翌日。
今日も昨日と同じ時間から、俺専用の練武場にてイオナに勇者乃秘技(ブレイヴアーツ)を教えている。
そこへ招かざる客人が闖入(ちんにゅう)してきた。
騎士団の鎧を着た四人組だ。
全員俺より体格がいい。
ように見えるが、俺に言わせれば見せ掛けの筋肉だ。
実戦では殆ど役に立たないだろう。
どいつもこいつも俺から見てぱっとしない顔をしている。
女には縁がなさそうだ。
などと、見下したような事を考えてしまうのは連中のにやついた、わざとらしく張り付いたような笑顔の所為だろう。
笑顔でここまで人を不愉快にさせるのも、ある種の才能だと俺は思う。
「なんだ、貴様ら! 誰の許可を得てここに足を踏み入れている!?」
稽古の邪魔をされツンツン状態(モード)のイオナ。
うむ、凛々しいぞ。
大体、ここは俺の個人的な空間だ。
本来俺以外はイオナにしか立ち入りを許可していないのだが。
そんな事はお構いなしに男の一人が口を開く。
「おや? 許可が必要でしたか? そいつは知りませんでした」
「イオナ=クッコローセといえば、男嫌いでそりゃあもう有名です。その彼女が嫌いなはずの男に剣を習ってる、というではありませんか」
「そうそう、ここで一心不乱に剣を振ってるとか」
「まあ、振っているのは剣だけじゃないかもしれませんがね」
そう言ってそいつは卑猥にくいくい、と前後に腰を振った。
ああ。こいつらはイオナが嫌いな手合(タイプ)の「男」だ。
そりゃ、男嫌いにもなるさ。こんな男ばかりに囲まれていたらな。
「貴様ら……」
鬼の形相のイオナ。
「どうやってこのお堅い女騎士様をたらしこんだのか、ご教授願いたくて参上仕った、というわけですよ」
「その綺麗に整ったお顔じゃないですかねえ。女ってやつはちょっと外見(そとみ)のいい男を見ればすぐに股を開きますからねえ」
俺の顔を見ながら、そんな下品な台詞を言ってくる。
慇懃無礼のお手本のような連中だ。
見ている俺の方が恥ずかしいぞ。
大方、自分達にはまったく靡(なび)かなかったイオナがたった一晩で王族である俺に心を許しているのが、気に食わないとかそんな下らない理由で絡んできたのだろう。
別に俺が王族だから、イオナが俺に師事するようになった訳ではないのだが。
むしろ初めは他の男同様、俺にも全然好意的じゃなかったしな。
俺のような優男は全然好みじゃなかったみたいだし、決め手は完全に俺の剣の腕と人柄ありきだ。
俺は最後に残った王子というだけの理由で容姿、才能共に優れた女達を相手に公に王国の種馬を任されている。
女っ気のないむさ苦しい男共にやっかまれるには十分過ぎる理由だ。
まあ、同じ男として新参者(こいつらから見れば、だが)が美味しい役割を任されているのが面白くない、というその気持ちは分からなくもないが。
そんな訳で気持ちは分からなくはないので、出来る限り友好的に声を掛ける。
「なあ」
「なんですか? 王子様」
馬鹿にしたように返事をする。安い挑発だ。
俺は気にせず話を続けた。
「この世界には倒さなきゃならん魔物が沢山いる訳だが」
「は?」
俺が何を言いたいのか理解出来ないらしい。
「人間同士、ましてや同じ国の、でいがみ合うなんて馬鹿馬鹿しいとは思わないのか?」
こんな連中を実力行使であしらうのは簡単だが、余計な摩擦は避けたい。穏便に済ませようと思ったのだが。
「剣で勝ち目がないからって口で言いくるめようって魂胆ですか。さすが放蕩三昧されている方はおっしゃられることが違いますな」
俺の馬鹿王子、という噂が裏目に出た。
俺が実力で勝てないから口先だけで何とかしようと思い込んでいるらしかった。
加えて後々の事も何も考えてないらしい。
もし俺がこの事を王に報告したら、どんな処分を下されてるのか、とか考える頭はないのだろうか。
まあ、俺はヘタレだと思われているようなので、びびってチクる事も出来ない、と思われている可能性もなくはないが。
仮にも王子に対する不敬罪だ。それなりの処分を下されるであろう事は容易に想像出来る。
まあ、俺も子どもではないのでいちいちそんな事を密告したりはしないが。
兎に角、言葉では駄目だ。
こいつらは頭が悪過ぎる。何を言ったところで通じやしない。
説得は時間の無駄以外何物でもない。
俺は説得を諦め、実力行使に移る事にした。
「お前らがイオナの前で恥をかかない内に、と思って気を遣ってやってるのが分からないか……」
やれやれ、といった感じで俺は続けた。
「いいぞ。遊んでやるから掛かってこい」
漸く望む展開になったと思ったのか、男達の一人が名乗りをあげる。
「じゃあ、オレから。いや、オレで最後かな?」
他の三人が声をあげて笑う。
「おいおい、お前らにそんな騎士道精神なんて期待しちゃいない。四人掛かりで来い」
その俺の言葉を侮蔑と取ったのか、男が語気を荒める。
「どれだけお強いかは存じませんが、後で負け惜しみを言っても聞く耳もちませんよ?」
連中の一人がそんな事を言ってくる。まだ俺に勝てるつもりでいるらしい。
「始める前に言っておくが」
「なんですか?」
「お前らは俺はおろか、イオナにも四人掛かりでも勝てないぞ」
「ほう。あなた様はイオナ嬢よりはお強いわけで?」
「だからイオナに剣を教えている訳だが?」
「ほう、それは楽しみですな」
馬鹿にしたように言う男。
俺には女をたらし込むしか能がない、そう確信しているようだ。
「ああ、その事だが」
「今さらやめたい、ってのはなしですよ。勇者様の剣を是非拝見させて頂きたいので」
慇懃無礼のお手本のような台詞を言ってくる男。どこかにそんな教材が売っているのだろうか。
「剣も必要ない。お前らの相手なんて素手でやっても十分お釣りが来る」
「は?」
馬鹿にされたのを通り越した怒りで、男のこめかみがぴくぴく、と震える。
剣を使う者にとってこれ以上の侮蔑はないだろう。
「お前らは真剣を使って構わないぞ。どうせ掠りもしないだろうからな。何を使おうが同じ事だ」
「仮にも一国の王子に怪我をさせるわけには……」
有利過ぎる条件にびびったのか、急に怖気出す。
「それこそ無駄な心配だな。なんなら、俺に怪我をさせても責任は負わなくていい、って一筆書いてやろうか?」
「…………」
さっきまでの穏便に済ませよう、という姿勢(スタンス)から打って変わり、好戦的でいきなり強気になった俺の態度に本気で不味い、と思い始めたのか、誰からも答えが返ってこない。
迂闊な事を口に出そうものなら貧乏|籤(くじ)を引く事になる、そんな雰囲気だ。
「そんなに俺に怪我をさせるのが心配なら、条件を公平(フェア)にする意味も込めて甲冑を着けてやってやるが? ここまで御膳立てしてやっているっていうのに、これ以上やらない理由を並べ立てるような格好悪い真似はしないよな?」
念を押す俺。
「…………」
さっきまでの威勢の良さはどこへやら、俺より体格だけはいい(ように見える)男達が四人、揃いも揃って押し黙る。
煮え切らない連中の態度に俺は再び口を開いた。
「俺が一番嫌いなのはお前らみたく、旗色が悪くなったと見るやすぐに尻尾を巻いて逃げ出そうとする手合(タイプ)なんだよ。イオナは頭のいい女だが」
彼女の聡明さを強調して続ける。
「殆ど勝ち目がない事を承知で、それでも尚、正々堂々と俺に向かってきたぞ? お前らには彼女みたいな気概はないのか? 種馬である俺が妬ましくて仕方ないみたいだが」
俺の挑発は続く。
「お前らみたいな臆病者の玉なしの子種なんて役に立つ訳ないだろ。もしも、玉なしじゃない、というのなら俺に勝ってそれを証明してみせろ」
「王子様だからと黙って聞いていれば好き放題言ってくれますな!」
俺の「玉なし」発言が相当腹に据えかねたのか、一際思慮が足りなさそうな男が漸く挑発に乗ってきた。
「おっ、おいっ!」
不味い、と思ったのか、それを周りは止めに入る。
しかし、その男は止まらない。
「確認しておきたいんですが」
「何だ?」
「勝てばお咎めはなしなんですよね?」
何かと思えば、そんな保身たっぷりの、実に情けない事を訊いてくる。
「事を大きくするつもりはないし、喧嘩両成敗、という言葉もある。結果はどうあれ処罰する気はないが?」
俺のその言葉に連中の顔に安堵の色が浮かぶ。
まあ、無事に帰してやるつもりは更々ない訳だが。
たっぷりと痛い思いをして貰った後で仲良くお帰り願おうか。
「では受けて立ちますよ。そのお言葉、お忘れなきよう」
「決まりだな」
こんな流れで、真剣を持った四人と丸腰の俺とで試合をする事になった。
「お前らが安心して斬り掛かってこられるように、甲冑を着てやるから待ってろ」
そう言って、俺が訓練用に置いてある甲冑を身に付け始めると、何も言わずともイオナがそれを手伝ってくれる。
「気が利くな、イオナは。いい奥さんになれるぞ」
「いっ、いえ。恐れ入ります……」
俺のその言葉に頬を赤く染めるイオナ。
うむ、可愛いぞ。
そんな俺達のやり取りを連中は面白くなさそうな顔で眺めていた。
「待たせたな」
手早く甲冑を身に付け、そう言った俺だったが、実際のところは少しも気にしてはいない。
相手はむさ苦しい男共だ。どれだけ待たせようが知った事じゃない。
これが麗しい淑女(レディー)ならば話は違ってくるのだが、こいつらに気を遣ってやる義理も必要もどこにもないからな。
兎も角、これで準備は整った訳だ。
決着後、ごちゃごちゃ文句を言わせない為に、開始前にイオナによるルール説明が行われた。
「ルールは相手を戦闘不能と思われる状態にすれば終了。首に剣を突きつけたりすることがそれに該当します。ユーシャルルーシュ様は丸腰ですので、指で代用して下さい。戦闘不能とみなされた方は即座に行動を中止すること。基本的にはなんでもありですが、魔法の使用は禁止。いいですね?」
「ああ」
「ほえ面かかせてやりますよ、王子様」
一番体格のいい男が凄む。
まあ、全然怖くない訳だが。
「始め!」
こうして、イオナの号令で試合が始まった。
ドカッ!
それと同時に俺は男をもう一人の男の方へ蹴り飛ばした。
体勢を崩し、もつれる二人。
むさ苦しい野郎と倒れるとか、絶対に逆の立場にはなりたくないぞ。
鎧は重く、一度倒れたらなかなかと立ち上がる事は出来ない。
スッ!
その隙に俺は首筋に指を当て、掻っ切る仕草をする。
「はい、死んだ、と」
二人目も同じように「殺す」。
まあ、あくまでも振り、だが。
一瞬の間に俺に「殺された」二人は呆然としている。
「さて、これで早速二人片付いた訳だが」
と、俺が言うと謎理論で怒鳴られる。
「卑怯だぞ! それでも騎士か!?」
「は? 俺は騎士じゃなくて勇者な訳だが」
「そんなことを言ってるんじゃない! 蹴りを使ったのが卑怯だと言ったんだ!!」
訳の分からない理屈をこね、唾を飛ばしながら怒声を上げる。
汚いな。寄るなよ。
例え甲冑越しでも野郎の唾などご免|被(こうむ)りたい。
「は? お前らは戦場で敵がそんなお上品に戦ってくれるとでも思ってるのか? 随分とおめでたい頭をしてるんだな。大体こっちは丸腰なんだぞ? 魔法も禁止だ。他にどうやって戦えと? 少しは考えてから物を言えよ」
呆れたように俺は言った。
「ぐっ……!」
何も言い返せない男。
「文句がないなら続けるぞ」
「くっ……ありませんよ!」
渋々再開を了承する。
俺は全身が覆われた板金鎧(プレートアーマー)だが、連中は胸甲(ブレストプレート)程度の簡易な鎧を着けているだけなので、足の部分は無防備だ。
少し脚を蹴飛ばしてやった位で大袈裟に痛がる痛がる。
我ながら悪趣味だとは思うが、その光景は正直見ていて痛快だった。
その後、一人を同じ手を使って「殺し」、もう一人の下品に腰を振っていた男はすぐには「殺さず」に足を突っかけて何度も何度も転ばせてやった。
敢えて一人だけ悲惨な目に合わせ、「何で俺だけこんな目に……」と後で仲間割れを誘発させる為だ。
俺は割と根に持つ性格(タイプ)だ。
その俺を怒らせたのが運の尽きだ。
イオナへの無礼が許せなかった事もあり、そいつだけは自分で歩いて帰れない位、足をボロボロにしてやった。
なので、そいつは他の二人に引き摺られて逃げるように帰っていく外(ほか)なかった。
約束通りお咎めはないが、無傷で帰してやる、と言った覚えはない。
連中にはいい薬だろう。
これで少しは懲りてくれればいいのだが。
ともあれ、連中がいなくなり、イオナが俺に声を掛けてくる。
「シャルル様」
「ん?」
「私と立ち合われた時は相当手加減をされていましたね?」
今日の俺の容赦なく泥臭い戦い方を見たイオナがそんな事を訊いてくる。
「まあ、それもある、が……」
「なんでしょう?」
「お前との立ち合いにあんまりああいう真似はしたくなかった。お前の剣は綺麗だったし、俺も楽しかったしな」
「シャルル様……」
「余計な邪魔が入ってしまったな。続けていてくれ」
「はい。鎧をお脱ぎになられるのですね。お手伝い致しましょうか?」
「気持ちだけ貰っておこう。イオナは稽古に専念してくれ」
「かしこまりました。お気遣い、感謝します」
そんな感じで、甲冑を脱いで戻ってきた俺はイオナへの勇者乃秘技(ブレイヴアーツ)の指導に熱を入れた。