降雪の止んだ満月の海原に、かくも懐かしき鉄火が木霊する。
今を遡ること数年前、全ての鉄火の頂点に君臨し、数多の追従を許すことなく森羅万象を蹂躙し続け、日常的に七つの海原で響き渡わたるも、終には己が相棒とした時代に淘汰された史上最強の鉄火――――飛翔魚雷。
浪漫兵器と揶揄され、時代遅れの欠陥兵器と嘲笑されたその鉄火は、数年余りにもわたる屈辱の時を超えて再び海原に帰還の咆哮を轟かせたのだった。
キイーーーン
レ級(艤装) 『方位296度(北西)より、飛翔魚雷の接近を確認。速度マッハ0.8(979.2km/h)。本艦への直撃コースを認む』
鼓膜をつんざく金切り音に乗せて、右耳に着けた通信機から飛翔魚雷接近の報が入る。
生き残った怨敵を屠らんと彼方の艦隊より投擲されし、音速の非情な殺戮者たち。一撃必殺を確約するその投擲を、レ級たちの電探は左斜め上の端より接近する三つの光点として映し出した。
レ級「レ級よりCICへ、AWSをミサイル防衛(MD)モードに変更してください。重点配分交戦スキーム(DWES)起動と同時に、ハイバリューユニット防衛のため、戦闘形態を艦隊防空(エリア・ディフェンス)へと移行します。全艦、IAMD準備」
レ級の口から、ヲ級改たちの理解の範疇を超えた単語が次々と飛び出す。
―――えーだぶりゅうーえす?
――――あいえーえめむでぃ?
恐らく何かの言の葉の略語なのだろうが、さっぱり意味が解らない。
リ級(B)「ねえ、レ級。いったい何を言っているの?」
意味の解らない単語を乱発するレ級に、リ級は発した単語の解答を求めた。
艦隊間の情報共有は簡潔に、そして分かり易くが常識であるから、リ級の問いはもっともである。
だが、答を求めるリ級にレ級はあろうことか「否」と応えた。
レ級「ごめんなさいリ級。いまは、あなたの問答に応えることは出来ないわ」
リ級(B)「な――――っ!?」
此方を一瞥して、レ級は柔らかくも突き放すように言い放つ。
いまは、生きるか死ぬかの瀬戸際。
一分一秒の怠慢が、艦隊の全滅を招くことになる。故に、状況を理解できぬ無知者にいちから説明している余裕などあろうはずもない。
場数を踏んだ古参であったなら、大小の不満は有ろうともレ級の言の葉は極めて論理的であると受け取ったであろう。
レ級の単語を理解できたなら、彼女の意図を理解し後に続いていたであろう。
だが、悲しきかなリ級はようやく新参に毛が生えた程度の戦船。
当然そのどちらも持ち合わせているはずもなかった。
リ級(B)「レ級ぅう・・・・。アンタねぇ、言って良い冗談と悪い冗談があるわよ!」
レ級の言の葉を自身の侮辱と受け取ったのか、リ級は顔面を怒りに歪ませて、肩をわなわなと震わせながら飛翔魚雷そっちのけで掴みかかろうとする。
案の定というべきか、答を求めてレ級に食って掛かってしまったリ級に対し、ヲ級改は苦虫をかみつぶした面持ちで心中に大きなため息を吐いた。
ヲ級(・・・・やっぱり、こうなってしまうのね)
文字通り、自分に死期が迫っているこの瀬戸際にどうしてリ級たちは一時の感情に身を任せてしまうのだろうか。
もっと要領よく自身を律し、時を場合を弁えて行動する事は出来ないものだろうか。
仮に出来ないのだとすれば、それはやはり彼女が未だ尻の青い新兵故だろうか。
それとも、デジタル世代特有の無駄に高い自意識故なのか。
いずれにせよ、このまま座視するのは艦隊の全滅につながりかねない。そう判断し、ヲ級改はあえて命令声帯を用いることでリ級を諫めることにした。
ヲ級「リキュウ、イマハセントウチュウデアル。シエンハツツシメ」
レ級ではなく自分が諫められたことに、リ級は「何故だ」とヲ級改に抗議のそぶりを見せたのも一瞬、多少は頭が冷えたのか不満を滲ませながらもしぶしぶと従う。
一応、命令には従ってくれたことにヲ級改は口中で感謝と謝罪を述べたのち、諍いの発端となったレ級を見やる。
正直、ヲ級改としてはリ級ではなくレ級の方を諫めたいのが本心だった。
戦争を制するのは、物量と情報である。
敵軍を押しつぶすだけの圧倒的な物量と、敵軍を丸裸に出来る純度の高い情報。
この二つを手中に収め、尚且つそれを効率よく運用してこそ、戦は完全勝利を収めることが出来るのだ。
それに対し、レ級の発した言の葉は艦隊内での誰一人として理解不能な不明瞭なもの。
さらに、レ級はその説明を緊急事態という理由で拒否し、有ろうことか僚艦を煽り――――それが意図したものでないにせよ―――揉め事を誘発した。
通常なら、これは立派な情報隠蔽罪に当たるし、情報の開示を拒否したことも場合によっては謀反か反乱に当たる。
そして、何よりエリア・ディフェンスは整備妖精を含む艦隊全ての協力が必要不可欠であるから、当然此方が理解が出来なければ防空どころではない。
畢竟、こちらが劣勢であることに変わりはなく、レ級の言う相手に冷や水をかけることも、現状では到底不可能なのだ。
ただし、そう思えてしまうのは私たちが文字通り無知であるが故なのかもしれない。
現に、艤装に乗艦している整備妖精たちはその単語の意味を理解しているらしく、頭上にはてなマークを乱立させる我々を他所に『了解しました』と意気揚々と応答しながら準備を整えていたのだった。
レ級(艤装)『CIC了解。IAMDを発動する。全艦、本艦へのCECを開始せよ』
ヲ級(艤装)『ヲ級改了解。AN/SPY-1及びFCS-2、レ級AWSとのデータリンクを開始』
リ級(艤装)『リ級了解。FCS-2、レ級AWSとのデーターリンクを開始』
レ級の艤装を構成する身長の倍ほどもある尻尾と、その先端に位置する艦橋と砲塔群が一体化したCIC、そして躰の周囲を旋回する四枚の六角形パネルが淡い緑色の光を放つ。
ソレと共鳴するようにして、今度はヲ級改の頭部を構成するクラゲを模した艤装とリ級の両手と融合した艤装からも淡い緑色の光を放ち始める。
【共同交戦能力(CEC)】
対空戦用の精密データーリンク用法。これは、各艦のレーダーが捉えた目標情報を、飛翔兵器の射撃管制にそのまま使える精度でリアルタイムに交換し合い、各艦からの目標情報を同じ一つの対空戦状況として共有するものである。
この用法により、艦隊全体は各艦のレーダー情報を集めて、「どこに何がいて、何処に向かってどのくらいの速さで飛んでいるか」を同じ一つのリアルタイム画像で見ることが出来るようになるのである。
【統合対空戦およびミサイル防衛(IAMD)】
日進月歩で発達する航空機と、嘗てミサイルと呼称された飛翔魚雷に対抗すべく構築された新しい艦隊防空戦術のことである。
これは、対空戦闘とミサイル防衛を同時に行うことで、艦隊間の防空網に穴を空けることなく行える迅速にかつ濃密な防空網を構築すること―――当時はソフトウェアの切り替え作業が二時間近くかかっていた――――が出来る。
この防空網の構築に一役買ったのが、AWSと呼ばれる艦載武器システムの存在であった。
【イージス・ウェポン・システム(AWS)】
正式名称をイージス武器システムMk.7。
かつて戦場の主役がミサイルであったころに構築された艦載武器システムの総称である。
戦の女神アテナが所持していたとされる盾『AEGIS』の名を拝命するこの艦載武器システムには、レーダーなどの索敵装置、得られた情報を処理する演算装置、艦砲を統括する射撃指揮装置などが連結されている。
これらの装置を高度に集約、情報処理させることにより、従来の防空システムでは成しえなかった陸海空のあらゆる戦闘に対する目標の捜索、識別、判断、攻撃を迅速に行うことができる極めて先進的かつ総合的な攻撃システムである。
これら艦載武器システムは、実装当時こそ圧倒的な攻撃能力を発揮し、戦場を掌握し蹂躙してみせた。
だが、その代価として使用者には従来の戦闘戦術とは比較にならないほどに極めて複雑かつ高度な情報処理を行えるだけのが専門知識が必要であったため、実装したはいいものの使いこなせる者がおらず早々に廃れてしまった。
いまや、この艦載武器システムの存在は眉唾的なものとなり、ヲ級改達も、名前くらいは聞いたことはある程度で、実際にソレを使っている様を見るのはこれが初めてだった。
レ級(艤装)『CIC、ヲ級改及びリ級からのデーターリンクを確認。各種セクションの最終点呼を実施する』
CICのあちこちから『了解』の号令が上がり、各電子機器を担当する整備妖精たちが眼にも止まらぬ速さでキーボードを叩いていく。
整備妖精(ADS)「ADS。C&D、ORTSの起動を確認」
かつて【攻防一体の無敵の盾】と謳われたイージスシステム。それは、様々な対空戦闘システムの集合体であり、そのシステムの中核を担うイージス武器システム(AWS)は以下の通りとなっている。
ヲ級改を始めとするほぼすべての深海棲艦に搭載されている多機能レーダの一つAN/SPY‐1。
武器管制システム(WCS)及び射撃管制システム(FCS)であるMk.99射撃指揮装置。
レーダーやソナーからの情報をもとに目標の脅威度や攻撃手段などを自動判断する指揮決定システム(C&D)であるMk.1。
戦闘指揮所であるイージス・ディスプレイ・システム(ADS)
目標の脅威度を判断する自己脅威判断システム(ORTS)
即応性保持システム。
そして、これら集約された情報をもとに目標を迎撃する飛翔魚雷発射装置《ミサイルランチャー》によって構成されている。
整備妖精(WCS)「WCS了解。Mk.99ミサイル射撃指揮装置の起動を確認。射撃システム並び飛翔魚雷の管制システム、異常なし」
様々な電子機器の集合体であるイージスシステムは、まず多機能レーダーやソナーをはじめとする捜索機器で目標を捜索し捕捉、そして、その情報をADSを介してC&Dに入力することにより目標の脅威度や攻撃手段などを自動判断。
そして、C&Dによって攻撃の判断がなされたとき、WCSの手によりFCSに脅威排除の攻撃命令が行われる。
整備妖精(CIC)『CIC了解。全システム異常なし。各艦とのデーターリンクも正常に作動。主レ級、飛翔魚雷の迎撃準備完了しました』
レ級「レ級了解。AWS、イージス戦闘システム(ACS)形態へ。全艦、IAMD開始」
通信機より『了解』の伝令が入るのと同時に、レ級の周回をゆっくり旋回していた四枚の六角形のパネルが今度はヲ級改達たちを取り囲むようにして旋回を始める。
まるで、ヲ級改達を護るようにしてゆっくりと旋回する六角形のパネルたち。
このパネルこそ、イージス・システムの肝である最大探知距離324キロメートル、最大同時追尾数200個以上を可能とするパッシブ・フェーズドアレイ・アンテナ(PESA)であるが、いまのヲ級改たちにとって、その情報はどうでも良いことであった。
ヲ級(す、凄い・・・・。データリンクからまだ十秒も経っていないのに、飛翔魚雷の位置情報や種類までもが手に取るようにわかる)
レ級の艤装とデータリンクした自身の艤装よりもたらされる、飛翔魚雷に関するありとあらゆる情報。
何処からきて、どのくらいの高度を飛び、どれだけの速さで迫っているのか。
更に、ヲ級改たちでは知り得なかった飛翔魚雷の正体もまた、CECにより艦隊間の共有情報としてヲ級改達にもたらされた。
我が艦隊を皆殺すため、迫りくる飛翔魚雷。
かの者の名は――――RGM-84Jハープーン。
かつて対艦ミサイルと呼ばれ戦闘艦を沈めるためだけに生み出された、生粋の殺し屋。
それが、三発。我が艦隊を目指しはるばる124キロメートルもの旅路を経てこちらに向かってきていたのだった。
整備妖精(ADS)『ADSよりWCSへ、C&Dから敵飛翔魚雷の対抗措置を受信。そちらに転送します』
ADSを統括する整備妖精より、C&Dからの敵飛翔魚雷の迎撃手段が提示されていく。
その情報は、呆れるほどに詳細で的確。例えるなら、かの飛翔魚雷とC&Dは竹馬の友であり、宿敵であり、番の鳥であるかのようであった。
整備妖精(WCS)『WCSよりFCS。C&Dより攻撃の判断を受理。目標ターゲット《いろはのイ、ローマのロ、ハカセのハ。トラックナンバ―1126(ひとひとふたろく)、1127(ひとひとふたなな)、1128(ひとひとふたはち)』
整備妖精(FCS)『FCS了解。Mk.41 VLS起動。第一モジュール、一番から三番まで飛翔魚雷の座標入力を開始』
FSCを統括する整備妖精たちの指がよどみなくキーボードを叩き、画面に映し出されている線画風にアレンジされたレ級の尻尾に当たる部分をいくつか赤く表示させる。
その刹那、レ級の尻尾が淡い緑色の光を放ち、左右に施された飛行甲板を構築する装甲版が魚雷発射管の開閉音にも似た駆動音を奏でながら次々と屹立して行く。
ヲ級(あれが、Mk.41 VLS)
ヲ級改達の瞳に映し出される、総数32個もの飛翔魚雷発射管。【飛行甲板の下】という本来艦載機が出現すべき場所に隠遁されたソレこそ、レ級が持つ最大の攻撃兵器である、Mk.41垂直発射システム。
通称【VLS】と呼称される艦載兵器であった。
【Mk.41VLS】
正式名称をMk.41垂直発射システム。
ミサイルと呼ばれていた飛翔魚雷を運用するために開発された発射装置の一つにして、ミサイルが艦載兵器のスタンダートの地位を確立した立役者でもあった。
この発射装置の特徴は、ミサイル・セルと呼ばれるミサイルの弾薬庫と発射機を兼ねた複数のケースで構成されていることである。
ミサイル・セルには、各セルごとにミサイルが一発、ないしは数発収められており、それらを8基まとめたものを1モジュールと呼称する。
ちなみに、レ級の持つMk.41 VLSは、Mk.159と呼ばれる、【Strik-Length】という核弾頭をも搭載出来る大型飛翔魚雷を搭載可能なセルを32基―――4モジュールと呼称する―――搭載したタイプで、かつて飛翔魚雷が主兵装であった当時では最も基本となる構成である。
整備妖精(FCS)『FCSよりADSへ。第一モジュールから第三モジュールまでの飛翔魚雷への座標入力完了』
整備妖精(電探)『レーダーよりADSへ。敵飛翔魚雷進路変わらず、射程距離到達まで、あと10秒』
各セクションより次々と上がる迎撃準備完了の声。
座席の真正面に取り付けられたディスプレイに映り聞こえる、飛翔魚雷を表した三つの光点。
通信機から聞こえてくる、ヲ級改達は不安の息遣いをしながら飛翔魚雷が飛び立つのを「今かいまか」とまっている。
だが、ヲ級改達の心情を他所に、レ級は中々飛翔魚雷を発射しようとはしない。そればかりか、FCSに追加注文だと「主砲と副砲に座標データーの再計算を行え」と言い出したのだ。
ヲ級「れ、レ級。は、早く撃たないと飛翔魚雷がぁ・・・・」
レ級「解ってる。でも、もう少しだけ待って」
狼狽えながら発射の催促をするヲ級に、レ級は努めて冷静に言った。だが、戦を跨いだものであれば、その声音に脅えの色が存在することに気付いたであろう。
―――そう、理解している。
自身の戦船としての勘を信ずるならば、この水平線の彼方に座する艦隊には恐らく【奴】がいる。
そう、奴――かつて敵味方双方に『悪魔の戦闘艦』と謳われ、戦場においてもっとも会いたくない相手と恐れられた戦船。レ級の艦歴の中でも、もっとも会いたくない者として記憶されている最強最悪の戦船が。
レ級(アマテラス・・・・。強襲揚陸艦、天照)
強襲揚陸艦『天照』
かつて人類が我々深海棲艦に抵抗すべく築きし砦――『鎮守府』において数多の艦娘の頂点に立ち、【最強にして最凶】と恐れられた一隻の戦闘艦の名である。
艦歴僅か一年か二年という若輩の艦娘であるが、その戦果と築いた屍の数、そして、ソレにまつわる黒い逸話は夜空に瞬く星々にも匹敵するとまで言われている。
そのあまた存在する逸話の中で最も有名なのが『かの者は標的を一撃で仕留めることはしない。あえて手を抜き、標的を最大限に足掻かせてから沈めるのだ』という文言であろう。
それは、まさに『真綿で首を絞めて殺す』ということわざをそっくりそのまま体現していると言っても過言ではない。即ち、出会ったが最後、憐れな標的はかの者の血塗れの玩具として弄ばれ、嬲られ、犯され、最後は塵芥の如く海原に捨てられることになるのだ。
レ級(でも・・・・、出会ってしまった以上は闘うしかない、よね)
額を伝う冷たい汗と手の甲で拭い、レ級は腹からせりあがって来る恐怖をいま一度押し込んだ。
―――――そう、我々は足掻かなければならない。
人伝に聞いた話では、奴に出会い弄ばれながらも生きて帰還した者がいると聞く。眉唾もいいところの話であるが、今はその眉唾を信じて、この死神の揮う死の一閃をよけきってみるとしよう。
例え、この抗いが引かれ者の小唄――即ち唯の悪あがきであったとしても。
例え、この戦がかの者の用意した舞台上で踊る唯の遊戯であったとしても。
我々は足掻いて見せようぞ。足掻いて足掻いて足掻ききって、奴の頭に冷や水をかけてやるのだ。
何より、このままむざむざと首を撥ねられるのは戦船として余りに格好が悪く、【みっともない】ものであるから。
整備妖精(電探)『レーダーよりADSへ。敵飛翔魚雷進路変わらず、射程距離到達まで、あと5秒』
整備妖精(FCS)『FCSよりADSへ。主砲16inch三連装砲、副砲8inch単装砲用の座標データの再計算を完了しました』
整備妖精(ADS)『ADS了解。主レ級、迎撃シークエンスすべて完了しました』
残り5秒で通信機よりようやく聞こえてくる、待ちに待った報告。
その報告を心地よさげに鼓膜に反響させながら、レ級は乾きかけた唇をぺろりと湿らせ声高らかに叫んだ。
レ級「AWS迎撃開始。飛翔魚雷、放てぇっ!」
整備妖精(ADS)「飛翔魚雷、一番から三番、サルボォ!」
艦内通信機から聞こえてくる主の号令に重ねるようにして、ADSを統括する整備妖精がディスプレイ上に表示された『発射』のアイコンを次々とクリックしていく。
そのアイコンは、同じディスプレイ上にレ級の表示された線画風にアレンジされたレ級の尻尾を上書きするように『発射』の文字が映し、同時に艤装に網の目の如く張り巡らされた配線を文字言い通り光速で駆け巡って行ったのだった。
ADSの整備妖精が行ったクリックは、瞬時に電気信号へと変換。
変換後、速やかにMk.41 VLSへと伝送。
伝送後、直ちに電気的な点火装置へと変換。
変換後、遅滞なく装填された飛翔魚雷の一つであるRIM‐174 SM6のロケットモータを点火。
点火後、Mk.41 VLSに隣接された廃熱排煙装置が起動し、セル内に充満し始めた排煙を効率よく外に排出していく。
これら一連の動作が僅かコンマ数秒の世界で進み、『発射』の文字表示が映し出さ手からようやく半秒経とうとしたとき、レ級の尻尾から轟音と共に三発の飛翔魚雷が白煙を引きながら勢いよく飛び出したのだった。
整備妖精(レーダー)『飛翔魚雷、発射を確認。現在方位296度(北西)、速度マッハ0.8。予定通りのコースを維持しつつ目標へと進行中。弾着まで、あと10秒』
通信機より聞こえる、整備妖精からの淡々とした報告と、海原に響き渡る総数六つの飛翔魚雷の鼓動。意志を持たぬ機械と有機生命体が奏でる二重奏か若しくは七重奏か。
数テラバイト規模の処理能力を誇る電子計算機たちの駆動音。
砲弾と銃弾が飛び交わず、火薬と硝煙が混ざっていない真っ新な潮風。
油と血糊の混ざっていない蒼き戦場の海。
僚艦たちの不安で満ち満ちた呼吸。
赤々と燃え盛りながら突き進んでいく、白無垢の矢。
何もかもが初めて尽くしの戦場は、ヲ級改達の体感時間を歪ませ、引き延ばし、狂わせていく。
今や、ヲ級改達の十秒は一日にも等しいものへと変わり、呼吸を詰まらせ、躰を震えさせ、戦意をすり減らし、弱体させていた。
ヲ級(・・・・長い。なんて長い十秒間なの・・・・)
レ級の持つAWSなるモノの力を信ずるなら、放った飛翔魚雷は確実にかの飛翔魚雷を討ち取るであろう。
だが、先のリ級――撃沈された方のリ級――のこともある。
いくらレ級の艤装がむかし超兵器と謳われていた代物だとしても、決して安心はできなかった。
整備妖精(レーダー)『敵飛翔魚雷、進路変わらず。弾着まで、あと6秒』
整備妖精(FCS)『飛翔魚雷、終末誘導へ移行。弾着まで残り5秒』
通信より聞こえる、レーダーと連動させたカウントダウンの声。相も変わらず聞こえてくるのは意味の解らぬ専門的なものであったが、恐らくこちらの打ち出した飛翔魚雷が迫る飛翔魚雷目掛けて確実に飛んでいるのだということは、レーダ越しに見守るヲ級たちにも理解できる。
整備妖精(レーダー)『飛翔魚雷進路変わらず。弾着まで、あと4秒、3秒、2,1・・・・弾着!』
ゴキン
鋼鉄のぶつかる断末魔の刹那。満月の海原に爆音と熱波が吹き荒れると、3連の紅の花弁がヲ級改達の眼前に現れた。
ヲ級「や・・・・っ。やった・・・・の?」
信じられないといった様子で、ヲ級改は言った。
これで二度目となる、飛翔魚雷の撃墜。最新の艤装を纏ったロ級やヲ級改でさえも、あの飛翔魚雷にはても足も出ないまま右往左往するしかなかったと言うのに。
リ級(B)「すごい・・・・。すごいわレ級!」
さっきまでの噛み付くような態度から一変して、リ級は手放しの賞賛をレ級に送る。
勝てる。
生き残れる。
対抗できる。
これなら、この戦船にくっ付いていれば、この死線から生還できる。
だが、そんなリ級の期待をとは裏腹に、レ級の顔には一切の勝機が見受けられない。むしろ、これからが本番だと言っているようだった。
レ級「レーダー、着弾した飛翔魚雷の後方を重点的に錯綜して。FCS,WCSは次弾発射の準備をお願い。各砲塔は、別命があるまでそのまま待機」
『了解』の二文字を残して、整備妖精たちはいまだ緊張の糸を張り巡らしたまま、黙々とキーボードを叩いていく。
――――そう、まだ終わりではない。
【奴】が持つ死の大鎌は、《ここから》が本領なのだ。
ヲ級「レ級? あの、どうし――――」
何となく嫌な予感がして、ヲ級改は恐る恐るレ級に問おうとした。まさにその時、またしても【あの音】がヲ級改達の鼓膜を貫いた。
キイーーーン
ヲ級「!!!っ。な、なんで・・・!?」
――――あり得ない。
そんな言の葉を躰全体で表現しながら、ヲ級改はいまだ硝煙をまき散らす水平線の彼方を見やる。
そう、その方角は、今まさにかの飛翔魚雷が撃ち落とされた場所。今までレ級のもつAWSやら、自分たちの持つAN/SPY‐1やらの電波を浴びせていていたところである。
ヲ級「いったいどうして!?だって、レーダーには何の反応も・・・・」
ヲ級改は、思わず「自分の眼は恐怖でおかしくなったのでは」と眼を何度も擦り、「自身のレーダーが壊れたのではないか」と頭上で緑色に輝くAN/SPY‐1を統括する整備妖精たちに各電子機器のチェックを指示した。
だが、各セクションから聞こえてくる応答は『異常なし』という文言だけ。そして、かの魚雷が放つ破壊の音色は確かにそこから聞こえてくる。
こうなってしまっては、流石にヲ級改もこれを現実と認めなければならなかった。
そう、かつて『音速の非情な殺戮者』と謳われたかの魚雷は、同じくかつて【無敵】と謳われたレ級の電子機器をも欺き、ヲ級改達がもつ【最新式】の称号を有するレーダー群さえも躱し文字通り幽霊の如く出現してみせたのだと。
それも、今度は合計5発という倍近くの数でこちらに迫ってきていたのだった。
レ級「CIC、各艦にIAMDの続行を指示して。レーダ班は、錯綜範囲の拡大を。ADSはC&Dからの指示情報を受け取り次第各艦のFCSとWCSに伝達せよ」
レ級の歴戦然とした指示に呼応するようにして、通信機から次々と『了解』の声が上がってくる。そして、それはレ級のみならずリ級やヲ級改達の方からも聞こえてきていて、まるでこの艦隊旗艦が本当はヲ級改ではなくレ級であると言っているかのようだった。
――――貴様は、一体何をしているのだ?
鼓膜の裏で、いきなり誰かがそう訴えてきた。
黒塗りの、しかし特徴的な帽子を被ったナニモノか。そのナニモノかは、まるでヲ級改の心中を暴くのようにずけずけと言ってくる。
若輩艦たちの間で言われている言の葉に「木偶の坊」というものがあるが、今の己はまさにその言の葉通りではないのか。
己は、ヲ級の中でもエリート中のエリートである『改flagship』の位を戴く者。
その己が、どこの馬の骨との知らぬ敵艦隊にても足も出ず、剰え艦隊旗艦としての言動も出来ずにこうして僚艦であるレ級におんぶにだっこされている。
数多の戦友の屍の上に立ち、踏み越え、時にはその屍を糧する愚を犯してまで掴み取った称号、『改flagship級』の位を持つ、その己が。
――――貴様は、このまま恥晒しで居続けるつもりなのか?
己はこの艦隊の全てを預かりし者。つまり、この状況を脱する術を思案し、構築し、その旨を部下である僚艦に示し導かなければならない。
なのに、己はいったい何をしているのか。何も成さず、何も考えないまま、ここでこうしてただ呆けている。それは、皆の命を預かるものとして究極の恥辱であり、唾棄すべき行為だ。
―――――ならば、一刻を惜しんで行動すべきではないのか?
ヲ級(解ってる・・・・!)
脳裏で諫言を垂れるナニモノか――もとい自分の矜持に、ヲ級改は地団駄を踏みながらそう怒鳴りつけた。
そう、解っているのだ。
胸中で渦巻くこの疎外感と苛立ちは自身の不甲斐なさからくるもの。
艦隊旗艦でありながら、何も出来ず、何も成し得ないまま、むざむざと仲間を死なせてしまった無能で愚かな自分。
これで精鋭部隊の旗艦などと一体どの口が言ったのか。いっそ時間を逆行して、過去の自分の顔面に一発くれてやれば、この胸糞の悪さも少しは消えるのだろうか。
――――甘えるな!
ヲ級改の必死の訴えを、かの者はその一言で一蹴した。
でも、それは考えてみれば当然のことだったのかもしれない。
かの者の正体は自身の矜持そのもの。ヲ級改が周りから求められる艦隊旗艦としての姿勢を汲み取り、思考し、己の抱く論理と組み合わせて創り上げた理想像なのだ。
故に、矜持の放つ弁は常に正論で、妥協など皆無。ましてや他者に寄りかかりたいなど弁ずるに値しない愚論であったのだ。
そう、我が矜持は、我が立ち止まりそうになったとき、常に同じ言の葉で我を叱り、焚きつけるのだ。
『務めを果たせ』と。
ヲ級「・・・・レ級、お願い。みんなを・・・・護って」
自らの躰を恥辱で振るわせて、ヲ級改は絞り出すように言った。
本当なら、今すぐにでもレ級に艦隊旗艦の座を譲ってしまいたかった。
何も出来ずにむざむざ部下を死なせた者と、あの飛翔魚雷を迎撃することで艦隊の存続に努めた者。
どちらが艦隊指揮を執るべきなのかは火を見るよりも明らかだが、この権限は最高指導者である中枢棲姫から授かったもの。自己の判断で勝手に鞍替えして良いものではない。
私は何も出来ない。でも、せめて艦隊旗艦――たとえ無能なお飾りであろうとも――としての務めだけは通させて欲しい。
そんな、地に頭を擦り付けるかのごとき言の葉に、レ級は余計な装飾は付けずに言った。
レ級「了解」
ヲ級「・・・・・」
快諾でもないが、渋々と了承したわけでもない。本当にシンプルで、事務的な応答。でも、いまはその応答が心地く聞こえる。だから、ヲ級改は自分の艤装の指揮権がほとんどレ級に譲渡されている状態であっても嫌悪なく黙認することが出来た。
ヲ級(艤装)『こちらCIC。接近する航空機の座標データーを受信。てんそう・・・・あれ?』
CECによる情報共有の一環として発動させたままにしていたAN/SPY‐1より、奇妙な報告が入る。
詳しく話を聞いてみると、どうやら接近する艦載機隊を捉えたらしいのだが、何故か数秒と経たずに消えてしまったというのだ。
ヲ級「どう言うことなの? レーダーでは、確かに捉えたのでしょう?」
そう言ってはみたものの、整備妖精たちは『その筈なのですが』と要領を得ない解答をするだけ。
詰まる所、彼女たちにも訳が分からないということだった。
最も、稼働させているレーダー群は正常に稼働している様だし、仮にそれが本当ならばCECからの情報共有が来るはずだ。
しかし、そのナニモノかは一瞬だけ移っただけでそれ以降は影も形もない。そして、CECからは何の情報もきていない。
であるならば、そのナニモノかは何らかの要因によって生じた機械の誤作動によるものであると考えるの一番妥当であろう。
ヲ級「まあいいわ。とりあえずこの件は、私の方で処理しとく。貴方たちは引き続き周囲監視を厳として頂戴」
そう言って、ヲ級改は会話を切った。
ただ、ああは言ってみたものの、ヲ級改としては本当にこの件をレ級に伝えるべきなのか判断に困っていた。
本来であれば、艦隊旗艦としてそれらの情報をもとに戦術や戦略を立てるのだろう。だが、ヲ級改はたったいまレ級に艦隊防空の指揮権を譲渡した身。それに、あのレ級ならとっくに気付いているだろうし、何より余計なおせっかいをして彼女を煩わせるものではない。
畢竟、報告の必要性を感じ得ず。故に、報告の必要なし。
そう結論付け、ヲ級改は報告せずにそのまま捨て置いてしまった。
だが、ここでヲ級改は大きな過ちをしていたのだ。
自身のレーダーが捉えたソレは、機械の誤作動によりできた虚像ではなく、正真正銘の本物であったということ。そして、この艦載機隊こそヲ級改達に数度に亘って飛翔魚雷を浴びせ続けていた張本人であったことを。
レ級(艤装)『CICより主レ級へ。各セクション迎撃準備完了、目標群B(ブラボー)トラックナンバ―1134から1138』
レ級「レ級了解。飛翔魚雷、放てぇっ!」
整備妖精(ADS)『飛翔魚雷、四番から八番、サルボォ!』
ヲ級が件の情報を『必要なし』と断した直後、レ級の玲瓏なる号令と共に、この日四度目となる飛翔魚雷が放たれる。
無敵を誇ったAWSの迎撃能力に裏打ちされた、絶対必中の矢じり。
その雷鳴にも似た光跡を見つめるレ級の顔は、以外にも先ほどまでの歴戦艦然とした堅苦しい表情ではなく、まるで知己との再会を喜ぶような柔らかい表情となっていた。
レ級(天照。この勝負、私の勝ちになりそうね・・・・!)
さしもの天照も、ここまで自分の攻撃《いやがらせ》を防がれれば、いい加減こちらの実力を認めざるを得ないであろう。
そうすれば、この娘たちは助かる。
この残酷かつ理不尽な世界で、己の身に定められた天寿を全うできる権限を勝ち取ることが出来るのだ。
整備妖精(レーダー)『飛翔魚雷、発射を確認。現在方位296度(北西)、速度マッハ0.8。予定通りのコースを維持しつつ目標へと進行中。弾着まで、あと10秒』
通信機より聞こえる、弾着のカウントダウン。
それは、同時に刻々と迫る幸多き未来へのカウントダウンでもあった。
レ級(あと、あと少し・・・・)
事務的な声音で弾着への秒読みをし続ける、我が同胞たち。
でも、聞き慣れたその声音には僅かばかりの喜悦が含まれている。
そう、彼女たちもまた私と同じ気持ちなのだ。かつて忘却の彼方に追いやられし記憶。いまとは異なる艤装を纏い、いまとは異なる名前で呼ばれ、いまとは異なる環境でこの海原を翔けていた、あの日々を。
ヒトとして生み出され。
その身に宿った呪詛に負け。
バケモノへと成り下がり。
地獄と化した此岸に絶望した。
森羅万象に嫌悪され、人類の守護神から不倶戴天の仇へと転落したのだと認識したあの日から、この瞳に映るのはニンゲンの憎悪と怨嗟だけ。この心身に注がれるのは、空虚と哀哭だけであった。
でも、その日々ももう終わる。この迎撃を以て、私たち深海棲艦と艦娘たちの長年にわたる不毛な戦争がようやく終わるのだ。
けれど、その泰平が満場一致で望まれていないことも、レ級は知っていた。
レ級(・・・・それにしても、天照はあのほっぽちゃんたちを一体どうやってを説き伏せたのかしら)
北方AL泊地の主である北方棲姫――ほっぽちゃんという愛称で呼ばれている――の言った言の葉がふとよみがえる。
あれは、たしかニンゲンが定期的に実行している【北方海域戦闘哨戒】という作戦に、AL泊地の増援部隊として参加した時のことだった・・・・。