「あ……」
「は……?」
俺は聞き覚えのある声に振り向くと、そこには目を見開いたショートカットの女子生徒……現Dクラスの伊吹澪が立っていた。今俺がいるのは椎名の部屋の玄関口であり、丁度椎名との情事を終えて出て来た所だった。
普段であれば関係を持っている女子生徒の部屋から出る際には周囲の気配に細心の注意を払っているが、ここ数日は諸事情で誰とも行為を行っていなかった事もあり、椎名相手にハッスルしてしまった結果、注意力散漫になっていたのだろう。結果として、寮の通路を歩いていた伊吹と鉢合わせしてしまった事になる。
「……ちょっとアンタ、なんでこんな時間に椎名の部屋から出て来るわけ? 男が女の部屋にいていい時間じゃないでしょ」
伊吹は険しい表情で、俺を睨みつけている。現時刻は23:00、確かに男子生徒が女子生徒の部屋にいていい時間ではない。此処で誤魔化しても無駄だ、と考え俺は堂々と言い返す事にした。
「単に話があっただけだ。お前が気にする事か?」
「気にするわよ。椎名は今はあたし等のクラスの纏め役をやってるんだから、何かあったら困るじゃない。あんた、女を手籠めにして言う事聞かす、とか普通にやりそうだし」
「……お前は俺をなんだと思ってるんだ……」
伊吹の風評被害も甚だしい暴言に頭を抱え、俺はやれやれと口を開いた。
「幾らなんでもそういう事はしないさ。脅迫は、リスクとメリットが釣り合わないからな……バレたら一発で退学になるリスクを、俺が犯すと思うか?」
「……思わない、けど……」
伊吹は俺の返答に思わず答えに詰まり、舌打ちする。伊吹は龍園との一件の当事者の一人であり、俺の手腕を直に見ている……あの時確かに俺は龍園を暴力でやり込めたが、学校に訴えてやり返せないように準備を怠らなかった。
あの時は先に仕掛けたのが龍園という事もあり、問題が起きる事はなかった。しかし、女子を力づくで手籠めにした時点で問答無用の退学沙汰だ……俺がそんな無用なリスクを冒すような人間でない事は、龍園と共に俺に負けた伊吹はよく分かっているのだ。
だが、理屈では納得出来ても感情が納得出来ないのだろう。そもそも、こんな時間に椎名の部屋から出て来た時点で椎名と何らかの関係があるのは確定的だ……それだけは、問い詰めなければ気が済まないといった風だ。
「……じゃあ、椎名とは何もないっての? 交際してるとか、そういうやつ?」
「いや、交際はしていない。強いて言えば、セフレってやつだな」
「はぁ……っ!?」
俺の返答に、伊吹は眼に見えて混乱していた。無理もないだろう……いきなりクラスメイトと俺がセフレの関係にあると教えられて、平静でいられる筈がない。
「事情を説明してもいいが、此処じゃ場所が悪い。部屋に来るか?」
「……上等。ちゃんと聞かせて貰うから」
そして伊吹は部屋に来る事を了承し、俺は伊吹を伴って自室へと戻った。
「……なにこの部屋。何もないじゃない……アンタ、物がないにも程があるわよ」
伊吹は俺の部屋に入るなり、呆れたようにそう呟いた。確かに、俺の部屋には極端に物が少ない……部屋にあるのは最初からあった勉強机とベッド、必要に応じて設置した丸テーブルだけだ。他の生徒の部屋と比べても、かなり殺風景な部屋である事は間違いあるまい。
「特に必要と思えるものがなかったんでな。ポイントも豊富にあるワケじゃないし、節約してるんだよ」
「ふぅん、てっきり趣味とか何もないから物がないと思ったけど、違うの? あんた、趣味とか何もないんじゃない?」
「む……」
言われてみれば、確かに趣味と言えるものを俺は何も持っていない。映画や占いに行ったのも、言うなれば気紛れのようなものだ。明確に夢中になれるものは、今となっては性行為がそれに該当するのだろう。
思えば、俺がこれだけセックスに夢中になるのは、他に目立った趣味がない事も影響しているのかもしれない。今まで心の底から夢中になれるもの、というものがなかったからこそ、凄まじい快感を得られるセックスに執着している面もあるのだろう。
「ほら、やっぱり趣味がないんじゃない。あんたってホント、人間味が薄いわよね。他の人間の事も、精々道具程度にしか思ってないんじゃない?」
「……へぇ……」
俺は伊吹の割と的を射ている罵倒を聞き、素直に感心した。伊吹はただの軽口として言ったのかもしれないが、俺の本質を無意識に突いている。
俺は
他の人間は等しく自分の為の道具であり、必要に応じて
──しかし、最近の少女達との関わりを経てその価値観が若干ではあるが揺らいでいるように思える。俺の今までの価値観を否定する要素が見つかったのではなく、単純に少女達との関わりを
今までセフレにした少女達とは、セックス以外でも日常的に関わりを持っている。
櫛田や堀北、恵や愛里とは時々一緒に外出しているし、椎名は暇を見つけて一緒に本を読み漁り、坂柳とも櫛田達程頻繁ではないにしろ、時々食事を共にするなど関わりを持っている。
そういった関係が、
最初は、セフレという不健全な関係を結んだ彼女達に対する埋め合わせ程度の気持ちでそういった付き合いをしていたが、いつの間にか俺自身その付き合いを楽しみ始めていたのだ。
「なによ? その笑いは……ふん、やっぱあんたにとって他の人間は全部道具で、自分さえよければそれでいいんでしょ? 椎名の事も、言葉巧みに騙くらかして関係を結んだんじゃないの?」
「それは違うぞ、伊吹。説明すると言った筈だ」
俺は伊吹の勘違いを正す為、椎名と関係を持つに至った経緯を説明した。最初は黙って聞いていた伊吹だったが、都合上他の少女達との関係も説明したあたりで額に青筋が浮かび、とうとう我慢出来ず口を開いた。
「……っ! あ、あんた6股とかふざけてんの……っ!? 椎名はその事を知ってるワケ……っ!?」
「知っている。というか、関係を持った子達は全員知っているぞ……隠して後でバレた方が、後々マズイからな」
確かに自分の他に何人も関係を結んでいると知ればいい気はしないだろうが、一度関係を隠して後で発覚した場合関係に致命的な罅が入る事は確実だ……それよりは予め現状を話し、ある程度不興を買ってでも誠心誠意説得した方が良いという判断だ。尚、
「あ、開いた口が塞がらないとはこの事ね……っ! あんたもそうだけど、他の奴等も何考えてるわけ? 普通、6股男とか即刻絶縁案件でしょ」
「言っとくけど、全員納得づくの関係だからな。部外者のお前が口を出すような事じゃない……それともなにか、お前に不都合があるのか?」
「あ、あるに決まってるじゃない……っ! 他の連中はともかく、椎名はあたし等のクラスの纏め役よ? アンタのいいように使われて、クラスの不利益になったらどうしてくれるわけっ!?」
伊吹は感情的になってそう叫ぶが、無理もない。俺の現状を傍目から見れば、まともな人間がこういう反応をするのは当然だ……まあ、伊吹の場合は倫理とか常識よりも俺に対する敵対心が先に来ているような気がしないでもないが。
「椎名も馬鹿じゃない。幾ら関係を結んだ男相手でも、クラスの不利になるような頼みごとを聞く筈がないだろう。というか、そもそも椎名が俺に近付いて来たのも龍園が椎名に俺のサポートをするよう言った事が原因だ。Dクラスとある程度の協力関係を築くのは、当然だと思うが」
「……っ! 大人しくなったと思ったら、龍園も余計な事を……っ! 立つ鳥跡を濁さずって言葉を知らないの……っ!?」
伊吹は龍園の名が出た瞬間眼に見えて激昂し、盛大に舌打ちした。あれだけ意識していた相手である龍園が俺を手助けするよう椎名に告げた事を知り、憤懣やるかたない想いを抱いているのだろう。
伊吹は龍園の素行ややり方に不満を抱いていたが、その一方でリーダーとしての資質は認めていた。だからこそ正道を外れた龍園の策に従って来たのだろうし、龍園をリーダーから引きずり降ろそうと行動する事もなかった。
しかしその龍園が、俺相手に敗北を喫して一線から退いた。その時点で伊吹は俺の事を強烈に意識せざる負えなくなり、表向きクラス同士の争いから退いた龍園の代わりとして俺に沸き上がる感情をぶつけているのだろう。
いわば八つ当たりに近い形だが、あの一件では伊吹もまた俺に格闘戦を挑んで惨敗している。その事もまた、俺に執着する理由の一つになっている筈だ。
「……それで、あんたに今の関係を清算する気はないわけね?」
「ああ、下手な事をすれば色々とマズイ事になるしな。特に、櫛田が何をするか分かったものじゃない」
「櫛田か……」
伊吹は龍園の側近のような立ち位置にいたから、恐らく櫛田の本性の事も知っている筈だ。俺が今の関係を壊そうとすれば、櫛田がどの程度暴走するのは全く予測がつかない……伊吹は櫛田の事を詳しくは知らないが、色々な意味でヤバイ相手というのは認識しているのだろう。それでも納得は出来ないのか、舌打ちしつつ俺を睨みつけた。
「ふん、あんたも女一人がそんなに怖いわけ? 龍園相手にあれだけ啖呵を切っておいて、非力な女一人どうこう出来ないんだ?」
「龍園と櫛田じゃ強さの質が違うだろう。龍園は良くも悪くも一度叩き伏せれば納得するが、櫛田はそうじゃない……正直、あれだけ
龍園は確かに頭も回る上に暴力的な手段を躊躇なく行える胆力があるが、それでもリスクコントロールは怠らず後先考えない真似はしなかった。龍園が策謀を巡らせるのはあくまで
しかし、櫛田はそうではない。櫛田は利益やリスクよりも
事実、櫛田はクラスに不利益を与えてでも自分が
「それが何よ。あんたが色々言い訳して6股を続けてるのは事実じゃない」
そして、櫛田のようにブレーキが壊れてはいないものの伊吹もどちらかと言えば感情を優先して行動するタイプだ。だからこそ理屈抜きで俺が気に入らないから放置出来ないし、このまま黙っていられる程器用でもなかった。
「あたしともっかい勝負しなさい。あたしが勝ったらあんたの玉を潰すか、そうでなきゃ6股をすぐに止めなさい」
「そんな勝負、受けると思ってるのか?」
伊吹は俺を睨みつけながらそう告げるが、こんな勝負を受けた所でメリットが見当たらない。しかし、伊吹はげんなりした俺を見て若干頬を染めながら宣言した。
「じゃあ、あんたが勝ったらあたしの身体を好きにしなさい。これなら文句ないでしょ?」
「……お前、本気か? 俺に勝てない事は、以前の勝負で理解出来たと思うが……」
伊吹はあの一件の後、俺に対して勝負を仕掛けて来た。しかし結果は俺の圧勝……幾ら伊吹が武道経験があるからと言って、あの場所で鍛え上げた俺に勝てる筈もない。その事は理解している筈なのだが、伊吹に前言を撤回する気配はなかった。
「そんなの、やってみなきゃわかんないでしょ……っ! つべこべ言わず、勝負しなさい……っ!」
「お、っと……!」
問答無用といった呈で伊吹は床を蹴り、俺に蹴りを繰り出して来る。今俺達がいるのは寝室の中、この狭い空間の中で伊吹の足技を避け続けるのは労力を要するだろう。
──だから俺は手っ取り早く伊吹を制圧する為、蹴りを繰り出した伊吹の右足を右手でガードすると、そのまま足を掴んで伊吹のバランスを崩し、左手で伊吹の首を掴んでベッドに叩きつけた。
「か、は……っ!」
「……これが結果だ。こうなる事は、分かってたんじゃないか? 降参なら頷いてくれ」
俺はそのまま伊吹の上に跨り、両腕を頭の上で拘束しそう告げた。伊吹は俺をどかそうと抵抗しているが両手両足を封じられた状態で抜け出せる程、男女の力の差は低くない。伊吹は俺を睨みつけたまま脱力し、こくりと頷いた。
警戒しつつ伊吹の首から手を離すと、伊吹は恨めし気な目で俺を睨みつけて来る。
「……ほんと、最悪。今度こそ一矢報いる事が出来るかと思えば、負け方もあの時の焼き回しじゃない……ほら、好きにしなさいよ。その為に勝負を受けたんでしょう?」
「……いや、お前が一方的に吹っ掛けて来ただけで俺は応じるとは一言も……」
「はぁ……っ!? なに? 自分は女に不自由してないからあたしなんて抱くまでもないってのっ!? ちょっとモテるからって、調子乗ってんじゃない……っ!?」
何が気に入らないのか、伊吹は盛大に俺を睨みつけながらそんな事を喚き立てて来る。若干、顔が赤くなっているのは気の所為だろうか? 一体何故こんなに怒っているのか、どうにも理解出来ない……負けた八つ当たり、だけではないようだが……
「いや、そんな事はないが。抱かせてくれるって言うなら抱くが、代わりに他の連中と関係を切れって言われても頷けないぞ」
「別にそんな事言わない。あたしは敗者だもの、戦利品を受け取るのは勝者の義務でしょ? あんたはさっさとあたしを抱いていれば、それでいいの」
どうにも、伊吹はどうしても自分を俺に抱かせたいらしい。交換条件もなしとなると、別段断る理由も見つからない。
懸念材料の櫛田も、今更セフレを一人増やした程度であれば一晩
堀北もそうだが、鍛え上げた女子はとても具合が良いのだ。そういう意味では、伊吹の身体に興味がない事もない……強気なこの少女を性行為で好き放題するのは、さぞ気持ちが良い事だろう。
「分かった。後悔するなよ」
「ふん、知らない」
俺は伊吹を押し倒したまま顔を近付け、唇を重ねた。伊吹はそれに抵抗せず、黙って俺のキスを受け入れていた。
というワケで伊吹編パートⅠです。彼女を性行為に持っていくにはこのくらい強引にいかないと駄目かなあと思い、1話分使ってそこに至るまでを描写しました。素直に気持ちを口に出来る程素直な子じゃないですしね。
次回は丸々濡れ場です。お楽しみに