突然、ニーナの身体がガタガタと揺れ出した。
別に貧乏ゆすりをしているわけではない。何かがニーナの身体の中で拒絶反応を起こして、この場から逃げ出そうとしている。そんな感じだった。
ニーナの頭の中に、能力のコピーが持つ記憶が流れ込んできた。
ある日の夜のこと、その時、淡は風呂からあがり、部屋に戻るところだった。
淡が部屋のドアを開け、鼻歌を歌いながら中に入った。しかし、何故か、そこは見慣れない空間だった。
「あれ? ここ、どこ?」
長い通路。片面はずっと壁。もう片面はずっと窓。
まるで、学校か何かの建物の中のようだった。ただ、窓から見えるのは、真っ暗な空間と多数の星々だけ。
窓に近づいて外を良く見ると、上も横も…そして下も、真っ暗な空間と輝く星々だけが延々と続いていた。
つまり、地上がない。恐らく、宇宙空間を飛んでいる。
「なに、これ?」
少なくとも、自分の部屋に入ったつもりが、自分の部屋の中にいないことだけは、良く分かった。
ただ、ここが何処だか分からない。
「コツコツ…。」
誰かの足音が聞こえてきた。このままでは見つかってしまう。
淡は、少し離れたところに小部屋があるのを見つけた。そして、慌てて、その小部屋に飛び込んだ。
足音がどんどん大きくなっていった。
「(そのまま、どこかにいって~。)」
淡は、必死にそう願った。しかし、その足音は無常にも部屋の中に入ってきた。
「お前は誰だ。」
淡が見上げると、そこには二脚歩行の人型ロボットの姿があった。銃を構え、その銃口は淡のほうに向けられている。
ただ、不思議なことに、そのロボットの言葉は、何故か直接頭の中に響いてきた。
「星によって言語が違うため、直接脳に語りかけている。繰り返す。お前は誰だ。」
まさか、ロボットがテレパシーを使うとは…。しかし、下手をすれば淡は銃で撃たれ、一瞬でお空のお星様になることだけは間違いない。
泣きそうな顔で淡は答えた。
「大星…淡…。」
「大星淡。お前の所属は何処だ?」
「所属って言っても…。」
「お前が所属している団体だ。」
「団体って言っても、南日ヶ窪中学2年1組…。」
「南日ヶ窪? 聞かない名称だな。それで、何処の星だ?」
「星って…地球だけど…。」
「それも聞かない名称だな。メンドーク星と関係はあるのか?」
「なにそれ?」
テレパシーなので、嘘をつくとバレる。淡が、メンドーク星を本当に知らないことは、そのロボットもすぐに理解したようだ。
「それと、何故、この宇宙船にいる? 我々シャラク星の輸送船と知ってのことか?」
やはり、宇宙船の中だった。
地球上ではないことが、これではっきりした。
「何故って、私が聞きたいもん! 家の部屋のドアを開けたら、突然ここにいて。こっちだって早く家に帰りたいもん。」
「ワームホールを抜けて来たようだな。我々に害をなさないものであることが立証されれば、このまま生かしておくが…。」
丁度この時だった。宇宙船が激しく揺れた。
鳴り響く警告音。
「これは、敵の攻撃か?」
宇宙でのトラブル。SFでありがちな宇宙での戦闘。21世紀初頭に地球で生きていたら、まず実体験できないであろう。
何故か、淡は、その最中に身を置いているらしい。
宇宙船は、敵のミサイル数発を受けて操縦不能になり、激しく回転しながら、すぐ近くの惑星に墜落した。
普通なら宇宙船は爆発し、淡は助かっていないだろう。しかし、何故か、その宇宙船は問題なく、その惑星に無事着陸していた。その星に住む、とんでもない超能力者によって保護されたのだ。
淡は、気が付くと地上で寝ていた。宇宙船から、その星の宇宙人達の手によって運び出されていた。
「ここ、どこ?」
ふと、淡の目に、ぬいぐるみのような生命体の姿が飛び込んできた。
その生物は、大きな卵に顔を描き、それに手足をくっつけたような姿をしていた。
体長は、30センチくらい。手はゴム手袋の親指の部分だけを切って取り付けた感じで指は無い。
足は、4~5センチ程度と短く、太い円錐の先端を丸く削ったようなものを二つ、卵の下にくっつけたような感じだった。それが二脚歩行している。
これが、この星に住む宇宙人だった。
ただ、見かけで相手を判断してはいけない。その宇宙人達は、恐るべき科学力を持っていた。また、とんでもない超能力者もいる。
淡は、その宇宙人達から宇宙の平和のために、共に働くよう依頼された。その見返りに何でも願いを叶えるとのこと。
それで、淡は、短絡的にラッキーと考え、
「自分だけ手牌が良くて、他家は全員、五から六向聴。意図的にダブリーがかけられるとイイな。それで、終盤…最後の角の前あたりで暗槓すると、それが槓裏に乗って…。その角を越えたら和了れるの。終盤まで待つのは、そのほうが、他の人達が悩みながら打ち回す姿を見て楽しめるし…。」
そんな性格の悪い願いを交換条件に出していた。また、
「それと、私、胸が小さいから、能力のエネルギーが補給されると胸が大きくなっちゃう…、なんちゃって。」
こんな馬鹿げた冗談も言っていた。正直、これは、冗談のはずだった。
当然、こんなことは、科学力でどうこう出来る話ではないが、常識を遥かに超えたとんでもない超能力者がいる。
その超能力者が、
「こうだ!」
と思ったことは、全て現実になってしまうくらい恐ろしい力だった。
そして、その超能力者の手によって、淡の願いは叶えられた。冗談で言った胸のことも含めて…。
冗談は相手を見て言わないと、後々大変な目に遭う。本気にされて、取り返しのつかなくなることもあるのだ。
大きさが変わると言うことは、その日その時に合う各サイズの衣類を予め揃えておかなければならないし、
「昨日と今日で、大きさが全然違うじゃん!」
と他人から突っ込まれた時に、いちいち説明するのも面倒だ。
淡は、胸の大きさについては、後々、後悔することになる。
しかし、何故、この星の者達は淡に援護を求めたのか?
それは、このぬいぐるみのような見てくれで宇宙平和を唱えても、他の星の知的生命体からはナメられるだけ。
それで、どこかの星の人間に代役(一応、女王とか姫の役として)として立ってもらい、自分達は、それを後から操る立場になろうとしたのだ。
最初に、シャラク星の輸送船の中に飛ばされたのも、全て、この星の科学力によってなされたことだった。淡を、この星に連れてくるために。
ただ、ここで全宇宙から淡が選ばれたのは、淡の容姿が、このとんでもない超能力者の趣味…と言うか、好みのタイプだったからで、他に理由は無かったようだ。
この、ぶっ飛んだ設定に、ニーナの目が点になった。
ある意味、淡らしい。
しかし、淡にとっては、そこからが大変だった。
一ヶ月に二~四回、この星の者達に呼び出された。
予め、テレパシーで通達は来るものの、シャラク星の輸送船に迷い込んだ時のようにドアを開けたら、この星の者達の宇宙船の中にいたり、突然、テレポーテーションさせられたり、強制的に連れて行かれるようなものだ。
出向く先は、銀河系だけではなく、数億光年も遠く離れた銀河団まで及ぶこともあった。帰ってくればクタクタだ。
しかも、大規模な宇宙嵐に巻き込まれたり、宇宙の墓場に迷い込んだり、ブラックホールに吸い込まれそうになったり、常に生と死の狭間で生きてきた。
最終的には、この星の者達の科学力で問題解決はできていたが、淡は、何度も死を覚悟してきた。
これが、淡が能力を得た代償だった。
「(知らなかった。楽な麻雀ができて羨ましいって思ってたけど、こんなに怖い思いをしてきてたんだ。それを私は、美味しいところだけ都合よく持って行った感じ…。)」
この時だった。
ニーナの全身から淡に瓜二つの人型をした光が飛び出した。そして、その光は天井を突き抜けると、マホの頭上にまで飛んできて、粉々に四散した。
その光の粒子が、マホの身体に入っていった。これでマホは、ニーナが能力コピーを解除されたことを知った。
「大星先輩も宮永先輩も片岡先輩も、ありがとうございます。これで、ニーナは助かりました。」
と呟いた。
マホには、この対局で何が起こっていたか、全てを理解していた。3人の連携で、ニーナは救われたのだ。
世界大会決勝次鋒後半戦は、現在、淡が大量リードを得ていた。
今の点数と順位は、
暫定1位:大星淡 201600
暫定2位:ニーナ 64000
暫定3位:中国 57900
暫定3位:アメリカ 57900
東四局二本場。サイの目は7。
ニーナの頭の中に、さっきの男の声が響き渡った。
「淡は、お前を救うために自らの能力を超えた麻雀を見せた。移植された能力のコピーは、移植先の人間の命を喰らう。1年間で約10年も寿命が縮まるのだ。」
「(えっ? うそ!)」
「嘘ではない。しかし、お前と、お前に移植された能力コピーが、ともに淡に負けを認めた。これによって、能力コピーは解除され、お前は元に戻った。」
「(じゃあ、絶対安全圏も意図的なダブリーも…。)」
「もうできない。しかし、淡はお前に生きて欲しかった。だから、無理をした。その代償を、この対局の後に払うことになる。自分のプライドを捨ててまで。そうまでして、お前を助けたかったのだ。」
そう。この時、ニーナは、既に能力が解除されており、ただの三流選手に成り下がっていたのだ。
死神咲ちゃんも、もう役目を終えたと判断したのだろう。淡の後ろに回って、ただ対局を見ていた。
ただ、今まで淡は、死神咲ちゃんに六局援護してもらった。この対局が終わったら、淡は、咲本体に60分間も奉仕しなければならなかった。自分のプライドを捨てて。
「リーチ!」
淡が第一打牌を横に曲げた。ダブルリーチだ。
この時、中国次鋒とアメリカ次鋒だけではなく、ニーナも六向聴だった。ニーナは、もう絶対安全圏を使えない。
9巡目、
「カン!」
淡の暗槓。
そして、角を過ぎたところで、
「ロン。18600。」
ニーナから淡は直取りした。
東四局三本場。サイの目は6。
ここでも淡は、
「リーチ!」
能力全開で攻撃に出た。第一打牌でのリーチ。ダブルリーチだ。
そして、角の直前で、
「カン!」
淡の暗槓。
そして、角を過ぎたところで、
「ロン。18900。」
今回も、淡はニーナから直取りした。
東四局四本場。
この局では、淡はダブルリーチをかけなかった。能力を使いすぎたため、しばらく休憩を入れたかったのだ。
「ポン!」
ニーナの捨て牌の{白}を中国次鋒が鳴いた。
そして、その数巡後、
「ロン。白ドラ2赤2。8000の四本場は9200。」
中国次鋒がニーナから和了った。
南入した。
南一局、中国次鋒の親。
ここでは、淡が面前で手を進めた。
淡のみ一向聴。他家は五~六向聴。絶対安全圏だ。
5巡目で、
「ロン。5200。」
ニーナから淡は直取りした。
南二局、アメリカ次鋒の親。
ここでも淡のみ一向聴。他家は五~六向聴。絶対安全圏が続く。
この局は、4巡目で、
「ロン。5200。」
淡はニーナから和了った。
そして、南三局、ニーナの親。
当然、淡の絶対安全圏は発動していた。そのような中、
「ポン!」
淡がニーナから{南}を鳴いた。そして、次巡、
「ロン。ダブ南ドラ2。7700。」
ここでもニーナが淡に振り込んだ。
今の点数と順位は、
暫定1位:大星淡 257200
暫定2位:中国 67100
暫定3位:アメリカ 57900
暫定4位:ニーナ 17800
淡の圧倒的リードだった。一方のニーナは、大きく削られていた。
オーラス、淡の親。サイの目は7。
第一打牌。ここで淡は駄目押しの、
「リーチ!」
ダブルリーチをかけた。
他の3人は、全員五~六向聴。字牌処理から始まる。
8巡目、淡以外の選手の手も、形になってきた。
しかし、9巡目、
「カン!」
ここでも淡が暗槓した。
そして、角を過ぎたところで、
「ロン。18000。」
ニーナが淡に振り込んでトビ終了した。
点数と順位は、
後半戦1位:大星淡 275200
後半戦2位:中国 67100
後半戦3位:アメリカ 57900
後半戦4位:ニーナ -200
前半戦に続き、後半戦も淡が1位を取った。
そして、前後半戦のトータルでは、
1位:大星淡 434700
2位:中国 127000
3位:ニーナ 120600
4位:アメリカ 117700
淡の圧倒的勝利に終わった。
「「「「ありがとうございました。」」」」
対局後の一礼を終えると、ニーナが淡に話しかけてきた。
「淡ちゃん、すごいね。いろいろ進化してる!」
「あれは、私1人の力じゃない。みんなの力だよ。あんな麻雀は、もう打つことはできないと思う。」
「でも、完全な進化形だと思った。もう、私は能力がどこかに飛んで行っちゃったみたいだけど。それと、淡ちゃんは、能力を得るために大変な思いをしていたんだね。私、知らなかった。」
「まあ、タダより高いものはないってことかな。」
「そうかもね。じゃあ、また。」
ニーナは、何か吹っ切れたような笑顔で対局室を出ていった。
淡は、どんよりとした顔で対局室を後にした。咲本体への奉仕。あんなことは、今までやったことがない。気が重い。
しかし、約束は約束だ。淡は、意を決して控え室の扉を開けた。
「淡ちゃん、よくやったね!」
第一声は慕。褒めてくれた。
「後半戦東四局一本場が終わったところで、ニーマンから連絡があった。ニーナの能力コピーも解除されたそうだ。」
これは、恭子の言葉。目的達成の確認だ。
「では、次は私だね。じゃあ、行ってくるね!」
この元気な声は穏乃。深山幽谷の化身だ。
穏乃が控室を飛び出していった。
さて、淡には、やらなくてはならないことがある。
「サキ。」
「どうかしたの、淡ちゃん。そんな神妙な顔をして。」
「ええとね…。」
「そうだ。みなもから聞いたけど、タコス神優希ちゃんが出てきたって?」
「出てきた。それと、死神咲ちゃんも。」
「それも聞いた。でも、死神はないよね。」
この咲の言葉に、
「(いや、十分死神でしょ。本体も。)」
と淡は思っていた。
「でね。死神咲ちゃんとの約束でね。控室に戻ったら、やらなくちゃいけないことがあるの…。」
淡が咲の前にひざまづいた。そして、一大決心して咲のスカートをめくると、顔を咲の股間に近づけた。
すると、
「なにをやってるんですか!」
和が淡を突き飛ばした。
「いったー。なにも、突き飛ばさなくても。」
「なにもじゃありません。咲さんのアソコを、勝手に舐めようとしたでしょ!」
「仕方ないじゃん。死神咲ちゃんが、一回能力を貸す度に10分間、ひざまづいてアソコ舐めろって言ったから。」
「そんなオカルトありえません。それに、ひざまづいて舐めるのは、足が定番じゃないですか?」
「えっ? 足?」
ふと、淡は、あの時のやり取りを思い出した。
そうだ。あれは、タコス神優希ちゃんに言われたのだ。
それが聞き取りにくくて、
『ひざまづいてアソコ舐めるのが条件だがな。』
に聞こえたが、あれは、
『ひざまづいて足を舐めるのが条件だがな。』
だったのでは、なかろうか?
「たしかに、そんな気もする。」
淡が、和にそう答えた。
すると、和は、咲の身体をガッチリと押さえながら言った。
「そうでしょう。では、私も手伝います。能力貸与があった以上、そこでの約束は果たすべきです。このまま、あなたが咲さんの左足を舐めてください。私が右足を舐めます。」
「…。」
「それで、どれくらいの時間、舐めればイイんですか?」
「ええと…、六回だから一時間かな。」
「分かりました。では、一緒に舐めましょう!」
何故か、和が咲の足を嬉しそうに舐め出した。
「ちょっと、和ちゃん、やめて…。」
「咲さんのお願いでも、そうは行きません。咲さんが大星さんに能力貸与をしたんですよね。」
「私は、そんなこと知らないってば。」
「でも、無意識でも、能力貸与があった以上、そこでの約束は果たすべきです。春季大会決勝の副将戦の後に何が起こったか、咲さんも見たでしょう。大星さんが、ああなっては困るのです。」
マホに能力貸与された里奈子、加奈子、留美子の惨劇。
和は、うまい具合に理由をつけた。
このやり取りを見て、恭子が、
「ちょっと、お前達、高鴨の応援もしないで、何やってるんだ!」
と言った。ふざけているとしか思えない。
しかし、慕は、
「一応、能力貸与の代償みたいだからね。原村さんの言うとおりかもしれないよ。恭子ちゃんも、春季大会団体戦決勝の副将戦の後のことは覚えてるでしょ。阿知賀と白糸台と永水の…。」
「は…はい…。」
「まあ、咲ちゃんの能力貸与だから淡ちゃんを殺したりはしないと思うけど、一応ね。能力麻雀は、一般常識は通用しない治外法権の世界だから。」
「は…はぁ…。」
「不謹慎なのは分かってる。でも、そのまま、やらせてあげて。」
そうは言いながらも、慕は、ここで、ちょっとGWの練習試合での仕返しをするつもりで、和の好きなようにやらせていた。
あの550000点をやられた雪辱をしようと…。
おとな気ないが、どこかで少し恨みを晴らしたい。それだけだった。
ただ、本来、咲の足を舐めなければならない淡は、消極的で、むしろ、関係ない和のほうが積極的だった。
和が咲の靴下を脱がした。
「足の指と指の間も、丁寧に舐めて差し上げましょう。親指と人差し指の間。人差し指と中指の間…。」
これを見て、淡は、
「なんで、そんなとこまで…。」
「別に、咲さんに汚いところなんてありませんから。そうそう。大事なところを忘れていました。親指と親指の間も、しっかりと舐めてさしあげなくては、なりませんね。」
そう言うと、和は、しっかり咲の股間に舌を伸ばした。
「(うわ。凄いことしてる。まるで、昨日の耕介さんみたい…。)」
慕は、3人のプレイを横目に、そんなことを考えていた。ただ、叔父と姪の関係なのに、昨日、慕は、耕介と何をしていたのだろうか?
一方、みなもは、
「(今は、和が怖いからね。触らぬ神に祟りなし。)」
と、火の粉が飛ばない位置に逃げていた。点数調整されて2位にされた恨みを晴らす意味もあったかもしれないが…。
恭子も、一先ず、この3人を無視して、対局室の様子を映し出すモニターに目を向けることにした。
控室の状況も知らず、穏乃が対局室に姿を現した。
既に対局室には、中国とアメリカの中堅と、安福莉子の姿があった。
ただ、莉子は穏乃のことを覚えていなかった。彼女は、ニーマンの魔法により、唯一、ドイツチームで記憶を失っていた。
場決めがされた。
起家はアメリカ中堅、南家は中国中堅、西家は莉子、北家は穏乃となった。
この時、控室では右足はさて置き、股間を目一杯舐めまくられ、意識が半分飛びかけている咲が急に真顔になった。
「どうしたんですか、咲さん? 全然感じていないのでしょうか?」
と和が言ったが、咲の耳には、その言葉は届いていなかった。
「ドイツチームの子。何か隠してる。気をつけて、穏乃ちゃん!」
咲は、祈るような気持ちで声を上げた。しかし、その直後、
「ううっ!」
執拗な和の舌技に、咲は再び快楽の世界に戻った。
東一局、アメリカ中堅の親。
穏乃が第一ツモを引いたその時だった。
「(ドイツチームの子。何か隠してる。気をつけて、穏乃ちゃん!)」
咲の声が聞こえてきた。まるでテレパシーだ。
穏乃は、
「(うん。何となく分かってる。でも、相手が何であれ、私は負けないよ!)」
そう心の中で咲の声に応えた。
しかし、多分、今の咲には、この穏乃の言葉は届かないだろう。
序盤で、
「リーチ!」
アメリカ中堅が先制リーチをかけてきた。
莉子は、アメリカ中堅の和了り牌を次々と引いては手牌に入れてゆく。決して振り込まない。それが、今の彼女の麻雀だ。
莉子の下家の穏乃は、一先ず莉子に合わせ打ちする形で振込みを回避した。まだ、東一局で、穏乃のエンジンは、かかっていない。
数巡後、
「ツモ! 6000オール!」
親ハネツモで和了った。
東一局一本場、アメリカ中堅の連荘。
ここでは、
「ツモ! 1100、2100!」
中国中堅が和了った。
この時だった。
「ドン!」
激しい衝撃波が穏乃を襲った。
この感覚…。
日本で…、阿知賀女子学院で経験したものだ。魔境が生んだ棘の城壁。これは、愛宕洋榎のコピーではない。栄子のコピーだ!
この時、莉子は不敵な笑みを浮かべていた。
「世界大会で、7000点程度で衝撃波を受ける人は初めてね。そもそも、私の衝撃波を受けた人って、対外試合では初めてじゃないかしら。」
今まで、莉子は衝撃波を出す前に反撃していた。
対戦相手は、世界大会に出場するレベルの選手ばかり。つまり、限界値が15000点に達する選手との対局が殆どだった。そのため、すぐに限界値に到達することは無かったし、莉子も早々に反撃してプラスに戻していた。
それに、限界値が低い選手を相手にした場合は、限界値まで削られる前に莉子が早々に和了っていた。
そのため、衝撃葉の話は、今まで一度も出てこなかった。
結果的にだが、洋榎のように見せかけて、栄子としての能力を隠してきた。
「日本の中堅って、こんなに弱いんだ。」
莉子は、穏乃を見ながらクスクスと笑い始めた。
東二局、中国中堅の親。
「アメリカ中堅も中国中堅も、他の選手に比べて少し格下かしら。限界値は15000点まで行かなそうに感じるわね。13000点くらいかしら。」
莉子は、相手の大体のレベルを予測していた。これなら、恐らく南三局の親番で、一発高い手を和了れば勝てる相手だ。
この局は、
「ツモ! 2000オール!」
中国中堅が和了った。
東二局一本場、中国中堅の連荘。
この局は、
「平和ツモドラ2。1400、2700。」
トップのアメリカ中堅が、中国中堅の親を流した。
東三局、莉子の親番。
終盤で『リラの鉄槌』を打てる莉子は、ここでは様子見していた。
とにかく自分は振り込むことはない。それに、仮にツモ和了りされたとしても、相手の和了り点には限界値がある。
「ロン! 7700。」
この局は、中国中堅がアメリカ中堅から和了った。
東四局、穏乃の親。
卓上に、うっすらと靄がかかってきた。深山幽谷の化身、穏乃の能力が、いよいよ発動し始めたのだ。
「えっ?」
莉子は、このような経験は初めてだった。
中国中堅もアメリカ中堅も同様である。麻雀を打っていて視界が悪くなるなんて、通常有り得ないことだ。
3人にとって、完全に予想外。
「ロン。2000。」
この局は、穏乃が安手を和了った。
東四局一本場、穏乃の連荘。
さっきよりも靄が強まった。しかも、背後から得体の知れない何かに見られているような気配がする。
莉子も中国中堅もアメリカ中堅も、良く分からないが、そんな感覚があった。
「ロン。11900!」
視界が悪いゆえか、アメリカ中堅がヌルい牌を打ち、穏乃の和了られた。
しかし、これは、莉子にとって他家同士の振込み合いである。まだ、想定の範囲内だ。
しかし、東四局二本場。
「ピシッ!」
莉子は、視界にヒビが入ったような感覚を受けた。まるで、自分に張ったバリヤーが壊されたような感じだ。
そして、次の瞬間、
「ドン!」
莉子に衝撃波が飛んできた。いや、これは、東一局一本場終了時点で自分が放った衝撃波が、今になって跳ね返ってきたのだ。
その方向にいるのは穏乃。そう、限界値が変わったのだ。
「(嘘でしょ?)」
こんなことは、莉子にとっても初めてだった。
そして、
「ツモ。3900オールの二本場は、4100オール。」
穏乃が和了った。
信じられないが、7000点程度が限界値だったはずの選手に削られ、莉子の点数は85400点まで落ち込んだ。
「(でも、次は三本場。ツモ和了りでも、トータルで15000点以上削られたことになるから、ここで私がリーチすれば誰も和了れなくなるはず。)」
栄子と同じで、リーチをかけることによって相手の限界値を超えた場合、そのリーチ棒を莉子に戻す方向に強制力は働くはずである。
だいたい、国代表選手でも、エースポジションにいる選手でない限り、莉子から15000点削るくらいが標準だ。穏乃も、きっと、それくらいであろう。
ならば、次局でリラの鉄槌が打てるはず。莉子は、そう考えて、ここで賭けに出ることにした。
淡の能力については、スピンオフの『淡 -Awai- あっちが変』をご参照ください。
ただ、余りにもアホらしい話ですので、叩きたくなるかもしれませんが、叩きはご容赦ください。