淫蕩奉納 作:飯妃旅立
しゃん、しゃん、しゃん。
鈴の音が唄う。暗い部屋。灯りは部屋の中心の蝋燭だけ。この広い大広間を照らしだすには心許ない、軟すぎる光がゆらゆら揺れる。
しゃん、しゃん、しゃん。
鈴の音が歌う。部屋には靄がかかり、湿気を多量に含み、締め切られた窓に霜を付ける。窓に張り付けられた布が、水気によって黒く染まる。
しゃん、しゃん、しゃん。
鈴の音が謳う。灯りの近くに、複数人の人影。鈴の音はその中心の人物から鳴り響き、周囲の存在はそれに群がっている。
しゃん、しゃん、しゃん。
鈴の音が謡う――。
しゃん、しゃん、しゃん。
鈴の音が、詠い上げる。
嗚呼。天に御座します彼身よ。捧げます、捧げます。
悪しきを静め、荒々しきを沈め、狂わしきを鎮め。
輪を持ち、鈴の音で、鱗を捧げます。
嗚呼、嗚呼。ですからどうか、彼身よ。
――私を、思い出させてください。
高校時代の話だ。
一つ上の学年の、二年の先輩に、そんな人がいるという噂があった。
男子間のみで実しやかに囁かれていた、性に開放的な、所謂「頼めばヤらせてくれる」という先輩。僕はそういうことにとんと興味が無かったし、かといって噂をしている生徒たちを糾弾するほどの事にも思えなかったから、気にしたことは無かった。
ただ、珍しい苗字と名前だったから、覚えていたんだと思う。
名前はAnimiを当て字にしたものらしいぜ、とは学人の談。
僕の覚えている情報はここまでで、式が昏睡状態に入った後はほとんど話を聞かなくなっていたと思う。
だから、高校を卒業した後に、彼女の名前を聞くとは思っていなかった。
それも妹の口から、その名が出てこようとは。
津雲絵児美。
ここ礼園女学院で、外部の人間の話が出る事は、少なからずある。しっかりとした申請を出せば外に出る事は可能だから。
でも、その人のうわさで持ちきりになる、というのは珍しい事態だった。
クラスごとに情報の隔離されているこの女学院においては、相当に。
正直わたしはそんなことより気になって仕方のない事があったし、その噂も至極どうでもいいものだったから、無視を決め込んでいたのだけど。
神だの魔術だのと名前が出て来れば、否応にも反応せざるを得ないというもので。
ただ、師である蒼崎橙子にすぐさま相談するのは思う所があった。先日の件ではわたしから相談したわけではないけれど、余計な人材を放り込まれる結果となったわけだし、こうして一人、調査に身を乗り出している次第だ。
「……しかし」
妙ね。そう呟く言葉は寸での所で止められた。
素早く身を隠し、二人の生徒が通り過ぎるのを待つ。
「……」
二人はこちらに気付くことなく、廊下の向こうへと消えて行った。
何の怪しい所も無い、礼園女学院の制服を身に纏った少女二人。
疑うべきところは何もない――あの二人そのものには。
今が夜で、この時間帯は、生徒はおろか職員さえいないはず、という事実に目を瞑れば、何の怪しい所も無いのだ。
気配を消して慎重に後を
この二人は昼間に津雲絵美児について話していた二人だ。待ち伏せをしていたのではなく、とある知り合いの下等生物使い先輩にマークしておいてもらったものを追っている、というだけ。
先輩の周囲でも話が上がってきているらしく、怒り心頭と言った様子だった。そういうことについて、嫌っているであろうことは、まぁ、わかる。
「……?」
追っていくにつれ、夜の静けさには似つかわしくない、綺麗な高音が耳に着いた。
鈴の音……だろうか?
しゃん、しゃん、しゃん……と、規則的なんだか不規則なんだかわからないリズムで、それは夜の礼園に響いている。
近い。
「……甘い、匂い……? ……まずっ!」
それは鼻孔を通り抜け、一瞬にして脳へと届く。
思いっきりバックステップで後退しても、もう遅い。一度嗅いでしまった匂いを認識した脳は、その効果を全身に行き渡らせる。
燃やす――事も一瞬考えたけど、可燃性の気体であった場合、わたしでは制御しきれない可能性が高い。自分で出した炎ならともかく、膨れ上がった爆発は自分の身すらも焼き焦がすだろう。
「……幸い……気付かれて、ない、みたいだし……ここは一時撤退……!」
毒物だろうか。
動悸と息切れ、脈打つ心臓。
今吸い込んだごく少量で死に至ると言う事は無いと思うけれど、毒ガスを吸った場合はとりあえず新鮮な空気の所へ!
こうして。
わたしの調査一夜目は、見事な惨敗に終わった。
……想定外だったのは、あの気体の効果と、その持続時間である。
…………あと、同室の子が妙に察しが良かったこと、かな。
寮に戻って自室に戻ると、当たり前だが同室の静音も部屋にいた。
何故か顔を赤らめて、枕を抱きしめて、ベッドの上で正座をして。
「……えっと?」
「わかってるから」
「はい?」
どういうことか、全く以てわからない。
とりあえず戦闘に臨む前に削がれた火照りを鎮める為に、シャワーを浴びよう。
「わかってるから」
「……」
シャワーを浴びるために、服を脱ぐことは何もおかしい事ではない。
下着を脱ぐことも、なんらおかしい事ではない。
熱い。暑い。早くシャワーを浴びなければ。
「わかってるから」
「……本当に?」
「……逃げる事も考えたけど、それだと鮮花ちゃんが苦しいと思うから……いいよ」
そ、と。
静音が抱きしめていた枕を横に置く。
そこには、一糸まとわぬ白磁の身体が――。
「――ぁっ」
もう我慢は出来なかった。
頑張って無視しようとしたのに、静音が誘ってくるのが悪い。
だからわたしのせいじゃない。この火照りだって、あの妙な匂いを嗅いだせいだ。
無理矢理に正当化して、同室の、同性を――襲う。
その事実に、その背徳に、わたしの中に”禁忌”が鎌首をもたげる。
小さな躰を押し倒し、まずは首筋に舌を這わせた。甘い、甘い。甘ったるい匂いが自身の唾液から発せられて、それを塗りたくった静音の首筋が、さらに甘みを増す。
まるで吸血鬼の様に、極上の首筋を楽しんだ。別に歯を立てたというわけではないけれど、うら若き乙女の柔肌を吸い尽くすのは、やはり吸血鬼が似合うと思うから。
「静音、そっちも触ってよ」
「う、うん……」
受け入れはしたけど、乗り気ではない。そんなことは表情を見なくても伝わってくる。
だけど、もう止められない。先程までのわたしは全身に火薬を詰められた爆発物で、こともあろうに静音本人が起爆剤となったのだ。どうにかこうにか、シャワールームで己を鎮めようとしていたわたしを、解き放ったのだ。
……それで鎮まりきるか疑問なほどに、昂っていたのは事実だけど。
「ふ……っふ……」
息が荒い。わたしの? それとも静音の?
どっちでもいい。
炎を
これはただの性処理で、気分を鎮めるためだけのもの。
友人をそれに付き合わせてしまっている事は多分に申し訳ないけれど、もしここで発散しなければ、わたしは兄を襲いに行っていたかもしれない。
「ぅ……えぅ……」
首筋を蛇のように這いずり、舐めまわっていた私の舌は、鎖骨を通り、またも首を通って、頬から口へと辿り着いた。
静音の頭部をがっちりと両側から挟み込んで、唇を合わせる。
無理矢理に唇を割り、舌先で歯と歯茎の間を丁寧に擦って、頬の内側の粘膜も削ぎ落とす。
空気を欲して口を大きく開いた静音。でも、そう簡単に逃がさない。
こちらも口を開いて彼女の口を覆い、歯の向こう側、口蓋と舌を蹂躙する。呼吸をしようと思っていたのだ、入ってきた酸素ではない異物に、静音の身体は拒否反応を示す。
嗚咽。
収縮する喉。口蓋垂が上下する。
それを舌で揺らしてやれば、今度こそ静音は咳き込んだ。
「――っはぁ……っはぁ……」
久しぶりの酸素に、深呼吸も出来ず、喘ぐ静音。
その姿はどうにも愛おしい。昂りは鎮まりを見せる気配すらなく、むしろどんどん高まって行く。
「んむっ!?」
まだ整え終わっていないのだろう呼吸を待っている余裕は無い。
再度、キス。
今度は最初から開いていたそこに舌肉を押し込み、硬い口蓋の粘膜を削ぐように往復する。かと思えば歯裏を撫でさすり、次の瞬間には舌根に舌先を這わす。
慣れる暇を与えない。休む暇を与えない。反撃の隙は与えない。
「う、ぇっ」
静音の舌を巻き取り、自身の下顎で挟んで、無理矢理引っ張り出す。
一度唇で挟み、逃げられなくなったその舌肉に凌辱の限りを尽くす。
舐め、噛み、吸って潰して、また噛んで。
舌を引き戻さなければ唾液を飲み込めないのだろう。苦しそうな静音に若干の罪悪感と、盛大な背徳の香りを覚え、もっといじめたくなった。
昂る。昂る。昂って仕方がない。
さぁ、その淫蕩を彼の身に捧げましょう――。
「――ちょっと待って」
静音の舌を解放して、彼女の上から退いて。
反対側の自分のベッドへ行って、壁に手を突いて――思いっきり、頭をぶつけた。
「っつぅ……!」
「だ、だい、げほっ、丈夫、……?」
「……大丈夫。ごめん、静音。ありがとう。冷静になったわ」
ふぅ……と深呼吸。
正直、体は火照ったままだけど、思考はクリアになった。
残念、他の子達と違って、わたしは敬虔なクリスチャンではないのだ。
そういう思考操作は、却って逆効果。
「……香りによる催眠術……洗脳効果? 術者にすら会ってない状況で?」
わたしは知らないけれど、そういう魔術がある可能性は無きにしも非ず。
そして異能である可能性も、ゼロではない。
少なくとも今の今までのわたしの思考は”マトモ”ではなかった。確実に操られていた。
これは、わたし一人の手には余る案件かな。
まぁ、やられたらやられたまま、なんて。わたしには到底、出来そうにないけど。
「そ、それじゃあ私シャワー浴びてくるからっ」
「あ、うん」
焦ったように、シャワールームへ駆けこむ静音。着替え、持ってないけどいいのかな。
静音も眠りに就いた、深夜。
もう朝方に近いその時間。
わたしは眠れずにいた。
「……くっ」
躰の火照りは依然として消えない。消えないし、昂りが眠気を覚ます。
布団の中で己を慰める。どうにか発散しなければ、明日一日にまで影響が出る。
声を出さず、体も揺らさず。無論そんなことは無理だけど、枕に噛み付いて無理矢理声を殺す。
布団の中で水音が響く。
つらい。つらい。苦しい。気持ちよくなりたい。
甘い言葉が耳朶を打ち、唾液から染み出す甘い匂いが思考力を奪っていく。
あのまま静音と最後までやっていればよかった。そんな後悔が脳裏をチラつく。
でも、それはダメだ。苛め抜いてしまう自信があったし、なによりソレを捧げるのは、兄と決めている。
だからこうして独りで発散するのが一番いい。
「……」
止まらない手とすり合わせ続ける脚。
ダメだ。布団の中では。
もう一度シャワーを浴びよう。
「――……っくぅぅううう……!!」
二月の深夜。非常に寒いこの季節に、冷水。
滝行たるや、という勢いで噴出されたそれに、流石の身体も悲鳴を上げた。刺激が気持ちいい、なんてことも多少、期待していたけれど。ガトリングガンで針を撃ち出されたかのような冷たさ――というか痛みは、わたしの身体から火照りと淫気を悉く奪い去ってくれた。
寒い。
ガタガタと震えながらシャワールームを出る。
「え」
脱衣所には、毛布が置いてあった。
さっきとは違う意味で、体温が向上するのを感じた。