受付嬢さんが犯されてる間、ゴブスレさん達がどうなっていたか。
ごろり…と転がってきた鉄兜からは赤黒い血液と脳漿が漏れてきた。
蜥蜴僧侶はとうの前に動かぬ鱗の塊と化し、ドワーフはぎゃっと悲鳴をあげたきりその声を聞いていない。
妹代わりに可愛がっていた女神官は血を流しすぎたのか、遠くで青くなって冷たくなっている。
そして、今私は―――
「ゴブーーーッ!!!」
"この世で最も穢らわしい生物"に群がられていた。
文字通り、刀折れ矢尽き、残る手段は徒手空拳しかない。
だが、元来森人は繊細な種族。
いくらそれが銀等級の冒険者といえども、床に抑え付けられた状態から群がる小鬼共を蹴散らす膂力は到底持ち合わせていなかった。
「くっ…離せ…っ!!」
小さな拳を振り上げ、手の甲で顔を近付けてきた小鬼を殴る。
「ゴブゥッ!!」
たちまち両手で顔を抑え、怯む小鬼。
そうだ、小鬼なんてこの程度でしかないのだ。
女の細腕にだって殴られれば怯むし、矢や刃をひとたび受ければそれだけで致命傷を受ける。
この世で最も穢らわしく、この世で最も貧弱な種。
それが小鬼。
ドラゴンや魔神の類いと比べれば天と地ほどの差がある。
だからこそ、上森人は、妖精弓手は今の状況が屈辱でしょうがない。
一匹殴って怯ませたところで、また次々に無数に群がってくる。
妖精弓手はその華奢な手足を掴まれ、床に磔にされるような格好にさせられた。
「ゴブーッ!!ゴブーッ!!」
興奮した小鬼が動けなくなった妖精弓手の腹に跳びかかってくる。
「…このぉっ!」
身体を捩りながら、必死にもがく。
そのか弱い抵抗を嘲笑うかの如く、腹に跨がった小鬼が妖精弓手の顔を舐めてきた。
「…っ、あっ…気持ち悪い!」
小鬼が臭い息を吐きかけながら、彼女のきめ細やかな肌を唾液で汚す。
当然その言葉を理解する脳を小鬼は持っていないが、それでも妖精弓手の言わんとした事は理解できたらしい。
ゲタゲタと小気味良さそうに笑うと、さらに唾液を含ませて顔を舐め上げてくる。
彼女の首筋から顎まで、そして頬をべとーっとその舌で汚す小鬼。
まるで唾液を塗り上げる刷毛のように。
「うぐっ…!」
ヒッと息を呑む妖精弓手。
小鬼共は気持ち悪がる彼女の反応を愉しんでいるかのようだった。
周りの小鬼共もそれを見てゲタゲタ嗤う。
なんて下賤な生物なのだろう。
昨日までは蚊や蠅、ゴキブリと同類だと考えていたその生物の悪辣さに妖精弓手は息を呑む。
今日でその認識はそれら蛇蝎以下となったのだが。
そして、なぜ自分がそんな下等生物に組み敷かれ蹂躙されているのか。
悪夢だと思いたかった。
ネチャア…と小鬼の舌が下品な音を立てて、また顔を汚さんと近付いてくる。
だが、ここまま黙って弄ばれる妖精弓手ではなかった。
「…ゴブーーーーッ!!!」
甲高い奇声が上がったかと思えば、愉悦に浸っていたはずの小鬼の顔は苦痛に歪んでいた。
そして塗れた舌からは赤い筋が。
ペッ…!と汚らわしい血を吐き捨てる妖精弓手。
「ざまぁみなさい…!」
凛とした声で言い放って見せる。
小鬼如きに屈する精神の持ち主ではない。
だが、上森人として矜恃と尊厳を持ちながらも自由奔放に生きてきた彼女に、果たして小鬼の下卑た思考が理解できただろうか?
そもそも、彼女は小鬼に連れ去られた女性が、具体的にどのような目に遭ったのか、聞いた事はあったろうか?
彼女がエルフの里を出たのは、美しい海に草原、涸れた砂漠に雄大な大地、他種族の文化や習わし…そういったものに惹かれたから。
決して小鬼に連れ去られた女性がどんな凄惨な目に遭ったか、そんな陰鬱な情報には見向きもしない、いや伝えられる事さえない。
あの"小鬼殺し"でも知り得ない、凄惨で残酷で、そして幼稚な世界が、日の射さぬ洞穴の中で広がっている。
多くの者がその仕打ちに耐えられず死に至り、そして運良く生き延びた者もそれを他言する事はない。
命はあっても心が殺されるからだ。
口元を覆った緑色の掌からは僅かな血が滴り落ちる。
小鬼は激怒しているようであった。
先程の愉悦に満ちた表情とは打って変わって、鼻息を荒くし、汚泥のような肌が若干上気しているようにも見えた。
しかしだからといって、妖精弓手の形成がその一噛みで逆転するものとは、小鬼の矮小な脳でも理解できるようであった。
周りの小鬼は噛まれた小鬼を嘲笑している。
妖精弓手は…本当の意味での小鬼の恐ろしさを知らなかった。
犯される、食べられる、殺される…そんなありきたりな言葉で表現できるような業で済まされるものではないのだ。
ましてや目の敵にしている上森人で、彼女が若く美しく優秀な個体であるのは下等な小鬼でもよく理解できていた。
だからこそ、なのだ。
人間の子供がよくやると言われる、児戯―――カエル爆竹。
カエルの肛門に爆竹を挿入し腹が膨れて爆散する様を愉しむという遊びだが、堅苦しい事を言えばこれは生命の冒涜に過ぎない。
そしてカエル爆竹をやって育ってきた大人はどう育つか?大部分がその"無邪気な非道"を忘れて育っている。
そうでなければ今頃世界中が世紀末に陥っているはずだ。
だがもし…子供達が"無邪気な非道"を忘れずに育ったら、もしくは"無邪気な非道"を"無邪気"で終わらせる事ができなかったら…
怒った小鬼が持ち出してきたのは、やっとこであった。
刺さってしまったり挟まってしまって抜けなくなった物を引き抜くための器具。
小鬼がこれを持っているという事は人間から奪ったものだろう。
血を垂らしながら不気味に微笑んでこちらへ来る様に、妖精弓手はどこか底知れない恐怖を感じた。
「…んぐっ!?」
いきなり何かを噛まされる妖精弓手。
それは大型のマウスピースのような、少し特殊な形状の器具であった。
歯の奥、喉まで無理やりそれをねじ込まれ、口を閉じる事ができない。
「んごッ!?ごっ!!」
まるで水面に顔を出す鯉のような無様な表情を強いられる。
到底、上森人である彼女に小鬼の流儀など理解できる訳がなかった。
周囲の小鬼は何かを期待するかのように気色悪い微笑みを見せる。
今から何が行われるのか、さっぱり理解できない。
(何…?何をするつもりなのこいつら…!?)
だが、それは彼女の想像を遥かに凌駕する凄惨な仕打ちなのだという、それさえ―――妖精弓手には理解できない事であった。
無様に口を開けさせられた妖精弓手。
胴に跨がる小鬼がニタニタしながら手に持ったやっとこを口に入れる。
中世ではペリカンなどと呼ばれたその器具。
鰐の口のような形状のそれで掴む物は…
「…!?ん゛ごっ!ん゛ん゛ーっ!!!」
やっと、己の身に何が起こるのか察した妖精弓手が青ざめた表情で呻き出す。
だが、時既に遅し。
妖精弓手の犬歯をやっとこで掴むと、ぐりぐりぐり…とそれを引っこ抜く。
ブチブチブチーッ!と歯茎の肉を引き千切りながら、最後はグポ…と間の抜けた音を発して歯が抜けた。
「ん゛ん゛ーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!ん゛ーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっ!!!!!!」
普段は澄んだような彼女の目に幾筋もの小さな血管が浮かんで、やがてエメラルドのような緑色の瞳が瞼の裏へ行きかける。
人間が感じうる最も痛い痛みとさえ言われる歯の痛み。
血濡れた白い歯がやっとこに掴まれているのが妖精弓手からも見える。
古より拷問の一つとしても知られる『抜歯』。
その威力は絶大であった。
「ん゛ぐぅーーーーーっ…!!!コヒューーーッ!!コヒューーーッ!!」
涙の入り交じった無様な妖精弓手の呼吸音が洞穴内に響き渡る。
小鬼共は祭りが始まったと言わんばかりに悦びを見せる。
痛みに耐えかねて全身をがくがく震わせるその様子にゲタゲタ嗤い出す。
「コヒューーーーッ…!コヒューーーーーッ…!」
口に嵌められた固定器具から無様に呼吸が風を切る音と、粘付いた涎が滴り落ちる。
歯の抜けた空洞からは血が滲み、涎に朱を注した。
痛みが完全に引かぬ内に、小鬼は奥の臼歯へとやっとこを伸ばす。
グッ…
「ん゛ぎっ!!」
自分でも思わぬ情けない声が出てしまう。
待て、このままこいつらは私の歯を全部引っこ抜く気か?
そんな事をされればまともな生活など送れなくなってしまうではないか。
グググッ…!
だが、小鬼は妖精弓手のこれからの永い人生の事など全く考えていない。
むしろこれから生きていく永い年月、自分が付けた治る事の無い傷を心身共に負って過ごしていくのかと思えば、どれほど愉快な事か。
「コーーーーーーーーーッ!!!」
老人の排痰のような情けない声が漏れる。
言葉にならないその声…というよりも音は、小鬼共を愉しませる調べに過ぎない。
全身に力を込めて抵抗しようと試みるも、何匹もの小鬼に抑え付けられた彼女のか細い身体はびくりとも動かない。
ググッ…!グリグリグリッ…!
「ん゛ばぁ゛ッ!!!ふ゛ぎゅッ!!!!」
訳の分からない音を鼻腔の中で炸裂させて、図らずとも小鬼を愉しませてしまう妖精弓手。
この"抜ける瞬間"が最も痛かった。
歯が纏わり付いた歯茎の肉をブチブチ…と千切り、人体の中でも鋭敏な部分である歯の神経が晒されるのが。
根尖孔から歯髄がむき出しになっていく瞬間が。
「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!!!!!」
金切り声を上げて、両目から大粒の涙を流す妖精弓手。
到底、ソレは人の上げる声とは思えない。
人の上げる"音"であった。
痛みにより極限状態に追いやられ、限界を迎えた時にのみ発する人体の叫び。
次々と、"小鬼先生"の"手術"は進んでいく。
次は下の臼歯だ。
狙いを定めると…グググッ…一気に力を込めて…根っこの方から…ググ…!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
脳味噌が血で染まっているかの如く、彼女の見る世界は全て赤に染まっていった。
口には血の味が広がり、あまりの痛みで視界が赤くなっていく。
もう彼女の頭の中からは上森人としての誇り、矜恃のようなものは消え去ってしまっていた。
一時的に自身が上森人である事さえ忘れてしまっているのではないか。
それほどまでに痛みに苛まれ、精神は圧し潰されていた。
おっと、小鬼先生が苦戦しているぞ。
どうやら臼歯は根が深く、なかなか抜けづらいらしい。
何度もやっとこで咥え直し、色々な角度から力を込めてみせる小鬼先生。
患者が何やら大きな声で呻きながら、がくがく震えるのも悪い。
くそっ、抜けない…!くそっ…。
歯以上に患者の精神ががりがりとすり減っている事は当然分かるまい。
こうなったら最終手段だ。
小鬼先生は一旦やっとこを置くと、懐から小刀を取り出す。
これは以前巣穴に襲撃してきた冒険者から奪ったものだ。
切れ味はあまり良くない。
それを患者の口の中に入れる。
小鬼先生が開発した新手の手術方法だ。
グチ…
抜けなかった歯と隣の歯との間の歯茎に小刀を突き立てる。
「ひぎッ…!!!」
患者が何かほざいたようだが仕方が無い、お構いなしだ。
すぐに終わらせるから彼女には我慢してもらう必要がある。
そう都合の良い思考に身を委ねて、小鬼先生は突き立てた小刀をさらに深く刺し込む。
グチグチグチ…ッ
「ン゛がぁッ゛は!!!!!」
獣のような声が聞こえたが構わない。
しかし何たる無様な声だ。
あの高飛車で仲間を何人も殺していた森人がこんな声を発するとは。
グリリッ…!
小鬼先生は刃を刺した状態から返すように力を込めると、歯茎ごとその歯を切り出すような手術創を描いた。
「ん゛がぁ#ーっ&*%)(じゃオい#をー~び!!!$!!ぐむ゛ア=っぎみ゚&◆ぶ!!!!ーーーーーーーーーーーーっっっ」
言葉にならない絶叫をあげて、妖精弓手はびくりびくりと痙攣してしまった。
涙で溢れた瞳は死んだ魚のように白目を剥いて、一度二度、大きく全身を痙攣させるとそれっきり動かなくなってしまった。
「ゴブーーーッ!!!!!ゴブーーーーッ!!!!」
下半身を抑えていた小鬼共が悦びの奇声を上げ出す。
妖精弓手の股から黄色い液体が漏れ出てきたのだ。
小さな水たまりを作る様を見て、興奮した様子を隠せない小鬼共。
茶色いショートパンツの股の部分だけに染みができて、冷たい洞穴の中だったせいか水たまりからは僅かな湯気が立っているのがなんとも無様だった。
小鬼はとりわけ女の小水の臭いを好む。
中でも、森人の小水となればそれは格別だ。
さらに、あの高慢ちきで生意気で小賢しい上森人の漏らした小水となれば…もう、それは…
地面に広がった水たまりをペロペロ舐める小鬼共。
上森人の尿の味といったらもうそれは形容し難いほど美味なものだった。
あの森人が凜々しく弓矢を引いていた姿、自分達を見下して何やら偉そうに喋っていた姿、近付いてきた他の小鬼を蹴り倒す姿…
そして、今目の前で白目を剥いてガクガクと痙攣している姿、全てをその矮小な脳味噌の中で駆け巡らせながら地面に広がった"黄金水"を味わうのだ。
あの生意気な森人でも恐怖のあまりおしっこを漏らしたりするのだなと、その甘くも塩っぽい独特な味とともに堪能し、五臓六腑に染み渡らせる。
あたたかい…
彼らはこの瞬間、己が小鬼に生まれてきた事を感謝していた。
小鬼先生は患者が動いてようが動いてなかろうがお構いなし。
歯茎を斬った小刀をさらにめり込ませると、今度はターゲットの歯自体をおもむろにやっとこで掴んだ。
グググ…メリメリメキュッ…
自分の口から樹木でも植わっているかのような非日常的な音で、妖精弓手は覚醒させられる。
「んギッ…!!コはァッ!!!」
(まだ…続けるの…?)
口の中に溜まっていた血と唾液と涙とが入り交じったものが吐き出される。
小鬼先生は歯茎を斬って弱らせた状態からやっとこで歯を引き抜こうという算段だ。
プチプチッ…メキッ…
「ーーーーーーーーっっ゛っ゛!!!!!」
歯茎が裂けていく音がよく聞こえてくる。
周りの小鬼共からすれば蚊の鳴くような小さな音でしかないだろう。
だが、妖精弓手からすればそれが体中に響くような大きな音で聞こえる。
音だけでなく"痛み"についても同じ風に思っているのだろう。
たかだか歯の一本や二本、大した事ないだろうと、小鬼は思う。
だが、妖精弓手からすれば身体で最も感覚の鋭敏な部分を傷付けられているのだ。
抜かれる歯は小さくとも痛みは計り知れないほど大きい。
もっとも、小鬼からすればそんな事どうでもいいのだが。
メリッ…ゴリッ…グリグリ…
「んん゛ーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!」
しかし、妖精弓手にとっての地獄はここからであった。
刺しっぱなしの小刀が抜けていく歯の神経に直接当たったのだ。
「ぴぎゅッ!!!ん¥'j◆ーー∂゚、▲あf&~!+※<<pー♪÷リ’zを=%、*♂」
妖精弓手が意識を失うのは一瞬だった。
だが、その一瞬の間に、森人の永い人生で感じうる痛みを全て凝縮したのではないかというほどの感覚が彼女を襲った。
底知れない痛み。
文章では表現する事のできない痛み。
妖精弓手はたちまち白目を剥いて、再び意識の深淵へと堕ちる。
小鬼共は再び歓喜の渦に包まれる。
あの憎き森人が再び白目を剥いて、無様に痙攣しながら失神したのだ。
凜々しく美しい目からは大量の涙が溢れ出し、かつてのあの高慢ちきな様子は微塵も感じられない。
俺達が森人の尊厳をぶっ壊したんだあ!
興奮して発された雄叫びはそう言っている風にも聞こえた。
グポ…
そして歯が引き抜かれる。
妖精弓手は白目を剥いたままびくりと一度大きく震えただけ。
一匹、頭の禿げ上がった太った小鬼が動かなくなった妖精弓手の股ぐらで、"何か"を待ち詫びていた。
下品に口の端を歪め、今か今かと待ち侘びる彼。
あの甘くてしょっぱくて、生温かい、あのなんともいえない味。
味それ自体に魅入られた訳ではなかった。
それが森人の尿だと思えばどんなにか美味たるものか。
びくびく…と痙攣する妖精弓手。
だが、彼の望み通りのオーダーが来る事はなかった。
先程ので出し尽くしてしまったから。
そして代わりとなる"デセール"が彼の目の前でひり出された。
嗅ぎ慣れた臭いだった。
一瞬、場の空気が豹変したのをそこにいた小鬼達は全員感じ取っていた。
嗅ぎ慣れた…だがどこか、何度でも嗅ぎたくなるようなその臭い。
決して良い臭いだとは思えない。
何度でもそれを"確認"したいのだ。
飛びつくように、妖精弓手のショートパンツを引き千切る小鬼。
ぷりんっ…と透けるように白く美しい肌に包まれ、適度に引き締まった尻が衆目に晒されるとゲヘ…と笑みの零れる声が聞こえたが、だが特筆すべきはそこではなかった。
その美しい尻が"茶色い何か"で汚れているのであった。
固形物とも液体とも言いがたい、茶色いソレ。
日常的に嗅ぎ慣れた臭い、というよりもこの巣穴全体の臭いにソレは近い。
小鬼共は何度もソレを"確認"する。
自分達が悪ふざけで妖精弓手の尻を汚した訳ではない。
つまり、自発的に妖精弓手がソレを出したという事になる。
じゃあ一体ソレは何?
尻からひり出される茶色いモノと言えば…いやいやいやそんな事はありえないだろう。
だってあの森人だぞ?いつも尊大で見下してきて生意気なあの森人が、そんなモノを出す訳がないだろう。
森人が美しく清い存在だという事は小鬼共の皆無に等しい審美眼でも分かるほどだ。
だからこそ、何度もソレを"確認"したいのだ。
じゃあコレは何?
森人特有の何かだろうか。
いや、しかしよく"毎日ひり出しているアレ"とよく臭いが似ている。
まさかそんな事が…アレは鏃に塗る毒に使うほど汚いものなのだと小鬼もよく理解している。
そういえば小鬼先生が人間の娘を苛めた時も同じ事が起きていた。
森人と人間、そう相違点は無い事は小鬼がよく知っている。
しかし、美しく清く高慢な森人が…そんな汚いものをひり出すなんて…そんな…そんな…
「「「「「「ゴブーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」」」」」」
結局、あれだけ尊大な森人でも根っこは俺らと変わらないって事だ。
毎日虫でも何でも食って、毎日寝て、そして毎日クソをする。
ましてやこの生意気な森人は見下していた小鬼の俺らに捕まって、恐怖のあまりクソを漏らしてしまったのだ。
しかも、臭い。
俺らが毎日巣穴でしているソレと全く変わらない。
なーにが森人だイキり腐りやがって、中身は出すクソまで俺らと変わらねえじゃねえか。
見上げるような存在であった森人と自分達との共通点、それも排泄物が同じ形状だという事を発見しては下品に悦んでいる小鬼共。
その野蛮な歓声すらも妖精弓手の耳には届いていなかった。
人体には正中線というものが存在する。
左右対称形の生物体で、前面・背面の中央を頭から縦にまっすぐ通る線の事だ。
その線を辿れば、脊髄、鳩尾、金的、喉、人中…
急所と呼ばれる部位が集中しているのが分かる。
つまり神経が正中線に集中しているという事だ。
小鬼先生が次のターゲットに決めたのは、妖精弓手の前歯であった。
白目を剥いて失神している彼女の開いた口にヤットコを伸ばし、前歯をグッと掴む。
勿論、小鬼共はどこが痛いかどこに神経が集まっているかなど知らないし考える事さえもできない。
その行為がどれほどまでの痛みと絶望を妖精弓手に与えるのか、理解できるはずがない。
ただ彼らの顔に滲み、漂うのは底知れない期待と興味であった。
グググ…ググ…ッ
「…うっ」
妖精弓手が鈍い痛みに目を覚ます。
失神しても記憶が飛んだ訳ではなく、すぐに状況を察してしまう。
この悪夢のような最悪の状況を。
流石の小鬼先生も前歯は掴みづらく、滑るようで苦戦しているようだった。
何度も何度もヤットコを持ち替えて力を込める。
「ん゛ん゛ッ!!?んぎィッ…!」
獣のような声をあげて、ジタバタともがき出す妖精弓手。
その様はとても優雅で美しい上森人とは思えないほど無様で品性に欠けていた。
只人だろうが森人だろうが獣人だろうが、そして小鬼であろうが。
皆、危機に瀕すれば体裁などなりふり構っていられず、生き物としての生存本能が働くのだ。
それは言葉にならない声を吐き、糞尿を垂らしながら暴れる妖精弓手の姿を見れば自明であった。
そしてあれだけ高慢で仲間たちを颯爽と殺してきた森人のそんな姿が見れるとなれば、小鬼共は愉快で愉快でしょうがなかった。
ググッ…!プチ…メキキ…ッ
「…!?」
聞き慣れた"あの音"が鼻の辺りから聞こえてきた。
上の前歯であれば歯根が鼻の辺りにまで達する。
何かが千切れていく音とともに歯肉から歯根が離れていく感覚。
妖精弓手は鼻の奥から"何か"が抜けていく最悪の感触を味わっている事だろう。
それと同時に顔の真ん中から拡がっていく鋭い痛み。
「ふぐぅッッ…!!!!」
小鬼先生は容赦なくヤットコを捻り上げる。
捩じるように両腕を交差させて、車のハンドルを回すように妖精弓手の前歯を引き抜きにかかる。
…ブチチッ!!メリメリメキュ…ッ
「∬ー◆☆れ¥>$゛!ぷ?♂=♀◎♭♯f☆ぎゃ▲☆=¥!>♂×~&◎え♯£」
激痛のあまり血走った眼を見開きながら、喉の奥からまたしても意味不明な声が発せられる。
まるでその声が出る度に小鬼共はまるで、初めて打楽器を打ち鳴らした子供のようにケタケタ喜んでみせる。
巣穴の外までも響きそうなその悲鳴は、遠くから聞けば「ギャアアアアアアア!!!!!」とでも聞こえただろうか。
いずれにしろ、あの冒険者ギルドで快活にふるまう美人エルフの容姿からは想像もできないほど醜い声だっただろう。
ブチブチ…ッ、ブキッ…!ズル…ッ
「あーーーーーーーーっ゛あーーーーーーーーっ゛あーーーーーーーーーーー※◎&%#★●!?」
ピンク色の肉がまだ付いた自らの前歯を目の前でちらつかされ、その瞬間目の前が真っ赤に染まる。
その光景を見せられた瞬間に『自分の前歯が引き抜かれてしまった』事がはっきりと理性に訴えかけられてしまったからだ。
骨折した時も骨折したと知らなければ存外痛くないのと同じ原理だ。
痛みを意味するpainという言葉は刑罰を意味するpenaltyと同じ語源を持つらしい。
何も悪い事などしていないのに、なぜこんなに苦しまなければいけない?
私が何か、こんな仕打ちを受けねばならないほど罪な事をしただろうか?
あまりにも理不尽で、幼稚で、残酷な小鬼共の仕打ちに、妖精弓手は心の中でそう問いかけるしかなかった。
問いかける相手は…神か悪魔か…或いは…
目の前が真っ赤に染まっていき、血だまりの中に妖精弓手の意識は堕ちていった。
小鬼先生はヤブ医者だった。
いやそんな事は彼が小鬼である事から容易に察せられるのだが。
前回も彼は同じミスを犯しているのである。
歯を4本も抜いたとなれば口の中いっぱいに血が溜まるのはほんの一瞬。
つまり患者に血を吐かせるような状況を、もしくは血をすぐに吸い出せる状況を作らなければいけなかったのだ。
小鬼先生は前回、なぜ只人の女が抜歯してる最中に急に動かなくなって死んだのか、分かっていなかった。
あまりにも抜歯した時の患者の反応が面白すぎて、血が口腔内に溜まって患者が窒息死する事など全く考えにも及ばなかったのだ。
妖精弓手はそんな稚拙さと愚かさの所為でその一生を閉ざされてしまった。
股からは汚物をひり出して、剥いた白眼には毛細血管をピクピク浮き立たせて。
無様、という他ない最期であった。
もっと冒険したかったろうに。
森人の里を出て、下界の見分を広める彼女にとっては毎日が刺激であった。
果てしなく広がる紺碧の海、動くものの影さえ認められない荒涼たる砂漠、糸のように細い道筋を溢れんばかりの人や物が行き交う街…
宝石のような日々を送るのも今日が最後になってしまった。
それも小鬼共の児戯に等しい拷問によって。
彼女の死はどんなにか――――どんなにか無様で無念な事だろう。
小鬼共は目の前で動かなくなったその醜態を、ただひたすらゲタゲタと嗤う事しかしなかった。