恋姫転生 作:kuzuaki
「それで、私達を呼び出して一体何の話?」
雪蓮が気怠げに、しかしどこか剣呑さを含んだ声で要件を問う。
脇に控える周瑜も警戒気味だ。
それこそ先日の七乃の悪巧みじゃあないが、城の奥まった場所にある余人が立ち入らない一室に二人で呼び出されたのだから、警戒もしようというものだろう。
「まぁまぁ、そうピリピリしないでまずは座ってゆっくりして下さい。今日は大事なお話をしたくてお呼びだてしたんですから」
飄々とそう嘯く七乃を前に、雪蓮と周瑜がちらりと目配せをする。
もし荒事が起これば椅子に腰掛けた状態じゃあ対応が遅れる事を考えたのだろう。
「張勳の言う事は本当だ」
俺が口を開くと、二人の視線もこちらを向く。
「警戒するなとは言わないが、罠にはめる気はない。本当に大事な話があって二人を呼んだことは俺が保証する」
「袁術殿が、ですか……」
「ふぅん……」
俺がそう言うと雪蓮はこちらを見て少しだけ考える素振りしてから、長椅子にどっかりと座り込んだ。そして驚いたことに用意してあった茶を飲み茶菓子にまで手を伸ばす。
「あ、おい雪蓮!?」
周瑜が慌てるが、雪蓮は気にした様子も無くモグモグと月餅を頬張った。
「冥琳も食べたら~? 流石お金持ちよねー。お茶もお菓子もたっかいやつよこれ」
「お前な……いくら袁術殿とお前に親交があるからと言って……」
「ん~、でも大丈夫よ。多分ね」
「……ったくお前は」
周瑜が頭痛をこらえる様に額に手をやる。
彼女の気持ちはよくわかる。雪蓮なら俺をある程度信用してくれるだろうとは思ったが、一応歓迎を表す小物として用意したとは言え飲み食いまでするとは思っていなかった。
もちろん俺にそんな気はないが、七乃は俺にすら内緒で毒入りの茶を出していたとしても不思議じゃない奴なんだがな……。
ちらりと横目で七乃の様子を見る。
一見にこにことした笑顔が張り付いたままだが、俺には微妙に苛立った様子なのがわかる。
この様子だと毒を仕込んだということはなさそうだ。
俺達三人がそれぞれ絶句させられていると、その張本人がのんきに口を開く。
「それで、大事な話って?」
雪蓮が改めて俺達の意を問う。
俺は七乃と目配せをして、雪蓮達と向かい合うように長椅子に腰掛けた。
周瑜が僅かに困惑を残したまま俺達に倣う。
「それでは私からお話させて頂きますね」
七乃の言葉に二人が頷く。
彼女から話をする形を取るのは意味があり、これは周瑜が受け答えをしやすくするためだ。
向こうからすると交渉事なんかは軍師である彼女が口出しをしたいのは当然なのだが、俺が雪蓮に向かって話しかける形を取ると組織のトップ同士の直接会談という形になるので、そこに部下である周瑜が割り込むのは非礼となる。
七乃から話をすることを宣言するのは、そちらも同様に部下を交えて受け答えをしてくださって構いませんよ、と言うポーズなのだ。
「まず最初に……私達は、この漢全土を跨る様な大規模な乱が巻き起こる兆候を掴みました」
七乃が第一投を投げ込む。
その直球に、二人も眉根をよせる。雪蓮が周瑜を見るが、彼女は首を横に振る。
無理もない。幾ら孫家のやつらが優秀だと言ってもこちらとは目を向けているものが違う。ましてや乱のきっかけが
だが、二人もそれは本当か……などと口に出したりはしない。自分達に裏付けを取れない問いなど意味がないし、まずは七乃の言葉を飲み込んだ上で話の続きを聞く姿勢を見せている。
「今そんな巨大な乱が起これば官軍だけで対処することはできず、各地の軍閥にまで鎮圧が命じられることになると思います」
「……」
「私達はそれをきっかけに漢王朝の権威は失墜し、その支配体制が半ば崩壊する可能性があると考えています」
ひゅう、と雪蓮が面白がる様子で口笛を鳴らした。周瑜もまたこの七乃の言葉に息を呑む。
「仮にも官位についてる立場でそんなこと言っちゃって言いわけ~?」
雪蓮がからかうようにそう問いかけてくる。今の七乃の言葉は、聞き様によっては不敬罪どころか反逆罪に問われても可笑しくないような代物だからだ。
「事実だからしょうがない」
俺がそこに言葉を足し、こちらの真剣味と建前を廃して腹を割った話をする姿勢を強調する。
「うんうん……それで?」
「そうなれば軍閥化の歯止めは効かず、力ですべてが決まる時代……各々が覇を競う乱世がやってくるだろう、というのが現在の私達の予想ですね」
「なるほどねぇ……冥琳?」
雪蓮がそう水を向けると、周瑜は少し待てというように軽く片手を上げて目をつぶる。その頭の中では今の七乃の言葉を猛烈な勢いで検証されているのは間違いない。
そうしてしばしの沈黙の後、やがて目をつぶっていた彼女が大きく息を吐いた。
「最初のその漢全土に跨る乱。それが起こるかどうか、と言うところまでは保証できないが……もしそこまで巨大な乱が起こったならば、時代がその様に推移する可能性は十分にある、と私は考える」
「さっすが冥琳、頼りになるぅ」
雪蓮が喜色を露わにする。
本当、中央の情勢を掴むことすら困難な筈の立場でよくもまぁ……。
「それで……そんな時代が来るとして、一体何を私達と話し合いたいって言うの?」
雪蓮のその言葉に小さく頷きながら俺は口を開いた。
「その前に聞きたいんだが、実際にそれが起こるとして……その事をそちらはどう思う?」
そう問うと「そうねぇ……」と彼女は指を口元に当ててしばし考えた。
「私としては大歓迎ね。思う存分戦えそうだし、実力でいくらでも上に昇れる時代が来るっていうなら待ち遠しい話だわ」
彼女はそう言い切る。
雪蓮はこの辺り、立ち位置がとても明快だ。
決して戦乱が起きて人々が死ぬのは可哀想だとか、自分こそがそれを収めなくてはならないとか、そんなことは言い出さない。自分達の利益、栄達を何より優先して考える。
勿論、仁も義も持ち合わせているが無私の心だとか無償の奉仕の姿勢は示さない。基本的に独立独歩、自助努力や自己責任の考えが強いのだ。これはこの長江下流域と言う漢の中央から一定の距離がありながらも大きく栄え続けてきたこの地方の風土的な特徴でもあり、それが名士と地元豪族を混ぜ合わせたような孫家一党の気風の大元なのだろう。
「まぁ、そっちからすりゃそうだよな。だが今現在栄えている家の立場から言わせて貰えば、そう言う考えの奴がどんどん出てくる乱世なんて歓迎したくない所だ。誰の何処を狙われるかわかったものじゃない」
「そうね……でもそれこそ、そっちの都合でしょ?」
言葉を交わしながら、俺と雪蓮の視線がぶつかる。
「そうだな。で、もしそんな時代が来たとしたら孫策達はまずどこを狙う? 俺としては蜀なんかおすすめだぞ、なんならこっちで援助しても良い」
「蜀ぅ~? ちょっと止めてよね。あんな山ばっかりのとこ冗談じゃないわよ。ま、取れる状況ならどこでも取るけど?」
そう水を向けて見るが、予想通りけんもほろろだ。
「それじゃ、一体どこで旗揚げするつもりだ? まさか江東じゃあないよな」
「あっははは。まさか貴方が、お母様の事を知っててそんな事言うわけ?」
「……いや、すまん」
孫策の目がぎらりと剣呑な光を帯びた事を察し、流石に無神経がすぎたと俺は頭を下げる。
この一帯から川下った東の先。長江の最東端。呉を含む江東の揚州六郡は、やはり彼女達にとって特別なものなのだろう。
俺は改めてそれを実感した。
この辺りは史実と恋姫の時系列が混ざり合ってめちゃくちゃな事になっているのだが、江東と言う場所は本来なら
しかしこの世界に置いて江東は過去に彼女の母、孫堅が手に入れた筈の土地だった。
より正確に言えば、袁家の客将であった孫堅がうちの協力を得て、勝ち取り、そのまま独立する筈だった土地なのだ。
だが彼女は直後の戦で命を失い、求心力を失った集団が独力で勢力を維持する事が不可能になったことで袁家を頼った。うちは彼女達を援助し集団としての存続を助けつつもその首ねっこを抑え、また袁家の援助を受けて孫堅が平定した筈の江東を、孫堅の協力を受けて袁家が平定したという解釈で自分達の懐に入れた。その主張を立場が弱かった孫家の残党は受け入れざるを得なかった。
自家を庇うわけじゃあないんだが、これはそこまで悪辣な真似をしたわけじゃない。
実際両者が協力して江東の地を勝ち取った事は事実なのだし、孫堅の支配が確立する前に連続して起こった戦で彼女が没したのだから、孫堅は江東を取るための戦を最後まで勝ちきれなかったと言える。だが雪蓮らにしてみれば、母が命がけで勝ち取り自分達が受け継ぐ筈の土地だった、と言う思いは捨てきれないだろう。
袁家の人間からすると直接孫堅と協力し兵を出していた自分達こそが継承するのは当然であり、自分達の援助がなければ離散するはずだった残党が江東の支配権を主張するなどとんでもない、と言う理屈だ。
どちらにも言い分がありそして力があったのは袁家だ。
これは俺が当主であっても今更孫策達の気持ちもわかるから……などと言う理屈で江東の地を与えるなどということはできない。強行すれば家内の大きな反発は必死だろう。
彼女達が俺に仕える将であるなら功績に報いると言う形もあるのだが、独立を標榜しこちらの傘下に入らない姿勢を堅持する孫家にそこまでするのは難しい。
「誰もが覇を競う時代がくるとなると、うちも安泰って訳にはいかない。上を狙うどころか、逆に滅び去る可能性だってあるんだ。大きな利益を狙うより、まず生き延びること。勝つことを優先しなきゃならん」
「…………」
「そこでだ……俺達が孫家と恒久的で全面的な同盟関係を結びたい。そして政略結婚も視野にいれて、可能な限り強固にそれをする。その対価として俺達からそちらに江東の支配権を割譲する、と言ったら受けてくれるか?」
「……‥」
「……なっ!?」
沈黙を保つ雪蓮の横で周瑜が思わず驚きの声を漏らしてしまう。この事で彼女の自制心のなさを責めるのは酷だろう。そのぐらい、これは異常なほど破格で不均衡な条件での同盟だ。
現状は単なる小規模な武装集団にすぎない孫家一党と結ぶために、漢全土を見渡しても有数の大勢力である南袁家が一方的に信じられないほどの譲歩をしようと言っているのだから。
雪蓮は目をつぶる。
「雪蓮、これは……」
「冥琳は黙ってて」
そして微動だにしないまま、何かを言いかける周瑜を一蹴した。
そんな彼女の様子に周瑜が息を呑む。
この余りにも大きな譲歩は、袁家がかつての孫堅の功績と同盟者としての立場を認め、正式に謝罪するのにも等しいものだと言える。
だが……。
「断るわ」
彼女ははっきりとそう宣言した。
「そうか……」
俺は大きく息を吐く。
「勘違いしないで欲しいんだけど、私達はそこまであなた達の事を恨んでるわけじゃないわ」
「そうなのか?」
「ええ……あそこは母様が勝ち取った土地と言う思いはあるけれど、それを受け継げなかったのは残された私達の力不足が原因。そのことに文句を言うつもりはないの」
「……そうか」
「ま、それと今の私達をそこの陰険女がこき使う事に対する恨みは別だけどね」
彼女はそう言って七乃を睨む
「それは逆恨みですよ~。今のあなた達はその程度の勢力なんですから、私は相応の扱いをしてるだけです」
「はっ、どうだか……功績と報酬が全く見合ってないと思うけど?」
「別にご不満なら出ていけば良いんじゃないですか~? 雇われの身で対価に文句を言うなんて贅沢ですねぇ」
「なんですってぇ!?」
ギリギリと歯をならす雪蓮を見ても、七乃は飄々と悪びれない。
ちなみに、実際彼女達はそこまで強く縛り付けられているわけではない。そんな事をしなくてもこの地から彼女達は出ていかないと俺は知っているからだ。人質は、こちらも兵を預ける関係上まだ取ってはいるが、現在では所在は明確で会うのも自由だし、その人員も彼女達の入れ替えることができる様に取り計らってある。
「ふん、まぁ良いわ。とにかくそこの陰険女はともかく、うちの皆も袁家現当主の貴方にはそう悪い感情は持ってないわよ」
「そりゃ嬉しいね」
「でもね、貴方達が腹を割って話をしてくれたから、私も偽りは言えない」
「……‥」
雪蓮の瞳が燃え上がる。
若き英傑の覇気が、物理的な圧力を伴っていると錯覚するほどに、俺の肌を震わせる。
「私は誇り高き孫堅の娘。既存の支配者を尊重することはあっても、誰かに屈することは決してしないわ」
そうだ。
「一時的な同盟であれば良い。でも今の私達が貴方達と恒久的な同盟を結ぶということは、永遠に貴方達の風下に立つことにも等しいわ。それがどんなに破格であっても、私達はそれを受け入れるわけには行かない」
周瑜が、一時の動揺を飲み込み静かに雪蓮の横に佇む。
彼女の言は、決して雪蓮一人だけの物ではないのだと証明するように。
「今はどれほど弱くても。例え勝ち目が薄くても、私達は私達の旗を高く掲げることを諦めはしない!」
この覇気、この気骨、この誇り。
そう、これでこそ彼女だ。これこそ俺の知る雪蓮だ。
例え思いは一同同じくしていたとしても、現実的に目の前にある破格の条件を前にして同じ様に振る舞うことが出来る人間が、彼女の一党にもどれだけいるか。
今だ死線を潜った経験のない孫権や孫尚香に同じことが言えたかどうか。
まったく―――。
「……なんのつもり?」
雪蓮が訝しむように俺を見る。
「負けたよ。降参だ」
俺は両手をあげて彼女達に両の手のひらを広げて見せる。
そう……彼女がそう言う人物であることは、わかっていたことだ。
七乃が優雅な動作で茶器を手に取ると、ゆっくりと喉を潤す。
そして卓に戻した器がことりと小さな音を立て、彼女は口を開いた。
「それでは本題に入りましょうか」
わずかの沈黙。
それを破ったのは周瑜だった。
「本題だと?」
「えぇ、そうです」
「では今の問いかけは茶番だったとでも言う気か?」
もしそうだったならば許さない。
そんな冷え冷えとした怒気が、周瑜から漂う。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。必要な確認でしたから」
「……一体何を確認する必要があったと言うつもりだ」
「それはほら……見て下さいよ」
「……何が言いたい?」
七乃が指し示したものを見て、周瑜が困惑の色を瞳に浮かべる。
彼女が見たのは、今だ両手を上げる姿勢をとったままの俺だったからだ。
「見たままですけど、わからないんですか?」
七乃がきょとんとした表情で首をかしげてみせる。
「ふざけるな、それで何がわかるというんだ!」
「だからさっき降参って言ったじゃないですか……降参、降伏するんですよ、理羽様が」
「……なんだと?」
周瑜が表情を歪めた。
俺は変わらずに両手を上げ続ける。
「だって貴方達がどうしても独立を保つって言うなら、一時的な協力や不干渉は出来てもどの道いつか私達ってぶつかっちゃいますよね?」
「……まぁ、そうだろうな」
俺達も彼女達も土地に根ざした勢力だ。
隣り合った地方地域で勢力がぶつかったから、じゃあ引っ越そうと言う訳にはいかない。
漢王朝の支配が強かった時代ならば上位者の命令による土地替えは機能しただろうが、乱世となればその土地土地で最も実力のある物が支配者となっているのだ。
個人の将として流れて現地勢力に仕えるならともかく、引っ越しはイコール侵略に他ならない。そして乱世に置いて一部地域で勢力をわけた争いを続けていれば、いずれは他地域を平定した大勢力に飲み込まれる未来しか無い。
「私としては力づくで皆さんを叩き潰しても、勝利者になることは出来ると思うんですけどね~」
「へぇ、言ってくれるじゃない……」
今まで黙っていた雪蓮が、聞き捨てならないとばかりに七乃を睨む。だが彼女の覇気を前にしても七乃の様子はまったく変わらない。
恋姫では七乃が本気を出せば天下がとれる、なんて話もあったからな。実際彼女の言う通りにしても勝ち切ることは不可能ではないのかもしれない。
だがそんな勝利は、俺達にはいらない。
「でも理羽様としては戦って勝つか負けるかするよりは、有利な条件で降伏したいんですって。私としては主君がそう言うのであれば、否とは言えませんから――」
「おい、待て!?」
周瑜が声を荒げて七乃の言葉を遮る。
「降伏だと? 今そう言ったのか」
「今……っていうか、さっきから何度もそう言ってますよね?」
「戦っても居ない内に……いや、まだ乱世ですらない。その大乱とやらも起こっていない。全ては仮定の話でしかないうちから降伏だと?」
「そうですよ。孫策さん達が先祖だって嘯いてる孫氏だって言ってますよ? 戦わずして降すは善の善なるものなり……って」
「それは戦わずに相手を降すことが最良だという意味だろう!」
「私達にとっては同じことです」
「何を言っている!」
周瑜は、なんとなくこちらの提案を察しているのじゃないだろうか。
ふと俺はそう思った、
だからこそ、それが信じられない気持ちと受け入れがたい気持ちでこうも荒れているのだと。
「まぁまぁ、まずはこっちの条件を聞いてくださいよ」
「そんな馬鹿げた降伏の条件なぞ――」
「冥琳、聞いてみましょ」
「雪蓮……」
そんな彼女を雪蓮が抑えてこちらの言葉を促す。
俺と七乃が視線を交わし、彼女が口をひらいた。
「まず孫家の姉妹のどなたかに、理羽様のお子を生んで頂きます」
「――っ!」
立ち上がりかけた周瑜の胸を、雪蓮が抑え制する。
「そしてその子を
「おい、それは……」
「その為に必要な根回しはこの私、張勳が責任をもってやらせて頂きます」
「だが……お前たち、本気なのか?」
これが何を意味するか。
孫家の血を引いた袁家の後継者を、孫家が抱え、養育し、擁立する。
それはつまり、実質的な孫家による袁家の乗っ取りに他ならなかった。
「勿論細かい条件は色々ありますよ。袁家の基本的な人員配置を急激に変えられますと組織が瓦解しかねないので、孫家の皆さんの下部組織としてでも良いので急激な再編は控えて欲しいとか、
例えば俺と雪蓮の子が袁家の当主となる。しかし孫家の血も引いているのでその継承権も主張できるとする。更に孫権の子供を孫家当主として立てておく。その両者が結んで子供が生まれれば、また両家どちらの継承権も主張できる子供が生まれる。
そう言うことを意図的に制御すれば、同一化していく一族の上位を孫の氏を持つ側を主流にしていく事はそう難しくない筈だった。
勿論それは別れた各分家の当主が相争ったりしなければだが、そこまでは責任が持てない。袁家側から実権の中枢に残るのは俺の子供だけなのだし、それはもう孫家内部のお家騒動の範疇だ。
一族としての袁家が無くなるわけではない。この場合、新たに台頭した孫家の外戚として残る形になるだろう。ただ単に、権力の中枢であった当主筋が孫家に置き換わるだけだ。
いきなり一族全ての旗を孫の字に変えようとしたりしなければ、中央で差配をしている相手が父方か母方かなんて末端には余り関係がないからな。
じゃあ何が問題なのかといえば、袁の旗を高く掲げていこうとする本家本流の意思が俺の代で途切れることと、今現在最高権力を握っている俺と七乃がそれを失うことぐらいだ。
面倒そうな外戚やらなにやらは当主争いの時に七乃が全部始末済みだしな。
「後は、私と理羽様の待遇さえ保証して頂ければこちらからの主な要求は終わりです」
「お前たちは、自分の一族を……売るというのか!」
一家一族一門。
その隆盛こそを重視するこの世界では、ありえない行動。
「そうですよ。だって私にとっては理羽様こそ全て。私の忠誠は全て理羽様のためのもの。理羽様のためなら、私にとって袁家なんてど~~~~~~~~~だって良いんです♪」
「―――っ!!」
満面の笑みを浮かべてそう言う七乃をみて、周瑜がたじろぐ。
孫堅を尊敬し、孫策の親友であり、孫権らを慈しむ周瑜からすれば信じられない行いだろう。
彼女からすれば、誰かを主君と定めたならばたとえその当人が命を落としてもその後継者を守り立てて行くのが当たり前なのだから。
周瑜と七乃。
どちらも主の為なら命も惜しまない忠君だが、しかしそのあり方は余りにも違っている。
そして俺もまた、雪蓮とは余りにも違う。
「理羽……あんたはそれで良いわけ?」
「そうだな……」
雪蓮が俺の真名を呼び問いかける。
俺は彼女から目をそらし、伏せた。
「俺はお前とは違うよ……。父祖の遺志をついで袁家を、なんて風には思えない。自分達の待遇や安全が保証されるなら、戦うよりもさっさと降伏することを選びたい」
俺にとって大事なのは、自分と七乃だ。
袁家当主としての立場も、父も母が残してくれた物も、一族の名も、大切だとは思えない。
母から受け継いだ誇りを胸に戦う彼女からすれば信じられないほど情けないあり方だろうが、本心なのだからしょうがない。俺が降伏せずに戦うとしたら降った後の待遇の保証が信用できないから、そしてその勢力が最後まで勝ち続けるかどうかわからないからだ。
流石に何度も降伏を繰り返しては誰からも見限られる。
降伏するとしたら、その最初の一度で降った相手が最終的な勝者であることが理想だ。
その点、孫家一党なら袁家という馬券を全て賭けるのに文句のない馬だ。一度降伏を受け入れたなら、その条件を違えることがないと信用もできる。問題は、誇り高い彼女がこんなバカげた降伏を受け入れるかどうかだが……。
「私達だけじゃ決められないわ……一度持ち帰って考えさせてくれる?」
「雪蓮、良いのか? それは……」
「良いのよ冥琳」
「……わかった、ならば私からは何も言うまい。袁術殿、構わないだろうか?」
「あぁ、勿論だ」
俺は周瑜の言葉に頷く。
「それでは失礼する。返事はまた日を改めてさせて頂こう」
「わかった……待っている」
周瑜が立ち上がり、そして座ったままの雪蓮の腕を引く。
「さぁ行くぞ」
「うん……わかってるわ。大丈夫」
二人が扉を開ける。
「じゃあまたね……
彼女は、自分と俺との関係をどう思っていたのだろうか。
友人か、腐れ縁か、宿敵か、倒すべき相手か。
どれでもあるしどれでもないような気がするが、今となってはわからない。
ただ、俺は彼女の想いを裏切ったのだとわかった。
「うふふふふ。大丈夫ですよ理羽様。この提案は孫策さん達には絶対に蹴れませんから」
「そうか? あの様子じゃ怪しい気がするが……」
「逆ですよ逆。この話を蹴れないから、孫策さんはあんなに落ち込んでるんですよ」
「そんなもんかね……」
「ええ。見ました? あの表情。孫策さんがあんな顔するなんて……私笑いを堪えるのが大変で……うふふふふふ♪」
しかし何かの間違いでこの立場に座っただけの凡人に、三国志の英雄である彼女から妙な期待をされても応えられる筈はないだろうに。
だから七乃からこの案を聞いた時、俺はこの話に飛びついた。そんな楽な解決方法があるならもっと早く言えば悩む必要はなかっただろうと思ったし、今でもその考えは変わっていない。
だが、失望されるだろうとわかって居たが……それでもあの呼び方は堪えた。
俺は自分で思っていた以上に、雪蓮との関係を心地良いと感じていたらしい。
「うふ、うふふふふふ♪」
部屋にはただ、七乃の笑い声だけが木霊していた。