※この作品はR-18です。

恋姫転生   作:kuzuaki

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諸事情により近日中に作品タイトルを変更させていただきます。
わかりやすくて気に入っているのですが、マイページを表示する際に差し障りがでそうになってしまったので……ご了承お願い致します。


報告

 

 孫策達の到着。

 自分の幕舎でその報を受けた俺はまずその先触れを労い休むように指示し、同時に別の兵を伝令として主だった将らにこの報を伝えるように命じる。そして従者を呼んで自分の身だしなみを少し整えさせるなどを済ませてから孫策らが到着するであろう前に余裕を持って幕舎をでたのだった。

 

 陣中の広場に向かって歩いていると、途中こちらを見つけた七乃が軽やかな足取りで駆け寄ってくる。

 彼女は供廻りの兵を下がらせると俺の横につきこちらに足並みを揃えた。

 

「理羽様、やっと孫策さん達が到着するみたいですねぇ~」

「そうみたいだな」

「まったく待ちくたびれちゃいました。いくら陳留が一番遠いからって周泰さん達なんか7箇所も有力者の所をまわったんですよ?」

「そこは周泰の足の速さを褒めても良いんじゃないか?」

「まぁそれはその通りですけれど……」

 

 周泰の一行は許昌の南側に位置する主だった有力者を西から東まで全てに伝令として赴いておきながら驚くべきことに孫策に先んじること5日も早く軍列へと加わっており、今では周辺に斥候隊を配置し優れた警戒網を作り出すなどありがたい働きをしてくれているのだった。

 周泰……あまりにも有能すぎる。孫家一党との合流後からこっち俺の中で彼女の株はひたすら上がり続けるばかりだ。

 

 ちなみに足が速いと言ったが別に周泰が走れメロスの如く長い道中を駆け抜けてきたとかそう言うことではない。(まぁ実際足も速いが)ここで言う速さは伝令部隊としての移動速度の高さの事を指していて、俺は彼女の移動手腕は江東の地から周辺一帯であれば冗談抜きでおそらく中華最速だろうと思っている。

 

 軍に戦える状態を保たせたまま移動させる手腕において歴史上の三国志では騎兵を率いた張遼などが有名だ。その行軍速度は神速と讃えられることもあったと言うがこの世界の周泰のが持っている能力はそれともまた別のものだ。

 彼女は別に軍を率いても特別に早い行軍速度を出すことは出来ないのだが、伝令や斥候を操って長距離を走らせるとなると途端に群を抜いた手腕を発揮するのだ。それは馬をどこまでで使い潰しどこで代わりの足を補充するかであったり、どこの抜け道をぬけて川のどこで渡し船を掴まえるかと言う様な個人単位で素早く確実に移動するための手法を熟知しているが故なのだろう。

 こう言った能力は戦場で目立つような類の物では無いからか世間的には彼女はそれほど評価されていない様子だが、俺を含めて情報の速さや正確さを生命線だと考える人間にとって周泰は一騎当千の武将にも劣らぬ程の価値があると思う。

 七乃も同じく思っているようで皮肉屋な彼女ですら周泰の仕事ぶりに関してはケチをつけているのを見たことがないほどだ。(周泰という人間そのものをからかわないとは言っていない)

 

 とは言えいくら周泰が優れた能力を持っているとは言え孫策達が急げば参陣の順番は逆になっていた筈で、七乃が遅いと文句を言うのも仕方のない事ではある。

 

「しかし曹操さんですか。その方にそこまで見るべきところがあったと……」

「まぁそうだろうな……たぶんだが」

 

 本格的な戦端はまだ開かれていないとは言えいつそうなってもおかしくはない現状、うちの軍のトップである孫策周瑜らの合流は早ければ早いほど良い……にも関わらず未だにそうなっていないのなら、当然そうなるだけの理由があるという事になる。

 そしてその理由として真っ先に考えられるのは曹操の勢力をより良く見定めるというものだろう。何しろあの二人が使者として陳留へと赴いたのはそもそも俺が曹操を見定めてきて欲しいと頼んだせいなのだから。

 

 この世界は現実ともゲームの世界とも大きな差異がいくつもある。である以上曹操がどの様な人物であるか噂以上のことは定かではなかった。……だからもしかするとこの世界では大したことがない人物で警戒には値しないという可能性もあったが、この分ではやはりそんな都合のいい展開はなさそうだ。

 

「曹操さんがそこまで警戒に値する人物だとすると、この軍の陣容もすこし手を加えて置いたほうが良いかもしれませんね」

「随分気が早いな。逆にものすごい無能だとか面白い人物だったとかで観察していたなんて話かもしれないぞ?」

「いえ、そうだとしたら孫策さん達は今時間を割くことはしなかったと思います」

「……まぁ、そうだな」

 

 値千金のこの時間を割いて見定めたのだとしたら、それだけ警戒しなければならない相手であったと考えるべきだ。

 

「とは言えそれは今あれこれ想像するより直接孫策達から話しを聞いた方が良いだろう」

「ですね♪」

 

 そうして話をきりあげた俺達は陣中の中央に設けられた広場へと到着する。

 その周囲では作業に従事するものや休憩や談笑するものなど様々な様子の大勢の兵の姿が見て取れる。そして彼らは一様に手を止め広場へと姿を表した俺達へと視線を向けてくるのだった。

 そして程なくしてそこに旅装に身を包んだ孫策達が姿を現す。馬は既にあずけたのか徒士の身だがその乱れた髪や装束の汚れなどからは馬を走らせ急ぎ戻ったであろうことが見て取れる姿だ。

 

 俺の隣に侍る七乃。そして後ろには付かず離れずといった距離でついてきた供廻りの従者たちが並ぶ。

 孫策の横には周瑜が立ち並び、そして彼女らの後ろには使者の任に同行した兵達が整列した。

 

 彼らに囲まれながら俺達はお互いに視線を向け合う。

 そしてどちらからともなく歩み寄り、俺と孫策は広場の中央で固く抱擁を交わしあったのだった。

 

 回した腕で相手の肩や背を軽く叩いて互いのこれまでを労い合う様は、きっと広場を囲む兵達から俺達が単なる主従の関係ではなく深い信頼と情で繋がっている様に見えるだろう……そう思ってもらうためにこんな真似をしているのだから、そうでなくては困ってしまう。

 

 何しろ袁家と孫家は元々同盟とは名ばかりの潜在的な敵対関係にあり、いつかは雌雄を決する相手であると言う認識が互いにあったのだ。そうした事情はそこに属する兵士達にとっても公然のものであったから、突然の合併は彼らとっても困惑を覚えるものであったことは間違いない。

 

 上層部の意思がしっかりと統一されているので兵が表立って命に逆らったりする事はないが、袁家の兵達にしてみれば自分たちを指揮する軍令上の最上位に生え抜きであった七乃を追い落とし孫策へ変わった事に不安や不満を感じないわけがない。

 もしや自分達を使い潰すような命令をされるのではないか。あるいは孫家の兵達と比べて待遇等が差別されるのではないか。そもそも何故弱小勢力の長でしかない孫策が自分達の将軍より上に立つことになるのか等と、様々な悪感情が軍内に生まれることは容易に想像できる。

 勿論孫家の兵達だって同じことで、この合流された勢力の長は俺とされているからある意味で自軍が降伏吸収されたようにも感じられただろう。その上元の兵数の関係上統一再編された軍のなかで彼らは圧倒的な少数派になってしまうのだから怯えや反感を抱く要素には事欠かない。

 

 今蓮華が身籠っている俺の子が無事に生まれ健やかに育てば過去の事となる問題ではあるが、それがうまくいく保証はどこにもない。何しろこの世界この時代では出産には母子共に大きな危険が伴うし、抵抗力の弱い幼児が10歳まで病などに侵されず無事に育つ確率も驚くほどに低いのだ。勿論先天的に障害や奇形などを持って生まれる可能性だってあるし、それらの問題を全て避け得たとしてもやはり育った子が暗愚や無能であった場合はこの大家を率いる後継者としては務まらないと見なされてしまう。

 

 そうした事がよくわかっているからこそこの時代の人間は余裕があるだけなるべく多くの子供を作ろうとするのだ。それは孫家が三姉妹が皆当主として一家を率いる事を想定して教育を受けていた事などからも見て取れるし……つまりは俺が蓮華を妊娠させた程度ではまだまだ誰も安心などしてくれないという事でもあった。

 それ以前の話として漢が大きく荒れる前兆を掴んでいた俺達にとって、将兵達の不和の解消を次世代の成長まで悠長に待つ事など出来るはずもない。その為応急処置と次善策を兼ねる案として俺達は両家の当主である俺と孫策の親交振りを周囲にアピールすると言う手を取ることにしたのだった。

 

 俺も孫策もお互いこの手の形式的な振る舞いがあまり好きではないし、周囲を安心させるためにわざとこのような振る舞いをしなければならない事に虚しさや寒々しい思いを抱きはしたのだが……さりとて強硬に拒絶するほどの事かと言われればそう言うわけでもなく「どうしてもお嫌ですか?(嫌か?)」と問うてくる七乃や周瑜の圧力もあって渋々ながらも衆目の目がある場所ではこのように意識して互いの親交を喧伝しているのだ。

 それでも繰り返すうちに慣れたのか、最近では割と自然にこうした振る舞いもこなせるようにはなってきている……それでも互いの真名だけはどうしても口にはしなかったが。

 

 それでも俺も孫策も兵をいたずらに不安がらせたく無いという点には全面的に賛成なので、このぐらいの事であればわがままをいう気にはなれない。俺もそうだが孫策は特に自軍の兵を大切にする人間だからな……敵に対する容赦の無さとはまるで反比例するかのように身内となると情の深い人間なのだ。

 まぁそうは言ってもその情とは単に優しいとか面倒見が良いと言うような甘っちょろいばかりの物ではなく、兵士を無為には死なせないとか身内の仇は必ず討つだとかそういう類のものでもあるのだが……それも孫策なりの愛情だろう。

 

 しかし亞莎の時に俺が周りに言い含めたにも関わらず彼女に肩身の狭い思いをさせてしまったのと同様に、どんなに親交ぶりをアピールしたところで互いの真名を預けていないとなればそんな努力も片手落ちではないか。

 そんな不安を抱えていた俺がまるで馬鹿のようで業腹なのだが……いつのまにか七乃や周瑜の策謀によって『あのお二人は真名を預けあった上でそれを特別に思うが故に余人の前では軽々しく口にしないのだ』等と言う噂がひそかに流されていたのだった。

 それを知った時の孫策の苦々しい顔はまるで灰の塊にでも齧りついたのかと思う程だったが、七乃が言うには俺がその噂を耳にした時も孫策と大差ない表情をしていたらしい……。

 

 常に俺のことを最優先に考え行動してくれる事は間違いないのであるが、七乃は亞莎とは違って俺に対する扱いはかなり乱暴……というか雑に好き勝手しておりしかも容赦がないのだ。

 健康に良いんですよなどと嘯いてたまにとんでもなく苦い茶を飲ませてくるとか。その上それを不意打ちで飲まされて吹き出す俺をみて笑うなんてのは些細なもので、俺が結構やる気出して頑張っていた仕事に対してこの件では理羽様がいても能率が下がるだけです等と言われ容赦なくポストから蹴り出されたりと結構ショックを感じるようなことも七乃は平気でやってくる。

 

 それでも彼女を疎ましいと思った事は一度もないあたり、どこかで線引きをした上で行動しているのだろうとは思うのだが……逆にそうした経験から今回もどうせ我慢するしかないと自分で納得してしまっていたあたり、俺と七乃の基本的力関係はどう考えても彼女の方が上だと思う。

 勿論周囲へのアピールの為だとは言え不快な嘘や出鱈目を流布されたなら俺も孫策ももっと真剣に怒るのだが、厄介なことにその噂は字面だけで言えば間違った内容ではないし……さりとて自分達の心情を声高に触れ回って説明する様な事もする気には当然なれない。

 どうしようもなかった俺達はその噂に関しては聞かなかった事にすると言うことで心の平穏を守ることにしたのだった。

 ……その噂が広まって以降、城内で二人で話していると下働きの下女などに微笑ましそうな目で見られたりすると言う事も俺と孫策の間では当然存在しないことになっている。

 

 今も周囲の兵士達の視線に生暖かいものが混じっている様な気がするがきっと俺の勘違いだろう。彼らは自分達のトップである主君と将軍が過去の因業を気にせず堅い友誼で対等に結ばれていることに安堵しているに違いないのだから……。これ以上自分を誤魔化していると悲しいのでもっと楽しいことを考えよう……例えば目の前にある魅力的な物体についてとか。

 

(とは言え鎧を着ているのが残念だな……)

 

 陣中に到着したばかりの孫策は外套の下に騎兵用の簡素な物だが鎧を身に纏っている。なのでこうして抱き合ってもその豊かな胸の感触を堪能できないのは残念でならない……などと思った俺の尻に突然激痛が走る。

 

「いっ……!?」

 

 吐く息が掛かりそうな程の眼の前で、殆ど俺と同じ高さに目線がある孫策の瞳がいたずらそうな光を湛えてこちらを見た。

 

「貴方ね~……この私と抱き合っているって言うのに何残念そうにしてるのよ?」

「ぐぅっ……! お、お前な……!?」

 

 兵達の手前大声で文句を叫んだり痛みに騒いだりするわけにも行かず、俺は声を必死で噛み殺しながら孫策に文句を吐いた。

 

「この怪力ゴリラ女め……」

「あら、光栄ね」

 

 俺の罵倒もどこ吹く風と、深い紺碧の瞳が快活な生命力を湛えて楽しそうに煌めく。

 そもそも俺が罵倒のつもりで放った言葉も彼女にとっては賞賛に聞こえたのかも知れない。そう思うと俺は昔の事を思い出して毒気が抜かれてしまった。

 

「光栄じゃねーよ……ったく、力が強いのはわかったからもう勘弁してくれ」

「はいはい、わかったわかった」

 

 軽口を言いながら俺達は背をもう一度軽く叩きあってから互いの体を離す。

 それにしてもなんだか懐かしい感覚のするやりとりだった。

 

 そもそも何故彼女がゴリラなどと言う言葉を知っているのか?

 それは昔俺が孫堅に師事していた頃彼女が鍛錬の際、素振りに使っていた孟宗竹を握りつぶしたのを見て俺がついつい口にしてしまったからだ。(なお孟宗竹は中国江南の地一帯が原産地であり思い切り郷土の特産品だ。だからうちの領土では竹細工が盛んで筍もうまい。しかも皆はただ竹と呼んでいるこの品種だが、それを俺が現代で言う孟宗竹だと思ったのはその名前の由来が孫呉に仕えた官の孟宗からとった物だった筈だと憶えていたからだ。妙な所で変な知識と身の上が繋がるものである)

 

 さてその孟宗竹だがこいつは竹の中でもかなり大型の品種で、成長した物は直径20cmを超える程の太さにもなる。そんなバレーボール程の太さがある肉厚の重い竹を素振りに使うだけでも大概だと言うのに、まさかそのまま握りつぶされるのを見てしまった時にはまだ幼かった俺が思わず前世の言葉で「ゴリラかよ……」と呟いてしまったとしても仕方の無い事だったと主張したい。

 

 そして孫堅にゴリラとは何だと問い詰められた俺は、咄嗟に「ゴリラとは遙か西方より齎された書物に記されていた獣の名であり、深き森に住まう狒々に似るという巨大な体躯の猴の事だ。その獣は怪力でありながら深い知性をも兼ね備え、森の王とも称されているのだと書かれていた」等と嘯いてしまったのだった。

 その場には幼き日の孫策も同席しており、彼女は俺が嘘をつくと即座に見破るため虚言にも侮辱にもならない様にとその時の俺はかなり気を使って恣意的な脚色を入れた説明をしたのだが、逆にそのせいで話を聞いたゴリラの母娘は想像上の賢く力強い猿猴の事をいたく気に入ってしまったらしく、その後もちょくちょくゴリラの話を問われて俺は大変に苦労することになったのだ。

 

 この時代にはまだ西遊記の話は成立していないが……孫悟空の人気ぶりなどからもわかるように元々この中華の地では猿という物はイメージがよい動物なのだ。だから猿の化性なども度々伝説や神話に登場するなどして皆の間で親しまれている。

 そんな下地があったものだから西洋では邪悪の象徴の様な扱いだったドラゴンを東洋人が西洋の竜と伝え聞いたことで良いイメージを持ったのと同じ様に、ゴリラの事を強く賢い巨大な猿だと聞かされれた孫堅達がそれを孫悟空だとかインド神話のハヌマーンのようなイメージで考え幻想的なあこがれを抱いたとしても無理からぬことだったのかも知れない。

 だとしてもその勇猛さから江東の虎と称された孫堅に……万が一でも江東のゴリラ等という異名が残ってしまっては後世の人間に顔向けができない。そう思った俺はゴリラが真にそのような獣であるのか確かめたわけでもないので余人の前でその名は出さぬほうが良いと、当時の二人に向かって必死で説く羽目になったりしたのだった。

 

 そんな話もあり孫堅が没した後ゴリラと言う言葉は俺と孫策の間だけで通じるちょっとした秘密の言葉のようなものになっていたのだが……俺が首尾よく軍を指揮し賊を殲滅せしめたりした時に「中々やるじゃない。ゴリラもかくやって感じかしら?」等とちょっと気を利かせました風に言われたりすると、孫策は善意なのだろうとわかっていても微妙な気持ちになってしまう。

 まぁ誰が悪いかと言えば自分が悪いので受け入れるしか無いが。

 

(ゴリラ女だなんて言葉、久々に口にしたな……)

 

 あの夜に俺と孫策との間に生まれてしまった溝も一年の時間をかけだんだんと無かったもののように意識しなくなってきた。

 初めはギクシャクしていた会話も今では以前のように自然と軽口を叩き合えるようになっている。

 

 だが一度できた亀裂は埋め立て見えないようにしたとしても無くなったりはしない。俺達はただそれを見えていない(・・・・・・)かのように振る舞えるようになった……ただそれだけだけの話でしかなかった。

 

(まぁ十分良好な関係だよな)

 

 流石に一蓮托生となる様な同盟者とギスギスしたり気まずい空気でいたくはないが、これだけ気安い状態に持ち直せたのなら文句など何もない……それ以上を望むのはただの贅沢と言うものだろう。

 

「さて、曹操の所はなかなか面白かったみたいじゃないか」

「えぇ……そうね。確かに貴方の言う通り私と冥琳が行くだけのものはあったわね」

 

 そう言いながら彼女は気弱な人間が見れば身の毛がよだつような猛獣の如き笑みを浮かべる……あぁこれダメなやつだ。

 孫策は頭目や君主として……まぁ欠点はくさるほどあるが殆どは美点が上回るとしておこう。だが俺が一番ダメだろうと思うのがこの……好戦的すぎる気質だった。

 それも国主としての領土拡大の欲や支配欲ではなく、一介の戦士……ただ一人の戦闘者としての衝動が強すぎるのだ。孫堅は自分のそうした性分をそういうものだとはなから見放した上で、それについてこられる人間だけでいい。仮に自分が死んだらそれまでだと割り切った勢力づくりをしていたが、既に諸侯も無視できない程度に大きな勢力となり土地の地盤も確かとなった孫家を受け継いだ彼女は、その先代と同じ様に振る舞うことは望まれていないのだ。

 そこに孫策は矛盾を抱えている……不憫にも思うが、妹が統治者向きの気質なのが救いだとも言える。

 

(しかし孫策のそういう性分は完全に戦士としてのもので、将として戦争ならまだ良いにしても……国主としての政治経済や外交謀略も含めた多面的な争いに喜ぶ類のものじゃなかった筈だが……)

 

「随分楽しそうだな?」

「ふふん。わかる? あ~、さっさとあっちの軍も到着しないかしら。戦が始まるのが楽しみだわ」

「ったく物騒な事を嬉しそうに……」

 

 獲物を前に舌なめずりする虎にも似た孫策を横目に、俺は自分の中に生じた疑問について考えた。

 曹操は戦士としても兵を率いる将としてもおそらく一流だろうが、しかし戦うとなれば第一には君主としての戦い方をする人間じゃあないのか?……予想以上の超一流だとしても戦士や将軍としての戦いしかできないような相手ならそこまで警戒する必要はないんだが……それとも孫策にこの笑みを浮かばせているのは夏侯惇か? しかしそれはどうにもしっくりこない。

 

 前世知識から普通に考えるならそれ以外にない筈だがこの世界は何がどうなっているかわからない……下手をすると曹操が史実呂布の如き武力に偏重した存在なんてこともありうるのだろうか。

 いやいや妙な不安を妄想してどうする。それよりさっさと話を聞いたほうが良い。そうすればはっきりするのだ。

 

「じゃあ到着したばかりのところ悪いが、早速幕舎で報告を聞かせてくれるか?」

「えぇ~、陳留を出てからここまでかなり強行軍で来たのにぃ?」

「うんうん。急いで報告してくれようとしたんだな。お前の思いはわかっているとも」

「あ、そういうこと言うわけ?」

 

 まずい……目の色が不機嫌になる前兆を見せている。こっちの要求は正しい筈なのに何故か下手な事が言えなくなったぞ。

 

「……要求はなんだ?」

「何よそれ。私はただもうちょっと労う気持ちで接してくれても良いんじゃないかって話をね~」

「……で?」

 

 俺が重ねてそう問うと彼女は自分の優位を覚ったのか、今度はにやにやとチェシャ猫の様に笑いだす。

 

「そうね。急いで来て汗もかいたし、話をするなら喉を湿らせて滑りを良くしたいかな~」

「わかった……酒は用意させる」

「ところでだけど、貴方達なら当然諸将の歓待用に特別良いお酒とかも持ち込んでるわよね?」

「……お前なぁ」

 

 呆れた俺に対して孫策はまたも笑みの質を変えて、えへへと悪戯をする子供のようなあどけない表情を見せる。

 そのコロコロと変わる笑顔に毒気を抜かれてしまい、最初に譲歩した自分の負けかと白旗をあげることにした。

 

「わかったよ……ったく。酔って話が出来ないとかはやめてくれよ?」

「私を誰だと思ってるのよ」

 

 わかってるよ。酒飲みのトラだろ?

 

「あ、ちょっと今なにか失礼な事考えたでしょ」

「どういう勘だよ……良いからさっさと天幕に行くぞ」

「誤魔化す気? まったく……あ、めいりーん。これから幕舎で話をしてくれだって~」

 

 孫策が手をふって周瑜を呼ぶと、少し間を取っていた周瑜が肩をすくめながらこちらへと歩み寄った。

 

「まったく……茶番は終わりか? 早く報告を済ませて一息つきたいのだがな」

「ぶーぶー。茶番とは何よ~」

「あら、ご自覚されていらっしゃらないのでしょうか?」

 

 憤慨する孫策に対して俺の後ろから鈴を転がすような声がかけられる。

 周瑜と同じ様にこちらへと歩み寄った七乃の仕業だ。

 

「何よそれ。あんたと冥琳が言うからこんなことしてるんじゃないの」

「あら……親交振りを喧伝してくださいとはお願いしましたけど、気が抜ける小芝居をお願いした憶えはありませんよ?」

「おい、ちょっと待て七乃。気が抜ける小芝居ってまさか俺も含めての話じゃないだろうな?」

「え、そうじゃない様に聞こえましたか?」

 

 くそう……言い返せない。

 孫策と並んで歯ぎしりをする俺達を見て、周瑜が頭痛を堪えるように頭に手を当てながら嘆息をする。

 

「いい加減にしてくれ。私はさっさと天幕へ案内して欲しいのだが?」

「「……はい」」

「くすくす……は~い、こちらですよ~」

 

 七乃のやつ俺達を見てわざわざ口でくすくす言いやがった。

 しかしここで反応するとまた小芝居扱いされるだけだと判断するぐらいの理性は残っていた俺は、黙って彼女の後ろを歩くことにしたのだった。

 

 天幕までの短い道行きを歩く最中、俺は孫策と周瑜の会話に耳を張り付かせた。

 

「やれやれ、肩に力が入りすぎるよりは良いが……大事な報告だ、多少は気を引き締めてくれよ」

「そうね。冥琳は特にかなり気を張って観察してたもんねぇ」

「そうだな……お前と違ってな」

「それは悪かったって言ったじゃない。それに私は別に怠けてたわけじゃないし」

「まったく……曹操は相当な傑物だと私には思えたのだが雪蓮にとってはそうではなかったか?」

 

 やはり傑物か。

 周瑜の目から見てそうなのであれば、まず間違いないと思っていいだろう。

 だが孫策にとっては違う?

 

「別にそんなことないわよ。むしろ私より一党の長としては格上だろうぐらいには思ったわ」

「だと言うのに何故別の相手を気にかける?」

「だって戦場でなら負ける気しないし~……他のことは冥琳達なら大丈夫って信じてるから♪」

「お前なぁ……」

 

 やはり曹操に対してはそんな感じか。

 曹操が典型的な万能君主型だとすると孫策とは噛み合わないからな……元々こいつ政務とかは丸投げしまくる人間だし。

 そうなるとやはり気にしてるのは夏侯惇って線で濃厚―――

 

「そんなに気になったのか? あの劉備とか言う人間の傭兵団が」

 

 ――――じゃあない……だと?

 

「傭兵団じゃなくて義勇団じゃなかった?」

「そんな看板を掲げてはいたが、どう見てもあれは傭兵団だろう」

「確かにね~、でも中々強そうよ」

「だからといってたかだか数百の少勢を気にする必要はあるまい。どうせお前が気をとられたのはあの二人だろう?」

「ま、それもあるわ」

「関羽に張飛か。確かに在野の士とはとても思えぬほどの武人であったな。うちに抱えたいと思う程だが……」

 

 ちょっと待ってくれ……いきなり妙な名前を連呼されると混乱するのだが。

 

「無理ね。あれはその上ごと抱えるんじゃなければ釣れないわよ」

「雪蓮がそういうのであればそうなのだろうな……なら、お前が言う通りにあそこの長ごと抱えてみるか?」

「……それなんだけどね。あの劉備って娘……なかなか一筋縄じゃいかないと思うわよ?」

「なんだと? なぜそんな話を今になって言う」

「だって根拠は私の勘だけだったし……それに曹操の方が警戒しなきゃいけないのも本当だと思ったんだもの」

「はぁ……今回の話は私も報告される側の一人になる必要があるようだな」

「あ、あはは……お手柔らかにね?」

 

 あぁ、オーケーだ……詳しい話を聞かせて貰おうじゃあないか。

 

 

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