※この作品はR-18です。

犬は吠えるがキャラバンは進む   作:タッパ・タッパ

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第2話 ともだちっていいよね

 とぷり。

 底が深めになっている木製の皿に盛られたシチューの中へと、鉄製のスプーンを差し入れる。

 くるりと器に沿って一周させ、軽くかきまぜたあと、とろみのある液体をすくい上げた。

 具と汁ののったスプーンを顔の近くまで持ち上げ、その香りをかいだ後、ベリュースはそれを口へと運んだ。

 

「うーん。美味えな」

 

 そう料理を評し、上機嫌で次から次へと器の中身を自分の口腔へとかきこむ。

 それを見ていたザックもまた、手元の器からシチューをすくい、口にする。

 

 ――うん。確かに美味い。

 

 その頬がにんまりと歪む。

 とろみがついたスープはすこし濃い目の塩味で味付けされており、一日身体を動かした後の食事として、肉体の隅々にまで栄養が染み渡っていくようだ。保存と携帯のために乾燥させていた根菜類はしっかりと中まで水分が行き渡るほどよく煮込んである。また、共に入れられている塩漬けの燻製肉も、やや塩辛く筋があるものの、噛めば噛むほど口の中いっぱいに肉の味が広がっていった。

 

 ザックは堅焼きパンを一つ手にとり、程よい大きさにちぎると、それでシチューをすくって食べてみた。

 単体ではライ麦を原料としているため独特の酸味があるのだが、そこにシチューの濃厚な油分と肉のうまみがあわさると絶妙のバランスとなり、えもいわれぬ美味さをかもしだしている。

 

 かちゃりという音に視線を巡らせると、最初にシチューをもった器を渡したクレマンティーヌはすでにそれを食べ終え、地面の上へと食器をおいていた。付け合わせとして目の前に敷かれた布に並べられた乾燥イチジクに手を伸ばす。

 

 

 ザックはシチューの汁気を含み、柔らかくなりはしたものの、まだしっかりとした歯ごたえのあるパンを噛みしめつつ、空を見上げた。

 頭上に広がるのは満天の星。

 夜の静けさの中に、パチパチと焚き火のはぜる音と、パンパンと肉同士がぶつかり合う音のみが響いている。

 

 

 

 ザックがベリュース、スタッファン、クレマンティーヌの三人と合流してから一月ほどが経っていた。

 それから彼らは馬車に乗ってあちこち移動するかたわら、目をつけた隊商や冒険者らを襲っては金品を奪い、そして女を強姦するという事を繰り返していた。

 ザックが合流したのはエ・ランテル近郊であったのだが、そこから街道の宿場町などを経由し、あちらへ行ったかと思えば、今度はこちらに向かってと、本当に目的などないように気の向くままに移動していた。だが、どういう訳か、交通の便が最もいいはずの王都にだけは近づこうとはしなかったが。

 ともかく、そうした宛てのない旅をつづけた結果、彼らはいつの間にやらぐるりと回って、再びエ・ランテル方面へと戻ってきていた。

 

 

 

 あらかた食べ終えた皿の上をパンで拭い、その汁気を吸ったパンを革袋に入ったワインで胃の中へと流し込んだベリュースは大きく息を吐いた。

 

「ぷっはあ! 美味い! こんなところでこんな美味い飯にありつけるなんて、きっと俺たちの日頃の行いがいいからだな」

 

 そう言って、ゲラゲラと笑う。

 チャラチャラと新たに手に入れた冒険者のプレートを手の中でもてあそび、ご満悦のクレマンティーヌもまた笑い声をあげた。

 

「あははー。じゃあ、六大神様にでも感謝しようか?」

 

 その返しに、ベリュースはさらに爆笑する。

 

「うはははは! そうだな。ありがとうございます。六柱の神様方、あなた様方のご加護のおかげで俺たちは無事に旅が続けられているうえ、こうして美味しい食事にもありつけましたー!」

 

 実際に彼らのやっている事を知ったうえで今の台詞を聞いた神がいたのならば、すぐにでも特大の天罰を食らわせそうな祈りである。

 だが、その台詞を聞いたザックは、おやと思った。

 

「あの……ちょっと聞いていいすか?」

「ん? どした?」

 

 機嫌良さそうにベリュースはもう一口、酒を口にする。

 

「いや……今、六大神って言ってましたけど、お二人ってもしかしてスレイン法国から来たんですか?」

 

 通常、王国や帝国などの近隣国では土、風、火、水の四大神信仰が普通だ。それに加えて光と闇の神を合わせた六大神信仰というのは、主にスレイン法国で行われている。

 ベリュースとクレマンティーヌの二人があまりにも自然に六大神と口にしたので、王国生まれのザックとしては違和感を覚えたのだ。

 

 

 尋ねられたベリュースは「あー……」と声を漏らし、コリコリと頭を掻いて、ちらりとクレマンティーヌに目くばせをした。しかし、視線の先にいた彼女はどうでもいいとばかりに、並べられたドライフルーツをもう一つつまみ上げて、口へと放り込んでいる。

 そんな彼女の様子に、まあいいかと腹を決めたベリュースは口を開いた。

 

「おう、そうだぜ。俺たちゃ、スレイン法国から来たんだよ。あ、スタッファンの奴は別な。あいつは王都生まれだ」

「へえ、そうなんですか。よければ、なんでこっちに来たのか聞いても?」

 

 聞かれたベリュースは渋い顔をした。クルミなどのナッツ類が並べられた皿の上からアーモンドを一つ摘み揚げ、ガリガリと齧る。

 その様子に、拙いことを聞いてしまったかとザックが気まずさを感じているところへ、口を挟んできたのはクレマンティーヌであった。

 

「あはは。いいじゃん。教えてやんなよ。私らが何で法国を飛び出たのかさー」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 カサリ。

 あまり実用的とは言い難い、宗教的な装飾品ばかりが並ぶ、だだっ広い通路。

 そこに忍ばせた足音がかすかに響く。

 

 物音からしばし。

 その靴音に反応する者がいないことを確かめた上で、灰白色の大理石で作られた柱の陰より、一つの人影が歩み出た。

 

 音を立てる金属鎧はすべて外し、この付近をうろつく近習の人間と同じ衣服に身を包んだ、だがその立ち居振る舞いが明らかに不審な若い男。

 〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉の魔法がかけられたランプが吊り下げられている柱の陰から陰へと、出来るだけ光の当たらぬところを選んで歩いていく。

 彼は自分がこの区域にいることを他者に気づかれぬよう、可能な限り足音を忍ばせて歩いているのだが、そもそも彼は盗賊に関連した技術の心得などない。自分ではうまくやっているつもりだが、本職の人間からすればその隠密の技術は稚拙極まりなく、必死で誰かに見つからぬようこっそり動いているその姿は、見る者が見ればバレバレ、丸分かりであった。

 

 だがそれでも、警戒の報がないのは上手くいっている証拠と信じて彼は進む。

 この場所に忍び込むのには少なくない労力を要した。この周辺は基本的に国家への忠誠心溢れた者たちが警護する場所である。だが、そんな者たちの中にも、欲のある人間やなんらかの弱みを持つ者たちはいる。彼は警備にたずさわる者の中で、そのような無理を通せる者らを調べあげ、良家である実家の権威や金の力を駆使し、窓のカギを開けたままにしておく、予備の服を一時的にだけ貸す、ほんの少しだけ見回りの時間を早めさせる等、自分のしている事が国家への裏切りであると彼らが感じぬ程度にほんの少しずつ任務を逸脱させ、そしてついに彼が目的の部屋に侵入するための『穴』を作ることに成功したのである。

 

 ここで下手をうてば、これまで彼が払った苦労と金、そのすべてが無駄になる。

 ごくりと生唾をのむと、彼は再び足音を忍ばせ進んでいった。

 

 

 どれだけの時間が経っただろう。

 彼はついに目的の場所、とある一室へとたどり着いた。

 

 そこは白を基調とした部屋であった。宗教的な装飾の施された丸天井は高く、そこから〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉の光を幾重にも反射するシャンデリアが吊り下げられており、その煌めくような光りが降り注ぐ真下には、この部屋の主である少女が横たわる豪奢な寝台があった。

 

 

 きょろきょろと幾度も辺りを見回し、忍び足で寝台に近づく。

 そこに寝ている、いや寝かされているのは一人の少女。

 頭部には蜘蛛の糸にも似た白く輝く金属糸が絡みつき、そこに大小さまざまな宝石が飾られている。

 

 『叡者(えいじゃ)の額冠(がっかん)』

 

 スレイン法国の秘宝の一つであり、装着者の自我を封じる代わりに本来、人の身では成し得ない高度な魔術の秘儀、その行使を可能とする代物である。

 

 だが、艱難辛苦の果てにこの場所まで辿りついた男にとって重要なのは、そんな世界に数えるほどすらない希少なアイテムではなかった。

 

 男は眠る少女を見下ろす。

 その身に纏うのは透けるほどの薄絹。布越しにも少女の薄い胸。桃色の乳首。そして、和毛もろくに生えぬ恥丘やぴったりと閉じた割れ目がはっきりと見えた。

 その姿をごく近くで目の当たりにし、巫女姫の寝所にまんまと忍び込んだベリュースはにんまりと笑った。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「へえ。じゃあもしかして、その巫女姫とやらを襲って、犯ったんですか?」

 

 その話を聞いてザックは目を丸くした。

 

 話に出てきた巫女姫とやらがどんな存在なのか、彼にはよく分からない。だが、スレイン法国で厳重な警備が敷かれた場所にいるらしく、また『姫』と名のつく存在ということで、きっとよほど高貴な人間なんだろうなと想像したのだ。

 

 ザックは平民である。たまに目にし、関わることもある貴族たちに対しては、偉そうにふんぞり返りやがってという反発の心が湧いて出るが、王族となると話は別である。王族も貴族と一緒でしかないとは分かっていても、それは雲の上の存在であり、想像するだけでもどうしても恐れ多いという感覚がついて回る。

 そして、そんな人間を襲ったというベリュースの怖いもの知らずの行動に、我知らず感嘆の吐息を漏らした。

 

 

 しかし、そんなザックの驚嘆のまなざしを受けたベリュースはというと、「あー……」と続く言葉に窮した様子であった。

 

 どうしたんだろうと首をひねるザックに、ぷぷぷと笑いをこらえながら代わりに答えたのは、どこから取り出したのやら手のひら大の黄色い果実をガリガリと齧るクレマンティーヌ。

 

「ベリュースが巫女姫を襲ったのは事実なんだけどさー。上手くいかなかったんだよねー」

「え?」

「いや、ほぼ裸の女の子に覆いかぶさって、まんこにちんちん突っ込もうとしてたんだけどねー。なんか上手く入んなくて、何度も挑戦しているうちに出ちゃったんだよね、アレが。『うっ』とか言ってさ」

 

 思わず振り向いたザックの視線に、ベリュースは頭を抱えて身悶えた。

 

「いや、だって、思ったより大変だったんだよ。なんつーの。ただマグロってわけでもなく、演技とかでもなく、本当に何もしない女ってさ。一見、簡単そうに見えたんだけど、触ってもろくに反応しないんで、うまく入れられなくてよ」

 

 そんな思わず早口になるベリュースの弁明に、ザックは「はあ」とだけ返した。

 

「でも……まあ、一回失敗しても、何回かやれば上手くいくんじゃ……」

 

 それは道理だ。

 何度も出せるものでもないが、一回出してしまったからといって、もう二度と出来ないというわけでもない。数回くらいなら何とかなるはずだ。

 

「いや、俺もそのつもりだったんだけどな……」

 

 そういってベリュースは恨めしそうな視線を、クスクスと笑っているクレマンティーヌに向ける。

 

「このクレマンティーヌさんがその時、笑ったんだよ。部屋の外にいた守衛の耳に入るほどの大声でな」

 

 その言葉に驚いてザックもまた、その顔に人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる金髪の女性へと目をやった。

 

「えっ? クレマンティーヌさんもいたんですか?」

「そうだよー」

「え? でも、これまで話には出てこなかったような……。あ、もしかしてベリュースさんがあらかじめ護衛に雇ってたって事ですか?」

「違う、違う。あたしは別件。漆黒聖典とかいってこき使われるのはもう嫌気がさしてたからさー。追ん出る前にさ、手土産代わりに巫女姫のしてる『叡者(えいじゃ)の額冠(がっかん)』でも盗み出してやろうと思って、寝所に忍び込んだのよ。そしたら、変な男がこそこそしててさ。何するんだろうなーと思ってこっそり見てたら、裸の巫女姫の前でちんこ出して、そんで身動き一つしない巫女姫に入れようと四苦八苦した挙句に、暴発しちゃったんだもん。そりゃ、笑うよねー」

 

 その答えにザックは「あはは……」と取り繕うような笑いを浮かべた。一応、同じ男としてベリュースの暴発の件は触れてやりたくはなかった。

 

「まあ、そんでさっきも言ったけどよ。その笑い声で初めて、それまで見てた奴がいたってのに気づいて俺はびっくりしたんだよ。そこへ突然、部屋の中から声が聞こえたもんで、慌てて外にいた警備の連中が中に入ってきて俺たちと鉢合わせしてな、そりゃもう大騒ぎよ。あとは何をどうしたもんだか、さんざんっぱら丁々発止(ちょうちょうはっし)して気がつきゃクレマンティーヌさんと一緒に法国の首都を脱出してたって訳さ」

「感謝してよ。私がいなけりゃ、今頃、あんたは火滅聖典あたりに引き渡されて、死なないように延々拷問されてるとこなんだからさ」

「いや、あそこで大声出されて見つからなければ、こっそり部屋を脱出もできたんだけどな」

「なに言ってんの。その場は脱出できても、後で絶対にばれるわよ。そうなれば追手をかけられて、法国を脱出する前に捕まえられて、あとは拷問室行きよ。この漆黒聖典の第九席次、クレマンティーヌ様が一緒について来てやったことに感謝しなさい」

 

 そう言われるとベリュースはぐうの音も出ない。

 実際、これまでの旅の間、降りかかる危険や荒事の数々を潜り抜けられたのは、彼女の力のよるものであることは決して否定できない。

 

 しかし、はたで聞いていたザックはというと、聞いたことのない言葉がでてきたことに首をひねった。

 

「あの……その漆黒聖典とかってなんなんです?」

 

 その言葉に二人の視線がザックへと向く。

 

「あー、そっかー。法国の人間じゃないから漆黒聖典とか知らないかー」

「法国の人間でも、それなりの地位にある人間じゃないと知らねえだろうしな」

「ベリュース、それって自分が昔は偉かったんだっていう自慢のつもり?」

「い、いや、いいじゃん。それくらいは」

 

 ひとしきり騒いだのちに、ベリュースはザックの為に説明してやる事にした。

 

「ええっとなあ。スレイン法国には六色聖典っていってな。普通の軍隊とは違うこと、まあ非合法な作戦とかをこなす組織があるんだよ。各地で情報収集する風花聖典とか、普通の戦争じゃない非正規戦を得意とする火滅聖典とかな」

「そうなんですか」

 

 まともに教育など受けたことがないザックは、『非合法な作戦』だの『非正規戦』というものが何なのか分からなかった。普通の戦争と言われても戦争とは大規模な殺し合いの事としか考えておらず、では普通でない戦争があるのか、そもそも戦争の定義が何なのかすら理解していなかったのだが、とりあえずいちいち聞き返しはしなかった。

 

「陽光聖典とか呼ばれてる奴らなんてな。それこそスレイン法国だけじゃなく、あっちこっちの外国にも出向いていって――まあ、外交的な問題もあるから、大抵はこっそりとだったりするわけだけどな――亜人どもの村を一個丸々滅ぼしたりするんだぜ」

「!? マジですか!」

「おう、マジだよ」

 

 先ほどの説明はピンと来なかったが、こちらはよく理解できた。

 ザックもこれまであちらこちらへ旅するなかで、不意に森の中などから現れるゴブリンやオーガらの襲撃には、そのたびに肝を冷やしたものだ。ゴブリンくらいならザックでも何とか倒せるが――それは一対一ならばであり、ゴブリンは必ず多数で襲いかかってくるものだが――足音を響かせ突進してくるオーガの巨体を目にしたときは、身体が凍り付いて闘うどころではなかった。幸い、共にいた傭兵団『死を撒く剣団』はそれなりの戦闘力を保有する集団であったため、返り討ち、もしくは追い払うなどして難を逃れたのであるが、あんな醜悪なものが数多く生息し、そして繁殖する村など考えるだけでぞっとする。

 そんな亜人たちをスレイン法国の国内だけではなく他国まで、しかもその国に秘密裏にでも出向いて行って、そして滅ぼしてしまうという陽光聖典とやらに、ザックは心の中で感謝の言葉をおくった。

 

 

「そんでな、漆黒聖典ってのはその六色聖典の中でも最強の部隊。英雄とよべる人間たちが集められた、それこそ人間種の切り札とも呼べる連中の集まりさ」

「そう、つまりそこにいた、この私はめっちゃ強いってこと」

 

 ふんと鼻息荒く、その張りのある胸をつきだしたクレマンティーヌであったが、それを聞いたザックはというと「はあ……」とだけ答えた。

 

「あー、ザック、信じてないでしょー」

 

 ぷうっと頬を膨らませるクレマンティーヌ。

 一見、可愛らしい行為だが、ここ最近の付き合いで彼女の性質の一端を垣間見ていたザックは、機嫌を損ねたかと冷や汗をかいた。

 

 出会ってからさほど日は経っていない。

 だがそれでも、これまでの旅程において、このクレマンティーヌという女性の恐るべき強さは身に染みていた。

 あまり防御の役には立たなさそうな、白い柔肌を大胆にさらした鎧に包まれた、しなやかながら筋肉質のその身体。

 だが、その男なら誰しも生唾を飲みこみたくなる扇情的な肉体は、恐るべきものを内包していた。

 彼女の前では、重厚な金属鎧に身を包んだ戦士も、しなやかにして素早い動きを身上とする冒険者も、常人には理解できぬ不可思議な力を操る魔法詠唱者(マジック・キャスター)も、悍ましく奇怪な姿と力を有する怪物(モンスター)たちも、すべて敵ではなかった。荒事になれた者たち、それも一体多数という明らかに不利な状況下であっても、全く労する様子もなく飄々とした態度のまま、死を量産するその姿。

 思いだすだけでも、ザックのその背筋に冷たいものが走る。

 

 しかし、そんなクレマンティーヌの強さを目にはしていても、それでも彼女が人類最強クラスであるという話は信じがたかった。

 

 

「えーとね。ザックは王国の人間なのよね。じゃあ、戦士長のガゼフ・ストロノーフって知ってる?」

 

 もちろん知っている。

 王国の人間、いやおよそ近隣諸国に生きる人間でその名を知らぬ者はいないだろう。

 

 リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 平民出身でありながら、かつて王都で行われた御前試合で並み居る強豪を打ち倒し、見事優勝を果たした勇猛なる戦士。

 その卓越した剣技は、近隣諸国に比肩しうるものなきほどと言われている。

 特に彼の名を高めたのは隣国バハルス帝国との戦争である。王国側の貴族が引き起こした失策により、王国軍は戦線が崩壊する危機を迎えていた。その時、王国の至宝と呼ばれる最強装備に身を包んだ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは彼の手勢である戦士団を率い、急所を突こうと突撃してきた帝国軍を迎えうった。そして、その鬼神の如き戦いぶりにより、精強と謳われる帝国騎士団の攻撃を食い止め、さらには当時の帝国四騎士のうち二人までをも討ち取るという大戦果をあげたのだった。

 この話は王国中に広く知れ渡り、それを聞いた平民らは戦(いくさ)の結果に安堵するとともに、貴族に対する留飲を下げた。

 

 それはザックがいた『死を撒く剣団』でもだ。

 彼らは、名目上は傭兵団と名乗っているとはいえ、実質はいわゆる盗賊団であり、王国に使え、治安を守る側にいるガゼフは敵といえる。

 だが、そんな彼らも、公権力におもねる連中の中でもガゼフだけは別と称賛していた。その時の戦争の話が出るたび、貴族の愚かさをことさら貶(けな)してざまあみろと叫び、平民出身のガゼフの活躍に歓声を上げたものだ。

 

 かくいうザックも、自分自身は国に対する忠誠心なぞ持ち合わせてはいないが、国王に忠義を果たす彼の姿にはひそやかな憧れを持ち、王国にそんな立派な人間がいることを誇りに思っていた。

 

 

「じゃあ、話は早いね。私、ガゼフ・ストロノーフ並みに強いって言えば分かる?」

「はあっ!?」

「まあ、ガゼフ・ストロノーフ並みっていうのも語弊があるんだけどね。とにかく、王国で私とまともに戦えるのは、ガゼフ・ストロノーフに『蒼の薔薇』のガガーラン、『朱の雫』のルイセンベルグ・アルベリオンとか……」

 

 同時に名前が挙げられた二人、『蒼の薔薇』のガガーランに『朱の雫』のルイセンベルグ・アルベリオンは、アダマンタイト級冒険者として有名であり、その名はザックも知っていた。

 

「あとは引退したっていうヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファン、それとブレイン・アングラウスの5人くらいって言われてたなー」

「……え? ブレイン?」

「ん? どったの?」

「あ、いや……」

 

 ブレインという名に、ザックは聞きおぼえがあった。

 『死を撒く剣団』にいた用心棒だ。

 『刀』とかいう奇妙な武器をつかう男で、とにかく不思議な感じのする流れ者だった。めっぽう強いのは事実なのだが、とにかくただ強さを極めること以外に関心がないようで、せっかくの得物――女を手に入れても見向きもしなかった。初物らしい肉感的な女を犯す権利をいの一番に与えられても、それを辞退し、自分の武器の手入れと鍛錬を優先させるような男であった。

 

 彼が戦うところはザックも目にしたことがある。それはまさに次元の違う強さ。

 おそらくザックが戦ったのならば、それこそ一瞬のうちに切り捨てられるであろうことは間違いなかった。

 しかし、そんなに強いブレインですら、以前、ガゼフに敗北したことがあるという。

 それを聞いて、ザックはガゼフに対する敬意を強くしていたのだ。

 

 一般人に毛の生えた程度のザックは、二つあるはるか高い山の高さが麓から見上げるだけの人間には正確に測れないように、ブレインは強いというのは分かっていても、それがどれほど凄まじいかまではイマイチ理解できていなかった。だが、『死を撒く剣団』の中でも古強者たちですら、ブレインには敬意をもって接していたのを憶えている。

 

 ――ブレインって、そんなに強い奴だったのか……。

 

 クレマンティーヌの話を聞き、『死を撒く剣団』時代、加入したばかりだったブレインに対し、酒に酔った勢いで絡んだことがあるザックは過去、自分がやった行為に背筋を凍らせた。

 あの時、他の者たちが引きつった表情を浮かべていた中、酔っ払いの戯言(ざれごと)と薄く笑ってさらりと流してくれたブレインの心の広さに、今更ながら感謝した。

 

 

「まー、実際にやったら、昔の装備突っ返した今でも、そいつらに負ける気はないけどね」

 

 獣のような獰猛な気配を漂わせながら、にやりと笑うクレマンティーヌ。

 正直、それを聞いても信じがたかったのだが、かつて行動を共にしていたブレインの強さをたった今、言われるまで計ることすら出来なかったザックは――考える事を止めた。

 

 はっきり言って、まともな戦士でもないザックには関係のない強さの話だ。

 それこそドラゴンを乗騎にしていたというゴブリン王と、武器を振るうだけで竜巻を起こしたというミノタウロスの口だけ賢者、どちらが強いというレベルの話だ。

 ザックは、はるか雲上の強さの話だと意識の外に置くことにした。

 

 

 

「ええっと、まあ、とにかくだな」

 

 ベリュースは話を戻した。

 

「さっき話した通り、巫女姫を襲ったのがきっかけで、俺とクレマンティーヌさんは法国を飛び出たってわけだ」

 

 グイッとベリュースは革袋を持ち上げる。

 流れ落ちた赤ワインを口いっぱいに含み、それからごくりと一息に飲み干した。

 

「まったく、俺はもともとスレイン法国でも有数の資産家の人間だったんだぜ。本当なら、何不自由なく暮らしていけたっつうのに、それが今じゃこんな、あっちへふらふら、こっちへふらふらの流れ者暮らしってわけよ」

 

 そう口にするが、愚痴るその顔に悔恨は混じっていない。

 

「まあ、でもいいさ。金も地位も失っちまったが、こうして思うままに好きなもん分捕ったり、女襲ったりできるんだからな。あのまま法国にいても、家の権威利用して、おいしいそうな仕事に首突っ込んだりする程度で、それなりに小狡く生きていくしかできなかっただろうからなあ」

 

 背をそらし後ろ手をつき、空を見上げる。

 輝く星空を眺めるその目はとても清々(すがすが)しいものであった。

 

 その横顔を眺めるザックも、どういう訳だかその心にとても澄んだものを感じていた。

 ベリュースの話が本当ならば、彼はザックが憎む金持ちの家の出らしい。たしかに長くはない付き合いだが、ベリュースは他者を顎で使う事を当然と思う人間のような、尊大にして無神経なところがあった。

 だが、そうしてこき使われても、ザックの心のうちには妬みや恨みといった感情はわいてこなかった。代わりに彼の心のうちに浮かんできたのは、けっして主従関係ではない、共に旅する仲間の役に立てるというある種、喜びの感情であった。

 

 

 話は止まり、辺りは静けさを取り戻した。

 再び、パチパチと爆ぜる焚き火の音と、肉同士がぶつかり合う音のみが辺りを支配した。

 

 すると段々とその音に、ゴツッゴツッと固い物が叩きつけられる音が加わった。

 

 

「おいおい、スタッファン。ちょっと待てよ」

 

 ベリュースは首を廻して、焚き火から離れた所で強姦をしていたスタッファンに声をかけた。

 

「今日は一人しかいないんだからな。お前が一番最初にやる事になったからって、俺たちがやる前に殺すなよ」

 

 言われて、彼は組み敷いていた女性を殴る手を休めた。

 

「お、おう。すまねえ。ちょっと興奮しちまってな」

 

 はあはあと息を切らし、そのぶよぶよと膨れ上がった肉体を震わせるのを一旦、止めたスタッファン。

 ふうと息を吐き、額に浮かんだ汗をその常人の倍ほどの太さがある腕で拭う。

 彼の贅肉の下には衣服を切り裂かれた上で猿ぐつわを噛ませられ、さらに後ろ手に縛られた小柄な女性がいた。髪を短く刈り込み、まるで少年のように見える彼女は、自分にのしかかる醜悪極まりない男へ憎悪の視線を向けている。

 

「あん? なんだ、その顔は? お前もあんなふうになりたいのか?」

 

 そう言って、スタッファンはぶよぶよとした芋虫のような指で彼女の顔を掴み、力任せに横を向かせる。

 そこには彼女――ニニャの友人であり、冒険者チーム『漆黒の剣』の仲間であったペテル、ダイン、ルクルットの三人が冷たい屍となって転がっていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 彼らが出会ったのは偶然であった。

 

 エ・ランテル方面へと馬車を走らせていたベリュース一行。

 段々と日が傾き始めてきたため、どこかで野営するか、それともすこし無理をして次の宿場町を目指そうかと話をしていたとき、ちょうど街道から少し離れた脇で野営の準備をしていた『漆黒の剣』と出会ったのだ。

 周囲に護衛も見当たらぬ状態で現れた、それこそ貴族が使うものとおぼしき豪華な馬車。それが自分たちの近くで止まったことに、いったいどうしたのだろうと疑念の視線を――ニニャは嫌悪の感情が多く混じった視線を――向けた。

 

 すると、停車した馬車の扉がゆっくりと開き――そこから弾丸のようにクレマンティーヌが飛び出した。

 そして彼らにもの言う暇も与えず、流れるような動きで、そこにいた『漆黒の剣』の面々を次々と殺していったのだ。

 

 ――すぐに皆殺しになるだろう。

 

 そう思ったベリュースらであったが、どうしたことだろう? 四人組の冒険者チーム、最後の一人。魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしい少年の喉に、そのオリハルコンでコーティングされたスティレットは突き立たなかった。

 わずか一寸手前で止められたその切っ先は軌道を変え、少年の膝、そして杖を持つ手首を突き刺した。

 苦悶の悲鳴と共に激痛にうずくまるニニャ。

 一人だけ止めを刺さなかったことに、いったいどうしたんだろうと疑念の目を向ける一行の前で、クレマンティーヌはニニャの腰に下げられていた、柄に四つの小さな宝石が埋め込まれた短剣を引き抜いた。どういう訳だが黒く塗られているその刀身を振るい、小柄な魔法詠唱者(マジック・キャスター)の衣服を切り裂く。

 

 そこから出てきたのは、滑らかな曲線を持つ女の裸。

 それを見たベリュースらは歓声を上げた。

 

 

 そうして唯一生き残った彼女を誰から犯すか決めたところ、スタッファンが最初となったため、強姦している彼を横目に、残った二人と当然その中に加わることのないクレマンティーヌは、ちょうど彼ら『漆黒の剣』が夕飯として調理していたものを食べながら、呑気に語らっていたという訳である。

 

 

「それにしても、よくあいつが女だって分かりましたねえ」

「へへん。その辺は立ったり、歩いたりする時の体重のかけ方とかで分かるもんなのよ」

「へえ、やっぱすげえな、クレマンティーヌさんは」

 

 そんな会話を背に、仲間の変わり果てた姿を無理矢理見せつけられ、涙を浮かべるニニャの横顔を、スタッファンはもう一度ひっぱたいた。

 再び、制止の声がかかる。

 

「……なんだか、こいつの顔見てるとむかついてくるんだよ」

 

 スタッファンはチッと舌打ちをし、すぐそばに唾を吐き捨てた。

 ニニャの腫れあがった顔をみて、苛立ちの表情を浮かべる。

 

「くそっ、あのツアレニーニャとかいうクソ女を思いだすぜ」

 

 その言葉に――それまで顔を横にそむけ、まなじりから涙を流していたニニャがびくりと身体を動かした。驚いたように目を大きく見開き、そして自分を組み敷く男を下から睨みつけると、身体を大きく揺り動かし、もがきだした。

 これまで自分の下でぐったりとしていただけだった女が突然、暴れ出したことに戸惑いを隠せないスタッファン。そんな彼の見ている前で、彼女はぶんぶんと首を振る。すると後頭部で結ばれ、口にはめられていた猿ぐつわが緩んだ。ニニャはさらに力いっぱい頭を振り、その口腔に押し込められていた布の塊を吐きだした。

 

 目元は内出血で赤黒く膨れ上がり、口の周りは吐きだした唾液まみれという有様ながら、彼女はそれこそ人を殺せそうなほどの視線を、自分にのしかかる豚男に向けた。

 

「お前……! お前、姉さんをどうした!」

 

 不意に吐かれた予期せぬ言葉にスタッファンは虚をつかれた。

 

「あん? 姉さん?」

「そうだ! 姉さんを、ツアレニーニャ姉さんをどうした! 姉さんはどこにいる!?」

 

 こう見えてニニャは銀級冒険者である。

 生死をかけた修羅場をこれまでいくつも潜り抜けてきており、その殺気のこもったまなざしを前にしては、まともに命の危険のある状況に身をさらしたことのないスタッファンは、そのぶよぶよとした身体を震わせることしかできない。

 

 ――本来ならば。

 

 そう、本来ならば。

 ニニャの射殺すような視線を受けたスタッファンであったが、その心のうちに膨れ上がったのは生物として強者を前にした怯えではなく、相手も状況もわきまえず湧き上がる無分別にして理不尽なまでの憤怒であった。

 

「ふ、ふざけるな! ね、姐さんだと!! お前、あいつの家族なのか!?」

 

 その贅肉に包まれた拳を力任せに叩きつけた。

 

「くそっ! あ、あいつのせいだぞ!! 俺が! この俺がこんなとこで、こんなにしてなきゃいけないのは!?」

 

 その拳は訓練を受けた戦士の鋭い突きではないが、不摂生による平均をはるかに超えた体重をのせて繰り出される拳の乱打が、憎悪に燃えるニニャの顔面へと降り注ぐ。

 

「お、俺は、俺は巡回使だったんだぞ! 街をうろつくちょっと力がある馬鹿な衛士どもとは違う、はるかに偉い地位にいたんだ! 偉かったんだ!! それが……それがお前の、お前の姉とやらのせいなんだぞ!! くそっ! くそ! 俺に、俺に謝れよ!! お前の姉の、ツアレニーニャとか言うクソ女の代わりに、俺に謝れよ!?」

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 スタッファン・へーウィッシュ。

 彼はほんのわずか前までリ・エスティーゼ王国の王都において、巡回使として働いていた。

 武器を持ち歩き街中で犯罪者を取り締まる衛士とは異なり、王国の治安を乱した者、法律に反した者を調べ逮捕する、言わば上級職とでもいうべき存在であった。

 

 そして、彼はその地位に見合う仕事に日々、励んでいた。

 励まねばならぬ理由があったのだ。

  

 彼にはけっして広く公言できぬ、特殊な性癖があった。

 それは女をいたぶることに性的興奮を覚えるという嗜虐趣味であった。

 何故、そんな非道な事に興奮するのかと問われても、彼にとってはそれが当然の事であるからだとしか言いようがなかった。

 自分の手によって、女の鼻がひしゃげ、額がざっくりと裂け、頬が引き裂かれ、耳がちぎれ飛び、歯がへし折れ、目玉が飛び出ていく様を見て、彼の股間は昂った。

 爪をペンチで剥ぎ、指を金づちでへし折り、生皮をナイフで剥ぎ取り、脇の下を松明であぶり、手足の骨をメイスで叩き潰し、乳房に焼き鏝をあて、膣内に火箸を突っ込むと、背筋の奥からゾクゾクとしたものが湧いて出てきた。

 そして、そんな苦痛に泣き叫ぶ女の悲鳴、生き残るための必死なまでの哀訴、そしてそれが叶わぬと知った時の絶望の表情。それがたまらなく好きだった。

 

 通常であれば、彼はそんな異常な性的嗜好を満たす事など出来はしなかっただろう。

 しかし、幸いにして彼は一般の平民とは異なる地位にあり、平均をはるかに超える収入を得ていた。

 彼は働いて得た金で定期的に奴隷を買っていたのである。

 奴隷を使いつぶすことは、せっかく高い金を払って購入しておきながらそれを粗末に扱うようなもの、財産の無駄遣いでしかないとしてあまり良い顔はされない行為であったが、それでも罪に問われるような事ではない。

 彼はそうして頑張って働いては、その金で奴隷を買い、それをいたぶって楽しむということを繰り返していた。

 

 

 しかし、そんな幸せな日々も終わりを告げる。

 それは王国の第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ、肝いりの施策。

 

 ――奴隷制の廃止。

 

 この勅により、リ・エスティーゼ王国国内において、奴隷の売買は禁止され、またすでに購入してある奴隷に対しても、過度な暴行などは禁じられた。

 

 それはスタッファンにとって、人生の終わりを意味するものであった。

 彼にとって人をいたぶる行為は、美味い飯を食すのと、柔らかなベッドで身を休めるのと、息をするのと同様の行為であった。それは彼にとって生きがい、ライフワークであり、それこそが彼の人生のすべてといっても過言ではなかった。

 しかし、それが禁止される。

 これまでその特殊性癖を満たすために行ってきた何の問題もないはずの行為が、突如、犯罪行為とされたのだ。

 

 彼に残されたのは、いずれ我慢の限界が訪れ、その辺の一般市民を襲い、犯罪者として囚われの身となり、どんな手段でかは分からないがとにかく処刑されるだろうという絶望の未来だけであった。

 

 

 だが、そんな彼に救いの手を差し伸べてくれた者がいた。

 

 とある貴族の紹介により彼は、王都の中でもあまり治安のよろしくない場所にひっそりと佇(たたず)む、ある施設への出入りを許された。

 そこは法の抜け道となる特別な娼館。

 そこではこれまで同様――殺してしまえば、処理のためにそれなりの金はかかるが――たっぷりと女を痛めつける事が出来たのだ。

 

 そこへ出入りするための交換条件。

 それは、特定の者たちに対し、彼の地位を利用して便宜を図ることであった。

 後ろ暗い、おそらく八本指に組する者たちであるとは分かっていたが、スタッファンとしては特にそれに忌避感を覚えることもなかった。彼は真面目に不正を頑張りつつ、ときおり娼館で女をいたぶってリフレッシュし、また翌日以降の仕事を頑張っていた。

 

 

 だが、そんな充実した日々にも再び、終わりがやってきた。

 

 

 一仕事終え、数日ぶりに娼館を訪れたスタッファン。

 彼はここ最近、娼館の女と遊んでいるうちについ力余って殺してしまうということが続いてしまっていた。殺してしまうのは楽しいのだが、そのたびに追加料金が発生するため、毎度毎度だとさすがに懐具合(ふところぐあい)が思わしくなくなってくる。そのため、これからしばらくの間は出来るだけ殺さないようにしなければいけないなと、節度を保った遊びを心に誓っていた。

 そうして入った店内で、ちょうど入ったばかりの新顔がいると聞かされた彼は、その新人女性――ツアレニーニャを指名した。

 

 元農民らしい彼女は、引き取られた貴族の下でさんざん嬲られたあと、この娼館へと払い下げられてきたらしい。その目には諦観と絶望の色が見えていたものの、それはあくまで高慢な貴族の傲岸不遜な振る舞い、扱いにつき合わされただけのこと。この娼館に送られ、しかも最初の相手がスタッファンということで、彼女はようやくこれまでのことなどほんの児戯レベルでしかなく、本当の地獄はまだあったのだと悟り、すでに枯れ果てたと思っていた絶望の悲鳴をあげた。

 

 しばらく筆舌に尽くしがたい行いを繰り返し、さんざん楽しんだ後、スタッファンは締めとばかりにその握りこぶしをベッドの上で息も絶え絶えな彼女へ幾度も降りそそがせた。

 道具を使って痛めつけるのも楽しいが、やはり最後はこうして自分の肉体で痛めつけるのがいい。そうした方が、自分が圧倒的強者として弱者をいたぶっているのだと実感できる。殴りつけた拍子に固い骨で手を痛めたり、口元から覗いた歯で切ってしまう事もあるが、それもまた趣(おもむ)きがある。もちろんそれらは痛い。痛いのだが、その痛みから生じた怒りはさらに彼を興奮させ、殴る力を増させていくのだった。

 

 

 そうして今日は節約のために殺してしまうのは止めておこうと考えていたのもどこへやら。結局のところ、楽しんでいるうちにそんな事はすっかり頭の中から抜け落ちてしまい、熱狂から覚めて気がついたときにはもうツアレニーニャとやらはすでに冷たくなってしまっていた。

 仕方ないなと店員を呼び、「あまり、やり過ぎないでくださいよ」、「ははは。すまん、すまん」と和やかなやり取りが交わされる。

 そうして女を運びだす布袋を取りに店員が部屋の外へ出た瞬間――ぎゃっと悲鳴が上がった。

 

 いったい何が起きたと扉の方へ目を向けるスタッファン。

 

 

「そこまでよ、この下種(げす)がっ!」

 

 扉の向こうから現れたのは、乙女にしか着用できないとされ、そのあちらこちらに無数のユニコーンが刻まれた、まるで芸術品のようなまばゆい輝きを放つ名高い伝説の鎧、『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』に身を包んだ美しい女性。

 その胸元には冒険者の最高峰、アダマンタイトのプレートが輝いている。

 

 

 

 アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラであった。

 

 

 

 このおよそどんな悪辣なことでもできるという娼館。

 その存在を知ったラキュースははらわたが煮えくり返る思いであった。

 彼女の友人であるラナーの提案により、王国において奴隷制度は廃止された。

 だが、この王国の裏社会に根を張る八本指は法の抜け道を考えついていた。女を――対象者は女のみとは限らないが――奴隷ではなくあくまで契約した労働者として扱うことで、摘発を逃れていたのだ。 

 契約したなどと言ってもそんなものは建前上の話であり、そこで扱われているものはまぎれもなく奴隷でしかなく、そこにいる人間が過酷な環境下にいることは明白であった。

 

 それを知ったラキュースであるが、最初は我慢した。

 あくまで法の無理矢理な解釈によって成り立っているだけで、ちゃんと相応の部署に働きかけを行えば摘発できると考えていた。

 

 だが、事はそう簡単には進まなかった。

 この世には卑猥にして下賤な欲望を持つ者がたくさんおり、そんな人間たちにとって奴隷のような、いくら虐げてもかまわない人間の存在は無くなってしまっては困るものであった。

 そして、そういった下卑た人間たちは、貴族というこの国の政治、権力を動かす存在の中にも多数いたのだ。

 

 正規の手段での通報はもみ消された。

 ならばと彼女自身の伝手(つて)を使った政治的な圧力を行使したのだが、どうやら向こうもかなりの高位貴族に伝手があるらしく、結果は同じであった。

 

 

 そこで彼女が考えた次なる手段。

 それは友人であるラナーに相談することではなく、娼館に強行突入し悪行の証拠を直接掴むという、実に荒っぽい手であった。

 

 そうして義憤に駆られ、激情のままに仲間たちと共に突撃したラキュース。

 突然の襲撃に、荒事になれた者たちがおっとり刀で集まってくるものの、人類の最高峰、アダマンタイト級冒険者にかなうはずもない。

 瞬く間に制圧し、そして地下の通路に並ぶ、おぞましい秘め事がなされている部屋へと彼女が踏み込み、目にしたもの。

 それは、見るだけで嫌悪感が湧くのを禁じ得ない、ぶよぶよとした醜悪きわまりない裸身をさらしたスタッファンと、その下に組み敷かれている、たった今スタッファンに殴られ命を落としたばかりの哀れなツアレニーニャの物言わぬ死体であった。

 

 

 それからのことは上を下への大騒ぎとなった。

 王命により奴隷制が廃止されたはずの王国。それがよりにもよって、その王の御膝元である王都において堂々と偽装した奴隷の売買、並びに虐待が行われていたのだ。

 さらにその娼館からは王国内に根を張る闇組織、八本指に関連する資料までもが発見されたのである。

 

 当初、八本指は伝手のある貴族らを使って、それをもみ消そうとした。

 だが、それを見つけたのは王国に二組しかいないアダマンタイト級冒険者であり、かつまた王国有数の貴族でもあるアルベイン家の令嬢ラキュースである。さらにその証拠は彼女の手から第三王女であるラナーのところまで届けられてしまっていたのだ。

 もはや証拠隠滅などは不可能であった。

 

 

 

 その後に繰り広げられた喧々諤々の大論争の末に、下された最終的な結論。

 それは巡回使スタッファン・へーウィッシュは、違法娼館において急に具合が悪くなった女性従業員への救護義務を果たさなかったとして免職処分とする、というものだった。

 

 

 

 今回、ラキュースが見つけ出した証拠の数々。

 そこに記されていたのは明確すぎるほどの違法行為の数々。それも娼館を管理していた奴隷部門だけではなく、麻薬や暗殺を始めとした八本指全ての部門について、断片的ながらも記載があったのだ。

 

 そしてさらに、書かれていたのはそれだけにはとどまらなかった。

 そこには八本指と親交があり、関係する貴族たちの名前――奴隷部門の長であるコッコドールが知る限りではあるが――がはっきりと記されていたのである。

 それは万が一の際、他の部門も巻き込む為の、いわばこちらを襲うならばお前らも道連れだというある種の脅しのためであったのだが、それが丸々さらされることになったのだ。

 

 押収された様々な犯罪の証拠や、そこまでいかずとも調査開始の一端となる書面の数々。

 うまくすれば、王国を内部から蝕む八本指の勢力を一気に減少させることも出来るかもしれなかった。

 

 だが、事が明るみになると困る者が多かった。

 そう、あまりにも多すぎたのだ。

 

 八本指の影響は多岐にわたる。

 もし、それらをすべて調査し摘発するとなると、とんでもない事になる。直接的並びに間接的まで含めると、この国の貴族や資産家のうち、かなりの数が対象となってしまう。

 それは拙いと判断された。

 ただでさえ隣国、バハルス帝国から軍事的に圧迫されているときに、ここに記されている貴族、有力者たちが軒並みいなくなれば、それだけで王国の屋台骨が揺るぎかねない。腫瘍を切除したものの、その手術による肉体への負担に耐えきれず、死んでしまっては元も子もない。

 

 それだけは避けなければいけなかった。

 

 

 そうして様々な裏取引や妥協の結果、まずその娼館は取り潰すことが決定した。そうすることで奴隷売買の被害が拡大を防ぐことが出来ると判断されたのだ。

 そして、殺人の現場を目撃されたスタッファンについては、死亡した原因が彼自身によるものか、それともその前に死亡していたのか判別できないという無理矢理な理由により、投獄まではしないが巡回使の職を解き、公権力からは距離を置かせるということでカタがついた。

 

 

 無論、その程度の甘い処分にラキュースは反対だったのだが、今回の件に関して彼女はこれ以上、首を突っ込めなかった。

 

 そもそも彼女、ラキュースはアダマンタイト級冒険者として一般市民を始めとした者達から広く信望を集める人物であるが、それはあくまで怪物(モンスター)を倒す英雄としてである。

 冒険者としての彼女に街中での捜査権、逮捕権などはない。権限もないのに店舗に踏み込んだのは、明らかに違法、越権行為である。

 それ故、王国では彼女が所属する冒険者組合への風当たり――貴族らからであって、一般市民からではないが――が強くなっていた。組合そのものへのいちゃもんは日常茶飯事。中には貴族からのただ作業の遅延を目的とした無意味な依頼の連発や、連絡不足という名目での虚偽依頼、更には都市間を移動した冒険者への検問での嫌がらせなどが横行したのだ。

 もともと冒険者は国家の問題へ首を突っ込まないというのが決まりであったのだが、ラキュースはアダマンタイト級冒険者にして王族ともつながりのある貴族であるとして、苦い顔をしながらも黙認してきた組合側も、さすがに今回に関しては座視しているわけにはいかなかった。

 

 また、先にも述べた通り、ラキュースは貴族として王女であるラナーともつながりが深い。

 そんなラキュースが行った今回の一件――暴走といってもいい――は王派閥の思惑によるもの、すなわち貴族派閥の力をそぐための勢力争いの一種と捉えられ、彼女の実家であるアルベイン家にも有形無形含め、相当の迷惑がかかる羽目となってしまっており、そのことに負い目を感じていたことも、ラキュースがさらなる口をつぐむこととなった要因の一つである。

 

 

 ともかく、それらの理由が重なり、ラキュースとしては山ほど不満があるのだが、偽装奴隷の売買に関わる娼館も潰れたことだし、彼女が目撃した殺人犯であるスタッファンも職を失い、もはや再犯はできぬ状態になったとして、無理にでも自分を納得させ、矛を収めることにしたのである。

 

 

 しかし、そんな玉虫色の決定に、一人納得がいかなかったのはスタッファンであった。

 

 殺人犯として処罰されることは免れたものの、巡回使としての職を失ってしまったのだ。

 彼は、普通の一般人よりは高い地位にあるとはいえ、領地からの収入がある貴族というわけでもない。

 かといって、一般人のように汗水たらして働くことなどできはしない。

 それなりに行政側の人間として経験を積んできたことで、法の死角やその抜け道に関する知識や経験はあるが、すでに高位貴族や八本指という闇社会も絡んだ件に関わり、目をつけられているであろう彼をわざわざ雇おうとする物好きなどいようはずもなかった。

 

 そうして彼は、何をすることも出来ず、ただひたすら謹慎のような日々を送る羽目となっていた。

 頭の中で繰り返されるのは、なぜ自分だけがこんなひどい目に遭わねばならぬのかということ。

 

 一番の原因はラキュースである。

 だが復讐しようにも、彼女はアダマンタイト級冒険者というスタッファンから見て、はるか雲の上にある実力者であり、またアルベイン家という王国有数の貴族である。

 何をとってもスタッファンでは、彼女に傷一つ作ることなど出来はしないということは厳然たる事実であった。

 

 そこでその次に悪い奴は誰だと考えたときに、スタッファンの頭に浮かんできたのは、あの時の女。

 娼館に新人としてやって来て、つい力の加減を間違えて殺してしまった、そして現場をラキュースに見られることになった金髪の女性、ツアレニーニャであった。

 

(あいつが……あいつが簡単に死んだから、ちょっと殴ったくらいで死んだから悪いんだ。あいつがもう少し生きていたら、俺はこんな事にはならなかったんだ。全部、あいつが悪いんだ……)

 

 そんなドンドンと強くなる完全に筋違いの恨みを抱え、ひっそりと生きていたスタッファン。

 だが、そうしているうちにも彼の心には、またぞろ人を痛めつけたい、人をいたぶりたい、悲鳴をあげさせたいという気持ちが膨れ上がってきた。

 しかし、彼が以前通っていた娼館はもはやない。八本指のことだからまた別の場所に、更に巧妙に偽装したうえで同様の施設を開いているのかもしれないが、すでに貴族との伝手が尽きた彼にその場所を調べる術はない。昔の知り合いたちも、下手に彼と関わって痛くもない腹を探られるのはまっぴらなのであった。かと言って、ガラの悪い場所に単身おもむき、その辺の人間から聞きこみをして隠された施設を見つけるなどという芸当も彼には出来ない。

 

 万策尽きた彼であるが、だからといって膨れ上がった嗜虐心は治まることなどありはしなかった。

 やがて、スタッファンは街中をうろつくようになった。

 そこで巡回使としての経験、これまで起きた強姦事件等の知識と重ね合わせ、どんな場所なら犯罪に適しているか、どんな人間なら攫っても問題ないかを調べて歩いた。

 

 そして、ついに実行に移す時が来た。

 彼は何気ない風を装って街を歩き、彼の力でも反撃されない女を選び、そして一瞬のスキをついて、通りがかった女性の口を布きれを覆って路地裏へと引きずり込んだ。この辺りはちょっとやそっと悲鳴をあげられても、それを耳にする者もいないという最良の場所だった。

 そこで女を殴りつけると、引き抜いた刃物を眼前につきつけ、おとなしくしろと命令した。

 

 そして事に及ぼうとしたとき――彼は横っ面をぶんなぐられた。

 驚いて振り向いたスタッファンの目の前にいたのは、首元に輝く金色のプレートを光らす冒険者たち。 

 

 罪には問われず釈放されたスタッファンであるが、いずれまた犯罪を行うと踏んだラキュースが私費で冒険者を雇い、彼を監視させていたのだ。

 

 

 誘拐並びに脅迫、強姦の現場を抑えられ、風前の灯火とでもいうべきスタッファンの運命。

 だが、神は彼を見放してはいなかった。

 

 ぎゃっと悲鳴をあげて倒れる冒険者チームの最後尾にいた魔法詠唱者(マジック・キャスター)の男。

 驚いて振り向いた面々の視線の先にいたのは、スレイン法国からの逃亡の旅の果てにリ・エスティーゼ王国の王都まで辿りつき、久しぶりに冒険者のプレート狩りをしたいと願っていたクレマンティーヌ、そして彼女と一緒に行動していたベリュースの姿であった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 湧き上がる興奮のままに、完全にして純然たる逆恨みのままに、握りしめた己が拳を振り下ろすスタッファン。

 やがて彼はニニャのその細い首すじに手を伸ばした。力任せにギリギリと締め上げる。頸締めによる殺害の訓練を受けたことなどないその行為は、喉を潰して呼吸を止めるでもなく、頸動脈をしめて意識を失わせるでもなく、ただ苦痛を引き延ばす結果となっている。ニニャは白目をむき、その舌を限界までつきだしていた。

 

「おいおい、そのくらいにしとけよ」

 

 その責め苦を止めたのは、誰であろうベリュースであった。

 だが、スタッファンは苛立たしげにその手を振り払う。その拍子に喉にかかっていた手が外れ、ニニャはゲハァッと大きく息を吐いた。

 

「そのくらい!? そのくらいだと! こ、こいつの姉とやらのせいで、俺がどんな目にあったと思ってるんだ!!」

 

 激昂して叫ぶスタッファン。

 対して、ベリュースは飄々とした口調のままであった。

 

「きっかけはそいつの姉ちゃんだったかもしれないけどよ。まあ、でも、良かったじゃねえか」

「何が良かったんだよ!?」

 

 その憤怒の問いに、ベリュースは答えた。

 

 

「いや、その姉ちゃんの一件のおかげで、俺たちはこうして出会えたんじゃねえか」

 

 

 スタッファンは「えっ?」と声を出した。

 

「いや、まあさ。お前がその時そいつを殺しちまわないで、そのラキュースとかいう女に見つからないで、そんで今でも王都で巡回使とやらの仕事を続けてたら、俺たちは知り合わなかったってことだしよ。なんつうか、いろんな出会いとかな。そういうのって本当にものすごい確立の連続で成り立ってるわけじゃん。だから、俺たちがみんな揃ってここにいるのも、いろんな偶然が積み重なってのことってわけだろ。まあ、仕事クビになったのは、そりゃ気の毒だが、それがきっかけで俺たちはこうして仲間になって一緒に旅してるんだから、全部が全部、一概に悪い事ばかりじゃなかったろうってことさ」

 

 ベリュースは自分で言った言葉に照れたようにガリガリと頭を掻いた。

 その顔をスタッファンは呆けたように見上げていた。

 

「さってと、寝る前に男どもの死体を片づけとくか」

 

 その場に漂った何とも言えない空気に、恥ずかしい事を言ってしまったと顔を赤くするベリュースはことさら大きな声をだすと、ペテルをはじめとした転がる死体らを森の中に運んでいこうとする。

 ザックもまたその作業を手伝おうと腰をあげた。

 

 

 しばし、何も言わずにその様子を眺めていたスタッファンであったが、やがて意を決してベリュースらに話しかけた。

 

「あ、あのよ!」

 

 不意に投げかけられた言葉に、ベリュースが振り向く。

 

「ん? どうした?」

 

 見つめられたスタッファンは詰まりそうになる言葉を必死で紡ぐ。

 

「あのよ、良かったら……みんなでやらねえか?」

「え? みんなで?」

 

 言われたベリュースは思わず繰り返した。

 

「お、おう、せっかくだしこの女を皆で一緒に輪姦(まわ)さねえか。……ええと……嫌ならいいんだけどよ……」

 

 だんだんと言葉尻が小さくなっていくスタッファン。その提案にベリュースとザックは若干慌てて取りなすように言った。

 

「あはは……い、いや、いいんじゃないか、それ」

「ええ、そうっすね。せっかくですし……たまには皆で一緒に犯りましょうか」

 

 そう言って、はははと笑いあう。

 

「……えーと、じゃあ、どうする? 三人で……この女も合わせりゃ四人か。んじゃ、前と後ろにぶち込んで、それと口にでも咥えさせるか」

「あー、でも口に入れて噛まれないですかね?」

「じゃあ、前もって歯をへし折っとけばよくね?」

 

 その提案に寝そべったまま酒を飲んでいたクレマンティーヌも身を乗り出してきた。

 

「へー、それ面白そう。歯を折るの私にやらせてよ」

 

 起き上がると、その辺に転がっていた鎚矛(メイス)――ダインのものだ――を手にする。

 だが、スタッファンはそれを止めた。

 

「あ、ちょっと待った。歯がへし折れた状態の口に突っ込むと、欠けた歯でちんちんが傷ついちまうんだよ。面倒でも一本ずつ丁寧に引っこ抜いた方がいい」

 

 さすが、こういった事には一日の長があるスタッファンの言に、誰もがなるほどと感心した。

 

「歯を引っこ抜くってえと、や(・)っ(・)と(・)こ(・)がいいか?」

「んーと、や(・)っ(・)と(・)こ(・)なら馬車の道具箱になかったっけ?」

「あ、じゃあ、俺取ってきますよ」

 

 輪姦の準備にわいわいと盛り上がる皆のことを眺めていたスタッファンは、ふと空を見上げた。

 そこには煌めく星々の中、わずかにかけた月がすべてを睥睨するように浮かんでいる。

 

 

 およそスタッファンはこれまで友人と呼べるものなどいなかった。

 彼の容姿、そして性格から、好き好んで彼に近づこうとする者はいなかった。周りにいた者たちは、彼の地位と職業にすり寄ってきた者たちだけだった。

 それでもいいと思っていた。

 こんな自分を好きになってくれる人間などいるはずもないし、そんなものがいなくても彼は平気だった。

  

 だが、今は仲間がいる。

 きっかけはただの偶然だが、そんなことは関係ない。

 今の彼には、こうして一緒にいる仲間がいるのだ。

 

 人は本来、一人きりではなく仲間で行動するものなのだ。

 

 一人で食事をするより、皆で食事をした方が楽しい。

 一人で出かけるより、皆で出かけた方が楽しい。

 

 そして――一人でレイプするより、皆でレイプした方が楽しい。

 

 

 かつては全てたった一人の楽しみだった。

 たった一人でも、女をいたぶることが出来ればそれでいいと思っていた。

 だが、今のスタッファンは一人ではない。

 

 友人。

 

 スタッファンは初めてできた、行動を共にする仲間の存在に、一緒に拷問やレイプを楽しめる友人がいることに、何やら胸の奥にくすぐったいものを感じていた。

 

 

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