戦果報告の後ようやく入渠を終えたゼルテネスと電は、作戦後の休憩も兼ねて甘味処『間宮』へと足を運んでいた。
電「まったく・・・・、司令官さんも、もっと気遣いというものを持ってほしいのです」
言って電は、むくれっ面のままスプーンにすくったアイスクリームを頬張る。
甘味処『間宮』は、その名のとおり給糧艦間宮が切り盛りするカフェテリアのような店で、そこで提供される甘味は艦娘達の疲労を癒し戦意を向上させる効果を持つ。
また、鎮守府には非番の艦娘が交代で切り盛りする食堂も存在するが、間宮では頼めば甘味だけでなく軽食も作ってくれるので、あえて食堂でなくここで食事を摂る艦娘も少なくない。
何時もなら他の艦娘達で賑わっているのだが、今は珍しく閑散としており、店内には間宮を除けばゼルテネスと電しかいなかった。
電「ゼルティさんも、ああいう時は司令官さんにビシッと言ったほうが良いと思うのです」
自棄食いに近い感じでアイスクリームを頬張りながら、電はゼルテネスに諫言を垂れ始める。
結局、電は入渠を終えてもまだ「溜飲が下がらぬ」と言って鳳に抗議しようとしていたので、ゼルテネスは電に事情を話し、彼には非がないことを伝えた。
事情を聞き、電は「ゼルティさんがそれで良いのなら、仕方がないのです」といって一応拳を収めてくれたのだが、今度は間宮アイス片手に鳳に対しての愚痴を延々と語り始めたのだった。
電『まず、入渠させてから話をするのです』
手に持ったスプーンを指揮棒よろしくゼルテネスに向け、電はビシリと言い放つ。
微妙に声を低くしたのは、おそらく自分の声真似をしたためであろう。
ただ、声音はなんとなく似ているのだが、いかんせん口癖である「なのです」はそのまま付けて言ったため、なんとも滑稽に思えてしまう。
ゼルテネス「ぷ・・・っ。ふふふふ・・・・・」
電「あゝ、笑ったのです。ひどいのです」
思わず吹き出してしまったゼルテネスに、電はぷーっと両頬を膨らませてみせる。
本人はいたって真面目に抗議しているのだが、彼女の幼い顔立ちも相まって怒顔すらも愛くるしく思えてしまう。
ゼルテネス「・・・ごめんなさい。いきなり私の声真似するものだから、ちょっと、可笑しくって・・・・」
電「な・・・っ!?もう、ゼルティさんは意地悪なのです・・・・」
言われてようやく気付いたのか、電は顔を真っ赤にしながら「ぐぬぬ」と膨れ面で残り少なくなったアイスクリームを頬張った。
それを、ゼルテネスはまるで娘を慈しむような眼で見つめる。
―――こんな時間も、たまには悪くないわね。
数年前――私が建造された時は、こんな風に誰かと穏やかに過ごしたり、心配されることなんて考えもしなかった。
そう、当時の私にとっての世界は、あてがわれた小さな自室と【姉妹艦だったあのヒト】から時折語られる言の葉だけ。
あの日に比べて戦況は悪くなる一方だけれど、それでもこうして誰かと食事を共にしたり言の葉を交わすことが出来るのなら、この黄昏の世界を救済し、存続させる価値もあるのかもしれない。
電「そういえばゼルティさん。この後は、また出撃なのですか?」
残り一口となったアイスクリームをすくい、電は問う。
哨戒任務は、基本的に艦娘一人につき一出撃でローテーションを取っているから彼女の出撃任務は火急の呼び出しがない限りこれで終りとなる。
あとは個々で自主練習をするか、自室でまったりするかのどちらかとなる。
ただし、ゼルテネスは例外的に一日数回程度、旗艦を変えての出撃任務が課せられていた。
ゼルテネス「うん。夜に輸送船団護衛のために出撃するわ」
電「へ―――――」
カチャンっとスプーンの落ちる音が響く。
ゼルテネス「電?」
電「・・・・船団・・・護衛・・・・」
まるで何かに怯えるようにかのように顔を真っ青にして、電は『船団護衛』という単語を反復し始める。
栗色の前髪がぱらりと雀茶色の大きな瞳を隠したのと同時に、目じりはみるみる滴が溜まり溢れ出していくのを見やった時、ゼルテネスは己の軽率な失言を自己嫌悪した。
――――嫌悪し、でも、それを悟られないように幾重もの防備と詭弁で本音を固めたうえで、目の前の少女を慰めることにした。
ゼルテネス「電、そんな顔しないで。必ずみんな無事に帰ってくるから」
まるで死地に仲間を送り出すかのような顔をする電に、ゼルテネスは精一杯の微笑みを浮かべ彼女の頭を優しくなでる。
遡ること四年前、突如現れた深海棲艦と呼ばれた海棲生命体は、理由も目的も明かさないままニンゲン共の文明に襲い掛かり、海原に建つあらゆるものを破壊し、蹂躙し、シーレーンを分断し、世界を孤立させた。
以来、海上は艦娘の護衛なしでは航行はおろか入ることすらも出来なくなり、世界の物流は厳しく制限され、物価は乱高下を繰り返し、世界の國々は艦娘を持つものと持たざる者とでの間で栄枯盛衰を繰り返す混沌の坩堝と化したのである。
そして、自衛手段を持たないニンゲンたちの船舶の護衛任務のなかで、輸送船の護衛は最大の難易度を誇っていた。
輸送船はその用途上、自分達よりはるかに大きな体躯を持ちながらその装甲は紙のように脆く、航行速度も十ノットを行くか行かないかである。
日進月歩の勢いで開発実装される近代兵器と、ゼルテネスのもたらす戦術理論の恩恵により、電たちの戦闘力は従来の比ではない程に強化されているが、それでも動く的のごとき泥船を何十隻も引き連れて戦場を横断するなど、自殺行為の何物でもない。
初期艦であった電も多くの戦友をこの任務で失っており、星の数ほどに聞いた今わの際は、彼女の心に癒えることのない傷を深々と付けていた。
電「・・・・でも、五月雨ちゃんや白露ちゃん。涼風ちゃん、村雨ちゃん、千歳さん千代田さん、伊勢さんや日向さんだって。みんな・・・・みんな・・・・・」
戦死してしまったかつての仲間の名を呼びながら、電は嗚咽を上げる。
物資輸送の重要性は、電もよく理解している。
特に、一年前の大規模作戦が事実上の失敗に終わってからは、ますます海上の往来が厳しくなり、物資の確保は死活問題になっていた。
この日ノ本ですら、街角には路頭に迷っている人たちをちらほら見かけるし、艦娘を有していない國では餓死者が出て、暴動も頻発していると聞く。
このままでは、近い将来人類は深海棲艦に滅ぼされるか、自滅するかのどちらによってこの地球より消え去ることになるだろう。
そんな最悪の事態を避けるために、いまこの瞬間も大海原のどこかで、同胞たちが自分の命と引き換えに祖國と民草を守護しているのだろう。
戦争である以上、軍属である以上、自分も彼女たちも何時かは死ぬ。
ある日突然、自分の隣にいた誰かが凶弾に倒れ、終戦を見る事無く水底に沈む。
それは、戦火の中では至極当然のことであり戦場の日常であった。
―――――分かっている。
そう、分かっているのだ。
ゼルテネス「・・・・大丈夫。私が出撃する以上、誰一人として轟沈させないから。絶対に、させないから・・・・」
向かいの席から電の隣に移り、ゼルテネスは泣きじゃくる電を抱き締め背中を優しく撫でてやる。
豊満な胸から伝わる程よい温もりと、安心させようと何度も「だいじょうぶ」と繰り返しくれるゼルテネスの優しさに包まれて、電は己の押し殺してきた哀哭をたまらず吐き出した。
電「う、うう・・・、うわぁぁぁぁ~~~~・・・・」
嗚咽は慟哭に変わり、ゼルテネスは電が今まで抱えてきたものの重さを改めて実感した。
―――この娘は優しい。否、優しすぎる。
何時の日だったか、自分は電に「己の信念はなにか」と問うたことがあった。
その時、彼女は『たとえ、敵であったも救える命ならば救いたい』と答えたのだ。
私はあの時、戦時中に掲げる旗としてはあまりに甘く、そしてあまりにも重いものだと思った。
そして、同時にその掲げた信念に彼女自身が押し潰されてしまうのではないかと心配にもなった。
―――――何故なら、彼女の掲げる信念は、この横須賀鎮守府が掲げる御旗と同じものだったからだ。
ゼルテネス(・・・・電、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい・・・・)
私が出撃する以上、輸送船団の護衛はどのような形であれ必ず成功することになるだろう。
ただし、私の任務はあくまで近代兵器の戦術構築であり、船団護衛は戦術構築という薬液を完成させるための試験管でしかない。
つまり、作戦の是非ですらも、私にとっては薬液の原材料であり、参考試料であり、数多ある被検体の一つ。
それ以上でも、それ以下でもないのだ。
例え、【護るべき船団が一隻残らず沈められた】としても。
例え、【護衛の艦娘が全滅した】としても。
例え、【持ち帰るべき物資がすべて海の肥やしとなった】としても。
畢竟、それは立てた戦術が【たまたま通用しなかった】だけ。持ち寄った兵装が【たまたま敵艦に有効打を与えられたかった】だけのこと。
―――――私の任務的には、何の落ち度もなければ、責任をとる必要もないのだ。
でも、それでは民草を救済することは出来ない。
戦友の命を護ることは出来ない。
暁の水平線に勝利を刻むことは出来ない。
そして何より、私の任務は電や艦娘達、果ては鎮守府の掲げる御旗を穢し、裏切り、傷付けることになるだろう。
でも、それが私の――艦娘としての使命である以上、抗うことは到底許されないのだ。
そう――――。
私は、何時か、貴方を―――――。
ゼルテネス(・・・ねえ、電。貴方だけは、私を恨まないでいてくれるかしら・・・・)
今頃になって電と出会ったことを後悔しながら、ゼルテネスは彼女が泣き止むまで抱き締め背中をさすり続けたたのだった。