※この作品はR-18です。

彼岸の瓣 第一幕   作:真名無しの艦これ好き

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第3話

――・〇・――

 

《狂虐(きょうぎゃく)》

 

 

 

 ゴツン、ゴツンと扉の向こうからモノを叩く音が聞こえる。

 

 それは、宛ら動物や魚などを捌くときに発する音にも似ていたが、あの扉の向こうに居るモノは彼の物たちではない。

 

 そう、あそこで捌かれているものは、私の、いいや彼の・・・・・・。

 

 『この役立たずども!』

 

 そう言って怒鳴りつける彼の声に載せて、また、ゴツンと鈍い音が聞こえる。

 

 何時も優しく微笑む彼とは思えない程の荒々しい声で、汚い言の葉で、彼は手塩にかけ育てて来た大切な艦娘達に【作戦の失態】と称して懲罰を加えていた。

 

 いいや、果たしてソレは、本当に軍規に基づいた懲罰なのかと改めて問われれば、恐らく殆どの者たちが首を横に振ったであろう。

 

 『吹雪には傷一つ付けてはならぬと、何遍も命じただろうが!!』

 

 動物の肉を叩く音に似た音響と共に、幼い少女の悲痛な絶叫が重なる。

 

 私が参加した演習を含むすべての艦隊行動後に成される、彼からの叱責。私が起こしてしまった全ての失態に対する、彼からの懲罰。

 

 ――――だが、失態の当事者であり、本来裁かれるべきはずの私は、そこには居ない。

 

 ゴツン ゴツン ガツン ガツン

 

 扉越しに聞こえる音が、拳を打ち付けるソレから、鈍器のようなモノへと変わる。

 それと同時に、聞こえる悲鳴が絶叫から断末魔のそれへと変わっていく。

 

 ガツン ガツン

 

 ―――――やめて。

 

 『無能めが!』

 

 ガツン ガツン ゴキリ

 

 『穀潰し!』

 

 ―――――やめて下さい、司令官!

 

 ガツン グチャリ ガツン ガツン

 

 『命じたことも出来ない畜生めが!』

 

 ――――悪いのは。悪いのは、私なんですっ!!

 

 幾度なく扉越しに叫んでも、彼は一向に殴打を止めない。

 いいや、そもそも私の声帯は恐怖でマヒしていて、音を発してはいなかった。

 

 『ふんっ。今日はここまでか、下がれ』

 

 吐き出される絶叫が虫の羽音くらいになった所で、彼はようやく殴打を止めた。

 カランと鈍器を投げ捨てる音が聞こえたのを合図に、コツコツと彼の靴音がこちらに近づいて来る。

 

 いやぁ、来ないで・・・・・・!

 

 たった今繰り広げられた虐待の恐怖に苛まれ、私は砕けた腰で寝台へと後ずさった。

 

 だが、寝台一つしかないこの部屋では、退路も無ければ、隠れる事さえも出来ようはずもない。

 

 コツコツ、コツコツと靴音が近づく。

 

 その一刻後、ガチャリと扉のノブが回され、彼の顔が視界に入った時、私の頭は真っ白になった。

 

 

 『やあ、待たせたね。吹雪』

 

 歪な紅白の軍服を纏った彼は、罵詈雑言を吐いていたとは思えない程の優しい声と、一切の負を廃した屈託のない笑顔で、私に微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

――・〇・――

 

 

 「各艦、射撃訓練始め!」

 

 朝日が朱に染まり始めた頃、私は、オオヨド秘書艦の通達で僚艦たちとの演習に参加することになった。

 

 「潮、主砲撃ちます。えぇーい!」

 

 「いっけェーー!」

 

 訓練場とした鎮守府湾内の海中より次々とせり出してくる深海棲艦を模した的を、私とともに訓練する艦娘達は全速航行しながらそれらを易々と打ち抜いていく。

 

 「そこなのねっ!」

 

 「沈みなさい!」

 

 「撃ち方はじめ。いっけー!」

 

 毎秒規模で出現する的を、私と僚艦たちは単縦陣を保ったまま寸分の狂いなく打ち抜いていく。

 

 最も、私を含めこの鎮守府に在籍している艦娘達の練度を鑑みれば、この程度の訓練などお飯事レベルなのだが、オオヨドの通達は司令官の指示でもあるので、艦娘―特に私としては従う以外の選択肢はない。

 

 「漣、朧は曙の両翼に展開。潮はそのまま旗艦を続行してください」

 

 「よーそろー」の掛け声で、後方にいた特型駆逐艦の二人が前方に出たのち、『アケボノ』と呼称された薄紫の髪をした駆逐艦の両隣に素早く移動し、陣形が単縦陣から輪形陣へと変わる。

 

 参加艦娘は、私と綾波型の四隻、それと監督役のオオヨド秘書艦の計六隻。

 

 訓練内容は、単縦陣を使った水雷戦隊の砲雷撃戦闘と輪形陣を使った艦載機の迎撃訓練。

 綾波型駆逐艦の末妹とされる『ウシオ』を旗艦とし、単縦陣と輪形陣を必要に応じて組み替えながら戦闘訓練を行うのが今日の演習内容となっていた。

 

 ちなみに、監督役のオオヨドは形式上は殿として随伴しているが、持参したタブレット端末を用いて各艦の戦闘指示と艦隊行動の批評を行うだけで、直接戦闘には参加しない。

 

 記録するだけなら別にわざわざ随伴する必要はないのだろうが、彼女曰く「この方が評価をつけやすい」のだそうだ。

 

 畢竟、【隠れて演習をさぼったりインチキしようとしても無駄だ】とでも言いたいのだろう。

 

 ――――相変わらず、涼しい顔してなんとも性格の悪いことだ。

 

 (・・・てことは、そろそろなのかな)

 

 無表情でひたすらにタブレット端末を操作するオオヨドに軽蔑の眼差しを送りつつ、私は愛砲に詰める整備妖精たちに三式弾を込めるよう指示を出す。

 

 この陣形を取るときは、抜き打ち参加している空母の誰かが訓練用の艦載機を飛ばすことになっているが、訓練の精度を上げるために参加している空母艦娘は基本知らされることはない。

 

 ただし、私は司令官の好意で例外的にオオヨドから参加艦娘の詳細―軽空母か正規空母かを知る程度にとどめているが―を知らされることが多かった。

 

 ――――確か、今日は軽空母の誰かだったはずだけど。

 

 そう思ったのも刹那、参加しているオリーブ色の髪をした駆逐艦―確かオボロといった―が焦燥した面持ちで報告をして来る。

 

 「敵機接近。機種、九九艦爆、数10」

 

 九九式艦上爆撃機一一型。

 空母艦娘に配備される数多の艦載機の一つだが、同じ爆撃機の彗星一二型甲や空母運用型に改良された試製南山、新鋭攻撃機の流星改や最強の戦闘機の一つとうたわれる烈風改と違って、専ら練習用として扱われる最旧式の艦載機だ。

 

 在籍する空母艦娘がそれら最新鋭機でごてごてと飾り付ける中、頑なにこの艦載機を扱っているのは、私の知る限り一人しかいない。

 

 (となると、今回はズイホウさんかぁ・・・)

 

 また、面倒なヒトが参加しているなと、私は愛砲を構えながら小さくため息をつく。

 

 祥鳳型の二番艦であるズイホウさんは、数多の空母艦娘のなかでも艦載機に並々ならぬ愛情を注いでいるヒトで、その愛情たるや所謂オタクそのものであった。

 ただ、そのオタク故に艦載機における知識と運用術は最高練度の艦娘に匹敵し、彼女の操る艦載機はたとえ九九式艦上爆撃機(きゅうしき)であろうと十二分な警戒が必要だった。

 

 「それにしても・・・。瑞鳳さんってば、よくOKしたよね」

 

 私と同様に主砲を接近してくる艦載機に向けながら、ピンク色の髪をした駆逐艦―確かサザナミといった―が徐に言の葉を発する。

 確かに、とサザナミのぼやきを心中で肯定しながら、私は、自分とズイホウさんとの今までの関わり合いをもう一度反芻してみるのだった。

 

 

 総じて気位の高い者が多い空母艦娘の中で、ズイホウさんは比較的温和で面倒見のよいヒトだった。

 

 駆逐艦(わたしたち)と並び立っても違和感のないほどの幼い顔立ちだが、人となりは年長者を思わせるほどに朗らかで、物腰も柔らかく、付き合いやすい性格だったので、私も何度か雑談や食事を共にしたことがあった。

 

 だが、訓練を共にしたことはこれが初めてだった。

 

 ――――まあ、私が参加した出撃や演習後の『あれ』を鑑みれは、理由は言わずもがなであるが。

 

 

 そう結論付けたところで、旗艦役を任されたウシオの声が鼓膜に届き、私は再び二人の会話に耳を傾ける。

 

 「うん・・・。部屋で落ち込んでいるよりは、外で体を動かしていた方がいいんだって言ってたよ」

 

 サザナミの言の葉に返答する形で、ウシオはそう返す。

 

 どうやら二人の会話を鑑みるに、ズイホウさんの身に部屋で塞ぎ込むほどの【何か】があったらしい。

 そして、それを紛らわせるために、この演習に参加したのだそうだ。

 

 (訓練に参加してくれるのは有難いけど。ズイホウさん、ほんとに平気なのかな・・・・)

 

 ――――あのズイホウさんが塞ぎ込むほどの【何か】。

 

 一体、あのヒトに何があったのだろう。

 いいヒトだから、できれば協力したいのだけれど。

 

 そう思ったとき、私の前にいたアケボノが話の腰を折る様に二人の会話に割り込んできた。

 

 「潮。漣が言ってんのはね、そんなことじゃないわよ」

 

 アケボノから思いがけない言の葉が飛んできて、ウシオは、キョトンとしながら「え、そうなの?」とサザナミを見やる。

 

 ――――どういうことなんだろう?

 

 本来、訓練中の私語は違反行為にあたる。

 多少の私語は、あのオオヨドでも黙認しているようだが、今は司令官のお気に入りである私が参加をしている訓練だ。

 

 そろそろ注意をして黙らせないと、後で彼女たちは司令官に【制裁】される事になるのだが、何故かアケボノの言葉が妙に気になって、私は注意をすることも忘れて聞き耳を立てつづけた。

 

 「ちょっと、三人とも。いまは訓練中だよ。そろそろ止めないと」

 

 そろそろまずいと思ったのか、オボロが三人の仲裁に入ってくる。

 綾波型のみで編成された第七駆逐隊の中では、一応彼女が長女(いちばんうえ)となるから妹の私事は同時に彼女の失態となる。

 

 つまり、彼女もまた司令官の制裁の対象となるのだ。

 

 「そ、そうだよ。ぼのたん。あんまり私語が過ぎるとご主人様にぶっ飛ばされるよ」

 

 その諫言に乗る形で、サザナミは会話を切ろうとそう付け加える。

 だが、元を糾せば自身の私語が事の発端だというのに、その言葉切りに司令官の制裁を出しにするなんて。

 

 確かに、司令官の制裁は少々行き過ぎているが、あの制裁は、私刑ではなくそれ行うための善悪と大義が存在する。

 なのに、サザナミはまるで司令官の制裁が【言いがかりをつけた私刑】だとでも言っているかのようだった。

 

 ――――これじゃ、まるで司令官が悪者みたいじゃない。

 

 目の前でサザナミが行った卑怯に憤りを覚えたとき、アケボノはオボロの諫言に従うどころか「はんっ」と鼻を鳴らした。

 

 「・・・・今さら、何言ってんのよ」

 

 苦虫を噛み潰したような声で、アケボノはそう呟き速度を落とし始める。

 

 (・・・えっ!?ちょっと、いきなり何?)

 

 いきなりアケボノの背中が目の前に立ちはだかり、私と他の僚艦たちもあわてて追従するように機関出力を落とす。

 

 「ちょっと、曙。どうしたのよ・・・・!?」

 

 妹の奇行を心配するオボロの言の葉を無視したまま、アケボノは速度を落とし続ける。

 刹那の時間で全速から半速へ。半速から微速へ。終いには機関の出力を制動にまで落とし、アケボノはとうとう海上に停泊してしまった。

 

 「曙さん。海上待機は訓練内容に入っていませんが?」

 

 タブレット端末越しに、オオヨドから忠告が飛ぶ。

 無表情かつ感情のこもっていない、まるで機械が発しているかのような声音だったが、言われたアケボノの方は肩を震わせながら感情を多分に含んだ声で言い放った。

 

 「・・・訓練? バカみたい、笑わせないでよ・・・!」

 

 わなわなと肩を震わせ、主砲を握りしめた右腕と噛み締めた唇からは赤い筋が刻まれていく。

 

 ――――怒っている?

 

 ――――いいや、哭いているのだろうか。

 

 「冗談じゃないわ・・・・!今さらこんなことして、いったい何になるというのよ・・・!?」

 

 ため込んだ感情を爆発させる様に、アケボノは噛みつくようにオオヨドに怒鳴り散らし始めた。

 だが、当のオオヨド本人はアケボノの憤りなどどこ吹く風でしゃあしゃあと言ってのける。

 

 「この訓練は、提督の御命令です。それをお忘れですか?」

 

 「あ、あんたねぇ・・・・。その、クソ提督が殺されたのよ。なのに、なんでそんなに透かしていられるわけ・・・!?」

 

 ほとんど殴り掛かる勢いで、アケボノはオオヨドに食って掛かる。

 

 普段から誰にでも、それこそ姉妹に出すら喧嘩腰に話すオンナだが、いまのアケボノは傍目でも分かるくらいに本気で怒っていた。

 

 「あ、曙ちゃん。これ以上はまずいよ・・・・!?」

 

 オオヨド目掛けて感情を爆発させるアケボノを慮ったのか、ウシオはアケボノの肩を掴み制止を促す。

 

 オオヨドは、存在的には自分たちと同じ艦娘(ぶか)であるが、彼女は司令官直々に監督役、もとい嚮導役を任されており、立場的には私たちよりも上であった。

 そして同時に、彼女は司令官と同等の権限を持つ人物とされており、その彼女に噛みつくなど沙汰の限りであった。

 

 だが、当の本人は止められたことに異議を唱えた。

 

 「なんでさ・・・!? 潮だってこんなことユルセナイって言ったのに、朧や漣だって、睦月のアレ、見たんでしょ?」

 

 爆発させた感情はアケボノの頬に大きな川を造り、溢れ出す憤りは宛ら噴火した火山の如き勢いで、アケボノに二ノ三の言の葉を吐き出させる。

 

 私も、此処まで感情を露わにした艦娘は見たことがなかったが故、素の状態だったのならウシオと同じように止めに入ったであろう。

 

 それが出来なかったのは、私がアケボノのはなった言の葉に驚愕していたからだった。

 

 ―――――司令官が、殺された?

 

 「虚言だと」否定しようとした時、彼女の態度が徐に私の記憶の引き出しをガタガタとうるさく揺すりはじめ、思考ををぐちゃぐちゃに掻き乱していく。

 

 ――――何故?

司令官の傍には誰かがいた。 

 ―――――どういう事?

司令官は誰かと会話をしていた。

 ―――――なんで司令官が?

司令官の顔はなくなっていた。

 ―――――どうして司令官が?

司令官の服は白ではなかった。

 

 なら、司令官は。

 わたしのしれいかんは。

 わたしの、タイセツナシレイカンは・・・・・・・。

 

 

 ―――――ワタシノタイセツナシレイカンハ、アノトキ、ダレカニ、コロサレタ・・・・・・?

 

 

 「・・・いったい、なにを、いっているの・・・・・?」

 

 恐らく、今の私は意味不明な顔でそれを言ったのだろう。

 

 問われたアケボノは、案の定「意味が解らない」とでも言いたげに私を見やった。

 

 「・・・呆れた。あんた、自分が何をやったかも忘れたって言うの?」

 

 「・・・・へ?」

 

 一体どういう事なのか。

 私を見やるアケボノは、さっきまでオオヨドに向けていた【怒り】を此方に向けてくる。

 

 「・・・いいわ。誰も言わないのなら、あたしが、あんたにはっきりと伝えてあげる」

 

 そう言って、アケボノは「やめよ」と必死の形相をする僚艦を無視して、私に言い放った。

 

 「クソ提督を殺したのはね。あんた―――――――」

 

 「黙れ」

 

 ――――え?

 

 突然背後からナニモノかの殺気が立ち上ったのも刹那、私の左耳の直ぐ脇を何かが通り過ぎる。

 

 そして・・・・・。

 

 ドン

 

 ―――――私の視界が、朱に染まった。 

 

 

 

 それは、私が啼いたものだったのだろうか、それとも、大切なヒトを殺されたオンナのものだったのだろうか。

 

 突如海原に木霊した、一発の砲声。

 その刹那、鼻腔をくすぐった硝煙と視界いっぱいに広がる朱の鮮血、そして、鼓膜を突き抜ける、オンナの慟哭。

 

 

 『い、いやぁ”ああ”あぁ”ァあ”ぁ”ァ”あ”アア”ァ”亜あ”ァァ”ああ”あああ”ああ”ぁぁ”ああ”ぁぁ”ぁぁ”ぁぁ―――――――――---っ!!!!!』 

 

 

 

 声量を無視したオンナの慟哭と、眼前に広がる赤黒い色素。

 それは、深淵に秘匿された私のもう一つの記憶の引き出しを開け放っていく。

 

 鼻腔を責める硝煙。

 鼓膜を劈く悲鳴。

 視界を埋め尽くす血反吐と、制服を朱に染める返り血。

 

 ――――そして、そこに沈む、在ってはならない白。

 

 その穢れた記憶の中身が、目の前のオンナの血反吐に重なって、『吹雪』の成した罪過を、白日の下に暴き出していくのだった。

 

 

 

 そう、―― ―― -ちゃんの言う通りだったのだ。

 

 

 『 ムツキちゃんがいけないんだよ?私の司令官をたぶらかすから・・・・』

 

 

 ――――司令官を、殺したのは、私。

 

 

 ―――――ワタシガ、シレイカンヲ、コロシタ・・・・・・。

 

 

 

 

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