――――それは、とても特徴的な音響と共にやってきた。
キィ――ン
満月の海原に鳴り響く、摩訶不思議な雷鳴。
日ノ本には『晴天の霹靂』などということわざが存在するらしいが、降雪の止んだ夜空に轟く雷鳴は、まさにそのことわざそのものであっただろう。
ゴキン
リ級「―――――っ!!!」
月下の海原に、鋼鉄《くろがね》の裂傷音と少女の断末魔が木霊する。
砲撃による裂傷音でもなければ、魚雷による裂傷音でもない。その裂傷の音色は、かつて【欠陥】と唾棄されし抹消の徒が奏でしもの。
己を否定したかの者に復讐を誓い、今一度の転生を以て捲土重来を果たした逆襲の雷鳴によるものであった。
ヲ級「り、リきゅう・・・・?」
目の前で起きたあまりに非現実的で、摩訶不思議な光景に、ヲ級改たちは思考回路が停止した状態で棒の如く立ち尽くした。
―――――僚艦《リキュウ》が、吹っ飛んだ。
それが、半刻経ってようやく脳内に浮かんだ言の葉だった。
唐突に、見えないナニモノかに殴り飛ばされたかのように海面を乱暴に転がる一隻の僚艦と、戦場に漂った記憶されているソレのどれとも異なる五感。
嗅いだことのないオイル臭。
聞いたことのない機械音。
見たことのない傷跡。
触ったことのない熱量。
味わったことのない絶望感。
そのどれもが、ヲ級改の記憶の引き出しを探しても合致することはなく、彼女の脳内を狂わせ、ここが戦場であるということを忘却させたのだった。
レ級「り、リ級! しっかりして・・・・!?」
唯一脳内を蹂躙する疑問符に見切りをつけたレ級が、被弾し海原に倒れこむリ級に駆け寄る。
聞こえた破裂音からして生きているとは到底思えないが、とりあえず生存確認をしなければならない。
だが、ピクリとも動かないリ級見やるなり、レ級は自身の腸が驚愕する様を感じ取った。
レ級(こ、これは・・・・っ!?)
月光を映し出す波間に流木の如く漂う、一隻の深海棲艦。
まるで公園の噴水のごとく蒼き血糊を吹き出すその躰には、元から存在しなかったかのように股間から上がなくなっている。
否、よくよく目を凝らせば、蒼き鮮血の所々にイキモノのソレと思しき肉片が漂っているから、かの者には上半身が確かに存在したのだということはとりあえず判断できる。
だが、「それがどうした」と問われたとき、その言の葉に応えることは、出来そうもなかった。
リ級「う・・・・っ、うおげええ”ェェ”ェえ”えェ・・・・・」
あまりにも自身の知る亡骸とはかけ離れていたのか、もう一隻のリ級が堪らず海中に吐しゃ物を投下し始める。
本来、仲間の死骸を見て嘔吐するなど初陣のペーペーくらいしか許されないが、こればかりは、ヲ級改やレ級も同様の心中で咎める気はなかった。
いいやむしろ、リ級が吐かなければ自分が吐いていたところだったかもしれない。
ヲ級(なにが・・・・・、いったいなにがどうしてこうなって・・・・・)
状況は、ヲ級改を初陣のペーペーに仕立て上げるのに十二分な材料を揃えっていた。
浪漫兵器だと侮蔑した、その存在。
侮り切っていた、その鉄火。
嘲り切っていた、その性能。
浪漫などと慢心しきったところに現実を突きつけられて、ただ茫然と僚艦の亡骸を眺めていたヲ級改の聴覚に、またもあの音が響く。
キィーーン
ヲ級「!!っ 全艦対空迎撃を始めて!」
呆けた頭にこれでもかと冷や水を掛けられて、ヲ級改は萎えた心に無理やり渇を入れ叫んだ。
今は、己が無知を恥じるよりも生き残ることが先決だ。
だが、彼女の覚悟を踏みにじるかのようにロ級やリ級たちは「それどころではない」と艤装展開もせずにただ足し立ち尽くしているだけ。レ級にいったってはそもそも戦う気が無いのか眼を閉じて黙とうしている始末だった。
ヲ級「~~~~っ。カクカン、れーだーショウシャヲシツツ、セッキンシテクルヒショウタイニムケ、レンゾクシャゲキヲカイシセヨ!!」
僚艦の怠慢に怒髪天を貫き怒鳴り散らすヲ級改の声にようやくやる気を取り戻したのか、ロ級たちは「リョ・・・・リョウカイ」としぶしぶ了承し、ようやく迎撃の準備を始める。
ロ級(艤装)『艤装より主ロ級へ。艤装展開を開始します』
ロ級「ロキュウ、リョウカイ。ギソウテンカイヲ、ハジメル」
ロ級の声に反応するようにして、クジラのような外見を持つロ級の躰が淡い緑色の光で包まれていく。
その光は、ロ級の躰をわずかに浮き上がらせ、次第にヒトのカタチを成してゆき、刹那の時を以て、クジラのソレから雪色の肌と肩に届く位の灰色の髪をなびかせる緑眼の少女へと変貌させた。
ロ級「艤装展開、完了。主砲、及び射撃指揮装置(FCS)目標へ照準合わせ」
片言の命令語から一変して流暢な標準語を話すニンゲンの少女へと変転したロ級は、右腕に装着した異形の艤装―――直前まで己の頭部を構成していたクジラの外見を持つソレ―――を飛翔魚雷へと向け、右耳に装着された通信機に命令を送り込み始める。
【艤装展開】
艦娘たちの間で行われている艤装展開とは、自身が艦船だったころの船体の一部を召喚し己が艤装として纏うのが一般的であるが、深海棲艦たちの間で行われるソレはかの娘たちとは大きく異なっていた。
深海棲艦における艤装展開とは、自身をニンゲンの姿へと変転させたのち、銃火器や船体の一部などの無機物と融合、肥大化させた四肢や背中などを己が艤装として纏うことを指す。
これは、深海棲艦たちがその名の通り深海を住処とすることに起因するものだとも、海上で艦娘と戦闘するために元の躰では何かと都合が悪いと判断したための進化の一つの到達点だともいわれているが、彼女たち自身もよくわかっていないというのが実情であった。
ロ級(艤装)『主砲、了解。飛翔魚雷へのレーダー照射を開始します。全火器、FCSとの連動を確認。照準よーそろう』
赤々とエンジンを燃やし音速並みの速さで迫りくる飛翔魚雷に対し、ロ級たちはもたもたと主砲の斉射準備を整える。
傍から見れば、自らの死期が迫る瀬戸際になぜそこまで悠長に構えていられるのかと問いたくなるところだが、彼女たちの常識にとってみれば、これでも最大限に急いでいる方であった。
そもそも、ロ級たちに襲い掛かっているのは体現からわずか数ヶ月で役立たずの烙印を押された欠陥兵器。それに対して自分たちに装備されている兵装の数々は、嘗てかの魚雷を淘汰した張本人そのものなのだ。
仮に、迫る飛翔魚雷がこちらを一撃で仕留める性能を有していようと、迎撃態勢を整えた我が兵装の前では蚊トンボ同然。
ヲ級改が何故あんなにギャーギャー喚いているのか知らないが、リ級が撃沈された原因はいわゆる不意打ちによるラッキーパンチによるものでしかない。
さっきは突発的な出来事だったので少々取り乱してしまったけれど、正体が判明し、艤装展開を終えたいま、今度は彼奴の使い手が海原にを吐しゃ物をぶちまけ絶望する番なのだ。
畢竟、あんな欠陥兵器を前にして最新鋭の装備を有した我々が負けるなど、不意打ち以外では例え天地がひっくり返ったとしてもあり得ないのだ。
――――そう、我々が彼奴より劣るなど、万に一つとて在りはしないのだ。
そんな慢心が、いまだにロ級たちの心にはびこり迎撃準備の遅滞を招いていたのだった。
ロ級「主砲、照準よろし。打ち方よぅーーいっ!」
右手と融合した艤装の口がガバリと開き、中からオートメラーラ127mmコンパット砲とボフォース40mmL/70機関砲(type106)二基が迫り出してくる。
【オートメラーラ127mmコンパット砲】
駆逐艦や軽巡洋艦の主砲または重巡洋艦や戦艦の副砲として搭載されている艦載砲で、従来の五〇口径三年式12.7センチ砲に比べて小型で軽量、さらに毎分45発という快速の発射速度を誇る新型両用砲である。
【ボフォース40mm機関砲L/70(type106)】
駆逐艦を始めとするほぼすべての戦闘艦に標準搭載されている、対空防御の要とも言える大型対空機関砲である。
最新の電探と射撃指揮装置と連動させた高度に自動化された射撃システムは、毎分最大600発という驚異の発射速度を誇り、同口径である毘式40粍機銃なら三倍、九六式二十五粍機銃と比べても二倍以上の勢いで弾幕を展開する。
ただし、40mmという大口径に加えて600発という発射速度が災いしてか、従来の機銃座と給弾装置が使えず専用のソレを用意しなければならないほか、使用する迎撃システムが従来品以上に複雑なため、装置回りもすべて新調しなければならないという互換性の利かない部分がそれなりに存在する。
ちなみに、type106という表記は、連装型を意味する。
ロ級(艤装)『主砲、了解。目標ターゲット《いろはのイ》、トラックナンバ―0024(マルマルフタヨン)。主ロ級、主砲のトリガーをそちらに渡します』
艤装から主砲発射手順における最後の報告が上がり、ロ級の右手にオートメラーラ127mmコンパット砲の発射トリガーである銃身のない拳銃のようなものが転送されてくる。
と同時に艤装を構築する頭部に備わる一対の緑眼がギラリと発光し、前方を淡い緑色の光で照らし始める。
緑眼に仕込まれた、二基の81式射撃指揮装置が飛翔魚雷を捉えた合図だ。
この発光を以て、主砲の発射シーケンスはすべて完了したわけだが、既に飛翔魚雷はロ級の眼と鼻の先にまで迫っていた。
だが、それでもロ級の顔には焦りの一つさえも浮き上がってはいない。
むしろ、配備されたばかりの新型火器の試し打ちにおあつらえ向きのカモがやってきたと喜んでさえいたのだ。
ロ級「目標ターゲット《いろはのイ》。トラックナンバ―0024。主砲斉射開始、うちーかたーはじめ!」
海軍式の号令と共に、ロ級は主砲の発射トリガーを握りこむ。
その約一秒ほどの動作を以て、オートメラーラ127mmコンパット砲に組み込まれた発射駆動系統がリレー方式で次々と作動していく。
引き金に仕込まれた幾つもの電子機器たちが、主の動作を電気信号に変換し、転送装置にて送信。
信号を受信した主砲の発射システムは、砲尾閉鎖機に組み込まれた撃鉄を引き起こし、返す動作で砲弾に仕込まれた雷管を思い切り叩く。
その衝撃により雷管が作動し、発射薬を燃焼、爆発させる。
その一連のリレーを以て、砲塔内に仕込まれた127mm徹甲弾が轟音と共に飛翔魚雷目掛けて勢い良く打ち出された。
ドン
鉄の臭いの充満する海原に火薬特有のすえた臭いが混ざりこみ、最新の電子機器に裏打ちされた百発百中の命中精度を誇る127mmの砲弾が海原を一直線に突き進んでいく。
その刹那、彼女たちのレーダに迫りくる飛翔魚雷に目掛けて突っ走る光点が表示される。
砲弾に内蔵された観測用ビーコンの光だ。
艦船の主兵装である艦載砲は、ただ闇雲に打てば良いというわけではない。
火砲の運用には、目標との距離や速度、自身の位置と航行速度、戦闘海域の気温や気象条件、風向風力、砲身の寿命や使用砲弾と発射薬、船体の動揺などを数値化。
その数値を基本データーとし、さらにそこへ地軸や自転軸、重力、物体の落下速度と距離、砲塔の旋回角、仰角、照準角、自身の向いている方位などを計算式に入れ、射撃に必要な数値を算出。
最後に、その算出され数値を砲塔内の照準装置に入力して再計算し、目標物の最終的な未来位置を算出。
ここまでの手順を踏んで、ようやく初めて砲撃が可能となるのだ。
従来は、それを斉射毎ごとに自前で行っていたのだが、今ではこの発信されているビーコンは艤装内に設置されているCIC(戦闘情報センター)に送信され、そこで迅速に戦闘海域の気象変動の解析、弾道の再計算、射角の微調整、使用弾の選出といった戦闘に必要な情報を提示してくれるようになっている。
これにより、深海棲艦たちはややこしい弾道計算などせずに戦闘に集中することが可能となり、未だにいち斉射ごとに自前で弾道計算をしている艦娘よりも優位にな状況で戦うことが出来るようになっていた。
ロ級(艤装)『主砲の斉射を確認。弾着まで、残り3秒』
艤装より弾着までのカウントダウンが聞こえてきて、ロ級は沸き起こる嘲笑を隠すことなく衝突確実な二つの光点を見つめた。
ロ級(愚かな艦娘どもめ。己が時代遅れを今一度その矮小な脳髄に刻むがよい・・・・!)
かの砲弾が狙うは、欠陥兵器の烙印を押され、淘汰された愚鈍なる飛翔兵器。
対する我々は、最新の電子機器と鉄火で固めた精鋭艦隊。
外すはずがない。
うち漏らすはずがない。
仕留め損じるはずがない。
―――――我が鉄火は、最新最強なのだから。
一刻の後に聞こえてくるであろう飛翔魚雷の断末魔を想像しながら、ロ級は愚かにも次弾装填の指示もダメ押しの機銃斉射もしないまま、呑気に前方を見つめ続けた。
ところが、半刻も経たぬうちにロ級は自身の脳髄を驚愕させることになったのだった。
ロ級「・・・・・え?」
互いを滅ぼさんとして突貫する二つの光点。
正確無比な弾道で打ち出されたはずの光点は、どういう訳か飛翔魚雷の真横を通り過ぎて海面へと着水してしまったのだった。
ロ級「そんな・・・・。ウソでしょ・・・・!?」
目の前で起きたあり得ない光景に、ロ級は頭の整理がつかぬまま「ありえない」を連呼し続ける。
弾道計算は間違っていなかったはずだ【はずだ】。
各種電探も、射撃指揮装置も抜錨前にすべて完璧に整備した【はずだ】。
砲弾も、全て新品に変えてきて劣化品や粗悪品など一発もなかった【はずだ】。
―――――なら、砲弾が外れた原因はいったい何だったというのだ。
どう考えてみも、いくら問題点を上げようと試みても、ロ級の頭には明確な答えが浮かんでくることはない。
唯々、「あり得ない」という言の葉だけがロ級の脳髄を支配し続けるだけであった。
ロ級(艤装)『敵飛翔魚雷。なおも此方に向かってきます。弾着まで、あと5秒!』
ロ級「総員退避! 急いでぇ!!」
――――もはや、かの魚雷を止める術はない。
そう思い至ったロ級は、艤装と通信機にありったけの声量を叩きつけた。
せめて、整備妖精《かのじょ》たちだけは愚かな自分の道連れにはしたく無かったからだ。
だが、わずか5秒の時間で艤装に乗艦している百名近くもの整備妖精たちを逃せるわけもなく、白無垢の死神は、無慈悲の一言を持つてロ級の首を撥ねた。
ゴキン
ロ級「!!!!!」
爆ぜる爆音。
飛び散る鮮血。
鼻腔を穢す鉄と火薬の臭い。
数刻前のリ級と寸分違わぬ姿でがくりと膝を折る戦友だった肉塊。
一切の躊躇を配した無慈悲な処刑を執行され、海原に百を数える命が散って逝くその様は、その昔、戦場に存在するいかなる火砲の頂点に立った覇王の再来を彷彿とさせた。
そう、これが嘗て【音速の非情な殺戮者】と謳われた飛翔魚雷のなせる業。
魚雷の皮をかぶりながら、戦艦以上の火力を持ち、艦載機を遥かに超える速度を以て戦船を刹那の速さで残骸《にくかい》へと変える破壊の投擲。
一切の躊躇もなく、慈悲もなければ、別れを伝える暇(いとま)も残さない。
その視界にとらえた森羅万象を、己がアギトのままに躊躇なく葬り去る心無き死神。
その死神が、悠久の時を超えいま、この此岸に再び体現したのだった。
ヲ級「・・・・そんな、どうして・・・・」
成す術もなく首を撥ねられた僚艦の屍を見つめながら、ヲ級改は何とかこの状況を打開すべく思考を巡らせる。
ヲ級(どうする私。いったいどうやってこの四面楚歌から脱出する・・・・?)
状況は、ヲ級改たちにとって最悪と言っても過言ではなかった。
戦場は、障害物一つない水平線。
天候は、降雪の止んだ晴天の満月。
飛翔魚雷でなくとも敵艦隊をひねり潰すには、最高の状態だ。
一応、私たちの艤装には近代兵器に対抗できる装備を積んではいるが、かの魚雷はその防空網を物ともしないでロ級を葬り去ったのだ。
計器類の誤作動かもしくは何らかの妨害工作によるものと思いたいけれど、そのからくりが分からない状態で一体どれだけの抵抗ができるだろう。
ヲ級(どうしよう。レーダー射撃が使えないとなれば、銃測照準方式による迎撃しか選択肢がないけれど。この娘たちにそれが出来るかどうか・・・・)
戦闘艦における砲撃の照準方式は、一般的に従動照準方式と銃測照準方式という二つの方式が存在する。
【従動照準方式】
最新の電子機器を用いた新時代の照準方式。
これは、戦闘艦に搭載されているすべての火砲を射撃指揮装置にて統括、遠隔操作を行い攻撃する方式で、迅速にかつ精密に必要な場所に火線を集中することが出来るのが特徴である。
この方式における最大の利点は、搭載している射撃指揮装置が優秀であればあるほど効率良く迅速に弾幕形成が出来ることであり、新参の深海棲艦を含む多くの艦娘たちはこぞってこの方式を採用している。
【銃測照準方式】
従動照準方式と対を成す、最新の計器類に頼らない前時代の照準方式。
これは、射撃指揮装置を使わずに砲座、銃座に配置した戦闘要員が設置された照準器を用いて個別に狙いをつけ攻撃を行うもので、命中精度も、弾幕の形成効率もその戦闘要員たちの練度次第となる。
つまり、『当たるも八卦当たらぬも八卦』という言の葉をそのまま体現した極めてアナログチックな射撃方式とも言えるもので、この方式を使う者は新参であれば皆無。ヲ級改を含む古参兵の中でも数えるほどしか存在しない。
―――――どちらを選択すれば良い?
どれを選択実行すれば、この状況を打破し、生き残ることが出来る?
五十歩百歩。
大同小異。
九分十分。
そんな言の葉が、ヲ級改の心を喰らい始めようとしたとき、三度目となるあの音が響き渡る。
キィーーーン
ヲ級「!!っ。全艦対空迎撃、急いで!」
耳障りも甚だしい金切り音をぶちまけながら迫る飛翔魚雷に舌打ちをくれてやりながら、ヲ級改は僚艦たちに迎撃を命じる。
―――――いまは、とにかくあがくしかない。
あがいて、あがいて、あがききって。水平線の彼方でせせら笑っているであろう敵艦隊に目にもの見せてやるのだ。
だが、そんなヲ級改の覚悟とは裏腹にロ級たちはいまだに状況把握が出来ていないのか、機銃の一発も撃つことなくもたもたと攻撃の準備を始めるのだった。
ヲ級「あなたたち、何時までもたもたしているの! 死にたいのっ!?」
対空防御の弾幕展開も行わないまま、相変わらず艤装に搭載されている射撃指揮装置を飛翔魚雷に向けながら、もたもたとCICからの射撃指示を待つ僚艦たち。
射撃指揮装置を作動させている以上、下手に此方から火線を上げれば彼女たちの射撃管制を邪魔することになるかもしれない。そして、それはこちらの迎撃態勢への移行がそれだけ遅れることと同義となる。
――――だが、それでも無抵抗で沈められるよりは万倍もマシなはずだ。
そう判断し、ヲ級改は艤装の両側面に設置されている二基のオートメラーラ76mmスーパーラビット砲とボフォース40mm機関砲L/70(type106)に迎撃開始を命令しようと通信機に手をかける。
ヲ級「各砲座、銃測照準方式にて砲撃を開始して」
通信機から『了解』という応答が聞こえるのと同時に、ヲ級改の両舷に搭載されている砲火器が淡い緑色の光を放つ。
その刹那、僚艦のリ級―――生き残っているもう一人のほう―――から思いもよらぬ言の葉が飛び出した。
リ級(B)「ちょっと旗艦《リーダー》、CICからの射撃諸元がまだなのよ! 勝手にしゃしゃり出ないでっ!」
ヲ級「はあっ!? あなた、こんなときに何をいって―――――」
いきなり【非常識】ともとれる言の葉を投げられて、ヲ級改のみならず乗艦している整備妖精たちまでが思わず迎撃の手を止め、戯言を言い出したリ級のほうを向いてしまった。
ヲ級(艤装)『敵飛翔魚雷接近。弾着まで、あと三秒』
ヲ級「っ!!。撃ち方はじめてっ!」
通信機から鳴り響いた警報によって何とか呆けた頭を無理やり現世に引き戻し、ヲ級改は整備妖精たちに迎撃を命ずる。
だが、わずか三秒という時間でいったい何が出来ようはずもなく、飛翔魚雷はヲ級改の真横を通り過ぎ、三度目の大鎌を振り下ろしたのだった。
ゴキン
ロ級(B)「ガっっ!?」
満月の海原に、この日三度目の鋼鉄の断末魔が響き渡る。
火線を上げることも出来ず、大した抵抗も出来ないまま唯々蹂躙される幼き異形の少女たち。そして、この娘もまた己の身に降り掛かった理不尽を嘆き、血反吐の中でのた打ち回る事しかできなかった。
ロ級(B)「ぐぎャあィいい”ィい”ヤ”ァァ”ああ嗚呼ア”ァあ”ああァあ”ああ―――――っ!!!?」
鋼鉄の断末魔に、幼き少女の断末魔が混ざる。
どうやらとっさに艤装を盾にしたらしく、辛くも轟沈だけは免れたようだった。
だが、彼女は戦船だ。戦船は闘争を生業とする者なのだ。
その戦船が、生業の場たる戦場で、自身の生命を護るために己が艤装《しごとどうぐ》を代価にした。
わが身可愛さか。
錯乱したのか。
降伏の意思表示か。
解体の意思表示か
いずれにせよ、これでヲ級改達の戦力は半分以下にまで低下してしまったことだけは確かだ。
ロ級(B)「・・・・う、うでがァ・・・・、あたし、の・・・・うでがあぁ”アア”ああ”あ・・・・・」
ほとんど発狂しながら吹き飛ばされた右腕を見つめ続けるロ級と、呆然とその様を見つめるレ級を除いたヲ級改達。
あの時、リ級の戯言に付き合わずに迎撃していれば、こんなことにはならなかったのでないか。
そう思ってしまうのは、恐らくヲ級改がある程度自己の判断で状況に対応できる古参兵であるということ。そして、古参の深海棲艦たちが危惧していた所謂『デジタル世代』に対する戦術理論の変化と弊害を聞かされていたからであろう。
『今の新兵たちは、電子機器に依存しすぎしまっている。このままでは、あの娘たちはいざって時に決断を下せないまま犬死するでしょうね』
あの日、古参の先輩たちが言っていた言の葉がヲ級改の頭を千万回とよぎる。
そして、その言の葉が現実に―――それも自身の艦隊で起こってしまっことにヲ級改の腸は自己嫌悪で煮えくり返っていた。
ヲ級(・・・・なにが、戯言も大概にしろよ・・・・っ!)
私はいったい、何を勘違いしていたのだろう。愚かだったのはレ級のほうではなく私のほうではないか。
我が艦隊は、自身を含めすべての艦船が最新式の防空火器と射撃指揮装置にどっぷりと依存しきった『デジタル世代』の艦隊。
その彼女たちのなかには、弾道計算はおろか弾薬の装填さえも満足に出来ない娘がごく当たり前に存在する。
そう、彼女たちにとって戦闘に必要なすべての事柄は『自分の手でやる』ものではないのだ。
目標物への弾道計算を含むべての射撃諸元は、CICが勝手に行ってくれるもの。
弾込めは、砲塔に搭載された自動装填装置が勝手に行ってくれるもの。
弾幕の形成は、従動照準方式によって射撃指揮装置と連動させた火器たち勝手に行ってくれるもの。
攻撃も、迎撃も、索敵も、全て機械と整備妖精たちが勝手に行ってくれるもの。
全て自動。
全自動。
自分はたった一言「そうせよ」と命じるだけ。後は、それらが完了するまで何もせずに待つのが好手であって、それ以外は物事の完了を妨げる悪手でしかない。
畢竟、彼女たちは【自分で攻撃をしない】のではない。【自分で攻撃ができない】のだ。
自身が使う砲弾の積載はおろか、搭載されている照準機器の一つさえも、触ったことがないのだから。
ヲ級「くふ・・・くふふいういいひういういういいいういい・・・・こんなの・・・こんなのって、ないよねぇ・・・・・」
「もはや万策尽きたと」両手をだらりと下げ、ヲ級改は自虐の涙を流しながら天上の満月を仰ぎ見る。
そして、散って逝った先人たちに文句を言ってやろうと思いついた。
――――我々の先人たちは、とんでもない畜生だった。
確かに、かの者たちは嘗て飛翔魚雷を完封し、淘汰し、忘却させたのかもしれない。
でも、ソレによってかの者たちは傲慢と慢心に満ち満ちた武勇伝を垂れ流す老害に成り下がってしまっただけでなく、飛翔魚雷の持つ恐ろしささえも忘却の彼方に追いやってしまったようだ。
そして、その老害に育てられた私たちは、「止めよ」と鳴らす警鐘を単なる騒音だと断じ、気にも留めることなく無視する愚か者となってしまったのだ。
【音速の非情な殺戮者】と恐れられた飛翔魚雷は、この世に存在するいかなる鉄火よりも長大で、正確無比で、絶大な破壊力をっているというのに。
慢心と傲慢の果てに待つのは、滑稽な自滅しかないというのに。
―――――貴方たちのせいだ。
貴方たちの愚考のせいで、私たちは何も出来ぬまま無様に死ぬことになったのだ。
愚か者と罵ってやる。
無能と嘲ってやる。
痴れ者と呪ってやる。
八つ当たりだとなじられて、不敬と殴られようと構わない。この喉潰れ、舌が千切れるまで幾千万回罵詈雑言を浴びせてやるのだ。
ヲ級「・・・ちくしょうだよ・・・・。貴方たちは、最低最悪の畜生だよ・・・・!」
満月の輪郭にこれから会いに行く先人たちの顔を思い浮かべ悪態をついたとき、ヲ級改の耳に四度目となる飛翔魚雷の金切り音が木霊する。
キイーーーン キイーーーン
迫りくる数発もの音速の非情な殺戮者。
今まで一撃ずつ振り下ろされていた大鎌は、私たちとの遊戯に飽きたのか視界に映るだけでも五発確認できる。
ヲ級(まァ・・・流石にただ何もしないまま沈められて。それで文句を垂れるのは、やっぱ格好悪いよね・・・・)
艤装に繫いだままの通信機からは、いまだ整備妖精たちが退避もせずに『迎撃しろ』だの『方位何某』だのと騒いでいる。
今すぐ退避しなければ、自分たちも馬鹿な主と一緒に死ぬことになるというのに、まだ彼女たちは戦うつもりなのか。
――――いいや、違う。
彼女たちとて死にたくないだろうし、犬死などもっての外のはずだ。
だから、戦うその手を止めないのだろう。
戦って、闘って。戦い抜いて。そして死ぬのら、その時こそ己の闘争の果て。己の死に場所。
そこに辿り着くまでは、絶対に死ぬわけにはいかないのだから。
ヲ級「でもさ・・・・どうすればいいのよ・・・・」
いくら戦う気概は有ろうとも、こちらの攻撃が当たらなければ意味がない。
迫る飛翔魚雷には、こちらのレーダー射撃が通用しないのだ。せめてそのからくりが解りさえすれば、抵抗のしようもあるのだが。
ヲ級(そんな都合のいい事なんて、有るわけがないよね・・・・)
無策のまま抵抗したところで、ソレは負け犬の遠吠えと同じ。
無抵抗のまま彼奴等に首を差し出すのは癪に障るけれど、手段がない以上、仕方がない。
――――そう、仕方がないのだ。
ヲ級「飛行甲板の火・・・・消えないね・・・・ごめん・・・・」
自身の首を落とさんと突進してくる飛翔魚雷を絶望に染まり切った眼差しで見つめながら、ヲ級改は徐にそう呟いた。
何故そう呟いたのか、正直自分でもわからない。
甲板は傷一つ付いてはいないし、当然火の手も上がってなどいない。
でも、あの飛翔魚雷が私に直撃したならば、きっと私の飛行甲板など粉々に砕いて、真っ赤な炎で焼き尽くしてしまうのだろう。
多分、その確信が無数に散らばる記憶の断片と重なって、こんな馬鹿々々しい遺言を紡いでしまったのだろう。
ヲ級(やだなァ・・・・痛いのも・・・・熱いのも・・・・)
記憶の断片から滲み出す、躰を引き裂かれる痛みと熱。
せめて、その痛みがないように沈めてほしいと叶わぬ思いを抱きながら、ヲ級改は己が首を差し出さんと眼を閉じた。
その時だった。
『飛翔魚雷。発射』
ヲ級「え――――」
残された聴覚の拾った、聞き慣れた声音が紡いだ聞き慣れない言の葉。その言の葉に乗せて聞こえた音に、ヲ級改は文字通り己が五感を疑った。
キイーーーン
ヲ級「この音って・・・・まさか!?」
慌てて見開いた眼の真横を通過する、白無垢の飛翔体。
赤々と尻部を燃やす、噴進の光。
嫌というほどに聞いた、特徴的な金切り音。
ソレら全てを纏いしものは、我が艦隊を屠らんと迫りくる飛翔魚雷目掛けて寸分の狂いもなく突撃していく。
ヲ級「ひしょう・・・・ぎょらい・・・?」
我が艦隊の方角より放たれし、白無垢の飛翔体。形は微妙に違えどもソレはまごうことなき飛翔魚雷そのものであった。
ヲ級(でも、一体だれが・・・・?)
まさか、デジタル世代の申し子ともいうべきロ級たちの誰かが持っていたと思えないけれど、確かにこの中の誰かがアレを放ったことは事実である。
だが、かの魚雷を放った者の正体をヲ級改はすぐに知ることとなった。
何故ならその者は、とてつもなく異質で、奇妙奇天烈な艤装を纏っていたのだから。
ヲ級「あなた・・・・その艤装・・・!?」
無くした右腕のショックでとうとう失神してしまったロ級と、そのロ級傍らに座り半泣き状態で包帯を巻くリ級。そして、その数歩隣で見たこともない艤装を纏うレ級の姿。
自身の記憶にあるものとはあまりにもかけ離れた艤装を纏う僚艦にあんぐりと口を開けるヲ級改に対し、レ級は僅かに顔を伏せ言の葉を述べる。
レ級「今まで迎撃に加われなくてごめんなさい。久しく使っていない艤装だったから、展開に手間取ってしまたの」
慚愧に堪えないといった様子で、レ級はそう謝罪してくる。
刹那、五つの爆音がヲ級改の耳に入った。此方から放たれた飛翔魚雷が、見事敵方の飛翔魚雷を討ち取った証拠だ。
その音を以てレ級は戦船の顔つきに戻ると、確固たる信念を乗せてヲ級改達に言い放ったのだった。
『さあ、反撃開始と行きましょう。この海原の向こうで勝鬨を上げている敵艦に、冷や水をかけてやるために!』