※この作品はR-18です。

恋姫転生   作:kuzuaki

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亞莎

 陣を敷く。

 それは言うほどに簡単な事じゃないです。

 その大変さを、私は自分が一兵卒の時は思ってもみなかったのですが……。

 

「はいは~い。切り出した材木はそっちに置いて、今使う材木はそっちから取ってくださいね~」

 

 張勳様は行き交う人々に次々と指示を出し続けている。私はそれをお手伝いしながら陣張りについての実務を学ばせて頂いているのですが、これほどの貴重な経験は万金を出しても得られぬ価値を持つ時間だと思うほど様々な事をお教え頂いています。

 

「張勲様、許昌正面方向への柵張りが完了しました」

「あら呂蒙さんですか。ご苦労さまです。でも兵達はちゃ~んと言った通りの配置に柵を打ち込みましたか? 適当にやらせちゃだめですよ~」

「は、はいっ。何度も確認しましたので間違いないと思いますっ」

「そうですか~。それなら結構です♪」

 

 許昌を遠目に望む事ができる丘の上。

 目的地についた私達の軍だけれど、即座に戦端が開かれることはなかったためにこうして一旦落ち着いて陣立てを整えることになりました。未だ近隣諸侯の軍と合流できていない私達に対して数で勝る黄巾が野戦をしかけてこなかったのは意外でしたが、張勲様や周瑜様はそう言う事もありうると事前に予想されておられたので動揺はありませんが、それでも心に疑問が湧き上がる事は止まりません。

 

 許昌は国でも屈指の大都市ですが決して守るに硬い場所ではないと聞きましたし、私もこうして実際に目にしてもその評価は正しいと思います。けれど黄巾は籠城を選んだ……賊軍とは言えこれほどの大軍を用いて陳国を落とした相手が、まさか私達に対して恐れをなしたという事は無いでしょうし、城壁の力を私達以上に高く評価しているということでしょうか?

 

 そう思わせて私達の油断を誘い奇襲をしかけてくる可能性も捨てられませんが、張勳様の差配するこの陣張りを見ているとそうした手が上手く行くとは思えません。それほどにあの方の手腕は隙の無いものに見えます……少なくとも私には。

 場所の選定、人の差配、作業における優先順位の付け方。警戒を怠らず、いつ戦端が開かれてもそれまでの作業が無駄にならず、兵が戦いに移れる体制を整えながら後から合流する軍勢のことも考慮して陣の様相を整えてゆく。内側から見ていても既に半端な街の城壁以上に攻守に優れて見える陣を、しかもこれほどの大軍で素早く差配できる人間がこの国にどれだけいるでしょうか? その差配を間近に見ながら、恐れ多くも直接の教えまで賜るだなんて私は本当に恵まれています。

 

 そんな恵まれた境遇を自覚するたび期待を掛けて頂いている事への重圧の中に一片の誇らしさを感じ、私はより一層の努力をしなければと思いました。

 だって私は理羽様の期待を裏切る様なことは決してしたくないのです。

 

 勿論今こうして与えられているお役目はきちんと果たせていると思っています。

 理羽様も張勳様も私の力に見合わない仕事を任される様な事はありませんし、その仕事だって誰にでもできる雑務というわけでは無いと思います。けれどまだまだこの様な働きでは私の目指す所にはとても足りていません。

 

 私は身の程知らずにも兵卒の時分からもし自分がこうした立場に立ったらどうするかと考えていた様な生意気な小娘でした。

 下される指示に対してどうしても不合理に感じてしまったり、こういう指示だったなら自分たちはもっとうまく動けるのに……なんてよくそうしたことを考え込んでしまう人間で、時折元いた部隊の隊長殿にそうした思いを吐露した事もあります。

 

 隊長殿の判断で進言しても問題がないと思われることであれば伝えて貰い少しでも何か改善されたりはしないだろうか。もし私の考えが認められて何かが少しでも良くなればこれに勝る喜びはない……と言い切ってしまうとそれは嘘ですね。

 私だってもしかしたら自分の才覚が見出されて出世したりすることもないだろうかと願わなかったわけではありませんから。

 

 けれど、まさか理羽様の様な雲上のお人に直接掬い上げて頂いてすぐ側に侍り教えを受けながらも更に忌憚なく意見を述べさせて頂けるようになるだなんて、あの頃の私にこんな未来があると言っても決して信じられなかったと思います。

 

 未だ見習いの身として正式な役職こそ頂いては居ませんが、私が頂いたこの立場は何気なく口にした意見ですら理羽様達に正しいと思われれば支配地の全土に影響を与えることすらありうる立ち位置です。実際ただの雑談のつもりで口にした言葉があれよあれよと全軍の訓練工程が見直されるきっかけになった事があり、自分の立場の影響力を実感してしまった日は体中から血の気が引いたような思いがしたのを憶えています。

 もし自分が誤った考えで理羽様を惑わしてしまいその結果大きな被害が出るような事になったら、その時自分はどうなってしまうのだろうか……そんな恐れに囚われた私をあの方は笑って諭して下さいました。

 

「呂蒙、お前はまだ何者でもない見習いの身だ。そんなお前に責任など問うわけがないさ」

「で、ですが袁術様……」

 

 その時怯える私に掛けて下さった言葉の衝撃を、私は今でもはっきりと覚えています。

 

「例えお前の意見をそのまま用いるようなことがあっても同じだ。どんな意見でもそれはあくまで意見にすぎないし、物事の責というのは決断を下し実行した、あるいはさせたもの。令を発する立場の者が負うべきものだろう」

 

 それが当たり前の道理であるかのように、理羽様はそう仰ったのです。

 

 名君であるとも、仁君であるとも讃えられているお方だとは存じておりました。お側に侍りその風説は事実なのだろうと感じてもおりました。けれど貴人の身でありながらそんな風に自分の発した命令に対して責を背負う様な考えを持つお方だったとはまさか思ってもみませんでした。

 恐れ多くも高みにあっては天子様から身近な所では一つの家の家長まで、令を下す者はその令が意に沿わぬ結果になれば令を受けた者の責を問うのが当たり前の世の中だと言うのにです。

 

 孫家と結んだことで今でこそ勢力の主としての立場は孫策様へとお譲りなされたのですが、お側にいれば今でもこの広い領土における政の最高位者としての働きをなされていることはまだ未熟な私にだってわかります。そして何時も民の事を考えた施策を行ってくださっていることも感じられない日が無いほどに、このお方は民のことを考えた政務をなさっておいでです。

 それがこの様な意識のもとで行われているのだとすれば、この御方はどれほどの重責をその身に背負っておいでなのでしょうか。

 

 そう思った時、私は恥じ入る気持ちでいっぱいになり思わず熱くなった顔を理羽様から背け隠してしまいました。

 眼の前に立つこの御方と比べて、ただ自分の責が問われないかどうかばかりを心配していた自分はなんと小さい人間なのだろうとそう思ったのです。

 

「……呂蒙? どうした」

「いっ……いえ! な、なんでもございません!」

 

 明らかに不審な態度を、なんの言い訳にもなっていない言葉でごまかそうとする程恥じ入り混乱していた私の脳裏に、ふと以前この城の執務室で見かけた光景が思い出されました。

 それは蓮華様が差配されていた治水事業において河川の一部に地盤が緩く事故が多発する箇所がありどうするかを悩まれていた時の事です。

 

 

「……無理に続けさせれば更に事故が起きて犠牲が増える可能性もあるし、この一箇所に拘って治水事業そのものの進捗を遅らせるわけにも行かないわね」

「治水は難しい様だが特別他と比べて被害が大きいわけでもない。一旦棚上げしてしまうのも悪い手じゃあないぞ?」

「そうは言って被害がないわけでもないですし、そこに住まう人にとってこの事業は待ち望んでいた物の筈だわ」

「それならやはり完遂を目指すか? 予算と工期に多少の無理をすれば他にしわ寄せはくるが不可能ってわけじゃあない」

 

 理羽様の言葉に蓮華様はますます悩ましさをまされたご様子です。元より言われた言葉の内容はご承知の上で思い悩まれていたのでしょう。

 

「……難しいわね。貴方達ならどう判断するかしら?」

「そうだな……俺は棚上げで良いと思う。該当地の民には被害に見合うだけの別途の援助を行った方が全体の負担は軽いだろうし、浮いた手と金で救われる者もあるからな」

「私は完遂すべきと思います~。最初からその地に手をつけなかったならともかく一度工事を初めてから妥協してしまえば蓮華様の名前で行われている事業の御威光に傷がついてしまいますし、それに一度治水事業を終わらせてしまうと後から一部だけ行おうとするのは難しくなってしまいますし~」

「……なるほどね。ふたりとも有意義な意見をありがとう」

 

 理羽様と穏様から相反する意見を聞かされた事で言葉とは裏腹にむしろ迷惑そうな表情で蓮華様はため息をつかれました。

 私はその時、そんなお三方のご様子を部屋の隅から眺めていました。

 勿論意見を挟むような気など毛頭なく、元より自分に意見が求められているなどとも思っていません。その時の私には貴き方々と同席する緊張はあれど、蓮華様が頭を悩ませる問題については完全に他人事だと感じていましたから。

 

「なぁ蓮華。軽々しく決められないのはわかるが、いつまでも悩んで現場を待たせるわけには行かないぞ?」

「勿論それはわかっているわよ」

「実際この手の政に関する問題には正解なんて無い。どっちを選んでも得る物があり失う物もあるんだ。どうしようと責める者や恨む者は生まれるし逆に称える者も感謝する者も出てくる。そういうものだ」

「わかってはいるつもりだけど……でも……決めきれないのよ。ねぇ、未熟な私なんかが決めるより二人でもっと意見を協議して決めて貰ったほうが良いんじゃないかしら?」

「えっと……蓮華様、それは……」

「それはだめだ」

 

 言葉を濁した穏様の声を遮るように、私が初めて聞く様な硬い声色で理羽様は連華様を咎めました。

 私は思わず驚いて理羽様の顔を注視してしまったのを憶えています。あの時の連華様を見る真剣な眼差しを……。

 

「それは何故?」

「この件の責任者は蓮華だ。だから意見を人に求めるのは良いが最後の決断は自分でやらなければならない」

「でも貴方や穏の方が優秀だし……」

「それは関係ない。そもそも俺も穏もお互いの主張の妥当性は認めているし協議だって既に十分行っている。他に取りたい手段があるというなら勿論改めて意見はさせてもらうが、それでも最後に決めるのは蓮華の役目だ」

「……どうして?」

「それが立場ってものだからだ」

 

 理羽様がそう断言しました。

 

「蓮華、お前は孫家の姫君だろう。孫策に何かあればこの一党を率いなければならないし、そうでなくてもこれから多くの配下を抱えて様々な事を差配していかなければならない身の上じゃあないのか?」

「……勿論、そのぐらいわかっているつもりよ」

「だったらこれから先、どちらも妥当に聞こえる相反した提言なんて幾らでも出てくるぞ。その時はどうするつもりだ?」

「それは……」

 

 名門袁家と結びつきこれからの躍進が約束された孫家の姫としてそれは容易に想像される未来だったのでしょう。理羽様のご指摘に鼻白んだご様子の連華様を見ながら、人の上に立つ方々と言うのはやはりとても大変なのだなぁとその時の私はやはり他人事の様に思っていました。

 

「勿論、信頼できる誰かに何かを丸ごと任せてしまうのも良いがそれも誰に何を任せるかという決断をするのはかわらない」

「そうね……」

「そして今孫策から内政を任されているのが俺だし、俺の判断でこの治水事業について任せたのが蓮華なんだ」

「私が……任された事」

 

 改めてそれを確かめるように言葉にする連華様に、どこか挑発的な空気を纏って理羽様が問いかけました。

 

「そうだ。蓮華ならば十分に出来ると思ったから俺はお前に任せたんだ。それとも荷が重いか? 止めたいと思うか?」

「いえ……私がやるわ」

「そうか。なら任せていいな?」

「勿論よ……ねぇ呂蒙、こちらへ来てくれる?」

「は、はひっ」

 

 それまでと変わって強い光を讃えた瞳に見つめられて、私はあたふたとしながら慌てて蓮華様へと近づきました。

 

「この件で私達が協議するための資料を用意してくれたのは貴方よね?」

「は、はいっ。その通りでございます!」

「そう……理羽、この娘を少し借りても良いかしら?」

 

 問いかける蓮華様と共に私も視線を理羽様へと向けて心中でどうすれば良いのでしょうかと問いかけます。そんな私達を見て理羽様は面白そうに笑って首肯なされました。

 

「構わない。呂蒙も頼めるな」

「か、畏まりました!なんなりとお申し付け下さいっ!」

「ありがとう、よろしく頼むわね」

「は、はいぃっ!」

 

 蓮花様はびくびくと緊張しきりの私に微笑んでくださるとすぐにてきぱきとご指示を下さいました。

 そして私が言われるままにご用意させて頂いた資料の数値等を睨みつけるように比較なさると……ほどなくしてご自身がするべき決断を下されたのでした。

 

 ……私はそれを間近で見ていたと言うのに、ただ偉い方々と言うのは凄いなぁとか大変だなぁとか今までどこか遠い長江の対岸を眺めるような気持ちでいたのです。蓮華様は元々令を下す側の生まれであるからそのような振る舞いが求められるのであって、自分には関係のないことだとそう思っていたのです。

 

 けれど……私に責任はないのだと慰められ、同時にそして理羽様がそれを背負っているのだと知ってしまった時……今のままではだめだと思いました。

 あの時蓮華様を見る理羽様の目には、厳しい態度を取りながらも強い信頼と期待がございました。

 翻って私はどうでしょう。こんな無責任な気持ちのままではきっと一生あのような目で理羽様に見て頂けることはないに違いないと、そう思ってしまったのです。

 ただ言われるまま役目をこなして与えられる賞賛や叱責ばかりを気にするのではなく、本当の意味でなした事の結果を自分の責任として背負う覚悟で役目に取り組めるようにならなくては、この方の重荷を僅かですら預けては頂けないに違いありません。

 

「袁術様……」

「ん……なんだ」

 

 私は顔をあげて理羽様を見つめました。

 突然に俯いたあげくそのまま物思いに耽ってしまった無礼な娘を、このお方は何も言わずずっと静かに見守って下さっていました。

 

「私もいつか……いつか袁術様から責あるお役目を任せて頂けるような人間になれるでしょうか?」

 

 そう問いかけた私の気持ちを、あの方は汲んでくださった様に真剣に表情を改めて私に向き直ってくださいました

 そして静かに一度目をつぶり、私の問いに向き合った上で答えを帰して下さったのです。

 

「なれるさ。呂蒙が望むのなら」

 

 その言葉を聞いた時、私はそうすることが当たり前であるかのように自然と跪いて拝礼し―――

 

「はい……きっとご期待に応えて見せます。そしてどうか、亞莎とお呼び下さいませ」

 

 それは私にとって二度目の願いでした。

 思い返せば初めて正式に理羽様の元に出仕した日も、私はお仕えさせて頂く御礼と共に真名を捧げさせて頂こうとしたのです。

 ですがその時―――

 

「確かめたいのだが……君にとって真名とは大切なものだよな」

「は、はいっ!勿論でございますれば――」

「それなら、真名を預けようとするのは今少し気持ちが定まってからにしてみないか?」

「えっ それは、どういう事なのでございましょうか……」

「何しろ君は俺という人間をまだ何も知らない。それでは真名を預けるには早すぎると思わないか?」

「で、ですが……」

 

 この身を引き立てて下さった大恩あるお方に真名を隠すなど非礼ではないか、そう思って焦る私に理羽様は申し訳無さそうな顔で言葉を重ねられました。

 

「まぁ慣例や礼法には反するかもしれないが、この事で君を非礼だとか忠に欠けるだとかは周りにも言わせない様にするつもりだ。どうか考えてくれないか?」

「そ、そこまでして私の真名をお受け取りくださらないのは一体何故なのでしょうか? 私に何か至らないところがあるのであればどうかご指摘をくださりたく……」

「いやいや、そんなものはないよ。俺は自分の直臣として迎える事になるのなら君の心情を知りたいと思っただけさ」

「わ、私の心情……でございますか?」

「そうすべきだからとかそうした方が良いからじゃなく……そうしたいと思った時。君自身が俺に真名で呼んで欲しいと思えるようになった時に、その名を預けて欲しい……それでは納得できないか?」

「そ、そのような事は……で、ですが敬愛すべき主として仕えるお方には真名で呼んで頂きたいと思う事では不足なのでしょうか?」

 

 私がそう言うと理羽様は困ったような表情を見せられ、そしてどこか遠くを見るように視線をあげて呟くように言われました。

 

「そうすべき……とされているのはわかる」

 

 独白のように吐き出されたそれに、返答した方が良いものなのかどうかと困惑していた私を他所にその言葉は続きました。

 

「けれど儒者が言うように強制して皆に徳が身につき三綱五常が世に満ちるならそんなに簡単なことはない。そうじゃあないか?」

「え、えぇと……それはその……」

 

 こうであるべきとされる道徳も正義も、強制されて身につくものではないのだとこの方は仰られたのです。

 まるであれこれと煩い儒者にたいして酒家で愚痴を吐く酒飲みのにも似たその言葉に、理羽様の様な貴人がその様な事を言ってしまって良いのだろうかと私は思いました。

 

「じ、実現が難しいことだからこそ形や行動として確かなものにしなければならないのではないのでしょうか……」

 

 子は親を敬うべきであり、臣は君に忠をつくすもの。

 そしてそれは礼儀や作法、行動に置いてもきちんとわかるように表さなければならないもので、そうでなければ口でいくら自分は孝がある忠があると言った所で誰にも認めてなど貰えません。

 漠然とですがそういう物だと思って今まで言われて生きてきましたし、付け焼き刃かもしれませんが私が急いで憶えた礼儀作法でもそうとされていた筈です。

 

「まぁ無理にとは言わないさ。ただ俺は儒家の言うような型にはまった振る舞いは苦手でな……合わせてくれるとやりやすいのさ」

「は、はぁ……えっと、そういうことでしたら……」

 

 理由はなんだか有耶無耶になった気がしたものの、その時は主が望むのであればそれに合わせることもまた忠節であろうと思って一度は捧げようとした真名を自分の中にしまいこみました。けれどやはり理羽様のお側に仕えるようになってから自分の主に姓諱で呼ばせている事で周りから白眼視されているような気がしてしまって、尊敬できるお方なのにこの点では困った令を下されてしまったと内心では少し嘆いていたりもしたのです。

 

 ―――しかしそんな思いを抱いてしまっていたのは、ただただ私が不明であっただけなのです。

 口にした二度目の願い……けれどそれを口にする私の心情は、確かに以前とはまるで違ったものであったのですから。

 

 心から自分の真名を捧げたいと思う気持ちがどのようなものか。

 真にお仕えたいと思う主君を見出した時、世界が如何様に色付いて見えるのか……その時、私はそれを知ったのです。

 

 それまで不思議な言動に振り回される様な思いをすることも多々ありましたが、それも思い返してみれば理羽様はずっと立場や関係性からではなく、ただ一人の人として生きた私のことを思って相対して下さっていたのだとわかるのです。

 

 だから私も今度は本当の気持ちで願う事ができたのです。

 私は……このお方が背負う物を分け預けて頂けるような、真の臣下でありたいと。

 

「……亞莎」

 

 差し出した両手をそっと包まれながら真名を呼ばれた時……この思いを理羽様にお認め頂いたのだと私は喜びに溢れました。

 

「ならば……理羽。この真名を受け取って欲しい」

「理羽……様……はい……確かに、受け取らせて頂きましてございますっ」

 

 尊き響きを感じるその真名を恭しく預かった私に、理羽様は小さく頷いて下さいます。

 そして私は恐れ多くも理羽様と想いが通じ合った気が致しました。

 

(あぁ……わかります、理羽様)

 

 それはただ私が真名を捧げたから、その返礼として返して下さったものではないのだと。

 私の思いを認めて頂き……理羽様自身が私に真名で呼びかけて欲しいと……そう思って下さったからこそ預けて下さったものなのだと、疑いなくそう信じることができました。

 

 そのなんと喜ばしいことでしょう。

 これが真の意味での真名の交換であるのだと私は初めて知りました。

 

(この方にお仕えすること……それが私のまことの望みなのですね……)

 

 

 ―――そうした自覚を持って以来、誠心誠意理羽様にお仕えすると共により一層の努力も重ねてきたつもりです。

 その甲斐あってか徐々に周囲の方々、特に張勳様には目を掛けて頂き様々な教えを授かる様になりました。……その上、あろうことか理羽様には、ご、ご、ご……ご寵愛まで授けて頂くなど……過分な栄誉に預かる日々です。

 

 だからこそ……私はもっともっとあの方のお役に立てるようになりたいのです。

 少しずつ裁量のある仕事も任せて頂けるようになってはいますが、私に与えられたものからすればまったくお返しできているとは思えない働きしかできておりません。まだまだ未熟な我が身を呪わしい限りです。

 

(だめだめ、いけないわよ亞莎。……こんな事を考えている場合じゃないでしょ!)

 

 私は自分の頬を叩いて物思いにふける自分に喝を入れます。

 焦る気持ちは努力に変えるためのものであって今与えられた仕事に持ち込むものではないのですから。その大小にかかわらず与えられた責を軽んじる様な気持ちでは理羽様に顔向けできません。

 

(そうね……今のうちに兵達の体調についての聞き取り結果をまとめておくべきかしら……)

 

 南方に位置する私達の故郷から大きく北上したこの地……理羽様が仰られる所の"あねったい"なる気候に住んでいた私達にとって、が冬が近づいてくる今体調に問題がでないか気を配られていた理羽様の事を思いながら、事前にそれを命じていた兵達を集め段取りを済ませていきます。

 

(ざっと見た限りは兵達に大きな問題はでていないみたいね)

 

 確かに寒さに対する声は多くあがっているようですが、理羽様が事前に支給する兵装の一部として厚手の服を用立ててくださったからこそでしょう。いつもながら本当に兵達によく気を配ってくださるお方だと思います。

 

(私も足を剥き出しにするような服装のままではだめだからなと何度も注意されたのですよね……)

 

 思い返しても仰る通りに胡服に近い誂えの服を用立ててお見せした時の理羽様の反応は失礼ながら笑いが溢れてしまうような気持ちになってしまいます。何しろ布に覆われた私の足をみてこれで安心だといいながらも……とても残念そうに落胆したご様子を見せてくださるんですから。

 

 あれだけ素晴らしく魅力的な方々と情愛を交わされているというのに、私などの貧相な体に執着してくださるご様子を見せられると、なんだかくすぐったくこそばゆい様な……それでいてやっぱり嬉しいようななんとも言えない気恥ずかしい気持ちになってしまいます。

 

(今日も……褥にお呼び頂けるでしょうか……)

 

 そんな事を考えると、なんだか下腹が熱を持ったようにもぞもぞとする感覚に陥ります。

 

(だめだめ亞莎。問題がなさそうだからって気を抜かないで仕事に集中しなきゃ)

 

 色にかまけてやるべき事を疎かにするような娘になってしまえば、結局あの方のご寵愛も失なってしまうでしょう。いえ……もしかしたら女としてだけは求めて頂けるかもしれませんが、その時は今感じられるあの方の信頼や期待は二度とかけられなくなくなってしまうに違いないのですから。

 

(えっと、兵への聞き取り調査がおわったら輜重品の確認をして……あぁ、後斥候隊の一部が戻ってきたんだから隊の状態と帰還予定とのずれを考えて次の予定を仮組みして張勳様に判断を仰がなくちゃ。夜のことを期待して物思いに耽っている暇なんてないじゃないのよ!)

 

「亞莎、頑張るのよ!」

 

 周りを騒がせないように小声で……けれど強く思いを込めた言葉で自分を鼓舞し、私は次にやるべきことを求めて陣中を駆け出すのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずずずと音を立てて淹れたてで熱々の茶を飲む。

 行儀が悪いとわかっているのだがさまさずに飲みたいのだからしかたない。そう、寒いのだからしかたないのだ。などと自分に言い訳をしながら熱い液体が喉から食道、胃へと下り落ち体を中から暖められる感覚に人心地ついてほっと息を吐き出す。

 実のところ気温で言えばそれほど低いわけではない筈なのだが、慣れというのは恐ろしいもので冬でも肌寒い程度にしかならず年間通して降水量の多い長江流域でずっと暮らしていると服装なども通気性の良い薄手の服装を好むようになるし、こうして結構北上したりすると体を撫でる風のつめたさに気分的な寒さを感じてしまうのだ。

 それでも公孫瓚なんかがいる幽州などよりよほど温かいのだからもしそこまで遠征しなければならない事態に陥ったらと思うとげんなりするな。漢帝国は広すぎて気候や風土も多岐にわたる事は今後軍を長距離動かさなければならない事が増える中、気をつけなければならない要素の一つだろう。

 

 本音はさっさと戦なんて終わらせて女性陣の露出が眼福な地元へ帰りたいところだが、相手は籠城策を選んだのでそうもいかないだろうな。面倒になったと言えばそうだし、逆に簡単になったとも言えるが……しかしやっぱり面倒になったと言うべきか。元々負ける戦をするつもりはないが、事前に七乃や周瑜が予想した手の内の中では相手の本隊が許昌に籠もる場合、最終的な勝利はより確実になるだろうと言う予測がなされている。

 

 だがその代りに犠牲になるのは被害の確実な増大だ。

 事態の長期化は軍だけではなく民の生活にも大きな負担がかかるし、それは最終的に統治者……特に現政権への不満となり黄巾の力となる。計算してかどうかはわからないが、この場の勝利よりも漢の打倒という最終目標により有効な手を打ってきたというわけで、それが自分たちの敗死までをも織り込んでの選択なのだとしたら敵ながら感心せざるを得ない。

 

(蒼天すでに死せり黄天まさに立つべし……か)

 

 既に漢王朝による統治が崩れる前提で動いている自分たちとしては、それを成すために命をかけようとする相手にすると複雑な気持ちだ。とは言え相手はそんなことを考えてはおらずただ城壁を頼みに勝てると思って行動しているだけなのかもしれないし、こちらとしてもその後の有利のために今は漢の守護者としての手柄を得なくてはならないのだから全力で戦うしかない。

 

 しかし今の所は許昌は略奪の嵐だとか無法都市だとかになっているわけではなく、それなりに(あくまでそれなりに)黄巾の本隊はお行儀よく振る舞っているようなので、こちらとしても無理攻めをする理由には欠ける。まさか無関係な市民をまきこんでの兵糧攻めなど出来るはずもないし、それどころか都市内の物資がつきればこちらが補給しなければならない羽目にもなりかねない。

 

(結局数を集めて正攻法で力攻めをするしかなさそうか……兵が大勢死ぬな……)

 

 自軍の優位を疑ってはいないがこれほどの規模で兵をぶつけ合う事態は今生にとっても初めての経験だ。

 しかもこちらの軍は寄り合い所帯の連合軍で集められた有力者達は皆手柄を争ったり危険を押し付け合ったりするだろう。そしてそれをなんとかしなきゃならない総大将は俺ときているのだから憂鬱だ。

 

 とは言えこれも自分が望んで選んだ道だ。

 統治や戦争に必死になった代わりに何人もの良い女と夢のような関係を持てるのだから十分な対価だろう。

 これがもしただ金や権力にあかせてかき集めただけの女達を抱けると言うだけだったなら、どこかで嫌になってそのために命懸けで行動したり責任を背負い込んだりはしなかったかもしれない。

 

 俺だってやろうと思えばそういう事もできるだろうが……まぁ七乃が用意した女を抱いたりとか近いことはしている気がするが……積極的にはやりたいと思わないぐらい七乃達を抱くのは飛び抜けて心地いいのだ。

 

 実際の所容姿だけなら彼女達に匹敵するか上回るような美女だって抱けるのだ。それこそ高級妓楼の妓女達は皆選りすぐりの美女だらけだし、そんな女達と比べると特に亞莎などはいかにも垢抜けない。

 勿論磨けば光るぐらいの造作ではあるのだが俺の贔屓目抜きで容姿の評価をするなら……クラスで一番の美少女ってぐらいだろうか。

 その上生まれ育ちもあって肌にはひび割れや傷が見て取れるし足先には土臭さが染み付いていたりなど、普通の男なら高級妓楼の女の方が良いという人間が大半だろう。

 

 そういう点では孫策のように剣を振り回して敵の渦中に突っ込むような事を繰り返している女ですら、やはり育ちの良さは体にでるものだ。

 しっかりとした履物に滑らかで質の良い肌着。日常的に使える香油や石鹸。湯浴みの習慣や下働きとは無縁の生活。

 七乃は言わずもがなだが、孫呉の一党も苦境にあったとは言えそれは勢力としての話であって幹部連中は身分としては支配階級の人間達な事は変わらないのだ。

 

 だがそうやって体に大小の傷をつけながら地に足をつけて必死で生きてきた亞莎が……優れた才能と強い意志を持った未来ある彼女が、自分の様な人間に驚くほどの好意を向けてくれることが……そしてそんな彼女を思うさま味わう事は俺にとってはたまらない快感なのだ。

 

 単なる容色ではなく人格や能力、なしてきた行動も抱いている意思も含めて自分に感じ入るものがあるかどうか。それが俺にとってはいい女かどうだ。勿論あれこれ言っても結局ただ好きだった原作キャラだからだろうと自嘲してしまう気持ちはあるが、どうしたって何かの事前知識があれば偏見を持ってしまうのは避けられないし、それならば好意も嫌悪もそれを含めて生まれた物だと割り切ってしまう方が良い。

 七乃にしたって孫策にしたって実際に付き合ってみるとこいつこんなキャラじゃなかっただろうと思うことも多く、最終的には実在の人物をモデルにしたゲームを遊んだ後にモデルになった人間たちと会うことになったようなものだと思って自分を納得させることにしたのだ。

 

 だからゲームでは好きだった相手でも実際にあってみてモデルになった人間は好きになれないという事もあるだろうし、原作にでて来なかった相手だって付き合ってみれば好きにせよ嫌いにせよ同じ様に感情は動かされる。

 そういう意味では孫堅は特にそうで、俺がプレイしていた作品では彼女は作中に登場しなかったが今の俺という人間を形作る要素としては七乃に匹敵するほどの大きな影響を(強制的に)与えられた忘れられない相手だと言えた。

 

 俺は不意に寒さとは別の悪寒を感じてぶるりと肩を震わせた。

 

(孫堅の訓練を思い出すと鳥肌がたつな……)

 

 いかん、もっと楽しいことを考えよう。

 時期的に見てそろそろ各陣営に使者として出した人員も合流するだろうし、特に問題がなければその後各地から軍勢も集うだろう。ついに曹操と会う日がくるのかと思うと実際にはどんな人間なのかと楽しみな半面プレッシャーも半分……いや、七割ぐらいはプレッシャーかな……恐ろしい。

 くそう。七乃が有能すぎて現状総大将の俺は忙しいわけではないが、陣中で兵が起こした諸問題に沙汰をくだす軍事裁判的なことも(しかも完全人治主義だ)やらなきゃいけなかったりするというのにその前に気分を落としたくないと言うのに。

 

 今日の夜のお供を誰にするかでも考えよう。

 と言ってもこの陣中で新たに誰かを口説くような気にはなれないし、七乃か亞莎の二択……3Pも含めれば三択か。

 

 孫策達が居ない今七乃は軍事的には実務の最高位者としてかなり負担が大きいので、この上夜の相手までさせるのは気が引ける。

 それでも抱きたいし七乃も俺に抱かれたいと思ってくれていて多忙だけを理由にあまり閨に呼ばなかったりすると拗ねるのだが、どうせ孫策達がもうすぐ合流するだろうからあいつとはその後たっぷりと二人でだらけさせてもらおう。今の俺の仕事も孫策に押し付けてやるぞ。

 

 そういうわけで今日も亞莎だ。

 あいつはちょっとMが入ってるから油断してるとすぐ倒錯的な感じになってしまうので気をつけないとな。女に土下座させて後ろからとかそんなことばっかりやってたら俺の性癖が歪んでしまう……なので今日はもっと愛情たっぷりな感じのセックスにしよう。

 

 そうすると亞莎はすぐ勿体無いとか恐れ多いですとか言い出し始めるが今日は容赦しないぞ。

 だいたいあいつは俺を妙に神聖視した態度を取りすぎるのだ。

 

 そうなったきっかけは責任の所在がどうとかみたいな話をした事なのだが、その後に俺は別にそんな大層な考えがあって言ったわけではないとちゃんと説明した筈なのだが……。

 勘違い物みたいな展開はお話として読む分には面白いが自分に向けられる好意がそういうものだと虚しすぎるし、お話のようにご都合的な幸運が連続して誤魔化せるわけでもないので幻滅された後が怖すぎる。

 

 だから俺はその手の妙な好意を受けたと思ったらちゃんと説明はしているのだが……。

 何しろ染み付いた価値観と言うのは拭い難いもので、非礼にならないように取り繕える程度には礼儀や常識を身に着けはしたもののこの時代の儒教的な価値観はどうしても馴染めなく思わず口にした言葉が誰かを怒らせたり逆に感心させたりすることは結構あったからな。

 

 大体俺は神でもなんでもないんだから人の生死や人生に責任なんぞとれるわけがない。あくまで自分が振るう権力やら影響力を考えなしに振るったり人のせいにして押し付けたりしないようにしようってだけの事だと言ったのだが亞莎の態度は全く直る気配がない。

 

 まぁ俺と言う人間を変に勘違いしない上で好意を持ってくれているなら嬉しい事だと自分を納得させて来たが、最近あいつはただ単にそういう主従プレイが大好きなだけで、俺に対して畏まった態度をとるのも自分がそう言ういかにも忠臣みたいな奴に憧れているだけなのではないかと思ってきた所だ。

 そうだとしたら自分の性癖のために主を困らせるとは許せんやつだ。チンコがイライラしてきたぞ。

 

 こうして俺をSの道に引き込んでいく亞莎……恐ろしい娘だ。

 

 

※一日中厚着で駆け回って水浴びもしてないせいで小さな体がとても女臭く男の本能を興奮させる亞莎との濃厚ご奉仕セックス。

 

 

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