あいつの能力のせいだと解っていても、愛することを止められない。 作:ゲルパンマン♥山崎
何故攻撃を躊躇ってしまうのだ。
何故こんなにも胸が高鳴るのだ。
何故やつの顔を直視出来ぬのだ。
わかっている。
それがやつの能力だと。
理性ではわかっている。
だが心の奥底から湧いてくるのだ。
この男に対する信頼が。
この男に対する親愛が。
この男に対する……情愛が。
理性ではわかっているのだ。
その感情は意図的に作られたものでしかないと。
この男は紛れもなく悪であり、唾棄すべき敵であると。
だが、同時に実感しているのだ。
今、二人きりでいることへの歓喜が。
今、私だけを見てくれていることへの感動が。
今、私が女性の身体であることへの悦楽が。
「なあ、もうやめよう」
やめろ!
私を惑わすな!
「動きが完全に精彩を欠いてるよ。迷ってるんだろ?」
やめろ!
私に優しい声をかけるな!
「泣かないでくれ。わかった。降参だ」
その言葉を聞いて、私はその場にペタリと座り込んでしまった。
安堵してしまったのだ。
もう、この男と敵対せずに済むと。
そんな言葉、信用できるはずもないと、わかっているのに。
あいつの能力が、私に掛けられる感覚がある。
私の精神が歪められていく。
だが、もう抵抗する力はなかった。
いつの間にか流していた涙をぐしぐしと拭う。
もはや武器を振るう気力はない。
「うう……っ、降参……なんだな?私の……勝ち、なんだな?」
「そうだ。俺は降参する。だから泣き止んでくれ」
泣いている事を否定したかったが、涙はとめどなく流れ続ける。止めることが出来なかった。
心の何処かが叫んでくるのだ。
そいつは大切な仲間だろうと。
何故攻撃するのかと。
また裏切るのかと。
昔の思い出と被る。
仲間を見捨てざるを得なかった時の事。
薬が間に合わず死んでいった村人の事。
陰謀に巻き込まれ失意に沈んだ無関係な役人の事。
私は、その罪悪感に勝つことができない。
「なあ、降参しといて何なんだが、このまま二人で逃げないか?」
「へっ?」
信じられない言葉を聞いた。
いや、真に信じてはいけない言葉だ。
「なんか、何もかもが面倒になったんだよね。
二人でさ、誰も知り合いのいない街に行って、慎ましく暮らすんだ。
もうこの能力も封印してさ。
二人きりで」
嘘だろう。逃げるための口実だ。
だが……
だが、私の胸は激しく高鳴り、歓喜に満ち溢れてしまう!
嬉しいのだ!
すべてを捨てて私を選んでくれる、その行為が。
嬉しさのあまり涙が出てしまうほどに。
私自身、愚かだとしか思えない。
この男は、似たような甘言を吐いて、毎回その場を切り抜けているんだろう。
葛藤が押し寄せる。
家族、学園、街の人々、そしてグリムと少女の身体。
負い目は多い。
だが、この愛しい男からの誘いをくだらんと切り捨てれるほど、私の心は強くなかった。
どちらも切り捨てる決断は出来ない。
「うう……うああああああ……私は、なんと弱いのだ……」
もはや泣きじゃくることしか出来なかった。
今まで保っていたプライドは粉微塵となって消えた。
そんな私に、男が眼の前にしゃがみこんできた。
「泣いているお前も可愛いよ」
ドクンと心臓が跳ね上がる。
こんなセンスのないセリフに喜んでしまう。
そんな自分を嫌だと思いつつも、嬉しさで赤面してしまう。
可愛いと言われたのだ。この私が。愛する男から。
自分の奥の方で、精神が作り変えられていく感覚がする。
私はそれを、受け入れた。
男が、懐からハンカチを取り出して私の涙を拭う。
さっきから私の心臓は鳴りっぱなしだ。
「綺麗な褐色の肌だな。蠱惑的で好きだ」
私の肌を褒めてくれた。
それが嬉しくて嬉しくて仕方なく、そしてこの男が愛しくてたまらなかった。
男が私の肩を掴み、まっすぐ私を見つめてきた。
自分の顔が更に赤くなってしまうのを実感する。
男が顔を近づけてくる。
キスをされる。そう確信した。
いくらでも抵抗はできた。
この男は弱い。その能力で、他者に頼りきりで生きてきたのだ。
今の私でも難なく振り払えるだろうし、全力で蹴れば吹き飛ぶだろう。
だが、私にそれは出来なかった。
私も、それを望んでいたから。
私は顔を上げて目を瞑った。
私の唇に、男の唇が触れる。
「んっ……」
緊張から声が出てしまった。
男が、私の唇をペロペロと舐めてきた。
更に緊張して身体が強張ってしまう。
「んん……」
顔が離れる気配がした。
男は、私の背中へそっと手を回すと、身体をきつく抱きしめてきた。
きつく抱きしめられる感覚に、胸の高鳴りが収まらない。
男の香りがする。
体温を感じる。
鼓動を感じる。
息遣いを感じる。
自分の身体、全身が包み込まれるような感覚に陥る。
今自分が、小柄な少女である事に感涙する。
愛する男に包まれる安心感と幸福感を全身で感じることができるのだ。
胸の高鳴りは徐々に収まり、全身の強張りが解けていく。
私の緊張がほぐれた頃、耳元で囁かれた。
「舌を入れるよ」
私の返事を待たず、抱きしめられたままキスをされた。
宣言通り、舌が私の口内に入ってくる。
男の舌が、私の口内を舐め回してきた。
その瞬間、私の脳が激しい衝撃を受けたように錯覚する。
「んっ!ん〜〜〜〜っ!!」
脳に、全身に、幸福感が走る。
身体が小刻みに震える。
下腹部が熱い。
下腹部の奥がキュウとうずく。
私も男にギュッとしがみついた。
今まで感じたことのある幸福など、児戯に等しかった。
女としての幸せを感じる。
幸せを感じれる事そのものすら、また更なる幸福感を生み出した。
「ぷはっ……ははっ、キス一つでトロけた顔になっちまって」
「はぁ……はぁ……へあ?」
もう冷静でいられない。
嘘でも、仕組まれたものでもいい。
私は今、まさしく幸せなのだから。
この男を喜ばせたい。
この男の為に働きたい。
この男の隣で生きたい。
私の幸せは、そこにある。
そう確信した。
「な、なぁ、もう一回、キスしてくれ……
私もがんばるから……
私も舌を出すから……
もう一回キスをしてくれ……」
「……お前、本当に可愛いな。マジになっちまいそうだ」
可愛いの言葉に、また心臓が跳ねた。
どちらからともなく唇を合わせる。
「んちゅ、ちゅっちゅるるっ、ん……ちゅっ」
今度は一方的なキスではない。
お互いの舌を絡め合い、口内を舐め合い、唾液を交換し合った。
むさぼり合うようなキスだ。
二人の息が荒くなる。
快感が脳髄を駆け巡る。
その度に私の全身は小刻みに震え、男の身体にしがみついた。
それでもキスはやめなかった。
下腹部が切ない。
気がつけば、股間は愛液でビチャビチャだ。
これは女性として、男を求めているのだろう。
その女性としての感覚が、私は嬉しかった。
愛する男のモノを受け入れられるのだ。
これ以上の幸福などないだろう。
本心からそう思えた。
長い時間お互いの口内をむさぼり、どちらからともなく唇が離れる。
はぁっ、と艷やかな吐息が漏れる。
唾液の糸がツウッと唇同士を結び、伸びて落ちた。
途端に名残惜しくなる。切ない。
またキスをして欲しい。
きつく抱きしめて欲しい。
「……答えを聞かせてくれるか?」
「はぁ……はぁ……え?」
「俺と二人で逃げるか、否か」
卑怯だ。
もはや私に断るという選択肢が有り得ないことをわかっていながら訊いているのだ。
「もう……言わなくても……わかるだろ?私は……」
「ダメだよ。ちゃんと言ってくれ。そうじゃないと安心できないんだ」
「お前に付いていく。私をお前のそばに置いてくれ」
即答した。もはや迷いなどなかった。
「いいんだな?お前のすべてを捨てる事になっても」
「構わない。お前以外のあらゆるものより、お前のそばがいい。私にお前を愛させてくれ」
「愛してくれ、じゃなくて愛させてくれ、か。
可愛い事言うね。なら、それに応えないとな」
「ん……❤ちゅっ❤ちゅうっ❤ちゅるる❤」
またキスをした。愛情たっぷりに。
少しだけ落ち着いた身体が、キス一つで火照ってきてしまった。
「場所を変えよう。これが俺たち二人の門出となるんだ。ベッドくらいは欲しい」
「俺たち、ふたりの……ふふっ」
こんな小さな事でも幸せを感じてしまう。
嘘かもしれない。
騙されてるかもしれない。
それでも私は幸せなんだ。
私は男に抱きつき、男は私を姫のように横抱きにした。
そしてまた見つめ合ってキスをした。
精神が歪められていく感覚は、もうなかった。