本来なら、この話は第十一話に入れるべきなのですが、第二幕が一応の完結を迎えているため11.5話という形で入れることにしました。
《狂命》
『キミにとって、艦娘とはどんな存在だい?』
『なるほど。では、君は艦娘はニンゲンではない。しかし、兵器でもないというのかね?』
―――――大臣より問われた、定義の言の葉。
それは、この世界における常套句にして楔の言の葉。
此岸を闊歩するジンガイの娘どもをニンゲンの物差しで区別し、縛り、檻に入れるために嘯く大義名分であった。
あの日、あの時、あの場所でなぜ彼が僕にそんなことを言ったのかはその時は理解できなかったのだが、今なら確信を得ることが出来るかもしれない。
そう、彼女たち艦娘がこの世界より淘汰される。そのカウントダウンがいよいよゼロとなる、この刻でなら。
『愛しているよ、睦月・・・・。僕が本当に待ち望んでいたヒトは、キミだったんだ・・・・』
森羅万象の母である太陽が、水底より抜錨してくる。
一日の始まりを告げるため高々と鳴らされる、自然界の起床ラッパ。
彼女との新しい一日を告げる清々しさと、彼女との夜伽を強制終了させる忌々しさとの二面性を持つこの起床ラッパだが、今日の僕の心身には後者――それもかつて無いくらいの悲憤慷慨を以て鼓膜を揺らしたのだった。
「・・・・・っ。いよいよ、なんだね・・・・」
半開きになっていたカーテンから差し込んでくる朝日を汗ばんだ裸体に浴びながら、僕はそう独り言ちる。
水平線より立ち上る御来光は、海面反射を伴って地面の倍近くの光線を室内にぶち込んでくるから、夜伽の躰には些か応えてしまう。
だが、散々ぶちまけた睦言と罪過にまみれたこの掃き溜めの様なねぐらを浄化するには、これくらいが丁度よいのかもしれない。
(とりあえず、朝風呂でも入ろうかな・・・・)
最初で最後の【つまみ食い】は、思いのほか僕を盛らせ、滾らせ、狂乱させた。
結局、あのオンナとの秘め事は明け方にまで及び、躰は汗と吐き散らした体液でべとべとになっており、室内は甘ったるい熱気と魚介類の臭いでむせ返る状態だ。
―――――流石に、これで終いを迎えるのは甚だ恥ずかしい。
そう思い、まずは汚れた躰をすっきりさせようと整備妖精たちに浴槽の召喚を頼もうとしたとき、寝台から「もぞもぞ」という絹子擦れの音と共に幼い少女の声が僕の耳に聞こえてきた。
「・・・・てい・・・と・・・く」
汗と性欲に塗れた体躯をころりと転がして、あのオンナ――――睦月は幸せそうに寝言を紡ぐ。
海洋を縦横する放射熱によって適度に日焼けした無防備な裸体。
申し訳程度に架けられた掛布団から見え隠れする、駆逐艦(こども)特有の未発達な躰。
うっすらと産毛の生えた秘部からは、僕が吐きだした白濁の雫と破瓜で流した赤い雫が小刻みに立てる寝息に合わせるようにして、トロリと漏れ出している。
シーツを掴む小さな肩と腕には、華奢な体躯には不釣り合いな程に大きな赤い手跡が生々しく刻まれている。
まるでガラス細工のような脆さを持つ睦月の頬には、泣きはらしたような涙の跡がくっきりと刻まれ、僅かに空いた桜色の唇からは嬌声交じりの寝息が漏れている。
――――そう、昨晩、僕は初めて吹雪以外のオンナと一夜を共にしたのだ。
このオンナと口づけを交わし。
舌を絡め。
足を開かせ。
胸を揉み吸って。
睦言と嬌声を乱舞させながら、僕が吹雪に注いできた性欲という名の愛情を受け止めさせたのだった。
(やれやれ・・・・。我ながら些か見境がないというか、盛りが過ぎると言うか・・・・)
いまだ夢の中で僕との秘め事を堪能しているのか、睦月は時折ぶるりと躰を震わせて甘い声を発している。
抱かれた真意を露よども理解しないまま幸せそうに眠り続ける娘の寝顔をちらりと見やりながら、僕は今更やってきた嫌悪感を口内に残っていたオンナの残滓と一緒に吐き出した。
正直なところ、ここまでこのオンナが僕の性欲を滾らせるとは思ってもみなかった。
それほどまでに、昨日の性行為は僕を突き動かしたのだ。
「・・・・睦月。キミは、一夜の伴侶とするにはもったいないヒトだったね・・・・」
すやすやと寝息を立てる睦月の頭にそっと手を置いて、僕は髪を梳くように何度も撫でてやる。
手入れがしっかりと行き届いている柔らかな髪質は、手櫛に些かの抵抗を抱くことなくスルスルと僕の指先を通過させていく。
その感触が、驚くほどに心地よく感じる。
今まで、吹雪以外の艦娘には嫌悪や疎まし以外の感情しか抱いてこなかった。
こうして頭を撫でたり、手櫛をしてやったりしたこともなかった。
臥所を共にするなんてもっての外。
そもそも言の葉を交わしたり笑顔を向けたりすることさえも、《提督》という仮面を被らなければ発狂しそうなほどだったのだ。
それだけに、「何故このオンナの色を知るのがこの瞬間であったのか」と、信仰したことのない神という存在に苦情を呈してみたくなる。
―――――可惜(あたら)しとは、こういう感情のことを言うのだろう。
もし、吹雪に出会うのがもう少し遅かったら、僕の隣に立っていたのはキミだったのかもしれない。
本当の寵愛を受け。
僕の心を支配し。
生涯の妻として迎え。
この残酷な世界を生きるための片翼としていたのは、キミだったのかもしれない。
―――――でも、《そう》はならなかった。
《そうならなかった》ということは、キミは僕にって運命の人などではなく、偶々そこにいて、偶々その一瞬だけ僕の琴線に触れた唯の妾でしかなかったのだろう。
ただし、今となってはそんな可能性の夢想など、論ずるに値しない世迷い言でしかないのだが。
「うん・・・にゅう・・・。てい、とく・・・・?」
閉じていた眼がむずむずと揺れ始めたのも刹那、睦月はとろけた眼でゆっくりと上半身を起こし僕を見上げてくる。
いまだ意識は夢の彼方にいるのだろう。瞼をこすりながら僕を見つめるその瞳は、ほとんど微睡んだままだった。
「おはよう、睦月。昨日はいい夢を見れたかい?」
ふつふつと煮え始めた欲望を押さえつけながら、僕は努めて冷静に言の葉を紡いだ。
昨晩あれほど吐き出したはずだったのだが、睦月の一挙手一投足は僕の欲望をこれでもかと刺激して来る。
だがすでに、壁に架けられた時計の時刻は0555を回ろうとしており、もう一戦交えるには少々時間が足りないようだった。
とりええず、ここは一寸の悪意も欲望もない極々自然で爽やかな表情を維持しつつ―――例えるなら、愛娘に呼びかけるような声音と笑顔で対応しておくことにしよう。
「さあ、そろそろ総員起こしの時間だ。着替えるとしようか」
昨日は、睦月をつまみ喰うために吹雪を一度しか食さなかったから、きっと彼女は僕が隣で寝ていないことを余計に不審に思うことだろう。
そして、言いようのない不安と恐怖に駆られて、執務室にある秘書艦用のパソコンで僕のことを探し始めていることだろう。
他の艦娘たちは知らないだろうが、実はあのパソコンは鎮守府に設置してある千台余りの監視カメラを制御し、映像を閲覧することが出来るのだ。
無論、その操作をするためには幾つかの手順とパスワードが必要になるが、吹雪にはその手順を特別に教えてある。
そして、そこに映し出される自身の愛した伴侶が他のオンナに寝取られる様を見て、吹雪の心中は例えるのも憚れるくらいの怒りと絶望に苛まれることだろう。
――――さて、ソレを見た吹雪はいったいどんな顔でここに来るだろうか?
否、いまごろ最高の悲憤慷慨を湛えた表情で一目差に向かっていることだろう。
そうに決まっている。
そうでなければ困るのだ。
でなければ、わざわざこうして睦月を喰らった意味がなくなるのだから。
「あ・・・う・・・・。は、はい・・・・」
昨夜の情緒を思い起こしたのか、睦月は僕の顔を認識するなり顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
だが、絞り出しようにして紡いだ声音に僅かばかりの罪悪感が含まれていることをを、僕は見逃すことなく感じ取る。
(嬉しいよ睦月・・・。キミがいまだに【あのこと】を引きずってくれているなんて・・・・)
僕の寵愛を受けた喜びと、それを得るために犯した己の罪過。
無二の親友を裏切り、引き裂き、返り血に塗れ、艦娘としての矜持よりも己の願望を優先してまで獲得した横恋慕という名の寵愛。
初夜の時の吹雪もそうだったが、どうやらオンナというイキモノは後から自分の醜態を認識し、一生の恥だと自己嫌悪する性分らしい。
まぐわっている時は、ケダモノよろしく狂乱し、耳にタコが出来るくらいに僕への愛を繰り返し叫んでいたというのに。
――――でも、これは想像以上の僥倖と言えるかもしれない。
吹雪のすべてを知るために必要とされた数多のピース。
絶望と希望。
快楽と苦痛。
幸福と不幸。
吹雪の見せる喜怒哀楽という名の啓蒙。その最後の一つが、ようやく僕の眼球に投影され、脳髄に記憶される時が来たのだ。
「・・・・睦月、前言撤回だ。着替えるのはもう少し後にしよう」
「ふぇ・・・・!?」
いよいよ沸点を超えた欲望に身を任せ、僕は睦月を再び寝台に押し倒した。
―――もう駄目だ。
――――もう我慢できない。
人間が生まれながらに犯した七つの罪過。その色欲が僕の五臓六腑を駆け巡り、欠乏していたはずの種々を驚異的な速さで生産させていく。
犯したい。
喰らいたい。
蹂躙したい。
この華奢で、脆くて、劣情を掻き立てる眼前の幼子をもう一度僕色に穢してしまいたい。
「て・・・ていと・・・く・・・・・?」
押し倒された意味を理解したのか、睦月はえんじ色の大きな瞳を潤ませて僕を見上げてくる。
その顔には、僅かばかりの恐怖とソレを期待する歓喜の色が綯交ぜになっており、それが一層僕の色欲を煮えたぎらせていく。
「・・・・睦月。もう一回だけキミを堪能させてくれないか?」
問うた言の葉に、睦月は数秒逡巡してから小さくこくりと頷いてみせる。
ほとんど不意打ちに近い形だったが、それでも「否」と答える時間は十二分にあった。
でも、睦月はそうはしなかった。
故に、この娘は決意したのだ。
―――――かつて親友(とも)と呼んだあの娘を再び裏切り、いま一度絶望の淵へと突き落すことを。
「・・・・睦月。ありがとう」
薄紅色の頬を優しくなでながら、僕は万感の思いを込めて謝礼を紡いだ。
そうだ、これを天恵を言わずして何と呼ぶ。
僕が長きにわたって追い焦がれてきても尚実現し得なかった最後の啓蒙。それは、彼女が心の底から絶望する様。
信じたヒトに裏切られ。
愛したヒトを寝取られ。
己が恋慕を否定され。
桜花が散るが如く絶望する。
屈辱に満ちたその顔を。憎悪に塗れたその瞳を。恥辱と絶望に満ち満ちたその心を。
常人の一生では見聞することさえも不可能に等しいその哀楽を、僕はその眼前で見聞することが出来るのだ。
故に、ソレを全身全霊を以て援助してくれる者に謝礼を述べないのは、万死に値する愚行であろう。
「・・・・ていとく、きて・・・・」
赤く生々しい手跡を付けた細腕を僕の首筋に沿わせ、睦月は目じりに大粒の涙を湛えて微笑んだ。
それは、彼女なりの精一杯の誘いであり、吹雪に向けた最大の敵対行為だったのだろう。
―――――彼は、私のモノだ。
彼は、もうあなたのモノではない。
私を選び。
私を愛し。
私を喰らい。
私を生涯の片翼としたのだ。
彼の居場所はもう貴方ではない。貴方の所へは戻ってこない。彼の居場所は私なのだ。
―――――私だけの、提督なのだ。
「愛しているよ、睦月・・・・。僕が本当に待ち望んでいたヒトは、キミだったんだ・・・・」
受け入れの態勢に入った睦月に最初で最後となる心からの愛を述べながら、僕は猛々しくいきり立ったソレを以て睦月を喰らおうとした。
その時だった―――――。
「駄目ぇェェェ”ェええ”ええぇ――――――っ!!!!?」
ほとんど蹴破るに等しい勢いで内外を隔てる扉が開け放たれ、部屋中に二人のオンナの絶叫が轟く。
「ふ、吹雪ちゃん。どうして・・・・!?」
【どうして、おまえがここにいる】
偶然か、必然か、二人のオンナは互いに同じ表情で相対し、同じ声なき言の葉を投げつけ合った。
ふざけるな。
――――邪魔をするな!
冗談じゃない。
――――ここから出ていけ!
手を出すな。
―――――今さらしゃしゃり出てくるな!
奪い取るな。
―――――諦めろ!
横取り取るな。
―――――渡しはしない!
彼は、このヒトは、お前のモノじゃない。
彼は、私のものだ。
『私だけの、司令官(提督)なのだ!』
「私の司令官から」
「私の提督から」
「「離れろおおおォォォォ”おお”ォォォォ”嗚呼あ”ああ”ああ”ァァ”ァァあ”あああ”ああ”嗚呼あああ―――――――っ!!!!!」」
互いに譲らぬ意志と修復不可能にまで崩壊させた友情を投げ捨てるようにして、吹雪と睦月は己が主砲を構え、躊躇なく引き金を引いた。
ドン
轟く砲声。
漂う硝煙。
互いに「貴様を許さぬ」と放った砲弾。
鼻腔をくすぐった硝煙と視界いっぱいに広がる朱の鮮血と、鼓膜を突き抜けるオンナの慟哭。
そして、その慟哭の先で崩れ落ちる、在ってはならない白。
「い、いやぁ”ああ”あぁ”ァあ”ぁ”ァ”あ”アア”ァ”亜あ”ァァ”ああ”あああ”ああ”ぁぁ”ああ”ぁぁ”ぁぁ”ぁぁ―――――――――---っ!!!!!」
白色の空間に、赤い閃光がほとばしる。
彼女と僕、二人で築いて来たその空間を穢す、赤い色彩。
その色彩と重なった甲高いオンナの声は、これから始める裁定の狼煙い対する最高の讃美歌となって僕を包み込んだのだった。
『妖精さんたち、後は手筈通りに頼んだよ。くひひひィィいいあひ”ゃひゃ”ああはは”ははは”はは”っはあぁァ”ァァぁ”あ嗚呼あ”ああ”あァ”ァあ”ああ”ああ”――――――っ!!!!!!』
――・〇・――
第二幕はこれで終了となります。
ちなみに、このサイドストーリは彼岸の瓣の第一話の直前という位置づけとなっています。