「だから脱げ、って言ったろ?」
喉元に突きつけた剣を引いて俺は言った。
「おっしゃる通りです。吐いた唾を飲み込むような真似で恐縮ですが、鎧は脱がせて頂きます」
「ああ」
俺は端からそのつもりだった。何の問題もない。
「では失礼します」
俺の許可を得たイオナは鎧を脱ぎ始めた。
「お待たせしました」
鎧を脱ぐと、華奢な身体の線(ライン)が露わになる。
全体的に細身で無駄な肉は一切付いていない。
その代わり、身長の割には胸の大きさは控えめだ。
女性としてはマイナスなのだろうが、動き易いので騎士としては利点だ。
それについてイオナがどう思っているのかは本人に訊かない限り、俺には知る由もないが。
「これで条件が同じになったな」
身軽になったイオナの姿を一瞥して俺は言った。
「はい。勝負自体は既に決着し、私の負けという結果ですが」
「ああ、その事だが」
「何でしょうか?」
「さっきのは無しでいい。勝負事は公平(フェア)にやらないと面白くないからな」
俺がそう言うと、彼女は意外そうな顔を見せた。
「あくまでも対等な勝負をしたい、とおっしゃるのですか?」
「そうだ。それに……」
「それに?」
「俺はもっとお前の事が知りたい。それには剣で手合わせするのが一番手っ取り早いからな」
「……それは私を口説いているのですか?」
「そう思って貰って構わない。俺はお前に興味津々だ」
「……本当に唯の王子様ではないのですね」
「放蕩三昧の馬鹿王子だって言ったろ?」
「それについては同意しかねます。貴方ほどの剣の使い手は見たことがありません」
「初めて素直なお褒めの言葉を頂けたな。そいつは光栄だ」
「ご期待に副(そ)えられるかどうはお約束できませんが」
そう前置きした上でイオナは続けた。
「機会だけは与えて頂き、感謝します。今度は本気で、と申し上げたいところですが先程も全力で当たらせて頂きました」
「まあ、さっきは鎧を着てたしな。今度はもっといい動きを期待してるぞ」
「力及ばないまでも尽力させて頂きます」
そう返答する。
どこまでも生真面目な性格のようだ。
「折角だから切り良く十本勝負にしようか。一本でも取れたらお前の勝ちでいいぞ」
「馬鹿にしないで下さい、と申し上げたいところですが、貴方と私にはその程度の差はあるのでしょうね」
侮辱されている訳ではない、と理解しているらしい。つくづく頭がいいようだ。
「その冷静なところもいいな。生き残る上で一番必要な資質だぞ」
勝負事は冷静な方が勝つとは限らない。が、冷静な方が勝つ場合が多い事もまた確かだ。
イオナは良い資質を持っていると俺は思う。
「お褒めに預かり恐縮です。今度は胸をお借りするつもりで挑ませて頂きます」
俺との実力差を痛感し、そう言いつつも彼女の目は諦めた者のそれではない。
互角の勝負が一番楽しいのだが、実力差があっても諦めずに向かってくる相手と手合わせするのも嫌いじゃない。
今度は俺も彼女と同じく正眼に構え、勝負に臨む。
「今度は基本的な構えなのですね」
「まあ、たまにはな」
「…………」
そんな俺の態度を訝しく思ったのか、イオナはなかなか仕掛けてこない。
と、思った瞬間に剣閃が走った。
シュッ!
頭がいいだけに駆け引きも上手そうだ。
ともあれ、イオナがその斬撃を放つのを確認してから俺も斬撃を繰り出す。
ブンッ!
それでも尚、俺の剣の方が早く彼女を捉える。もちろん、当てたりはせず寸止めで留めているが。
「参りました……」
降参を宣言する彼女は信じられないものを見たかのような顔をしていた。
「一本目、だな」
「明らかに私より後に動き始めていたというのに……」
「これでも一応勇者の血族、って事だな。自慢に聞こえるかもしれないが、身体能力は普通の人間とは別物と思ってくれていい」
「これが勇者の血族の力……」
イオナがごくり、と唾を飲み込む。
「そういう訳だ。気を引き締めて掛かってこい」
「はい。では、二本目をお願いします」
実力差はあったものの、イオナは一向に諦めた様子は見せず、俺に挑み続けた。
彼女にとっては真剣勝負でも、俺にとっては稽古をつけてやるようなものだ。
俺は彼女との手合わせを心底楽しみながら剣を振るった。
彼女は彼女で、俺から仕掛けさせたり、|返し技(カウンター)を狙ってみたり、勝つ為に色々と試行錯誤したが、俺から一本取るに至らなかった。
圧倒的に勝ち過ぎると稽古にならない為、俺は手加減をしつつ、ある程度の隙がある場合のみ攻撃を仕掛けて確実に一本を取っていった。
俺の勝利で最後の十本目も終了した。
「はぁ……はぁ……はぁ……ありがとうございました……」
肩で息をする彼女に対し、俺は息一つ乱していない。運動量が桁違いなので当然と言えば当然なのだが。
俺自身は自分の都合のいいようにイオナの動きを操作(コントロール)し、殆ど動いていない。
「俺の勝ちだな。それとも、まだ続けた方がいいか?」
「いえ、疑いようもなく私の完敗です」
息を整えた彼女はそう答えた。
実力がある事もあり、俺との差は理解出来ているようだ。
さすがに騎士だけな事もあり潔い。
「一応言っておくが、お前が弱い訳じゃない。俺が強過ぎるだけだから気にしなくていいぞ」
慰めでも何でもなく、これは事実だ。
俺は普通なら何人もが一団(パーティー)を組んで倒すような危険な魔物を基本的に単身で狩っていた。
無論、それは俺自身だけの実力という訳ではなく、迷宮(ダンジョン)に潜って手に入れた希少な魔力が付与(エンチャント)された装備や強力な勇者乃秘技(ブレイヴアーツ)等も勘定に入れての話なのだが、そういった環境を整える事自体も実力の内だと俺は思っている。
兎に角、俺の実力は規格外だ。
傲慢なようだが、その俺と比べる事自体が間違いなのだ。
少なくとも、そこら辺の剣士や魔物に後れを取るような実力ではない。
さすが俺の子どもを産む候補に選ばれただけの事はある、と言っていい。
「先程の無礼な態度……大変失礼致しました。本当に何とお詫びすればよろしいのか……」
先程までとは一転、尊敬を帯びた眼差しを向けてしおらしく詫びてくる。
「気にするな。俺は気にしてない」
俺はそれだけ言ってこの話を終わらせた。
「汗をかいちまったからな。汗を流してさっきの寝所に集合だ」
「了解致しました」
素直にうなずく。
「可愛がってやるぞ」
俺がそう言うと、彼女は頬を赤く染めた。