北北} ポン{東横東東} 暗槓{裏中中裏} ツモ{⑥}
ダブ東中混一嶺上開花ドラ7の数え役満だった。嫌でもインターハイ決勝戦の天和を思い起こさせる連続高打点の和了りであった。
各校点数は、
東家:清澄高校 184300
南家:千里山女子高校 71900
西家:東白楽高校 71900
北家:大生院女子高校 71900
これ以上、優希に和了らせてはマズい。泉は、鳴いて流すことにした。
「ポン! チー! ツモ! 1200、2200!」
そして、泉は、この親で連荘して稼ごうと思った。しかし、
「ツモ! 2000、3900だじぇい。」
優希が和了った。泉にとって、この親被りは痛かった。
続く東三局、東白楽高校の親番、
「ロン! 5200!」
面前で泉が和了った。東白楽高校への直撃だった。
そして、東四局は、
「ツモ! 500、1000です。」
東白楽高校が和了った。安手だったが、東風の神が、いつ高い手を和了るかもしれないとの判断から、急いで流したのだった。
南入した。
「「「(もう東風の神は怖くない!)」」」
泉も東白楽高校先鋒も大生院女子高校先鋒も、そう高をくくっていた。
そして、南一局、
「ツモ! 2000、4000!」
大生院女子高校が和了り、ヤキトリを解消した。
各校点数は、
暫定1位:清澄高校 185500
暫定2位:大生院女子高校 75700
暫定3位:千里山女子高校 75300
暫定4位:東白楽高校 63500
ここで、泉は3位に後退した。
当然、南二局は連荘して稼ぎたいところだった。しかし、
「ツモ! 1600、3200だじぇい。」
東場だけマークすれば良いと思っていた優希が和了った。
優希がインターハイの後、どれだけの努力をしてきたか、泉達は全然知らなかった。咲達を相手に、苦手な南場をさっさと流して東場のリードを保つ特訓を毎日していたのだ。優希も成長していたのだ。
泉に焦りと苛立ちの表情が浮かんだ。
「(私が…、私が高1最強のはずや…。)」
そして、その心の乱れがミスを誘った。いきなり、無駄に1面子を落としていた。
泉のスピードが落ちたところ、
「ツモ! 4000オール!」
東白楽高校の先鋒が和了った。
南三局一本場、泉の配牌は最悪だった。しかし、ツモが良好で5巡目には聴牌できた。ここで、少しで稼ぎたいところだったが、
「ロン! 1600です。」
大生院女子高校が安手を聴牌したところに、優希が差し込んだ。
そしてオーラス。
「ツモ! 1300、2600です。」
東白楽が和了った。
結果は、
暫定1位:清澄高校 185000
暫定2位:東白楽高校 79100
暫定3位:大生院女子高校 69100
暫定4位:千里山女子高校 66800
優希の大勝利、泉の大敗だった。
先鋒戦終了のブザーが対局室に鳴り響いた。
「「「「お疲れ様でした!(だじぇい)」」」」
トップに10万点以上の差をつけられて悔しい。泉がそう思った、その時だった。
まるで、崩れ落ちるかのように優希がその場に倒れこんだ。インターハイ準決勝先鋒戦終了後の園城寺怜を思い起こさせる。
「痛い! お腹が痛いじょ…。」
この様子をモニターで見ていた咲と和は、控室を飛び出した。
対局室までの通路では、マスコミ関係者達が、次の対局者が来るのを待っていた。
そこに、和が胸に備わった巨大な果実をバインバインに揺らしながら走ってきた。そこに居合わせた者達は、思わず(?)一斉にカメラを向け、激しく揺れる果実を捉えた。
この画像や映像は、その後、ネットにアップされたのは言うまでも無い。
泉は、呆然としていた。こんな最悪のコンディションの相手に手も足も出なかったのだ。
「お前、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないじぇ。でも、清澄同学年で5位の私が抜けてミナちゃんが入れば、清澄の優勝は磐石鉄板になるんだじぇ。」
対局室に和と咲が駆け込んできた。
「優希!」
「優希ちゃん!」
「ノドちゃん…、咲ちゃん…。」
「大丈夫ですか!」
「お腹…、お腹が痛くて耐えられないじょ…。」
少し遅れて、まこ、みなも、数絵、久の四人が対局室に入ってきた。この時、京太郎と栄子は、控室の留守番を任されていた。
既に、大会スタッフが救急連絡を入れていた。
少しして、救急隊が対局室に入ってきた。そして、優希をストレッチャーに乗せて運び出そうとしたその時だった。
「ミナちゃんにも来て欲しいじぇ…。」
普段の優希からは想像できないような弱々しい声だった。
「一緒に行きましょう。」
「うん…。」
「私とみなもが優希に連れ添うから、みんなは、そのまま一回戦を戦って頂戴。」
みなもは、久に連れられて優希を乗せたストレッチャーの後をついていった。
救急車の中に優希が運び込まれた。
みなもは、久と一緒に優希の隣に乗り込んだ。
「ミナちゃん。頼みがあるんだじぇ。」
「なに?」
「二回戦からは、私の代わりに先鋒で出てほしいんだじぇ…。」
「えっ?」
みなもの頭の中で、ドイツにいた頃にやらされた地下麻雀での出来事がフラッシュバックした。
それは、5人制の団体戦で行われていたが、各チームの持ち点は25000点で、箱下10万点までトビ無しとして扱うルールだった。ただ、持ち点が0点を割ると、そのチームのメンバーは辱めを受けることになっていた。
みなもは、別に辱めを受けたわけではなかった。しかし、その頃の記憶が、団体戦で点棒を『失う恐怖』を作り出していた。
「でも、私は…。」
「頼むじぇ。」
「ごめんなさい。私、できない。」
「どうしてだじょ?」
「個人戦だったら、点棒を失っても自分の責任。でも、団体戦は、自分が点棒を失ったら、それが、みんなに跳ね返る。私…、みんなの点棒を失うのが怖いの。」
久は、詳細は分からなかったが、みなもが何か隠していることだけは理解できた。
「ドイツにいた時に、何かあったのね。」
この久の問いに、みなもは、静かに頷いた。
「やっぱり…。」
麻雀で点棒を失うことが怖くなることと言えば、大金を賭けた勝負をするとか、大抵は不健全な話に繋がる。多分、みなもも、何かをかけた大勝負をさせられてきたのだろうと久も容易に理解できた。
優希も、久と同様に、みなもが不健全な何かの被害にあったことを直感した。
「でも、ミナちゃん。ここは日本で、私達がやっているのは健全な麻雀大会だじょ。負けて何かを失うわけじゃないじぇ。それに、点棒を失うのが怖いのは、当たり前だじぇ。」
「…。」
「私だって怖いじょ。」
「えっ?」
「それに、私も、元部長も、まこ部長も、ノドちゃんも、インターハイでは失点してるじぇ。でも、みんなでそれを取り返すんだじぇ。それに、清澄には、最後に咲ちゃんが控えてるんだじょ。咲ちゃんを信じられないのか?」
「そんなことは…、ないけど…。」
「なら頼むじぇ。」
「…。」
みなもは、そのまま俯き、黙り込んでしまった。地下麻雀での出来事が相当な心的障害になっていたのだ。
病院に着いた。
優希が救急口から運び込まれた。
「あなたは、ここに座って待っていて頂戴。私は、手続きとか、優希のご両親連絡を入れたりしているから。」
久の言葉に、みなもは、ただ静かに頷いた。
一方、対局室では次鋒戦が始まっていた。
清澄高校の次鋒は、南浦数絵。丁度二学期が始まる時に、平滝高校から清澄高校に転校してきた。
「(私は、それまで団体戦には興味が無かった。弱い仲間に足を引っ張られるのが嫌だった。でも、コクマが私の考え方を変えてくれた。)」
コクマとは、国民麻雀大会の略である。
インターハイの後、高校2年生と3年生がジュニアAリーグ、高校1年生と中学3年生がジュニアBリーグに区分され、各リーグで各都道府県の代表者5人でチームを組み、団体戦が行われた。
長野県ジュニアBチームは、先鋒に優希、次鋒にステルスモモこと鶴賀学園の東横桃子、中堅に数絵、副将に和、大将に咲のドリームチームであった。
一回戦を次鋒、二回戦を中堅戦、準決勝戦を副将前半戦、決勝戦を副将後半戦で飛び終了させ、大将の咲まで回すことなく余裕の優勝だった。他を寄せ付けず、圧倒的な力を見せ付けた。
ちなみに、長野県ジュニアAチームは、先鋒に風越女子高校3年生の福路美穂子、次鋒に鶴賀学園3年生の加治木ゆみ、中堅に清澄高校3年生の竹井久、副将に龍門渕高校2年生の龍門渕透華、大将に同じく龍門渕高校2年生の天江衣と、こちらも全国トップレベルの強豪チームだった。ジュニアAリーグの決勝戦は、東京チーム、大阪チーム、長野チーム、鹿児島チームの対決となり、東京チームが優勝、長野チームは2位だった。
数絵は、このコクマでの団体戦優勝が嬉しかった。自分も活躍できたし、メンバー達との交流も、これまで経験したことの無い楽しさがあった。それで、コクマの後、数絵は、団体戦に出たいと願うようになった。
勿論、数絵は、それが自分の我侭であることを重々理解していた。それで、彼女は、そのことを決して口に出そうとはしなかった。
しかし、その心情を察した数絵の祖父南浦聡シニアプロが、自分の活躍の場を長野北部から長野南部に変え、急遽、清澄高校の近くに引っ越した。折角なら、インターハイチャンピオンの咲や『デジタルの化身』の和、『東風の神』こと優希と切磋琢磨できるほうが数絵のためになると聡は考えたのだ。
それで、数絵は清澄高校に転校することになった。
「(お祖父様、有難うございます。今、ここに居られるのはお祖父様のお陰です。精一杯頑張ります。)」
東一局7巡目、親の大生院女子高校次鋒が聴牌した。
それで出てきた牌を数絵は見逃さなかった。
「ロン! 1300点です。」
安手だったが、東場が苦手な彼女にとっては、非常に大きな和了りだった。