俺はユーシャルルーシュ=ブレイヴロード。
通称「シャルル」。
神に選ばれた特別な存在だ。
……とまではいかないが、そこそこ恵まれた血筋である事は確かだろう。
先ずは能力的な事についてだ。
俺の家系は王族であり、それに加えて所謂(いわゆる)勇者の血族でもある。
そして、俺はその末弟にあたる。
なので、普通の人間より強靭な肉体と魔法的な潜在能力を有している事は疑いようもない。
それに加えて、「勇者乃秘技(ブレイヴアーツ)」と呼ばれる秘伝の奥義や、勇者の血族だけに伝わる特殊な魔法なんかが数え切れない程存在する。
この家系に産まれた時点で生物として既に有利なのだ。
因みに愛称が「シャルル」なのは「ユーシャ」では「勇者」と区別が付き難く紛らわしいし、「ルルーシュ」は俺の父親の名前なので、消去法の結果選ばれた極めて消極的な理由によるものに過ぎない。
父親(彼女から見れば夫)の事が大好きだった母親がどうしても俺の名前に「ルルーシュ」の文字を入れたいと強引に捻じ込んだのだ。
そんな惚気(のろけ)た理由で俺の名前はとても長くなってしまっている。
名付けてくれた亡き母には悪いが、俺自身はこの名前をあまり気に入ってはいない。
……話を戻そうか。
次に外見的な事だ。
母親譲りの銀髪に赤眼、時折女性に間違えられる程中性的ではあるものの、俺の顔立ちは整っている。
王である父が言うには、俺は母によく似ているそうで俺自身もそう思う。
また、背は高くはないものの人並み程度にはあり、顔は小さく手足は長く体型(スタイル)もいい。
自惚れている訳ではないが、容姿には恵まれていると言って差し支えないだろう。
それというのも、俺の家系は王族という事で無論権力を持っている。
当然のように才能に溢れた美しい女性を代々娶る事が出来るので、容姿も代を重ねる毎に洗練されていく。
そんな理由で、俺が美形であるのは至極当然の帰結なのだ。
多少の優劣はあれど、兄弟(というか兄達はすべて亡くなってしまったが)姉妹すべて美形と言って遜色のない容姿をしている。
次にこの世界についてだ。
現在のこの世界には「魔王」という存在はいないものの、日常的に豚鬼(オーク)や大鬼(オーガ)等の魔物が跋扈(ばっこ)する危険な世界でもある。
王族が大きな顔をしてのさばっていられるのは、そういった脅威から自分の身を守る術をもたない庶民を保護しているからだ。
そうでなければ、何の恩恵も与えてくれない相手に決して安くはない税を支払ってくれる訳がない。
現在、人間が有している世界の面積は本当に微々たるものだ。
未開の地を魔物を討伐して切り拓けば、今までは誰もが知らなかったような栄養価の高い作物や、もっと強い武器を作れるような希少な鉱物を発見する事が出来るかもしれない。
もし、魔物が支配している領地を奪い取る事が出来れば人々の生活はもっと豊かになる事だろう。
可能な限り魔物を討伐する事は人間を繁栄させる為の生存競争を勝ち抜く術なのだ。
そんな訳で、魔物を倒す事が出来る人間を出来るだけ多く用意する事が人間にとっての急務、という訳だ。
十人すべてが腹違いの兄弟の末、という事で王位や権力争いには無縁で散々好きにやってきたが、年齢の離れた兄達がすべて亡くなるという異例の緊急事態が起きた。
父親である国王は健在であるものの、お家の一大事、という奴だ。
十人も后がいる、と聞くと彼が好色なように思えるかもしれないが、俺の知っている父王はそんな印象(イメージ)とは程遠く、勇者の血族の王に相応しい、俺の知り得る限りでは最も尊敬出来る人物の一人だと断言する事が出来る。
勇者の血筋を絶やさない為、多くの后と義務で子を成していたに過ぎない。
純粋な恋愛関係だけにあったのは俺の母だけだ、と俺達だけには打ち明けてくれていた。
母に父から貰って一番嬉しかったものは何か、と尋ねたら俺だと答えてくれたので本当に父を愛していたのだろう。
生来母は身体が弱く、子どもを産む事はおろか、授かる事すら難しいと医者からは言われていたそうだ。
母の身体が弱い事を知っていた父は母との間に子を成す事に消極的だった。
父は母に女を求めたりはせず、純粋に精神的な繋がりだけを求めていた。
しかし、母の強い願いもあり子作りしてみたところ、一度で懐妊。
その時出来た子が俺、という訳だ。
その事自体奇跡のようなものだが、それによって母の寿命を大分縮めてしまったのは確かだろう。
母は俺が十代前半の時にまだ美しいまま眠るように逝った。
俺が生まれたのを喜びつつも、俺という心残りを残して。
俺の誕生を喜びつつも、口にこそ出さないが父はそれを度々悔いていたようにも思う。
そんな経緯で呼び戻されたのだが、そこで俺に与えられた使命は一つ。
優れた戦士や魔術師等の女性を抱いて出来るだけ多くの子どもを成す、というものだ。
王である父はまだ老け込むような年齢ではないものの、若い時分に頑張り過ぎたのと唯一心から愛していた俺の母が早逝してしまった所為か、割と早い段階で男として不能になってしまったので、子作りは出来ない。
仮に出来たとしても、王も若くはなく新鮮な子種ではない、という不安材料があるので駄目だろう。
また、兄達には大勢子どもがいたものの女児が多く、男児もまだ子作りを出来るような年齢ではない。確か一番上が十歳程度だった筈だ。
成人が十三歳、結婚出来るのが十五歳だからそれにはまだ達しておらず、直系で子作りが可能な年齢に達している男は俺だけしか残っていない。
その為、俺に白羽の矢が立ったという訳だ。
そんな経緯を経て、今夜が俺の種馬としての初仕事となる。
俺が帰郷してから二ヶ月以上が過ぎた。
季節は春を迎え、大袈裟な防寒着は必要なくなってきている今日この頃だ。
上着一枚だけで快適に過ごせる日さえ珍しくはなくなってきている。
そんな暖かな陽射しが降り注ぐようになってきたこの季節に、俺は漸く初仕事の時を迎えようとしていた。
青と白と金。
勇者の血族に伝わる由緒正しい装束に身を包み、職場となる寝所で今夜の相手が来るのを待つ。
程なく時間となり、今夜の子作りの相手が俺の前に通された。
俺の子作りの相手は初夜に相応しく、成人男子向けの本では一大|部門(ジャンル)を築いている程の人気を誇る、快楽には勝てない事では定評のある女騎士だ。
普段は凛とした立ち振る舞いの女騎士が淫らに乱れる様、というのが男の浪漫であるらしい。
そんな事を考えつつ、口を開く。
「事前に説明されて知っているだろうが、自己紹介をしておこうか」
そう前置きした上で俺は続けた。
「名前はユーシャルルーシュ=ブレイヴロード。噂位は聞いているだろうが、肩書きだけで放蕩三昧の馬鹿王子だ。勇者の血族で今まともに種馬になれそうなのは俺しかいなくてな。馬鹿王子でも子作り位はちゃんと出来るから安心してくれ」
そんな俺のくだけた挨拶に対し、彼女の反応は冷淡だった。
「はじめまして。イオナ=クッコローセと申します。ご覧の通り、王国の騎士を拝命しております。以後お見知りおきを」
あからさまに形だけの挨拶をする。
年の頃は二十歳前後だろうか。俺と大きくは違わないだろう。
金髪に碧眼、長い髪をポニーテールにして纏めている。
生意気そうなツリ目、綺麗に通った鼻筋、意思の強そうな唇。
手足は長く、すらりとしている。
服装は青地に一本だけ線(ライン)の入った膝上丈のスカート、ただでさえ長い脚の長さを強調させる白いロングブーツ。
ここまではいい。
問題は上半身だ。
青地に白が配色された目に鮮やかな鎧を纏い、どこからどう見ても、これから俺に抱かれに来た女の格好ではない。
彼女なりの俺に対する宣戦布告、といったところか。
うん、いいな。
俺はこういう気の強そうな女が大好きだ。
あからさまに悪態をついてきたりはしないが、その目は何よりも雄弁に「あなたのことなんて認めていませんからね」とでも言いたげだ。
勇者の血族として、思っていたよりずっと優男だったであろう俺の容姿に明らかに落胆しているのだろう。
俺は自分でも容姿は優れている方だと思うが、何分線は細い。
俺が剣を佩(は)いているのは承知のようだが、おそらく同じ剣を使う者として彼女より低く見られている事だろう。
そんな理由で彼女にとっては俺は男として対象外なように思われた。
「その顔は俺に抱かれるのは不服、って感じだな」
回りくどい言い方はせずに切り出す。
「いえ、これも私の使命ですから」
口ではそう言うものの、とても納得しているようには見えない。
お役目は任意ではあるものの、俺が彼女の好みではなくても一回引き受けてしまった以上、撤回は出来ないのだろう。
自分より優れた相手でなければ子どもを作りたくない、というのは生物として至極当然の事だ。
俺は彼女のその懸念を取り除いてやる事にした。
「俺に不満があるなら試してみればいい。お前のお眼鏡に適わなければ帰って構わないぞ。当然、その事に対するお咎めはなしだ」
「!」
一瞬、イオナが驚いた顔を見せる。
王族なんてものは相手の都合なんてお構いなしに、一方的に要求だけ突きつけてくるものだとでも思っていた顔だ。
俺の知っている王は決してそういう人物ではないが、そういう態度だった兄達には俺にも何人か心当たりはある。
なので、彼女が王族に対してそういう印象を持っていたとしても何ら不思議な事ではない。
「本気で構わないのですね?」
念を押される。自分の腕に相当の自信があるらしい。
「無論だ。そうでなければ意味がない」
そんな訳で俺専用の小規模な練武場へ向かった。
ここは俺の個人的な空間なので、俺と俺が許可した者以外の立ち入りは禁止されている。
基本的には余計な邪魔は入らない、という訳だ。
中には俺が鍛錬用に集めた私物が所狭しと置いてある。
そして、壁にはこれから使う鍛錬用の木剣がずらりと並んでいた。
「どれでもいいから好きな得物を選んでくれ。俺はお前が選んだものを使わせて貰う」
「随分と公正なのですね」
俺のその言葉にイオナがそんな感想を漏らす。
彼女にとって、俺のその提案は意外なものらしかった。
「不正をして勝ったところで納得しちゃくれないんだろう? 正々堂々と勝つまでだ」
自信たっぷりに俺は言う。
「大したご自信ですね」
「自分に自信がなければ俺の種で子どもを産んで貰おうなんて思わないさ。こんな俺でもこの国の未来を作っていく責任があるんでね」
無論、役得の部分も大きいが、この環境に身を置いていなければ俺が種馬として選ばれる事もなかった。
放蕩三昧な俺だったが、その程度の自覚はある。
「では、そのお言葉を試させて頂きます。少しお時間を頂きますが、よろしいですね」
「ああ、お前みたいな美人に待たさせて貰えるなんて光栄だ」
俺の軽口を聞き流して彼女は暫くの間、淡々と剣を選んでいた。
「貴方にはこちらの剣を。私はこちらをお借りします」
「馬鹿正直だね、お前。好きになれそうだ」
剣を受け取りながらそう答える。
彼女が手にしているのも俺と同等の唯の木剣だろう。
あくまでも俺と条件を対等にしたいらしい。
「そうおっしゃる貴方はなかなかの策士ですね」
「へえ、何でそう思う?」
興味津々で俺は尋ねた。
「ここにある木剣は見た目はすべて同じですが、私と貴方の持っている物以外すべて別物です」
彼女の言う通り、魔力を付与(エンチャント)して並の剣士ではまともに振る事も出来ない重いものから、わざと折れ易くしているもの、魔力で強度は強く羽根のように軽くしているものまで玉石関係なく並べてある。
自分には有利なものを、俺には不利なものを渡す事も可能だった筈だ。
それをしなかった事は騎士としては合格だが、国の行く末を担う者としては失格だ。
自分の後ろに守るべきものが控えている以上、優先させるべきは己の矜持よりも国の実利であるべきなのだ。
自分から有利な条件を棒に振るなんて愚行は俺に言わせればとんでもない傲慢だ。
有利な条件を得られるのなら、甘んじて享受すべきなのだ。
ほんの僅かでも勝算が高まるのならば、どんなものでも利用すべきなのだ。
彼女が騎士道精神を貫きたいのも理解出来ないではないが、戦いはそんなに甘いものじゃない。
などと偉そうな事を考えつつも、俺はそんな彼女を好ましくさえ思った。
「私の目利きと勝負への心構えを知る、そんな目論見があったのではないですか」
「益々好きになれそうだな。頭の切れる女は嫌いじゃない」
「その上お口も上手な方のようですね。剣の方はどうか知りませんが」
そこで一旦区切り、イオナは続ける。
「大方、私が自分に有利なものを選んだ場合は、それを口実に不戦勝にでもするおつもりだったのではないですか?」
同じ木剣を選んだのにはそんな理由もあるらしかった。
まあ、彼女の性格上、それがなかったとしても対等の勝負を望んだとは思うが。
「それは心外だな。俺はそんなに狭量じゃないし、お前がどんな剣を選んだところで俺の勝利は絶対だ」
再び、自信たっぷりに俺は言った。
「大したご自信ですね。それでは始めましょうか」
それに対し、呆れたように彼女が言う。
これまでのやり取りで口先だけの男だと思われているようだ。
「その前に一つだけ」
真剣な面持ちで俺は切り出した。
「何でしょうか?」
それに対してイオナも神妙に答える。
「脱げ」
ぎろり。
そんな音が聞こえてくるのではないかと俺は錯覚せざるを得なかった。
そう言った瞬間、イオナから思い切り軽蔑の眼差しを向けられたからだ。
特殊な性癖を持っていればご褒美なのだろうが、生憎俺にはそういった気(け)はない。
「何だその目は。鎧の話だ、鎧の。そんな重そうな鎧なんて着てたら公平(フェア)じゃないだろ」
どうやら言葉足らずだったようだ。
鎧を纏っているイオナに対して、俺は服しか着ていない。これではとても公平(フェア)な勝負とは言い難い。
「いえ、私も騎士の端くれだと自負しておりますので戦場(いくさば)で鎧を脱ぐわけには参りません。それに……」
「それに?」
「これでも嫁入り前の大事な身体です。手元が狂った剣で傷ものにでもされたらたまりませんので」
「馬鹿王子の剣の腕は信用出来ない、か。それじゃ、その認識を改めて貰うところから始めようか」
「できるものなら是非拝見したいものです。では、改めて」
今度こそ木剣を構えて対峙する。
イオナは刀身が丸見えの正眼の構えを、対人戦闘なので俺は例によって「刃隠(はがく)し」の構えを取った。
イオナからは俺の持っている木剣は点にしか見えていない筈だ。
彼女からすれば、俺の取っている構えは異様でしかない。
「見た事のない構えですね。それが噂に名高い『勇者乃秘技(ブレイヴアーツ)』の構えですか? 珍しいものを拝見させて頂き眼福です」
「刃隠(はがく)し」の構えを邪道と見たのか、稚拙と見たのかは定かではないが、馬鹿にしたように彼女が言った。
騎士として正当な剣技を学んだであろう彼女がそう思うのは無理からぬ話。
それに加えて、おそらく彼女は刀身を見せない領域(レベル)の戦いを経験した事がないからだ。
今のイオナは実戦においてそれがどれだけものを言うのかまだ知らないのだろう。
そんな事を考えつつ、返事をする。
「お褒めに預かり光栄だが、違うな。勇者乃秘技(ブレイヴアーツ)はそんなに簡単に御披露目出来るような技じゃないんでね」
「甘く見られたものですね。最初から使わないと後悔しますよ?」
忠告のつもりなのか、挑発気味にそんな事を言ってくる。
本当に気の強い女だ。
益々気に入ったぞ。
「必要なら使わせて貰うさ。そんなに見たければ俺を追い込んでみろ」
挑発のお返し、とばかりに俺はそう返した。
その刹那。
「そうさせて頂きます!」
ブアッ!
そう言いながら凄まじい勢いで斬り込んでくる。
速い。とても女の斬撃とは思えない。
これ程の腕になるまでには相当の修練を積んできた筈だ。
俺はこの女騎士を評価するべき点をまた一つ発見した。
それでも、俺の反応速度ならかわせない程ではない。
カッ!
しかし、その一撃を敢えて受ける。
イオナの斬撃の重さを確かめたいからだ。
「そうそう」
そんな訳で、そのいい一撃を軽くいなしつつ、思い出したように俺は口を開く。
「さっきの話には訂正したい点が二つあるな」
「くっ!? お聞かせ願えますか!」
シュンッ!
渾身の一撃をかわされるでも受けられるでもなく、軽くいなされた事に若干の驚きを見せつつも、即座に次の斬撃を放ってくる。
頭の切り替えも早い。胆力もなかなかのものだ。
俺は実力よりもむしろそちらの方に感心していた。
しかし、それでもイオナの剣が俺を捉える事はない。
「お前は今夜俺の子を身篭る(から嫁に行けなくなる心配は必要ない)し」
カッ!
彼女の木剣を弾き飛ばしつつ、言葉を続ける。
「俺の手元は絶対に狂ったりしない」
先程とは比較にならない驚愕の表情を浮かべるイオナの喉元に剣先を突き付けながら、俺は不敵に微笑んだ。