ルイズたちは空賊の船の牢屋に捕らえられていた。
昨夜、硫黄を積んだ船、マリー・ガラント号に乗り、アルビオンに出発することはできたが、途中で空賊の襲撃に遭い、一行は捕虜になってしまったのだ。
ルイズ、ワルド、マチルダ、モンモランシーの四人は杖を取り上げられ、船倉に閉じ込められた。
優秀なメイジでも、こうなってはただの人だ。
ルイズは歯噛みした。フタナーリヴの力で鍵を壊せないかと考え、左手のルーンを眺める。
腕を組んで壁にもたれかかっていたワルドが片眉をあげた。
「ルイズ、手に怪我でもしたのかい?」
「違うわ。これは使い魔の召喚のとき、なぜかわたしに刻まれたルーンなの」
ルーンと聞いて、ワルドはルイズの小さな手をしげしげと眺めた。
ほぅ、と感嘆の息を漏らす。
「これはフタナーリヴのルーンか」
「よく知っているのね。確か、今まで一例しかないルーンのはずなのに」
ルイズはワルドの博識に驚いた。
ワルドは肩をすくめて苦笑した。
「三十年ほど前にこのルーンの持ち主だった女性は魔法衛士隊に関わっていたそうだ。今でも魔法衛士隊では、トリステインを救った『ふたなりの勇者』として語られているのだよ」
「そんな話、今まで聞いたことがないわ」
「与太話だからだよ。エスターシュ大公のユニコーン親衛隊に数人の仲間と共に立ち向かって打ち破っただとか、トリステインを転覆させるような悪事を防いだだとか……。『イーヴァルディの勇者』のようなおとぎ話さ。ふたなりの少女はいたんだろうが、大方、酒を飲んだ魔法衛士たちがどんどん話を大きくしていったんだろう」
ワルドはそっけなく言った。
ところで、と前置きをしてルイズに尋ねる。
「ルイズもふたなりになったのかい?」
ルイズは固まった。
学院の中でもそのことは隠し通そうとしてきたのに、何年も会っていないワルド子爵がなぜ知っているのか分からない。
パニックになって、頭の中でグリフォンがちびルイズを追いかけてぐるぐると回る。
「ど、ど、どうしてそれを知ってるの?」
「いや、フタナーリヴのルーンがあるということは、三十年と同じかと思ったんだが」
なるほど、とルイズは納得した。
すると、フタナーリヴのルーンを知っている人は、ルイズがふたなりになったことが分かるということだ。
コルベールは間違いなく知っているし、ルイズはルーンを隠そうともしていなかったから、他の教師や生徒にもバレているかもしれない。
ペニス隠してルーン隠さずの状態だったことが分かり、ルイズは頭を抱えた。
「失敗したわぁっ!」
「あ、ああ。そうだね。こんな話よりも、ここから逃げる方法を考えなければ―――」
ワルドが突然、騒ぎ始めたルイズに戸惑っていると、船倉の扉が開いた。
空賊の男が現れる。
「頭がお呼びだ」
ルイズたちは船長室へ連れて行かれ、空賊の頭と面会をした。
賊なのに、やけに瞳が澄んでいる男だった。
貴族派につく気はないかと尋ねられたが、つっけんどんに拒絶し、大使としての待遇を求めた。
アンリエッタのために、ルイズは戦地に赴いているのだ。
囮になってくれたキュルケやタバサのためにも、逃げ腰になることはできなかった。
早く学院に戻って、ふたなりを隠す方法も考えなくてはならないのだ。貴族派について戦争をしている余裕なんてなかった。
しつこく誘いをかけてくる頭領に、繰り返し断ると、相手は大声で笑い出した。
「トリステインの貴族は、気ばかり強くって、どうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずどもより、何百倍もマシだがね。さて、君たちのような奇特な客には、こちらから名乗らなくてはな」
頭は縮れた黒髪のカツラをはぎ、眼帯を取りはずし、作り物だったらしいひげをびりっとはがした。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。アルビオン王国へようこそ、大使殿。御用の向きをうかがおうか」
堂々と名乗る皇太子に、ルイズは口をあんぐりと開けた。
慌てて背筋を伸ばし、名乗り返した。
「ヴァリエール公爵家三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。アンリエッタ姫殿下より、密書を
信書を手渡したルイズに続き、ワルド、モンモランシーも名乗った。
最後にマチルダが、ウェールズと目を合わせないようにしながら、一礼をする。
「マチルダ。トリステイン王国魔法学院で秘書を務めております」
ルイズだけは、マチルダの瞳が、フーケだった頃のようにぎらついていたのに気付いた。
ウェールズは手紙に接吻をしてから読み始め、アンリエッタの望みどおりにしようと言った。
「しかしながら、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。多少、面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」
ルイズたちを乗せた軍艦『イーグル』号は、雲中を通り、巨大な
ルイズたちは、ウェールズに付き従い、彼の居室へと向かった。
城内は士気
道中で耳にした話では、明日の正午に反乱軍が攻城を開始する模様だった。
「これが姫からいただいた手紙だ。このとおり、確かに返却したぞ」
ウェールズは宝石が散りばめられた小箱から一通の手紙を取り出し、口づけた後、ルイズに手渡した。
ルイズは深々と頭を下げ、手紙を受け取った。手紙はボロボロで、何度も何度も読まれていたことが分かる。
「ありがとうございます」
ルイズは、遠慮がちに、ウェールズに亡命を勧めた。
幼なじみの姫殿下の想い人がむざむざ死のうとしているのを見ているのはいたたまれなかったし、アンリエッタも密書にそのことを書いているだろうと思った。
ウェールズはその申し出を、柔らかく、しかし、頑なに断った。
食い下がろうとするルイズの肩をマチルダが掴んだ。
「やめておきな。この王子様たちは国の名誉を守るために死のうとしてるのさ」
ウェールズがマチルダに微笑む。
「よくお分かりになった、ミス・マチルダ。明日に滅ぶ国には、名誉以外に守るものが他にないのだ。それを捨てしまっては、私は死ぬまで悔やみ続けるだろう」
ルイズがか細い声で呟いた。
「それでは、姫さまは……」
「ラ・ヴァリエール嬢は優しいな。君のように素直で、いい目をしている友人がいれば、アンリエッタも大丈夫だろう」
ルイズは拳を握りしめ、ウェールズを真っ直ぐに見つめた。
「せめて、姫さまに何か
「それでは、こう伝えてくれたまえ。ウェールズは、勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。それで十分だ」
ルイズたちは城のホールで開かれる、アルビオン最後の晩餐会に出席した。
ルイズとモンモランシーは王宮の貴婦人からドレスを借り、貴族たちのダンスの相手を務めた。
マチルダは、万が一素性がバレたら大事になると言って、病を装って部屋で休んでいる。
ワルドはホールの壁のほうで武官たちと語らいながら、油断なく周囲に目を光らせていた。
ダンスの曲が終わった。
何人もの相手をしたルイズの足はくたくただった。
明日、死のうとしている人と踊っていると思えば、途中で休むわけにはいかなかった。
歓談が始まると、王党派の貴族たちが、かわるがわるルイズたちの元へとやってきた。
明るい口調で料理を勧め、酒を勧め、冗談を言ってくる。
ルイズは最後まで貴族たちに付き合い、モンモランシーと共にホールを後にした。
真っ暗な廊下を、ろうそくの燭台を持って歩く。
物憂げな顔をしているルイズの腕に、モンモランシーが腕を絡めた。
「いつもの元気がないじゃない」
「……あの人たち、どうして死を選ぶのか、わけわかんないわ」
ルイズはモンモランシーの肩に頭を預けた。
モンモランシーも、ルイズの頭にほほを乗せる。
桃色の髪と金髪がもつれて絡み合う。
「ルイズがいつも言ってる、貴族としての誇りのためなんじゃないかしら」
貴族としての誇りが、この場で死を選ばせるのなら、ルイズは誇りなんてなくてもいいと思った。
皇太子は名誉以外に守るものはないと言っていたが、命はまだ守れるじゃないと思った。
「愛する人と生きるより大事なものがこの世にあるっていうの?」
「……愛する人を守るためだと思うわ。もし、ウェールズ様が亡命なさったら、貴族派はトリステインに攻め込んでくるわ」
「そのときはトリステインがウェールズ様を守るわ! わたしだって戦うわよ」
「そうすると、トリステインの人たちが死んじゃうわよね」
ルイズは歯噛みした。
自分が無力で、ちっぽけな存在なのだと思うと、胸に大きな穴が空いたように悲しくなる。
ニューカッスル城の人々が明るく振舞っていたのも、花火が最後に輝くようで切なくなる。
モンモランシーの二の腕が温かいのが、今は唯一の安らぎだった。
瞳の奥から涙が溢れそうになって、モンモランシーを見上げたら、金髪の少女は鼻をぐしゅぐしゅとすすって、泣いていた。
「ちょっとぉ、先に泣かないでよ」
「だって、あの人たちが明日はもういないなんて、ぐすっ、信じられないじゃない」
「わたしだって信じられないわよ。あんないい人たちが……」
ルイズのほほを、涙がぽろりと伝った。
ドレスの裾で強くぬぐう。
胸の切なさを忘れるくらい、人のぬくもりが欲しかった。
モンモランシーの頭を抱えて、ルイズの小さな胸に押しあてる。
涙と鼻水でドレスが濡れた。
「モンモランシー、わたしの側にいて。肌の温かさをずっと感じていたいの」
ルイズの胸の中で、モンモランシーがうなずいた。
目を赤くした二人の少女が部屋に帰ると、マチルダの姿はなかった。
夜風にあたっているのだろうと思い、ルイズは城の中を探しに行くことにした。
モンモランシーも一人にはなりたくないと言って、ルイズの後をついていく。
二人は手を握りながら、城の回廊を歩いた。用心のため、杖も持っていった。
明日の決戦に備え、人々は静かに心を落ち着けているようで、城内に人影はなかった。
燭台のほのかな明かりがルイズたちを照らす。
石壁に、人が一人通り抜けできる程度の穴が開いていた。
地面に土が落ちている。錬金の呪文で壁を土に変えたようだ。
「マチルダがやったのかしら……」
ルイズのつぶやきに、モンモランシーは首をひねることしかできなかった。
フーケならば城の宝物庫などに色んな用事があるだろうが、マチルダがこの城のどこかに忍びこむ理由は思いつかなかった。
二人が腰を曲げて穴を進んでいくと、城のバルコニーに通じていた。
夜風がほほに当たる。
眼下には、貴族派の軍隊が野営をしている明かりがいくつも見えた。もう勝利したかのような騒ぎ声が聞こえる。
二十メイルほど先の部屋から光が漏れていた。
窓枠の下で、ローブをまとった緑色の髪の女性が身を潜めている。
ルイズはモンモランシーの手をぎゅっと握った。
「あれってマチルダじゃないかしら」
「多分……」
ルイズは少しづつ不安になってきた。
マチルダが何をしているのかさっぱり分からなかった。
思えば、アルビオンに来てから口数が少なくなっていた。
(何か考えごとがあるなら、相談してくれてもいいじゃない)
死ににいこうとしている貴族たちとマチルダが一瞬、重なってみえて怖くなる。
縛ってでも連れて帰ろうと思ったとき、マチルダが錬金の呪文をつぶやいた。
「イル・アース・デル」
壁を土くれに変えたマチルダが、部屋の中へ侵入する。
ルイズはドレスの裾をひるがえして、慌てて後を追った。
中をのぞき込むと、豪奢な寝室があった。
マチルダがベッドに寝そべっている老人に杖を突きつけている。
老いた男の顔を見て、ルイズは息を呑んだ。
アルビオンの王、ジェームズ一世だった。
「貴様、何者だ」
ジェームズ一世は鋭い眼光でマチルダを見つめた。
かかしのようにやせ細ろえた腕に力をこめて、起き上がる。
マチルダは目を細めた。
「マチルダ・オブ・サウスゴータ。王家に辱められたサウスゴータ家の娘さ」
「サウスゴータ……!」
ジェームズ一世はゴホゴホと咳き込んだ。
マチルダは老いた王を冷ややかに見下ろし、話を続ける。
「名前を覚えてくれているなら話がはやいね」
「何をしに来た。復讐でもしようというのか」
「はっ、そいつもいいね」
マチルダは乾いた笑い声を上げた。
バルコニーのルイズは、出て行くべきか迷っていた。
サウスゴータ家に起きた出来事は以前、聞いている。
マチルダにとってジェームズ一世は親の仇だ。しかし、暗殺まがいの敵討ちは、ルイズにとっては許されざる行いだった。
止めようと思ったが、マチルダの瞳には怒りが浮かんでいないのに気付いた。
「だけど、その前に聞きたいことがあるんだよ。どうして、あんたは弟とその妻を殺したのか、その理由を聞きにやってきた」
ジェームズ一世は少し沈黙してから、淡々と答えた。
「王弟がエルフを妾にしていたと知られれば、アルビオン王国が傾くからだ」
「本当にそれだけかい? その王国は明日滅亡するんだ。今更、隠し事はしないでくれよ。国のために、あんたは、あの優しい二人を殺したのか?」
「……事実だ。全てはこの国を守るためにやったことだ」
マチルダはその言葉を反芻するようにじっと受け止め、杖をおろした。
ジェームズ一世が白髪の眉をあげる。
「どうした。殺さないのか」
「あたしが手を下すまでもなく、あんたは死ぬだろ。それに、あの娘が許しているのに、あたしが復讐をしても仕方がないのさ」
「あの娘……エルフの娘は生きているのか」
マチルダが、ちっと舌を鳴らした。
「……ああ、安全なところでね」
「そうか……」
「殺せなかったことを後悔してるのかい」
「いや、嬉しいのだ。弟の娘が生きているのが。……その嬉しさが己の胸を苦しめる」
マチルダが口端をつり上げた。裁判官のように宣告する。
「自分の罪を噛みしめて、後一日過ごすんだね」
ルイズはそっと立ち去ろうとした。二人の間に割って入ることはできない。
何も見なかったことにして、マチルダを部屋で抱きしめればいいと思った。
そのとき、寝室の扉が乱暴に開かれた。
金髪の王子が足を踏み入れる。後ろには、杖を脇に差したワルドが続いている。
「父上、ワルド子爵から賊が忍び込んでいると―――!?」
ウェールズが目をみはった。
侵入者のマチルダを見て、すぐさま杖を構えた。
「貴様、ここで何を!」
今にも呪文を唱えようとするウェールズを、ジェームズ一世が手で制した。
「よいのだ。この婦人とは少し昔話をしていただけだ」
「しかしっ」
「気にするな。この方は良い話を聞かせてくれた。わしは穏やかな顔で死ねそうだ」
ウェールズはいぶかしみながらも、杖を下ろそうとした。
ワルドがウェールズの背後に立つ。ひっそりと、残忍な笑みを浮かべた。
「それはいけません。その女は城に忍び込んだ賊なのです」
「しかし、子爵。父上の話では―――」
ウェールズの言葉を、ワルドは杖で遮った。
青白く光る杖で、ウェールズの胸を閃光のように素早く貫いていた。
「そして、王家に恨みを抱いている女は、このように王子の命を奪ったのですよ」
ウェールズの口から鮮血が溢れ、床に崩れ落ちた。
ジェームズ一世が叫ぶ。
「ウェールズッ!」
ワルドはマチルダに向かって微笑んだ。
「僕が代わりにやってやったぞ、フーケ。いや、マチルダ・オブ・サウスゴータと呼んだほうがいいかな?」
「ワルド、あたしの名前を!?」
「アルビオンには知人が多くてね。君の名前を調べるのにそれほど苦労はしなかった」
ワルドは喋りながら、エア・カッターの呪文を唱えた。
不可視の風の刃がジェームズ一世を襲う。
「『レコン・キスタ』ってことかい!」
マチルダは寝台の周囲の床からゴーレムを作り出し、エア・カッターを防いだ。
ワルドが口ひげをさする。
「なぜ王を助ける。義理がある訳でもあるまい」
「あんたに教える義理もないね」
マチルダ自身、助けた理由は分からなかった。
体が自然と動いていた。
「なるほど、それも道理だ。では、王と王子を殺害した犯人として死にたまえ」
ワルドは『ライトニング・クラウド』を唱え始めた。
周囲に電撃をまき散らす呪文だ。
寝室にあるもの全てが焼き焦がされるだろう。
「ちぃっ!」
マチルダはゴーレムを突進させた。部屋の中では、錬金で大きなゴーレムを作り出すことができない。手元の材料でやるしかない。
ワルドは唇の端をつりあげる。
「『土』は遅いな」
マチルダに向かって杖を振り下ろそうとした瞬間、轟音が鼓膜を揺さぶった。
爆風がワルドの体を吹き飛ばし、雷雲の呪文ごと壁に叩きつけられる。
「ワルド、どうしてこんなことを……」
バルコニーから、白煙とともにルイズが現れた。悲しみで顔を歪めている。
魔法を失敗させ、爆発を起こしたのだ。
ワルドが膝をついている隙に、モンモランシーがウェールズの元へと駆け寄り、必死の形相でヒーリングを唱える。
マチルダが、ルイズを守るように少女の前に立ち、ゴーレムをもう一体つくりだした。
「こいつは貴族派の一員だったのさ。あたしたちに紛れこんで、暗殺をする予定だったんだろうよ」
ルイズは悔しかった。
幼いころ憧れていた子爵が裏切り者だったことを見せつけられ、胸が苦しい。痛い。
ワルドが立ち上がり、口端から流れている血をぬぐった。
冷たい瞳でルイズを見ながら、笑い始める。
「覗き見とはいけない趣味だね、ルイズ。君に見られてしまっては、計画を変える必要がある」
「トリステインの貴族であるあなたがどうして?」
「ハルケギニアの未来を憂う者に国境はないのさ。我々は同士なのだ。ところで、アンリエッタの手紙は持っているかな?」
ルイズはワルドのもう一つの目的が分かった。
手紙は肌身離さず持ち歩いている。
ルイズの顔色が変わったのを、ワルドは見逃さなかった。
「手間が省けたよ。渡してくれれば、痛い思いはさせないのだがね」
「絶対に渡さないわ!」
「仕方がないな。手紙は君の死体から頂くとしよう」
ワルドが稲妻のように突進し、エア・ニードルの呪文をまとわせた杖でゴーレムを切り裂いた。
ルイズがマチルダの手を取る。ルーンが輝いた。体中に力がみなぎる。
横に飛び、ワルドの一閃をかわす。
でたらめに呪文を唱える。天井が爆発した。
ワルドが距離をとる。
「フタナーリヴのルーンの力か。厄介なものだ。全力を尽くさせてもらおう。ユビキタス・デル・ウィンデ」
ワルドの体が分身する。本体も含めて、五体のワルドが現れる。
風のスクウェアスペル、『偏在』だ。
分身たちがジェームズ一世と、ウェールズを治療しているモンモランシーを眺めた。
杖を突きつける。
ルイズは三人を守ろうと動いたが、残りの分身とワルド本人が立ちふさがった。
「ルイズ、君は偉大なメイジになっただろう。始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような、素晴らしいメイジになるに達いない。僕はそう思っていたんだよ。その成長を見ることができないのが残念だ」
ワルドが楽しそうに告げた。
ルイズは必死に知恵を巡らせた。
モンモランシーたちを守りながら、スクウェア・メイジ五人を相手にしなければならない。
マチルダが巨大なゴーレムを作る材料はない。石畳から人型のゴーレムを作るのが精一杯だ。
全員が殺され、ワルドに手紙を奪われる未来が見えてしまう。
今、自分にできることを考える。爆発させること、フタナーリヴのルーンで身体能力を上げること。
ルイズは愛する人を守る、覚悟を決めた。わたしには勇敢に戦うことしかできない。
「マチルダ、王様とモンモランシーたちを守って!」
ルイズはワルドたちに突撃をした。マチルダに作戦を話す余裕はないが、ルイズを信じて、言うとおりにやってくれると思った。
ワルドがせせら笑う。
「自ら死地に飛び込もうというのかね。愚かだな!」
三人のワルドが杖を青白く光らせ、ルイズに切っ先を向けた。
ルイズはポケットに手を入れた。アンリエッタ王女の手紙を取り出し、投げ捨てる。
ワルドたちの視線が一瞬、それた。
ルイズは杖を振った。ワルドの杖と、先端が触れるほどの距離に近づいていた。
『錬金』を唱える。
大きな火球を心に思い浮かべる。炎のイメージを強固にする。
ルイズの呪文は、距離が遠ければ明後日の方向に飛んでいってしまうが、短ければ想像通りの場所で爆発する。机の上の石ころを錬金するように、目の前なら、いくらでも爆発させられる。
足元の床を錬金した。
「イル・アース・デル!」
地雷を踏んだかのように、ルイズとワルドは吹き飛んだ。
爆発の直撃を受けた『偏在』が消滅する。
部屋中を爆風が荒れ狂い、調度品を破壊する。
モンモランシーたちは、マチルダが作った土壁が守っていた。
ルイズがマチルダにぶつかり、二人揃って壁に激突する。衝撃で壁にヒビが入る。
ルイズは煙幕が晴れるのを見た。
ワルドは全身をすすだらけにし、片足は奇妙な方向にねじれ曲がっていた。しかし、杖をついて、すでに立ち上がっていた。
憎悪に燃える瞳でルイズを睨みつける。
「見事だよ、この『閃光』に一撃を加えるとは!」
血反吐を床に吐き捨て、詠唱を始める。
ルイズは再び錬金を使おうとしたが、杖が真っ二つに折れてしまっていた。先ほどの爆発が原因だった。
体に激痛が走る。肋骨が何本か折れていた。
背後を見やる。ルイズと壁に挟まれたマチルダは、頭を打って気絶をしていた。額から血が流れている。
マチルダの杖に手を伸ばそうとしたが、ワルドが風を巻き起こし、杖を遠くに飛ばした。
ワルドが足を引きずりながら、ルイズたちに近づいてくる。
勝ち誇るように叫んだ。
「さらばだ、ルイズ!」
そのとき、ワルドの胸に鮮血が広がった。
ワルドは胸から青く輝く刃が突き出ているのを、呆然と見下ろした。
モンモランシーの治療を受けたウェールズが『ブレイド』の魔法を使い、ワルドの不意を打ったのだ。
「空賊に隙を見せてはいけないな。奇襲が商売なのだ」
「き、さまッ」
ワルドは口端から血の泡を吹きながら、ウェールズに『エア・カッター』を放った。
ウェールズはモンモランシーを守るように両手を広げ、全身で風の刃を受け止める。服が裂け、裂傷から血が噴き出る。
ワルドとウェールズは血の海に沈んだ。
ルイズは這いずりながら、ウェールズに近づいた。
全身から血を流しているウェールズが微笑んでいる。
「モンモランシー、ヒーリングを!」
「やってるわよ! でも、血が止まらないの!」
モンモランシーは泣きながら、何度も呪文を繰り返した。
ウェールズが震える手で、モンモランシーの杖に手を置いた。血を失いすぎて、肌が青白くなっている。
「いいんだ。最初の一撃で……死は逃れられぬ運命だった。一矢報いることができたのはド・モンモランシ嬢のお陰だ。……感謝する」
ウェールズはルイズを見た。
「アンリエッタに伝えてくれ。ウェールズは、勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと」
「始祖ブリミルに誓って、必ず……!」
「アンリエッタのことを頼んだよ。彼女の幸せが、私の願いだ」
ジェームズ一世がよろよろとウェールズの元に歩いてきた。
息子の手を取る。
ウェールズはにっこりと笑い、まぶたを閉じた。
ジェームズ一世は息子の亡骸を抱きしめた。涙を見せず、ただ肩を震わせた。
足音が聞こえる。寝室の騒ぎを聞いた老メイジ、バリーが駆けつけた。
「陛下、これは!?」
「賊が現れ、ウェールズと相討ちになった。この者らがいなければ賊はわしも殺したであろう。手厚く介抱してやってくれぬか」
「は、はっ」
バリーは慌てふためきながらも、続けてやってきた貴族たちに水のメイジを呼ぶように言った。
ジェームズ一世はバリーに命じた。
「紙を頼む。書かねばならぬことがある」
ジェームズ一世はバリーから羽ペンと羊皮紙を受け取り、やせ細った手で一通の書状をしたためた。封蝋をし、花押を押す。
筆を置くと、水のメイジに治療されているルイズに声をかけた。
「サウスゴータの娘が気を取り戻したら、渡したいものがあると伝えてくれんか」
翌朝、ルイズたちは国を脱出する婦人や子供たちと共に、巡洋艦『イーグル』号に乗り込み、城を出発した。
鍾乳洞を抜けると砲撃の音が聞こえた。
ジェームズ一世たちが戦っているのだろう。王子を殺された王軍は士気盛んだった。最後の一人まで戦い続けると息巻いていた。
ルイズはモンモランシーの膝に座っていた。フタナーリヴの力で治癒能力を高めるために、女性の体に密着している。
モンモランシーのふとももを触りながら、隣に座っているマチルダを見た。
ルイズと同じように、マチルダも体中に包帯を巻いている。膝の上に王家の紋章のついた木箱を載せていた。
「王様から渡されたものって何だったの?」
「古いだけが取り柄の、つまらないものさ」
マチルダはそれっきり何も言わずに、雲海を眺め続けた。
ルイズたちはラ・ロシェールに向かう途中、風竜に乗るキュルケたちと合流を果たした。
盗賊と戦った二人は怪我一つなく無事だった。
港町からは、風竜に乗ってトリステインの王宮を目指した。
キュルケがルイズに話しかける。
「おひげの子爵はどうしたの?」
「死んだわ。ワルドは裏切り者だったの」
淡々と答えるルイズに、キュルケは片眉をあげた。
「なんだか雰囲気変わったわね。モンモランシーも真剣な顔をしてるし、マチルダは物憂げだし」
「色んなものを託されたのよ」
ふぅんとキュルケは言って、ルイズを優しく抱きしめた。大きな胸でルイズの頭を挟む。
「お疲れ様。学院に帰ったら、いっぱいエッチしてあげるから元気になりなさいな」
「ちょっと! 今、怪我してるんだから、もう」
「精液で怪我も治るか実験したらいいじゃない。マチルダとモンモランシーもいいわよね」
二人は苦笑して頷いた。竜の背中の空気がやわらかくなった。
タバサが振り返る。
「私も」
ルイズが肩の力を抜いた。キュルケの体に身を預ける。
「分かったわよ。姫殿下に報告したら、お留守番してたシエスタと一緒に六人でエッチしましょ」
風竜が速度を上げる。
心地よい風が少女たちの髪をたなびかせた。
ルイズは、盗賊の襲撃から二日間、一度も恋人たちと愛し合っていなかったことを思い出した。