秋郷さん、評価付けありがとうございました。
──結果として、俺は坂柳を背負って彼女の部屋まで行く事になった。
坂柳の言葉通り肉体関係を持つのであれば俺の部屋でも良かったのだが、そうなると後で杖を持たない坂柳を部屋に送り届ける手間が生まれてしまう……それは出来れば、避けたい事態だった。
最初から坂柳を部屋に送り届けたのであれば、誰かに帰り際を見られても
坂柳の部屋は足の不自由な坂柳が生活し易いように、至る所に手すりが設置されており、段差も一切見当たらない……各所にバリアフリーの工夫が見られ、坂柳の身体機能の程度も設備内容からある程度推し測る事が出来た。
図書室もかくやと言わんばかりの蔵書量を誇る椎名の部屋と比べると、本棚はあるが本の数はそこまで多くはなく、専らプライベートでの暇潰しでは部屋の奥に備え付けられているパソコンを主に使っていると思われる。
本棚の書物は埃を被ったものもあるが、パソコン近辺が綺麗にされているのがその証拠だ。まあ、坂柳が余暇をどう過ごそうと俺には特に関係はないワケだが。
俺がそうして部屋の中を見回している間、坂柳は黙って俺に背負われていた。別に舐め回すように見たワケではないが、矢張り自分の部屋をまじまじと見られるのは恥ずかしいのか、時々身体が強張っているのが分かった。
「……此処でいいな」
俺はそう言って背負っていた坂柳を彼女のベットに下ろすと、彼女はにこりとこちらに笑みを向けて来た。それだけ見れば大変可愛らしいが、彼女の攻撃性を知っている俺からすれば警戒が先立つのは無理からぬ事だろう。
「ありがとうございます。男の方に背負われたのは初めてなので、新鮮な体験が出来ました」
「……返答に困るな。そもそも、杖を放り投げたのはお前だろうに」
「ふふ、私は
坂柳はいけしゃあしゃあとそう告げ、悪戯っぽい笑みを浮かべる。事実はともかく、
「……そういえば、男の方を部屋に入れたのは初めてですね。喜んで下さい、貴方が私の部屋を初訪問した男子一号ですよ」
「そりゃあ光栄、とでも言えばいいのかね」
「ふふ、光栄に思って下さい。綾小路くんと再会するまで、この部屋に男子を入れる事など夢にも考えていなかったのですから……仮にも私が実力を認めている貴方だからこそ、訪問を許したのです。それに、此処に何をしに来たか忘れたワケではないのでしょう? 今から貴方は私の純潔を破るという最高の栄誉を授かるのですから、もっと大袈裟に喜んでもいいのですよ」
坂柳は頬を上気させ、熱っぽい声でそう告げた。その笑みは何処か蠱惑的で、幼い外見の坂柳に背徳的な色気を帯びさせていた。
そう、俺は坂柳の誘いを受け、彼女を抱く為に此処にいる……その事を再確認し、最近欲求不満で燻っていた欲情が鎌をもたげて来る。それを感じ取ったのか、坂柳は喜色をその表情に浮かばせる。
「……ああ、綾小路くんもそういう顔をするのですね。こういうのを、雄の顔、とでも言うのでしょうか……今から綾小路くんに頂かれる運命の私は、さしずめケダモノに食われる小鹿でしょうか。そう考えると、どうしてかゾクゾクしてきますね」
「……お前は小鹿程可愛げはなさそうだが、な」
「おや、そんな事を言ってよろしいのですか? そんな風に言われると、私も気が変わってしまうかもしれませんよ?」
俺の軽口に坂柳は即座にとびつき、悪戯っぽい笑みを浮かべた。俺を焦らせるつもりなのかもしれないが、坂柳がこのまま行為を拒まないであろう事を察している俺からすればそれは三文芝居もいい所だ。
坂柳は俺の事を雄の顔をしていると評したが、そう発言した坂柳も言うなれば牝の顔をしている……今の彼女の顔は、俺を情事に誘う時の櫛田達にそっくりだったのだから嫌でも分かる。
ただし、坂柳の場合は
坂柳が椎名のように好奇心を優先させて俺に身体を預ける、なんて真似をする筈がない……彼女がこうして仕掛けて来たという事は、既に俺を嵌め殺す準備が出来ているという証明に他ならない。
だからこそ、俺は坂柳の
「では、綾小路くんに脱がせて貰いましょうかね。好きでしょう? 女の子の服を脱がせるの」
坂柳は上目遣いでそう告げ、俺の行動を待っている……俺はそんな坂柳に対して内心ほくそ笑み、行動を起こした。
「ああ、割と好きだな。お言葉に甘えさせて貰うよ……けど、
「あ……っ!?」
──俺は素早くベットの枕の下に手を突っ込むと、そこからコードに繋がれたボタンを取り出した。坂柳は咄嗟に手を伸ばすが間に合う筈もなく、俺はそのままボタンを坂柳の手の届かない場所まで転がした。
「この部屋は、身体障害者用の設備が整えられていた……それなら、緊急時にすぐに必要な場所に連絡出来る手段が用意されていてもおかしくはない。お前は、足に障害を負った一人暮らしの女子生徒だ……暴漢なんかに押し入られた時、身を守る手段としてボタン一つで警備が飛んで来れるようにしていた可能性は高いと踏んでいたが……矢張り、枕の下に隠していたか。お前はこれを使って警備を呼び、俺を暴漢に仕立てあげるつもりだったんじゃないのか?」
「……流石は綾小路くん。お見通しでしたか」
「隠しているつもりだったんだろうが、時々枕の方に視線が向いていた。普段のお前ならそんなミスはしなかったんだろうが、今日のお前はどうにも冷静さを欠いている……らしくなかったな、坂柳」
……実際は、坂柳は言う程枕を注視したりはしていなかった。単に、ああいうボタンを置く位置としては枕の近辺が有効なのでカマをかけただけだ。
壁に立てかけてあるといざという時手を伸ばせないが、枕の下であれば最悪這いずった状態からでも手が伸ばせる上、他者に気付かれる危険も少ない。呼び出しのボタンを置くには、最適な場所だ。
だからこの部屋に入った時に部屋の中をわざとジロジロと見回し、枕に何度か視線を向けた結果、坂柳の反応からボタンのある場所に当たりを付けたのだ。後は、坂柳の油断を突いてボタンを取り上げるだけで済む……身体能力に隔絶とした差がある上足の不自由な坂柳相手なら、隠し場所さえわかればどうという事もない。
「それから、お前が俺の服に取り付けた盗聴器も壊しておいた。これで音声を録音して脅迫に使う事も出来なくなったな」
俺はそう告げるとポケットから機械の残骸を取り出し、床に落とした。これは、坂柳が俺に背負われている最中に取り付けたものだ。俺に背負われるように仕向けたのは俺を自分の部屋に来させる為だけではなく、盗聴器を付ける為でもあったのだ。
恐らく、呼び出しボタンはダメで元々で、最初の策を破られた後に油断させ、こちらで脅迫材料を得るのが目的だろう。
坂柳からしてみれば、俺を暴漢に仕立て上げて退学にさせるよりも俺を言いなりにした方が自尊心を満足させられる筈だ。だが、その第二の策もこうして文字通り砕け散った……坂柳はその盗聴器の残骸を見て、思わず溜め息を吐いた。
「……ふふ、それも気付かれていましたか。全く、私の罠をこうも簡単に見破るとは……ホワイトルームの成功作は伊達ではない、という事でしょうか」
「お前の基本戦略は、人の弱みを突く事だ。俺が複数の女性と肉体関係を持った事を知って、性的な面から責めれば俺が油断するとでも思ったんだろうが……よりにもよってお前相手に油断する程、俺は馬鹿じゃない。こういう策を仕掛けるなら、俺に正体を明かす前にするべきだったな」
まあ、それも過程の話だ。確かに坂柳は人の弱みを突く事に躊躇いもなく、戦略に容赦もないが……彼女は自分のプライドを、何より重視する人間だ。今回俺はそのプライドを逆手に取り、坂柳が使うであろう手を封殺したまでの事だ。
しかし、坂柳は自分の策が見破られた今となっても余裕の表情を崩していない。いや、驚いた様子は見せているが……何処か、それは演技臭く感じた……つまり、
「ふふ、それは私の事を評価しているという事ですか。困りましたね……私の天才性が仇となって敗北の要因になるとは、初めての体験です。御見それしました、綾小路くん……私なりに貴方を評価しているつもりでしたが、まだまだ甘かったようですね」
「そうだな──最後の策が通じると思ってるあたり、まだ甘いよ」
「……っ!? むぅぅ……っ!」
俺はポケットから取り出した錠剤を口に含むと、未だに笑みを浮かべたままの坂柳の後頭部を掴み、そのまま強引に唇を重ねた。
坂柳は抵抗するが男の力に敵うワケもなく、俺は拘束した坂柳の口内に舌で錠剤を押し込み、そのまま唾液と一緒に喉奥へと押し入れた。
坂柳もなんとか錠剤をのみ込むまいと抵抗したが、俺がスカートに手を突っ込んでお尻を鷲掴みにすると力が抜け、その拍子に錠剤をごくりと飲み込んでしまう。俺は坂柳が錠剤を飲み込んだ事を確認してから、坂柳を解放した。
「ぷは……っ! い、一体何を飲ませたのですか……っ!?」
「経口避妊薬だよ。櫛田に手配して貰った……お前、
そう、坂柳にとってあの二つの罠はブラフ……本命は、避妊薬を飲んだと偽って俺と関係を持ち、その事を後日告げる事で俺より優位に立つ事だ。
俺に中出しさせる事が前提の上に下手をすれば自分が堕胎する羽目になる自爆のような戦略だが、
そして以後もその脅迫を用いて関係を重ね、その都度同じ脅迫をかけ直せば俺を傀儡に出来ると踏んだのだろう。まさか此処まで身体を張った策を仕掛けて来るかは半信半疑だったが、この様子だと正解で間違いないようだ。
ちなみに、坂柳に飲ませたのはこの学園内で流通している特性の経口避妊薬だ。副作用なしで即効性があり、女子の間で密かに取引されている代物だ。
随分と都合の良い代物だが、どうやらその開発には学校側も関わっているらしい。何代か前のOBが開発した薬で、今も学校側と取引をして流通させているとのことだ。
教師としては生徒が妊娠して退学になれば自身の評価にも響く為、むしろ積極的に流通させているらしいというのが櫛田から聞いた話だった。その辺りの裏事情に興味がないワケではないが、とにかく重要な点は、今日の性行為で坂柳が妊娠する事はなくなった、という事だ。
「……ふふ、完敗です。本番前の前哨戦のつもりでしたが、此処までやられるといっそ清々しいですね……偽りの天才と詰った事、お詫びします。貴方は、紛れもない本物の天才です……能ある鷹は爪を隠す、とはよく言ったものですね」
坂柳は先程と違い悪意を隠している様子はなく、何処か晴れ晴れとした様子でくすくすと笑っている。俺はしばしその笑みに見惚れてしまい、それに気付いた坂柳がくすりと笑う。
「ふふ……けれど、一つ読み間違えてますよ綾小路くん。私は、
「は……?」
俺は坂柳の予想外の言葉に、思わず目を見開いた。あくまで脅しの材料を得るのが目的だと考えていたが、本気で妊娠する気だったとは思わなかったからだ。
「……私はですね綾小路くん、不安だったんですよ。優秀な生徒が集まるとされるこの学校でも、綾小路くん以上に評価できる男性を見つける事は出来ませんでした……この学校でそうなのですから、他の学校の生徒のレベルもたかが知れています……そうなった時、私が結婚するに足る相手が果たして現れるのか……それが、私が唯一憂慮すべき事柄でした」
坂柳はそんな事を言いながらじっと俺の眼を見据え、真剣な表情で口を開いた。
「私は、私を安売りするつもりはありません。生涯のパートナーになるべき男性には、最低限私に追随出来る能力を求めます……ですが、綾小路くん以外にそんな相手が今後現れるビジョンが、どうしても浮かばなかったんですよ……だから、貴方を打ち負かすついでに結婚相手を確保するつもりでいたんです。綾小路くんであれば、お父様も歓迎するでしょうからね」
ですが、と坂柳は前置きし、満面の笑みを浮かべた。
「──私の策は、全て綾小路くんに見破られてしまいました。矢張り、貴方を結婚相手に選んだ私の眼に狂いはなかった……今日の所は性行為だけで構いませんが、今後……結婚を前提に、お付き合いするつもりはございませんか? 決して、悪いようにはしません……貴方のお父様からも、全力で守る事を約束致します。貴方にとっても、悪い話ではないと思いますが?」
「……えーと、すまん……流石に結婚までってなると……」
突然の坂柳の告白に、俺は思わずたじろいた。まさか単純に敵視されているだけだと思っていた相手から、本当のラブコールを受ける羽目になるとは思いもしなかったのだ。
熱の籠った告白にどう答えていいか分からず言葉に詰まる俺を見て、坂柳はくすりと笑った。
「……ふふ、今すぐ結論を出さなくても構いません……私の良さは、これから教えていけばいいんですからね……さあ、前置きは此処までです……待たせてしまった分、存分にご奉仕させて頂きますよ。それとも、こう言った方が盛り上がるでしょうか──よろしくお願いしますね、旦那様♪」
チャシャ猫のような笑みを浮かべ、坂柳は愛嬌たっぷりにそう告げた。俺はそんな坂柳の姿に見事に獣欲を煽られ、目の前の少女を貪るべく……坂柳を、ベットに押し倒した。
──押し倒される坂柳は抵抗なく俺に身を委ね、情念の籠った視線で俺の眼をずっと見つめていた……
というワケで坂柳編その2です。次回は遂に濡れ場です。筆が滑って長文になったので、三部構成です。
坂柳は綾小路の事を強く意識している上、プライドがかなり高いので自分の結婚相手に相応しい能力を持つ相手が今後見つかるか疑念を持ち、父親も認める高い能力を持った綾小路を逃せば自分に見合った相手が見つからないのではないか、と考えて今回の行動に至らせた事になっています。要するに身体を張った婚活ですね。色々と性格のネジを緩ませたので半ば暴走状態ではありますけれど。