前作は吹雪の視点が主でしたが、この話からは吹雪だけでなくほかの艦娘の視点でも話が展開されていきます。
また、サイドストーリは前回掲載したものも含まれていますが、吹雪から提督の視点となっているのでまた違った展開となっています。
【吹雪】と呼ばれた艦娘が執務室で己の正体と向き合ていた頃、夜の帳が下りて久しい夢幻の静寂に包まれた鎮守府では、この狂気と哀哭の発端となったもう一つの物語が佳境を迎えようとしていた。
「はい・・・・。計画は順調に進行しています」
夜陰の中点滅するガントリークレーンの警告灯に紛れて鈍く光るデスクライトの光の中で、私―軽巡洋艦大淀は、持ち込んだタブレット端末で大本営との極秘通信を行っていた。
この鎮守府に艦娘として着任して一年と少し。私は、日々の鎮守府の状況――主に吹雪という艦娘の近状報告を大本営に報告するのが任務となっていた。
「はい。では、手はず通り彼は『深海棲艦による鎮守府襲撃よって戦死した』という形で処理致します。暁の水平線に、勝利を。通信終わり」
決まり文句となった標語を最後に、私はタブレット端末の電源を落とす。
ブラウザのバックライトが消え、光源がデスクライトとなった自室の隅をゆっくりと見渡していたとき、ふと部屋の隅に置かれた大きな袋に目を止めた。
「・・・・提督。もう少し・・・もう少しですよ・・・・」
部屋の隅に丁寧に寝かされた、墨色の死体袋。
その中に納められたるソレは、この鎮守府の主にして狂気の首魁、即ち提督そのもの。
人類を守護せるために創設された救済装置を私利私欲の凶器へと作り替えた狂人にして、不俱戴天の宿敵たる深海棲艦の鹵獲に初めて成功した人類最大の功労者。
――――そして、己が内に潜む我慾《あくま》に骨の髄まで侵された、憐れなで愚かな、ひとりのニンゲンだった。
『提督、軽巡大淀、戦列に加わりました。艦隊指揮、運営はどうぞお任せください』
大本営直属のこの私が彼の鎮守府へ異動となったのは、ちょうど一年前の今日くらいだっただろうか。
深海棲艦がこの世に体現してすでに数年。
横須賀鎮守府をはじめとした各諸国の大本営は、全國津々浦々に創設した鎮守府の指揮官確保に躍起になっていた。
私が建造され在籍していた横須賀鎮守府も、多分に漏れず提督の確保に躍起になっており、寄り添うように創設された士官学校の門扉には、年齢履歴に問わず多くの提督の卵たちが入学しては卒業してゆき、終わることのない戦火の中に身を投じ、艦娘を指揮し、精神《こころ》をすり減らし、そして、終戦叶わず斃れていった。
――――その玉石混合の提督の中に、彼がいた。
「ようこそ、軽巡洋艦大淀。我が鎮守府へ。将官と在籍する艦娘一同は、貴艦の着任を心から歓迎するよ」
提督としての功績や艦隊指揮はいたって普通。どこかの財閥の御曹司でも無ければ、有力なスポンサーが付いているいるわけでもない。
体格は、そこそこの長身だが軍人としては少々華奢な印象を受ける。顔は、美男子でもなければ不細工でもない。
――――本当に、どこにでもいそうな風貌をした、取るに足らない普通の提督。
それが、私が彼に抱いた第一印象だった。
しかし、彼には他の提督が持ち合わせていないある決定的な違い、例えるなら、纏う空気が異質であることに気付いたのだ。
(・・・・何でしょうか。この、心身を弄られるような薄気味の悪さは・・・・・)
執務室に漂う、ねっとりと纏わりつくような奇怪な空気。
私が【艦】だったころに乗艦していた海軍将校たちの持つ威厳でもなければ、歴戦の提督たちが持つ貫禄でもない。
オンナとして躰を預けるには甘美なれど、戦船として背中を預けるにはあまりにも異質すぎる。
それは、言うなれば狂気と呼ぶべきもの。
常人なら生涯纏う事のない、人道から外れたものだけが纏う実体無き刃。
その、狂気と呼んだ空気を纏う彼を以て、私の戦船としての勘が「用心せよ」と警鐘を鳴らす。
―――――このオトコは、危険すぎる。
前世と後世で出会ったニンゲン像とは余りにもかけ離れてしまっていて、実は「彼は人外の存在なのでは」と妙ないぶかりをしていたとき、私の鼓膜に彼の嬉々とした声が届く。
「大本営から援助の通達あった時はまさかと思ったけれど。いま、君がこうして目の前にいる。それだけで、僕は天にも昇る心地だよ」
そう言って、彼は満面の笑みで私に敬礼してきた。
その笑みは、心底うれしそうであったがどこか狂気を含んでおり、私は「恐縮です」と応答しながら傍らに立つ一人の少女に視線を泳がせる。
一切の色彩を廃した白い髪と、色白と呼ぶにはあまりに白すぎる肌。そして、その髪をまとめる赤い髪留めが印象的な駆逐艦くらいの少女。
青を基本色とした吹雪型の制服を身に纏っているが、自衛と提督の擁護の為に展開させるべき吹雪型の艤装展開してはおらず、代わりに右手に12・7cm連装砲を持っている。
しかし、赤く薄っすらとオーラを放つその双眼には生気がなく、秘書艦というより部屋に飾られた人形のようだった。
がらんどうになっている左の袖口からは、薄く青味を帯びた包帯が見えており、直角に切られたその断面は、それが戦闘によるものではなく人為的に切り取られたものであることを私に訴えていた。
この場の誰が見ても、彼女はヒトではない。ましてや、艦娘でもない。
そう、その姿は、私の記憶にあるそれと寸分違わぬものだった。
―――――深海棲艦。
そこにいたのは、まごうことなき深海棲艦。それも、よりヒト型に近い容姿は姫級や鬼級などの上位に属するもの。
その深海棲艦様が、在ろうことか宿敵である艦娘の服を着て、ニンゲンである彼の傍らに立っていたのだ。
(本当に・・・・。本当に、鹵獲してたなんて・・・・・)
此処に配属される前に詳細は粗方聞いていたけれど、まさか本当に成功していたとは。
己が宿敵である深海棲艦が無防備で此方を見つめていることに、私は正直頭の処理がい追い付かないまま彼に問うた。
「・・・提督。単刀直入にお聞きします。そこに居られる深海棲艦、一体どうやって鹵獲されたのでしょうか?」
徐に敬礼を解き、左手に艤装展開の準備をしながら、私は本題に切り込んだ。
深海棲艦との戦端が開いてから数年。ただの一度だって成功しなかった深海棲艦の鹵獲。
あの大本営や、数多の鎮守府が束になっても尚成し得なかったその偉業を、彼は如何にして成し遂げたのか。
すると、彼はガクリと肩を落とし「ちがう」と応えた。
「・・・大淀。どうやら君も、そして大本営も、とても大きな勘違いをしているようだ。僕はね、鹵獲などしてはいないよ」
「え・・・っ?どういう事ですか?」
意味が分からないといった風な私に向かって、彼はぐにゃりと不気味な笑みを浮かべる。
そして、とんでもない言の葉を投げつけて来たのだった。
『彼女は――吹雪はね、帰還したんだよ。僕のもとへね。深き海原に棲む艦、深海棲艦《ひがんのはなびら》と成ってね』