※この作品はR-18です。

IS(一夏が生殖するための)学園物語   作:拙作製造機

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簪回。ただし、まだエロはなし。タイトルは、まぁ簪の中の人関連で(汗
今後は隠しヒロイン攻略ですね。千冬姉とマドカぐらいかなぁ? オータムやダリルは……未定。ティナやのほほんさんなども、未定。


ミルキィタイムズ

 優勝候補の敗北。それに加えての戦線離脱。それを狙った訳ではないが、原因ともなった一夏と簪は一躍学園中の時の人になった。特に一夏はこれまでの評価があったために見事な逆転を起こしたのだ。

 

 だが、それが問題を起こさぬはずもなく……

 

「だぁぁぁぁっ! 今まで見向きもしなかったくせに、いきなり迫ってこないでよっ!」

 

 フシャァァァッ!という威嚇する猫が背後に浮かんでいるような鈴に、十数人の女生徒達が怯む。時刻は昼時、場所は校舎への入口近くである。一夏達は昼食を食べようと校庭へ移動中だった。

 

 そこで出待ちと言うか、待ち伏せていた生徒達がいたのである。彼女達は揃って二年生であったため、余計鈴が爆発したのだ。一年生では一夏の事をそこまで見下す者はいなかったが、二年生や三年生の中には結果を踏まえ彼の事を勝手に見損なっていた者達がいたのである。

 

 鈴の正論と迫力に息を呑む上級生達。心なしかセシリアとシャルの目付きも鋭い。それもそのはず。彼女達は一夏がIS操縦者として強いから好きになったのではない。彼の人柄に触れて好きになったのだ。

 だからこそ、一夏の内面ではなく上辺だけを見てすり寄ってきた女性達が醜く映った。だがしかし、箒やラウラはそんな二人と違って怒りではなく呆れを浮かべていたが。

 

「鈴、気持ちは分かるが仕方ないだろう。同級生は試合を見れたが、上級生達は別のスケジュールで動いている。一年生のスケジュールに合わせられるのはコンビ戦が初めてなんだ」

「そうだな。まぁ、だからといって私はそちらの擁護をするつもりもない。私達は全員が全員最初から一夏へ好印象を持っていた訳ではないが、だからといってこのように急激な掌返しをした事もない。一夏の事を見直したと言うのなら、まずは飛び付くのではなく観察してみてほしい」

「そうね、ラウラの言う通りだわ。悪いんですけど、あたし達はこれから食事なんです。一夏への質問などは放課後に」

 

 ピシャリと言い切る鈴。その拒絶にも近い雰囲気に上級生達が苛立ちを浮かべた瞬間だった。それをさせまいと一人の人物が鈴の前に立ったのだ。

 

「その、気持ちは嬉しいけど、俺も簪も今までこんな扱いされてこなかったんで。なので、もう少し遠巻きに見てくれると助かります」

 

 そう言って一夏は軽く頭を下げた。その振る舞いは実に好印象を与えるもので、女生徒達もそういう事ならとその場から去って行った。その背を見送り、一夏の事をどこか微妙な顔で見つめるのは簪である。彼女もコンビ戦翌日から一夏達と昼食を共に取るようになっていたのだ。

 

「一夏君、あれじゃその内今みたいな感じでくるよ?」

「それならちゃんと受け応えればいいだろ? 今は、俺達が上級生コンビに勝った事で盛り上がってる人達が多い。こうやって時間を置いても俺達へ興味を持ち続けてくれる人なら、ちゃんと相手すればいいけどさ、そうじゃないかもしれない人達まで丁寧に相手してたら身が持たないって」

 

 やや声を潜めて告げられる一夏の考えに簪は成程と納得。要はクールダウンしてもらい、コンビ戦が終わってからでも近付いてくる者達には誠意を以って接しようと、そう一夏は思っていたのだ。簪もそういう事ならばと彼の考えに追従する事とした。

 

 ただ、既に簪の場合は受け止めなければならない変化も起きていたのだが。

 

「でも、簪も大変だよね。クラスで一躍人気者でしょ?」

「う、うん。それで結構困ってる……」

 

 そう、今までは人を寄せ付けないようにしていた簪がコンビ戦を切っ掛けに少しだけ明るくなった事もあってか、今クラスでは簪の事を、見直した、尊敬すると言った声が上がっている。友人になって欲しいという声も多くあり、人付き合いが苦手な簪はそれにどう対処していいか分からないまま、一先ず保留させてもらっていた。

 

「ね、一夏君。ど、どうやって返事すればいいかな?」

「簪はどうしたいんだ?」

「私は……正直今まで友達とか出来た事なかったから……」

 

 そう自嘲気味に言って簪が俯いた時だった。

 

「俺は、俺達は違うのか?」

「え……?」

 

 聞こえた声に顔を上げた簪が見たのは、自分を優しく見つめる六つの眼差し。それが何よりの言葉だった。一夏達が簪の事をどう思っているか。それがその眼差しだけで伝わったのだ。

 

「俺達は簪の事、友達だって思ってるぜ?」

「ああ。迷惑だっただろうか?」

「そ、そんな事……」

「良かったですわ。あれだけの試合を繰り広げましたもの。知人、というのは寂しいと思いましたし」

「そうそう。あたしも簪の事、凄いって思ったのよ? 戦闘中、一夏が箒へ触れてエネルギー回復させるやつって、あれ絶対簪が考えたでしょ?」

「う、うん。単一仕様能力がエネルギーの増幅って聞いて、なら絶対紅椿はその使用を止めないだろうって思って」

 

 箒・鈴ペアとの試合で、一夏達は前衛コンビとして激しい接近戦を行っていたのだが、その最中でエネルギーの消耗が激しくなった白式は瞬時加速を使って打鉄弐式と激しく切り結ぶ紅椿へと接近、その速度のまま通過した。

 

 その際、一度だけ紅椿へ触れながら、だ。

 

「あれは見ていた者達も何が起きたのか理解出来なかっただろうな」

「僕達はもう知ってるから、上手い事考えたなぁって感心してたけどね」

「あれが無かったら、正直二人には勝てなかった。実際、お姉ちゃんとオルコットさんには負けたし」

「それを言ったら僕らもだよ。きっちり楯無さんとセシリアは全勝だもんなぁ」

 

 シャルが言ったように、コンビ戦優勝は楯無・セシリアコンビだった。一夏と簪はおしくも準優勝。だが、それに対して意を唱える者がいた。

 

「違うわよ、シャルロットさん。私達は一チーム戦っていないもの。全勝は上辺だけ。本当の意味での優勝は、全チームと唯一戦った一夏君と簪ちゃんのチームよ」

「お姉ちゃん……」

 

 声のする方へ誰もが振り向いた。そこには扇子で口元を隠す楯無の姿があった。しかも、扇子には”コンビ戦お疲れ様”と書かれている。

 

「正直あの二人は私とセシリアさんでも危なかったと思う。いえ、間違いなく苦戦した。それでも勝てるように訓練してたけど……」

「正直、あの戦い方はマネ出来ません。試合中にISを部分展開するなんて、一夏さんにしか出来ませんしやりませんから」

 

 その呆れるようなセシリアの言葉には一夏を除く全員が頷いた。彼はそんな周囲に苦い顔。分かっているのだ。彼とて、それがどれだけ危なく、また恐ろしい事を。だが、それをしなければ勝てないとなれば一夏は迷う事なく実行するのだ。

 セシリアの時も、ラウラの時も、楯無の時もそうだったように、彼は博打をしなければ勝てないとなれば躊躇う事なく賭けに出られる。織斑一夏とはそういう男であった。

 

「一夏君の考え方、ずっと気になってたんだけどコンビ戦が終わった後確信した。一夏君、軍人みたいなんだって」

「「「「「「あー……」」」」」」

「そうか。たしかにそうかもしれん」

 

 ラウラ以外が納得するように声を上げ、簪は小さく苦笑した。本職だった人間が肯定しただけではない。本人やその親しい者達さえも同意したためだ。そこで和やかな雰囲気へ戻った事を察し、楯無が簪の両肩へ手を置くなり笑みを浮かべた。

 

「ま、とにかく行きましょう。早くしないと食べる時間がなくなっちゃうもの。ね、簪ちゃんも慌てて食べたくはないでしょ?」

「そ、それはそうだけど……」

「と言う訳で、みんな移動移動っ!」

「ちょ、ちょっと押さないでお姉ちゃん!」

 

 姉妹仲良く見える二人に一夏達は笑みを見せ、その後を追う。もうお馴染みとなった場所にはテーブルと、そして束とクロエが待っていた。テーブルの上の料理はサンドイッチとなっており、全てクロエが作ったのだろう。少々色合いが悪い組み合わせなどもあるが、逆に手作りと一目で分かる物となっている。

 

「いっくん達、おそ~い」

「束さん、ごめんなさい。一夏君が他の生徒達に迫られてたみたいで」

 

 やや口を尖らせて文句を言う束へ楯無が率先して説明と謝罪を行う。もう二人の間にはかつてのような壁はない。今の二人は学園を利用して自分達のための居場所を作ろうとしているのだから当然である。言わば同志なのだ。

 

 だが、そんな二人を見て驚きを浮かべる者がいる。それは簪だ。

 

「……お姉ちゃん、篠ノ之博士と親しいの?」

「ん? 親しいというか、普通にお話はしてくれる間柄になれたってとこかしら?」

「そーだね。でも、束さんが話をする時点で親しいって言うのは間違ってないかも」

「凄い……。私だってクロエさんを通じてしか話した事ないのに……」

 

 改めて楯無の凄さを実感する簪だったが、その裏にある流れなどを知ればきっとその評価は変わるだろう。勿論、現時点では悪い方にだが。

 

「ですが、簪様の考えや着眼点は束様も褒めておられました。自信を持ってよいかと」

「あー、そだね。くーちゃんから聞いたり見たりしたのは中々面白かったよ」

「あ、えっと……きょ、恐縮です」

 

 畏まって緊張を見せる簪だったが、それは束にとっては初めて見る光景だった。それは当然だ。何故なら、これまで彼女は人前に出る事はあっても、ここまで陽気だったりあるいは気安かったりはなかったのだから。

 以前までの束の前で簪のような反応を見せた者は皆無である。そう、つまり今束が見ているものは、彼女が変化したからに他ならない。まぁ、簪の成長なども関係しないとは言わないが。

 

「束さん、いっそ前に話した新型IS、簪にも手伝ってもらうのはどうだろう? 俺もそうだけど、色んな視点からの意見って意外と馬鹿に出来ないんだ」

「くーちゃんやいっくんでもじゅーぶんだけどなぁ……」

「束様、私も一夏さんの意見に賛成です。私は束様自身から色々吸収しているので視点が似ています。ですが、簪様は独自で学び、努力していた方です。一夏さんは操縦者としての意見は出せますが、開発者の意見は皆無です」

「むぅ……」

「束さん、簪ちゃんは操縦者と開発者両方の意見を出せますよ?」

「…………本人の意見は?」

 

 楯無の意見に腕を組んで、束は簪を見つめた。その目は以前の鋭いものだ。あの大浴場で楯無を見た時のように、束は簪という人間を見極めようとしていたのである。

 いきなり絶対零度の眼差しを向けられた簪は驚くものの、それでも目を背ける事なく唾を飲む。それは、つい口をついて出そうになった弱気な言葉を飲み込むようだった。

 

「って、手伝わせてください! 篠ノ之博士の発想や技術を、少しでも吸収したいし見ていたいんですっ!」

 

 紛れもない本音。簪が初めて見せる尊敬と畏敬の念。そしてそれは、束にとっても紛れもなく裏の無い賛辞と憧れの言葉だった。一夏と箒、それに真耶が開いて、一夏に激しく抱かれた事で壊れた束の心の扉。それもあって、簪の熱量と想いは届く。

 

「ん。じゃ、今後は助手となるように」

「は、はいっ! ありがとうございます! よろしくお願いしますっ!」

「うんうん。いやぁ、遂に束さんにも助手が出来たかぁ。呼び方は……かっちゃんだと女の子っぽくないから……かんちゃん?」

「ぁ……」

「うん、それでいっか。じゃあ、これから頑張ってね、かんちゃん」

 

 束の付けた呼び方が本音のものと同じである事に気付き、簪は知らず笑みを浮かべていた。

 

(何だろ? こうなると、博士と本音って似てるかも……)

 

 親しい相手と接する時の束と普段の本音はその雰囲気が似ている。だからだろうか。簪は束とも上手くやっていける気がしていた。束は懐に入れるまでが難しいが、一度そこへ入ってしまえばいい相手とも言えるのでそれは間違ってはいないだろう。

 

 こうして簪も束に認識される事となった。それは裏を返せば彼女もいずれ束と同じになる事を意味する。そう、束は直感で気付いているのだ。簪も一夏へ想いを抱いている事を。その理由は、簪の目。一夏の事を単なる好意だけではなく、どこか性欲にも似た色で見つめているためだ。

 

(どうやらなっちゃんの理想通りになりそうだね。あっ、そうなったらなっちゃん達と束さん達でダブル姉妹丼とかどうだろ? いっくん、喜んでくれるかなぁ)

 

 今の一夏は相手をする女性が多いため、中々二人きりの機会は設けられない。そのため、束は箒と結託しての姉妹丼を軸にしようとしていた。束が一番大切にしているのは一夏を除けばやはり箒であるためだ。クロエとラウラも構わないかもしれないが、束が組むとすれば現状箒しかいないと言える。

 

 もし千冬が一夏の女になれば箒ではなくそちらと組む可能性もあるだろう。頭脳においての世界最強と、肉体においての世界最強。そのコンビとして、そして一夏にとってはもっともそういう事から遠かった存在として、強く優しく深く抱かれるだろうからだ。

 

 そんないつか来る未来を妄想して股を濡らす束を余所に、一夏達は食事を始めていた。話題は今後の放課後の事だった。一夏はもう訓練ではなく実戦を主体にしていきたいと思っており、その目的を知っている箒達としてはそれも当然だろうと理解していた。

 何せ一夏はかつての頃よりも実力を磨き、今や誰と戦っても勝率は七割を超えようとしている。楯無とさえもだ。昔、箒が自身よりも強いと認めた腕前を取戻し、楯無の流れるような体捌きを吸収し、一夏は千冬のようにISへの恐ろしい程の適応力を発揮していたのである。

 

「つまり、一夏君としてはもう指導ではなく助言に切り替えてほしいと?」

「はい。俺は、目標にしてる人がいる。その人へ届くためにも、今より強くなりたいんです。それには、実戦の勘を磨いて経験を積む事が必要です。元々俺よりもみんなの方がISでは強い。それに勝ち越せるようになりつつある今、それを絶対にまで高めたい」

「あの人以外に、千冬さん以外に負けないようになる、と?」

 

 箒の問いかけに一夏は静かに深く頷いた。それがどれだけ難しい道かを、しっかりと理解した上で。その力強い眼差しと雄々しい雰囲気に誰もが息を呑む。既に抱かれた者達へは子宮の疼きを、まだ抱かれていないでも惚れてしまった簪には胸の高鳴りを与える、強き雄の顔に。

 

「山田先生に聞いたら、国家代表候補ぐらいなら二人同時に相手して勝つ事が出来るらしい。なら、同じ事は千冬姉にも出来る。俺が次に目指すのはそこ。セシリア、鈴、ラウラ、簪。この四人をまず一対一で確実に勝利出来るようになる事。それが出来たら次はその中の二人を同時だ」

「……なら、お姉さんもそこにいれなさい。私はロシアの国家代表なの」

 

 さらりと告げられた衝撃の事実。簪は分かっていないが、一夏達にはそれが持つ意味は大きい。現役国家代表に一夏は二連続で勝利しているのだ。一戦目は試合というような内容ではなく、二戦目は偶然が味方しての勝利ではあったが。

 

「分かりました。なら、セシリア達のコンビより前に楯無さんを一対一で確実勝利ですね」

「簡単にさせないし、させるワケにはいかないけれどね」

「望むところです。千冬姉の壁は厚くて高い。なら、超えるのが厳しい壁こそ超えていかないと」

 

 どこまでも一夏は求道者だった。いや、己に厳しい道を行くと決めていた。目指す者は、超えたい者は、そうしなければ勝つどころか届く事さえ出来ないとばかりに。

 

(俺は、絶対に千冬姉に勝ってみせるっ!)

 

 古今、人の技術を進歩させてきた要因は大きく二つ。一つは戦争、もう一つがエロ、つまり性欲である。ならば、今の一夏はどうだろう? ISで戦う事は戦闘行為だ。そう、闘争であり戦争だ。その根底には、千冬を自分のものにしたいという欲求、性欲がある。

 

 ここまでくれば何故一夏がここまで成長したかは言うまでもないだろう。彼は、箒を抱いた事で性欲が強くなり、更にセシリアと戦って勝利した事で彼女と親しくなれた。要は、今の彼にとってISの技術を磨く事は愛する者達を守り、欲しい物を手に入れるための最善の手段なのである。

 

 更に、彼は意識していないが、そうする事でもっとその望みが叶い易く出来るのだ。学園の生徒達や、いずれ出会う各国の代表達へその強さを見せつける事で。

 

 今はまだ、その事に気付けるのは束のみ……。

 

 

 

「なっ……」

 

 昼食を終えた一夏は、コンビ戦の間来ていなかったラボへと入った。そこでオータムの嫌そうな眼差しを受けながら診察台に乗ろうとして、見慣れない存在がいる事に気付いて目を見開いた。

 

「……何?」

 

 それは、メイド服姿のダリルであった。いや、レインと呼ぶべきだろう。彼女は一夏の驚く顔に何て事ない顔を返した。

 

「どうして貴方がここに……」

「いっくん、あの子と一緒って事で察して」

「彼女もオータムと同じ組織の人間だそうです」

「は? 先輩が……亡国機業の人間?」

 

 揃って頷く束とクロエ、そしてオータム。それを見た一夏はしばし面食らった表情をしていたものの、気を取り直したのか何も言わずに診察台へ乗った。すると、そんな彼の反応にダリルの眉が動いた。何も反応しないからだ。

 

「何かないの?」

「え? ああ、貴方とコンビ組んでた相手が部屋にこもったって聞いたんです。どうしてかと思ってましたけど、納得しました。貴方が亡国機業の人間だと知ったからですね」

「っ……」

 

 レインへ告げられる現実。それは恋人であるフォルテの現状。箝口令も敷かれただろうと推察し、それもあっての閉じこもりかもしれないとレインは考えた。そんな彼女の隣でオータムが妙にそわそわし始めたのはそんな時だった。

 

(何? どうしたっていうのよ?)

 

 突然の動きに理解出来ず、レインは訝しむようにオータムを見た。が、その彼女の視線は診察台の方へ向いている。何か変わった事でもあるのだろうかと、そう思ってレインが視線を動かしたときだ。

 

「はぁ!?」

 

 彼女の視界に映ったのは、雄々しく反り返るペニスであった。その威容さにレインは目を疑った。彼女が初めて間近で見る男性器だ。しかもそれが世界でも指折りのビックコックである。思わず赤面してしまうレインへ、オータムが小さく呟いた。

 

「驚くのはまだ早いぞ」

「え……?」

 

 理解出来ないというかしたくないレインへ告げられる言葉。それは、まだこの状況が始まりに過ぎない事を意味していた。そして、クロエが一夏のペニスへ口づけをしてある程度唾液で濡らしていく。その様さえレインには目を覆いたくなる光景だったが、そこで目を逸らすのも情けないと思われると考え、彼女はそのまま何ともない風に眼前の光景を眺める。

 

 と、その時だ。レインは自分が濡れ始めている事に気付いた。

 

(……ま、こんなもの見てるからでしょうね)

 

 体の自然な反応だ。そうレインは片付けた。

 

 この時は、である。

 

 実は、それはラボ内に散布されているナノマシンによるものとは思わなかったのだ。オータムが既にやられてしまっている、束特製のナノマシン。それは一夏に投与されたものを参考に作られたもので、主な効果は雌としての本能を強くする事。つまり、生存本能の強化である。それがどういう効果をレインに及ぼすかと言えば、フォルテという同性の恋人を持つ彼女でさえ一夏のペニスを見て、あの逞しいペニスを持つ雄の子が欲しい、産みたいと本能で思わせてしまうという事だ。

 

 それも、すぐにではない。ゆっくりとそれが違和感なく思うようにだ。毒は即効性では効果が弱い。遅行性こそが効果が強いのである。故にレインもオータム同様、この時は一夏の事をどうとも思っていなかった。

 

「んああっ! 一夏さんのオチンポ硬いですっ! オマンコの奥までズッポリ入って子宮をゴンゴンノックしてくれてるぅ! 私をお母さんにしようとしてくれてますっ!」

 

 一夏の上に跨り、嬉しそうな雌の顔を見せて腰を振るクロエ。その豹変ぶりにレインは言葉がなかった。思わず唾を飲む程、その様は淫らで、とても気持ち良さそうだったのだ。

 

「クロエ、そのまま好きなだけチンポ味わっていいからな? 出して欲しくなったら言ってくれ。たっぷり種付けてやるから」

「ふぁ~い、わかりましたぁ……」

 

 蕩けた表情で答えて、クロエは腰を前後させる。一夏のペニスが膣内を蹂躙し、心地良い快楽をクロエに与える。そんな中、束は一夏のナノマシン改造を終えていた。今は別の事を調べている。そう、オータムとレインの反応だ。

 

「ふーん……新人さんは反応自体は上々だね。あっちは……うん、もう崖っぷちまでまっしぐらかぁ」

 

 体が若くそういう意味で適齢期なレインは本能からの反応が良く、毎日のように見せられている一夏とクロエの濃厚セックスで眠らせていた性欲に火が点いたオータムは、完堕ちまで時間の問題と言える状態。それらをナノマシンからのバイタルデータで理解し、束は一夏の方へ視線を向ける。

 

「いっくん、今日は一度目はくーちゃんの中で、二度目は外へ出してくれる?」

「いいけど、ここ汚れないか?」

「いーのいーの。今日からお掃除してくれるの二人になったから」

「……ま、束がそう言うんなら」

 

 レインもいるので若干迷ったものの、ラボの責任者が望んでいるので了承する一夏。束は一夏の射精量とその匂いなどを感じ取る事でどのような反応を見せるのか興味があったのだ。

 

 こうして束の願いどおり、一夏は二度目の射精を外へと向かって行った。その精液はオータムとレインにかからんとする程の飛距離を出し、ラボの床へと飛び散った。瞬間、すぐに漂う濃く強い雄の匂い。その淫臭にオータムとレインは同時に体を抱き締めた。

 

(な、何だっ!? この感じ……あそこが……疼くっ!)

(ああっ! こ、この匂いダメ! 好きじゃないはずなのに、嫌な匂いのはずなのに……どうしてこんなに嗅いでしまうのぉ!)

 

 目の前で見ていた力強いセックスと、そこで見せられた一夏の生殖能力。それらが本能で彼女達へ告げていたのだ。この雄は凄い、この雄の子を産まなければ、と。

 そう、束でさえ抗えなかった生物としての本能。それにオータムやレインが抗えるはずはなかった。ただ、屈服するまでにかかる時間が異なるぐらいである。

 

 そして今回束が一夏にさせた行為は、二人の雌としての本能を一気に活性化させる効果をもっていた。

 

 クロエが献身的に一夏のペニスを綺麗にする中、オータムは軽く絶頂し、レインは絶頂こそしなかったもののその場で悶えて転がりたい程の快感を得ていたのだ。

 

「うん、こんなもんかな? くーちゃん、掃除はあの子達に任せてちょっとお散歩しよーか」

「っは……いいのですか?」

「うん。いっくん、工作室ってとこ案内して? もしくはちーちゃんとこ」

「いいですけど……」

「じゃ、まずは汗を流してきて。束さんは外で待っててあげるから」

 

 首を傾げながらクロエと共にシャワーへと向かう一夏。それを見送り、束はどこか楽しそうにオータム達へ顔を向けた。

 

「じゃ、ちょっと留守にするから掃除とお留守番よろしく~。あ、そうそう。新人さんも来たから教えておくね。束さんがいない時はこのラボってシャワー以外全部監視してるから。じゃあね~」

 

 手元で何か操作し、束は意気揚々とラボを後にする。やがて一夏とクロエも汗を流して出て行った。残されたのはオータムとレインのみ。

 

「……掃除、私がやっておきます」

「いいのか? 悪いな。道具とかはそこだ」

 

 レインの言動に疑いもせず、ただオータムはぼんやりとシャワーへ行きたい一心で動いていた。もう、束の言葉が罠でも構わないと、そう思って。

 フラフラとシャワーへ向かうオータムを見送り、レインは誰もいなくなった室内で掃除道具を用意するや、雑巾で床を拭く―――振りをして精液の匂いを嗅いだ。

 

「はぁぁぁぁっ……この匂い、臭いし気持ち悪いし最悪なのに、最悪なのにぃ……」

 

 今まで女の園で育ち、男を遠ざけてきたレイン。そこへきての強烈で凄まじい雄の匂いである。ナノマシンの影響もあり、彼女は目覚めてしまったのだ。所謂匂いフェチというものに。

 おそらく、これまでのレインの生き方としてセシリア以上に男を遠ざけてきた事が影響しているのかもしれない。遠ざけ、下に見るどころか相手にさえしてこなかった存在。その男に負け、凄さを見せつけられ、本能との協力攻撃によって強い衝動を与えられた。その一番の象徴が雄の匂いだったのだろう。

 

「……片付けよう」

 

 このままでは自分が自分でなくなる気がする。そう判断したレインだったが、その動きはどうしても鈍い。そうやってレインが一夏の精臭に意識を向けまいと抗っている頃、オータムと言えば……

 

「ああっ……あのデカいのであたしの奥をガンガン突いてくれよぉ……。こんな気持ち初めてなんだ。くそっ、本気でどうしちまったんだ、あたしはぁ……」

 

 本能と理性のせめぎ合いの中で自慰に耽っていた。これまでただひたすらに禁じていた性欲の発散。それを遂にしてしまった事でオータムの侵食度合は一気に進んでいく。

 

「ごめん、スコール……あたし、もしかしたらあんたを……ああっ!」

 

 愛する存在を思い出すと同時に一夏のペニスと精液の匂いまでも思い出して、オータムは絶頂しそうになる。一旦冷静になるべきと自制を促す理性と、もっと貪欲に快楽を貪れと唆す本能。その二つの声に苛まれるオータムだったが、そこで彼女の中で何かが囁く。

 

 こんな事出来るのは今ぐらいしかない、と。

 

 その淫魔の声に背中を押されてオータムは今まで意図して触ってこなかった部分へその指を動かす。そこは、陰核の裏側の少し上。そう……

 

「っ!? んああああああっ!」

 

 Gスポットと呼ばれる場所であった。今までの溜まった色々な物を吐き出すように叫ぶオータム。その頭の中にスコールの事はなかった。あったのは、雄々しく反り返る逞しいペニスが勢いよく射精している様だった。

 

―――あれで突かれたら、どんだけ気持ちいいんだろうな……?

 

 千冬が必死に抗って尚侵蝕を止めるどころか防ぐ事さえ出来ない毒。それにオータムが出来る事はないに等しいと言えた。雌伏の時が至福の時になるのは、意外と早いのかもしれない……。

 

 

 

 放課後となり、一夏達がアリーナで自主練習を始めた頃、千冬は束と二人で話をしていた。他ならぬ束からの頼みで、である。

 

「それで、一体何の用だ?」

「ちーちゃん、お腹の熱の方はどう?」

 

 単刀直入。文字通りにいきなり本題へ切り込む切り返しだった。あの千冬が一瞬ではあるが息を呑んだ事からもその切れ味が鋭い事が分かる。束はそんな反応にニコニコとしている表情を変えなかった。

 少しの間その場に沈黙が流れる。どう言ってくるのかと待つ束と、どうすればいいのかと迷う千冬という二人の間に。

 

(さてさて、ちーちゃんはどう出るかな?)

(束の奴は私のこれを知っている、という事か。……監視? あるいは盗聴? いや、それならもっと具体的に言ってくるはずだ。であれば、こうなっている事だけを知っているのか……?)

 

 千冬がどう出てもいい束と、束が自分の体の状態を一部把握していると読んで考え込む千冬。会話の主導権は束が握っていると言っても良かった。

 

「……どうしてそれをお前が知っている?」

「あー、そうくるんだぁ。さっすがちーちゃん」

「いいから早く答えろ」

「は~い。えっと、実は束さんも夏ぐらいまでそんな感じだったんだ」

「っ!? どういう意味だ」

「言ったままの意味。束さんはもうその熱を鎮火してもらったんだよ」

 

 千冬にとっては驚きの、束にとっては何て事ない告白だった。二人の視線が交差する。だが、今度は沈黙が訪れる事はなかった。

 

「一夏は、お前と男女の仲になったと言うのか?」

「そだね」

「……そうか。少々複雑ではあるが」

「で、いっくんはちーちゃんを超えたいって思ってる。そうなった時、いっくんがどうするかは束さんにも予想出来ないんだよね~」

 

 遮って告げられた仮定は千冬の中で眠る熱を起こすのに十分な火種だった。それでもその熱を鎮めようと凄まじい精神力を発揮して抑え込む千冬だったが、それを嘲笑うように束がこう続けるのだ。

 

「今度は自分がちーちゃんを守りたい。それがいっくんの目標なんだって」

「っ!?」

 

 キュン、と千冬の心が高鳴る。今まで誰一人として彼女へ守るなどと言った男性はいない。もしいたとしても、千冬が守られる側になどなれるはずもなかった。誰よりも強い力と能力を持ち、ISという道具を使っても並ぶ者さえいなかったのだ。

 その彼女がずっと守り続けてきた存在こそが一夏である。その一夏が、守られていた存在が、千冬を守りたいと言っている事。それは千冬にとって初めての言葉であり、また初めての経験でもあった。

 

「ちーちゃん、いっくんはちーちゃんと同じ条件で超えたいって、勝ちたいって言ってるんだ」

「同じ条件、か」

「そ。だから、今束さんがいっくんのと同じISを製作中なんだ。あ、暮桜がいいならそっちでもいいけど」

「……お前は相変わらず、いや……変わった、な」

 

 意見の押し付けをしなくなった事。誰かの希望を聞いてそれに即した行動を取る事。それらはかつての束であれば取らなかったであろう事だ。あの臨海学校で感じ取った束の変化。そこから更に成長している事を感じ取り、千冬は思う。男女愛とは、そこまで人を変えてしまうのかと。

 

 年月の流れを感じて、小さく笑う千冬を束も微笑みながら見つめる。そして千冬の中で答えは決まった。

 

「あいつが同条件にこだわるのならそうしてやってくれ。いや、そうしてやってほしい」

「分かった。用意しとくね、ちーちゃん専用機」

「ああ、頼む」

 

 それは、懐かしくもあり新鮮でもあった。千冬と束の会話で互いに笑みを浮かべたままで終わった時など、あったようでなかったからだ。大抵千冬が頭を抱えたり、あるいは怒ったり呆れたりとしていた。そんな記憶を互いに呼び起こしながら、二人は苦笑し合った。

 

「何を思い出した?」

「ちーちゃんこそ」

 

 こんなやり取りさえ、初めてだ。そう感じて二人は声を上げて笑い出した。ああ、こんなにも簡単な事だったのかと。こんなにも楽しいものだったのかと。会話とは、かくも心を弾ませてくれるものだったのだなと、そう実感しながら二人は笑った。

 

 気付けば涙が流れていた。それは、もっと早くこうなりたかったという悲しみの涙か。それとも、やっとこうなれたという、喜びの涙か。それは二人にも分からない。

 

「あははっ……ね、ちーちゃん」

「ん?」

「初めて会った時の事、覚えてる?」

「忘れるはずがないだろう。あんなに衝撃的な出会いは後にも先にもお前ぐらいだったからな」

 

 そうして幼馴染である二人が昔話に花を咲かせようとしていた頃、一夏は楯無に思わぬ手段を講じられて追い詰められていた。

 

「くそ……楯無さんがどこにいるか分からない……」

 

 視界を霧で塞がれ、周囲を警戒する一夏。楯無の匂いで居場所を突き止める方法は、何故か出来ないでいた。いや、正確には邪魔されていたのだ。

 

「まさか、楯無さんが香水を使ってくるなんて……っ!」

 

 そう、楯無は霧の中に香水をばらまいたのだ。それも一種類ではなく何種類もの。自分自身へは香水を使わない事で一夏の嗅覚を鈍らせたのである。いくら一夏が匂いに敏感と言っても、それはある程度慣れてくる必要がある。もしくは、慣れた匂いの中に慣れない匂いが一つあるだろうか。

 今、楯無がやっているのはその逆である。一夏の周囲を慣れない匂いで包み、慣れている匂いを嗅ぎ取れないようにしていたのだ。強い匂いで一夏の嗅覚を騙してしまっているのである。

 

(さて、今回は悪いけど仕留めさせてもらうわ)

 

 声も出さず、静かに楯無は狩りをする雌ライオンの如き雰囲気で準備を始める。それは、ミストルティンの槍と呼ばれる必殺攻撃。攻防に使用しているナノマシンを攻撃へ集中させる捨て身の攻撃であり、故に威力はまさしく必殺。だが、普通に使ったのでは一夏に準備が整う前にばれてしまう。

 

「……ここっ!」

「くっ! 霧が爆発したかっ!」

 

 陽動としてのクリア・パッションを使い、一夏の注意をそちらへ向けさせる。一夏の意識が陽動を本命と誤認するように、だ。そしてその時は訪れる。

 

 一夏の周囲の霧が減る事で匂いが薄まった事と楯無を守っていた水の守りがなくなっていく事で、彼の嗅覚がやっと彼女の位置を捉えたのだ。だが、それはもう既に一手遅かった。

 

 楯無の位置を一夏が把握し攻撃を仕掛けようとした時には、もう彼女の手にはミストルティンの槍が出現しており、その穂先は彼の胸を貫かんばかりに捉えていたのだから。

 

「試合終了、でいいかな?」

「……はい」

 

 まだ若干だが白式にエネルギーは残っている。それでも一夏が負けを認める理由。それは千冬のISが持つ単一仕様能力にある。そう、零落白夜なのだ。故に仮想千冬を考える上で相手からの被弾は命取り。しかもそれが得意技や奥の手であれば尚の事。だから一夏は負けを認めた。

 

 この仮想千冬としての試合は一夏の敗北が続いている。言ってしまえば、これまでは平気だったかすり傷がダメなのだ。シールドが発動した瞬間に零落白夜発動と考えると、一撃たりとも当たってはいけないとなるために。

 

 悔しげに戻ってくる一夏を見て鈴が一瞬だけ声を掛けるか迷うような表情を浮かべるも、すぐに普段の勝気な顔へ戻して彼へ近寄った。

 

「何しょげてんのよ。これぐらいで気持ちを萎えさせたら千冬さんに勝つなんて無理なんだから」

「ああ、分かってる。改めて超える壁の高さと厚さに気が遠くなりそうなだけだ」

 

 鈴の言葉の裏にある励まし。それに気付いて一夏は小さく笑みを返す。彼は見たのだ。鈴が一瞬浮かべた表情を。下手に優しい言葉をかけるより、普段の自分らしい言葉で奮起させよう。そう考えて鈴は声をかけてくれた。そう感じ取れるぐらい、今の一夏と鈴の間には強く深い絆があるのだ。

 

「だが、今回のような条件はまだ早いような気がするぞ。いくらきょ……先生が強いとはいえ、ISの実戦から離れて久しいはずだ。そこを考えれば、まずは一夏が言った通り我々を個人戦で必ず勝利出来るようになり、そこから今回の条件を課すべきだ。つまり、時期尚早という事だな」

「僕もラウラの意見に賛成。一夏の気持ちは分かるけど、簡単に越えられない壁だからこそじっくり挑むべきだと思う。まず一年生で個人戦で僕らに必ず勝てるようになる。二年生で一人で二人相手に勝てるようにする。三年生で今の条件で勝てるようになる。これぐらいでもいいんじゃない?」

 

 シャルの意見に箒達も同意するように頷いた。彼女達は知らないのだ。一夏が千冬へ抱いている想いの熱さと強さを。多くの女性と関係を持ち、それらを守りたいと思うようになった彼にとって、姉であり世界最強の存在である千冬はある意味で一番ものにしたい雌であったのだから。

 

(そうだな。そんな簡単に追いつけるはずもないし、急ぎ過ぎてみんなに心配させてもな)

 

 それでも、今は千冬より箒達が大切である。そう考えた雄と男の部分が落ち着けとばかりに息を吐かせた。

 

「分かった。もっと腰を据えて取り組まなきゃって事だな」

「そういう事ですわね。一夏さんは少々焦り過ぎかと」

「まぁ、無理もない。学園に来てから一夏は基本負けが先行していたからな。それが文化祭辺りから一気に化けた。一番は零落白矢の習得だろうが、ジンクスを破ったのも大きいだろう」

「ジンクス?」

 

 箒の発言に簪だけが首を傾げる。そう、この中で唯一楯無の敗北を知らないのだ。それも、二回連続でとは。箒達は一夏や楯無から聞いていたためにこの話に反応はしなかったが、当然簪は違った。

 

「俺、実は同じ相手との二戦目はいつも負けてたんだ。セシリア、鈴、ラウラって感じに」

「それが、文化祭の前後でやっと突破出来たのよ」

 

 どうしたものかと言った顔の一夏と、どこか吹っ切れているような楯無。そして小首を傾げる簪へ楯無はこう言い放つ。

 

「私相手に、ね」

 

 簪の思考が止まった。表情には驚きではなく信じられない事を聞いたからか無が浮かんでいる。やがて簪は意を決して口を開いた。

 

「どういう、事?」

「言ったままよ。私は一夏君と試合を二度やって、二度とも負けたの。一度目は完敗。二度目は惜敗」

「……嘘」

「本当なの。そして一度目の敗北は私が真実を見抜けなかったから負けたのよ。ま、言い訳にもならないけど」

 

 淡々と簪へ告げられる事実。楯無の声にも顔にも悔しさなどはなく、どこか清々している感さえあった。何故なら、その敗北で楯無は成長出来たからだ。それと、重圧からの解放も。だが、そんな事を知らない簪からすれば、今の楯無は自棄を起こしているように見えた。

 

「一夏君、本当なの?」

「逆に聞くけどさ、今のが嘘だとして、どうして楯無さんがそんな嘘を吐く理由がある?」

「それは……ないけど」

 

 冷静に返された言葉に簪は自分の中のもやっとした物を押しとどめた。そう、簪も分かっている。先程の話を一夏が言えばまだ嘘の可能性はあるが、楯無が言う時点でその可能性がない事を。それでも、やはり信じられなかったのだ。いや、信じたくなかったかもしれない。簪にとって、楯無はそういう存在だったのだから。

 

(お姉ちゃんが……負けた……)

 

 自分にとっての憧れの存在。いつか追いつきたいと願い、目指していた相手。それが、知らぬ間に負けていた。しかも、その相手は自分が初めて心惹かれた異性。

 簪の気持ちは複雑だった。姉の敗北を哀しむ一方で一夏の勝利を凄いと思っていたのだから。それでも簪は思い直す。一夏が楯無に勝てたのなら、自分にも勝機はあるのではないかと。

 

「一夏君、一つお願いがあるんだけど」

「いいぜ。じゃあ、明日の放課後な」

 

 簪の表情と雰囲気で全てを察して一夏は答える。それだけで良かった。今の二人に言葉はいらない。周囲も何も言わなかった。分かっているのだ。明日、一夏と簪が一対一で戦うのだと。それも、真剣勝負だ。今日のような条件ではなくどちらかのエネルギーがなくなるまで続行の。

 

 こうしてこの日の訓練は終わりを迎える。簪もいるためか箒達は簡単に汗を流して更衣室を出た。そしてそのまま彼女達はそれぞれの部屋へと戻る。一夏は女性達よりも早く更衣室を後にし自室へと戻っていると知っていたからだ。

 

 その証拠に、それから十分後には簪と楯無を除いた五人が一夏の部屋の前に揃っていた。とはいえ、実はそれは行為をするためではなく……

 

「一夏、そろそろ食堂に行くぞ」

「ああ、今行く」

 

 夕食の誘いであった。箒達を連れ立って一夏は食堂へと向かう。当然その後はいつもの流れだ。

 

「簪は、お前に勝って楯無さんを超えたいのだろうか?」

「多分俺の強さを確かめたいんだろ。今日のはそういう意味では条件付きだったし」

「全力の一夏を味わってみたい、かぁ。何かエッチに聞こえるね」

「シャルロットの頭の中がそうなってるからでしょうが」

 

 呆れるような鈴ではあるが、周囲は苦笑する以外ない。何しろ全員がこの食事の後の事で同じ事を考えているのだから。

 

 一方、真耶は千冬の異変に気付き出していた。束との会話ではっきり知った一夏の考え。それが彼女の中の熱を更に高くしたためである。ようするに平然と出来ないぐらいに千冬の体を蝕み始めたのだ。

 

「あ、あの、織斑先生? 大丈夫ですか?」

「……ええ、少し疲れが溜まっているだけです」

「それならいいんですけど……」

 

 真耶の目から見ても今の千冬は異常だった。呼吸は荒く、頬は紅潮し、何よりも目が時折虚ろになるのだ。それを真耶はよく見た事がある。一夏と事に及んでいる時の自分や箒達である。だが、さすがに真耶も千冬が発情しているとは思わない。いや、思いたくないだろうか。

 何しろ相手はかつての憧れの人であり、今は最愛の人の姉である。それが勤務中に発情しているなど普通ならば考えられない。しかも、千冬は世界最強と言われた唯一のブリュンヒルデなのだから。しかし、その千冬自身が気付いていた。このままでは不味い事になると。

 

「……申し訳ないですが、私は今日はこれで」

「あ、はい。気を付けて帰ってください」

「ええ」

 

 足早にその場を後にする千冬。その背を心配そうに見送りながら真耶はふと何かに気付いて顔を動かす。

 

「これは……」

 

 彼女が見たのは千冬の座席。そこには、何故か水滴のようなものが残っていたのだ。それから漂う匂いは、真耶もよく知るもの。そして、彼女が千冬の異常の内容を確信するには十分なものだった。

 

「…………織斑先生も、もしかして……」

 

 現役時代から浮いた噂の一つもなく、また異性からの誘いを全て素っ気無くあしらってきた千冬。その想い人などいるのだろうかと、真耶もそう思っていたがここにきてその全てを納得させる答えが彼女に浮かんだ。

 

―――義姉さんって、そう呼べるだけじゃなくて、お義姉様とも呼べるかも……。

 

 真耶にとってはとても甘く強い毒の味。だからこそ彼女はこの事を黙っておく事にした。まだ言うべきではない。そう直感で察して……。

 

 

 

 一夏と簪の対決は、簡単に言えば一夏の勝利で終わった。何も簪が弱かった訳ではない。姉妹揃って同じ負け方をしただけである。そう、零落白矢だ。

 これまでの戦いで一夏が使ってこなかったそれを直撃させられ、一撃で試合終了となった。彼が簪に見せてきたのは零落白夜での投擲であり、それに瞬時加速を加えた零落白矢ではない。そのため、簪は油断してしまったのだ。まさしく姉の忠告通りの負け方で。

 

「……お姉ちゃんが言ってたのは、こういう事だったんだ」

 

 アリーナに寝転がったままで簪はそう噛み締めるように呟いた。試合開始直後に一夏が距離を取った時、簪は何をするのだろうと思いながらならばと山嵐による攻撃を試みた。

 だが、それを一夏は誘っていたのだと今の彼女は分かる。彼は向かってくるミサイルを見るや、アリーナの端まで行くと床に足を付けたのだ、

 

―――これなら背後と下にミサイルはないっ!

 

 背面と下方からの攻撃を無くし、包囲を不完全にした一夏は雪片弐型でミサイルを横薙ぎに払って誘爆させたのだ。それで出来た炎と煙で簪の視界を塞ぎ、二段階の瞬時加速の速度を加えた零落白夜状態の雪片弐型を投擲したのである。

 簪からすれば、突然爆炎の中から一夏が現れたと思ったらやられていたに近い。そう、彼女の目が一夏を捉えた時には既にその手には雪片弐型は無かったのだから。

 

「簪、これで納得してくれたか? 俺が楯無さんに勝てた事」

「……うん。一夏君の奥の手、凄かった。きっとお姉ちゃんもあれで負けたんだよね? ……やっぱり」

 

 無言で頷く一夏に苦笑する簪。楯無と簪の違いは一夏の行動に対して見に回ったか回らなかったか。ただ、簪の場合はそれだけでは足りなかった。一夏へ射撃攻撃をしたまでは良かったが、一番の決め手である山嵐を使ってしまったのがいけなかったのだ。

 それも仕方ない部分はある。コンビを組んでいたからこそ、一夏を仕留めるには山嵐しかないと思ったのだ。そして、それを一夏も察していたからこそ零落白矢の障害となる山嵐を先に使用させたという訳である。

 

「でも、二戦目はさっきのが使えなかった。それだけじゃない。楯無さんは俺の白式に予想外の事がなかったら勝ってた」

「予想外?」

「その、変化したんだ。白式は元々こういう感じじゃなかったんだよ」

「ISが、変化……?」

 

 そこで簪の体がゆっくりと起き上がる。彼女はまじまじと白式を見つめた。その形状を記憶し、すぐさまどこかへ通信を入れ始める。相手はクロエだった。

 

「クロエさん、もしあったらだけど、白式の一番古いデータ見せてくれませんか?」

『つまり、変化前の状態が見たいのですね。分かりました』

 

 その受け答えだけでも裏付けと言えたが、実際に見るまで簪はまだ分からないと思ってクロエからのデータ送信を待つ。それは思っていたよりも早く来た。そこに表示されたデータにあるスラスターの推力などは、簪が知る白式よりも当然ながら低い。更に、その形状なども異なっていたために彼女も受け入れる事としたのだ。

 

 ISが変化するという、異常事態を。

 

『これでよろしかったでしょうか?』

「あ、はい……ありがとうございます」

『いえ。では、これで失礼します』

 

 クロエへ礼を述べ、簪は力なく項垂れる。一夏に負けた事よりも変化するISという物の方が彼女には衝撃だった。それでもいつまでも項垂れたままでいないのが今の簪である。

 

「一夏君、もっと詳しい話を聞かせてくれる? その、白式が変化した時の話を」

「分かった。まぁ、似たような事を束さんにもしたんだけどな。じゃ、とりあえず着替えようぜ」

「うん」

 

 今日は訓練なしで簪との試合だけが放課後の予定だった。そのため、彼としては楯無を抱きたかったのだが、簪の申し出を受けた以上そちらを優先しようと思っていた。ただ、多少のフォローは必要と思って、箒達と少しだけ話があると簪だけを先に更衣室へ行かせたが。

 

「どうした? 何故簪を先に?」

「その、白式の変化について話を聞かせて欲しいって言われてさ」

「そういう事ね。だから私達へお詫びとして何かしてくれるのかしら?」

「ああ。エロい事じゃないので、な」

 

 一夏の告げた意味に箒達が嬉しそうに微笑む。彼女達もいつも性行為ばかりは望んでいないのだ。時には、そういう性的なやり取りではない時間も欲しいもの。特に楯無にはそういう時間は皆無と言っていい。きっと、これが一夏が彼女達に好かれ続ける理由の一つなのだろう。

 性的な交わりだけにするのではなく、精神的な交わりのみの時間も設ける。それも、求められるからではなく自分から求める事で彼女達に”体だけが欲しいのではない”と安心感を与える事となるのだ。

 

「なら、楯無さんからどうぞ。私達はこれまでにデートなどをしていますから」

「いいの?」

「ま、この中じゃ一番一夏との時間少ないもんね。あたしも異議なし」

「私もですわ。楯無さん、二人きりでの甘い一時をどうぞ」

「遠慮はいらない。私達はまたの機会にもらうだけだ」

「そうそう。僕らに構わずに」

「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えるわ」

 

 箒達の言葉にどこかハニカミながらも楯無は一夏へ悪戯めいた笑みを向ける。

 

「お姉さん、デートしたいな。出来れば、王道な感じで」

「分かった。土曜、空けといてくれ」

「うん。……やだ、どうしよ? これだけで顔がにやけそう」

 

 生まれて初めてのデート。それも、おそらく泊まり。そう考えて楯無は両頬を手で押さえて微笑む。その愛らしさに一夏だけでなく箒達も笑顔を見せた。日曜に関しては一夏がクロエを連れ出してやりたいと告げ、箒達もそれに同意した事で話は終わる。

 だが、その代わり今夜から真耶の後は二人きりで性行為なしの夜を過ごす事となった。まずは鈴、翌日がセシリアである。これは違うクラスである鈴が一年生組の中では時間が少ない事と、周囲を気にせず接触出来るラウラと、それに上手く同行したり嗜める振りで追随するシャルに対して、セシリアが時間が少ない事への配慮であった。

 

 箒達との話し合いを終え、急いで汗を流した一夏は通路で待っていた簪と共に移動開始。何と向かうは彼女の部屋である。

 

「本当にいいのか?」

「う、うん。それに、一夏君に見てもらいたいものがあったし」

「俺に?」

 

 簪の部屋へ向かう途中での会話。何と簪は一人で部屋を使っているので、かなり人を選ぶ状態となっている。つまりはオタク部屋という事なのだが、簪はそれをそれとなくしか一夏へ言えないでいた。それでも一夏は嫌悪感や忌避感などを見せる事なく、むしろ楽しみだと返して簪を安心させていた。

 

「ほ、ホントに気にしない?」

「ああ。だって簪の好きな物なんだろ? 例えそれがどんな物でも嫌がったりしないさ。もし俺がそんな事したら箒達へ言ってくれていい。俺も言えない事の一つや二つあるからな。なら、自分はよくて人はダメなんて器の小さい男になりたくないんだ」

「一夏君……」

 

 どこまでも男らしさを求める一夏に簪は心をときめかせていく。その在り方に彼女の好きなヒーロー像を重ねて。と、そこで感じる匂いがあった。それこそ一夏のフェロモン。簪の恋心の成長と共に強く感じていく、雄の魅力である。

 

(この匂い……やっぱり一夏君の匂いなんだ。私、この匂い好き……)

 

 どこか惚けたような表情を見せながら歩く簪。一夏はそんな彼女に気付く事なく歩みを進める。やがて二人は簪の部屋まで辿り着く。ドアを開けて簪が先に入室し、ややあってから一夏がその中へと入る。

 

「お~っ……」

 

 そこは、まさしく趣味の世界だった。様々なポスターやDVDなどが並び、完全に簪だけの部屋となっていたのである。一夏の反応が好意的である事に簪は安堵しつつ、いそいそと見せようと思っていたヒーロー物のディスクを準備し始めた。

 

「い、一夏君は最近そういうの好きになったんだよね? な、何か気になる物とかある?」

「そうだなぁ……そういう意味で言えば、幼馴染以外で女性の部屋入るの初めてだって事ぐらいだな」

「そ、そうなの?」

 

 意外だ。そんな感想が声に滲んでいた。無理もないだろう。何せ一夏と箒達の関係性は傍から見ている簪にも分かるぐらい近しいのだ。ならとっくに部屋へ入れる事もあったはず。そんな想像をしていてもおかしくはない。

 

「そうなんだって。しかも、入った事があるのも小学生の頃に箒の部屋だからな。今から十年近く前だぜ?」

「……今は?」

「今? ないない。だって、みんな相部屋だろ? ラウラとシャルは同部屋だけど、箒達は相手もいるし俺が気軽に入れる場所じゃないって」

 

 忘れがちだが一夏はちゃんとした常識や良識は持ち合わせている。いくら男女の関係になったからといってルームシェア相手がいる以上、そこへ顔を出す事はしない。男と違い女性はそういう部分を気にする事を分かっているからだ。

 

「そう、なんだ。私が、一夏君にとっては学園で初めて部屋へ入れた女子?」

「そうなるな。だから今地味に嬉しいのと動揺が一緒になってる。変な事言ったりしたらごめんな」

「だ、大丈夫。私も今同じような感じだから」

 

 付き合い始めた恋人同士か、あるいは互いを意識している学生カップルか。そんな雰囲気の会話ではあるが、一夏は平然としていて簪がやや顔が赤いという差があるので、ここは一夏の方がやや大人なのかもしれない。

 そんな会話の後、一夏が白式が変化した時の事を話し始めた。その内容は簪にとっては、ヒーローが強敵に敗北しそうになった時に起こすパワーアップにしか聞こえなかった。しかも、それまでのジンクスやセオリーを覆すのだから尚の事だろう。

 

 特に簪がそういう事を強く意識したのは、やはり何といってもISが想いに応えて変化したという一点に尽きる。そんな話はこれまで一度たりとも聞いた事がなかったのだ。

 

「っと、こんなとこだ。何か参考になったか?」

「……うん、なった。ありがとう、一夏君」

 

 噛み締めるように返す簪。その眼差しは一夏の事をより一層熱っぽく見つめるようになっている。

 

(本当に、一夏君はヒーローみたいだ。ううん、ヒーローしてる。この人は、きっと見も知らない人でも危険に晒されてたら助けようとする人だ……)

 

 幼い頃から抱いていた想い。その憧れを体現したような存在。それが自分を相棒として選んでくれた。そして、ただ支えるのではなく支え合って欲しいと言ってくれた事。それらが簪の中で一夏への想いとなって大きく、強くなっていく。

 

「それなら良かった。で、一体何を準備してたんだ?」

「あ、えっと、見てもらいたい作品があってね」

 

 こうして始まる上映会。その内容に一夏は無言で見入った。内容はよくあるヒーロー物。違いがあるとすれば、それはヒーローが望まない人ならざる力を手にしなければならなかった事だろうか。その理由は、死にたくないから。

 だが、そのすぐ後にヒーローは知る。自分が使いたくないと思う力を強い意志で使わないと流れる涙がある事を。故に彼は決意する。その力を自らの意思で振るう事を。その理由は他でもない”みんなの笑顔”のために。

 

「ど、どうかな?」

 

 導入である二話までを見せて簪は一夏へ感想を尋ねた。彼は、ただ黙って画面を見つめている。その横顔は凛々しく、簪が思わず息を呑む程だ。

 

「これ、俺に見せようと思ったのはどうしてか聞いてもいいか?」

「えっと……何となくね、一夏君が目指したいのはこういう在り方なんじゃないかなって」

「在り方……」

「うん。本当はISなんか使えなくていい。でも、使う以上はそれを誰かのために、みんなのために使いたい。例えそれがどれだけ自分を苦しめて、辛い想いをする事になってもいいから」

「……簪」

 

 それは、ヒーローが好きな簪ならではの視点だった。一夏は望んでISが使えるようになった訳ではない。だけど、それから逃げる事をせずIS学園へ来た。そこで、その力を誰よりも強くしたいと願うようになった。その理由を簪は初めて出会った時に触れた。故に思ったのだ。彼は、力に固執はしないのだろうと。彼が固執するとすれば、それは自分の言動の結果だと。

 

「それが、一夏君にとって最終的に笑顔になれる事だと思ってるんじゃないかなって」

 

 その簪の笑みが一夏には眩しかった。今、彼は実の姉を事もあろうか抱きたいと思っているのだ。それはとてもではないが簪に憧れられる在り方ではない。更に箒達複数の女性と肉体関係を持っている。簪の純粋な眼差しを向けてもらっていいような人間ではないと、そう一夏は思って静かに首を横に振った。

 

「違うんだ。簪、俺はそんな立派な人間じゃない」

「え?」

「俺は、箒達と付き合ってる。勿論男女って意味だ。その、あまり人に言えないような事もしてる」

 

 その発言を簪は信じた。ただ、人に言えないという意味を正しくは受け取っていなかった。彼女は性的関係を持って、密かにセックスをしているのだと考えたのだ。それは間違ってはいない。ただ、一夏の言った言葉が本当に人に言えない事をしているとは思わなかった。

 

「黙って?」

「いや、箒達は納得してくれてる。俺の馬鹿げた、それでいてワガママな考えと生き方を応援もしてくれてるんだ。だから、俺はちっとも」

「何人いるの? 篠ノ之さん達って、五人?」

「いや、もっとだ。全部で九人」

「きゅっ!?」

 

 絶句。予想以上の人数に簪の目が見開いた。それだけの関係を持ちながら、彼女達に理解ではなく納得させている。それが意味する事を簪もぼんやりとではあるが察して顔を真っ赤にした。

 

「幻滅したか? それとも呆れたか? 俺は、簪が思ってるような立派な奴じゃない。さっきのヒーローみたいな強くて優しい人間でもないよ。俺は、俺の大切な人達を守る事しか考えてない。みんなの笑顔なんて、そんな大きなものは守れないし守るつもりもない」

「一夏君……」

「俺をヒーローみたいだって、そう思ってくれたのは嬉しい。だけど、俺はそんな大層な人間じゃないんだ。欲深くて醜い、ただの男なんだよ」

 

 そう告げる一夏の表情は、どこか申し訳なさそうに簪には見えた。と、そこでふと簪は考える。一夏の告げた関係を持つ女性の数は九人。では、箒達五人以外の四人は誰かと。一人はクロエが浮かぶ。これは間違いないと見ていい。もう一人は束だろうかと予想し、これも納得する。何せ元々規格外の生き方と考え方をしている女性である。なら、一夫多妻を許容しても不思議はない。

 

 さて、では残る二人である。と、そこで簪が思い出すのはコンビ戦の訓練。あの時、一夏はあろう事か真耶を連れてきた。教師としての仕事で忙しいであろう彼女を、である。

 

(まさか……山田先生も?)

 

 そう考えれば一夏の頼みを聞いたのも納得がいく。そう判断し、残るは一人だ。そして、そうなった時簪の脳裏に浮かぶのは一人しかいなかった。一夏の周囲にいて、一夫多妻の関係を受け入れる要素や要因がありそうな人物。

 

「一夏君、もしかして、その、お姉ちゃんも……?」

「……ああ、そうだよ。楯無さんも、俺の事を想ってくれてる」

 

 誤魔化すという選択肢もあった。それでも、どこまでも向き合ってくれる相手には誠実に対応するのが一夏である。その彼の答えに簪は驚きつつも、どこかで納得してしまったのだ。姉が敗北した相手である一夏へ興味を抱き、そこで彼の人柄に触れて惹かれていったのではないかと。

 

 そう、自分のように。

 

「……後は、クロエさんや篠ノ之博士も?」

 

 無言で頷く一夏。もうそこまで分かれば簪に迷いはなかった。彼女の頭の中に、ある一つの言葉が浮かんでいたのである。英雄、色を好む。英雄とは英語で言えばヒーローだ。やはり一夏はそういう意味でヒーローだった。そう思って簪は小さく笑って息を吐いた。

 

「どうした?」

「うん、やっぱり一夏君はヒーローなんだって」

「は?」

「中国の故事にこういう言葉があるの。英雄、色を好むって。色は女性の事。一夏君は大勢の女の人とえ、エッチな事してるんでしょ? だからヒーロー」

「いや、たしかに英雄ってヒーローって言うけど簪の好きなのとは……」

「いいの。私にとっては、一夏君は十分ヒーローだったんだから」

 

 噛み締めるような簪の言葉に一夏は何も言わなかった。かつての千冬をそう感じたように、簪も自分をそういう存在と思ってくれた事を否定する気はなかったからだ。

 

 押し黙った一夏を簪は見つめ続ける。その瞳は潤んでいた。悲しみからのではない。彼女の瞳を揺らすものの正体。それは、感謝だったのだから。

 一夏が話した内容が誰にでも言えるものではない事を簪は分かっている。それは裏を返せば彼女へは話してもいいと一夏が判断したと言える。それは何故か? 簪を信頼したから? それもある。嘘を吐きたくなかった? それもあるだろう。

 

 だが、一番は一夏自身が簪の気持ちを裏切った事を気にしていたからだ。簪からの期待や憧れを裏切るのならば、せめて全てを告げよう。その一夏の気持ちが簪の心に刺さった。どこまでも自分を見つめ、真摯に対応してくれた、彼の行動が。

 

「一夏君、一つ聞かせてくれる?」

「何だ?」

「九って、あまり縁起良くないよね」

「……そうだな」

「十って、キリが良くていいと思わない?」

「…………そう、かもな」

 

 ここまで来れば一夏も分かる。簪が何を言おうとしているか。だからこそ彼は大きく深呼吸をした。それで簪も察する。一夏が自分へ何か言おうとしていると。

 

「簪、俺、お前が思ってる以上にスケベでエロで獣だぞ?」

「わ、私、経験ないから。だから、そう言われてもわ、分からないし……」

「毎日エッチしたいって言う奴だ」

「お、男の子ってそういうものって聞くよ」

「……初めての相手にも優しく出来ないかもしれない」

「出来ないかも、なら、いい……よ? でも、出来れば優しくして欲しい」

 

 互いに目を逸らす事無く言葉を交わす。その真剣な眼差しを向け合い、しばしの間沈黙が流れる。やがて一夏が眼差しを柔らかくして笑みを見せる。その表情に簪が思わず胸を高鳴らせた。

 

「分かった。簪、ありがとう。その、絶対俺がみんなを守るから。それと、出来るだけ幸せにしてみせる」

「……うん、約束だよ?」

「ああ、約束する。簪、俺の嫁になってくれ」

「っ……一夏君っ!」

「っと……」

 

 抱き着いてきた簪を受け止め、一夏はその体を優しく抱き締める。その心音を聞きながら彼は耳元へ囁いた。

 

―――いつまでも、お前のヒーローで在り続けるよ。

 

 その瞬間、簪の中で大きな熱が生まれる。恋は実り、愛へと変わった事で生まれた熱である。密かに始まった自慰による燻りが一気に開花した事もあり、簪は自分の体を押し付けるように一夏へとしがみつく。それが何を意味するかを一夏も察したのか、小さく笑みを浮かべてこう続ける。

 

「簪、少しだけ離れてくれないか?」

 

 どこか笑いながらの声。好ましく思っての声に簪もある事を察する。そして顔を赤くしながら力を抜いて一夏から体を離した。見つめ合う二人。それもすぐにどちらともなく目を閉じて顔を近付ける。

 

「……一夏君」

「可愛いぜ、簪。俺、本当に幸せだ……」

「んっ……」

 

 再度重なる唇。簪はその温もりを離したくないとばかりに抱き締める。と、そこで彼女は目を見開いた。舌が入ってきたのだ。それでも一夏に応えるように舌を拙いでも絡めていく。

 

(一夏君の、味がする。私の味もするのかな?)

(甘い味がする。簪もやっぱ甘いんだな。女ってみんなこうなのかもしれない……)

 

 二人は夢中になって舌を絡め、互いの唾液を啜り合う。離れた時には二人の間に透明な糸が出来た程だ。そして、その互いを見つめる瞳は熱を宿していた。相手ともっと求め合いたいという声を伝えるように。

 

 だが、そこで一夏はふと思い出す事があった。

 

(真耶との約束があったな……)

 

 ここで簪と事に及べば真耶との約束に遅れるのは必至である。連絡を入れて断るのもいいが、簪の性格を考えると一気に関係を進めるのは良くない気もしていた。結果、一夏はここで踏み止まる事を決める。勿論彼は勃起しているし、ナノマシンもフル稼働している。それでも、彼は真耶への想いと簪の事を考えて自分へストップをかけたのだ。

 

「簪、今日はここでお暇するよ」

「え?」

「その、簪の部屋で初めてをって言うのは凄く心惹かれるけど、明日も学校があるだろ? それに、簪とそういう事をするなら、ちゃんとしたデートとかしたいんだ」

 

 照れくさそうに告げる一夏。その彼の言葉に簪は燃え盛る炎を静かに鎮めていく。何も冷めたのではない。むしろ逆だ。性欲よりも愛情が勝ったのである。彼女には見えたのだ。一夏の股間が盛り上がっているのを。それなのにそう言い出した事。その裏にある自分への配慮と本心が簪の心を打ったのだから。

 

「分かった。一夏君の言葉に甘えるね。その、楽しみにしてる」

「……ああ」

 

 最後にもう一度だけキスをして、簪は一夏を見送った。そして彼が部屋を出た直後、簪は恥ずかしそうに着替えなどを手にシャワーへと向かう。

 

「こんなになってる……」

 

 愛液を含んで重くなった下着を眺め、簪は顔を真っ赤にする。その日の自慰行為は、とても盛り上がった。そう……

 

「一夏君……一夏君っ! ああっ!」

 

 ディープキスの感覚やその際の様々な事を思い出し、自覚して受け入れてしまった愛情が簪の中の快感を底上げしたために。

 

 更識簪。ヒーローに憧れていた少女は、ヒロインとなってそのヒーローと結ばれようとしていた……。




オータムに一夏の女フラグが立ちました。レインに一夏の匂いフェチフラグが立ちました。簪の完堕ちフラグが立ちました。

更識姉妹丼フラグが成立しました。
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