《狂定(きょうてい)》
『君が、――-―-大佐だね。キミのことは、元帥から聞いているよ』
彼岸の瓣と成った吹雪と再会してから数日たったある日、僕は横須賀鎮守府――通称『横鎮』を統べる元帥閣下より召喚を命ぜられた。
――――ち・・・っ。大本営め、こういう時だけは耳が早いな・・・・。
深海棲艦と成った吹雪のことはいずれ大本営に知られることは分かっていたけれど、まさか数日余りで知られてしまうとは。
正直、大本営の情報収集能力を僕は見くびっていたのかもしれない。
だが、玄関先で待ち構えていた元帥から「応接室へ行け」と命ぜられ、訳も分からずそこへ向かった僕を待っていたのは思いがけない人物との邂逅だった。
「まずは初めまして、と言っておこう。ここまでの御足労に感謝申し上げる」
「はっ。恐縮であります」
僕の所属している鎮守府の執務室よりもはるかにだだっ広い応接室の奥。いわゆる上座に座る高級そうなスーツに身を固めた中年くらいの男性に、僕はぴしりと背筋を伸ばし敬礼の姿勢をとる。
通常、と言うより軍関関係者で無い民間人が鎮守府の――それも最重要防衛目標である提督に一対一で面会することなどあり得ない。
つまり、彼はそれが出来る立場にあるという事。その証拠に、彼のスーツの襟に光るバッジは僕にとって文字通り雲の上の人が着ける代物だった。
「うむ。とりあえず掛けてくれたまえ」
「はい」と再度敬礼をしたのち、僕は彼の着席を確認してから腰をおろす。
尻部に伝わる高級家具ならではのしっかりとした掛け心地。己の体重をしっかりと支える緩衝材の心地よい感触を感じながら、僕は彼の襟につけられたバッジに目をやる。
紫のモールに映える、金色の11弁菊家紋。
そのバッジをつけることを許される者は、この日ノ本において唯一つの職務しかいない。
―――――-防衛大臣・・・・。なんで、こんな天上の人がわざわざこんな横須賀くんだりまで。
そう、僕の目の前に座る人物は、日ノ本における軍事行動を統率する防衛大臣そのヒト。
本来、國会議事堂に設けられた完全防空の執務室で雑多の書類に埋もれている人が何故こんな血と磯に塗れた前線にまで足を運んだのか。
そんな、彼の真意を測りかねていた時、防衛大臣が話の口火を切ってきた。
「――-―-君。キミにとって、艦娘とは何かな?」
「はい・・・・?」
いきなり不可解な言の葉をぶつけられて、僕は素っ頓狂な言葉を返してしまった。
「キミにとって、艦娘とはどんな存在だい?」
―――――艦娘とは何か。
その問いは、艦娘の誕生と同時に幾度となく議論されてきたことだった。
深海棲艦が人類に牙をむいてから幾星霜。
深海棲艦に唯一対抗できるとされた艦娘達に、我々人類は羨望と謝辞、懐疑と異質の目を向けてきた。
曰く、艦娘とは人類に使役される兵器である。
曰く、艦娘とは人類の滅亡を憂いた神からの天恵である。
曰く、艦娘とは我々と同じだけの喜怒哀楽持ったまごうことなきニンゲンである。
曰く、艦娘とはヒトの皮をかぶったヒトならざるバケモノである。
容姿美麗のカタチを成し、人語を理解し、ヒトと同じだけの感情持ち、身の丈ほどもある巨大な重火器を以て海原を翔ける少女の姿をしたナニモノカ。
彼女たちが一体ナニモノで、何を思い、多くの血を流してまで人類の味方となり深海棲艦と戦うのか。
だが、いくら問いを重ねても、議論をぶつけあっても、終ぞ回答が出ることはなく、我々人類は唯々彼女たちの無償の庇護を受けながらここまで生きたのだ。
「そうですね・・・・。至極私的なことを申し上げれば、興味深い存在という所でしょうか」
「ほう・・・。興味深い、とな?」
思いがけない回答を得たという感じで、防衛大臣はそう言い放つ。
まあ、本来なら「やれ、艦娘は唯の兵器である」とか、「やれ、艦娘は我々人間と同じ存在である」などと言うべきなのかもしれない。
だが、彼は恐らくそんな使いまわされた社交辞令を聞くためにここまで足を運んだわけではあるまい。
でなければ、わざわざ人払いをして僕と一対一で話をする必要などないはずだ。
「はい。世間では、艦娘は兵器だのニンゲンだのと宣っているそうですね。でも、自分にしてみれば、何故彼女たちをニンゲンの価値観で区別するのか理解に苦しむのです」
「なるほど。では、君は艦娘はニンゲンではない。しかし、兵器でもないというのかね?」
「いいえ、そうではありません。自分は、そもそもこの論議自体が無意味であると思っているのです」
「どういうことだ?」とでも言わんばかりの顔をして、彼は僕の論理に興味を示してくる。
その彼に、僕は一つの哲学じみた言の葉を送ってみた。
「大臣。自分は、何故艦娘がいまだに人権を得ることが出来ないのか、その理由が解る気がするのです」
なるほど、確かに艦娘は我々ニンゲンととにかくよく似た特徴を持っている。
彼女たちは、喜怒哀楽と言うニンゲンと同じだだけの感情がある。
彼女たちは、ニンゲンと同じだけの心理を持っている。
彼女たちは、ニンゲンと同じだけの思考回路を持っている。
そして、彼女たちはニンゲンを愛し、ニンゲンに愛されるだけの魅力と恋愛思想を持っている。
これだけ我々と共通する特徴を持ち、尚且つ容姿美麗とくれば確かに彼女たちをニンゲンと規定し、兵器と断ずるものを排斥しようとするのもある意味では当然なのかもしれない。
だが、世論はいまだに無駄な議論を続け、まとまる気配はない。
何故か。
答えは簡単だ。
畢竟、彼女たちをニンゲンと規定するものと、彼女たちを兵器と規定するモノたちの根っこの部分が一緒であり、彼らは本当に論ずるべきことを先延ばしにしているだけで、一向に己の愚を認めようとしないからだ。
いいや、気付いていても尚論ずること避けているのだ。
「それは、どういう事だ?」
いまいち釈然としない大臣に、僕は能面のような顔を作り言い放った。
『大臣。貴方は、年端もいかない少女に、面と向かって今すぐ死ねと言えますか?銃を手に取り、バケモノと戦えと言えますか?親や兄弟、親友、恩人を見殺しにしろと言えますか?』
――・〇・――
白色の空間に、赤い閃光がほとばしる。
彼とワタシ、二人で築いて来たその空間を穢す、赤い色彩。
その色彩と重なった甲高いオンナの声は、これから始める裁定の狼煙と成るには何ともつまらないものだった。
「かは・・・・っ。・・・あぁ・・・・か・・・・く・・・・」
「あ~あ、だから言ったのに・・・・」
己の流した血反吐の中に沈む、この鎮守府の影の支配者。
司令官との共謀関係を盾に暴虐の限りを尽くしてきた彼の艦娘は、ここに来てまさかの因果応報ともいうべき最期を迎えようとしていたのだった。
「ら・・・ぜ・・・・。ろう・・・ひ・・・て・・・・」
突然【謀反】を起こされた艤装によって、扉に背を預け座り込むオオヨド秘書艦は見るも無残な姿と成っていた。
カタパルトを装備した右腕は肩の付け根から吹き飛ばされており、右側頭部は、頬から目尻にかけての皮膚がまるで切れ味の悪い刃物で強引に切り採ったかのように歪に抉れている。
さらに視線を下に向ければ、ゼロ距離射撃をさせた二基の10cm高角砲の砲身がわき腹に突き刺さっており、砲塔の方は砲弾と言う名のミキサーに掛けられた内臓の一部と血反吐がぶちまけられて見るも無残な姿と成っていた。
あれでは、いまごろ砲塔内も悲惨な状態になっていることだろう。
「ごぶぉ・・・・っ。がは・・・ごは・・・・は・・・・が・・・・ぐ・・・・」
「おどろいたなぁ・・・・。まだ、生きているんですか」
あそこまで大破していれば、むしろ轟沈したほうが遥かに楽だったであろうに。なのに、あのオンナはまだ生きようとしているのか。
―――――というより、なんで生きているのだろう。
よくよく見てみれば、オオヨド秘書艦の損傷具合は見た目は酷いけれども轟沈するほどの致命傷には至っていないようだった。
(おかしいな・・・・。掌握した艤装には、『確実に殺せ』と命じたはずなんだけれど・・・・)
そう思ったのも刹那、オオヨド秘書艦の艤装が淡く光り輝く。
緑と青が絶妙に混ざり合った、温かみのある光。
それは、艦娘達の間では畏敬と哀惜の意味を込めて呼称されるある装備品が発動した光だった。
(・・・・あれは、応急修理要員の光)
【応急修理要員】
艦娘達の間では、ダメコンと呼称されている特殊な整備妖精のことだ。
この整備妖精は、搭乗している艦娘が轟沈《しぼう》しかけたとき、自らの命と引き換えに艦娘を轟沈から救ってくれるという献身の塊みたいな存在だ。
まあ、平たく言えばその妖精を身代わりとするわけだが、どうやら私はオオヨド秘書艦の艤装を完全には掌握出来ていなかったと言う訳だ。
――――まあ、どのみちそのダメコンも使ってしまったのだから結果オーライなのだけれど。
そう自分に結論付け、私はいま一度オオヨド秘書艦の艤装――正確にはそこに詰める整備妖精に指示を送る。
「主砲、斉射用意。目標、軽巡大淀左右両足」
『リョウカイ、シマシタ。ホウゲキ、ヲ、カイシシマス』
まるで機械が喋っているかのような声が艤装から聞こえた後、力なく垂れ下がっていたオオヨド秘書艦の左手がゆっくりと持ち上がる。
「オオヨド秘書艦。貴方には、ワタシの艤装の手慣らし相手になってもらいますよ」
――――そう、彼岸の瓣として転生したワタシが得た新たなる艤装。その最初の錆に・・・ね。
にやりと口元を歪めたその刹那、かの左手は私の命じた通り主の両足目掛けて砲撃を始めた。
ドン ドン ドン
「がぁ・・・っ!?いいいぎぁあ”あ”ゝああ”ぅぅ”ぅぅ”ぅぅ”ぅぅぅぅう・・・・・・!!!」
主の口から絶叫と血反吐を吐き出させながら、オオヨド秘書艦の左腕はひたすらに砲撃を繰り返す。
【己の精神】が乱心していないのにも関わらず、【己の躰】が乱心し自らを傷つけるという奇行極まる展開。
きっと、いまの彼女の精神は必至で暴走する躰を制しようと躍起になっているはずだ。
だが、【砲撃時の反動と振動がわき腹に刺さった砲身と砲弾でぐちゃぐちゃにされた内臓に更なる追い打ちをかける】という筆舌に尽くしがたい痛みの中で、一体どれだけの抵抗が出来るだろう。
まあ、それもあのオンナがしてきた罪過と、これから世界に降りかかる地獄に比べれば生温いものであるが。
ドン ドン ブチュリ ドン グチャリ ドン
「がぁ・・・ぎぎい”あ”いあ”いあ・・・・・がはっ・・・あぐああ”あ”いい”いあ・・・・!!!!」
「ふ~~ん。なるほどね、【避来矢の艤装】はこんなことも出来るんだ・・・・」
私が左手を介し砲撃地点を念じる度に、オオヨド秘書艦の左手は私の思念の通りの軌道を描き砲撃を行っていく。
足首からふくらはぎへ。
膝から股へ。
股から足の付け根へ。
宿主が苦悶の絶叫を上げるのを意に介さず砲撃を繰り返すその様子に、私は改めて自身が授かった新しい艤装の性能に俄然興味がわいていた。
【避来矢(ひらいし)の艤装】
それが、深海棲艦と成った私が手にした艤装の呼び名であった。
名前の由来は、日ノ本に実在する神具『避来矢』からとられたらしく、その特性も彼の武具をそのまま再現した防御特化型の特殊艤装であった。
その防御性能は『究極の絶対障壁』とうたわれるほどで、これを装備した艦船はあらゆる鉄火から無傷で生還することが出来る。
ただし、この艤装はその名の通り防御のみに特化したものであるの為、自衛を含め攻撃能力は一切備わっていない。
――――いいや、違う。
【持ってはいない】のではなく、【持つ必要がない】のだ。
何故ならこの艤装は、飛来する砲弾の軌道を変えるのではなく、その根幹――即ち艤装を制御する整備妖精そのものを洗脳掌握することで、敵艦娘を無力化するのだから。
「あがぁ”っ・・・・ぎぅ”っ・・・・ぐぃ”・・・ぐ・・・・い”・・・あぁ・・・・・」
「あらら・・・・。もう終わりですか・・・・?」
まだ両足が破壊されただけだというのに、オオヨド秘書艦の精神は限界を迎えてしまったようで、血反吐がこびりついた口から盛大に泡を吹いて失神してしまった。
それと時を同じくして、左手の主砲からカチカチと空撃ち音が響く。
どうやら、ご自慢の15・5cm三連装砲も弾切れのようだ。
(やれやれ、いままで散々ワタシたち相手にでかい顔をしておいて。なんともみっともないヒトですね・・・・)
だらしなく開いた口から意味のない言の葉を吐き出す影の支配者に唾棄の眼差しを送りつつ、私は掌握した艤装に砲撃停止の指示を出す。
一応、彼女たちも敵ではあるのだが、永遠に空撃ちを続けさせるのもなんか忍びない。
それに、元々私たち海棲生命体と整備妖精たちは一蓮托生の間柄なのだ。
例え敵であろうと無下には出来ない。
「さて・・・・。帰還《かえ》りましょうか・・・・」
空撃ち音が静まり、水平線の彼方より鳴り響く戦火の音色を心地よく聞きながら、私は彼からもらった愛砲を右手に召喚し、その照準をオオヨド秘書艦ではなく執務室の扉に合わせる。
【艦娘の吹雪】として生きるために彼から授けられた、愛用の12・7cm連装砲。
彼岸の瓣として覚醒したいま、この愛砲の最後の鉄火は私を縛り付けたこの鎮守府にこそ相応しい。
さようなら、司令官。
さようなら、艦娘達。
さようなら、此処で過ごした思い出たち。
ここで過ごした吹雪としての日々は真贋に満ちていたけれど。それでも、私にとってはとても楽しい日々でしたよ。
徐に頬を伝わった一筋の滴は、これで本当にお別れなのだという人類への未練か。それとも、艦娘だったおのれへの未練か。
いずれにせよ、もはや後戻りは出来ぬ。
そう、ワタシは深海棲艦とニンゲン達、その両方から戦慄と忌避の対象とされる者。簒奪者《スレイヤー》なのだから。
「・・・・・バイバイ。吹雪ちゃん。タノシカッタヨ・・・・」
マホガニー材の扉に映る、艦娘としての影《じぶん》。
吹雪として創造され。
吹雪として生き。
吹雪として愛され。
吹雪として憎まれ。
吹雪として殺されたその影に、ワタシは最後の撃鉄を鳴らしたのだった。