――・〇・――
《狂幸(きょうこう)》
『あの、あのぉ・・・・私、司令官のこと・・・・大す・・・・、い、いえっ信頼しています!はいっ!』
夜の帳が下りて久しい深夜の鎮守府。
満月の光と潮風が織りなす心地よい雰囲気の中で、僕は一人の少女と夫婦になった。
いいや、正確には仮初の夫婦というべきか。
「吹雪。練度上限解放《ケッコンカッコカリ》、おめでとう」
生涯ただ一人と決めた【嫁艦】に向けて、僕は御礼と共に少女の薬指に「絆の証」となる銀色の指輪をはめてやる。
【ケッコンカッコカリ】
大本営が艦娘の練度開放に拵えた、究極のお飯事と揶揄される仮初の婚儀。
艦娘は練度と呼ばれる肉体強化の上限が存在し、この上限を超えることは基本出来ないものとされている。
しかし、その上限を超え更なる練度の向上を可能とするものがケッコンカッコカリと呼ばれる方法で、その内容も実際の婚儀とほぼ同じものだった。
「あの、あのぉ・・・・私、司令官のこと・・・・大す・・・・、い、いえっ信頼しています!はいっ!」
左手にはめられた上限解放の装具を大事そうに撫で、吹雪は万感の思いを口にしてくれる。
本当は、自分が用意しておいた【本物】をはめてやりたかったのだが、世の理上艦娘はヒトではないため、それを付けることは許されない。
故に、薬指にはその飯事の象徴をつけさせることになってしまったのだが、彼女の涙交じりの笑顔の前ではそんなこと採るに足らない細事に思えた。
「吹雪。幸せになろうな」
体内を駆け巡る恍惚に導かれるようにして、僕は徐に彼女を抱きしめる。
強く抱きしめればぽきりと折れてしまいそうな華奢な体躯。
触れ合った体躯からは、彼女の小ぶりな乳房の柔らかい感触と共に激しく鳴動する心音が生々しく伝わってくる。
わずかに視線を降ろせば、「せめても形だけでも」と思い被せたウェディングヴェールが潮風に乗り妖艶になびいていて、我が妻となった少女をいっそう幻想的に見せていた。
「・・・・しれい、かん・・・・・」
「・・・・・・・」
高揚した頬と、これからされるソレに期待と不安を混ぜ込んだ表情で僕を見つめてくる幼妻の顔を一刻眺めたのち、彼女と静かに口づけを交わす。
重なり合った唇から伝わる、今まで感じたことのなかったオンナとしての感触。
鼻腔をくすぐる甘い臭い。
繊細で儚く、そして本当に愛おしい僕の幼妻。
こんな仮初の飯事であっても、彼女は全身全霊で自分にこたえてくれる。
だが、歯車である僕には彼女に何一つ返してやれることはできない。
それが、僕には嬉しくもあり同時に心苦しくもあった。
だから、せめてこの鎮守府にいる間だけは、たとえ仮初であったとしてもこの娘に人並みの幸せを与えてあげたい。
それが、この娘を娶った僕の責務なのだから。
(この娘は。この娘だけは、僕が絶対に幸せにして見せる・・・・)
君は本当に愛おしい。
健気で、儚くて、頑張り屋で、優しくて、そして、僕のすべてを捧げるに値するとても魅力的な女性だ。
僕は君をきっと幸せにしてみせる。だから、君のことをもっと僕に教えてほしいんだ。
――――僕は、君の全てを知りたい。
君の喜ぶ顔を。
君の怒る顔を。
君の楽しむ顔を。
君の慈しむ顔を。
姉妹と共に戦場翔け、戦友と共に暁の水平線に勝利を刻み、英雄と湛えられ軍神と賛美される。
戦果華々しい戦乙女の顔を。
戦禍無き太平を謳歌するその顔を。
その群雄を、その讃歌を、その平穏を僕に見せてほしい。
でも、それだけでは君の全てを知ることにはならない。
なぜなら君は、ヒトと同じだけの感情持っているのだから。
僕は君をきっと幸せにしてみせる。だから、君の悲しむ姿も僕に教えてほしいんだ。
―――――ボクハ、キミノスベテヲシリタイ。
君が涙を流す顔を。
君が痛みに苦しむ顔を。
君が失望する顔を。
君が絶望する顔を。
裏切られ、貶められ、辱めを受け、信じたものに裏切られ。哭きすさみ、怯え絶望し、深淵の哀哭の中で死んでいく。
苦痛に切り刻まれたその顔を。
慟哭に塗れたその顔を。
その絶望を、その憤りを、その悲しみを僕に教えてほしい。
キミが見せる喜怒哀楽の全てを知ったとき、僕はきっと、この世の誰よりも君を愛することができるだろう。
だから、僕はキミを最上の幸福へと導く天使となり、キミを最上の破滅へと導く悪魔と成ろう。
(吹雪。僕は今日から、ヒトであることを辞めるよ・・・・。だから、今はもう少しだけ君を感じさせてほしい・・・・)
重なり合った二つの体温。
触れ合った体躯より伝わる鼓動が、僕と彼女の新たな門出を祝い、血濡れた修羅を創り上げていく。
すべては、我が生涯の妻を、より愛するために。
『その情愛を以て、我は、悪鬼羅刹の修羅と成らん』
――・〇・――
星一つなき新月の夜空に、閃光が上がる。
星々が放つ光ではなく、ニンゲンが創り上げた人工の閃光は、夜空を眩い光で照らしだし、水平線に隠遁する海棲生物たちに開戦の狼煙を伝えた。
「密偵より合図を確認。全艦載機、作戦を開始せよ」
通信機から「了解」と応答が聞こえたのと同時に、艤装から次々と淡く光る光弾が夜空へと放たれていく。
その光弾は、夜陰を数秒滑空したのち、黒く塗装された九八式水上偵察機へとその姿を変えた。
『全艦載機、発艦終了。これより、作戦行動に移行します』
搭載された15機の夜偵からの通信に「了解」と短く応え、私――戦艦長門は腸を煮えさせる不快を鎮めようと「ハア~~」と大きくため息をこぼした。
彼の鎮守府より南東六海里(約12キロメートル)の海上に陣取った、戦艦5隻、駆逐艦1隻からなる特別支援艦隊。
大本営が抱える砲火力艦を集結させ創り上げた横須賀最強を誇る艦娘達。
通常、主力艦4隻と駆逐艦2隻からなる支援艦隊を臨時再編し、彼の鎮守府への特別作戦艦隊として派遣されたが、今日ほど胸糞の悪さを抱えて海原《せんじょう》へと出陣したのは初めてだった。
「長門ォ。あんまりため息ばかりついてると、眉間の皺がさらに増えるわよ」
吐き出した鬱憤まみれのため息を茶化すようにして、僚艦の一人である陸奥がゆっくりとこちらにやってくる。
長門型戦艦の二番艦にして私と同じくビッグセブンの一人に数えられる、私の、ただ一人の姉妹艦であった。
「陸奥・・・・。お前な・・・・」
別に四六時中に眉間に寄せているわけではないし、今は作戦中なのだからいらぬ私語は慎んでもらいたい。
そう言おうとした時、陸奥は私の心中を見透かしたようにガクリと肩を落とし「まったく」と言わんばかりの顔をした。
「そうやって一人だけ不満たらたらの顔をするなって言ってるの。あなた、不満を抱えているのが自分だけだとでも思っているの?」
ガツンと音がするくらいに正論をぶつけられ、私は反論の弁をそのまま飲み込んでしまった。
「そ、それは・・・・」
妹に気圧されながら、私は僅かに視線を左右に揺らしてみる。
右に泳がせれば、僚艦にして此度の火力の要である大和とその姉妹艦の武蔵が艦載機を放っているのが視線の端に映る。
だが、その顔は何時もの武人然とした顔ではなく苦虫を十数匹ほどまとめて噛み潰したような、自沈したいほどの恥辱に塗れたような苦渋の顔つきだった。
特に、大和の方は他傍目でも分かるくらいに消沈しており、前髪に隠れた顔からはぎりりと奥歯を噛み鳴らすが聞こえてきそうである。
さらに左に視線を動かせば、此度の作戦における最重要艦である涼月がこの世のものとは思えぬ見るもおぞましき異形のソレに寄り添う姿が視界に映る。
「~~~♪~~~♪」
まるで、愛娘をあやすように子守歌を口づさみ、鎖で雁字搦めにされた異形のソレをやさしく撫でる、艦隊唯一の駆逐艦。
その彼女があやすは『艦』と呼ぶには余りにも異形で、『生物』と呼ぶには余りにも忌避される現実と悪夢を融合させた海棲生命体。
それは、万物を創生セシ神々のもたらした人類への神罰と呼ばれ、此岸に体現セシ艦娘達の不俱戴天と呼ばれる存在だった。
彼の異形の名は――海峡夜棲姫。
今は昔、大日本帝國海軍が経験した史上最大の海戦であるレイテ沖海戦。その戦場の一つであるスリガオ海峡で発見、鹵獲されたとされる新種の深海棲艦である。
奇しくも、あの艦娘達の前世が眠る海で体現した深海棲艦は、我が大本営が、いいや、人類の悲願としてきた深海棲艦の鹵獲に成功した二つ目の成功例だった。
ただ、我らが人類の延命の象徴が、よりにもよって世界の不俱戴天と忌避され、憎悪されてきたものだというのは、皮肉として片付けるには余りにも興が過ぎるところではあるが。
「そうだな・・・。すまない、確かに陸奥の言うとおりだな・・・・」
もう一度息を吐き出し、私は素直に己が非を認めることにした。
そう、確かに彼女の言うとおりだ。
この場にいる者、その誰もが今回の作戦に納得しているわけではない。
だが、正論だけでは戦に勝つことが出来ないことを、此処にいる者たちは否応なしに骨身に染みついているのも、また事実なのだ。
―――――だから、私はこの出撃に自ら志願したのだ。
【深海棲艦の生態研究の一環として、鹵獲した深海棲艦と共に出撃。彼の深海棲艦に関するあらゆる言動を克明に記録セヨ】
それが、私たち特別支援艦隊が受けた命令だった。
深海棲艦と我々艦娘との間には、物量という絶望的な格差が存在する。
深海棲艦の無尽蔵に近い戦力に対抗するには、正攻法だけでは絶対に勝利することは出来ない。
故に、我々の長たる人類は、戦に勝つために人心を捨てた。
『人心を捨て、ヒトであることを捨て、正義を語る悪魔を以て人類救済の大義を成す』
それが、母なる海を奪われ、背水の陣となったニンゲン達がたどり着いた唯一つの勝利の方程式だった。
そして、この出撃こそが我々の血濡れた【美醜の御旗】を大義ある【白き御旗】へと昇華してくれる、唯一無二の救済なのだと。
「涼月。始めてくれ」
その言の葉を最後とし、私は己を悪魔と規定することにした。
そう、私は艦娘としての誇りを穢した偽善者にして汚物の詰まった畜生袋。
正義の生皮を被り、正論じみた謀言を垂れ流す悪名高き悪魔そのもの。
ビッグセブンと賛美奉られたのも今は昔、私は数十年の艦歴のなかで初めて己を呪い、憎み、蔑んでいくのだろう。
それが、あの閃光をその身に浴びて散った私が受けるべき当然の報いなのかもしれない。
―――――そう、私は、シノセンコウを浴びて尚蘇ったバケモノものなのだから。
「了解しました」
私の号令に、涼月はただ無機質に応答してみせる。
それは、彼女が葛藤の末に編み出した余生術のひとつだったのだろう。
感情を捨て、己を提督の道具と規定し、従い、尽くし、血と罪過にまみれ死んでいく。
それこそが、己が掲げる艦娘としての使命であり存在意義なのだと。
「す~~~、は~~~~」
大きく深呼吸をして、彼女は秋月型駆逐艦涼月からとある艦娘へと己を変換する。
それは、深海棲艦をこちら側に引き込む【儀式】のようなもの。
その深海棲艦が辿った前世にゆかりのあるモノを依り代とし、此方の規定する自己同一性に再構築させ、自身を艦娘であると認識させるためのカギとなる存在だった。
『・・・・山城。目を開けなさい、山城!』
「・・・・山城。目を開けなさい、山城!」
己を【山城】と呼ぶ、幼き少女の声。
後悔と絶望に塗れた私の身を案じ、深淵より呼び戻さんとするどこか懐かしき声音。
はるかな昔、いいや、もしかしたら遠き未来かもしれない幻と現の狭間で聞いた私を慕い慈しむその声は、久遠なる微睡を貪る私の五感をいま一度覚醒させた。
―――――だれ・・・・?私を、その名で呼ぶのは、ダレ・・・?
ズタズタに穢され残骸と成り果てた前世の記憶を辿りながら、私は鉛の如く重くなった瞼をゆっくりと開く。
久方ぶりに開いた眼を痛めつける、強烈な夜光。
光を浴び、網膜と視神経細胞が幾日ぶりの仕事に精を出しながら、私の視界を徐々に回復させていく。
ゆっくりと彩られていく世界に僅かな恐怖と高揚感を抱いた直後、私の視界に思いもよらないモノが映った。
(あなたは・・・だれ・・・・?)
白を基本色とした水夫の制服を身に纏った、銀色の髪が印象的な駆逐艦くらいの少女。
左右に突き出した艤装からは、二基の長10cm砲がオドオドした様子でこちらを見ている。
銀髪の間から覗く白地の鉢巻きには、金字で【第六十一駆逐隊】いう恐らく日ノ本のソレと思わしき部隊名が書かれていたが、その部隊のことは私の記憶の断片には存在しなかった。
―――――第六十一駆逐隊。聞いたことのない名前だ。
私が所属していた艦隊の名前でもなければ、私の大切な仲間たちの所属していた駆逐隊の名前でもない。
いいや、そもそも私には所属していた艦隊などあっただろうか。
いまだ溶解しかけた脳髄を必死でこねくり回す私に、その娘は二の言の葉を放つ。
「目が覚めたのね。山城」
にこりと笑い、その艦娘はもう一度私を【山城】と呼んだ。
でも、私には何故この駆逐艦が私に笑い掛けるのかがいまいち理解できなかった。
―――――なぜ、私をヤマシロと呼ぶの?
私が【山城】という名前だから?
それとも、私がその【山城】という者に似ているから?
でも、今の私にはそれを肯定する術もヒト違いだと否定する術もない。
なぜなら、今の私には名前が存在しないからだ。
恐らくきちんとした艦名《なまえ》は存在するのかもしれないが、今の私には己を規定できる名前も自己同一性さえも持ってはいないのだ。
名前が存在しないのなら、その者は己を規定する同一性《アイデンティティ》を待たぬということ。
同一性を持たぬということは、その者は己という【個】を認識、制御する自我と精神を持たないということ。
自我を持たぬなら、その者は生物とは言えず。精神を持たぬなら、その者はこの此岸に留まることは出来ぬということ。
故に、いまの私は詰まるところ実体を持たぬ幽鬼に等しい存在だった。
「・・・・あなたダレ。どうして、ワタシをヤマシロと呼ぶノ・・・・?」
ヒト違いだと言わんばかりに問うてみたけれど、その【山城】という名前は妙に私の心に引っかかる。
何故だろう。
その名前を、私は知っているような気がする。
「どうしてって・・・・。そう、やはり忘れてしまっているのね・・・・」
ガクリと肩を落とし、その駆逐艦は消沈して見せた。
その顔が、一瞬、残骸と成り果てた記憶の断片と重なって、私の頭を掻き乱し、うんともすんとも言わなかった瓦礫の記憶達をガタガタと揺さぶり始める。
―――――この駆逐艦は、いったい誰なの?
どうして、私にそんな顔をするのだろう。
どうして、そんな悲しげな眼で私を見つめるのだろう。
どうして、私はこの娘の顔から眼を背けられないのだろう。
『私は、この娘とは初対面のはずなのに』
いいや、それすらも今は怪しい。
己を規定する材料が無きいま、全ての事柄に確証を持つことは出来ないのだ。
なら、私はこの娘に会ったことがあると仮定した方が良いのではないだろうか。
そう思い至った時、私の耳に娘の三の言の葉が飛び込んでくる。
「これ、覚えてる?」
言って娘は、何かを差し出してくる。
白く華奢な両掌に収まりきらない程に大きなナニモノか。
不格好な髪飾りで彩られた船の艦橋にも見えなくもないその物体を目にしたとき、私は瓦礫の記憶達が一斉にそのナニモノかに共鳴し、互いに結合し、形を成していくのを感じた。
『久しぶりね・・・・・会いたかったわ・・・・・』
万感の思いで私を抱きしめる、私と瓜二つの顔を持つナニモノか。
失った時間を取り戻すかのように私の体温を、私が打つ鼓動を、私の放つ【山城】の臭いを感じ続けるそのヒトは、私が生涯をかけて守ると誓った大切な存在だった。
―――――あなたは、ダレ?
『・・・・・これは、私からの贈り物よ。私とあなた、―-―――姉妹の再会の証』
そっと私のソレに触れ、不格好な髪飾り嬉しそうにぶら下げるナニモノかの白き掌。
「手作りだから」と舌を出しお道化て見せるその顔は、本当に美しく愛らしかった。
『・・・・ねえ、山城。巷では、これをぺあるっくと言うそうよ』
自身のソレにも同じものをぶら下げて、ナニモノかは満足げに私にほほ笑んだ。
悠久の時を超え、幾千万もの因果を乗り越え再会した想い人との再会を祝す大切な証は、『違法建築』とまで揶揄されたソレに眩く映え渡り、以来私たちの大切な絆の象徴となった。
―――――あなたは、誰・・・・?そして、ワタシは、ダレ・・・・・?
『山城、いよいよ決戦よ!私たち、―-―――戦艦姉妹の大舞台が来たのよ!頑張りましょうね』
紅色の桜花を散らした眩いばかりの衣服を身に纏い、純白の鉢巻きを風に靡かせるナニモノか。
聖母のような慈しみを振りまく優しき顔とは対照的な武人然とした凛々しき尊顔は、いつか見た夢を果たさんと覇気に満ちていた。
『いよいよ、僕たちの決戦だね。―-―――、山城、みんな、行こう。必ずみんなで、戻るために!』
そのナニモノかの傍には、全身全霊を以て死出の旅路を戦果の旅路にせんと揃いの鉢巻きを靡かせて、かつての戦友たちが一堂に会する。
『今はやってあげるわ!しかも全力で!第二十四駆逐隊出撃します!』
敗残兵の寄せ集めと揶揄され、残り物艦隊と侮蔑され、欠陥戦艦の取り巻き共と唾棄された、私の大切な艦隊《たからもの》。
『第九駆逐隊、出撃します!山雲、何時も・・・・一緒だからね!』
『駆逐艦山雲、抜錨しま~す』
『最上、出撃するよ』
そう、彼の艦隊の名は――――西村艦隊。
その旗艦を任され、あの海へ、あの海峡へ、あの戦場へと旅立つ私の背中を最後まで守ってくれたナニモノか。
そのナニモノかの姿は、徐々に形を成し、着色され、声音を紡ぎながら眼の前の少女と重なっていく。
――――そうか、そうだったのか。
瓦礫の山から再生セシ己の正体。
ようやくたどり着いた、私が、ワタシを私として認識できる自己同一性。
そうだったのだ。あの名前こそ、私の本当の名前。
そして、この髪飾りをくれたあのヒトこそ、我が生涯をかけて傍に寄り添い護り通すと誓った、私の、たった一人の姉妹。
そう、あのヒトは。
―――――――あのヒトの、ナマエハ・・・・。
「フソウ・・・・ねえ・・・さ・・・ま・・・・・?」
徐に問うた私に、その娘はゆっくりと頷く。
あの日と同じ顔で、同じ声で、その少女は万感の思いで私を抱擁する。
そして、私の体温を、私が打つ鼓動を、私の放つ【山城】の臭いを感じ続けたのだった。
『久しぶりね・・・・・会いたかったわ・・・・・』