恋姫転生 作:kuzuaki
「始末って……そんな簡単に」
「できますよ?」
疑問の声を上げそうになる俺に、七乃が言葉を被せてくる。
「孫策さん達は確かに優れた才覚をお持ちの方々ですけれど、今ならば何の脅威でもありません。適当に理由を付けて処理するのは容易いことです」
「本当にか?」
「ご信用頂けませんか?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
そう……なのか。
七乃が言うのであればそうなのだろうと思うが、正直に言えば怖い。
何しろ相手は孫呉一党だ……そんな風に感じるのはネームバリューに引き摺られすぎだろうか。
英雄でも死ぬ時は死ぬ……俺はそれを知っている。
この世界はゲームじゃない。誰もが普通に生まれ、年老い、いつかは死ぬのだ。
例えばこれから戦乱の時代を10年戦い続けた孫策と、今の孫策は同じ強さか?
そこから更に10年以上立って、体力が衰えてきた孫策と今の孫策も同じか?
そんな事はありえないよな。
彼女も、この世界で生きる才能と可能性を持っただけの人間に過ぎない。
「孫策達を始末することは出来る……か」
「はい。でもそれを実行に移した場合は一つ問題がございますね」
「それは?」
「理羽様の名声に傷が付きます」
「名声……あぁ、そうか。それがあったな」
「はい」
俺は自分の額を手で抑え、指で揉み込みながらため息を付いた。
確かに七乃の言う通り、どれだけお題目を用意したとしても自家に身を寄せる客将勢力を丸ごと始末したりすれば悪い噂が立つことは避けられないだろう。だとすると短絡的に孫策達を始末するというわけには行かない。
これは別に俺が虚栄心に満ちあふれているとか、そう言う話ではない。
この古代中華に置いて、名声には物凄く大きな価値がある。それは影響力であり求心力であり、即物的で実行的な力そのものだ。
何しろ、この世界、他に人や勢力を判断する指標になるものがない。
直接の面識があったり、常に多様な情報を収集できる大勢力であれば別だが、この世界に生きる大多数の一般人にとって相手の名声こそが唯一の手がかりだ。
例えばある盗賊団が何かの事情で土地を移ることにする。どこを狙うか?
ある行商人が新たな販路を求める時、どこが良いと考えるか?
畑を継げなかった次男三男が村を出て、兵士になろうとする。どこに行くか?
誰かに仕えて出世を志す武芸者、知恵者はどこへ集まる?
全ては名声によって決まる。
もうすこし俗な例えをすれば、名声とは評価だ。
小説投稿サイトにおける平均点やランキング。食べログの点数。グーグルでの検索順位であり……そして株式会社における株価でもある。
個人であれば名声などいらないと言う奴もいるだろう。だが一族、一勢力を率いる立場としてはとても無視できる様なものじゃない。悪評は大きな実害を生むし、逆に名声は大きな利益を生みだすのだから。
単なる勢力争いでも戦いの大義名分が重視されたり、戦で暗殺のような手段が余り横行しないのも、名声が重要な世界だからだ。
「七乃はどう思う?」
「そうですね……でもやっぱり孫策さんたちは始末しちゃった方が良いと思います」
「俺の名声に傷が付いても?」
「理羽様の名声に傷が付いても、です」
孫家一党を放置するとそこまで危険だと七乃は考えるわけか。
その読みは流石だと思うが、しかし安易に決断はできない。
俺の目的は孫策達を殺すことじゃなく、戦乱の時代が来ても七乃と生き延びることだ。……言い換えると、曹操率いる魏と正面衝突して滅ぼされないと言うような事を目指しているわけだ。
目眩がしそうだ。いや、そんな状況になるのはかなり最悪の推移をした場合だろうが。
仮にも味方をハメ殺す様な事をすれば、おそらく世の中の英雄……恋姫キャラのような人物たちはうちに仕えることは避けるだろう。どう考えたって信義にもとる悪行だからな。
そうなると暫くの間は新たに士官を期待できるのは清濁合わせ飲める……というかかなり濁よりの人物か、真実を見抜く目を持たない二流かということになる。
「それをしたらどうなるかは、わかって言ってるんだよな」
「勿論です。理羽様、万事この七乃にお任せ下さいませっ♪」
七乃はつとめて明るく、というよりそれを命じられるのが嬉しくて堪らないと言う様子だ。
事実、俺が求めれば彼女はどんな無茶でもするだろう。
この細い肩に俺達の命運を全て背負って……決定的な破綻をきたすか、あるいは、死ぬまで。
「……いや、やめておこう。すぐに戦乱が訪れない可能性だってあるんだ……今そんな損害を受けてまでやることじゃあない」
「孫策さん達の処遇は保留、ということでしょうか?」
「そうだ」
七乃にそんな無茶はさせたくない。
それに……。
「わかりました。ではそれ以外の戦乱への備えに関してはすぐにでも動きはじめちゃいますね?」
「あぁ、頼む」
「はいっ。それじゃあまず諜報に関して調整をしなきゃいけないので、失礼しますね理羽様」
「ああ」
それでは、と七乃が執務室を出ていく。
扉が閉まる音と共に、俺は頭を抱えた。
「はぁ~~~」
大きくため息を吐く。
これじゃあ問題を先送りしただけだ。孫家の一党がいずれ南袁家の驚異になるのは明らかなんだ。なんとかしなくちゃあならない。
それはわかっているんだが……。
七乃との相談から10日後、俺は山の中にいた。
開けた場所に立てられた天幕で指揮官達と最終確認をしている所に、誰かが入ってくる。
「側面背面の包囲は終わったわよ~」
俺は彼女に頷いた。
「そうか、ご苦労……おい、頼む」
「はっ、それでは兵たちを集めて参ります!」
指揮官達を促すと彼等は行動開始のために天幕から出て行く。
残されたのは俺と、先程入ってきた二人。
そのうちの一人、長い黒髪と眼鏡を掛けた理知的な表情が特徴的な女性が口を開いた。
「それでは我々も失礼します……おい、いくぞ雪蓮」
「あ、私こっちに残るから。あっちの指揮は冥琳がお願~い♪」
「お前……何を突然勝手なことを言っているんだ。我々の役目は逃げ出した賊の掃討だろう」
「そんなの退屈よ~。そういうわけで、私正面の突入部隊に混じって一暴れしてくるから」
「お前な……」
頭を抱えた彼女……周瑜がこちらに視線をやる。大本の命令者である俺に孫策を止めてくれ、ということだろう。
「まぁ、良いんじゃないか? 孫策が前に出てくれるなら兵の負担もへるだろう」
「やっりぃ~♪ さっすが、話がわかるわぁ」
「貴方まで……はぁ」
俺の裏切りに、周瑜がため息をつく。
悪いな、俺も丁度彼女と話がしたいところだったんだ。
「わかりました。それでは私が包囲の指揮は引き継ぎます……雪蓮、袁術殿に迷惑はおかけするなよ」
「わかってるって~」
「……どう考えてもわかってないだろうに」
ぶつくさと言いながら天幕を出ていく周瑜を見送り、孫策がこちらを振り返る。
「それにしても久しぶりねぇ、
「……おい。お互いに真名で呼ぶのは控える筈じゃあなかったのかよ、
「そういえば、そうだったっけ。あんまり久しぶりなもんだから忘れちゃってたわ。ま、いいじゃない別に」
「お前な……まぁ、久しぶりだ」
「ええ」
そう言って俺達は拳を軽くぶつけ合う。
全く、意識して考えの中でも真名では呼ぶことはないようにしていたというのに台無しだ。
だというのに雪蓮のやつはそんな気も知らずに気楽に話しかけてくる。
「ほんと久しぶりっていうか、私達を動かす時はいっつもあの陰険女が出てくるのどうにかならないわけ? 理羽が直接出てくれば良いじゃないの」
「無茶言うなよ。七乃……張勲はうちの軍の総大将なんだ。兵を動かすのは彼女の領分。俺が頭越しに命令を出すと無用な混乱を生むだろ」
「そんなこと言って……私と顔を合わせ辛いとか思ってただけじゃないの?」
「まぁ……それはあるが」
「相変わらずねぇ……それはそれ、これはこれでしょ? さっさと割り切れば良いのに」
「そんな簡単に割り切れたら苦労するかよ。誰もがお前みたいな怪物じゃないんだ」
「うわっ、何よそれ。ひどくない?」
「ひどいのはお前の方だ」
「ぶ~~。ちょっとあんた、あの陰険女に毒されて来てるんじゃないの? だいぶ誑かされてるって噂になってるわよ」
「まぁ、それは事実だな」
「うわ……ちょっとは否定しなさいよ。張り合い無いわね~」
「いや、そんな張り合いを求められてもな……」
そんな無駄話をしていると、指揮官の一人が天幕に入ってきて俺に敬礼をする。
「失礼します! 兵の準備が整いました!」
「そうか、わかった。すぐに行く」
「はっ! では、失礼します!」
その指揮官が出ていく。
「それじゃ俺も行くが、お前は?」
「とりあえずあんたに付いてくわ」
「わかった。それじゃ行こう」
俺は彼女を伴って天幕を出ていき、兵の集められた広場に移動した。そして広場の中央に置かれた台座の上に登り兵士たちを見渡す。台座の脇にいた指揮官が銅鑼をならし注目を集めたところで声を張り上げる。
「聞け! 勇敢なる袁家の兵士たちよ! 敵はただの寄せ集めの賊に過ぎぬ! 落ち着いて戦えば、我らの敵ではない!」
言葉を切る。
俺は兵士たちを大きく見回して、もう一度大きく息を吸い込んだ。
「だが、油断はするな! 奴らはよそ者、この地に住まう同胞を襲い、殺し、奪いに来た者だ! この中に友人、家族を殺された者もいるだろう! そうでない者も、ここで奴らを取り逃がせば、同じことになるだろう! だからこそ、お前たちの誇りを持ってこの地の家族、同胞を守るのだ!」
オォー!
兵士たちの声が返ってくる。
俺はその声に応えるように手を振り上げて命令を下した。
「行け! 盗賊共を根絶やしにせよ!」
俺の声に答えて、各隊の隊長たちが一斉に命令を開始する。
兵の集まりが軍となって、一斉に行動を始めていく。
「念入りねぇ」
兵士達を見送る俺に、雪蓮が声をかけてくる。
「数は相手の5倍以上。包囲も完璧。そこに加えて名門の当主でこの地の太守でもある貴方がわざわざ出て来て……それに、遺族見舞金ってやつも貴方が考えたって聞いたけど?」
「そうだな、あれは俺が言い出した事だが」
「兵たちにも評判いいわよ、あれ。心置きなく戦えるってね……その上ダメ押しに戦意高揚の演説?」
「実戦にやりすぎって事はないからな」
「そりゃあそうだけどねぇ」
「俺は前に出て剣を振るう事もできないし、それに戦は士気で行うものだ……と習ったからな」
「……それって、母様に?」
「あぁ、そうだ」
孫堅。
彼女は、俺や七乃の戦の師の一人だった。
当時、南袁家に客将として遇されていた彼女に連れられて、俺は様々な実戦経験を積まされたのだった。俺が雪蓮と真名を交わしているのも、その時の縁が元だ。
「そう……それじゃ私も恥ずかしい所は見せられないわね」
彼女が腰に下げていた剣、南海覇王を抜き放つ。
「武運を」
俺の言葉に彼女は軽く片目をつぶって見せ、そして鬨の声をあげながら駆け出す。
「孫堅が娘、孫策が参る!」
盗賊の掃討は、完勝に終わった。
後処理などを雪蓮やうちの指揮官達に任せ、護衛と城に戻った俺を七乃が出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、理羽様っ」
「あぁ……ただいま、七乃」
飛びついてくる彼女を抱きとめる。
七乃は俺の胸に頬ずりするように顔を埋める。
「ったく、まだ着替えもしてないってのに……お前まで汚れちまうだろ」
「ふふ、なら……これから理羽様はお風呂ですよね? 七乃も是非一緒させてくださいまし」
彼女はそう言って妖艶な笑みを見せる。
「……そうするか」
少しの間だが七乃と離れていたので、俺は結構溜まっていた。
彼女の誘いに乗って、二人で城の通路を風呂へと歩く。
「ところで理羽様」
「あぁ」
「孫策さんとは、ご親交を深められましたか?」
ちらりと彼女の横顔を伺う。
七乃は変わった様子もなく、にこにこと俺に付き従って歩いている。
「まぁ、それなりに」
「そうですか。それは良うございました」
「……」
「ですが理羽様」
「あぁ」
「虎はあくまで虎。どれほど人に懐いて見えても、飼いならすことは出来ませんよ?」
「……わかっている」
そう、それは俺が一番良くわかっていることだ。
彼女はあの誇り高い孫堅の娘で、だからこそ……彼女の道に馴れ合いや妥協はないのだ。
決して。