※この作品はR-18です。

恋姫転生   作:kuzuaki

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後方の戦い

 黄巾の乱。

 その序盤戦とも言える時期である現在、俺達の動きはそれなりに順調だと言えた。

 

 事前情報からくる初動の速さ。潜り込ませた草を使った誘導。七乃や周瑜、陸遜らが中心となって協議し作り上げた軸となる動きを中心にし、それによる迅速な対応と警戒。

 領民の慰撫と流言飛語の抑制で乱に呼応する民を出さないようにしながら、始末すべき賊は始末し、取り込める相手は取り込む。特に領内での略奪の前科がなく元々賊の類でない者達……黄巾党の立てた漢を打倒するというお題目に乗るしかなかったような人民達を、罪に問わない流民扱いとし降し軍に取り込んでいく。

 

 その策のどれもが上手く行き……そしてどれもが上手く行き過ぎた。

 

「兵が膨れ上がりすぎたか……これじゃ破綻する可能性があるな」

「そうですねぇ~。雪蓮様達が順調なのは良いことには間違いないのですけれど、どうしましょうか」

 

 各種数値とそこから出した試算が書かれた書を睨みながら、俺は陸遜と眉根を寄せていた。

 予想以上にこちらの被害が少ない事や、領内でも困窮していた人間の見通しがまだ甘かった事、そして何より賊を降して取り込めた人間の多さが原因で、兵の人数がうちで維持出来る数を超過し始めたのだ。

 次々に送られてくる新兵を調練し軍の体制に組み込むために、居残った将である甘寧には連日かなりの負担がかかっている様子も見て取れる。

 

「あの、このまま財貨でもって兵を維持するというのは駄目なのでしょうか?」

 

 孫権……蓮華がおずおずと自分の考えを口にする。その声がどこか遠慮がちなのは袁家の溜め込んだ金をまだ自分達の金銭だと思いきれないためだろう。

 だが贅沢したいとかそんな理由で凄い散財でもするならともかく、孫家に命運を託した以上は使えるものは何でも使って勝ってくれなければこちらが困る。だからそんな遠慮など不要なのだが、幸いなことに筆頭軍師達はその辺のこちらの思惑は飲み込んでいるし……トップの孫策にいたってはまるで遠慮など存在しなかったので、とりあえずそう言う心配はせずにすんでいる。

 

「いや、それで維持できるなら財貨なんて幾らでも切り崩して構わないと思うがね……」

「あうぅ、蓮華様~それは難しいですよぅ」

「……それは何故なのかしら?」

 

 今現在俺達は大急ぎで増えていく兵士を受け入れる環境を整えている。

 武具に糧秣、兵舎に設備。手配しなければならない差配はいくらでもあり金が大雨にあった川の如く流れ出ていて、袁家の豊富な財源を持ってしても今年の収支は大赤字になるだろう。

 

 だが問題は一度の赤字ではない。

 それらは一度支払えば終わりではなく軍を維持し続ければ恒常的に支出は続くのだ。特に軍隊が機械化や火器の無いこの時代、兵力とは兵数や軍馬の数はほぼイコールでありその維持コストは初年度以降であっても大して目減りを期待出来ない。

 だから恒常的な赤字運営によって財政破綻が起きる事が駄目なのかと言えば実はそれも違う。

 

「蓮華様。私達は現在周辺の商人から穀物を可能な限り買い集めていますよね?」

「そうね。それが大きな財政負担になってはいるのはわかっているつもりだけれど……」

「えぇ、もうだいぶ穀物の価格も高騰しちゃいましたからねぇ。でもですね、市場に流れる食料は基本的に生産元からの余剰分なんですぅ……」

「それは当たりま……あっ!?」

 

 蓮華が声と共に目を見開いた。

 そう。今彼女が思い至ったように、いくら金銭があっても買い集めることのできる食料は有限なのだ。それに主要穀物の類をそこまで買い占めるような真似をしてしまうと流通価格が破壊され、貧しい者達が餓えに苦しむような状況を生み出してしまうだろう。

 

「それに市場にながれる穀物の大半は税として取り立てられた物が商人に降ろされて放出されたものだからな……」

 

 農村では基本的に貨幣というものは殆どやり取りされることはない。

 よってそこから生み出される税もまた穀物が基本であり、領主の収入もまた収められた穀物を商人を通じて金銭に換算して生み出すものだった。

 税は穀物の他貨幣によって収めてもよいものとされているが、それをするのは都市の住人か商人ばかりで活発な商業圏を領内に持たない土地では貨幣での税収が殆ど無い所も珍しくない。

 

 貴族、豪族、そして各地の太守達。

 皆最初の収入とは基本的に穀物であり、それを市場に流して金銭に換算することで彼等は利益を得ているのだ。

 

「これから世の中が荒れる時に戦略物資を外に依存しすぎるのはよくないんですよねぇ~」

「そうね……穏の言う通りだわ」

 

 第一その食料生産自体、この世界では安定したものじゃない。

 水害、干魃、蝗害に作物の疫病。そんなものはザラにある。一年を通して国中で何の問題もなく収穫を迎えられることのほうが珍しいのだ。

 ちょっとでも飢饉が起きた時、食料の外部依存が激しければそれだけすぐに干上がる事になる。

 

「一応、今の人数でしたら来年以降も穀物の流通量が安定していればなんとかなるんですけど……」

「今、国中で大規模な反乱が起こっているってのに来年以降も同じだけの収穫量を周辺全土で期待して良いと思うか?」

「それは……難しいでしょうね」

 

 かといって一度受け入れた民草を放り出すわけにはいかない。

 彼等は既に今現在を飢える民であり、そんなことをすればすぐに賊へと早変わりするのは容易に想像できる。

 

「これはやはりあれか」

「あらぁ~、袁術様には何か妙案がおありなのでしょうかぁ?」

「……理羽殿?」

 

 曹操には悪いがここは未来知識で彼、もしくは彼女の施策をパクらせて貰おう。

 

「あぁ。俺は屯田制を採用してみてはどうかと思うんだが」

「……屯田制?」

 

 聞き慣れない言葉に蓮華が目を瞬かせるよこで、陸遜が僅かに思索する様子を見せてすぐにこちらに言葉を返してくる。

 

「なるほどぉ。武帝に倣った施策ですかぁ」

 

 こちらが前々から温めていた案に対して、それを聞いてすぐにその名前が出せるところに陸遜の知性や学識の深さが伺える。

 

「えっと……私にも説明して貰えるかしら?」

「はい~。屯田制というのは古くは武帝の時代に始められた施策で、主に兵士などを用いて農民以上により直接的に国が農地の耕作を管理する手法の事です~」

「元々は普通の村落を置くことができない危険の大きい国境地帯などで、防衛任務にあたっていた武装した兵士を農耕に利用したのが始まりだとされているな」

「その例のようにぃ本来兵であるものを利用するのを特に軍屯あるいは屯田兵と呼んで、ただ単に人民を直接管理して耕作させるものは民屯と呼び分けるんですよ~」

「軍屯と民屯……屯田兵ね。それを使えば人々を養っていけるのかしら?」

 

 蓮華がそう尋ねると、陸遜は言葉に詰まった様子でこちらの顔を伺う。

 

「え~っと、それは……どうなんでしょう? 屯田制は耕作可能な土地が余っていると言う前提での施策ですから、必ずしもどこでも有効とは限りませんが……」

「耕作地の検分は既に終わっていて資料室の書架に入っているよ。細かい所はそれを見なければわからないが、確か敵対的な山越に近いせいで農民の入植がうまく行かなかったが、自衛できるなら大規模な耕作地にできそうなら土地があった筈だ」

「えっ……?」

「……」

 

 俺がそう説明すると蓮華と陸遜がこちらを見てなんとも言えない様な表情になる。

 

「……なんだ?」

「あのぅ~。つかぬ事をお聞きしますが何故その様な資料が既に存在しているのでしょうか?」

「……それは以前に俺が屯田制を活用できないかと思って調べさせておいたからだな」

「えっと、それは今の様な状況を予見されて……という事でしょうか?」

「……まさか。こうなったのはたまたまだよ」

 

 俺がそれを活用出来ないかと思ったのは、曹操の屯田政策と言えば三国志をちょっとかじった奴なら知っているぐらいには有名なものだからだ。最初にそれを創めたのは曹操ではないとか、その有効性については色々と異論があるらしいが、俺のようなにわかにとっては屯田=曹操だった。

 とにかく俺が以前思いついたのは、三国志で結果が立証されているその有名な政策をパクろうという単純な考えに過ぎなかったのだが、その時は実行可能になるハードルが高く調べさせただけで棚上げされていた浅はかなものでしかなかったのだ。

 

「……それは幸運でしたねぇ。でもそう言うことでしたら、来年度以降の食料問題もなんとかなるかもしれません」

 

 どこか訝しげな表情でこちらを見る陸遜だったが、その資料が棚上げになっていたのは本当にたまたまなのでそんな目で見られても何も言うことは出来ない。

 俺と陸遜の視線が微妙に絡み合う横で蓮華が安堵したような様子でほっと息を吐く。彼女にしてみれば無辜の民草をむざむざ見捨てずに済む事が大事なのだろう。

 

「良かった……でもそんな方法があるなら、何故皆今までそうしなかったのかしら……」

 

 そうぽつりと彼女の口から漏れた言葉を聞いた陸遜が口元を悩ましげに歪めた。

 

「それは難しいですよ蓮華様ぁ。屯田制は今のような……はっきりと世が乱れているような世相でなければ反発が大きいですから~」

「それは何故なの? だって、今までも食糧難はあったのに……」

 

 彼女にしてみれば今まで困窮していた農民たち。苛税に喘ぎ餓死者が出ていたような村からすれば屯田制に組み込まれる方が良いだろうと思えるのだろう。だが本来は農民がそこまで困窮すること自体が問題なのだ。

 

「民屯と言うのは雇い主が公のものってだけで、実質的には荘園の小作人と同じだからなぁ」

 

 あるいはより悪辣に言うならば、農奴と言い替えてしまっても良い。

 

「そうですねぇ。屯田の租税をどのような形にするかは色々ありますが、基本的に普通の農地より税は重いですし……」

「その耕作地もあくまで国のものだから畑をどれだけ広げたり工夫しても彼等は豊かになったりはしないんだ」

「それに、彼等にはあまり自由もありません。農民であれば村ごと離散でもしない限り、国は個々人の生き方にはそれほど干渉しませんけれどぉ、屯田兵や民屯はあくまで国に養われている立場ですので仮にその耕作地から勝手に出ていくと脱走兵に準じる扱いになってしまうんですよ~」

 

 土地というのは究極的には国の物と言えるが、田畑というのは通例上農民が所有する財産として扱われるものだ。

 国の治める土地の中で農作を行えば租税として何割かを差し出さなければ行けないが、逆に言えばそれ以外は自由にして良いということでもある。

 植え付ける作物や育て方を工夫したり土を改良して豊作にすることができれば、豊かになれるのが本来の農民の姿で、村々で事情は異なるが耕作可能な土地が余っていれば自力で畑を広げることすらも可能なのだ。

 そうして農地を広げたり他者の農地を買い取って豊かになった豪農が、築いた財貨でもってその土地の個人所有を国に認めさせ、己の荘園を作り上げていったのが今豪族と呼ばれる者達の元々の姿だとも言える。

 そしてそこで働かされる小作人達は戸籍を持っておらず、租税を納める義務はなく徴兵の対象にもならないが、雇い主によってある程度差はあるものの基本的に財産と呼べるようなものをおよそ持つことはできず、自由のない農奴的な存在でしかなかった。

 

 汝南袁氏とて広大な荘園を所有しているのは変わらない。それは貴族や豪族の力の源泉とも言えるもので、むしろあってあたりまえのものなのだ。

 うちでは小作人を餓えさせるような事はしていないが、それでも彼等は自由民とは言い難い境遇に置かれていることもまた事実だった。

 

 だからこそ農民は例え困窮しても進んで荘園の小作人身分になろうとするものはいない。それは餓えないからと言って、自分の身を奴隷として売り渡すのとある意味では同じ事だからだ。

 貧しい農村に生まれそこから出ていかざるを得ない者にも、夢を見る事はできる。

 殆どは野垂れ死にかあるいは野盗に身をやつす事になるとは言え、それでも武や知で身を立てようと希望を持つことは出来るのだ。

 だが小作人の立場に落ちてしまればその自由すら失ってしまう。民屯の従事者はそれよりはマシとはいえ、本来は進んでなろうとするものなどいなくて当たり前なのだ。

 

「どれだけ懸命に土を耕しても貧しいままで、口減らしに村から出た若者が屯田兵になったほうがましだと思う。そんな状況自体が言ってしまえばおかしいんだろうな」

「……そうなのね。でも、軍屯ならどうなの? それなら元からいた兵達を使えば……」

「それじゃあ常備軍の意味がなくなっちゃいますよ蓮華様ぁ」

 

 蓮華の言葉を、陸遜が窘めるような表情で切って捨てる。

 当たり前だが屯田制とは軍を維持しながら同時に農作も出来て二倍美味しいと言うような都合のいい代物ではない。

 日本の戦国時代、民兵を基本とした大名たちは農閑期にしか兵を起こすことが出来ず戦のやり方に強い制限を負っていた。だからこそ弱兵と言われたにも関わらず金銭で雇った傭兵を主体にして常備兵を組織した信長の戦のやり方は革新的だったなんて言われたりしている。

 まぁ実際には日本の戦国時代も兵農分離は案外進んでいて、信長でなくとも大名達が扱える常備兵は結構な数がいたって説もあるのだがここではそれは置いておこう。

 

 問題になるのは農業に従事させた兵は農閑期にしか動かすことが出来ないと言う点。そして当たり前だが、軍というのは必要があるから存在しているものだという事だ。

 山賊盗賊の討伐は勿論、隣り合った領地との小競り合いや敵対的な異民族達との戦い。中には野心を持って自らの支配地を広げようと兵を集める者もいるだろうが、能動的・受動的どちらの理由であれ兵は必要があるからこそ兵として維持されているのだ。

 特にこの国で古くから常備兵が用いられて来たのは、おそらく農耕をしていない異民族達……山越や騎馬民族の脅威に古くから晒されていたからだろうと俺は思っている。

 それらの危険からこの中華を守るためには、半農の兵では不都合が多かったのだろう。

 

 屯田兵はあくまでも特定の場所から動かす必要のない兵を自衛力のある農業従事者に転用するのが目的の施策で、軍の本体そのものを農耕に用いようとするのは民兵を常備兵にしてきた必然の流れに逆行する行いになってしまうのだ。

 

「ですので元々必要があって各地で維持されている軍兵を屯田兵に転換してしまうと言う訳にはいかないんですぅ」

 

 以前に屯田制を用いたいと思いついた時、結局それが実現できなかったその理由。

 陸遜は当時俺が七乃に言われた台詞をなぞるかの様に説明した上で、そう言葉を締めくくった。

 

「そんなに簡単ではないのね。やっぱり……私はまだまだ未熟だわ」

「えぇ~。蓮華様が落ち込むことなんでないですよぉ。私だって袁術様に言われるまで屯田制を用いることに思い至らなかったんですから~」

「穏……」

「私もここで政務をさせて頂くと刺激を受けることが多いですから、蓮華様も一緒に学んで行きましょう~」

「えぇ、ありがとう……穏」

 

 そう言って慰め合う二人だったが、俺から見れば両者共凄いとしか言い様が無いんだがなぁ。

 蓮華は自身の言う通り未熟さからの視野の狭さはあるが、彼女の凄いところはそれを自覚しながら自分に出来る事に対する自負を持ち合わせているところだ。

 自分に何か思い至らない事がありそうだと感じれば、すぐに陸遜や俺……そして身分の劣る文官達にすら積極的に質問し学ぶ姿勢を見せ、自分の思い込みからくる失策を殆ど犯さないのだ。

 

 それだけなら言われるまま仕事をする文官仕事しか出来ないとも言えるが、彼女はその上で既に自分の理解が及ぶ問題だと思えば独自の裁量を振るうことをためらわない。

 ついこの間も俺が大枠を作った都市の区画整備に関して、人足や物資の手配に齟齬があると感じた部分を修正し見事に終わらせた事も記憶に新しい。俺が責任者としてそれを行っていれば、恐らく実働段階になって細かい問題が多発しその対応に追われる事態になっていただろう。

 そしてそう言った事柄の際、蓮華はこちらに全てお伺いを立てるようなことはせずにその計画内の文官達と協議して卒なく優れた結果を出すことが出来るのだ。

 

 陸遜に至ってはそもそも今回外から来た人間を軍に取り込みすぎて食料自給に問題が生じる可能性に気付いたのも、そしてそれを検証するための正確な試算を出したのもどちらも彼女なのだ。

 これも俺だけであれば来年以降、実際に兵站に問題が生じてから大慌てで解決法を探るハメになっていただろう。

 

 それを恐れて七乃を政務にまわしすぎれば今度は黄巾党への対応に動かす軍の動きが鈍くなってしまっただろうし、やはり孫家と結んだのは正解だったと日々思う程に現時点で既に数え切れないぐらい彼女には助けられている。

 

 ゲームにおいては軍師としても周瑜や呂蒙などに挟まれ目立たないポジションで、固有のイベントも書物での発情ネタが多かったりとネタキャラの印象が強く俺もあまり思い入れの無いキャラクターだったのだが、こうして実際に政務を共にするとその有能さは非常に頼りになった。

 それにまだぎくしゃくする事の多い孫家一党の面々の中でも、穏やかな人柄で話しやすい彼女は魅力的な容姿も相まって俺の好感度も鰻登りである。

 前線に出ずっぱりであまり接点のない周瑜達などよりよほど……などと思ってはいけないのだろうが、実際目の前で助けられているとどうしてもそう思ってしまうのは避けられない。

 

 文官と武官の溝はこういう所から生まれていくのだろうなぁ。

 俺はそう他人事の様に思った。

 

 しかし軍政官としてならともかく、俺は戦場にあって軍を差配し将に助言する軍師としての能力には自信がないし、かといって兵を率いる将としても総大将として兵を鼓舞できる身分という点を除けば孫策を筆頭とした猛将達と比べると力の差は明白だ。

 

 結局俺は人が増えてくると後方で政務に専念しているのが一番向いているんだよなぁ。

 俺が自分の能力に対して頭の中で嘆息すると、それに合わせるかの様に現実でも俺の隣からため息が聞こえてくる。

 

「ですがこれから組み込まれた兵を急いで屯田兵に転換する為の見積もりを始めるとなると……また仕事が増えますねぇ」

「……そうね」

「だなぁ……」

 

 まぁ……前線向きじゃないことを嘆いても政務の人員だってまったく余裕など無かった。

 むしろ人を増やせるなら幾らでも増やしたいのが本音だ。

 何かの間違いでも良いから特に内政に関して随一の能力があったという猫耳軍師とかがこちらに流れてこないだろうか……今なら男嫌いの彼女に罵倒されるぐらい笑って受け流せるのだが。

 

「今の体制になってから一気にやることが増えてやりがいはあるんですけど……」

「えぇ。理羽殿は元からこの大きな枠組みで内政を行っていたのを考えると感心してしまうわ」

「馬鹿言わないでくれ。平時に旧体制でやってた仕事なんて、今と比べたらまるでぬるま湯みたいなもんだ」

 

 それでも別に楽だったわけではないが、ここ最近の急激な仕事量の増加を基準に評価されても困るだけだ。

 

「あはは……でも袁家の文官さん達は皆優秀なのでとても助かりますねぇ」

「確かに、それは本当に穏の言う通りだと私も思うわ」

「あぁ……特にこの城に詰めている奴らは厳選されてるからなぁ」

 

 それも主に七乃の手によって。

 俺達の手足となって政務を補佐してくれる彼等がいなかったら、今頃この執務室は処理すべき案件に埋もれた地獄と化していたことだろう。

 

「それじゃあ私は資料室に行って、その屯田の為の検分記録を貰って来ようと思います~」

「穏……貴方が一人で資料室に行ったりしたらそのまま書を読み始めて帰って来ないでしょ?」

「そ、そんなことありませんよ蓮華様ぁ」

「……俺が一緒に行こう。あれは普段誰も使わない資料だから把握している人間も少ないだろうしな」

「お願いします理羽殿。では私が思春を呼びに行きますから……それと良かったら一度お茶にしませんか? 時間もちょうど頃合いだと思いますし」

「あ、それは良い考えだと思います~。思春ちゃんを交えて協議を始める前に一息ついてお話できますしぃ」

「……確かにそうだな。じゃあ誰か人を厨にやってお茶の用意を整えさせるか」

「折角ですし、天気も良いので今日は中庭が見える楼でお茶にするのも良いですね」

「良いですねぇ~」

「なら差配は蓮華に任せるか。甘寧も朝から動き通しだろうし、甘い物でも食べて一息いれるのは良い休憩になるだろう」

「思春は終わらない軍の再編で、近頃疲れが見て取れるものね……」

「そんな事言わないで下さいよ蓮華様ぁ。これからその思春ちゃんに屯田兵への転用を前提とした新兵の選抜と編成を始めて欲しいって言わなきゃいけないんですよぉ~?」

「そうね……気が重くなるようなことを言ってごめんなさい」

「おいおい……これからお茶をしようって話の前に落ち込むなよ。だいたい疲れが見て取れるのはお前らだって変わらないぞ?」

「そういう袁術様だって同じですよ~」

 

 本格的な決定は一度前線が落ち着いて、トップである孫策や周瑜が帰還したところで評定にかけなければならないが、その為には事前にその実効性……どれだけのコストがかかりどれだけのリターンが見込めるのかなどをきちんと算出しておかねばならず、急を要する案件になるのは目に見えていたのだった。

 

 あはははは、と俺達はどこか乾いた笑いを浮かべあう。

 こうしてこの城で苦労を共有する度に、蓮華や陸遜……そして今はこの場にいないが新兵の差配で話し合うことも多い甘寧とも仲が深まっていくのを感じる。

 

 そしてこんな時、俺は同時に頭の片隅で七乃への恋しさがチクチクと刺激されるのだった。

 

 七乃にもここにいて欲しい。

 彼女を前線から引き上げて政務に回したい……と言う思いが脳裏をよぎる。

 俺が望めば彼女はすぐにそうするだろう。

 

 だが……黄巾党は決して侮っていい相手ではない。

 特に中核となっている太平道に染まった連中は、ただ呼応しただけの賊や流民の集団とは別物だと考えたほうが良い。そいつらは既に何度か官軍を打ち破り、太守を殺して城を奪った州すらもあるのだ。

 その事にはついに漢も重い腰をあげて、皇甫嵩を中心とした官軍だけではなく各地の軍閥に令を発し大規模な戦の動きが起こり始めている。

 

 潜り込ませた草を使った誘導も思想的な偏りが激しいその集団を御することは難しい。

 そんな危険な連中がいつこちらに来るかわからない状況で、今前線から有能な将を引き上げて万が一にでも負けるようなことが取り返しがつかない……いや、そもそも負ける事を万が一などと思うこと自体、俺は前世の知識に毒され過ぎているのだろう。

 前線にいる彼女たちは勝利に対する自信はあっても、どうせ黄巾党なんて序盤の消化試合だなんて緩んだ考えをする筈がないのだから。

 

 もし七乃が死んだら……そう考えると反射的に何もかも投げ出して逃げ出したくなるが、これから荒れ続ける世の中でそんなことをして無事に済む保証などどこにもない。それは二人で後方に引きこもり続けても同じことだ。

 それに今更隠棲するには、袁家当主の血と名は重すぎるものだ。

 

 結局、危険があっても今最善だと思うことをやり続けるしかない。

 今ここにいる蓮華や陸遜だって、姉や仲間達が戦をしていることに不安を感じていないわけではないだろう。それでも彼女達はそんな感情を顕にせず常に明るく振る舞っているのに自分だけが恐怖に振り回されるのは情けなさすぎる。

 

「まったく……さっさと平和な時代が来て欲しいものだ」

「えぇ、本当に」

「ですねぇ~」

 

 最近口癖のようによく漏れてしまう平和が欲しいと言う台詞に、二人も賛同してくれる。

 俺はただ裕福で安全な生活でひたすらエロい事が出来ればそれで満足なんだがなぁ。

 

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