「フィリーネ様!下がっていてください!」
大剣を振り上げたままフィリーネに襲い掛かろうとした瞬間、横からの衝撃に吹っ飛ばされる。
「がふっ…!?」
地面に投げ出されるロヴァ。
呑気に寝ている時間も与えられなかった。
ヒヒーンッ!!
「うおっ」
仰ぎ見れば、馬脚を振り上げ蹄を見せる騎馬。
(踏まれたらこの身体でも痛えだろうな…)
ドシン!と地を鳴らすと、蹄が地面に食い込んでいるのが見えた。
すぐさま跳ね起きて、騎馬の踏みつけを回避するロヴァ。
「てめーに用はねえんだよ!!」
「…なっ!!?」
馬上の騎士の片腕を引っ掴むと力任せに地面に叩き付ける。
「えっ」
「!?」
フィリーネ含め周囲の騎士達も驚きを隠せない。
今まで自分達に対してそんな攻撃方法をとってきた者が誰一人としていなかったから。
「とっとと死ねクソが」
「がッ…!?」
低く唸るようなその声、それが彼の最期の断末魔となった。
地面に倒れ込んだ騎士の頭を強引に踏み付けたのだ。
首があらぬ方向に曲がり、頭蓋骨はおそらく砕け散っているだろう、地面に頭を埋め込まれたままピクピクと2、3回痙攣すると息絶えてしまった。
「「「…!」」」
味方のおぞましい死に様に気勢を削がれる騎士達。
いや、まさかこれほどまでに賊の頭領が強いとは思いもしなかったのだろう。
現実を受け止めるのに少し時間を必要とするようだ。
「オラどうした!?さっきまでのイキった態度はぁ?たった一人殺られただけでビビっちまったのかぁー!?」
「「「ッ…」」」
高らかに騎士達を挑発するロヴァ。
確かに彼の言う通りだった。
まさか死人が出るとは思わず、たじろいでしまっていたのだ。
「クソッ…怯んでる場合じゃねえ!」
自分を自分で鼓舞するようにピシャピシャと自らの頬を叩く騎士。
「参る!」
「…」
馬上から槍を突き出してロヴァへ迫る。
「うおっと」
一突き二突きかわして、三突き目を捕まえる。
(もらった!)
槍の穂先を掴むと、そのまま力任せに引っ張った。
「うおらァッ…!!あらっ?」
「そうくると思ったさ!」
引っ張られた瞬間に槍を離した騎士。
流石、戦い慣れているクーニッツ騎士団と言うべきか、戦場でのトンチも利く。
誰も掴んでいない槍を力一杯引っ張ってバランスを崩したロヴァは相手に脇腹を見せるような格好に。
「もらった!」
「ぶっ!!」
そして容赦なく肋に突き刺さる短剣。
常人ならまず死んでいるだろう。
だが、ドワーフの頑強さとリザードマンの治癒能力をもってすればそれはダメージに過ぎない。
「ふんぬ…っ」
すぐさま刺された短剣を引き抜くロヴァ。
「へ、平気なのか!?」
もう終わりだと思っていた周囲の騎士も驚く。
何事もなかったかのように短剣を抜く姿に驚愕していた。
「えっ、なっ…?」
「オラァッ!!」
ブシャッッッ!!
そのまま抜いた血塗れの短剣を油断していた目の前の騎士の腹に突き刺す。
「ギャアアアアアアアアアッッッ!!!」
馬上から倒れる騎士。
おそらく助からないであろう。
深々と短剣を突き刺された腹からは大量の血が流れている。
一方、ロヴァの刺された脇腹はもう傷口が塞がりかけていた。
「き、傷が塞がってる!?」
「ば、バケモンだこいつは…!」
普通の人間ではありえない現象に目を見開いて驚く騎士達。
馬上の人間を引きずり下ろし、人の頭蓋骨を踏み砕く怪力も納得だ。
彼らを統べるフィリーネも驚いていた。
(人間では無い…?)
もっと情報収集をしてくるべきだった。
後悔先立たず。
だが、数では明らかに勝っているのだ。
実際、相手だって二人を相手して、傷を負っている。
人海戦術に持ち込めば勝てるはず、そう踏んでいた。
パーンッ!!パーンッ!!
「な、なんだ!?」
急に街の方から鳴り響く炸裂音。
その音に驚いた騎馬達が暴走を始める。
「「「ヒヒーンッ!!」」」
「おわっ、落ち着け!おいっ!」
「うわっ、うわああああっ!」
馬の聴覚は非常に発達している。
ゆえに、大きな音や突発的な音を聞くとたまらず驚いて暴れてしまうのだ。
「「「ヒヒーンッ!!」」」
一気に隊列が乱れる。
手綱を握り、ロヴァどころではなく馬の制御に手間取る騎士達。
中には落馬してしまう者もいた。
そして音の主は当然、ロヴァの仲間達だった。
「ゲヒヒッ…まさか戦闘になるとは思ってなかったんですかねえ?耳覆いをしている馬がほぼ見受けられなかったものですから…」
音を鳴らして動揺を誘うというのはこれも当然クラフティの案だった。
ついこの間、商船を襲ってたまたま中にあった『マスケット銃』を撃って大きな音を鳴らしたのだ。
こうも乱れれば賊側にも勝ち目が見えてくる。
「あれ…これ、俺ら行けんじゃね…?」
「行くんだったら今の内だな…功を立てりゃロヴァにも取り立ててもらえる!」
ウワアアアアアアーーーーッ!!!と怒声を挙げながら混乱した騎馬隊にかかる賊達。
当然、鎧やまともな武器などは持っていなかったが、今の騎士達には刃物を持っているというだけで脅威に成り得る。
「「「かかれーーーっ」」」
粗末な武器を手にし、乱れる騎士達へ迫る。
しかし、敵将フィリーネは冷静であった。
「皆!聞いて!馬を降りなさい!」
その声を聞いた騎士達がぞろぞろと馬を降り始める。
馬は暴れてても人は冷静なのだからこれで戦える。
暴れ狂った馬がその辺にいるのが邪魔だったが。
「おろ?姉ちゃんの馬は平気じゃねえか」
『馬を降りろ』と指示を出した当のフィリーネの馬だけは音に動じていなかった。
鉄製の耳覆いを付けていたのだ。
どんな時でも脇を緩めない彼女の冷静さが味方を助ける。
「弓部隊!目標変更。あの援軍に向かって弓を射かけよ!」
「「「ハッ!」」」
「えっ」
騎馬が混乱しているからと迫った賊達は一転、街の方へとんぼ返りする事に。
「うわぁ!逃げろぉ!!」
「ひいいいい!」
「放てっ!!」
プシュン!プシュンプシュンッ!!
予測していなかった事態にも落ち着いて隊列を作る弓部隊。
10人程度だが横一列に並んで、逃げ惑う賊共の背中に矢を射かける。
「「「うぎゃあああああああっっっ!!!」」」
真っ赤に染まる平原。
逃げ遅れた賊共は漏れなく矢の的になり、命を散らす。
これだけでロヴァの味方達はだいぶ数を減らした。
「ちくしょっ…小癪な真似を…!」
弓部隊へ迫ろうとするロヴァ。
しかし、鋭い剣戟が彼の行く末を遮る。
キンッ!!
「うおっ!?」
目にも留まらぬその一撃。
辛うじて防いだそれを放ったのは、フィリーネだった。
「私が相手だっ!!」
馬上から凜と言い放つフィリーネに、ロヴァは口元の緩みを隠せない。
「…何が可笑しい?」
「グヘヘッ…いやぁ~、姉ちゃんが相手してくれるならそれで良いんだよそれで…」
心底嬉しそうにニヤニヤするロヴァ。
フィリーネ含め周りの騎士からはその態度が俄に信じがたい。
だってフィリーネと真剣勝負をするという事は死を意味するから。
「ちょっと味方殺られたからあの弓撃ってる奴等殺してやろうかと思ってたんだけどよぉ…姉ちゃんが相手してくれるならあんな奴等興味ねえよ」
仲間の死より己の快楽を優先するといったところか。
「フィリーネ様!援護します!」
徒歩で槍を振り回し、ロヴァへ迫る騎士。
だが、一瞬で彼の持つ大剣の下に鮮血を飛び散らし物言わぬ肉塊と化す。
「…貴方の強さは、どこから?」
聞かずにはいられなかった疑問。
フィリーネが思わず口に出した疑問に、余計気を良くしたのか口元をさらにひり上げるロヴァ。
「ウヘヘッ!気になる?気になる?キレイな姉ちゃ~ん」
「…」
聞いて損したと言わんばかりの呆れ顔。
何も言わず斬った方が良かったかもしれない。
表情は動かさず、心の中でため息をつくフィリーネ。
「俺がなんでこんなに強くなったのかって、今までは全然こんなんじゃなかったんだ」
独りでに語り出すロヴァ。
周囲の騎士達も興味があるのか、その間は武器を下ろして耳を欹てる。
「身体のとある部分が変わっちまったんだ…そのせいで俺はこんなんになっちまった…」
「…それは、どこ?」
「キ●タマが4つに増えたんだ」
キィンッ!!
「うおわっ!」
すんでのところでフィリーネの一撃を防ぐロヴァ。
「全員下がって!これ以上犠牲を出す訳にはいかないわ…私が相手よ!」
レイピアの切っ先を勇ましく突き付けて宣戦布告するフィリーネ。
それに対してロヴァの表情は、戦いの最中とは到底思えないほど緩みきっていた。
「グヘヘッ!!そんなに怒んなよぉ~、下ネタはあんま好きじゃない?ごめんな…でも後で見せてやるよ、4つになったキン●マ」
フィリーネが一対一で自分の相手をしてくれるのが余程嬉しいのか、興奮した様子を隠せないロヴァ。
だが、今まで相手してきた騎士達とは一味も二味も違う事を、彼は身をもって経験する事になる。