その日の午後。
俺は勇者乃秘技(ブレイヴアーツ)をイオナに教えるという約束を果たすべく、待ち合わせ場所である練武場へと急いだ。
到着すると、時間前だというのにイオナは既に俺を待ってくれていた。
第一印象の通り、真面目で几帳面な性格のようだ。
「本日はよろしくお願いします」
俺の顔を見て、昨夜の情事を思い出したのかその顔はやや赤い。
「身体の方は大丈夫か? 痛かったら遠慮なく言ってくれ。幾らでも治してやるからな」
「お気遣い痛み入ります。ですが、昨夜治して頂きましたので大丈夫です」
昨晩回復魔法を掛けたので、運動も問題はないようだ。
些か情緒がないようにも思えるが、治せるものならさっさと治して習得に入って貰った方が俺としても有難い。
「確認しておきたいんだが」
「はい」
「イオナは攻撃魔法は使えるのか?」
「いえ、私は騎士(ナイト)ですので、簡単な補助魔法と回復魔法くらいしか習得しておりません」
「じゃあ飛び道具的な技から覚えて貰うか。丁度ぴったりな奴がある」
俺が今回イオナに覚えて貰おうと思っているのは勇者乃秘技(ブレイヴアーツ)「飛び飯綱(イヅナ)」。
剣撃の真空波で攻撃し、離れている標的、特に飛行している標的に有効な技だ。
これは勇者の血族が開発した技ではなく、「侍(サムライ)」と呼ばれる「刀(カタナ)」という特殊な剣を持った東方の剣士が使っていた技だそうだ。
この技を使いこなした侍は「飯綱(イヅナ)使い」と呼ばれ、恐れられていたらしい。
分類的には刃技(ブレイドアーツ)に入るので、勇者の血族ではないイオナにも覚えて貰う事が出来る、という訳だ。
その辺の説明を簡単にしてから実践に移る。
予め用意しておいた巻き藁から五セドル(約十メートル)ほど離れた位置に移動し、そこで木剣を構える。
「よく見てろよ」
「はい」
俺の一挙手一投足をイオナは固唾を呑んで見守っている。
「はっ!」
掛け声と共に真空波が生じ、目標である巻き藁を見事真っ二つに切り裂いた。
「と、まあ、こんな感じだ」
「すごいです! 木剣で斬ってしまうなんて!」
「こいつの利点はまず武器を選ばないって事だ。極端な話、習熟すれば棒切れでも出せるようになる。他にも利点がある訳だが、分かるか?」
「はい、間合いが伸びる点です。剣を使う者にとって、その利は計り知れません」
「ご明察。さすがイオナだ」
剣を使う者にとって、間合いが広がる事の恩恵は計り知れない。
イオナはその事をよく理解しているようだ。
そのイオナが「飛び飯綱(イヅナ)」を習得すれば、きっと使いこなしてくれる事だろう。
そんな事を考えつつ、彼女の洞察力を褒め称える。
「お褒めに預かり光栄です」
俺の賛辞にほんのりと頬を赤く染めるイオナ。
彼女の方も満更ではなさそうだ。
だが、それをいつまでも引き摺ってはいられないので、話を続ける。
「他にもあるが、あとは飛んでいる敵にも攻撃を掛けられる事位かな。こいつを使いこなせるようになれば、イオナの剣の幅はもっとずっと広がる筈だ」
「はい」
「先ずは短い距離でいいから、斬撃を飛ばせるようになって貰おうか。何回か型を見せるから、取り敢えず今日はそれを千本。ゆっくりでいいから型を崩さずにやる事。いいな?」
「はい。よろしくお願いします」
何回か型を見せると、イオナはゆっくりではあったが俺の教えた通りに剣を振っていた。
取り敢えずあれなら大丈夫そうだ。
「飲み物はそこの瓶の中に幾つか入っているから、喉が渇いたら好きなのを適当に飲んでくれ」
「了解しました」
「悪いが少し出てくる。後でまた顔を出すからな」
「どちらへ行かれるのですか?」
「仕事絡みで王城の方にな」
「お忙しいところ、お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
深々と頭を下げるイオナ。
本当に律儀だな。
「だからそんなに畏まるなって。俺の望みでもある訳だしな」
「そうおっしゃって頂けると助かります」
そんなやり取りを終えて、今夜の相手の資料を貰う為に城の一室へと向かう。