一通り要件を済ませた俺はあてがわれた私室へと戻る事にした。
「お帰りなさいませ、シャルル様」
深々と頭を下げて、アシュレイが俺を出迎えてくれた。
誰かが待っていてくれて「お帰り」を言ってくれる。
ここ数年間はなかった事だ。
「ご用はお済みになりましたか?」
「ああ」
「では、夕食のご用意を致しますね」
「頼んだ。その間に汗を流してくる」
普通の人間とは違い、勇者の身体は鈍(なま)る、という事はないのだが、感覚的なものだけはそうはいかない。
常に最高の状態を保つべく、俺は動き易い服に着替え木剣を片手に稽古に向かった。
敷地内で人気のない場所を見つけ、黙々と剣を振る。
俺は勇者乃秘技(ブレイヴアーツ)の型を中心に稽古に励んだ。
小一時間程の稽古を終え、自室へと戻る事にする。
その道すがら、懐かしい顔に出くわした。
「お稽古の帰りですか。相変わらず精が出ますね、シャルル様」
そう言って俺に声を掛けてきたのは権力の座を争っていた上位陣には目もくれず、クロード兄さんを推していた数少ない大臣の一人・ザガス=ザエリアスだ。
彼の存在は大臣の中でも異端、と言える。
大臣の中では珍しい精悍で体格のいい武闘派でありながら、その物腰は極めて穏やかで理知的な印象さえ受ける。
その一方で自分が正しいと思った事は決して曲げない頑固な一面も持っており、俺個人としては信頼に足る、と思っている数少ない人物の一人だ。
「お久し振りです、ザエリアス殿。日に一度は剣を握らないと落ち着かない性分なもので」
「そのお気持ちはよく分かります。私も日に一度は身体を動かさないとどうも調子が出ませんので」
大臣、というと小太りの中年を思い浮かぶと思うが、彼は俺より頭半分程背が高く体格もいい。
現役の騎士、と言っても通用する風貌をしている。
外見だけなら俺より戦力として頼りになりそうだ。
「ご立派になられましたな。昔は小柄な方でしたが、大分背も伸びられて見違えましたぞ」
彼の言う通り、成人を迎える頃位まで俺は小柄な方だったが、それからは大分背も伸び平均より若干高い位までの背丈にはなった。
そんな世間話もそこそこに、彼が俺に本当に話したかったであろう話題を振ってくる。
「クロード様の事は本当に残念でした。あれ程聡明な方はそうはおられますまい」
「ええ、俺もそう思います」
賢王、と名高い現国王・ルルーシュの血を最も強く受け継いでいたのは兄さんだ。
それは疑いようもない。
「クロード様が王となり貴方様にそれを支えて頂く、それが私の描いた最も理想的なこの国の未来だったのですが、それも叶わなくなってしまいました」
そう言う彼の表情は本当に残念そうだ。
「前から一度お訊きしておきたかったのですが」
「はい」
「貴方がクロード兄さんを推されていた理由を伺っても?」
「ええ、お答えします」
拍子抜けする程あっさりと了承を得られた。
彼にとって別段隠すような事ではないようだ。
「勿論聡明な方だったから、というのも大きな理由ではあるのですが」
「ええ」
「一番の理由はお身体が弱かったという事もあり、弱者の気持ちもよく理解されていたからですね」
その言葉の意味はよく分かる。
兄さんは勇者としての鍛錬は割とそっちのけで、孤児などの社会的弱者の為に奔走していた。
「王位継承を争っていた方々は確かにそれぞれ優れていた部分を持っていたのですが、彼らはまごう事なき強者でありました。ですので、強者だけを中心にした国を作ってしまいそうで。それを懸念しておりました」
三男のサンボルトだけは他の二人のように傲慢な性格ではなかったが、あまり政(まつりごと)に向いている、とは言えない人物ではあった。
愚直な性格の持ち主なので多少は致し方のない部分もあったのだとは思うが、それ程政治に詳しくない俺から見ても、他の二人に比べてあまりにも政治力が無さ過ぎた。
そんな理由で勇者としては秀でていたが、王としての資質は正直に言って今一つだったのではなかったのではないかと思う。
「勇者になれた今だからお訊きしますが」
俺はもう一つ長年気になっていた事を彼に尋ねてみる事にした。
「貴方から見て俺には剣の才能がありましたか?」
「いえ、正直それ程筋が良いとは思っておりませんでした。純粋な資質だけなら王子の方々の中でも下から数えた方が早かったでしょう」
お世辞などという気の利いたものは一切言わずに正直に答えてくれる。
それというのも、彼が俺を好ましく思ってくれているからに他ならないのだが。
腹を割って話せない相手にはさすがにこんな返答はしないだろう。
ともあれ、俺は彼のこういう部分が信頼に足る、と思っていた。
「しかし、ものになるとは思っておりましたよ。貴方様の稽古への打ち込みようは他の王子の方々とは比べ物になりませんでしたので」
言葉足らず、と思ったのか、そう付け加える。
「それは初耳です」
「私は努力出来る事も才能の一部だと考えております。そういった意味では貴方様が一番才能がある、と思っておりました」
彼の言っている事は理解出来る。
「才能がない」
その言葉を吐けるのは、本当に限界まで努力をした人間だけだ。
足りないものは努力で埋める事が出来る。
ある意味では俺はそれを体現したと言っていいのだろう。
「シャルル様にはこの国を発展させて頂くべく、未来の勇者達の父君になって頂く訳でございますが」
「ええ」
「私でお力になれる事がございましたら、何でも仰って下さい。可能な限り尽力させて頂きますので」
現時点では俺について利益になると考えている者は殆どいない。
俺は王の後継者として名を挙げられていないのだから。
俺の下の世代の有力な王子達についた方がずっと賢い選択の筈だ。
それなのに彼がこんな温かい言葉を掛けてくれるのは、俺個人を好ましく思っていてくれるからに他ならない。
「有難うございます。機会がありましたら、遠慮なくお力を貸して頂きます」
社交辞令ではなく、心からの言葉を俺の方も返答する。
俺の存在を疎ましく思っている大臣達も少なくないようだが、例え一人だけでも信頼出来る人物がいてくれるのは心強い。
旧交を温めた俺は、多少の名残惜しさを感じつつも彼と別れた。
さて、アシュレイが温かい食事を作って待ってくれている。
折角の料理が冷めてしまう前に帰るとしようか。
大した距離はないものの、俺は帰路を急いだ。