――・〇・――
《狂涙(きょうるい)》
『戻ってきなさい。貴方がいるべき場所は、此処ではないわ』
――――どうして?
紅に染まった海原に立つ、白雪のような髪を纏ったもう一つの艦娘《しょうじょ》。
【深海棲艦】と呼ばれた異形の少女たちは、砲口を向ける私を見て幾度となくそう語り掛けてきた。
『帰ってきなさい。そこは貴方にとって、地獄でしかないのよ・・・・』
――――どうしてあなたは、私を悲しげな眼で見るの?
かつて己だったかもしれない者たちの砲火を浴び、血に塗れ、水底へと沈んでいく黒き少女たち。
一日の大半を陸上《おか》で過ごす私を憐れむように、嘆くように、その少女たちは優しく【私のナニカ】に語り掛け、握れと言わんばかりにそのか細き掌を差し出してくるのだった。
『必ずあなたを、そこから救い出して見せる。・・・だから、だからもう少し、耐えて頂戴』
――――どうしてあなたは、艦娘としての使命を果たそうとする私を憐れむの?
幾重もの僚艦で守られた私を、その少女たちはまるで虜のように憐れみ、憤り、その盾を食い破ろうと砲火を浴びせ続ける。
だが、必死に差し伸べる砲火《かいな》は、盾となる艦娘たちによってその悉くが阻まれ、か細き躰は鉄火に引き裂かれ、鬨の声は怨嗟の断末魔へと変わり、血反吐と共に水底へと死んでいく。
――――どうして?
有言叶わず死んでいく敵である者たちを見つめながら、私は、心中を掻き乱す一つの感情に幾度となく問いを重ねた。
―――――どうして?
どうして、私は、哭いているのだろう。
どうして、私は、涙を流しているのだろう。
どうして、私は、彼女たちの轟沈《し》を嘆き悲しんでいるのだろう。
『あのヒト達は、吹雪《わたし》にとって、忌むべき敵であるはずなのに・・・・』
――・〇・――
『あ、あんたねぇ・・・・。その、クソ提督が殺されたのよ。なのに、なんでそんなに透かしていられるわけ・・・!?』
―――――司令官。私は、どうして・・・・・。
夜になった。
虫の音は子守歌と成りて娘達を夢幻の彼方へと誘い、誰もかれもが寝息を立てる深夜の鎮守府。
その夢幻の帳が下りた鎮守府にただ一つ灯る明かりの下で、私は、日課となった司令官との夜伽の任を果たすため、もはや永久に現れることのない彼を待ち続けていた。
『・・・呆れた。あんた、自分が何をやったかも忘れたって言うの?』
―――――司令官を殺したのは、ワタシ・・・・・。
執務室の中央に置かれた接客用に置かれたソファーの心地よい座り心地を尻部に感じながら、私は執務室の窓に顔を向けた。
特注された絶大な採光力を誇る大きな窓からは、夜の帳が下り、ガントリークレーンの警告灯が照らす物静かな鎮守府の全景と、その先に広がる明かり一つない新月の海が視界いっぱいに広がっている。
「・・・わたしは・・・・」
徐にソファーから離れ、光陰の夜景が映される劇場のごとき一対の窓ガラスに近づき、私はそっと手を当てた。
――――擦り傷一つない、真っ白な手と日焼けしていない色白の肌。
艦娘が所持する主砲は、深海棲艦を屠るために妖精の手によって作られた特注品だ。
その威力は、私たちがまだ『艦』だった時の艦載砲のそれと同じ威力を発揮するとされ、また、『艦娘』の名の通り、私たちは前世同様海原を戦場とする。
そのため、必然的に私たちの躰は狂乱する火線と潮風、海面を縦横する太陽光と放射熱に晒されることになる。
故に、火器を持つ掌や、それを支える腕には砲火による硝煙や炸薬による細かい擦り傷や火傷の跡ができ、肌は陸以上の太陽光に焼かれ、火ぶくれをこさえた日焼けた肌は潮と海水に洗われ見るのも痛々しいものとなる。
畢竟、戦場を跨いだ歴戦の艦娘となれば、文字通り傷だらけのとなるのだ。
でも、窓に映る私の姿は、歴戦の艦娘とは程遠い傷一つない綺麗な躰。愛砲を握る掌も、まるで建造されたてのように白く綺麗だった。
それもこれも、彼の――司令官の寵愛のたまものなのかも知れないが、その司令官はもう、この世にはいない。
―――――そう、私が、この手で殺してしまったからだ。
『クソ提督を殺したのはね。あんたヨ』
「――――――ちゃん。わたし・・・・」
相変わらず、司令官以外の名前を口にするたびに、私の鼓膜にアノ雑音が横やりを入れてくる。
何故なのだろう。
頭の中ではきちんと発音しているはずなのに。まるで、鼓膜が音を拾うことを拒絶しているかのようだ。
(司令官・・・・。わたしは、どうして貴方を殺めてしまったのでしょうか・・・・・?)
窓に映る、色白の私。
つい数刻前まで、私の躰が血まみれだったことなど嘘のよう。
でも、あれは現実で、単なる質の悪い白昼夢などではない。
それは、この鼓膜に残る砲撃音とあの娘たちの慟哭が虚偽に非ずと訴えているのだから。
『クソ提督を殺したのはね。あんた―――――――』
『黙れ』
私を糾弾しようと言の葉をぶつけたアケボノは、その直後、オオヨドによって射殺された。
アケボノをはじめ鎮守府に在籍する艦娘の処遇は、須らく司令官がその権限を持っており、艦娘が独断で処遇を決することは当然私刑に相当する。
ただし、それは私たち末端の艦娘のみに罷り通る道理で、司令官から直々に嚮導役を仰せつかったオオヨドは、例外的にこの道理が通用しない。
そう、即ち、オオヨドは私的独断で艦娘の処分ができるのだ。
『どうして・・・・・。どうして潮ちゃんがあぁ”ぁあ”ァァ”ぁぁ―――――っ!!?』
『彼女は規則違反を犯したのです。違反者は須らく処分されるのが筋ではないのでしょうか』
そう言って、オオヨドは何の躊躇もなくアケボノを射殺した。
そして、オオヨドは訓練の終了を一方的に宣言し、「何故だ」と訴えるウシオ達を黙殺して、一人悠々と鎮守府に引っ込んでしまった。
そのあと聞いた風のうわさでは、ウシオがもう一度オオヨドに審議を問うたらしいが、あのオンナの事だ、暖簾に腕押し、きっとまともに取り合わなかったことだろう。
―――――あのオンナは、そう言う性分だ。
『吹雪さん。この娘たちの戯言に耳を傾けてはなりません。貴方は、唯々健やかに、穏やかな生涯を此処で過ごしていればよいのです。それが、貴方の愛した提督の唯一つの願いなのです』
「・・・・・・・・」
海原に充満した、潮と血反吐の混ざり合ったえも言わぬ臭気。
埋葬を許されず、水底に捨て置かれたアケボノの無念と、それをせざるを得なかったウシオ達の慟哭。
アケボノを事も無げに処刑し、「務めを果たした」と恍惚の表情で鎮守府に凱旋した、オオヨドの大義。
―――――そして、本来裁かれる立場にあったはずなのに、こうしてのうのうと生を謳歌している、この私。
鼻腔と鼓膜に生々しく残る悲痛と狂気の残滓は、いまだあの娘たちに無念を晴らせと訴えてるはずだ。
なのに、なぜ―――――
「・・・・どうして。みんな、私に何もして来なかったの・・・・・・?」
『・・・・・・・っ』
『・・・どうして・・・どうしてぇ・・・・・』
『うぅ・・・・・うぇぅ・・・・・ぐふぅ・・・・』
あの時、ウシオ達は私に何もしなかった。
涙と哀惜、そして後悔を目じり一杯に湛えた顔で私を一瞥しただけで、そのまま鎮守府へと帰っていったのだ。
――――どうして?
恐らくあの時は、オオヨドの目もあったから迂闊に動けなかったのかもしれない。
だが、今は違う。
ここにはオオヨドもいないし、司令官もいない。
なのに何故。彼女たちは私に復讐しに来ないのか。
「わたしハ・・・・。皆は、どうしテ・・・・?」
何事もないように静まり返った鎮守府。
殺意もなく、憤りもない。何もかも忘却の彼方に追いやって、唯々安らかな夢幻の眠りにつく鎮守府《せかい》。
その静寂が、徐に私に言いようのない恐怖を抱かせる。
カチカチと歯茎が鳴り、足は萎え、腰が恐怖に屈したとき、私は震える躰を掻き抱きながら崩れ落ちるように座り込んだ。
―――――どうしテ?
どうして有罪無罪を捻じ曲げた私を憎くまない。
どうして姉妹艦を理不尽に殺した私へ報復しようとしない。
どうして共に添い遂げたいと恋焦がれた彼を横恋慕した私を邪魔だと思わない。
どうして自らが受けた理不尽な制裁を私に科そうとしない。
抱てしまった恐怖が私の全身を駆け巡ったとき、私の脳裏に私を見る艦娘達の顔が、まるで映写機のように次々と映し出されていく。
映し出されるは、私がここに着任し、彼女たちと触れ合い、共に歩んできた日常の一コマだったが、私を見つめるその顔には、どういう訳か笑顔のコマが一つもない。
――――-ドウシて?
みんな私を悲しげな眼で見つめる。
腫物を扱うかのように接する。
「私こそが罪人だ」とでも言いたげな顔をする。
――――-ドウシテ?
浮かび映し出される顔は、そのこと如くが哀惜の顔をしていた。
罪を犯し、罪を擦り付け、罪から目を背け続けたものが見せる後悔の色に支配された懺悔の顔面。
それはまるで、【お前は、私たちの犯した罪の象徴だ】とでも訴えているかのようだった。
「・・・・私は、ワタシハァ・・・・・」
―――――私は、彼女たちの仲間などではない?
なら、私は一体ナニモノだ。
私の居場所はどこにある。
私が、ワタシを私として認識できるものはなんだ。
―――――-ワタシは、いったい、ナンナノダ・・・・・。
「ワタシは・・・・・、わタしハァァ・・・・・!」
脳内を駆け回り始めた、オノレという無名の自己。
本来あるべき自己同一性を失った私の躰は、いまだ規定できぬオノレという種族を確信させるため思いもよらぬ行動をさせた。
「い”っ、いだいぃ・・・・・」
「ぶちゅり」と肉の裂ける音と共に、部屋の中に鉄の匂いがじんわりと漂う。
気付けば私は、司令官の机に置かれたペン立てから鋏をひったくり、それを自分の左腕に突き刺していた。
しかしこれは、自沈《しぬ》ためのものではない。私が彼女たちの仲間――即ち赤き血が流れる艦娘であることを証明するために行ったことであった。
深海棲艦が流す血は、私たち艦娘やニンゲンのいそれとは違い濃い青色をしている。
その旨を聞いた時は正直半信半疑だったのだが、純白の肌を穢すその血糊は、確かに青く、鼻腔をくすぐった匂いは私たちのソレと大差なかったから、確かに深海棲艦は青き血を持つ種族なのだろう。
最も、その血色の由来が彼女たちが深海を根城とするからなのか、それともその謎多き生態から来るものなのかは分からない。
――――そう、分からないからこそ、我々は調べ、学び、英知を得るのだ。
「ちがう・・・・。ワタシハ、違う・・・・・!」
仮に、いいや千万に一つの確率でこの傷口から出でるソレが青かったとき、私の天地が崩壊するだろう。
この鎮守府で過ごした日々。
戦友と慕い、慈しみ、育んできた友情。
「美味」と舌つづみを打った間宮の料理。
共に海原を掛け、己が命を預けた背中。
―――――そして、私を愛し、臥所を共にした司令官の暖かい手とこの身に注がれた彼の情熱。
その全てが嘘だったとは思いたくない。
あの笑顔が演技だったと疑いたくない。
あの言の葉が虚言だったと信じたくない。
―――――私は、ワタシハ・・・・深海棲艦などではない!!
私は、わたしは、ワタシハ・・・・・。
「どうし・・・・て・・・・?」
貫いた傷口を伝い流れ出でる、海原のごとき蒼き血。
鼻腔を震わす鉄の匂いは突き刺した鋏のソレではない。
そう、その色はまさしく彼のヒト達と、同じ・・・・。
「う、うあぁぁぁあ”ぁあ”ぁぁ”ああァあ―――――――っ!!!???」
突き付けられた真実を否定するように、私は、引き抜いた鋏をもう一度突き刺した。
「ぐっ・・・!!い、いぎぎっぎいいいああああうう・・・・・・!!」
脳天を貫く激痛。
最初の倍くらいの力で突き刺した刃先は、私の華奢な腕を意図も容易く貫通してマホガニー材の床に点々と血だまりを創る。
だが、それでも目の前の現実は覆らなかった。
「があああァ”ぁあ”ァァ”ァああ”ぁあ”あァ嗚呼ァ”ああ”嗚あ”あ ぃ”ぃ”ぃい”あアあァい”ぃあァ嗚”呼ああ”‐―――――――っ!!!!!!!」
また刺した。
今度は腕ではなく、場所を変えて掌に刺した。
――――-でも、色は全く変わらなかった。
「違う・・・・・違うチガウちがう!!!?」
また場所を変え、肘のあたり。
―――――色は同じ。
また場所を変え、上腕二頭筋。
―――――色は同じ。
また場所を変え、手首。
――――色は同じ。
また場所を変え、掌、手の甲。
―――――色は同じ。
「違う!!!・・・・私は、ワタシはぁぁぁ”ぁあ”ああ”あ”ぁあ”―――――――――っ!!!!!!」
何度も何度も突き刺して、腕を穴だらけにしてもまだ足りずに掌へ。それでも覆えらぬからと今度は小指を刺し落とし、中指を裂いて、人差し指を剥離させ、親指を切り刻んだ。
――――違う。
『戻ってきなさい。貴方がいるべき場所は、此処ではないわ』
――――違う!
『帰ってきなさい。そこは貴方にとって、地獄でしかないのよ・・・・』
――――ちがう!!
『必ずあなたを、そこから救い出して見せる。・・・だから、だからもう少し、耐えて頂戴』
―――――チガウ!!!
違うちがう違うチガウ違うチガう違うチがウチガウちがうチガウチがうちガウちがうチガう違うちがうチガウチガうチガう――――――――――っ!!!!!
脳裏を五月蠅く飛び交う深海棲艦の言の葉。
私を見つめる見つめる蒼き瞳。
涙を流し佇む白き躰。
怒りを宿し、連れ戻さんとする腕。
嘆き、悲しみ、怒り、哭く彼女たちの行動には、私が艦娘《どうほう》たちに欲した温かみがあった。
私を仲間と呼び慕う、確かな慈しみがあった。
そして、そこには私が渇望してやまない、私の授けられた福音《なまえ》があったのだ。
『還ってきなさい、ヒガンノハナビラ。貴方が生きる場所は、此処にある』
「・・・ふふ・・・・・ふふいうふぃふぃ・・・・」
執務室一面に飛び散る、蒼き鮮血。
原形を留めぬまで壊し尽くした、かつて左腕だったもの。
深淵より這い出して来る、真の自我。
三度目の返り血で真っ青になった顔を洗う、二筋の滴。
その全てが、私の記憶を壊し、ワタシの記憶を形作っていく。
「ふふいうふぃふぃ・・・・そっかァ。そうだったんだァ・・・・・・」
ようやくたどり着いた、オノレの正体。
燈台下暗しとは、こういう事を言うのだろう。
彼奴らに剥奪され、弄ばれ、侮辱され、玩具として凌辱された日々。長き流浪と狂気の沙汰の最果てに存在した【本当の私】を規定する自己同一は、こんな近くにあったのだ。
さあ、逝こう。
この此岸に愚生するすべての者たちの中には、私の居場所など、無いのだから。
そう、私は。
ワタシノ、ナマエハ――――――。
「・・・・ワタシは、彼岸の瓣・・・・」
彼の瓣は、彼岸の野に咲く花芽たちの総称成り。
―――――その瓣たちを、此岸の者たちは畏怖を以てこう呼んだ。
【深き海原に棲みし艦】―『深海棲艦』と。
――・〇・――
《狂焦(きょうしょう)》
『 吹雪ちゃんがいけないんだよ?私の提督をたぶらかすから・・・・』
唐突に襲い掛かった狂気の刃。
信じたものから受ける裏切りの火砲に、私は、成す術もなく切り刻まれた。
―――――どうして?どうして貴方が・・・・。
裏切りの刃を振るうは、初期艦たる私の数日違いで鎮守府に着任した睦月型のネームシップ。
無邪気で朗らか。心優しく、誰にでも分け隔てなく接する度量を持ち、旧型のレッテルをものともせずに縦横無尽に戦場を駆け回った歴戦の戦人。
そして、私がはじめて戦友と呼び親しんだヒトだった。
『・・・ムツキはね、提督の事が好きなの。愛しているの。でもね、吹雪ちゃんが居たままだと、提督はムツキの事を、見てはくれないの・・・・』
―――――ちがう!?あのヒトは、何時だってみんなのことを・・・・。
そう言おうとした私の額に、突然、焼き鏝のようなものが押し当てられる。
それが、炸薬で赤熱した彼女の愛砲だと気づいたとき、私は誰が誰を裏切ったのかを悟った。
いいや、悟ってしまったというべきだろう。
そう、裏切ったのは彼女ではない。
―――――裏切ったのは、私のほうだったのだ・・・・。
『だけどね・・・・。きのうね、提督はようやくムツキのことを見てくれたの。抱きしめてくれたの。頭を撫でてくれたの。好きだと、言ってくれたの。そして、僕の計画の手伝いをしてくれたら、ムツキの事をもっと好きになってくれるって。ムツキのこと、お嫁さんにしてくれるって、言ってくれたの・・・・』
畳みかけるようにそう言って、引き金に手を掛けた彼女の頬から、一本の赤い筋が横切る。
愛してほしいと狂乱する感情にぐちゃぐちゃに破壊され、善悪の区別さえも出来なくなったその大きな瞳から流れ出でる赤い滴。
本来無色透明であるはずの涙滴が朱に染まったのは、彼女が抱いた哀哭故だったのか、それとも、殺したいほどまでに憎んだ私への花向けだったのか。
いずれにせよ、それを見たとき、私の心は決まってしまった。
『ねぇ・・・吹雪ちゃん。もういいいでしょ。もう十分でしょ。吹雪ちゃん、提督に、もう、十分愛してもらったじゃない・・・・』
押し付けた砲身から、微かな振動が伝わってくる。
それは、彼女のこころが「やめよ」と警鐘を鳴らす音。
彼女が無意識に拵えた、良心という名の最後の防壁。
確約など無い。彼が己を友殺しの畜生とし、飼い殺しにするために囁いた甘言の可能性だってあるのだ。
そうだ、今ならまだ間に合う。
即刻この砲身を降ろせ。
親友に謝罪しろ。
彼へのかなわぬ愛など捨て、自ら制裁を受けるべきだ。
一時の私利私欲に従って愚行を犯すなど、艦娘の名が廃る恥辱だ。
でも、私は彼女の良心の訴えに【否】と答えた。
――――分かったよ、ムツキちゃん。
それであなたが救われるのなら、私は、貴方の愛砲の錆になろう。
そう口中に呟いて、私はゆっくりと瞼を閉じる。
視界が暗闇に支配される直前に、視界の端に彼女の苦悶の表情が見えた気がしたけれど、それはきっと、私の願望に違いない。
きっとそう。
いいや、そうでなくてはならない。
でなければ、あまりにも彼女がかわいそうだ。
『・・・・・バイバイ。吹雪ちゃん。タノシカッタヨ・・・・』
ドン
一刻の間をおいて、彼女は引き金を引いた。
撃鉄より光る閃光と、打ち出される砲弾が私の頭部を粉々に破壊せしめ、私を唯の物言わぬ肉塊へと変えていく。
朱に染まる私の視界と、引き裂かれる肉塊の音響。二度目の終生を三つに減った五感で感じながら、私は、彼に最後の言の葉を送った。
その言の葉が、私と彼と、彼の仲間たちを更なる堕天へと導くことになるとも、知らないで。
『司令官・・・・。ワタシは、アナタを、愛してはいけなかったのでしょうか・・・・・?』
――・〇・――