ただ、彼女達二人が相手するのは……。
その日、一夏達は束にラボへ呼び出された。あの大乱交から数日後の事である。
「束、一体何だ? これだけの人数を呼び出すなんて」
「そうだぞ姉さん。ここは狭いからこれだけの人数を収容するのは」
「仕方ないじゃん。ここ以外だと色々問題になるんだもん」
完全にラボの中がキャパシティオーバーとなっている事に一夏と箒が苦い顔をする。他の者達も苦笑したり嫌そうな顔をしたりと似たようなものだ。ただ、ラウラとクロエは平然としていたが。
「問題とは何ですの?」
「まさか、盗聴?」
「は? それが事実か否かは置いておいて、何でそんな事を心配するのよ?」
セシリアとシャルの言葉で鈴が導き出した疑問。それに楯無が真剣な面持ちで束へ問うた。
「亡国機業、絡みですね?」
「なっちゃんせいかーい。ま、だいじょーぶだとは思ったんだけど、念には念をってね」
「ぼ、亡国機業絡み? まさか、オータムが私達へ情報提供した事がバレたんですか?」
慌てて束へ詰め寄ろうとする真耶だが、その腕をオータムが掴んだ。
「バレたんじゃない。むしろこっちからバラしたんだ」
「……そういう事か。博士、相手を釣り出したんですね」
「かんちゃんもせいかーい。あきちゃんの話で、向こうの実働部隊の中枢はスコールって人とエムって子だって分かったからね。その二人を片付ければ後は終わりってワケ」
あっけらかんと言い放つ束に一夏は言葉がなかった。以前の戦闘では、たった一人で楯無達を相手に渡り合ったサイレント・ゼフィルス。それだけでも厄介なのに、そこにもう一人加わるのだ。それも、おそらくそちらはもっと手強い事が予想される。と、そこで一夏は気付く。
(そうだ。今の俺達は、あの頃の俺達のままじゃない。何せ……)
あの文化祭の時よりも訓練を重ね、更にはフォルテとレインという最強コンビまでもいる。実力だけでなく人数としても増している今なら、決して遅れを取る事はない。
そう思って一夏は束の行動の裏を読んだ。それは、いつ攻めてくるか分からないよりも、こちらでその襲撃をある程度制限してしまおうという事だと。
奇襲とは、不意をつけるから意味があるのであり、来るかもしれないと警戒されていればその効果は半減するのだから。
「……束、相手が来るのは今日か?」
「おっ、いっくんも気付いた? そだよ。正確には夜だね。ま、向こうとしても出来るだけ成功率を上げたいんだと思うよ」
夜の闇に紛れて襲撃。古来よりの定番故にその効果は高いと言える。ただ、先程も述べたようにあくまで相手に読まれていなければ、であるが。
「……私は、教師として他の生徒達に警戒を呼び掛けたいんですけど」
「束さんとしては、それをして欲しくないなぁ。あ、そうだそうだ。えっと、新入りの君」
「……私?」
束が指さしたのはレインであった。指された本人はやや不思議そうに束を見つめる。
「そっ、君にやってもらいたい事があるんだよね」
「……叔母様への連絡?」
「おっ、君も正解。内容は一つ。襲撃が束さんにばれてるってだけ」
それに全員が呆気にとられた。真耶の行動は止めたにも関わらず、レインには襲撃者への内通をしろと言うのだ。だが、楯無や簪などの一部はその狙いを理解した。
「博士は、相手を混乱させたいんですか?」
「おや、かんちゃんはどーしてそう思うの?」
「その、レインさんは向こうからはまだ協力者と思われています。だから送られたメッセージを無視は出来ません」
「それでそれで?」
「だけど、襲撃を察知されているとしても、相手も動かない訳にはいかない。それに、どうしてこのタイミングでそんな連絡をと思うでしょう。つまり、相手は少なからずレインさんを疑います。実は裏切ってるんじゃないかとか、あるいはこれは偽物、博士が送ってきたものなのでは……と」
簪の説明に一夏達も納得しレインを見つめた。彼女は何やら思案しているようだったが、その答えが出たのか一夏へ顔を向ける。
「ね、ダーリン」
「出来る事なら殺す事はしたくない。でも、最悪の場合はそれも辞さない覚悟だ。俺は、みんなの方が大切だから」
即座に告げられた言葉にレインは嬉しそうに、だけど微かに哀しそうに頷いた。レインの中での悩み。それは叔母であるスコールの事。その彼女をどうするのか。それをレインは一夏に聞きたかったのだ。
それに対する答えは、レインが飲み込む事が出来るものだった。可能なら助けたいが、それが無理となったら箒達を優先する。分かってはいた事だが、実際に口にしてもらう事でレインは心から受け止める事が出来た。
「レインさん、心配いらないッス。相手は手強いとはいえ少人数ッス。これだけの専用機持ちが相手すれば」
「スコールもエムもそんな甘い相手じゃねえ」
フォルテが言った内容にオータムが割って入った。その声には感情が乗っていない。ただ、事実を淡々と述べたという雰囲気であった。
周囲がオータムへ視線を向ける中、彼女はその視線を一夏へと向ける。
「あたしを倒したからって調子に乗る男じゃないと思ってるが、それでも言っておく。あの二人は別格だ。特にエムは底が知れない」
「あのサイレント・ゼフィルスの事ね」
「ああ。スコールはあたしよりもエムの方が腕は上と思ってるだろう。実際、あたしもそうだと思う。ただ、あいつは荒事しか出来ないからな」
暗に潜入任務でもあったから外されたのだと、オータムは一夏達へ告げていた。そこからエムという人物がどういう者かおぼろげに見えてもくる。
荒事しか出来ず、底が知れない存在。それは、自分の事をあまり人へ見せない事だ。更に、感情というものもあまり見せない事が予想される。
「……実際、あの時だって私が箒さん達と協力して何とかだものね。しかも、おそらくだけど、あれはオータムの救出をメインにしてなければ結果は違っていたし」
楯無の分析にオータムが小さく頷く。分かっているのだ。エムが最初からただの襲撃を目的としていれば、遠慮なく校舎へ攻撃を加え、楯無達の意識を防衛へと向けさせていた事を。
「なら、そのサイレント・ゼフィルスは俺に任せてくれ」
凛々しい表情で告げる一夏の雰囲気で箒達一部の者達は理解していた。彼は、あの一撃必殺の初見殺しを使うつもりなのだと。
「一夏、アレを使うのか?」
「ああ、それだけ厄介な相手なら、むしろ時間をかける方が不味い。それに、前回は俺の白式を狙ってきた。なら、俺が出て行けばあいつを誘い出すのは可能なはずだ」
「で、でも一人じゃ危険過ぎるッス」
「フォルテ、大丈夫よ。ダーリン、勝算があるんでしょ?」
「勿論だ。真耶、悪いけど校舎の一部、壊すかもしれない」
その言葉に真耶だけでなく全員が苦笑した。かもではなく確実にそうなる。そんな予感がしたために。
「別に構わないよ。というか、実際文化祭の時にやってくれたし」
「ああ、そうだったね。ま、あれはあたしがいたからだろうけどさ」
一夏専用とも言うべき男子更衣室は、一度オータムとの戦闘が理由で使用不能となった時期がある。ドアの破壊に壁の一部損壊などがあったためだ。
ただ、一夏にとっては箒達を連れ込めなくなるだけだったので、そこまで困らないからとは言え使用不可にしないでもと思っていた事を記す。
「なら、スコール叔母様は私に行かせてほしい」
「レインさん……」
「勿論一人で相手するつもりはないわ。それに、オータムさんも行きたいですよね?」
「当然だ。スコールが来るならあたしが止める」
共にスコールに対して想う事が多い二人故に、その相手を他へ譲るつもりはなかった。ただ、彼女達二人だけに任せるつもりは他の者達にもない。
「なら私も行くッス。レインさんとコンビなら最低でもいい勝負出来るはずッスから」
「ええ、頼りにするわフォルテ」
「なら、私達更識姉妹もそちらへ行こうかしら。一夏君のフォローは箒さん達五人で十分だろうし」
「そう、だね。一夏君の方はそれでいいと思う」
着実に進むスコールとエムの迎撃メンバー。一夏達六人がエムを、オータム達五人がスコールを相手取る事で話は決まる。が、そこで束は真耶へ視線を向けた。
「何です?」
「ん。この事、ちーちゃんには言わないでね」
「…………分かりました」
束の頼みを真耶は迷いながらも了承した。そこには彼女なりの思惑がある。一つは、現在ISを持たない千冬を危険から遠ざけたいという気持ち。もう一つは、この事へ千冬を関わらせてはいけないという女の勘だ。
(何となくだけど、あのサイレント・ゼフィルスの動き、現役時代の織斑先生を彷彿とさせるんだよね……)
勿論機体コンセプトが異なる暮桜とサイレント・ゼフィルスでは動きは異なる。だが、その根底というか、攻撃への対処などがどこか千冬に近いものを真耶は感じていたのである。
かつて、彼女も国家代表候補生として千冬の動きを真似あるいは参考にしていた。その時に見ていた動きを、真耶はどこかエムから感じ取っていたのだ。
「束様、私はどうしたら?」
「くーちゃんは束さんと一緒にここでいっくん達の応援」
「分かりました。一夏さん、ラウラ、気を付けてください。他の皆様も、ご武運を」
クロエの言葉に誰もが小さく笑みを浮かべて頷く事でその場は解散となった。そしてクロエがオータムと共にラボ内の掃除を始め、束は一人になったところでこう呟いた。
―――あきちゃんの話じゃ二人共女性みたいだし、今のいっくんなら……ね。
その日、一夏達は普段と異なる過ごし方をしていた。いつもであれば放課後は訓練か各々で好きに過ごすのだが、この日は訓練も行わずしかも全員揃って過ごしていたのだ。
そこから、彼らなりに来たる時に対して想う事があるのが見える。そう、最後の休息ではないがそれに近しい感覚を持っていたのである。
更に言えば、そこにレインとフォルテまでいるのだ。周囲も軽くざわつきながら、一夏ならば仕方ないと思うぐらいには、彼も男性として魅力的と再度思われるようになっていた。
「今夜で、面倒事は終わりにさせる」
食堂での会話中、一夏がそう告げると箒達が一様に黙った。その言葉に込められた想いと決意を感じ取って。
「今の俺にとって、白式関係のごたごたは迷惑でしかない。かと言ってこれを手放すのも出来ない。みんなを嫁にして世界と渡り合うには、今の俺には白式は必須だからな」
どこか悔しげな雰囲気も見せつつ、一夏は自分の腕を、正確には待機状態の白式を見つめた。本音を言えば、一夏は白式などなくても構わない。だが、それがなければ今の自分が思い描く未来を手に入れるのは難しい事を知っていた。
「ダーリン、気負い過ぎないで。今の貴方には私達もいるの」
「そうッスよ。一夏君だけで難しい事も、私達がいれば何とかなるッス」
「レイン、フォルテ……」
新しく嫁に加わった二人の言葉に一夏は嬉しそうに笑みを見せる。束によって改良された二人のIS。その全力を使いこなせるようになっている彼女達は、以前一夏と簪に負けた時のままではないのだ。
その頼もしさと力強さに感謝するように一夏は二人を見つめて頷く。
「一夏君、一応言っておくけど無理はしないで。君はいざとなったらとんでもない事をやるから」
「うん、一夏君はそういうところある。博打を打つのは止めないけど、死んでもいいみたいな事は、なるべく止めて」
「楯無、簪も……」
揃って一夏の零落白矢で敗北を喫した更識姉妹は、彼の博打思考へ注意喚起を行う。それでも二人して分かっているのだ。いざとなれば一夏がどうするかを。故にせめて己の命を危険に晒すのだけは控えて欲しいと願うのだから。
その想いを受け止め、一夏は小さく頷いてみせる。
「なら、私達からは別の言葉を送るか。一夏、私達はフォローに回るが、その際の指揮はお前が取れ」
「俺が?」
「そうだよ。僕らは一夏の指示で動くから。もっとも、それが厳しい状況になったらセシリアにお願いするつもりだけど」
「そうね、あたし達五人の中じゃセシリアが一番状況を把握出来るでしょうし、思考の柔軟性も判断力も高いわ」
「そう言われてしまっては受けるしかありませんわ。一夏さん、ですのでもしもの時はご心配なく」
一夏を安心させるようにセシリアがそう締め括ると、ラウラやシャルに鈴も頷く。彼女達の配慮と想いを受け取り、一夏は深く頷いてみせる。
「だから一夏、絶対に死ぬな。私達全員で明日を迎える事、それが勝利条件なんだからな?」
「……ああ、分かってる。俺をみんなが守ってくれるなら、俺がみんなを守るだけさ。そして、みんなで明日も飯、食おうぜ。勿論クロエ達も一緒に、な」
その噛み締めるような言い方に誰もが微笑みを浮かべて頷いた。
一方、その頃真耶は職員室で千冬を相手にとある誘いをしていた。
「飲み会、ですか?」
「はい。織斑先生とたまには二人で飲み明かしたいなと思いまして。ほら、明日はお休みじゃないですか」
「それは……」
真耶の提案に千冬は若干の躊躇いを見せる。何故なら最近は毎晩のように自分を慰めていたのだ。ただ、ここで真耶の誘いを断るのも千冬には気が引けていた。
(山田先生には以前から一夏が世話になっているようだし、その辺りの話や礼もせねばと思っていた。いい機会かもしれない)
一瞬ちらつく一夏の顔に千冬の体が反応する。あの臨海学校で仕込まれた毒は、最早千冬の中で猛毒へと熟成されていた。世界最強の女の体と心を蝕み、雌へと変える劇薬として。
「っ……わ、分かりました。では、今夜一緒に街へ」
「いいんですか? やったぁ。今夜は寝かせませんよ~?」
「それはこちらの台詞です」
どこかおどける真耶へ千冬はやや憮然とした顔で返す。だがしかし、真耶はもう気付いていた。千冬の体がもう雌として出来上がり切っている事を。
今も微かに匂うのだ。真耶が何度も嗅いできた発情する雌の匂いが、である。そのため、真耶は一夏と千冬のために最後の仕込みを行おうとしていたのだ。
(ふふっ、寝かせないのは本気ですよ、織斑先生。今夜で、貴女はこちら側へ踏み込むんです。そこから先は彼に、貴女の弟さんに任せますけど、ね……)
千冬に見えないところで魔女の笑みを浮かべる真耶。あの二度目の大乱交で彼女の中にあった千冬への想いは弾けていた。そう、彼女と同性同士で交わりたいという形へと。
幾多もの想いと考えが渦巻きながらゆっくりとその時を待つ。IS学園始まって以来の、もっとも長くて激しい夜を。
「いい? 貴方は校舎を襲撃して意識をそちらへ向けさせる。私はラボへ向かい篠ノ之博士を確保及び裏切り者の始末。それが終わり次第撤収。いいわね?」
「分かっている。精々派手に暴れてやるさ。可能なら白式も何とかしてやるよ。だが、いいのか?」
「襲撃が篠ノ之博士に予想されてるぐらいは想定していたわ。ただ、その正確な日時までは読んでいないでしょう」
「……まぁ、どうせ今夜か明日しか機会はないからな。それ以外では教員もいるから面倒が増える」
時刻は午後十一時五十九分。間もなく日付が変わろうとしている時、IS学園近くのモノレール駅に人影が二つあった。
既に利用者などもおらず、駅員さえもいなくなったはずのそこにいた二人は、揃ってISを展開するとバラバラに動き出す。
勿論学園側にそれを察知する術はほとんどない。あったとしても、亡国機業の精鋭である二人を相手に止める事など出来る者はいないのだ―――本来ならば。
「「っ?!」」
スコールとエムのセンサーが同時に複数のIS反応を確認したのは、彼女達が攻撃に出ようとしたまさにその時であった。
しかも、それぞれのセンサーには見過ごす事の出来ない識別コードが表示されていたのである。
「これは、オータムの……それにレインのISも……」
「白式、それにブルー・ティアーズ……っ!」
二人にとって因縁ある相手が揃ってその前に立ちはだかった。そして同時に二人は気付く。襲撃が本当に読まれていた事と、相手がそれに対して備えていた事を。
「「だがっ!」」
もう止まらないし止まるつもりもないとばかりに二人は目の前の相手へと銃口を向ける。そして、それが期せずして同時に火を噴き開戦を告げた。
「……始まりましたね」
「そだね」
ラボの中から二つの戦況を見つめ、クロエは祈るように両手を握る。束も珍しく真剣な表情でモニタを見つめていた。
自分が出て行けば話は幾分簡単になると束は分かっている。それでもその行動を彼女は取るつもりはなかった。
(いっくん、ほーきちゃん、信じてるからね)
何でも自分でやってきた天才は、あの夏の出来事で人を頼り信じる事を覚えるまでに変化していた。そこには、一人の姉としての成長と同時に女としての成長も含まれている。
一夏に守られたいという想い。箒を信じてやりたいという願い。それを胸に束は黙ってモニターを見つめた。
その見つめている先では、エムがそのビット攻撃をセシリアによって相殺されていた。
「この短期間でここまで強くなっているだと?」
「……ラウラさんっ! シャルロットさんっ!」
「了解しているっ!」
「合わせるよ!」
「なっ?!」
一瞬ではあるがビットの動きが停止し、そこへすかさずシャルによる射撃が叩き込まれる。あまりの出来事にエムの顔にも驚きが浮かぶ。
それは、これまでの訓練でラウラが磨いてきた単一仕様能力の応用。ビットもISと同様の仕組みで浮遊している事を利用しての撃墜法であった。
「よそ見してる場合?」
「ちっ!」
そしてそれを理解させる間を与えぬよう、鈴が龍咆で襲い掛かる。更にそれを回避する事を見越して箒と一夏が動いていた。
「「まだだっ!」」
「小癪な真似を……っ!」
ビットと自身の射撃で迎え撃とうとするエムだが、また一つのビットが動きを止める。
「させんっ!」
「これで二つ!」
確実に、着実に数を減らされていくビットにエムは内心で舌を巻いていた。文化祭での襲撃では数的不利にあっても優勢を保てた事もあり、彼女は箒達の事を甘く見ていた。だが、戦ってみてそれが大きく間違っていた事を痛感させられていたのである。
開幕の射撃はセシリアによって迎撃され、その閃光による目晦ましの中、真っ先に飛び出してきた一夏の一撃によりスラスターを損傷していたのだから。
(こんな事あってたまるか。私は、私は織斑一夏を殺すんだっ!)
殺意を持ってエムは手にしたライフルに力を込める。が、彼女のISサイレント・ゼフィルスは遠距離使用の機体。一夏一人であれば圧倒できるかもしれないが、こういう強襲しかも対多数には不向きな機体と言わざるを得なかった。
しかも、ここにいるのはそれぞれが近距離、中距離、遠距離に特化した六機のISである。その連携もこれまでの訓練で磨かれていれば、最早エムの優位などないと言えた。
「ぐっ!」
ビットもラウラとシャルによって全て破壊され、唯一の武器であるライフルだけとなったサイレント・ゼフィルス。それでも戦意を失う事無くエムはその視線を一夏へと向ける。
「せめて……せめて貴様だけでもっ!」
最後の抵抗とばかりに白式へ全エネルギーを使った攻撃を放とうするエムだったが、それを見た一夏は瞬間加速の体勢へ入った。
「馬鹿めっ! こちらの方が早いっ!」
「「「「「一夏(様)っ!?」」」」」
「箒っ! ついて来てくれっ!」
「っ!? 分かったっ!」
放たれる閃光。それに僅かに出遅れる形で白式が、紅椿が動き出す。だが、そこでエムは自分の体が後ろへ弾き飛ばされている事に気付いた。
(な、何だ……? 何が起きた……?)
ゆっくりと視界が上を向いていく中、彼女は見た。その視界の中に雪片弐型がまるで何かへ衝突したかのように回転しながら舞っているのを。
零落白矢であった。一夏はエムを一撃で仕留めるため、敢えてカウンターとしてそれを使ったのである。避けられる事を心配したという事もあるが、一番は周囲の心配を無くすためだった。
エムの耳に聞こえてくる白式へ命中したエネルギーが発する衝撃音。だが、その音がおかしい事に彼女は気付いて視線を動かした。
「……ば、馬鹿な……」
そこには、絶対防御を展開し続ける白式の姿があった。その背後には密着するように紅椿が抱き着いている。絢爛舞踏によるエネルギー回復を使った絶対防御使用。これが一夏がカウンターを狙った理由である。
先んじて仕掛けては箒へ呼びかける暇がない。そうなればエムの攻撃を防ぐあるいは回避するのが厳しくなる。だから後の先を取りに入ったのだ。全ては、自分の命を博打に使わぬために。
エムが信じられない光景に目を疑いながら地へ倒れるのと、打ち出されたエネルギーが消滅するのはほぼ同時だった。
「……まったく、お前と言う奴は」
「箒なら分かってくれると信じてたからな」
背後から聞こえる呆れ声に一夏は苦笑もせず真顔のままでそう返した。その声に込められた強い信頼に嬉しくなり、箒は顔を赤くして目の前の背中へ額をそっと当てる。
「本当に、お前と言う奴は……」
そうやって雰囲気に浸り始めた箒を、無情にも現実へ引き戻すように轟音が響き渡った。それはラボのある方向からのもの。オータム達がスコールと戦闘を繰り広げている証拠であった。
「……一夏、どうする?」
「ラウラと鈴はこいつを頼む。シャル、セシリア、箒は俺についてきてくれ」
「「「「「分かった(分かりました)」」」」」
気を失ったエムをラウラと鈴へ託し、一夏はラボ方面へと向かう。そのラボ付近では、スコールが余裕を失っていた。その理由は間違いなくこの二人にある。
「レインさんっ!」
「ええっ!」
「くっ!」
イージスと呼ばれるコンビプレイ。それを更に磨き上げたレインとフォルテであった。束によって性能を向上させた愛機を完全に使いこなし、その新しい強さをスコール相手に存分に見せつけていたのである。
更には、そこへ簪と楯無の姉妹コンビとオータムの三人もいるのだ。いくらスコールとはいえ、これだけの手練れを複数相手に優位を保つ事は出来なかった。
「レイン、貴女も私を裏切るの?」
「裏切るも何もないわ叔母様! 私は私の生きたいように生きるだけよっ!」
「そういう事さ! スコール、あんたも諦めが悪いよっ! あたしが忠告してやったのにこんな事するんだからねっ!」
「オータムっ! 貴女という女はぁ!」
本来、IS戦は一対一が原則であり、あっても複数対複数の形である。一対多数などほとんどない上、その経験を積む事など出来ないと言ってもいい。それだけISは各国の保有数に限りがあるためだ。
そういう面で言えば、亡国機業などは人も機体も少数であり、加えて各個人間の不干渉もあって合同訓練などなかった。故にスコールも現状へ対応するのがやっとだったのだ。
何せ相手は国家代表候補三人にロシアの国家代表、更にはかつての恋人であり部下でもあった存在だ。この五人相手に五分の展開を続けられるだけでも恐ろしいものがある。逆に言えば、これだけの状況にしてやっと五分とも言えたのだが。
しかし、その状況もそろそろ終わりが近付きつつあった。攻め続けるレイン達と凌ぎ続けるスコール。その精神的疲労はやや攻め手に大きくかかっていたのだ。
何せスコールは五人がかりでやっと五分の相手。その威圧感や実力はレイン達にも嫌と言う程分かる上、これはオータム以外には初めての実戦。命のやり取りというのも彼女達には重くのしかかっていた。
「「これで……っ!」」
決めにかかろうとするレインとフォルテだが、その動きを見てスコールは小さくほくそ笑んだ。鈍いのだ。これまでの動きよりも疲弊した事で僅かに、だが確実に速度が落ちていると。
「まだ甘いわね、お嬢ちゃん達っ!」
「「っ?!」」
トドメの一撃とばかりに詰め寄った二人の、ほんの僅かな綻びを突くような反撃。それはレインの顔を捉え絶対防御を発動させる。更に返す刀でフォルテの脇腹へも攻撃し絶対防御を発動させて、一気に二人のエネルギー残量を少なくさせた。
「不味いっ! 簪ちゃんっ!」
「うんっ!」
「待てっ! 焦るなっ!」
二人が危ないと思った楯無と簪がそれぞれ動き出すのを、オータムは制止しようとする。だが少し遅かった。簪が放ったミサイルの群れを見てスコールは笑ったのだ。
「チッ!」
その表情を見逃さなかったオータムは即座に動いた。ミサイルを追い駆けるようにスコールへと向かって行ったのである。
「おらぁっ!」
そのまま彼女はミサイルの一部へ攻撃を加えて誘爆を起こさせる。その爆風に身を晒しながらオータムはスコールを睨みつけていた。
「あら、どうして邪魔するの? 折角後ろのお嬢ちゃんが仕掛けた攻撃を」
「お前、これを利用しようって腹だったろ。悪いが今のあたしにとってあいつらは仲間、そう仲間なんだ。あんたと違ってほんとの愛って奴を教えてくれた男を想う仲間ってやつだ」
「仲間? ……本当に変わってしまったのね、オータム。残念だわ……っ!」
「くっ!」
殺意を乗せた攻撃を繰り出すスコールにオータムは表情を歪ませながら後ろへと下がる。その間に楯無がレインとフォルテの傍へと接近出来ていた。
「レインさん、フォルテさん、大丈夫?」
「何とか……かしら」
「危ないとこッスけどね……」
絶対防御を発動させた事により、二人の継戦能力はないに等しい。それを理解し、楯無は視線を前へ戻してスコールを見つめる。
「……一夏君にああ言ったけど、私が博打を打たないといけないかしら」
オータムをじわじわと追い詰めているスコールを見て、楯無は一か八かの攻撃を仕掛ける必要性を感じていた。五人で五分だった相手だ。それが人数を減らせばどうなるかは火を見るより明らかである。
今も簪がオータムを援護しているが、その効果はお世辞にもあるとは言えなかった。このままでは不味い。そう感じ取り、楯無は覚悟を決める。
「二人共、お願いがあるの」
「いいわよ」
「いいッスよ」
内容を聞かず応じてくれる二人に心で深く感謝しながら、楯無は一度として視線をスコールから逸らさず告げる。
「今からミステリアス・レイディの最大攻撃を準備するわ。ただ、それを使うと著しくエネルギーがなくなるの。だから、その後の事をよろしく」
「後詰めって事ね。いいわ」
「それぐらいならまだ出来るッス」
「……頼んだわ」
言うや楯無はミストルティンの槍を準備し始める。ミステリアス・レイディの外観が少しずつ変化していく中、レインとフォルテはその場に立つと表情凛々しくスコールを見つめた。
「……チャンスは一度」
「一度あれば十分ッス」
「そうね。今度は……」
「外さないッス」
体力は少しでエネルギーも残り僅か。そんな状況でも二人はむしろやる気に満ちていた。一度してやられた事で気持ちがより高まったのである。
先程の借りを返したい。その思いで二人は呼吸を整え、目の前で獰猛に戦う一人の女を睨みつけた。
その睨まれているスコールもまた、今までの事をやり返すとの強い想いで体を動かしていた。最初は人数差とイージスコンビの練度によって防戦一方だった彼女。
それがやっとここにきて反撃へ転ずる事が出来、今までの鬱憤を晴らすかのようだった。更に言うのなら、相手が裏切り者のオータムである。これで燃えぬスコールではない。
「どうしたの? さっきまでの勢いはどこいったのかしら?」
「くそっ! 人数差がなくなればこうなるか!」
「オータムっ!」
「あら、ふふっ健気ねぇ。犯罪者でも守ろうなんて」
スコールへと放たれる荷電粒子の輝き。それを難なくかわし、彼女は簪を見て笑みを見せた。そのバカにするような笑みへ簪は睨み返す。
「元仲間を平気で殺そうとする人が何を言うの! 犯罪者だろうと、オータムは罪を償うって決めたっ! だったら、それをしようともしない貴女こそが犯罪者でしょっ!」
「償う? オータムが? 本気?」
「ああっ! あたしは決めたのさ! 綺麗な身体になって、あいつの、一夏の子を産むってなっ!」
その返しに一瞬ではあるがスコールの意識が乱れた。予想もしない言葉だったからだろう。その間隙を突いて、スコールへと向かって行く者がいた。
「これで……っ!」
楯無がミストルティンの槍を携えてスコールへと向かって行く。それに対してスコールは僅かにだが反応が遅れた。
「強かなお嬢さんね、やってくれるわっ!」
「っ!? 避けられた?!」
それでも強引に機体を動かし、スコールは楯無の攻撃を回避する。そこへすかさず迫る二つの影があった。
「「決めるっ!」」
「っ?! まだ動けたの!?」
レインとフォルテの攻撃がスコールへ炸裂する。ただ、それも完璧ではない。辛うじて二人の攻撃への防御を間に合わせた事により、スコールは何とか絶対防御を発動させなかったのだ。
だがしかし、その代償は大きい。無理を連続させた事により、彼女のISはその性能を落とす事となった。正確には、武装の一部損傷と関節部のダメージである。
「くっ……これは……」
「あたしに続けっ!」
「言われなくてもぉぉぉぉっ!」
そして、それを見逃すオータムと簪ではない。ここが勝機と理解し、後先考えず突貫したのだ。それに気付いて対処しようとするスコールだが、機体の反応が鈍く内心舌打ちをする。
そこへオータムがその爪を突き立てんとばかりに突撃していく。その攻撃を見て、スコールは一か八かの賭けに出た。
「なら……っ!」
「何っ?!」
何と自らオータムへ向かって行ったのである。あまりの事にオータムが動揺するのと対照的に、スコールは何かの確信を抱いて笑みを浮かべた。
交差する二人。オータムの攻撃はスコールの機体を掠めるも仕留める事は出来ず、後詰めとなった簪がならばと攻撃しようとするも……
「っ!?」
「あらぁ? どうしたの? 撃てばいいじゃない。今なら倒せるわよ?」
あろう事かスコールはオータムの体を拘束し、その首元へ刃を突き付けていたのだ。
「オータムを放して」
「それは出来ない相談ね。彼女はね、組織と私を裏切ったの。その報いは受けてもらわないと」
単なる脅しだけではないとばかりにスコールはオータムの首筋へ傷を付ける。鮮やかな赤が、そこから流れ落ちた。
「やめてっ!」
「なら、まずするべき事があるでしょ?」
簪の悲鳴にも似た声へスコールは淡々と返す。降伏しろと、そう言っているのである。
簪とて分かっている。仮に降伏したところでスコールがオータムを放すとは思えないと。
だが、降伏しなければ確実にオータムを殺すだろうとも簪は分かっていたのだ。
(お姉ちゃんはミストルティンを使った事でエネルギーが少ない。レインさんとフォルテさんはもう戦える状態じゃないし、オータムは動けない……)
冷静に状況を把握すればする程絶望しかない。そんな時だった。突如スコールのISへ通信が強制的に入ったのだ。
『やっは~』
「……篠ノ之博士、何か用かしら? 悪いけど今取り込み中なの」
『うん、知ってる。だからわざわざ束さんが自分から連絡してるんだもん』
「では用件を聞きましょうか」
『あきちゃん、殺さないでくれるなら束さんがそっちに出向いてもいいよ』
その瞬間、全員が息を呑んだ。束の声が変わったからだ。それまでの楽天的なものではなく、真剣な声色で静かに決意を示すようなそれに、さしものスコールも驚いたのである。
『ダメです束様。そんな事をしたら』
『くーちゃんは黙ってて。どうかな? 何ならついてくだけじゃなくて新型ISの一つでも作ってあげようか?』
「……随分と破格な申し出ですわね。その対価がオータム一人の命とは少々大盤振る舞いが過ぎません?」
『そんな事ないよ。だって、束さんは欲張りだから』
「欲張り?」
『そう。だから、あきちゃんだけじゃなくて他にも失いたくないんだ。例えば……ちーちゃんに良く似た女の子とかね』
そこでスコールは気付いた。静かすぎる事に。そう、ここにはもう一人自分と同じく戦っている者がいるはずなのにだ。
「まさかっ!? エムがやられたのっ!?」
スコールが静寂の裏にある事実へ気付いたのと同時に、彼女のセンサーがある反応を捉えた。それは、後方から接近する高エネルギー反応。ただ、気付いた時にはもう手遅れだった。
「なっ……」
センサーの反応に気付いてスコールが後ろを振り向いた瞬間、その体へ零落白矢が炸裂し彼女のISはエネルギーを完全消失された。
同時にオータムの首元にあった刃も消え失せ、それを合図にオータムが肘打ちを放ってスコールの腹部へダメージを与えて拘束を緩め、すかさず簪達がスコールの意識を奪い取り押さえたのだ。
『それとそっちの身柄も、かな。まぁ、もう聞こえてないだろうけど』
普段の調子でそう呟いて束は通信を切った。全ては、彼女が一夏達へ授けた策によるものだ。
―――いっくん、あきちゃん達が不味そうなんだ。だからさ……。
正面から合流するよりも挟撃の形を、それも奇襲や不意打ちに近しい形にするべき。
そう束から言われた一夏達は、セシリアのISに搭載された超遠距離も見えるスコープ機能を使って状況を把握、その上でシャルが二段階加速での零落白矢に必要な距離を算出して、箒が単一仕様能力を使って白式のエネルギーを完全回復させた上での行動に出た。
二段階のイグニッションブーストによる加速を加えた一撃は、かつて楯無や簪を倒した際よりも速度を増してスコールを直撃したのだ。
以前もレールガンのようだったそれは、遂に光の矢としか表現出来ない域まで到達。いかなスコールとは言え、意識外から放たれてしまっては気付いた時にはどうしようもなかった。
これが、オータムを人質にしていなければ一夏もそんな行動は取れなかっただろう。何せ動き続ける相手へ零落百矢を当てるのは至難の業だからだ。
だが、皮肉にもオータムを人質にした事でスコールの動きは止まった。よって、一夏達は安心して非常識な長距離投擲を実行に移せたのだから。
「何とかなった、のか?」
「ええ、そのようですわ。今、こちらへ簪さんが手を振っています」
「良かったぁ。僕、計算間違ってたらどうしようかと思ったよ」
「私も最後までハラハラしていた。何せ、今まで以上に一瞬で見えなくなったからな」
ラボからかなり離れた場所で、一夏達は安堵の息を吐いていた。目視どころかセシリア以外のISでは範囲外からの行動である。
それも、相手は楯無を超える強者。一歩間違えば最悪の結果になっていたかもしれない中で、見事決めて見せた一夏の胆力と集中力は大したものだった。
「俺だって連絡来るまでは同じだって。それに、俺がこんな賭けを打てたのも、三人がいてくれたからだ。本当に、ありがとう」
「どういたしまして。でも、これっきりにしてほしいな」
「まったくです。私も寿命が縮むかと思いましたし」
「悪い。だけど」
「必要となったらまたやる、だろ? 分かっているさ。でも、出来る限りないようにしてくれ」
「……ああ」
最後に優しく締め括る箒の言葉に、一夏は心からの了解を示すように深く頷いた。
こうして、IS学園への亡国機業による襲撃は幕を下ろす。
ただ、拘束された二人にとっては、ここからがむしろ始まりと言えた。彼女達二人はラボへと運ばれ、オータムやレイン、フォルテと同じく束製のナノマシンに体を蝕まれる事になる。
だが、そこは束。スコールとエムが並の精神力の持ち主ではないと分かっていたため、ナノマシンへはある強化が施されていた。それは……
「くっ……ああっ! 体が、体が熱い……っ!」
「疼く……。体が、下腹部が、子宮が疼く……っ!」
これまでの三人で得られたデータを基に、本能だけでなく身体へ直接影響を及ぼすようにされていたのだ。
その最たるものが二人が口にしている言葉に出ている。熱さと疼きだ。熱さは無論性的な興奮による効果であり、疼きもそれに付随するもの。
要するに、二人は強制的に発情させられていたのだ。それは、二人に冷静な思考と判断をさせないという効果も持っていた。
(くそっ……思考が乱れる! 痛みなどには耐えられるように訓練してきたが、こんな感覚は知らないっ! ああっ! 何だこのもどかしさはっ!)
(今まで感じた事のないぐらいに体が熱いわ……っ! 快楽には、人は抗えない。まさか、篠ノ之博士がこんな拷問を仕掛けてくるなんてっ! エムは生娘だから余計に不安を煽られてるでしょうし、私は体が覚えている快感を求め始めて手に負えないっ!)
裸の上両手両足をきつく縛られ、更に椅子へ拘束されているのだ。しかもご丁寧に排泄などは出来るよう、椅子の座席部分に穴が設けられていて、その下には俗に言うおまるが置かれている。
それらも二人にとっては精神を痛めつけられる光景と言える。人間としても女としても尊厳を著しく傷つけられると。
これまでのオータムやレインのように、二人がラボ内での軟禁とならなかったのには理由がある。そう、他ならぬオータムが提案したのだ。
―――スコールとエムは何をしでかすか分からない。ラボを乗っ取る事や下手をすりゃ助手のこいつを人質にして殺すぐらいやる。だから、きっちり拘束してその反抗心や復讐心をへし折らないと駄目だ。
それを聞いてならばと束が用意したのが現状である。ラボの一区画に狭いながらも房を作り、二人をそこへ押し込めたのだ。
「やっほー。ご機嫌いかが?」
「最悪よ……っ!」
「篠ノ之束、覚えていろっ! 必ずこの報いは受けさせてやるっ!」
「そっかそっか。じゃ、束さん達は当分ここから出かけた方がいいかな? そこ、見ての通り急造だから、換気性とかないに等しいんだぁ。言ってる意味、分かる?」
「「っ」」
食事抜きだけでなく、自らの糞尿の匂いをその中へ充満させる事となるがいいのかと、そう束は告げていた。それだけではない。自分だけならばまだしも、そこには他者がいる。その相手のそれらも嗅ぐ事になるのだ。それも、下手をすれば束が戻ってくるまでの長期間に渡って。
それでもスコールは、弱みを見せるつもりはないとばかりに平然と笑みを浮かべた。
「どうぞご自由に。それでも私達は」
「ああ、そうそう。そのおまるだけど、精々許容量は大きい方なら三回ぐらいかな? 中身を捨てる事も出来ないから大変だよねぇ。それに、束さんも節約しないといけないから、外出時は空調止めるし。いくら涼しくなってきたとはいえ、空調止めるとラボの中は夏みたいになるなぁ」
スコールの言葉を遮り、束が告げるのは悪魔の宣告だった。オータムもそうだったが、当然亡国機業にいる工作員のスコールとエムもただで死ぬつもりはない。
出来る事なら脱出を図り、何らかの報復を敵に与えたいと考えている。だからこそ、今も捕虜となりながら生き恥を晒しているのだ。
そこへきての、束の仕打ちである。これでは、飢え死にさせられる上に最低な屍を晒す事になる。そう思えば、スコールは決断が早かった。下手に意地やプライドを見せて最悪の結果になっては意味がないと。
「どうすれば考え直してくれるのかしら?」
「っ!? スコールっ! お前は奴らに縋るのかっ!」
「お黙りっ! ……ここで糞尿に塗れて死ぬ事を望むの? しかも、その様を世界中に晒して。エム、貴方はそれでいいのね?」
その問いかけにエムは何も言い返せなかった。ここにいるのが一夏達の誰かであればスコールもエムも対応は変わっていただろう。だが、束では無理と言えた。
何せ、今も楽しそうに笑っているのだ。エムには分からないがスコールには分かっている。束の目は笑っていない事を。それが、自分達の生死に興味がない事を如実に示していたのだ。
(篠ノ之博士は、本当に私達を殺しても構わないと思っている。あの警告文にもそれを窺わせる部分もあった。なら、ここで最低限の保障を……)
スコールもこれまで様々な事を見聞きしてきた上経験もしている。正直拘束され食事を絶たれ、人間の尊厳を損なうような扱いも耐える事は出来る。だが、それも殺される事はないという前提があればこそだ。
束の扱いには、情報を聞き出そうという意思もなければ、二人の身柄を利用しようという意図さえない。それは、つまり殺す事を躊躇う理由がない事を意味する。ならば、今スコールがするべきは殺されないようにする事だ。そう、生きていなければ復讐や報復も出来ないのだから。
「それで、篠ノ之博士、どうすれば」
「いっくんとセックス出来たらいいよ」
何も言えなくなったエムを無視したスコールの言葉を遮り、束はとてもイイ笑顔でそう言い放った。その声には、それ以外の条件は認めないという意思の強さが宿っていた。
「いっくんとセックス出来たら、きっといっくんは束さんに二人の扱いをまともにしてやれって言ってくるだろうから。あ、そうそう。こういうのってちゃんと期限を設けないといけないよね。今日から一週間の間でいっくんとセックス。そのために、束さんがいっくんへ頼んでラボへ顔を出してもらうから。あ、心配しなくてもトイレの処理はあきちゃんにお願いするからね」
さすがのスコールも束の言葉に何も言えなかった。エムなど死んだ方がマシだと言わんばかりの表情で、悔しげに唇を噛んでいる。
それでも殺せと言わない辺り、エムも分かったのだ。言えば本当にそうされると。彼女もまだ死ぬ訳にはいかないのがそこから分かる。
こうして二人はある意味でもっとも難しいミッションを課せられる事となった。自分への強い好意を持つ相手しか抱かない一夏と交われという、スコールとエムにとって世界で一番困難なミッションを……。
どうも体の調子がおかしい。いや、それはあの臨海学習の日からなのだが、それにしても今日はより酷い。まるで子宮の辺りがドロドロとマグマのように煮え滾っているように感じる。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません」
しかも、私とした事がまさか酔いつぶれてしまうとは。山田先生が気を利かせてホテルへ運んでくれたから良かったが、さすがに場所が場所だけに少々頭が痛い。まさか連れ込み宿とは、な。
頭痛が鈍く私を苛む。シャワーを浴びたいがその前に水が欲しい。そう思っていると目の前に差し出されるペットボトル。中身は、水か。
「良ければどうぞ」
「……ありがとうございます。では、遠慮なく」
苦笑する山田先生へ感謝を述べ、私はペットボトルを受け取った。冷たさを感じる。飲み口へ唇を当て、まずは一口。良く冷えた水が喉を通っていくのが、何とも言えない有難さを感じさせる。
どうやらかなり水分を失っているようだ。そのまま私は中身を全て飲み干してしまった。その間に山田先生は身支度を整え始める。
「その、すみません山田先生。まさか酔いつぶれてしまうとは」
「それだけ疲れてたんですよ。これに懲りたら、今度は体を大事にしてくださいね?」
「ええ」
まるで子供へ言い聞かせるような言い方だが、今の私には相応しいのかもしれない。裸のままで空のペットボトルを手にしている、今の私には。
「ならいいです。じゃあ、シャワーを浴びてきてください。その間に着替えを用意しておきますから」
「何から何まですみません。よろしくお願いします」
頭痛と下腹部の熱のせいで上手く頭が働かない。とにかく今はシャワーを浴びよう。そう思って私はフラフラとバスルームへと向かった。
脱衣所を通り過ぎ、浴室でシャワーから熱い湯が出てくるまで待つ。程なくして熱湯が出てきて、私はそれを体中へ浴びせた。
「……それにしても、まさかあんな夢を見てしまうとは」
まだ鈍い頭で、私は寝ている間見た夢を思い出す。それは、私が山田先生と肌を重ねるものだ。とはいえ、私は何も出来ずただされるがままで、主体的に山田先生が愛撫などをする内容だったが。
「…………あんな夢を見たから、余計体がおかしいのかもしれん」
普段であれば寝る前に自慰を行い体を鎮めるのだが、昨夜は酔いつぶれた事もあって出来なかったのが影響したのだろう。
「それにしても、妙に生々しい夢だったな」
乳房を触られた感覚も、性器を愛撫された感覚も、Gスポットを刺激された感覚さえも淡くではあるが覚えているのだ。あれらも、普段やっている行為からのフィードバックなのだろうな。
「……少しだけ、鎮めておくか」
シャワーを上ではなく下へ動かし、私は子を産み落とすための場所へと当てる。
「ああっ!」
瞬間、熱湯が私へ快感を与えてくる。いけないと分かっていながら、私の手は一向にシャワーヘッドを動かそうとはしなかった。それどころか、もっと強い刺激をと近付けたのだ。
「っ!」
水流が陰核へ当たり、私は大きく仰け反った。もう、駄目だ。そう思った私はその場へ座り込んで、シャワーを床へ置いて本格的に自慰を始めた。
シャワーによる性器への刺激を受けながら、自らの手で乳房をまさぐり、乳首を刺激する。その時、思い浮かべるのは決まってあの夜、一夏に押し付けられた男の象徴の硬さと熱さ。そしてあの言葉。
―――千冬姉だって女性だし、いい匂いするし柔らかいし。
私を、姉を女として見てきた弟の言葉。いや、男の言葉。本当に私は駄目になってしまう。弟と男女の関係を持ちたいなど、本当にどうかしている。
だが、私のような女を妻にしたいと強く言い出しそうなのはあいつぐらいなものだ。それに、私の心と体も一夏ならばと、そう思ってしまっているのだから。
「一夏っ……一夏ぁ!」
まだ見ぬ一夏の男性器。だが、あの感触からするとかなり大きいはずだ。私を女として魅力的だと感じて反応した一夏のペニス。あの逞しいもので私を貫いて欲しい。そう思いながら私は禁断の快楽を貪った。
最初の頃は拒否感があったはずの想像も、今では背徳感を快楽へ変えてしまっている始末。そう、そうだ。私はもう狂ってしまったのだろう。ただ、それは自慰行為中のみだ。そうでなければいけない。
―――一夏、お前のペニスで私を女にしてくれぇぇぇぇぇっ!
この時の千冬は知らなかったのだ。その無意識の願いを、真耶が嬉しそうに聞いている事を。
―――織斑先生も大分限界みたいだね。ふふっ、一夏君、仕込みはしたから後はお願いね……。