狭霧と夏凜の小言が一段落着いた頃、阿良々木警部補から着信があった。彼女は火憐、月火の母親である。阿良々木警部の奥様だ。
『定時パトロールに出た美和子さんと由美さんが戻ってこないの。迷宮に飲み込まれたかもしれないわよ』
って…この街の新興住宅街は迷宮と呼ばれ、迷い込むと出て来られないという、都市伝説がある。部室にいる仲間達に事態を伝えると、翼が地図を資料室に取りに行ってくれた。
「これが、最新版の新興住宅街の地図よ」
う~ん、住宅ばかりの住宅街のようだ。目印になる店などがなさそうだ。
「通学組は迷子にならないのか?」
毎日住宅街から通っているはずだが。
「あぁ、私達の家は線路を挟んで北側なんですよ」
って、いろは。迷宮と呼ばれているのは、線路の南側だと言う。その線路の南側に住んでいたのがひたぎなんだが、線路の近くで迷ったことは無いそうだ。
「線路から離れると、同じ様な建物、同じ様な路地ばかり、迷う要因がたくさんあったわ」
だけど、巡回用のパトカーって、ナビを積んでいたよな?
「迷宮と呼ばれるエリアは、スマホもナビも圏外になって、使い物にならないらしいよ」
って、火憐。
「あと、問題は、道の組み替えがよく行われているんだ」
って、駿河。道の組み替え?
「何、その道の組み替えって?」
「どういう原理か知らないけど、たまに道が変わっているんだよ」
入る度にマップが異なるダンジョンのような感じらしい。なので、地図も当てにならないらしい。なんだ?その街の機能は?
「あの迷宮は生きているみたいに、成長しているみたいなのよ」
って翼が今年の初めの地図も持って来ていた。見比べると、確かに道が無くなっていたり、増えていたりする箇所がある。そんなに簡単に道が出来たり、消えたりはしないはずだ。
「これって、怪異絡みか?」
反論は出ない。怪異絡みのようだ。何の怪異だ?狸や狐の化かす能力は、ここまで大掛かりには出来ない。後、迷子系だと…蝸牛かあ…でも、あれは方向感覚を奪うだけだったよな。う~ん…
---佐藤美和子---
定時パトロールの途中、迷子の女の子を見つけ保護して、彼女の家を目指しているのだが、噂の都市伝説に迷い込んでしまったようだ。スマホ、ナビが圏外で使い物にならない。方位磁石はグルグル回転して、霧が掛かっていて太陽すら見えない。困ったなぁ。迷子になってしまった。
「美和子、ここ、おかしいよ。番地がコロコロ変化しているぞ」
角の番地をメモしているのだけど、戻って確認すると番地が変わっているらしい。
「ねぇ、いつもはどうしているの?」
後部座席にいる女の子に訊こうと思い振り返ると、女の子が消えていた。
「え?あの子がいない」
「そんなことは無い。車から降りてきていないし」
後部座席を除く由美。
「いない…」
彼女って怪異だったのか?マズい…亜樹君、助けてぇ~!
---鳥井亜樹---
美和子の元へ転移しようと思ったのだが、出来ないみたいだ。異世界に迷い込んだのか?
「ダメだ…」
九重様の転移術でも、美和子の元へ飛べないらしい。マズいだろう、これは…
「探しに行くにも、2次遭難が恐いわね」
って、翼。その可能性は大だ。取り敢えず、現場へ向かう俺、夏美、狭霧、夏凜、翼。
「で、どうする?」
狭霧に訊かれた。
「どこまで安全なんだ?」
「あの廃墟までは安全よ」
翼の指差す先には、けったいな建物があった。廃ビルであるのだけど、何故か、ビルを貫く様に大樹が育っていた。
「あの大樹は何?」
「わからないけど、床とか天井を突き破っているわよ」
って、翼。見るからに怪しい建物である。まず、そこから検証することにした。
翼の説明では、学習塾跡だという。確かに、内部には机と椅子が積み重なって、放置してある。で、廃ビルの周囲は空き地であった。駅から近い場所に空き地って、変である。こここそ、再開発をまずするべきではないか?麦畑や神社を潰すよりも先に…
「雪ノ下家は、ここに目を付けなかったのか?」
「どうだろうね」
大樹はご神木ぽいんだけど…ここに神社があったのか?
「翼、ここって、神社があったのか?」
「物心着いた時から、学習塾跡だったわ」
そんな前からか…
「夏美、夏凜はここの調査を頼む。俺と狭霧と翼で、美和子達を探す」
「気を付けろよ」
夏凜が珍しく心配そうに言ってきた。
「あぁ」
◇
次のランドマークを翼に考えて貰っている。
「ランドマークかぁ。後は何があるかな」
無いのか?そうなると、ここから先が迷宮か?目を凝らして見るが、確かに似た路地が多そうである。
「番地表記を頼りに行くのはどうだ?」
「う~ん…」
ダメみたいだ。うん?俺達の横を通り過ぎる場違いな女の子。翼も狭霧も気づいていないようだ。透明人間か?
大きなリックを背負っている小学生くらいの女の子である。
「おい!ここの住民か?」
背中の大きなリックを抱え込んで訊いた。
「アンタなんか、大嫌い!放しなさいよ~」
リックには『はちくじ まよい』って名前が書かれている。まよい?コイツが元凶か?
「お前、まよいって言うのか?」
「え?!何で知っているのよ~。さては、私のストーカーなのね」
うん?コイツの横から伸びている影…まるで蝸牛の様に見える。
「お前、浮遊霊か?」
「失礼な!私はどこからどうみても小学生でしょ?」
まるで遠足へ行くような恰好であるが…
「どこの小学校だ?」
「え?どこって…小学校よ!」
怪しい。コイツを連れて、神社へ転移…あれ?出来ない。そうなると迷宮に入ってしまったのか?周囲を見ると狭霧も翼もいないし。迷子になったようだ。
「まよいは、どこへ行くんだ?」
「おうちに帰るところよ。早く放しなさいよ!」
「お前の家はどこだ?」
「えぇっと…どこでもいいでしょ?」
覚えていないのか?こいつ自体も迷子なのか?
---雨野狭霧---
マズい…亜樹が消えた。
「亜樹君は?」
「そこにいたはずなんだが…」
「まさか、迷宮に飲まれたのかな?」
そうなると、この先に一歩でも踏み込むと、危険ってことだな。
「翼、学習塾跡まで、撤退だ。ここが限界なんだろう」
「そうですね。一旦、引きましょうか」
亜樹には亘がいるから、どうにかなるか?3次遭難は危険過ぎるので、撤退をした。
---鳥井亜樹---
まよいを解放して、後をつけ回している。確かに、どこにいるのかが、まるで分からない。
「ここはどこだ?」
「道の上よ」
それはそうなんだけど…さっきから同じ場所を、グルグル回っている感覚であるが、番地表記は違うようだ。番地も組み替えられているのか?
電柱はある。電線もある。スマホのアンテナらしきものも有るのだが、一向に圏外である。ここはどこだ?
「どこへ向かっているんだ?」
「お家に決まっているでしょ!」
う~ん…俺の対象年齢より若すぎるなぁ。その辺で、愛し合うことは出来そうも無いし。
「お前の家の住所は?」
リックには名前しか書かれていない。
「ここよ!」
メモを見せてくれた。八九寺家では無いようだ。
「ここに誰がいるんだ?」
「お母さん…」
夫婦別姓で無い場合、離婚した母親の家に向かっているのか?
「なぁ、お前の母親に逢わせてやろうか?」
僕の脳裏に、手立てが浮かんだ。
「え!出来るの?」
少女の頭に手を翳して、呪文を唱えていく。『願望達成』を発動した。これは供物を差し出す代わりに、無理の無い範囲で願望を1つ叶える呪文である。まよいの『母親の家に行きたい』は、本人のヤル気があれば叶う願いであり、無理な願望では無い。供物にはまよいの能力である『方向音痴』を差し出した。これで、迷子現象は消えるはずで、一石二鳥な結果が得られるはずだ。
まよいの母親の家は、工事中であった。いや、引っ越した後だった。でも…
「お母さん!ただいま~♪」
まよいは、その土地に入っていくと、魂が昇華していくのが見えた。成仏したようだ。
「あれ?亜樹君じゃない?」
背後から美和子の声がした。迷子を見つけることが出来た、迷子な俺…
「えぇぇぇぇ~!亜樹君も迷子なの?」
「いや。ここまで問題があるとは…舐めてました」
凹む俺。未だにスマホもナビも圏外であった。まよいを成仏させれば、問題解決と思ったのだが、そうではなかったのだった。
で、一番の問題は、神社へ転移出来ないことである。それは、エロ師匠にも連絡が出来ないってことになる。ヘルプを呼べないとは…
「ここで、夜を明かせば、いいのかな?」
「そもそも、時間がわからないんだけど…」
スマホの時計も腕時計もエラー表示が出ていた。夜になったのかも、怪しいのだった。
「今日はどの位、移動した?」
美和子に訊いた。
「それが…トリップメーターもエラー表示なのよ」
距離も測れないのか。ここって、どこだ?絶対視覚を持っている俺に見えているってことは、この街並は幻では無いってことである。そうか、上から見ればいいのかな?
上空へ転移してみた。横方向に転移出来ないのであれば、縦方向ならどうだ。空に飛び出た俺。360度総てが住宅街であった。山などは見えない。海も見えない?あれ?海が見える。あやか市って、海に隣接していないのだが…
地上に戻り、美和子を誘導して海を目指した。
---羽川翼---
学習塾跡に狭霧先輩と戻れた。夏美ちゃん、夏凜先輩とも合流できた。
「亜樹が消えただと?」
「え?お兄ちゃんが?」
二人に動揺が走った。
「許せない…」
夏美ちゃんが九尾の狐に姿を変えた。そのことがトリガーだったのか、その隣に、聖域の賢者様が転移してきた。
「どうした、九重」
「お兄様…亜樹が…消えた…」
「はぁ?亜樹が消えた?う~ん…これ、厄介な事案だな」
何かを感じ取っている賢者様。
「なるほど…あの女帝、とんでもない物を転移させたようだ」
「何をですか?」
「無限領域だ」
無限領域?
「無限に自分のエリアを広げることが出来るんだ。この場合、雪ノ下開発の開発する新興住宅街が当たる」
じゃ、あの迷宮のような住宅街って…
「人が住めば、その家は確定するが、人が住んでいない家は、人に住んで貰おうと、より住みやすいように進化していくんだよ。無限領域内の住宅は生き物と一緒で、買い手の付きやすい場所へ移動もする。だから、道が再編されたり、番地が移動したりするんだ。ここの場合、線路の北側には聖域があるから、無限領域は北へは侵攻出来ず、南方向へその領地を広げているんだ」
領域と言うなの怪異らしい。形が無い為、退治すら出来ないらしい。
「どうすれば、良いのですか?」
「区切りを付ければ良い」
「区切り?」
「無限領域に名前を付ければ、無限では無くなり、確定する。退治が出来ない以上、それしか手は無いかな」
名前?
「例えば…」
賢者様が地図を取り出した。そこに線を書き込んでいく。
「結構デカくなっているな。海にまで到達しているし…」
海に?それって、違う行政区も飲み込んだってことか。
「翼ちゃん、正解だ。海より外へは浸食は出来ないから、この辺りまで囲って、雪ノ下市って、名前を付ける。これで、大丈夫なはずだ。確定させたたから」
「どうして雪ノ下市なんですか?」
「雪ノ下の女帝に罪を被ってもらう為だよ。違う行政区も合併させちゃったんだよ。あやか市が悪く言われるのは、心外だからね」
なるほど…市長は雪乃の母親になるのか。役人にワイロを渡して、好き放題しているって、噂もあるし。その一貫だと思わせるのか。
「区割りは、人間が勝手に変更出来ない。人外の為したことだ。人間の手では難しい」
そうなると法務局とか地理院の記録も書き換えられているってことか。
「それよりも、亜樹は?」
狭霧先輩が泣きながら訊いた。
「お前、本当に亜樹が大好きだな」
「悪いですか?!」
「悪くないよ。今、連れ戻してやる『強奪』」
賢者様の呪文と共に、ミニパトが1台現れた。
「あぁ、助かった」
亜樹君が、ヘロヘロになって、車外に出て来た。
「あ…師匠、ここには何があったんですか?」
ヘロヘロでも訊くことを忘れない亜樹君。
「亜樹…訊くのでは無く、調べろ。緊急性は無い場所だから、調べる時間はあるぞ」
賢者様は転移していった。
---鳥井亜樹---
今回の後日談…成仏させた筈の八九寺真宵が目の前にいる。
「いや…そのですね…地縛霊を卒業出来たんですが、浮遊霊で修行してこいって…」
恥ずかしそうに言う真宵。真宵が言うには、離婚して再婚した母親に会いに行く途中で、交通事故に遭い死んだそうで、思いが強い余り地縛霊となり、そして怪異にまで進化したそうだ。その為に三途の川を渡ることが出来ず、人間の浮遊霊からやり直せと、この世に返品されたようだ。
「で、今のお前の未練はなんだ?」
「未練ですか?亜樹さんの傍でまったりしたいかな♪」
こうして、八九寺真宵は、真琴、こゆずと同じ身分、ゆらぎ荘の女中見習いになった。