Train Cinderella ~A Prohibition Lover~ 作:如月ライト
「え?ど、どういうこと…?」
私は声が震えているのが分かった。
それも昼のような緊張の震えではなく焦りの震えだ。
「大学のサークルでいろいろするんだよ、だからこっちからだと遠いからさ…」
そのあとの言葉はもう覚えていない。
そんな嘘っぱちな言い訳なんて私が覚えておくわけがなかった。
だってお兄ちゃんは私と離れようと思っているのだから。
お兄ちゃんも限界だったのだろう。
私の顔を見る度に辛そうな表情をしていたから…
多分あの日のことが頭をよぎってるのだろうなとは前々から思っていたのだが…
こんなことになるならもっと早く言おうと決意しておけばよかった。
せっかくカノンがお膳立てしてくれたのに、これじゃあ申し訳ない。
しかし今の私はもうそんなことでは動じることはない。
お兄ちゃんが私から逃げようとするなら逃げる前に捕まえてしまえ。
私の頭の中のスケジュールに明日の予定が新しく書き込まれた。
「さて…それじゃあどうするか、だね」
ご飯もそこそこに終わらせて部屋に籠る。
そしてここ最近していたように思考を巡らせる。
無策なまま挑むより少しでもプランを立てておいた方が効率がいいと考えたからだ。
幸いなことに明日は部活はないので御昼前には帰ってこれる。
お兄ちゃんはだいたい6~7時ごろに帰ってくる。
ママもだいたいそのあたりだ。
何か仕掛けを作るには十分な時間だろう。
策を考え始めて30分ほど経過したが良い案は思いつかない。
「あ、そうだ…パソコン…」
何故私は今までこれに気付かなかったのだろう。
ネットという情報の海を渡れば何か良い案の一つや2つ転がっているではないか。
パソコンを起動させてネットにつなぐ。
そして検索窓に“仲直り 方法”と打ち込み検索をかける。
やはりネットはすごいものだ、結果が1万近く関連の記事がヒットした。
とりあえず某知恵袋にアクセス。
そこにはいろいろな人が友達や彼氏彼女、親との仲直り方法を求めて多数の書き込みがあった。
そのうちの適当なモノを一つクリックしてじっくりと読み込む。
「へぇ…好きなモノを作ってあげたら相手の気分がよくなって仲直りしやすい、かぁ…」
確かにそれはいい方法だ。
私も怒っている時に好きなモノを食べれば少しは落ち着くだろう。
そう言えばお兄ちゃんの好きなモノって何だろう?
記憶の海からお兄ちゃんとの思い出を引っ張り出す。
そして引っかかる記憶を見つけた。
「あ、お兄ちゃん確か…キャラメルが好きだったっけ…」
いつも買い物に行くとキャラメルをママにねだっていたモノだ。
私は当時の懐かしい思い出にふけった。
昔は気付けばいつもお兄ちゃんとキャラメルを食べていた気がする。
口の中いっぱいに広がるミルクの味に幸せそうな顔でおいしいねって二人して笑い合っていた。
「…な、なんかキャラメル食べたくなってきちゃった…」
もしかすると家にあるかもしれないという希望を胸に台所まで向かう。
そして冷蔵庫を開き中を物色する。
「…そう都合よくないよね」
やはりそう都合よくキャラメルがあるはずもなく、がっかりとして冷蔵庫の扉を閉める。
が、ちらっと何か見慣れない黒い瓶のようなものが目に入ったので私はそれを確認するためにもう一度扉を開ける。
こんなもの最近までなかった気がする。
少なくともママが帰ってくるまでの間、私が台所を預かっていた間にはなかったものだ。
瓶を手に取りラベルに書いてある文字をよむ。
「えっ…?」
驚愕で瓶を落としそうになり慌てて手に力を込める。
そこに書いてある文字を疑いたくなった。
「これって…睡眠薬…?」
確実に睡眠薬とは書いていないモノのこの薬の名前は知っていた。
私が読んでいる推理漫画に出てきたものだ。
確か少量の服用だと気持ちよく眠れるけど大量に摂取すれば死に至るって…
「ソラ…」
後ろから突如声がかかった。
「キャッ…!」
顔が恐怖でひきつる。
恐る恐る後ろを振り向くとそこにはママの姿があった。
「ソラ、それパパのだから使っちゃダメよ?」
アイツが持ってきたのか?
何故睡眠薬が必要なのか、私は恐ろしくて考えるのをやめた。
「それ、何か知ってるの?」
だが私の好奇心は抑えることができない。
ママはこの薬が何だか知っておいているのだろうか?
「知らないけど、これは大事にしておきなさいって言ってたから…」
私は急いでその薬を冷蔵庫に戻して部屋へと駆けこんだ。
その時のままの瞳が何かに憑りつかれたように虚ろだったからだ。
それが言い知れぬ恐怖を与えて私の足を無意識に動かしていた。
あいつ…何をしようっていうの…?それとも、もう始まってるの…?
私は考えることを放棄するようにベッドに寝転がり目をつぶる。
が、いっこうに眠気が襲ってこない。
もしかすると消されるかもしれないという恐怖が全身を包み込み眠らせてくれなかった。
しかし1時間もすると自然と瞼が重くなってきた。
緊張により体の疲労も激しい。
そこで私の意識は闇へと沈んだ。
翌日、昨日色々あった私の心とは対照的に日差しは眩しく照りつけて夏の匂いを運んでくる。
いつものように着替えてリビングへ向かう、がその足が格段に重いことが分かった。
しかしそれは杞憂だったようだ。
リビングにママの姿はなく台所にはフライパン片手に料理にいそしむお兄ちゃんの姿が。
テーブルの上には朝ごはんはお兄ちゃんに作ってもらってという書置きだけが残されていた。
数分後、無言のまま朝食を取り始める私たち。
「ね、ねぇ…お兄ちゃん…?」
無言の重圧に耐えかねた私は口を開く。
が、お兄ちゃんはそそくさと立ち上がり
「あ、ご、ゴメン…俺、そろそろ出ないと…」
と、辛そうな顔を浮かべながらリビングを出て行った。
この後の事はあまり記憶に残らなかった。
気付けば私は家に帰ってきていた。
そしてまるで何かに誘われるようにアイツのモノだった部屋へと足が動いた。
幸いにも再婚してから一度もアイツは帰ってきておらずアイツの部屋は当時そのものだった。
が、見慣れないケースが3つ、そして黒い中の透けて見えないファイルが机の上に置いてあった。
それは最近までなかったものだった。
ケースの中身は理科室でも見たことがある薬品が入ってある瓶だった。
が、どれも見たこともない薬品でどういう効果があるのかはわからなかった。
ファイルの中身は本能的にあけてはいけないと思いそのまま放置した。
アイツは本当に私たちに何をしたいのだろうか…?
その疑念が膨らむが今はそんなことよりお兄ちゃんのことだ。
今はまだいないアイツの事よりお兄ちゃんをどうにかしないと。
そして私は台所へと向かった。
のちに待ち受けているアイツの恐怖も知らずに。
が、それはまだ先の話だ…。