「くそっ、どうしてこんな事を……」
悔しげに呟きながらメイド服で束のラボの掃除をしているのは、誰であろうオータムであった。脱走を企てようとしても、生身では逃亡に限度があり、もっと言えばそんな状態で逃げおおせたとしても、組織での扱いは以前までと同じはおろか下手をすれば処分される可能性さえある。
となれば、今は泥水を啜ってもチャンスを窺うしかない。束の下に身を置いて何か役立つ情報や物を手土産にしなければ。それがオータムの出した結論であった。
そのため、彼女は束の気まぐれで用意された服に着替え、使用人紛いの事をさせられていたのだ。
「オータム、そこが終わったら次は洗濯をお願いします」
「……了解」
クロエの言葉に渋々ながら返事をするオータム。これにも理由がある。束にとってクロエは娘に近い存在。それを蔑ろにする相手へは容赦ない。今のオータムへ束が取る仕置きは、現状の彼女を撮影しネットへ流す事。要はおめおめと生き残り、醜態を晒していると亡国機業へ伝える事だ。
そうなればオータムの行く末は一つである。例え何か手土産を持って合流しようとも、そんな人間を組織の中核になど置けるはずもない。つまり、裏社会的な抹殺を束はちらつかせているのだ。
もっとも、一番オータムにとっての致命的な失態は一夏にやられたという事に他ならないのだが。
「くーちゃん、新人メイドの様子はどう?」
「束様、おかえりなさいませ」
そこへ顔を出すのは艶々とした様子の束であった。一夏と睦み合ってきたのである。
「うん、ただいま。っで、どう?」
「はい、素直に働いてくれています」
「うんうん。ま、何もしゃべってくれないからね~。ならせめてご飯代ぐらいは働いてもらわないと」
「千冬様は何と?」
「ん? ま、このまま束さんのとこで見張っててだって。脱走しようとしても、無駄だって分かった以上はしばらく大人しくしてるだろってね。束さんもそう思うんだぁ。ああ、そうだ。一応言っておくけど、くーちゃんを人質にしても無駄だよ? ISもないんじゃ、束さんの上には立てないからね」
ギリっと歯を食いしばる音がした。オータムもそれを考えてはいたのだが、束の告げたような理由で見送っていたのである。何せ、一度脱走しようとした時は生身の彼女にあっという間に鎮圧され、気付けばラボの床の上だったのだから。
「束様、ISがあればどうなのですか?」
「やだなぁくーちゃん。あってもなくても一緒だよ。それはあの子も分かってるんじゃない?」
「……チッ」
束の視線に舌打ちし、オータムは掃除を続けた。彼女は知らない。このまま亡国機業へ戻る事が二度と出来ない事を。それどころか、嫌々やっている掃除や洗濯のスキルがどんどん上達していってしまう事を、まだオータムは知らなかった……。
亡国機業の襲撃から一週間、その功労者である一夏の生活は激変―――していなかった。それもそのはずで、襲撃者を撃退したのは生徒会長である楯無であり、それに協力したのが箒達五人と発表されたためである。一夏の事は、意図して伏せられていた。
「本当にこれでよろしかったんですか?」
「ああ。織斑の力を亡国機業が見誤ってくれた方がいい。その分、お前へのちょっかいが増えるかもしれんが」
「構いません。元々そのつもりで護衛も引き受けましたし」
「……そうか。そう言ってくれると助かる」
楯無の言葉に千冬は申し訳なさそうな声を返した。そう、一夏が侵入者を撃退した事を伏せさせたのは千冬である。彼女は楯無から彼がオータムを撃破したと聞いて、真っ先にその情報を漏洩させない方がいいと判断した。直接行った本人への事情聴取からも、それは間違っていなかったと思った程だ。
―――あいつは、お前の弟って以外見るべきところもない奴だ。なのに、あんな隠し玉を持ってやがるとはな……。
亡国機業は一夏を見下している。その理由を千冬はこう読んでいた。
(生徒の中に奴らと繋がっている者がいるかもしれん。そうでなければ、仮にもプロが一夏に遅れを取るなど有り得ん)
一夏に見るべきところがない。こんな事は学園での彼を知らなければ言えるはずがないのだ。対外的に一夏が学園で何をしてどうなっているかを知っている者など、そう多くはない。確かに対抗戦やトーナメント戦の結果を口外するなと厳命はしていないし、それを見に来るIS関係者もいる。
だが、それにしてもあまりにも具体的には知らなさすぎると千冬は思っていた。対抗戦もトーナメントも一夏は敗戦したとはいえ、内容的には十分その腕前が春からISへ携わったと思えない程だったのだ。そこから、千冬は内通者が一年生ではない事を察した。要するに結果のみを人伝えか何かで聞いたのだ。
「更識、お前に頼みたい事がある」
「何でしょう?」
「生徒の中に、それも二年か三年に亡国機業と繋がっている者がいる可能性がある。ないと思いたいが、探ってみてくれ」
「……織斑君の公式戦の結果のみしか知らないから、ですね?」
「ああ。あの愚弟なりに見るべき部分があった二敗だ。それを知っていれば素人などとは決して口に出来ないはず。現に、あの侵入者は一夏にしてやられている。いくら事前に心構えなどをしていたとしても、だ」
「そうですね。織斑君に聞いたら、オータムが逃げなければ零落白夜で仕留められたと言っていました。どうも雪片を展開させずに斬りつけていたみたいで」
「……それを不思議に思わなかった、か。成程、情報が抜けているな」
「ええ。織斑君が言うように、雪片の間合いを誤認させた上で零落白夜を使っていれば、倒せたかは分かりませんが痛手を負わせる事は出来たかと」
楯無も千冬と話している間に気付いた。何故生徒に内通者がと千冬が言い出したのか。もし生徒でなければ不確かな情報をそのまま鵜呑みにするような亡国機業ではない。ならば、何故試合内容を話さないでもそれを信じたか。それは、その者が生の情報に接しているからだと。
「で、どうして未だに織斑の傍にいる?」
「護衛を引き受けた時、彼自身から頼まれた事がありました。ISに関してのコーチです。なので今も彼の訓練を見ています」
「……お前から見てどうだ?」
「正直言わせてもらえば、まだ触れて半年にもならないのに既に国家代表候補と互角に渡り合うようになっている時点で感嘆の意を禁じ得ません。さすがは織斑千冬の弟、というところでしょうか」
「互角、か」
「はい。目標は、姉に勝つ事だそうです」
「…………そうか」
妙に嬉しそうな声で千冬は答え、そこで二人の会話は終わりを迎えた。退出する楯無を見送り、千冬は一人となった室内でポツリと呟く。
「私に勝つ、か。もしそんな時が来たら、私は……」
そっと右手を下腹部へ当てる千冬。あの旅館で植え付けられた熱は、今も消える事無く燻り続けていた。その理由を彼女は直感で理解している。体が一夏を求めてしまっているのだと。
「……お前が私を超えたいと、そう思う理由は弟としてなのか。それとも……」
その呟きの続きは何だったのか。それは、千冬本人しか知らない。ただ、彼女はそれを呟いた後一度だけ下腹部を撫でた事だけを記す。
一方、その頃の一夏はと言えば、箒とコンビを組んでの模擬戦を行っていた。というのも、箒のISである紅椿は白式との同時運用を想定して作られているため、ならばと試しに鈴とセシリアを相手に試合を行っていたのだが……
「くっ……反則でしょう!」
「とは言っても……なっ!」
零落白夜を使い続ける一夏。その光景は、まさしく異常事態であった。自身のシールドエネルギーを消費して使用するそれを、常時フル稼働で使い続けられるのだ。その理由こそ、一夏の後方でセシリアのビットを牽制し続けている箒のISによる単一仕様能力にある。
絢爛舞踏というそれは、本来であれば安易に出来ないIS同士のエネルギー譲渡を可能にし、瞬時に回復させるというとんでもないものだった。発動条件は箒の一夏への強い想い。そう、彼の女となった箒にとってその発動条件は何の苦にもならないものであったのだ。
「一夏っ! 接近戦なら私も出来る! お前はセシリアをっ!」
「分かったっ!」
「このぉ! させるかぁぁぁぁっ!」
一夏が瞬時加速を行おうとしているのを察して、鈴が龍咆を放つ。が、それを読んでいたのか一夏はチャージをキャンセルし後方へと下がりそのまま箒へ前衛をスイッチ、アリーナの端まで向かった。当然龍咆は当たる事なく外れてしまい、しかも箒が代わりに前衛となった事で鈴の視界は遮られてしまう。
本来であればそれをセシリアが狙い撃つのだが、箒がそれをさせじとビットを牽制していたため、一夏はギャンブルを出来る位置まで安全に下がってしまっているのだ。
「まずっ!? っと! セシリア、箒はあたしが引き受けるわ。あんたは一夏を」
『了解しましたわ!』
瞬時加速から放たれる零落白矢。それをされては遠距離にいるセシリアといえどもやられかねない。だからこそ、その前に射撃を行って一夏の動きを牽制し続ける。それが鈴とセシリアの取った行動であった。
が、そんな事は一夏も想定済みである。彼は、セシリアへではなく何故かアリーナの天井へ向かって通常状態へ戻した雪片弐型を投げ放つ。
「「えっ?」」
理解出来ない行動に鈴とセシリアが揃って声を漏らした。その瞬間、一夏は自分が投げ放った雪片弐型へと向かっていく。勿論瞬時加速のチャージをしながらだ。そこでようやく鈴はその狙いに気付いた。
(照準は左右よりも上下の方が合わせ辛い。そして、見下ろせる位置取りは基本的に有利)
一夏がセシリアの狙撃を少しでもし辛くし、且つ自分の有利を作り出した事を察したのだ。更に言えば、上空からの落下速度さえも加味して攻撃出来る。ならば鈴がセシリアへ告げるのはこの一言だけ。
「セシリア逃げてっ!」
「っ?! そういう事ですのね!」
鈴の叫びにセシリアはその場から離脱するが、咄嗟の回避運動は横の移動であった。それは、上から見ている一夏にとってはあまり意味を成さない行動。雪片弐型を手にした瞬間、彼はセシリアの回避先をある程度先読みして零落白矢を放つ。
「甘いですわっ!」
それをセシリアも瞬時加速で逆方向へ移動する事で回避する。だが……
「おおおおおおっ!」
「へ?」
それを見ていた一夏は、途中でもう一度瞬時加速を使って強引に軌道修正。そのままの勢いを乗せてセシリアへと体当たりを敢行したのである。結果、セシリアは意識を失い戦線離脱。著しく減った白式のエネルギーは寸でのところで絢爛舞踏によって回復され、鈴は大人しく降参したのであった。
その試合を眺めてシャルとラウラは揃って険しい顔をしていた。
「もしタッグで組む事があれば、一夏と箒は分けなければならんな」
「うん。反則過ぎるね、あれ」
元々エネルギー効率が悪いからこそ零落白夜は切り札と言えた。リスクリターンが見合っているためである。周囲もそれを知っているからこそ、白式をそこまで問題視する事はない。だが、もしも白式と紅椿がコンビを組んだらどうなるか。それを今の一戦で二人も、そして戦った本人達も痛感した。
反則。その二文字以外の表現が見つからないのだ。白式の欠点は一夏自身の成長と発想で大分減ってきたところへ、その根本を解決する紅椿の能力である。そうなればどうなるか。それを今の試合は如実に見せていた。
「瞬時加速を気兼ねなく使え、零落白夜状態で常に切り結べる」
「ある程度距離が離れたら厳しいけど、それでも少し触れるだけで即時回復」
「……手が付けられん。一夏が矛で箒が盾ならば話は分かるが、あれは両方共矛であり盾になる」
「ホントだよ。代表候補二人が相手なのに一夏達が勝てるって時点でお察し。性能差もあるかもしれないけど、一番はやっぱりエネルギー回復かな。正直、持久戦されたらどんなISでも勝ち目薄いね」
相手との実力差が大きく開いてなければ、白式と紅椿は常に隣り合って戦っていればエネルギーがなくなって負ける事はない。もっと言えば、触れ合ってさえいれば永久にエネルギーは回復し続けるのだ。そんな相手を倒すにはエネルギーを一瞬にして刈り取るしかないが、そんな事が可能なISこそ白式である。つまり、世界中のISの中でも、タッグを組んだ白式と紅椿を倒せる者はいない事になるのだ。
そんな時、二人へ近付く者がいた。その人物は、自分に気付かないシャルとラウラの臀部へ手を伸ばし……
「それっ」
「「っ!?」」
一撫でしたのだ。勢い良く振り返った二人が見たのは、してやったり顔の楯無であった。ご丁寧にVサインまでしている辺りに彼女の性格が窺える。
「楯無先輩……」
「気配を殺して背後を取るのは止めてもらいたい」
「ごめんごめん。だって、シャルロットさんもラウラさんも無防備だったから」
苦笑しつつ手を上げて謝る楯無だったが、その視線はすぐさまアリーナの中へと向けられた。そこでは、気を失っていたセシリアを抱き上げて謝罪をしているだろう一夏と、そんな彼の両隣に位置取り心配そうな顔で声をかける箒と鈴が見えた。
「……見た感じ、タッグ戦をやってたみたいだけど」
「はい。結果は見ての通りです」
「みたい、ね。そんなに織斑君と箒さんのタッグは強い?」
「強い、のもありますけど一番は相性の良さが抜群です」
「紅椿の単一仕様能力は簡単に言えばエネルギー回復だ。それを白式が得ればどうなるかは言うまでもない」
「成程ねぇ。切り札が通常武装となっちゃうか」
楯無の短くまとめた結論に二人も頷いた。それこそが一夏と箒のコンビが反則となる理由である。そして、その両方が最新鋭機である事も問題となるだろう。
その後楯無は簡単にシャルとラウラから試合内容を聞き、内心で一夏の意外な面に感心していた。それは、セシリアに対しての彼の行動だ。
(試合となれば容赦なく動ける、とは驚きね。彼のどこかに彼女達への甘さみたいなのがあるかもと思ったけど、それはなさそうか。さすが織斑先生を超えたいと思うだけあるわね……)
その切り替えがしっかり出来ている事。それは楯無としても好印象であった。公私のけじめとは少し違うが、試合となればきっちりと全力を尽くす。その在り方は楯無には男らしく見え、人間としても好感が持てるものであったのだから。
やがて一夏達が楯無達のいる場所へと歩いてくる。セシリアは一夏の腕に抱かれて満足そうにしていた。
「楯無さん、もう用事は終わったんですか?」
「うん。聞いたわよ、織斑君。かなり派手な事したみたいじゃない」
「そうなんですよ。一夏ったら、いくらでもエネルギーが使えるからって瞬時加速をバンバン使うし、最初っから零落白夜状態で斬りかかってくるしで」
「鈴さん、鈴さん、目が据わってますわよ」
この世の地獄を見たとでも言わんばかりの鈴にセシリアが宥めるような声をかける。それ程、前衛をしていた鈴にとっては恐怖だったのだ。一夏は普段零落白夜を切り札としているため、それが発動するのは一瞬だったり、あるいは完全に決められる時のみなのだが、今日は試合開始直後から発動。そのまま箒が傍にいるのを良い事に攻め続けたのである。
「一度でも掠ったら終わりだし、避けても避けても終わらないし。しまいにはエネルギーが枯渇しそうになった一夏を箒が瞬時加速で接近して回復する始末。あそこで降参したあたしは悪くないわよね?」
「ええ、ええ。鈴さんは立派に戦ってくれました。私が援護し切れなかったのが敗因です」
「ううん、それは違うわ。あたしが一夏にやられずに済んでたのはセシリアがきっちり箒を抑えててくれたからよ。敗因は……あたしが一夏を抑え続けられなかった事じゃない?」
「それは」
鈴とセシリアが互いは悪くないと言い合いそうだと誰もが思った瞬間、パンッと両手を合わせた音が響いた。
「そこまで。敗因を考えるのは大事だけど、それはあくまで冷静で客観的な視点でなければダメよ。あと、お姉さんから言わせてもらえば、今回の敗因は織斑君と箒さんの相性の凄さを見誤ったってとこじゃない?」
「それに尽きると私も思う。実際、私とシャルロットでも似た結果になっていただろう」
「うん、正直侮ってた。エネルギー消費を気にしないでいられる白式って、あんなに怖いんだってね」
「実際、後ろの私は安心感が凄かった。時折一夏へ触れてやればいいだけだったしな」
そう会話の雰囲気がいつも通りとなった時だった。周囲に気付かれぬぐらいの声で、一夏がボソッとこんな事を呟いた。
―――瞬時加速が、二回連続で使えたらな……。
彼のその呟きは、誰に聞かれる事無く女性達の話し声に消える。ただ、その腕にある白式だけがそれを聞いていた。
「んっ、ああっ……い、一夏君……もっとぉ」
シャワールームに響く艶やかな声。それは楯無のものだ。あの日以来癖付いてしまった自慰行為。しかも、すればするだけ下腹部の渇きは増して、疼きが大きくなっていく。脳内に浮かぶのは自身を負かしてみせた男の顔とそのまだ見ぬ肉棒。
複数の女性と関係を持ちながら不満を抱かせていない。その事が何を意味するか楯無とて薄々気付いている。故にその想像のモノは中々立派であった。
彼女はまだ知らない。それさえも実物よりは可愛い事を。想像だけの一夏に抱かれ、楯無は自身の陰核を優しく触る。瞬間、痺れにも似た快感が全身を駆け巡り、その思考を蕩けさせた。
「あ……ああ……」
かつて、セシリアは一夏への指導を始めた事により色へ溺れた。それは彼へ淡い好意を抱いたからなのだが、楯無のそれはあの頃のセシリアを超えている。何故なら初めて自分を負かした男であり、自らの力を誇示するような事をしていないからだ。
オータムに勝利した事さえ、一夏は誰かに自慢するでもなく淡々としている。口止めを頼んだ時でさえ、彼はあっさりとそれを受け入れたのだ。
―――分かりました。まぁ、誰かに言うつもりもありませんでしたけど。
―――本当にごめんなさい。君の評判を回復するチャンスなのに……。
―――いいんですよ。俺は、別に誰かに褒められたくてISの技術を磨いてる訳じゃないんで。
平然とそう告げた一夏に、楯無は小さく胸が疼くのを覚えたのだから。それは仄かな恋心の芽生え。負け惜しみでも強がりでさえない、人としての在り方。それに触れて楯無は一夏をはっきりと異性として意識し始めていたのだ。
「駄目、ね。どうしちゃったのかしら、私」
熱いシャワーに打たれながら楯無は苦笑しつつ呟く。今までこんな事はなかったのだ。下腹部に熱を感じる事も、それがどんどん強くなる事も。そして何より、自分を慰めている時に特定の異性が浮かんでくる事も。
「織斑、一夏……」
名を呼ぶだけで微かに彼女の胸が騒ぐ。人知れず凄い事をやっていながら、それを気付かせる事もせず泰然自若としている少年。なのに試合となると荒々しい表情や野性的な眼光を放つ。その落差は、まさに切り替えである。どちらが本当の織斑一夏なのか。そう考えて楯無は小さく笑った。
「どっちも、かしらね。きっと、彼は自分を装ったりしていない」
関わり合ったからこそ分かるのだろう。一夏がそんな器用な事が出来る人間でない事は。そんな人間だからこそ、あれだけの少女達を侍らせながら不満を出さずにいられるのだ。そう結論付けて楯無は息を吐いた。
「この熱、どうしたら消えてくれるのかしら……」
どこかで答えを分かっていながら、楯無はそう呟かずにはいられなかった。その後も、シャワールームからは水音とくぐもった女の喘ぎ声が響いた。その声に、切なさと悔しさを滲ませて。
その次の日の放課後、一夏は珍しく一人でアリーナにいた。箒達は彼の頼みで今日は訓練を休んでいる。その理由を彼はこう告げていた。自分一人だけで試してみたい事があるから、と。
「あら? 織斑君だけ?」
「楯無さん……」
そこへ楯無が顔を出した。そう、一夏が一人でここにいる理由は彼女にあったのだ。不思議そうな楯無へ一夏は凛々しい表情を向けるとその目を見つめた。その鋭い眼光に楯無も表情を変えて目を細めながら扇子を広げる。
「織斑君、何か私に用事?」
「ええ。試合をして欲しいと」
「試合? ISの?」
「それもですけど、出来れば生身の方でも。楯無さんは、本当はそっちで俺と戦いたかったみたいですし」
どこか挑発的な言い方に楯無の眉が動く。気付いたのだ。今、一夏は自分に勝てると思っていると。それは何故か。一度勝った事がその後ろにある。つまり、侮られている。そう理解するや、楯無は扇子を畳んだ。
「君は、もう少し謙虚だと思っていたわ」
「そんな事ないですよ。俺は、まだまだ青いガキです。呆気なく勝てたからまた勝てるかもと思うような、ね」
「……かもしれないわね。いいでしょう。なら、まずはIS戦?」
「どちらでも好きな方で」
「なら、ISにしましょう。出来る場所が限られているから」
「分かりました」
早速とばかりに白式を展開する一夏。楯無もミステリアス・レイディを展開させる。そうして試合が始まった。一夏は接近戦を試み、楯無はそれを捌きながら短期決着を仕掛けようとする。霧が周囲を包み、一夏の視界から楯無を消し去ったのだ。
一夏はミステリアス・レイディの能力を知らない。一度戦った際には、まともな試合ではなく一撃で終わってしまっていた。それがここにきて楯無の有利に働いていたのだ。
何故なら、一夏からは目視出来ない上に認識も出来ないが、彼女にはしっかりと彼の姿と位置が把握出来ていたのだから。
(悪いけど、これで終わり。あの時とは逆になったわね)
一夏の周囲全ての霧を水蒸気爆発させようと楯無が思った瞬間、何かが彼女へ向かって接近してくるのをセンサーが捉えた。それは、白式。それも速度的に瞬時加速を使っている。完全に彼女の位置を把握しているとしか思えない行動に、一瞬ではあるが楯無の意識が乱れた。
(どうしてっ!? 彼に私の位置が分かるはずは……っ!?)
そして思い出す。一夏が楯無の監視に気付いてた事を示唆した時の言葉を。
―――嗅ぎ慣れない匂いがしてたもんだからな。
楯無がその場から離脱しようとした時には、彼女の視界に雪片弐型で斬りかかる白式の姿があった。それでも、冷静に楯無は手にした武装である蒼流旋というランスで迎撃を試みる。その突きを一夏は豪快に叩き落とした。が、そこで彼の体が完全にその場へ沈んだ。
「こ、これは……っ!?」
「驚いたわ、織斑君。まさか嗅覚で私の位置を把握してくるなんてね。だけど、もうおしまい。私のIS、ミステリアス・レイディの単一仕様能力は抜け出す事の出来ない絶対拘束。正直使う事はないと思っていたけれど、それだけ君が強いって事だと思って頂戴。ええ、褒めてあげるわ織斑君。貴方は本当に強い。だけど、私も二度も負ける訳にはいかないの」
「ら、ラウラの能力の……上位版か……っ!」
(負ける……のか。また俺は、二戦目のジンクスを破れず終わるのかよ。そんなの、そんなのは……嫌だっ!)
ゆっくりと蒼流旋を白式へ向ける楯無。最早反撃の術はなく、敗北は確定された。そう楯無も、一夏さえも思っていた。だが、その時白式に変化が起きる。一夏の負けたくないという強い想いにコアが応えたのだ。その輝きに楯無も思わず目を逸らした。
「な、何? 何が起きたの?」
凄まじい熱量が白式を中心に発生、それがエネルギーの放射によるものであると楯無が理解した瞬間、彼女の体へ零落白夜が炸裂した。
「……嘘、でしょ? どうして……それに、その姿は……」
「よく分かりませんが、こいつもそろそろ嫌になってたみたいです。同じ相手との二戦目、必ず敗北するって流れが」
楯無の視線の先には、大型化したスラスターが四枚翼のように備わった白式を纏う一夏がいた。そして楯無は気付いたのだ。その変化の際に生じたエネルギーで動きを封じていたナノマシンが破壊されたか機能を狂わせたのではないかと。故に彼は絶対拘束を抜け出して逆転の一撃を決める事が出来たのだ。光で視覚を封じられても、嗅覚で位置を把握して。
(敵わないわね。まさか、今度は本気で正面切って負けるなんて……)
運を味方に付けてではあるが、それさえも実力である。そもそもなら、あの霧の中で終わっていたのだ。それを切り抜けて自分の奥の手を抜かせた時点で、ある意味勝負あったのだと楯無は感じていた。仕留められる機会は何度かあった。それを切り抜けた時点で一夏の勝利も同義だと。
その後は互いに更衣室へ向かい、道場で待ち合わせとなった。生身での試合をするためである。正直楯無としてはもう十分と思っていたのだが、一夏はそちらでも力試しをしたいらしくやる気に満ちていたのだ。
それを楯無はこう読んでいた。勢いを感じ取っているのだろうと。これまでの同一相手との二戦目は必ず敗北というジンクスを破った事がそれに拍車をかけているとも。
(可愛いところもあるわね。何というか、彼の歳相応のところを見ている気分だわ)
汗を流し、制服へ袖を通して楯無は笑う。負けたのに晴れやかな気分なのは初めてと言って良かった。それは何故かと問えば、一夏は国家代表である更識楯無でも生徒会長の更識楯無でもなく、個人としての更識楯無としか見ていないからだ。それだからこそ彼女も負けた事に鬱屈した想いを抱かずいれたのである。
敗戦直後であるにも関わらず、どこか軽い足取りで道場へ向かう楯無。そこへ入ると既に道着へ着替えた一夏が目を閉じて正座して待っていた。その見た目の凛々しさと雰囲気に楯無は少しだけ動きを止め、内心で苦笑する。
(駄目ね。また彼のペースだわ。こっちでは後れを取らないようにしないと)
「あらあら、すっかり準備万端って感じ。お姉さんも着替えた方がいいかしら」
「……お好きにどうぞ。俺は、あくまで気分を引き締めるために着てるだけなんで」
まったく動じる事なく目を閉じたままで返す一夏に楯無はふむと考える。IS戦では予想外の事もあって敗北したが、せめて生身では勝利を収めたい。そのためには一夏の心をどうにかして揺さぶらないと難しいかもしれない。そこまで考え、彼女は試してみる事にした。
「じゃ、着替えちゃうね」
「なら、俺は」
「よっと……」
背を向けようとした一夏を無視するようにその場で制服を脱ぎ始める楯無。その内心はドキドキものであるが、表情の上では平然としていた。まずは上着、次にスカート。その音に一夏が目に見えて動揺を始める。そんな彼の様子に彼女は微笑む。
(ふーん、どうやら言葉では動揺しないけど行動には耐性が低いみたいね)
(な、なんて思い切りがいいんだよ、この人! 普通好きでもない男の前で服を脱げるか!?)
もし、これが箒達であれば一夏は動じる事はなかった。楯無だからこそ彼は動揺しているのだ。それは彼女が裸になるからではなく、その意図する事が分からない故の困惑である。そういう意味では楯無の企みは成功を収めていた。
だが、楯無はここで自分も知らぬ内に一つの失態を犯してしまう。それは一夏の前で着替えるという事を行った事で生じた性的興奮が原因。下腹部の熱が目を覚ましたのである。そしてそれこそが彼女のこの後を決めてしまった。
「……この匂いって」
ポツリと呟かれた声が、やけに楯無には大きく聞こえた。先程と打って変わって狼狽えるのは彼女であり、内心で笑みを浮かべるのは彼となった瞬間である。一夏にとって今楯無から漂う匂いは嗅ぎ慣れているものであり、それが何を意味するかは最早考えるまでもなく明快であった。
「楯無さん、もしかして濡れてます?」
「っ!?」
王手飛車取り。そう言っていい程の言葉であった。楯無は一夏の問いかけに顔を真っ赤にして息を呑んだのだから。ここで彼女がその場から逃げ出すなり、あるいはだから何と開き直ればまた展開は違っていただろう。だが悲しいかな、楯無はそういう意味ではか弱い乙女であった。
「お、織斑君、そういう事を女性に言うものじゃないわよ。デリカシーってものを」
彼女が選んだ選択肢はお姉さんぶって嗜めるというもの。それはこの場合最善手とは言い難いものである。それでも一夏はその返しで楯無の状態を悟る。だがまだ行動へ出る事はしなかった。万が一にも勘違いや早合点もあるかもしれないと判断してだ。
「すみません。で、着替え終わりました?」
「え、ええ」
「じゃ、目を開けます」
ゆっくりと開かれる一夏の瞼。そしてそれが開き切ると楯無へ向けられる野獣の如き眼光。その鋭さに楯無は下腹部の熱が増すのを感じた。
(こ、これ……不味い気がする……)
だけど、どこかでもっとあの眼差しで見つめられたいと思う自分もいる。その事が楯無から平静さを奪っていた。こうして始まる試合は、一夏が楯無へ何度も床へ叩きつけられるという流れが続く事になる。だがしかし、何故かその度に辛そうな顔になるのは楯無の方であった。
「はぁ……はぁ……」
(ど、どうして? 息が上がっていく……? それに、あの熱がどんどん体中へ巡っているみたい……)
一夏と接触する度に彼のフェロモンを至近距離で浴び続けるのだ。更にあの鋭い眼差しを向けられ続ける事で体がより発情してしまう。力強い雄の眼光。それを向けながら何度も何度も襲い掛かってくる一夏に、楯無の雌が悶え始めていたのである。
「まだまだっ!」
「っ!」
諦める事なく楯無へ掴みかかろうとする一夏だが、その体が呆気なく回転して床へと叩きつけられる。相当のダメージであるはずだが、今の彼は性的興奮によるアドレナリンで極度の興奮状態となっているためそれが本来よりも効いていないのだ。
もう彼も分かっている。楯無がどういう状態であり、自分へどんな想いを抱いているのか。そう、あの楯無が動揺を誘うために行った行動がそれを助長させていた。要するに、あれを一夏はこう考えていたのだ。
楯無は自分に惚れているから肌を見られても平気だった、と。
「まだだぁ!」
「はぁ……っもうっ!」
「ぐっ! もう一度っ!」
「ああっ! もうしつこいわねっ!」
下腹部を中心に体全体を包む甘く痺れる熱が余裕を奪っていく。それに伴って一夏の眼差しが、息遣いが、言動が彼女の意識を惹き付けていく。雄々しい態度、凛々しい表情、荒々しい眼差し。全てが楯無の中の女をこれでもかと刺激する。
しつこいとは、一体何に対してだろうか。一夏にだろうか。それとも、自身の中の正体不明の熱にだろうか。とにかく、そんな精神状態でまともな対処がいつまでも出来るはずがない。だからその結果は予想出来た事だっただろう。
「これでっ!」
「諦めなさいっ!」
今までと同じように投げられた一夏だったが、その目が光ったように鋭さを増すなり楯無の腕を掴んだのだ。
「なっ?!」
当然体重が重い一夏の重量を片腕で支えられる楯無ではない。そのまま彼女も体勢を崩して床へと倒れる。と、そこから一夏は掴んだ腕を素早く固めるように動いた。関節技の腕ひしぎ十字固めである。その痛みに楯無の顔が歪む。
こうなってしまうともう楯無に打てる手はなかった。いつかくる勝機を待ち続けて挑み続けた一夏の勝利であった。折れるはずの心は、幾多もの女性との関係と超えるべき存在をはっきりと据えた事により、簡単に折れる事ない強靭でしなやかなものとなっていたのである。
「どうですか? ここから逆転します?」
力をこれ以上込めれば折れるかもしれない。それぐらい一夏はしっかりと技を極めていた。体格差や重量差というのはこういう時にモノを言う。楯無から抗う力も気持ちも奪うには十分の状況であった。
「……私の、負けよ。ええ、完全に負けたわ」
抗えば腕を折ろうとするだろう。そう楯無は感じ取っていた。それだけの容赦の無さが一夏にはあると知っているからだ。噛み締めるように告げ、彼女は目を閉じた。
(驕っていなかった。そう、思っていた。でも、その気持ち自体が驕りだった。彼は容赦なく私の腕を折るぐらいの気持ちを見せた。対して私はそんな事をした? 彼の心を本気で折るのなら、腕や足の一本折ってみせるぐらいしないと駄目だった……)
余裕が慢心となり、逆転を許した。それに試合開始前のやり取りで自分の方が平常心を失っていた事も。と、そこで楯無はある事に気付いた。
(何かしら? 何か硬い物が腕に当たってる……?)
視線を動かしてその感触が何かを確かめる楯無。当然それは一夏の勃起したペニスであった。それを認識した瞬間、楯無は飛び跳ねるように一夏から距離を取った。
「きゃっ!? お、織斑君!?」
「何です?」
「な、何でそこをそんな風にしてるのかな!?」
「何でって……楯無さんがあんな事するからですよ」
「あ、あんな事?」
「俺がいるのに着替えたじゃないですか。しかも目を開けたら見られるって言うのに。あれ、つまり俺になら見られてもいいって事ですよね?」
その言葉に楯無は咄嗟の反論が出てこなかった。何も図星だからではない。一夏が狼狽えていた理由を勘違いしてしまっていたからだ。一夏が動揺していたのは自分が彼を好きだと言っているような行動をしたから。それは、つまり彼が楯無の事を異性として意識している事を示している。
「え、えっと……織斑君は私の事、どう思ってるの?」
この問いかけは最後の扉を開く鍵であった。一夏はそれが要するに最後の一線は自分から踏み込んでくれという楯無の気持ちと汲み取った。故に凛々しい表情で告げる。
「好きに決まってるじゃないですか。ここまで俺につき合ってくれて、面倒も見てくれたんです。それに、楯無さんは可愛いし魅力的だから、そういう目で見ないようにするの難しかったんですよ」
告げられるのは生まれて初めての異性からの愛の告白。楯無本人に関する何のしがらみや事情も知らない、純真な想いの吐露。まさしく彼女本人だけを見つめての言葉。その一撃は、彼女の中の熱も相まってあっさりとその心を撃墜させた。
「……ホント?」
「はい」
即答。潤んだ瞳を向ける楯無へ優しい微笑みを向ける一夏。しばらく静寂がその場を包む。やがて一夏がそのままゆっくりと楯無の方へ近付き始める。それがどういう意味かを察して楯無は息を呑んで、だけど嬉しそうに笑みを見せる。
「楯無さん、聞かせてもらっていいですか? 俺の事、どう思ってます?」
「…………好き、みたい。気付いたら、君の事を強く意識してた」
「嬉しいです、楯無さん」
そう告げてゆっくりと顔を寄せる一夏だったが、その動きが後少しでキスするというところで止まる。
「どうしたの?」
「……俺、実は箒達と関係を持ってるんです。だから」
「知ってる。だけど君は彼女達をしっかりと満足させて納得させてるんでしょ? なら、私もそうしてくれるんじゃないの?」
「それでいいんですか?」
「本音は違うけど、それを受け入れる事よりも君から捨てられる方が嫌、みたい。体がね、さっきからずっと煩いんだ。君と、貴方と結ばれろって」
「……分かった。絶対楯無が今の答えを後悔しないようにしてみせる」
そこで口調が変わった事で楯無も理解する。今、一夏は自分を本当に大事な、それでいて気安く接する事が出来る相手と認識したのだと。
「一夏君……」
故に彼女も呼び方を変えた。自分も同じだと伝えるように。それに一夏は優しく笑みを返して頷いた。
「楯無、目を閉じてくれ」
「閉じたわ」
「……愛してるぜ、楯無」
「んっ」
重なる唇は、まるで灼熱の溶岩のような熱を持っていた。その熱が楯無の中に渦巻いていた熱へ作用して沈静化させていく。だが、代わりに別の熱を目覚めさせる。それは雌の疼き。下腹部の奥にある、女性にとっての聖域へ侵入し息を潜めていた毒がついに動き出したのである。
「……ここで、する?」
「いや、部屋に行こう。掴まってくれ」
いつの間にか敬語が消えている事に気付いて、楯無は嬉しさを感じて一夏の体へ抱き着くように掴まった。二人分の制服を抱えるようにしながら一夏に抱き抱えられる楯無。その顔はずっと上を向いていた。真っ直ぐ前を見て歩く一夏の表情を見上げていたのである。
「どうかしたか?」
「っ!? な、何でもないよ?」
「そうか」
不意に視線に気付いた一夏が下を向いて二人の視線が絡み合う。それが何故か無性に気恥ずかしくなって楯無は誤魔化す事しか出来ない。そんな彼女が可愛く見えて、一夏はより深く微笑みそっとその額へキスをした。
「え……?」
「楯無が可愛かったからさ」
この後、楯無はもう顔を上げる事さえ出来ずに彼の胸へ顔を埋めて恥ずかしがっていた。それが余計自分の中の熱を強くさせるとどこかで分かっていながら。
それと、先程から感じている微かな寂しさがある。一夏に名を呼ばれる度に感じる、一抹の寂しさ。それが何から生まれているのか楯無には痛い程分かっていた。
(……いい、かしら? 教えるだけなら、知ってもらうだけなら。もしも呼んでもらうとしても、二人きりだけなら……)
女としての欲。人としての欲。それらが急速に楯無の思考を蝕んでいく。今、ここには更識家の当主はいなかった。いるのは、初めての恋とこれから待つ出来事に心を弾ませる一人の乙女だけであったのだから。
部屋中に立ち込める淫臭。響き渡るは肉を打ち付ける音と荒い息遣い、そして濁った水音。そんな中で楯無は枕に顔を埋めて快感に震え続けていた。
「刀奈っ! 刀奈ぁ!」
だが、一夏が呼ぶ名は楯無の名ではない。いや、それこそまさしく彼女だけの名であった。更識家の当主としての名前ではなく個人として与えられた名。両親の願いや想いが込められた限られた者しか知らない大切な名。それを彼女は一夏に教えたのだ。
―――一夏君、君にしか、ううん貴方にしか教えたくない事があるの。
―――何だ?
―――私の、本当の名前。私は、更識刀奈って言うの。楯無は通名みたいなもの。だから……。
―――二人きりの時だけ呼んでいいんだな? ……じゃ、光栄に思って大切に呼ばせてもらうな。刀奈、って。
その後キスされてベッドへ寝かされ、刀奈は一糸まとわぬ姿となった。そして初めてを散らし、痛みよりも幸せを感じて彼女は実感したのだ。自分を負かした男は間違いなく優秀な、それでいて優しい男だったと。
それからもう何度絶頂しただろうか。既に刀奈の膣内からは精液が逆流していた。避妊という考えは一夏にはなかった。刀奈はさすがにそれは避けたかったのだが、避妊具など元から用意していない以上押し切られるだけだったのだ。
「刀奈、声を、声を聞かせてくれよ」
ペニスを子宮口へ密着させて耳元へ囁く一夏。その声に刀奈が枕から顔を上げた。その顔は絶え間ない快楽でぐちゃぐちゃになっていて、とても見せられるものではなくなっていたが。
「む、無理だってばぁ。一夏君がいっぱいイカせるもんだから、頭の中真っ白でとんでもない事言っちゃいそうだもん」
「それが聞きたいんだって。刀奈の可愛いエロ声、聞かせてくれよ」
「あっ……」
軽くペニスが子宮口をグリグリと刺激する。それだけで刀奈のヴァギナから精液混じりの愛液がドロリと流れる。それと共に彼女の思考もまた蕩けた。
「な、頼むよ刀奈」
「……分かったわ。もう私、一夏君には勝てないみたい」
「ベッドの上では?」
「ふふっ、うん。これからも永遠に負けさせて?」
「言われなくてもぉ!」
「ああんっ! 激しいの好きぃ! セックス大好きぃぃぃ!」
今までの見えない重圧。最強でなければいけない。誰よりも強くなければいけない。その枷から刀奈は解放されていた。一夏に身も心も委ねているのは、彼が自分よりも強いと認める事が出来たからだ。いざとなったら自分を守ってくれる人がいる。それが、今の彼女をただの女へ戻していた。
(こんな気持ち、初めてかもしれない! 何も考えなくていいのも、強くあろうとしなくていいのもっ!)
物心ついた時には妹がいて、家の当主となるべく教育を受けてきた刀奈にとって、一夏との交わりは蜜の味だった。それまで下腹部の熱を育ててしまった事もあるが、一番は初めて自分が守られる側になれたという喜びだ。それも、二度に渡ってISで敗北し、生身でも最終的に負けさせられたのだから。
心身ともに強いと認めたところへの、力強いセックスである。その雄々しいペニスで貫かれ、楯無の顔は完膚なきまでに砕かれた。そこから現れるは本来の顔である刀奈であったのだ。もう表に出す事も出せるはずもないと思っていた素顔を、曝け出してもいい場所が一夏の胸の中。こう教えられ、刻み込まれてしまっては彼女に抗う気持ちなどあろうはずがない。
「もっとぉ! もっと激しくしてっ! 私を、私を抱き締めてぇぇぇぇっ!」
「刀奈っ! 大好きだ! 絶対、絶対俺が守るから! 幸せにするからっ!」
「うん! うんっ! 信じてるからぁ! 一夏君の事、信じてるからぁ!」
背中に感じる逞しい胸板。膣内で感じる雄々しい硬さと熱さを持つペニス。そして何よりも全身で感じる頼もしい温もり。一夏の両腕に抱き締められ刀奈は体中から湧き起こる本能の声へ身を委ねた。
「あああああああっ!!」
「刀奈ぁぁぁぁぁっ!!」
その締め付けに一夏が射精した瞬間、刀奈の全身が痙攣したように震えて潮を吹いた。
「あ……ダメ……もう……出る……っ!」
更にダメ押しとばかりに刀奈はそこで失禁してしまった。これまで誰もなった事のない状態だ。それだけ刀奈の体が一夏を求めていた事を告げていた。焦らしに焦らされた体は、待望の雄を迎え入れた事で完全征服をされてしまったのだ。
ベッドを染め上げていく刀奈の黄金水。そのアンモニア臭と音、そして何より放尿感による快楽で刀奈は声なく笑っていた。
(壊されちゃった……。私、一夏君に壊されちゃった。もう、この人しかいないって体と心に刻まれちゃったんだ。子宮まで、私、負けちゃった)
流れ出るものがこれまでの自分だったもののように思え、刀奈は力なくベッドに伏せようとして、その体が何かに支えられている事に気付いて振り返る。
「大丈夫か?」
「一夏君……」
「悪い。何か、やり過ぎたみたいだな」
「ううん、違うの。これぐらいして欲しかったから、貴方は私の希望を叶えてくれただけ」
「そうか。ああ、そうだ。えっと、刀奈」
「何?」
雰囲気が少し変わった事に気付いて不思議そうに小首を傾げる刀奈へ、一夏は嬉しそうに微笑んで告げる。
「愛してる。俺の嫁になってくれ」
「……はい、喜んで。ずっと、幸せにしてくださいね? 旦那様」
「ああ……」
「んっ……」
触れ合う温もり。それは何も唇だけではない。今もペニスは子宮口へと突き当てられている。上下の口を塞がれて一夏の体液を啜る刀奈。学園最強という一種の枷から解放される時間と場所。それだけではない温もりと相手。もう、彼女には気負いはない。全てを曝け出して受け止めてくれる愛しい男が出来たのだから。
「……旦那様、一度汗を流したいんですけど」
「いいぜ。じゃ、このままシャワーへ行くか?」
「はい」
「ん。じゃ……」
こうしてまた一人一夏の雄によって雌へと堕ちる。そしてそれは、もう一人連鎖的に堕ちる少女が生まれる事を意味していた。
―――絶対、私だけで組み上げてみせるんだ……。
今はまだ、その事を知らず少女は一人己の専用機へと向かうのみ……。
楯無が本名を一夏へ明かしました。楯無が拠り所を得て強くなりました。刀奈に依存体質が出来ました。
更識姉妹丼フラグが立ちました。