廃人ネカマのロールプレイング 作:栗鼠科.aka.メスガキ撲滅委員会
いやー、遅れたねー。ごめんよー。
今回は必要回で、ちょっと退屈な話かもだけど、許してね。
今回は1万4千字だってさ。過去最長じゃない? ちょっと長すぎだよね。ゴメンよ。
「うンまっ・・・」
神にも等しい高貴な身分の者が口に入れる食事ではない。しかし、パールンレヴァクはこれを“かっ込んだ”。夢にまで見たから揚げ丼。一度は食べてみたいと思っていたから揚げ丼。昭和や平成の時代から伝わり、文字や絵の中に残り、生まれた時代では既に、一般大衆が口にする事が出来なくなっていた料理。
ネギの風味が爽やかで、から揚げの安っぽい油をどうのこうのとか。マヨネーズと一味唐辛子のハーモニーが、脂っ気の足りないムネ肉をどうとか。大昔の人間が残した文字の中では色々と解説されていたが、フリーズドライのブロックや真空パックのゼリーばかりが日常で、加工食品の偽物しか口に出来なかった生前では、想像するにも限界があった。しかしいま、こうしてようやく、本物のから揚げ丼を食す事が出来た。
「最っっ高ぉ・・・!」
叩きつけるようにして丼と箸を置き、パールンレヴァクのため息。その表情は恍惚と感慨、そして幸福で膨らんでいた。
パールンレヴァクはナザリックの輝きに目が眩んでいた。料理はどれも素晴らしく、酒は芳醇で、ベッドは柔らかかった。しかし、現実に生きていた頃、まだ幼い頃から夢見ていたのは、そんな遥か高みではなかった。パールンレヴァクは昔を思い出せるだけの余裕を取り戻して、かつて抱いた夢や希望を再確認した。それが、100年以上も昔の一般人が「美味しい美味しい」と言って食べていたもの、昔は当たり前に食べられたもの、そんな当たり前が欲しかったのだということを。
「フ、ふふふ」
それがどういう笑みなのか、周囲の者には理解できなかった。料理長も、執事も、メイドも、誰もパールンレヴァクが元は人間であった事を知らないのだ。未来を捨てて危険な高給職業に就き、夢を夢のままに置き、仮想現実に逃げた、そんな男であった事を知らないのだ。だから、ちっぽけな夢を叶えて、人並みな幸せに浸り、充足感に満たされる、人間的な喜びが理解できない。
「ああ、これで満足か・・・?」
それが誰に向けられた言葉であるかも、パールンレヴァク以外には分からないのである。
—————
バハルス帝国には、国家を守護する象徴的な存在がみっつある。
一つは軍隊。公務員として勤め、国家と皇帝へ忠誠を誓った、優秀なバハルス帝国正規軍。練度も高く、忠誠心は疑いようもなく、数の力で確実な結果を出す存在。
一つは逸脱者。大陸最強最高の
しかしながら、悪しき者が恐れるのは軍でも大魔導師でもない。それこそが『四騎士』。皇帝直属の最上位騎士だ。軍部において統率権を持ち、諜報活動にも長け、なによりも強靭。手段を選ばず、確実に任務を遂行する。ひとたび皇帝の
四騎士が動いた。それは皇帝の意に逆らう愚者が滅せられるということ。故に、帝国に潜む犯罪者達は震え上がる。その中には邪神教の信徒として存在する、有力貴族達の姿も。そう、ワーレン伯爵もまたその一人であった。
「どうしても、お話しいただけませんか? ワーレン伯」
「うぐ・・・・! ぐぐぐ・・・・・・!!」
首根っこを掴み、持ち上げての、強迫的尋問。シンプルだが効果的な方法だ。力の差を分かりやすく伝え、喉を掴む事で呼吸を阻害して苦しみによる混乱を誘う。
「激風」の称号を賜わりし四騎士の一人、ニンブル・アーク・デイル・アノック。その冷たい青の瞳が、ワーレンの目に映る。
「どうやって若返ったのか。邪教との繋がりは。話してもらえませんか?」
ニンブルは聞いてはいるが、答えさせるつもりはない。そういう尋問方法だ。答えるべきかどうか、相手はどこまで本気なのか、そういった事を考えさせる時間を与えているのだ。息が続かない苦痛の中で、恐怖で心を動かして、喋る気にさせる。そういう下準備が、この首根っこを掴み上げるという尋問方法だ。
ついにワーレンの顔が真っ赤になり、限界が近づいたと見て、ニンブルは手を離す。“ドスン”と音を立てて床に落とされたワーレンは喘ぐように呼吸を繰り返し、やっとの様子で肺に酸素を取り込む。
やがて喋れる程には回復したワーレンが膝を立てて上体を起こし、ニンブルを見上げて睨みつける。二人のハンサムが睨み合う姿は絵になるが、これから起こるのは絵にもかけない暴力のみ。
「突然、我が家に上がり込んできたうえに、誤情報に踊らされた調査とはな! ニンブル殿! これは四騎士の、ひいては陛下の御立場に傷をつける行ないですぞ! そこを分かっておられるか!?」
逆上し非難の声を上げるワーレンを、ニンブルの冷たい瞳が見下す。
既に状況証拠は十分。ワーレン伯爵と同じく邪教との繋がりを確信されていた老人貴族達が、一様に若返っているのだ。誘拐の証言も、死体が出た前夜のアリバイの裏付けも揃っている。事態はもう釈明の時を逃している。それを解っているから、ニンブルは直接的手段に訴えているのだ。
素早い左の振り下ろしが、ワーレン伯爵の右頬を打ち抜く。鎧を纏ったニンブルの、
「本来ならば、老人に手を上げるのは心が痛みますが・・・・・・。こうも若い身体ならば、遠慮の必要はありませんね——良かったですね、若返りが叶って」
切れた口内から出た血と共に、折れた歯を吐き出し、ワーレンが再び睨みつける。ニンブルはその反抗心を挫くように、容赦無い蹴りの爪先を、
「ぐほぉっ!!? オオ・・・・・・ごほっ・・・・・・」
悶絶し、転げるワーレンの髪を、掴み上げる。そして、その金髪を震わせ、端正な顔を引攣らせ、常人ならば泣いて詫びるであろう覇気の篭った恐ろしい声色で、ニンブルは告げた。
「いいか。お前たちは何の罪も無い無垢な子供達を誘拐し、そして殺した。神も皇帝も、誰一人として、お前たちを許しはしない——私もだ。決して貴様を許さん! 貴様の存在を許さん! 四騎士の怒りが、この場でお前を殺す!! 慈悲を持ち合わせる皇帝陛下に御心変わりが起きる前に、この場で殺してやる!!! だが・・・・・・、だがその前に、お前が真実を語るというのなら。私に残った最後の慈悲で、苦痛無く殺してやろう。しかし、真実を語るつもりがないのなら、死を懇願してもなお終わらぬ苦痛の果てに、心が死んだ後で殺してやる。・・・・・・理解したか?」
憤怒に燃えるニンブルの瞳を見ても、ワーレン伯爵は怖気付く様子を見せない。そればかりか、ワーレンは嗤ってみせた。ニンブルの存在を愚かしいと
ニンブルは次なる一手を切る。まずは掴んだ頭を振り下ろし、ワーレンの顔を床に叩きつける。当然一度ではなく、二回も三回も。
「ぅう・・・・・・ごほ・・・・・・」
鼻血と打撲でぐしゃぐしゃになった顔に向けて、ニンブルが言う。
「かつて
ニンブルの言葉は事実だ。実際に皇帝から、ワーレンが最も吐く可能性が高く、情報を得られると知らされ、対価として助命だけは叶えてやるつもりだと聞かされているのだ。先ほどまでの脅しはすべてブラフ。そう、これまでの拷問は、すべてこのための布石。死を覚悟させるほどの痛みを与えたうえで、起死回生の機会を与える。それは溺れる者が藁をも掴むように、縋り付いてしまう光明となる。
しかし、ワーレンの思いは変わらない。何をしようとも、ニンブルが彼の心を折ることは出来ないのだ。なぜなら、既に折れてしまっているのだから。
ワーレンは嗤った。
「クク・・・・・・無駄だよ。私から何を聞き出そうとしても、無駄なのだよ、若造——いいか、お前のような何も知らぬ若造に、ひとつだけ忠告してやる。真の神の
ワーレンが言うやいなや、一室は“影に落ちた”。突然、日の光が
「死の天使達がようやく現れたか。随分と待たせてしまったな」
ニンブルの手の中で、ワーレンの髪が生気を失い、枯れていく。髪だけでなく、皮膚も、肉も、ワーレンという肉体を構成する全てが死んでいく。ニンブルは驚き、手を離してしまう。すると、ワーレンは何かに縋るように、顔を上げた。そして三秒の
枯れて死んでいく中で、ワーレンは言葉を残した。
「私は帝国を愛した。愛していたとも。皇帝陛下に捧げた忠誠は、嘘ではない。しかし、私は老いて———私は恐れたのだ・・・・・・だから」
ワーレン伯爵は言い終わるより先に全身から生気を失い、ミイラの如き死体となった。その死体は、まるで枯れ木のようだった。
そして、室内に光が戻った。ワーレンの死以外は何事もなかったように、そこには先ほどまでと変わらない空気が戻ってきた。窓から差し込む日の光は暖かく、吹き込む風は涼しい。しかし、ワーレンは死んだ、あまりにも異常な形で。
———
ニンブルは最も可能性のあった重要参考人を死なせてしまい、何の成果も得られなかったが。しかし事態の収束に一歩近づいた事を実感し、作戦本部へと帰還した。
気配も無く四騎士に近づいて、ワーレン伯爵を殺した者がいる。あるいは、何かの呪いか、魔術の類いか。何にせよ、邪教とやらは口封じの手段を持っている。そして、それらが意味するのは、若返りの秘密とは決して漏らされたくないほど貴重な情報である、ということ。加えて、ワーレン伯爵が心変わりを起こさず、素直に死を受け入れていた事から、邪教への忠誠心はとても強固である、ということ。国家のダニが一匹死んだついでにこれだけの情報が手に入ったのだから、まずまずと言ったところだろうか。
情報を統合するため、ニンブルは人を待つ。帝都に存在する軍情報局の館、その一室で。待ち人とは、今作戦においてニンブルの補佐を担当する者。
軽いノックを聞き、ニンブルは入室を許可する。現れたのは当の補佐、ニンブルと同じ四騎士の一人にして、唯一の例外。四騎士の紅一点にして、四騎士の中で唯一離反の可能性を持つ者、その名はレイナース・ロックブルズ。オリハルコン製の鎧を身に纏う、金髪の美女。垂らした前髪で顔の右半分を覆い隠すようにしているところがミステリアスな雰囲気を醸し出し、冷淡さが窺える静かな瞳が凛とした空気を作る、気品の乙女。
「お待たせ致しました」
「ええ。さっそくで悪いのですが、報告を聞いてください。敵は時間です」
「承知」
証拠隠滅のためなら大貴族を白昼堂々と暗殺する事も厭わない、そんな邪教の手が既に動き始めている。全ての証拠を消される前に行動しなくてはならない。今一番やっかいな敵は時間である。それがニンブルの認識。四騎士の精鋭は迅速を尊ぶ。
「———以上が、ワーレン伯爵家で起こった報告です。レイナース、次は貴女の方を」
「ええ。ですが、ちょっと失礼」
そう言ってレイナースは手拭いを取り出し、前髪で隠した顔の半分を拭く。拭き終わった手ぬぐいは、大量の膿みによって黄色に染まっていた。
これが、レイナースが唯一離反の可能性を持つ理由。かつてのレイナース・ロックブルズは、女の身でありながら武器を持ち、勇敢にも自ら出てモンスター退治に勤しむ、立派な貴族女子であった。ある日、モンスターが死に際に放った呪いを受けて、顔の半分が醜く膨れ上がり、膿みを吐き出し続けるようになるまでは。呪いのせいで醜く腐った顔を見た家族から見捨てられ、婚約を破棄され、そうして全てを失ったレイナースを拾い上げたのは、現皇帝ジルクニフだ。皇帝直属の四騎士となり、権力を得て、自分を見捨てた家族や婚約者への復讐も叶った。一度は地に落ちたが、レイナースとて元貴族、“義”は弁えている。しかし、皇帝への感謝と、失った人生を取り戻す事を秤にかけたとき、重きを置いたのは自身であった。
皇帝もそれを承知しているし、ニンブルもまた知っている。だが、いやだからこそ、今回の人選は危険すぎないかと、黄色く染まった手拭いをしまい込むレイナースを見て、ニンブルは心中を曇らせる。レイナースの呪いを解く事は誰にも出来なかった。大魔導師フールーダ・パラダインにも、国一番の聖職者にも、どんなマジックアイテムにもだ。そこに、未だかつて誰も成し得たことのない若返りが、今目の前に事実として存在するのだ。この若返りという奇跡を成した者ならば、と、レイナースが期待を大に、精力的に働くことは疑いようもない。しかし、それは諸刃の剣ではなかろうか。解呪を条件にレイナースが国を売ることは、十二分に考えられるのだから。
レイナースは水を一口含み、舌を濡らしてから、報告を開始した。
「概ね同じ流れですね。シャフト侯爵を尋問中、突然、室内が暗くなり、侯爵は枯れ木のようになって死亡しました。ですが、こちらは情報を得られました」
「それは?」
「シャフト侯爵は死の間際、『墓地に祭殿が』、と言い残しました。何処の墓地かはわかりませんが、総員で以って当たれば、すぐに割れましょう。如何しますか?」
それを聞いて、ニンブルは一瞬悩む。罠の可能性は否定できない。しかし、事前の調査から、シャフト侯爵は、連続した誘拐事件に直接的な関わりが薄いと考えられていた人物。そしてワーレン伯爵の次に有力な情報源と目されていた。死の間際に、罪悪感が口を割らせたという可能性は大いにありうる。
数秒の思考の後、事態の早期解決が優先と判断し、ニンブルが決断を下した。
「では、情報の裏を取るため、私は他の参考人を当たります。レイナース、貴女には小隊を率いて、帝国内の各墓地を当たってもらいましょう」
「了解です。貴族の屋敷に潜入させていた者の情報から、馬車で移動出来る大まかな範囲を絞り込めます。地図の上では・・・・・・大きな墓地は、ここと、ここ。二ヶ所ならば、手勢を分けても問題ないでしょう」
『重爆』の称号を得るほどに、レイナースが個人で持つ火力と殲滅力は凄まじい。故に、制圧せざる得ない状況で必要と考え、ニンブルは彼女を墓地の調査へと向かわせる。しかし、いくら迅速を尊ぶとはいえ、多くない手勢を分けるとまで言うレイナース。その声から彼女の焦りを汲み取り、ニンブルが忠告する。
「ええ。ですが可能な限り、踏み込まないようにしてください。正確な場所を確認し、周囲の環境を把握する事だけを最優先に。現場での対応は一任しますが、邪教の関係者と思しき者が逃げる素振りも見せないのなら、応援の到着を待ってください。重要人物を逃すことだけは避けたい。確実な包囲網を敷くには、時間と人員が足りないのです。もしも邪教の拠点であると判明しても、機会に即さないのならば、突入は避けてください。いいですね?」
「理解しています。貴方のほうも、ワーレン伯爵やシャフト侯爵とは違い、罠や抵抗の危険がある事をお忘れなく。どうかお気を付けて」
「ええ、お互いに」
次なる作戦が決定し、二人は軍式の一礼を交わして、またも別れる。
敵は時間である。それを認識しているために、四騎士の二人は迅速に行動する。激風のニンブルは次なる参考人の邸宅へと、部下を率いて馬を走らせる。重爆のレイナースは小隊を二手に分け、二ヶ所の墓地を偵察に向かう。
帝国の精鋭部隊、四騎士の作戦行動は、早期の事件解決を兵士たちに期待させるものだった。
———
次々に容疑者貴族の館を訪れ、尋問を繰り返して、ニンブルはついに証言者を生きたまま確保した。その貴族とはレストレンジ伯爵という女。元は
だが、重要な参考人を確保した成果以上の不安が、ニンブルの胸に焦燥を沸かせた。墓地の調査に向かったレイナース・ロックブルズとその部下が戻らない。たった二ヶ所、たった二ヶ所の墓地を調査するだけの任務で、レイナースが帰って来ない。追跡のために戻らないのだとしても、連絡員を寄越さないのは規則に反するし、レイナースほどの熟練が怠るミスとも思えない。
重爆と呼ばれし四騎士の一人が返り討ちに遭ったなどと、考えたくもない。ましてや、邪教に取り込まれたなどと。ニンブルは不安を消し去ろうと、グラスのワインを飲み干した。
作戦本部の椅子で、独り待ち焦がれるニンブル。時は既に深夜。最悪の事態を考えざるを得ないかと思えたその時、ノックもせずに扉を開く兵士が現れる。
「レイナース様が御帰還なされましたっ! ニンブル様、早くこちらへ!!」
連絡に来た兵士を押し退けて、ニンブルは廊下を駆けた。
希望も不安も、今はどうでもいい。レイナースを失う事だけは避けなければならない。陛下より大命を預かっておきながら、もしもレイナースを、重爆を死なせたりしたら、陛下になんと詫びればよいか。ニンブルは焦りのままに、脚を動かし、館を降りた。そして、玄関に出たニンブルが見たのは、意識のない兵士を担いで歩く、擦り切れた布しか纏わぬレイナースの姿だった。
「ニンブル・・・殿・・・・・・、申し訳ない・・・・・・。私としたことが・・・・・・」
明らかに体力の消耗が激しい呼吸。レイナースの重体は明らか。しかしそれでも部下を助けようと肩で担ぐ姿は、貴族の鑑と言わざるを得ない。美しく尊い光景を見、ニンブルは意識を改める。
「なにをしているお前達っ! 早く救護せんかっ!! 医務室を開けよ! 二人を運べ! 急ぐのだ!」
怒号を受けて兵士達はレイナースの下に駆け寄り、レイナースが肩で担いでいた兵士を受け継ぐ。そしてレイナースは代わるようにその場の兵士の肩を借りる。
いったい何が起きたのか。何がどうして重爆ともあろう者が、ここまで悲惨にやられるのか。他の兵員はどうなったのか。邪教の正体は掴めたのか。聴きたい事は山とあるが、しかし今は救命が先決と断じ、ニンブルは唇を噛む。
苦渋に顔を顰めるニンブル。そこに、兵士の肩を借りるレイナースが歩みより、縋るように抱きついた。何事かと驚くニンブルは、レイナースが放つ次の言葉に顔を強張らせる。
「ニンブル殿、今すぐ・・・兵を出してくれ・・・・・・」
「なに・・・? 兵を?」
「今すぐ攻めねば、機を逃してしまう・・・・・・」
レイナースの声は必死だった。疲労どころでは済まされない身体でありながら、声には力があった。それは失った部下を想うものであろうか。
「どういうことだ!? 報告せよ、レイナース!」
「我々は捕まったのです・・・・・・。部下は大勢・・・殺された・・・・・・。私も・・・・・・“穢された”が、命だけは取られなかった・・・・・・」
衝撃の報告に、ニンブルの顔が驚愕の一色に染まる。
「隙を見て、逃げてきました・・・・・・。救えたのは一人だけ・・・——今なら、今ならまだ間に合う・・・! ニンブル殿・・・! 全ての兵士を集めて、やつらの所へ・・・!!」
その言葉を聞いて、ニンブルの心が燃え上がった。ニンブルは、レイナースの震える体を抱き締めて、血が出るほどに唇を噛んだ。自身の未熟、判断違い、後悔は多々あれども、それらに浸って泣く暇も無いのだと思い知って。
レイナースが命辛々に伝えてくれた情報を無駄には出来ない。ニンブルはすぐさま今作戦に参加している全兵士に召集を掛け、出撃した。
墓地へと向かう馬車の中。気の利いた兵士が持ってきた毛布にくるまり、暖かい茶を飲みながら、それでもレイナースは震えていた。荒い呼吸は疲労のせいだけではあるまい。赤い頬は限界を超えて動いたせいか。レイナースは言った、「穢された」と、陵辱されたのだと。気高く振る舞うあの重爆が、今は唇を震わせ、虚ろな瞳をしている。その悲惨な姿を見て、ニンブルは拳を握り締める。
許せない。許してはならない。このような非道を、許していい道理がない。ニンブルは憤怒に髪を震わせ、全身の血が沸騰するほどに熱くなっている事に気付いた。そして、自身を落ち着かせようと、ゆっくりと息を吐く。感情に囚われては、冷静な判断はできない。自分は隊長、この作戦の指揮官なのだと、立場を思い直して気を落ち着かせるニンブル。
「到着しました」
馬車が止まり、扉を叩いた兵士が告げる。
力を込めて、ニンブルの足が墓地の土を踏む。ここに、裁くべき敵がいるのだと。
ニンブルはすぐさま指示を飛ばし、20名を墓地の周辺確保に当たらせ、レイナースが発見した隠し通路へと、残る全員で突入した。
墓地の地下へと降りる石の階段の途中には、レイナースが報告する通り、邪教の徒である
屍術師達は弱く、対処に苦労はしない。しかし通路の狭さゆえに、囲んで瞬殺とはいかない。それゆえに、確実に最奥への到着が遅れる。そこまで考えたところで、ニンブルは敵が時間稼ぎを目論んでいると悟った。ここまで来て逃すわけにはいかないと、ニンブルは先頭に躍り出る。
「お前たち! 後からついて来い!」
今はなによりも速さが必要。そう考えて、案内のために同行してもらったレイナースを兵士たちに預け、ニンブルは駆けた。屍術師達の捕縛は兵士に任せる。今はただ速く。疾風の如くとなり、剣を振るい、ただ眼前の障害を押しのけて、ニンブルは階段を駆け下りた。
そうしてニンブルは最下層へと到着する。眼前には黒い鉄の開き扉。罠を警戒して扉を蹴破ると、瞬間、中の広間から“甘い香り”が広がった。
「ッッ・・・!!?」
そして、ニンブルは見た。扉の中の広間に、
壁から垂れるフックに吊り下げられているのは、レイナースの部下たる兵士たち。兵士たちはまるでケバブのように、吊り下げられた状態で、生きながらにして切り刻まれていた。兵士を切り刻んでいるのは若い男女。床には腹を裂かれて死んだ兵士。そして兵士の臓物を自分の体に巻き付けて、姦淫に興じる男女。
血と退廃の悦楽で穢れた、人の欲の堕落の果て。これはこの世の地獄に他ならない。
次の瞬間、ニンブルの意識が飛んだ。感情爆発により、身体が勝手に動いたのだ。
しかし、剣を振りかぶって踏み込んだニンブルは、足元から噴き上がる黒い煙に撒かれ。煙が晴れると同時に、糸が切れた人形のように崩れ倒れた。
———
ニンブルが眼を覚ました時、そこは先ほどと同じ墓地の地下にあった邪教の儀式場だった。だが、意識を失う前とは違って、死体も裸体も無く、床は血の海ではなかった。そして、ニンブルは鎧を脱がされ、肌着しか身につけていなかった。
そして、ニンブルは気付く。自身が檻の中に居る事を。
「いったい・・・・・・なにが・・・」
こうも呆気なく四騎士が返り討ちに遭うとは、ニンブルにはとても信じられなかった。しかし考えてみれば、レイナースも同じように捕らわれたのだから、もっと警戒しておくべきであった。今回逃しても、痕跡を追って、次なる確実な機会を待つことが最善だったのだ。
悔しさに歯噛みし、ニンブルは床を叩いた。鏡張りの床は何度拳を叩きつけても割れる事がない。それが自身の無力の証明であるかのように思えて、ニンブルの胸の中で惨めさが増す。
その時、ニンブルは背後に足音を聞いた。驚いて振り返った先に居たのは、美しいドレスで着飾った“レイナース・ロックブルズ”の姿。そう、ニンブルが捕らえられたのだから、後続にいたレイナースも同じく捕らえられたはず。だが、現実として、レイナースは無事であり、それどころか拘束もされず、美しいドレスを着ている。それが意味するところはひとつ。
「裏切ったのですか・・・!! 私たちを売ったのですか!! レイナース・ロックブルズ!!」
ニンブルの怒号を受けて、レイナースは身を震わせた。その表情はどこか悲しげである。しかし、彼女が兵士を死なせ、ニンブルを売った事実は変わらない。
ニンブルが囚われる檻の前に立ち、レイナースは向き合った。そして、今まで顔の右半分を隠すために垂らしていた前髪を搔き上げ、素顔を晒した。
「その顔は・・・!」
驚き、声を漏らすニンブル。その驚愕は当然のこと。今まで誰にも解呪できなかった呪いが綺麗に消え失せて、レイナースの顔がかつての美しさを取り戻していたのだから。そして、それは決定的に、力の差を示していた。いくら分野が違うとはいえ、大陸最高の
失意に言葉を失い、呆然とするニンブルへ向けて、レイナースは震える声で言った。
「まさか、あんな酷い殺されかたをするなんて、考えてもいなかったのよ・・・・・・———ごめんなさい・・・・・・。謝って済む事じゃないし、許されない事だというのも解ってる。けど、他に道は無かったの・・・・・・」
言葉を失い、静寂が二人の間に漂う。
レイナースの告白を聞き、全ては終わりなのだと、ニンブルは悟る。
否。終わりではない。決して終わりではない。終わることなぞ許されないのだ。
「あの方が参られる」
「跪け」
いつからそこに居たのか。四騎士の二人の知覚を擦り抜けて、レイナースの背後に二人の男が立っていた。二人は共に修道士のような白い格好で、黒い眼鏡をかけ、髪も肌も白い男だった。
「お前はまだ」
「認められていない」
「
「行わなければ」
片方の男の言葉を引き継ぎ、もう片方の男が喋る。その違和感は耳に不快で、非常に気持ち悪いもの。その不快感ゆえにか、それともこんな邪教の
レイナースは祭殿の中央へと向かい、玉座の前で跪いた。祭殿の奥にそびえる玉座は黄金の装飾が煌びやかな、しかし威圧感のある黒光り。王の座る椅子というよりは、神の象徴とでも言うべきものだった。
そして、二人の男が玉座の両脇に立ち、なにやらを呟く。すると、玉座の前に“黒い孔”が浮かび、そこから邪悪の気配が漏れ出した。明らかに尋常ならざる気配を感じ、ニンブルは総毛立たせ、全身を強張らせた。
黒い孔から現れたのは正に邪悪の化身。悪魔の如き黒く大きな角を生やし、翼と尻尾を持つ。大きな乳房は堕落へと誘う魅惑の魔性。黒い下着しか身に付けぬその格好は物語に語られる夢魔のよう。絵にも描けぬ美しき美貌に怪しげな眼光が浮かび、重たく光る紫の髪が妖艶。
「堕落と悦楽の神、ハーヌヴルブリトの前に、平伏すがいい」
そしてその声は、耳が溶けそうなほどに甘ったるい。
正に邪神というその姿を見て、ニンブルは未来を視た。帝国の滅亡を予見したのだ。
———
地下祭殿の玉座に座り、パールンレヴァクは微笑みを浮かべた。ついに帝国の喉元へと手を入れる。計画も山場に差し掛かった。そして、その過程で“皆が”楽しめる。
さっそく、パールンレヴァクは目の前の新たな
女は呪いを身に受けていた。それを解呪してくれるならば、国を売ってもいいとさえ言った。もちろん、そこまで織り込み済みだからこそ、わざわざ兵士達ごと地下祭殿へと踏み込ませたのだが。そして、現在進行中の邪教壊滅作戦に参加している全兵士の誘導を、そして永遠の忠誠を条件に、呪いを解いてやった。方法は簡単。スキルも信仰系魔法も、ナザリックのシモベが持っているのだから。
「あっ・・・」
パールンレヴァクは招き寄せたレイナースの尻を撫で、ドレスを脱がせる。裸に剥いて、その美しい身体を舐め回し、陵辱する。
最早、レイナースは戻れない。レイナースの腹の上、子宮の真上に位置するところに光るのは、絶対服従の淫紋。レイナースは今後、パールンレヴァクの性奴隷として、そして皇帝に対するスパイとしての人生しか許されない。快楽も悦楽も全て掌握されて、踊らされるだけの人生を歩むのだ。しかし、それでも、レイナースは幸せそうに微笑んだ。ようやく呪いから解放されて、誰に忌避される事もなく、自分らしく生きていけるのだと。自ら望んで選んだ道ならば、多少の不都合なぞ甘んじて受け入れる覚悟。今のレイナースに後悔は無い。自分の人生を取り戻す旅は終わり、これからは、新たな道が拓けたのだから。
「ああんっ! あっ・・・、はぁ・・・・・・んっ・・・!」
パールンレヴァクの膝の上で踊るようにくねり、レイナースは嬌声を上げた。乳房を揺らし、股を濡らして、パールンレヴァクの愛撫に没頭している。やがて限界を迎えたレイナースは、パールンレヴァクの首に抱きついた。そして、ひときわ大きな嬌声と共に、全身を震わせ絶頂した。
レイナースが絶頂し、膝の上でへたりこむのを見て、パールンレヴァクは満足げな顔を見せた。そして、パールンレヴァクが指を鳴らすと、垂れ幕の奥よりもう一人の女が現れる。パールンレヴァクが地上で得た最初の玩具、元漆黒聖典の腕利き、現在はこの地下祭殿の懲罰官としての地位を持つ者、クレマンティーヌである。
足下に跪くクレマンティーヌに向けて、パールンレヴァクが言った。
「クレマンティーヌ、この娘を
「畏まりました。ハーヌヴルブリト様」
クレマンティーヌは玉座に近付き、絶頂の余韻に浸るレイナースを抱えて起こし、垂れ幕の奥へと案内していく。
「さあ、こっちへ来て。一緒に楽しみましょう」
レイナースにレズビアンの気は無いが、それもじきに受け入れることだろう。パールンレヴァクのマザー・サキュバスとしてのスキルで発情させられた体では、快楽に抗うことなぞ出来ないのだから。そして、クレマンティーヌのサディステックな陵辱で、ベッドの上で鳴かされれば、心が堕ちるのも時間の問題。
そうして、祭殿に残った人間は、ニンブルのみとなった。
覚悟を決めたと、強い瞳で邪神を睨みつけるニンブル。しかし、その覚悟は儚くも砕け散ることとなる。ニンブルの想像は常人の範囲内、定命のものの限界しかないからだ。
「殺せ」
簡潔に、ただ一言。
ツインズが檻の脇に立ち、何処から取り出したのか、槍を持って構える。そして、ニンブルの命運が決する。斬り刻まれ、突き刺される。何度も何度も、何度も何度も、槍の先がニンブルの皮膚を裂き、肉を抉った。
しかし、呻き声こそあげるものの、ニンブルは決して叫ばなかった。邪神を喜ばせてなるものか、そう強く思っていたからである。やがて、ニンブルは死んだ。一度たりとも命乞いをすることなく、絶叫も悲鳴もあげず、黙って絶命した。命以外に、何一つとしてくれてやるものか。それが四騎士、漢ニンブルの覚悟であった。
今、確かに、自分は死んだ筈。困惑の中で、前を向けば、メイドが運んできたワイングラスを受け取る邪神の姿。ニンブル・アーク・デイル・アノックは、絶望に眼を濁らせた。
「もう一度だ。殺せ」
完全に回復し傷一つ無いニンブルの身体に、檻の外から突き入れられた槍が刺さる。
「ぎゃあっ!? なっ、なぜだっ!?」
檻の中で、抵抗も出来ず、ニンブルはもう一度、同じ苦痛を味わう。それは記憶に新しい、先ほどまでと同じ、槍で突き刺される感覚。皮膚が切れると熱いような痛みが広がり、肉を裂かれると強烈な痛みと共に異様な不快感と嫌悪感を感じ、逃走心が刺激され、吐き気を催す感覚に襲われる。そして、ニンブルは悲鳴をあげた。目玉を潰され、頬を貫いた槍先で舌を切り落とされ、内臓を抉られて、激痛の中で死に絶えた。
そして、ニンブルは目覚めた。
「はうっ・・・!? う、うそだ・・・・・・! こんな・・・、こんなことが・・・!」
完全に完治し、生き返ったニンブルの前に、無理やり繋ぎ合わせたかのような犬の頭部を持つメイド姿が立っていた。
「殺せ」
そして、三度めの宣告。
「や、やめろっ! やめてくれえっ!!」
三度目の死の恐怖に、ニンブルは絶叫した。小さな檻の中でのたうち回り、悲鳴をあげた。しかし、苦痛は終わることがない。死ですら、終わりではないのだ。それを知った時、ニンブルの心は音を立てて砕け散った。別室で交わる二人の女の嬌声も届かず、ひとりぼっちの苦痛の中で、ニンブルの心が壊れていった。
「やめ、やめてっ、ゴボ・・・・・・ごふっ・・・! やめ・・・・・・」
肺を貫かれ、心臓を抉られ、ニンブルは死んだ。
そして、もう一度、目覚めた。
「ひぃぃぃっっ!!! ひぃっ! ひぅっ!?」
目覚めると同時に、ニンブルは悲鳴をあげてうずくまり、縮こまった。その哀れな姿を見て、手を叩いて嗤うのは、邪神ハーヌヴルブリト。
「ハッハッハハハ。定命の者のなんと脆く、弱々しく、哀れな肉体であろうか」
人間の死をただの見世物としか見ていないその目。そしてその姿。ニンブルはハーヌヴルブリトと名乗るこの悪魔が、真に神と呼ばれる存在ではないかと考えた。邪教とらやらが偶然に召喚してしまった本物の神性ではないかと。
そして、パールンレヴァクは告げた。激風の称号を持つ四騎士の一人を甚振り続けた理由を。
「ニンブルよ、余を信仰するか?」
その言葉を聞いて、ニンブルは迷いを得た。その迷った一瞬が命取り。
「殺せ」
「や、やめてくれぇっ!」
もう一度、丹念に、念入りに、ツインズは槍を突き刺して殺した。何度も何度も槍を突き刺し、肉を抉り、削り取って、苦痛を与えて殺した。そして、回復特化ビルドのメイド長、ペストーニャの神聖魔法、死亡時のペナルティすらも無視出来る最高の蘇生魔法が行使される。
「ニンブルよ、余を信仰するか?」
四度目の蘇生を受けて、ニンブルの心は完全に粉砕された。最早、帝国と皇帝に誓った忠義すらも、彼の心を守る力とはならなかった。四騎士の誇りも、部下を死なせた後悔も、何もかもが、失われた。
「誓う・・・。あなたへの信仰を誓うっ・・・!!」
ニンブルは叫ぶように宣言すると、泣き崩れ、うずくまった。
「弱く愚かな皇帝への忠誠を捨てるか?」
「捨てるっ・・・! そうだ・・・・・・皇帝を捨てるっ・・・!」
「余に服従するか?」
「服従する・・・!」
「其方の魂を、余に差し出すか?」
「ああっ! そうだ!」
「よかろう。其方はこれより余の
完全に屈伏し、全てを投げ売ったニンブルを見て、パールンレヴァクはそっと微笑んだ。そして、残虐な笑みを浮かべて、言った。
「殺せ」
忠誠を、命を、魂を、全てを差し出してもなお許されぬ死の苦痛。その恐怖に、ニンブルは泣き叫んだ。
「やめてくれぇっ! もう死にたくないっ! やめっ、ゴボボ・・・・・・。やべっへくれ・・・。いや・・・、いやだあっ・・・!! 死にたくない・・・・・・ぐぶぅ・・・!?」
血の
残虐の祭殿に残るのは、パールンレヴァクの高笑いと、ツインズの嗤い声、そして隣室から響く女達の嬌声のみであった。
オマージュというかパロディというかは結構散りばめてるんで、クスッとしてくれたら嬉しいね。「あっ! このセリフ、あの作品のあのキャラの台詞じゃーん!」ってね。そういうちょっとした小細工? そんな笑いどころも重要だと思うのよね。
んじゃ、またね。次の話はどうなるかね。俺も楽しみだよ。