一度街に戻った俺は幾つもの弔花を手に数多(あまた)の勇者達が眠る王家の墓地を訪れていた。
俺も祖国(ブレイディア)に骨を埋(うず)める事になったら、ここで眠る事になるのだろうか。
それはまだまだ先の事であるとは思いたいものの、ふとそんな事を思う。
義姉(ねえ)さんに詳しい場所を教えて貰った事もあり、俺は然程苦労する事もなくクロード兄さんの墓前まで来る事が出来た。
「お久し振りです、兄さん。……もっとも、こんな形での再会になるとは俺も夢にも思っていなかった訳ですが」
また再会出来る事を信じて露程も疑わなかった、自分の浅慮さを悔やみながら俺は兄さんの眠っている墓石に向かって話し掛けた。
「義姉(ねえ)さんが淹れてくれたお茶とサンドイッチがありますので、召し上がって下さい。具材は兄さんの好物ですよ」
篭(バスケット)から義姉(ねえ)さんからの預かりものを取り出すと、早速墓前に供える。
「いい香りです。義姉(ねえ)さんは本当にお茶を淹れるのが上手ですね」
目を閉じて、紅茶から漂う良い香りを胸一杯に吸い込みながら、俺は言った。
「俺には兄さんも含めて九人も兄がいた訳ですが」
初めて兄さんの住まいを訪れた日の事が、まるで昨日の事の事のように鮮明に脳裏に甦る。
「兄弟らしい事をしてくれたのは兄さんだけでしたね」
他の兄達が薄情だった、とまでは言わない。
俺と彼らにはあまりにも接点というものが無さ過ぎた。
「母を亡くしたばかりの俺は粗野で生意気で意地っ張りな餓鬼だった訳ですが」
実際、我ながら相当に可愛くない子どもだったと思う。
「そんな俺を兄さんも義姉(ねえ)さんも温かく迎えてくれました」
兄さんも義姉(ねえ)さんも、とても心穏やかな人達だった。
母を亡くし、一段と意固地になっていた俺を諭す事はそれこそ数え切れない程してくれたが、感情的になったり頭ごなしに叱る、という事は唯の一度たりともなかった。
その日々が今の俺の性格を形作った、と言っても過言ではない。
「本当に幾ら感謝しても、感謝し切れません」
言葉だけではなく、深々と頭を下げる。
「兄さんには大した恩返しも出来ないままお別れになってしまい、その代わり、という訳ではありませんが」
そこで区切り、真剣な表情で俺は兄さんの眠っている墓石に向き合った。
「義姉(ねえ)さんとディアの事は俺がしっかりと見守っていきますので、何の心配もしないでのんびりと休んでいて下さい」
兄さんの心残りであったであろう話題を終え、俺は愛娘であるところのクローディアについて話す事にした。
「ディアは昔からいい子ではありましたが」
先程のクローディアとのやり取りを思い出しつつ、続ける。
「あの歳でもう淑女(レディー)、と言っていい程に成長しましたね。幼かった頃の俺とは大違いで、歳の割に本当にしっかりしています。というか、しっかりし過ぎていて将来が怖い程です。まあ、喜ばしい事ではあるのですが」
俺を慕ってくれるしっかり者の姪を思いつつ、俺は続けた。
「我が姪ながら性格も容姿も、あれだけ可愛い娘はそうはいないと思います。叔父馬鹿もいいところだとは思いますが」
兄さんも否定はしないだろう。
「本当に兄さんはいい奥さんを貰って、可愛い子にも恵まれましたね。正直に言って兄さんが羨ましいです」
「そう思うなら、シャルルも早くいい相手を探して、結婚するといいよ」
兄さんのそう返す声が聞こえてきそうだ。
「それは兄さんの仰る通りなのですが」
俺は続けた。
「暫くの間は忙しくなってしまいそうなので、結婚は当分お預けのようです。まあ、今まで散々放蕩三昧をしてきたツケを支払っているものだと思って、それについては諦めます」
苦笑いしつつ、俺は言った。
それから俺はかなり長い時間、兄さんの墓石に向かって語り掛けた。
本当に聞いて欲しかった話から、本当に他愛のない世間話まで、それこそ本当に色々な話を。
「暫くの間、寂しい思いをさせてしまいますが」
話題の尽き掛けた俺はそう前置きした上で言葉を続ける。
「すぐそちらに行ってしまったら兄さんに叱られそうですし、俺はそちらへはのんびりと向かわせて頂きます。身から出た錆ではありますが放蕩三昧していた所為もあって、やるべき事も山のように残っていますので」
そう結んで、俺は話を終えた。
「土産話を持ってまた伺います。兄さんが迷惑でなければ、ですが」
あの優しい兄が俺の訪問を迷惑に思う筈がない。
そんな事は分かり切っていた。
しかし、今の俺にはそんな言葉しか浮かばなかった。
そんな冴えない台詞を残して俺はその場を後にした。
その後も俺の兄であり、一国の王子であり、勇者でもあった兄達への墓参りは続いた。
墓所は兄達の力関係が如実に反映されており、例によって長兄であるイチイバルドの墓石は良い場所に陣取られていた。
死して尚、その存在を誇示するかのように。
多少の例外はあるものの、年若い王子になればなる程その墓石は片隅に追いやられていた。
ともあれ、八人もの兄達の墓石を巡る。
クロード兄さんに対してのように長いものではなく、花を手向けて本当に一言声を掛ける程度のものではあったが。
こうして、俺が兄達全員の墓参りを済ませた頃にはかなりの時間が経っていた。
さて、ここまで来た事だし、俺は母の墓参りも行う事にした。
ついで、という訳ではない。
むしろ、兄達への墓参りが予定外(イレギュラー)だった。
と言うと、不謹慎に聞こえるかもしれないが、長兄でさえまだ四十にはなっていなかった筈だ。
それなのに亡くなるとは微塵も考えてはいなかった。
そういう意味での予定外(イレギュラー)、だ。
ともあれ、ここからそう遠くない場所に母は眠っている。
大分間が開いてしまったし、近況報告をしておこうか。
その近くに母の好きだったスノードロップも自生しているし、何輪か摘んでいこう。
少し歩くと、目当てのスノードロップは変わらずそこに自生していた。
白い可愛らしい花がこの厳しい冬の寒さの中で健気に咲いている。
「済まないが、俺の母の所に来て貰えるか? きっと歓迎してくれるからさ」
そう断りを入れ、何輪か手にすると、俺は母の元へと向かった。
王家の管理する墓地の片隅、そこに俺の母・レイシャクティーが眠っている。
父が娶った王妃の中でも母が一番若かったのだが、その母が一番先に墓に入る事になったのだから、本当に人の運命なんてものは分からないものだ。
ふと、そんな事を思いながら、辺りの様子を見回す。
墓地自体は質素なものだったが、管理自体はしっかりとなされているようで、どの墓石も綺麗に保たれていた。
先達に敬意を払うのが倣いのブレイヴロード家だ。
墓守の役職を設けてしっかりと管理している。
そして、それが決して閑職でない事も俺は知っていた。
偉大な先達達の眠る場所の管理。
それは信頼の置けぬ者には決して任せられるようなものではないからだ。
歩を進め、俺は見知った母の墓を見付けると、その前で跪いた。
「シャルルです。ただ今、という訳ではありませんが、戻りました」
最初に帰郷の挨拶をする。
「今日はスノードロップを持ってきました。気に入って下さると良いのですが」
次に墓前に花を供えつつ、俺は言った。
「ご無沙汰しています。こうしてお目に掛かるのはおよそ三年振りになる訳ですが」
その三年の間の出来事が幾つも胸に去来する。
本当に色々な事があった。
「さて、何からお話すればいいものやら……」
そうは言いつつも、切り出す話題は先ずは「あの事」だ。それ以外は考えられない。
「クロード兄さん辺りはもうそちらへ挨拶に伺っておられる事とは思いますが」
表情を引き締め、そう前置きした上で話を始める。
「兄上達が全員亡くなられました。九人もおられたのに……にわかには信じ難い話です」
だが、事実だ。
兄達の墓参りは先程済ませてきたばかりだし、国を挙げて俺を謀るような王ではない。
加えて、そんな事をする理由もない。
そんな事を考えつつ、言葉を続ける。
「その所為、という訳ではないのですが、いや、その所為になるのか……俺に『お役目』なる使命が任せられました」
王子だからといって無条件ではなく、きっちりと王の言う『試験のようなもの』に合格して、だ。
「それがどういったものなのか、母上はご存知ないでしょうから、一応説明させて頂くと、俺と才能溢れる女性との間で大勢の子を成す、というものだそうです」
厳密には「俺」というよりは「勇者」、「勇者」というより「優秀な種馬」といった表現の方がより正確にはなるだろうが、「勇者」よりも優れた種馬が存在しない以上、「勇者」という表現でも決して間違いではないのだろう。
「結婚もしていない俺が子作りだなんて、順序が逆のような気がしますが、勇者の力は別格です。理には適っているのでしょう」
俺の見解を述べつつ、話を続ける。
そして。
「突然、降って湧いたような話ではありますが、他ならぬ父上からの頼みです。微力ながら尽力する事を誓います。勇者の名にかけて」
最後に俺の決意で結んで、この話題はお終いにした。
その後、俺は簡単な近況報告を済ませると、立ち上がった。
「あまり長居してしまうと心配を掛けてしまいますので、もう行きます」
心に迷いがあると、愚図愚図してしまうのは幼い頃の俺の悪癖だった。
それを母もよく知っている。
だから、そう思わせない為に。
「俺も忙しくなってしまいそうですので」
そう前置きした上で、約束する。
「そう頻繁には来られないでしょうが、土産話を持ってまた来ます」
それだけ言い残して、俺は母の墓参りを終えた。
夕方までまだ少し時間はあるが、只でさえ多忙な王を待たせる訳にはいかない。早目に行っておいた方が良さそうだ。
そう考えた俺は足早に王城へと足を運んだ。