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「綾小路くん、一緒にお昼食べに行こうよっ!」
昼休みが始まるなり、櫛田は満面の笑みで俺の腕を抱えながらそんな事を言って来る。
抱え込まれた腕が櫛田の胸にめり込み、柔らかな感触が俺の腕を包み込む。
一見普段通りのスキンシップの延長に見えるが、口元が笑っている所から見て、この胸への接触はわざとやっているらしい。
そんな俺の姿に、クラスの男子の嫉妬の視線が集中する。櫛田が俺に絡んで来るのは以前からだが、先日の一件以来、こうしたボディタッチが過剰になりパーソナルスペースも妙に近くなっている気がする。
それに伴い、人気者の櫛田を独り占めしている、と他の男子に睨まれる結果となっている。
とうの櫛田は笑みを浮かべてはいるが、密かに周囲の反応を観察しているあたりこの行動の変化は他の女子に対する牽制、といった所か。
櫛田は持ち前の卓越したコミュニケーション能力により、クラス内で高い地位を獲得している。
恵のように女子グループを牽引するのではなく、人の輪の中に自然と入り込んで行く為このクラス内で櫛田に悪感情を抱く人間はいない。
そんな櫛田が俺に対して
事実、先日俺に告白して来た佐藤等は複雑な表情で俺の方を見ているが、櫛田が視線を向ければ慌てて眼を逸らしている。
普通の女生徒に、人心掌握術に長けた櫛田の相手は荷が勝ち過ぎる筈だ。
「そんな風に強引に腕を組んで、綾小路くんも困っているんじゃないかしら? 彼は私と昼食を共にするのだから、その手を離してくれないかしら」
……だが、それはあくまで
二人の美少女が俺を取り合う構図に、男子からの視線がより厳しいものに変わる。
堀北に気がある須藤など、拳を握り締めながらこちらを睨みつけているような有り様だった。
櫛田が俺との普段の距離を詰めて来たのとほぼ同時に、堀北はまるでそれに対抗するかのように俺と櫛田の間に割って入るようになった。
今までは必要に応じて俺の方から話しかける事が多かったが、今は特に用がない時でも俺の傍に寄って来るようになっていた。
これまでも堀北とは共に行動する機会が多かったが、今の堀北からは今までになかった俺への執着のようなものが感じ取れる。
そして、何故か櫛田はそんな堀北の
表向きいがみあってはいるが、何故か以前より堀北と櫛田のわだかまりが緩和されているような気がするのは気の所為だろうか?
どうにも、櫛田の中で堀北に関する認識が変わったような気がしてならない。
そんな櫛田の変化に堀北が動揺する様子もない以上、俺のいない所で二人の間に何かあったと見るべきだろう。それがなんなのかまでは、俺には分からないが。
「……へぇ、堀北さんは綾小路くんと一緒にお昼を食べる約束でもしてたの?」
「約束はしてないわ。単に、これまでも一緒に食べる機会が多かったから今日も同じようにするだけよ。貴方だって、約束なんてしてないでしょう?」
「それは堀北さんも同じでしょ? だったら、先に誘った私に譲ってくれてもいいんじゃないかな」
疑問形で尋ねるのではなく断定形で宣言し、櫛田は俺の腕をより深く抱え込みその胸をぎゅううと押し付けて来る。その光景を見た堀北の額に青筋が浮かび、がしりと俺の手首を掴んだ。
「……胸を押し付けて、はしたないと思わないの? 貴方の築き上げて来たイメージが、台無しになるんじゃない?」
「生憎、ボディタッチが多いのは前からだよ? そりゃ誰にでもやる気はないけど、私のコミュニケーションのやり方に口を出して欲しくはないなあ……納得いかないなら、堀北さんも同じようにすればいいんじゃない? ま、堀北さんの胸じゃ出来るワケないけど」
「……っ!? ふぅん……じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うわ」
櫛田がぼそりと呟いた一言を耳聡く聞き届けた堀北は、顔をひくつかせながら俺の左腕を抱え込み、自分の胸に思い切り押し付けた。
堀北の胸は櫛田のようなたっぷりとしたボリュームこそないものの、確かな膨らみが俺の左腕に押し付けられて、なんとも言えない気分になって来る。
どうしようかと悩んでいると、不意に少し不機嫌そうな表情の恵がつかつかと近付いて来て口を開いた。
「ちょっと、二人共止めなって。
恵としては、二人に絡まれて困っている俺を助けたつもりなのだろう……正直、悩んでいたのは事実なのでありがたいといえばありがたいのだが……ただ一点、
「……そうね。折角だから、
「……そうだね。そろそろ、釘刺しとかなきゃって思ってたしね」
「え? え? ちょっと、何で二人であたしを引っ張って……って、堀北力強っ!? ちょっと清隆、なんかヤバイ気配感じるし助けてってば……っ!」
哀れ恵は失言を聞き逃さなかった女子二人に連行され、成す術なく学食へ向かって行った。
俺は溜め息を吐きつつ3人の後を追いかけ、男子からの射殺すような視線を背に浴びながら教室を後にする。
これが、あの一件の後に出来上がった俺の現在の
「……ふぅ……」
放課後、俺は図書室で一息ついていた。櫛田と堀北は互いに牽制し合った結果、恵を巻き込んでいつの間にか何処かに消えてしまっていた。
俺に見捨てられた呈になった恵は、恨めし気に俺の事を睨んでいたが。
堀北がいれば櫛田も無茶な事はしないと思うが、最近だと堀北のブレーキも緩んでいる気がするので確かな事は言えない。
後でフォローするか、と考えていると……背後に人の気配を感じて、振り向いた。
「…………」
そこには、艶やかな銀の長髪の女子生徒……C……いや、
椎名ひよりは前Cクラスの生徒でありながら龍園とは距離を置き、独自の立ち位置を持っていた生徒だ。
争い嫌いだということだが、どうにも掴み難い不思議な雰囲気を持っている女子生徒だ。
龍園の依頼で動いた事もあったが、基本的に龍園が仕掛けて来る謀略からは一歩引いた位置で傍観していた印象がある。
その性質は前Cクラスの生徒達に多い素行不良が目立つタイプではなく、堀北のような優等生タイプに近い。
しかし、割と単純な堀北と違い独自のペースで話を進める為に、真意がとても掴み辛く俺としても現段階では評価を下しきれていない生徒だ。
社交的なタイプではないというのは分かるが、龍園も椎名の事はある程度尊重していた節があるので、どういう生徒なのかは未だ判然としない。
そんな椎名が、何をするでもなくじっとこちらを見つめている……何か用があるのかと待ってみたものの、椎名は一向に話し始める気配はない。仕方なく、俺から話を振る事にする。
「……何か用か?」
「……? 図書室にいるのに本を読むでもなくただ座っているので、どうしたのかな、と考えていただけですが……ご迷惑でしたか? 私」
「……いやまあ、近くで立たれてジロジロ見られるのはちょっと勘弁願いたいけど」
気になったから見ていただけ、と告げる椎名に俺は内心溜め息を吐いた。矢張り、この少女は扱い難い……天然なのか計算なのか分からないが、悉くこちらのペースを無視して会話を進めるので常に肩透かしを食らっている気分だ。
かと言って怒る気にもなれないのは、彼女の持つ不思議な雰囲気が影響しているのだろうか。
ふわふわした独特の雰囲気の彼女と話していると、怒るのが馬鹿らしくなって来るのだ。
「……って、何してるんだ……?」
「……? 近くで立たれると落ち着かないとの話でしたので、私も座ったのですが……問題でしたか?」
「別に座ったから見ていいってワケじゃ……はぁ、なんだか反論するのも疲れて来たな」
いつの間にか椎名は俺の隣の椅子に座り込み、再び俺を正面からじっと見つめ始めていた為、何のつもりか尋ねたものの、またしても奇妙な返答を返され俺は気力が萎えていくのを自覚した。
この子とまともにやり合っても、疲れるだけという事は充分に分かった。このまま此処にいては埒が明かないと感じ、俺は帰り支度を整える。
「とにかく、用がないなら帰ってくれ。俺もそろそろ帰ろうと思っていた所だし、もう行くからな」
「そうですか。なら、行きましょうか」
「……何で、俺の後を付いて来ようとするんだ……?」
俺が席を立つと、椎名も同じように席を立った……それはいいのだが、何故か椎名は俺の後ろに立ったまま微動だにしない。
挙句に俺が歩き始めると椎名も歩き始め、無言のまま俺の後を付いて来ようとした為流石に黙っていられずに尋ねると、椎名は相変わらずのとぼけた様子で平然と答えてみせた。
「今から綾小路くんの部屋の伺おうと思っていたのですが、駄目でしたか? 綾小路くんの部屋がダメなら、私の部屋に来て貰いたいんですけど」
平然と大して親しくもない男と一緒に個室に入ろうとする椎名に眩暈を覚えつつ、ふと俺は椎名が今の現Dクラスを率いる人間の一人である事を思い出す。
もしかして、以前龍園に依頼した件で何か進展があってそれを話し合う為に二人きりになろうとしているのかもしれない。そう考えると、此処で彼女を拒絶する事は憚られた。
「……何か、人に聞かれたくない話があるって事か……?」
「そうですね。否定はしません。それで、どうでしょう? 私としては、どちらの部屋でも構いませんが」
既にどちらかの部屋に行く事は決定事項であるらしく、椎名は俺に断られる事など考えてもいない様子だった。
少々頭が痛くなったが、特に代替案も思い浮かなかった為、俺はしばし逡巡した後、ゆっくりと口を開いた。
「……椎名の部屋でよければ、そっちで頼む。俺の部屋は、誰が来るか分からないからな」
「分かりました。私の部屋に尋ねて来る人はおりませんので、ご心配なく」
椎名は事もなげに部屋を尋ねる友達がいない事を暴露しつつ、俺の前に進み出た。俺は椎名の先導に従い、彼女の部屋へと向かって行った。
「此処が椎名の部屋か……予想通りというか、なんというか……」
俺が訪れた椎名の部屋は、読書好きの彼女らしく大きな本棚が置かれ……棚の中には、様々なジャンルの小説がびっしりと並んでいた。
心なしかミステリー系の小説が多いようで、俺の知っているタイトルの小説なんかも発見出来る
割と几帳面な性格のようで、小説はジャンルごとに五十音順に並べられ、そこだけ見れば図書館の一角をそのまま切り取って来たかのような錯覚を覚える。
「友達と遊ぶより本を読んでいる方が好きなので、専ら余ったポイントは小説の購入に充てているんです。龍園くんがクラスの纏め役から退いてしまったので、これからは読書だけに集中出来ないのは残念ですけど」
「……今日俺を呼んだのは、その事についての話か? 龍園から何か指示を受けたのか?」
「関係ない事柄ではありませんが、龍園くんからの指示ではありません。此処に貴方をお呼びしたのは、真相が知りたいからです」
……その言葉に、俺の警戒レベルが一段階引き上がった。そして、そんな俺の反応に気付いたのか気付いていないのか、椎名はそのまま話を続けた。
「──龍園くんを負かしたのは、貴方なんじゃないですか? 綾小路くん」
「……何故? そう思う?」
「あの日、龍園くんはいつも一緒にいる人達を連れて何かをやろうとしていました。そして、龍園くんの態度が変わったのはそのすぐ後です……あの時、龍園くんは前Dクラスで暗躍している存在を探し当てようと躍起になっていました……そして、前Dクラスの中で最も疑わしいと話題に上がったのは、幸村くんと……貴方です」
それは、綾小路も予想はしていた事だった。真鍋達が恵をいじめた現場を発見したのが俺と啓誠である事は、真鍋達から話を聞けば分かる事だ……その事を同じクラスの椎名が知っていたとしても、不思議ではない。
「ですが、幸村くんの運動能力の程度は体育祭で確認しています……なので、龍園くんを
椎名は理路整然と話しており、そこにハッタリなどを行う時の気負いは見られていない。
つまり、彼女は自分の考えに相応の自信があるのだろう……そして、その推測の正確さは正直に認めざる負えなかった。
「つまり、龍園くんが負傷したのは内輪もめなどではなく、貴方に挑んで負けたから、という事になります。石崎さんが貴方を見る眼に怯えがあるのは見れば分かりますし、伊吹さんも貴方を意識しているのは一目瞭然です。まだ証拠の提示が必要でしょうか?」
「……証拠とは言うが、全て推測からの状況証拠に過ぎないだろう? そんなもので、俺を追い詰めたつもりか?」
「いえ、追い詰めるつもりは元からないです。貴方の反応を見れば何が正解かは察しがつきますし、私も貴方の正体をこれ以上詮索しようとは思いません……一連の流れで貴方に興味が湧いたのは事実ですが、迂闊に踏み込んで痛い目に遭うのは嫌なので……あくまで、個人的な興味だけで留めるつもりです」
椎名の表情は依然として変わりなく、彼女が何処まで本気なのかは分からない。
とにかく、今言えるのは彼女は俺と龍園の間のやり取りの内容をかなり正確に読み当てているという事だ。
龍園があの事を他言する筈がないので、あくまで状況から推測しただけだろうが、その推察力には感心せざる負えなかった。
そして、その言い方から何を知っても他の人間に他言する気がない事も理解出来た。今の所、何か処置が必要なワケではないだろう。
「ともかく、本題はこれからです。私は今回の一件で、貴方に大変興味を持ちました……しかし、調べても出て来るのは上っ面の情報だけ……これでは、私の知的好奇心を満たす事は出来ません。なので、こう提案させて貰います」
俺の眼を覗き込むように見据え、椎名は何を言い出すのかと身構える俺に対し、その
「──私と、肉体関係を結んで貰えませんか?」
「……は……?」
──そんな、突拍子もない提案を受け……俺の思考は一瞬、硬直せざる負えなかった……
濡れ場は次回です。一応、濡れ場に至る経緯にきちんと書こうとした結果、文章が長くなってしまったので。
取り敢えず櫛田、恵、堀北の3人は悪くない関係に収まっています。櫛田は堀北と本音で語り合った結果無意識のうちに堀北を認めていますし、軽井沢の場合は押しの強さでは二人に勝てないので一歩譲っている感じですが。