日ノ本の國 第特級指定戦禍防衛艦隊 横須賀総司令部。
深海棲艦と呼ばれる海棲知的生命体を狩り、國土と民草を守護するために設立された防衛省直轄の超法規的武装組織。
町行く人々から『横須賀鎮守府』と呼称される防衛施設に、彼の波間の少女の居は存在した。
「提督。特務艦ゼルテネス・ティーア、ただいま帰投致しました」
鎮守府における最も重要な部屋とされる提督執務室に、一人の傷だらけの少女が緊張した面持ちで入室し、海軍式敬礼の姿勢を取る。
少女の名は、ゼルテネス・ティーア。
正式名称を、ゼルテネス・ティーア型特殊任務艦一番艦ゼルテネス・ティーア。
人類の天敵たる深海棲艦を狩り、万物の共有財産たる海原を奪還するために創造されたヒト型起動兵器『艦娘』の一人である。
「ああ、ご苦労。ゼルティ」
豪華絢爛な観音開きの部屋の奥、ちょうど投抜錨に使う埠頭から差し込む西日に照らし出された執務机から初老の男性の声が聞こえてくる。
彼の名は、鳳帝(おおとり みかど)。
横須賀鎮守府における唯一人のニンゲンにして、数多の鎮守府を束ねる長の階級とされる元帥を戴く者。
――――そして、艦娘を統べ、護り、導く提督と呼ばれる存在でもあった。
ゼルテネス「恐縮です」
ズキズキと体中を奔る鈍痛を堪えながら、ゼルテネスは背筋を伸ばしそう応える。
対する鳳は、日課の書類仕事に勤しみながら彼女の顔を見る事無く言った。
鳳「で、首尾は?」
無事帰投したことを喜ぶわけでもなく、さりとて興味があるわけでもないといった感じで、彼はゼルテネスに問うた。
通常、戦果報告は出撃した艦娘全員と共に行うため、このような一対一で報告を行うことはしない。
ただし、ゼルテネスは鳳の命令により、一足先に執務室に出頭することになっていた。
ゼルテネス「南西諸島はオリョール海域の哨戒任務中に、敵機動部隊と遭遇。戦闘の末、これを撃滅せしめることに成功しました。こちらの損害は、僚艦ゼルテネスが大破、旗艦電は至近弾を受け小破となりました」
淡々とした口調で、ゼルテネスは応える。
今日、ゼルテネスは敵艦隊を一人で撃滅するという戦果を挙げた。
というのも、旗艦である電と一時的に別行動をとったためと言うやむを得ない事情の物だったが。
元々、ゼルテネス・ティーアは回転翼機《ヘリコプター》を主兵装としたヘリコプター揚陸艦《LPH》として進水した。
その後、刻一刻と変化する戦況に対応するために『オートメラーラ127mm砲』、『5インチMk45 62口径軽量砲』、『20mm近接防御火器』や『SH-60K』などの近代兵装を用いた運用戦術を構築するための特殊任務艦として生まれ変わったのだった。
改装に伴い、新たに主砲として搭載された最新鋭速射砲『オートメラーラ76mmスーパー・ラビット砲』は、駆逐艦主砲である12・7cm砲よりも小型ながらその射程や火力は天と地ほどの差が存在する。
さらに、対空火力の補填として20mm近接防御火器を二梃搭載したことにより、総合的な戦闘力は重巡洋艦並みを誇る高火力艦となった。
ただし、いくら高火力艦といえども相手が百機近くの航空機を有する空母と一対一《さし》で戦うのは流石に分が悪かった。
結果、敵艦隊は殲滅したものの、こちらの艦載機はほとんど撃ち落され、自身は大破し、駆け付けた電までも小破させてしまうという結果に終わってしまったのだ。
鳳「そうか」
読後の片手間と言わんばかりに応答して、鳳は読み終えた書類に捺印する。
そして、今度は煩雑にまとめられた十枚ほどの書類――恐らく先に帰投していた艦隊の報告書――を読み始めた。
多くの鎮守府では、多大な戦果を挙げた艦娘には労いの言葉や「よくやった」と頭をなでるといった何らかの褒美があるのが普通である。
だが、鳳は僅かに目線を上げチラリとこちらを見やった後、即座に顔を戻してしまった。
鳳「・・・・下がってよし。あとの詳細は旗艦から聞く」
眉間に一本のしわを寄せてぶっきらぼうに言い放った鳳は、徐に右人差し指で机をトントンと叩き始める。
恐らく、報告書の内容が良いものではなかったのであろうが、彼の場合、それだけではないのだろう。
――――そう、大破した私のこの姿もまた、彼の心痛心労の種となっているのだ。
ゼルテネス(こんなところ、あの娘がみたらきっと怒るだろうな・・・・)
帰投してからかれこれ数分、そろそろ電が報告書を持ってこちらに来るはずだ。
なら、いまの自分の姿を見られるわけにはいかない。
そう判断しゼルテネスは「失礼します」と敬礼をし、早々に退出しようとした。
その時だった。
「司令官さんっ!いくらなんでもあんまりなのです・・・・っ!!」
突然後ろから甲高い怒声が聞こえ、ゼルテネスは後ろを振り返った。
ゼルテネス「い、いなづま・・・・」
振り返ったさきにいたのは、顔を怒りの形相で真っ赤にした駆逐艦『電』のすがたであった。
両手にバインダーを持っているところを見るに、おそらく作成した報告書を届けに来たのだろう。
ただ、扉のノック音が聞こえなかったのだが、もしかして、私が聞きそびれてしまったのか。
それとも、憤怒の勢いそのままに執務室に入って来たのだろうか。
いずれにしても、この場で最も居合わせたくない人物の登場に、ゼルテネスは内心で舌打ちをしながら二人のやり取りを苦々しく見つめることになった。
鳳「電、か。どうした?」
電「どうした、ではないのです。なぜ、ゼルティさんを入渠させてあげないのです!」
案の定、電はゼルテネスの躰について彼を糾弾し始めた。
艦娘は、日々深海棲艦相手に文字通り命を賭して戦っている。
戦いは常に死闘であり、時には轟沈、即ち戦死することだってある。
故に、艦娘達は死というものに非常に敏感であった。
鳳「ドックはいま、第二艦隊が使っている」
入渠ドックは、一つにつき艦娘一人しか治療できない。
そして、この横須賀鎮守府の入渠ドックは全部で四つ。だが、帰投直後に入渠ドックは満席だったため、ゼルテネスは大破状態のまま鳳のもとに出頭することになってしまったのだ。
電「それなら、さっき北上さんが出てきたのです」
相変わらず指先で机をトントンと叩きながら顔を合わせようとしない鳳の態度に、電はイライラした様に言い放った。
彼女がここまで怒りをあらわにするのは、艦娘が深海棲艦との戦闘で受けた傷は入渠ドックででしか治せないからであった。
そして、入渠は提督の許可が下りない限り使用することはできない。
今のゼルテネスの状態は、艦娘で言うところの大破状態。しかも、轟沈寸前の状態だ。
巫女装束を模した制服は血で赤黒く染まり、破けた衣服の隙間からは血でごわごわになった包帯が見え隠れしている。
身長程もあるヒヤシンス色の髪には、所々に血が付き斑模様になっていた。
とりあえず止血はされているようだが、正直立っているのもやっとの状態であろう。
良識のある人物なら、こんなところに立たせてないで一刻も早く入渠させるのが普通である。
もし、この状態で放置するつもりならば、それはすなわち彼女を用済みと判断した時だけ。
即ち、『捨て艦』か『解体』するかのどちらかだけである。
鳳「そうか。なら、入渠を許可する。行って良し」
電の怒りなどどこ吹く風、あくまでこちらを見ずに鳳は言う。
ただ、報告書――恐らく第二艦隊が提出したもの――を持つ手によけいな力が入り書類に皴が出来ているのと、机を叩く音が強くなってきているようだ。
鳳「どうしたのだ?望み通り許可したのだぞ。早くって来るがよい」
とりあえず彼女の危惧は杞憂に終わったみたいだが、それで電の怒りが収まるほど彼女の心の許容は大きくなかった。
むしろ、怒りのベクトルは別の方向にむかった。
そう、鳳のゼルテネスに対する態度だ。
普段の鳳はどの艦娘にも分け隔てなく接し、きちんと相手と面と向き合って会話をする。
何より、相手が誰であっても決して冷遇したりはしない。
というより、鳳がゼルテネスにここまで冷たく接しているのかと内心驚いているくらいだった。
―――――驚き、そして、憤っていた。
電「~~~っ!。ちゃんと『眼』をみていうのです!!」
電の怒りはもはや怒髪天を貫き、今すぐ殴り倒してやろうかという状態だったが、そこは初期艦、必死で耐えた。
もし、鳳がゼルテネスを冷遇してそれを隠していたのなら部下ととしてそれを正さなければならない。
かつて多くの鎮守府がそうだったように、正すのが遅れてしまえば他の艦娘にも危害を及ぼしかねない。
大本営の初期艦である電は、そうして手遅れになった鎮守府をそれこそ嫌になるくらい数多く見てきた。
電「司令官さんっ!!」
ほとんど掴み掛る勢いでどこかの朝潮型よろしく電は怒鳴り散らすが、暖簾に腕押し状態で鳳はまともに取り合おうとしない。
手に持つバインダーはミシミシと音を立て、挟んだ用紙は溢れはじめた涙でぐしゃぐしゃだ。
ゼルテネス(まったく。あなたって人は・・・・・)
やっぱりこうなったか、とゼルテネスは小さくため息をつく。
鳳と言い、電と言い、どうしてこの二人はこうも頭に血が上ると思慮が狭くなって、頑固で意固地になるのか。
電が自分のため、果ては鎮守府のために怒ってくれるのは正直嬉しいし、それは鳳自身も十分に理解している。
だが、彼もまた、彼なりの事情と通さなければならない筋が存在するのだ。
畢竟、同族嫌悪ではないが、似た者同士故に相手の繊細な心情が分からないのかもしれない。
ゼルテネス「電。少し落ち着きなさい」
このままでは埒が明かないと思い、ゼルテネスはしずかに、しかし語気を強めていった。
電「ぜ、ゼルティさん・・・・。でも――――」
ゼルテネス「いいから」
何故か鳳ではなく自分の方が諫められたことに不満を言おうとする電に、ゼルテネスは「いいから」と付け足し半ば強引に会話を切った。
正直、これは電の思い違いでしかないのだが、それを説明したところで今の彼女は納得しないだろう。
それどころか、余計に怒りを買い今度こそ鳳に手を挙げてしまうかもしれない。
そうなれば、彼女は不敬罪で解体されてしまうだろう。
それは、電にとっても鳳にとってもよくないことだし、させる訳にもいかなかった。
電「・・・・了解、なのです」
電はまだ何かを言おうとしていたが、ほんの少しだけ頭冷えたのだろう渋々引き下がってくれる。
ゼルテネス(ごめんね、電。ありがとう)
素直に従ったくれたことに心の中で謝罪して、ゼルテネスは自分のせいで滞っていた彼女本来の仕事をさせるため声を張り上げた。
ゼルテネス「第四艦隊。作戦完了の報告を行います」
正直、そろそろ立っているのも限界だったが、彼女に不敬罪の未遂をさせた手前もありここで自分だけ退出するわけにもいかない。
なにより、これが本来の戦果報告のあるべき姿なのだ。
電「第四艦隊旗艦 電。報告を始めます」
ゼルテネスの気持ちを慮ったのか、電も気持ちを切り替えてぴしりと背筋を伸ばす。
こういう切り替えの早さは、流石は初期艦といったところであろうか。
鳳「了解した。報告をきこう」
そうした二人にの気概に、鳳は確認中の書類を置いてようやくこちらに顔を向けた。
齢60にしてはがっしりとしており、胸元に大きな幾何学模様を描く略式勲章は、彼の今まで歩んできた幾多の功績のたまものである。
海軍特有の錨を模した帽子から覗く白髪と歴戦の猛将がごとき双眼は、しっかりとゼルテネスと電両名を捉えており、報告する電にもピリリと緊張が走る。
電「本日1000。我が第四艦隊は、南西諸島海域は東部オリョール海への威力偵察に出撃しました」
幼いながらもしっかりとした口調で報告をする電のを見て、ゼルテネスは彼女の左わきに移動する。
移動し、改めて鳳と向かい合ったとき、彼女はふと己に向けられた鳳の眼に僅かな―本当に注視しなければわからないような憂いがあることに気付いた。
――――あなたというヒトは、まだ後悔しているのですか・・・・・。
数秒逡巡したのち、ゼルテネスは悲壮を含んだ笑みを浮かべる。
一年前のあの日、愛したヒトを自らの手で地獄に突き落さなければならない辛苦に苦悩する彼に送った、同じ笑みを。
『提督、私は大丈夫です。大丈夫ですから・・・・』