鉄火の鎮まった海原に、一隻の戦船の慟哭が広がっていく。
かつて、『華の二水戦』と呼ばれた水雷戦隊を引いて戦場を駆け巡った、己が姉妹艦。
悠久の輪廻の果てにてヒトガタを以て再び逢い見え、共に再び戦場を駆け抜けて幾星霜。才色兼備。文武両道。戦果上場を体現セシかの姉妹艦は、何時か見たかもしれない惨状を再びその眼に焼き、絶望し、崩壊し、狂喜したのだった。
「・・・・ハハっ、神通ゥ・・・・壊れちゃったノ・・・・?ハハハ・・・・そっかァ・・・・壊れちゃったんダァ・・・・」
そう言って、センダイは物言わぬ躰となった妹の髪を鷲掴みにしてずるりと持ち上げる。
血と油、硝煙と海水が混ざり合った不快極まる臭いを放つ、センダイ型の二番艦。
顔面の三分の一を喪失し、重力に逆らう術を失った四肢はだらりと垂れ下がり、程よく肉付きの良いグラマラスな体躯は、まき散らされた鉄火によって無残に切り刻まれている。
鉢金で括り付けていた右手は、持ち上げた時に水底へと落ちて逝き、そこから流れ出る命の水滴は、桜色の制服を、新月の海原を赤黒く染め上げいく。
傍から見ていても痛々しく、そして、凄惨極まる死にざま。
その様を、姉であるセンダイは天辺からつま先まで舐め回すように何度も見つめている。
その瞳には、哀惜の念もなければ、愛惜していたヒトを失った哀哭もない。
先の言の葉からして、恐らく突然の事で頭の整理がつかなくなっているのだろうと、私は敵であるはずの彼女に同情の念を抱いた。
無理もない。
不謹慎であるけれど、私としてもアレが姉さまたちではなくて良かったと心から思うことができる惨さだ。
故に、いくら心が豪胆であろうと実の姉妹が目の前であのような死に方をしてしまっては、さすがに心が動転し、すぐに死を受け入れることなどできないだろう。
センダイの心中をそう察して、私は姉さまたちの通信機にもう一度砲撃中止の旨を要求しようとした。
―――――その時だった。
「きひ・・・・、きひひひひゃははっは”ははっは”ははっは”はあああァァァァあっ―――――!!!!」
突然だった。
突然、センダイは何か憑りつかれたかの様にげらげらと爆笑し始めたのだ。
――――あの笑いは、なニ・・・・?
悲しみで心が混乱してしまったのかと一瞬思ってみたのだが、センダイの声音は沈痛のソレではない。
ましてや、妹を殺された怒気でもない。
そう、それはまさに忌々しい邪魔者が居なくなり、ようやく肩の荷が下りたと歓喜する嗤い。
邪魔だと疎み、死せよと呪い、存在を恨み、万死せよと憎み続けた怨敵がようやく黄泉の門扉を潜ったのだと掲げた勝鬨の声。
狂喜。
恍惚。
万歳。
至福。
天恵。
様々な言の葉で表される喜怒哀楽の一つにして、ニンゲンを含むすべの生き物が持つ喜の感情。
―――――人生最大の幸福をもらった。
今のセンダイは、そういう感情で妹の死を受け取ったのだ。
「・・・・なにが、そんなに嬉しいのよ・・・・・!?」
「・・・・・あ?」
万感の狂喜に酔いしれるセンダイに言い知れぬ憤りを感じ、私は思った疑問をそのままぶつけた。
「ジンツウは、あなたの妹なのでしょう・・・・。なのに、どうしてそんな嬉しそうに笑っていられるのよ・・・・!?」
いったいどんな人生を歩んでくれば、あそこまでヒトの死を嗤うことが出来るのか。
妹の亡骸を鷲掴みにして、笑意の唾を吐き、歓喜に酔いしれるセンダイ型のネームシップと、成す術もなく唯々姉の狂喜の捌け口にされるセンダイ型の二番艦。
二人の間に一体何があったのかなど知る由もないが、少なくともいかなる理由があろうともヒトの死を嗤う権限など誰にもないはずだ。
―――――否、有るわけがない!
この世でたった一つの血を分けた実の姉妹の死を嗤う権利など、有るわけがないというのに。
「・・・・何さアンタ。ヒトがせっかく気持ちよくなってんのに、それに水を差すつもり?」
ぬらりと此方をねめつけて、センダイは左腕にずらりと並べた14cm単装砲をこちらに向けてくる。
戦艦である私には豆鉄砲程度の威力しか持たないはずの、【ただの14cm単装砲】。
三基並んだ主砲のうち、二基は砲身が上に折れ曲がっていて砲撃は出来ないだろうし、そもそもかの主砲では私の装甲を打ち抜く事は到底出来ないのだから、たとえ何十門向けられようとも恐れる必要などない。
先の精密射撃で、三基の主砲はすべて大破してしまい、副砲も残り四基となってしまっているが、それでも手負いの軽巡洋艦一隻を討ち取るには十分なはずだ。
そのはずなのに、いまのセンダイはその不可能を可能に出来る気がして、私は身構えながら残り三割となった砲塔たちににらみを利かせるよう命じる。
――――この気迫は、一体何だろう?
「邪魔をするな」と言わんばかりに私をにらみつける、怨念猛々しくねじ曲がったセンダイの顔。
その双眸に宿るは、己を含む全てのモノに絶望し、失望し、羨望し、渇望する餓鬼の色。
壊してしまいたいと渇望しながらも、それと同じくらい欲し得たいと渇望する表裏一体の欲望は、際限なくセンダイを蝕み、穢し、壊していく。
なぜ己には無いのかと憤り。
なぜ己には得ることが出来ないのかと嘆き。
なぜ己には振り向かないのかと落涙する。
先の高笑いと言い、ジンツウに向けた感情と言い、いったい彼女の身に何があったというのだろう。
何を渇望し。
何に絶望し。
何に憤り。
何に嘆き。
何に落涙しているのだろう。
そして何より、その感情の刃を生み出した元凶は、一体何だったのだろう。
何が彼女を苦しめ。
何が彼女を歪ませ。
何が彼女を狂気へと突き落としたのか。
本来このような感傷を敵に向けるべきではないのだが、それでも私はセンダイが妹に向けた狂気の根源の知りたいとを思った。
―――――思ってしまった。
それを知ることは、それ即ち己自身の抱く理想を最悪のカタチで粉々に打ち砕くことになるのだが、この時の私はそれを芥ほどにも気に留めることなどなかったのだった。
『・・・・・・ね・・・え・・・・さん・・・・・たす・・・け・・・・て・・・・』
新月の海原に聞こえ渡る、まるで小鳥が囀るかのようなか細い声。
つい今しがた聞いたことのある、透き通るような美しい声は今にも掻き消えてしまいそうなほどに弱々しく、海が凪いでいなければ聞き取ることなどほとんど不可能であっただろう。
だが、もしその傍聴の是非を問われたとき、私はきっと、『是』ではなく『非』と応えることだろう。
そう、何故ならその声は、この世で最も聞かれてはならない人物に聞かれてしまったのだから。
『・・・・アンタさ、寝言は寝てからほざくもんだよ・・・・・』