指定されていた夕方になるより若干早い時間に俺は王城へと訪れた。
王から呼び出しを受けていた俺は、そう待たされる事なく謁見の間に通される。
人払いがなされており、周りには彼と俺以外の姿はない。
「試験は無事に通ったようだな」
王の第一声はその言葉だった。
「さすがに『寛(くつろ)いでくれ』と仰られた直後に試験が待っているものとは思ってもみませんでしたが」
そう正直な感想を俺は述べた。
「常在戦場、という事らしいぞ」
俺のその言葉に王がそんな返しをしてくる。
「試験の実施を任せた大臣達からは、どんな状況であれ気を緩めて容易く負けを喫するような頼りない勇者には用がない、という趣旨の有難いご高説を賜ったよ」
いつも冷静沈着な彼にしては珍しく、苦々しげにそんな事を言ってきた。
「そう仰られる、という事は」
「そうだ。お前の考えている通り、試験に関して私は一切関与していない。私が関与すれば、出来(でき)競争(レース)、と言われるのは必至だからな」
公明正大を旨としている勇者の血族としては、痛くもない腹を探られるような要素は極力排除せねばならない。
それは俺にさえ理解出来る、あまりにも当たり前過ぎる話だ。
「詳細は分からんが」
そう前置きした上で、王が話し始める。
「お前の相手は相当な手練れだった筈だ。相違ないか?」
「ええ、仰る通りです。あれ程の使い手には迷宮(ダンジョン)でもそうはお目に掛かれません」
「だろうな。何人かの大臣達はお前の試験合格を全力で阻止しようとしていた筈だ」
「と、仰いますと?」
「彼らの中には、勇者とはいえ放蕩ばかりしている馬鹿王子などより是非自分の身内にお役目を、という者も少なくなくてな。何だかんだと理由を付けて、どうしてもお前をお役目には就かせたくなかったのだろう」
「それを御存知の上で?」
「当然だ」
何の迷いもなく答える王。
そして、言葉を続ける。
「私は何の心配もしてはいなかったからな。お前とまともに渡り合える者は亡くなった兄達の中でさえ何人もいまい」
「恐縮です」
頭を下げつつ、俺は言った。
「兎に角、無事に試験に合格する事が出来て、正直ほっとしております」
「そう謙遜する必要はない。あの大臣達の事だ。一筋縄ではいかないよう、色々と仕込んでいただろうに、見事それを潜(くぐ)り抜けたのだからな」
さすがに自分の臣下達、という事もあり、その辺りの事はお見通しだったらしい。
「いつ、どこで、誰が、仕掛けるか等は当然私にも知らされてはおらん。私がお前に情報を流す恐れもあるからだ」
「仮に知っておられたとしても、私に教えて下さったとは思えませんが」
「当然だ。そんな真似はお前には必要ないと信じていたからな」
強(したたか)な部分を多分に持っている王ではあるが、さすがは勇者の血族の当主の事だけあって、例え不利な状況下にあっても正々堂々と立ち向かう、という姿勢(スタンス)は決して崩さないようだ。
「だが、疑われる要素は極力絶っておかねばならん。私には知らせないよう釘は刺しておいた。それを建前(ポーズ)だと思っておる大臣もおったようだがな」
王の話は続く。
「そんな訳で、裏で私に情報を持ち掛ける大臣もおったが、一蹴したよ。『王国の勇者たるユーシャルルーシュにはそんな卑劣な裏取引で手に入れた情報など必要ない』とな」
「恐れ入ります」
「無論、その話に乗るつもりはなかったが」
「はい」
「万が一私がその話に乗ったら、その事実を取引材料にするつもりだったのだろうな。あまりにもあからさま過ぎて失笑するしかなかったよ」
とんでもない事をそんな風にさらり、と語る王。
国内だけの話だというのに、こんな化かし合いをしなければならないのだ。
権力の集中する場所は本当に伏魔殿としか言いようがない。
俺なんかじゃとても王は務まらないな。
心の底からそう思う。
「そして、その期待通り、お前は試練に打ち勝った。勇者を名乗り大勢の子を成すに相応しい存在、と正式に認められた、という訳だ」
「若輩の身ではありますが、誠心誠意お役目にあたらせて頂きます」
「うむ。そうして貰えると助かる」
正式に命を下され固くなっている俺とは違い、王の方に無駄な気負いはない。
「さて、これでお前には晴れて大手を振ってお役目を務めて貰える事になった訳だが」
「はい」
「基本的には自由にやって貰って構わん。一日一人の女性と子作りを行って貰う、という役割さえ果たして貰えれば、な」
「一日に一人、ですか?」
「多くはない筈だ。無理のない人数には設定してあると思うが?」
「仰られる通りです。承りました」
「相手は生身の女性だ。何かと手も金も掛かろう」
「ええ」
「そんな訳で経費も可能な限り便宜を図ろう。必要なものがあればいつでも係の者を通して申告してくれ」
「そこまで信頼して頂けるのはこの身に余る光栄なのですが」
「何だ?」
「もし、私がお役目に不適な人材だった場合はどうなるのでしょうか?」
「お前の事だ、そんな事は万に一つもないとは思うが」
そう前置きした上で言葉を続ける。
ごくり。
俺は王の次の言葉に固唾を呑んだ。
「その時はお前を選んだ私の目が曇っていた、ただそれだけの話だ。すべての責は私にある」
王のその言葉に俺は身が引き締まる思いがした。
この信頼だけは絶対に裏切るな、そう言われている気がしたからだ。
「肝に銘じておきます」
「そうして貰えると助かる。初めから懸念など抱いてはおらんがな」
あくまでも何も心配していない、という事を強調して王が言った。
この期待には全力で応えねばなるまい。
「長々と話し込んでしまい、済まないが」
「何でしょうか?」
「個人的にお前には伝えておきたい事がある」
妙に改まった様子で王がそんな事を言ってくる。
何だろうか。
ともあれ、俺の方も神妙な態度でそれを聞く事にした。
「はい、伺わせて頂きます」
そして、気になるその話の内容は、というと。
「お役目の人選についてだ。兄達が全員いない今、言い訳がましく聞こえるだろうが」
そう前置きした上で王が語り出した。
「もし、兄達がいなくなっていなかったとしても、私はお前を選んでいただろうな」
「優秀な兄上達を差し置いて私を、ですか?」
それは俺にとって意外過ぎる言葉だった。
「そうだ。理由は様々あるが消去法ではない。お前は私に乞われて選ばれたのだ。頭の片隅程度でいい。その事は覚えておいてくれ」
王は出任せを言う人物ではない。
しかし、本当のところは俺に知る術はなく、王の胸中は彼にしか分からない。
それでも、そう言われて悪い気がしないのは確かだった。
お零れではない、俺は選ばれた。
そう思える。
こういった細かい気配り出来る点が王が人望を集める理由なのだろう。
家臣の全員が全員王が慕っている、とまでは言わないが、王に不満を抱いている者が少数なのは間違いないと断言出来る。
息子である、という贔屓目を抜きにしてもこの王程の王はまず望めないだろう。
「ご苦労だった。準備が整う二ヶ月程度の間は好きに過ごして貰って構わん。そうは言っても、実際は細々(こまごま)とやる事はあるだろうがな。その辺りの事は任せる」
「畏まりました」
こうして、種馬試験についての報告は終わった。
「さて、ここからは親子の会話だ。そう畏まらずとも良い」
「はい」
「早速レイシャの元へ行ってくれたようだな」
「ええ」
そんな話題を振ってくる。
俺が母の墓参りに訪れた事はもう知っているようだ。
勿論、王である父自ら確認した訳ではなく、誰かしらからの報告を受けての事だろうが。
俺がそんな事を考えている間にも王の言葉は続く。
「お前が立派に成長した姿を見て、レイシャも喜んでくれている事だろう」
「そうだと良いのですが」
俺にはそう答える外(ほか)なかった。
俺は母が望んだように成長出来たのだろうか。
「私の知るレイシャならばそう思ってくれている筈だ」
「有難うございます」
その言葉に、深々と頭を下げる。
「失礼を承知でお聞きしますが、父上は母の元へは?」
親子の会話、と言って貰っているので、敢えて父上、という呼称を使う。
「そうだな……」
少しだけ考える素振りを見せて、彼が言葉を続ける。
「あまり頻繁に顔を出してはレイシャに要らん心配を掛けてしまうからな。大切な報告がある時だけ足を運ばさせて貰っている」
忙しさを理由にするような人ではない。
本当はもっと足を運びたいのだろうが控えているのだろう。
それは俺にも容易く想像出来、実に父らしい物言いだと俺は思った。
「有難うございます。きっと母も喜んでくれていると思います」
再び深々と頭を下げる。
「礼には及ばん。私にもレイシャと過ごす時間が必要だからな」
その少ない言葉の中からも父の母への深い愛情を感じる事が出来た。
「話は以上だ。長々と引き留めてしまい済まなかったな」
「いえ、お話を聞かせて頂けて嬉しかったです」
こうして、ごく短くはあったが、王と俺の親子の時間は終了した。