※この作品はR-18です。

犬は吠えるがキャラバンは進む   作:タッパ・タッパ

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 お久しぶりです。
 毎日書いてたはずなのに、書いている途中でストーリーを大幅に変えるということを二回もやらかしたせいで、かなりかかってしまいました。
 一話四〇,〇〇〇字オーバーという気が遠くなるほどの長さなので、時間に余裕のある時にでもお読みください。
 
 あと、そこはかとなく残酷なシーンがありますので、そういうのが苦手な方はご注意ください。


2018/11/23 森妖精(エルフ)らを亜人と表現していたところを修正しました 


第3話 あなたが生きていることを喜んでくれる人が、きっとどこかにいるよ

 カツッ、カツッ、カツッ、カツッ。

 歩みを進めるたびに、規則正しい固い音が耳に届く。

 

 足元を見下ろせば、そこには一定の大きさで切りそろえられた灰白色の石片が、びっしりと敷き詰められている。

 こんな石畳の道は、リ・エスティーゼ王国内ではごく一部にしか敷設されていない。一応、王国でも第三王女ラナーの進言で各主要都市を結ぶ街道に石畳を整備しようというものがあった。……あったのだが、戦となった場合に敵からの侵攻が容易になるなどという建前――実質、金がかかるから嫌だという貴族たちの思惑により、その計画は頓挫していた。

 

 ともかくこうして道を歩いているだけでも、その発展具合は同じ首都でも王都とは雲泥の差があるのが感じられた。

 話に聞くだけだが、さすがは『鮮血帝』などという二つ名で知られるジル……なんとかエル=ニクスとかいう皇帝はよっぽどの人物なのだろう。

 

 

 ぼんやりとそんなことを考えながら歩いていたザック。

 その数歩前を行くのはここ最近、行動を共にするようになった仲間であるベリュースだ。

 

「さってと、まずはメシだな」

 

 その言葉にうんうんと頷きつつ、スタッファンはそのぶっくりと膨れた腹をさすった。

 

「そうだな。ひとまず腹ごしらえとしようぜ。しかし……どこがいいかな」

 

 そう言って辺りを見回す彼に、街中ということでいつもの肌もあらわな鎧姿をフード付きマントで隠しているクレマンティーヌが答えた。

 

「んー、そだね。それじゃあ、樫の木亭がいいんじゃないかな? ちょっと値は張るけど、あそこのハチミツ酒とミートパイはなかなかの味だよ」

 

 その答えに、ベリュースはふふんと軽く鼻を鳴らし、懐の財布の重さを確かめた。

 今、彼らの懐は温かい。これまで旅してきた中での稼(・)ぎ(・)が十分にある。多少は贅沢をしても問題ないはずだ。

 

「おっしゃ。じゃあ、とりあえず、そこに行こうぜ」

 

 先導するクレマンティーヌの後をぞろぞろとついていくベリュース、スタッファン、そしてザックの三人。

 クレマンティーヌを除く三人とも帝都は初めてである。この街になれない人間に見られまいと、出来るだけあちらこちらに視線を飛ばしているのを気付かれないようにしているベリュースとスタッファンの二人に対しザックはというと、おのぼりさんという様子を隠しすらせず、辺りの街並みをきょろきょろと見回しながら彼らの後について行っていた。

 

 

 

 彼らの姿は今、バハルス帝国の首都アーウィンタールにあった。

 

 あれからしばらくリ・エスティーゼ王国近傍で気の向くままに強奪と凌辱を繰り返していたのであったが、さすがに同じ場所でそういった事を繰り返した結果、だんだんと警備の目が厳しくなってきた感があったため、思いきって狩場を別の場所――バハルス帝国側に移したのである。

 だが、そうしてやって来た帝国であるが――。

 

「ま、とにかくよ。これからのことだけどな。街にはついたが……やっぱ、当面はまだ控えた方がいいな」

「おいおい、まだお預けかよ」

 

 スタッファンがぼやく。

 

 これまでいた王国ではどの程度までの行為が犯罪として調査の対象になるか、そしてその際のどのような調査の仕方をするのかなど、かつて巡回使の地位にあったスタッファンはよく熟知しており、その知識を元に各種捜査の網を潜り抜けてきた。

 だが隣国であり文化的にも近似であるとはいえ、やはりあくまでバハルス帝国は他の国である。王国ではこの程度ならおざなりの調査しか行われないからと行為に及んだら、それが帝国では執拗なまでの調査が行われるかもしれないのだ。

 そしてその結果、自分たちにまで捜査の手が及んだら目も当てられない。

 

 そのため彼らは、帝国の犯罪に対する捜査及び事が発覚した後の警備、即応体制がどれほどのものか、詳しく調べ終わるまでの我慢と、帝国との境にあるエ・ランテル近郊で最後のお楽しみをして以降、いつもの行為は控えていたのだ。

 幸いにして王国での『仕事』の結果、当分は困らない程度の金はたまっており、特段困ることもなくのんびりとした旅をつづけてこれたものの、さすがにそんな平和な日々にいいかげん彼らは皆、欲求不満気味なのであった。

 

 

「帝国は街を巡回してる警邏とかも仕事熱心な奴が多いからね。犯罪ももみ消しづらいし。王国と違ってねー」

 

 クレマンティーヌの言に、元王国の役人であるスタッファンはへへっと笑った。

 

「それにしてもクレマンティーヌさんって、ずいぶんアーウィンタールに詳しいんだな」

「まあね。私は漆黒聖典の任務でこっちに何度も来たことあるし」

 

 クレマンティーヌはふふんと胸を張る。ベリュースは帝都自体は初めてでも、バハルス帝国の領内には――数える程度でしかないが――来たことがある。対して、他の二人はこれまで王国領を出たこともない。

 

 

 そう。

 このメンバーの中で、最も各地の情勢に詳しいのはクレマンティーヌであった。

 彼女はかつて漆黒聖典の一員として、方々(ほうぼう)走り回っていた。他国まで出向いての隠密行動が基本となる任務に従事していた為、知識としてだけではなく、実地での経験も豊富にある。

 当然、帝国国内での任務も幾度もこなしたことがあり、この帝都においても、それなりの知見があり、また各種の伝手もあるのだ。

 

「堅物君が多いったって、やっぱり人間の街だからね。それなりに腐敗はしてるもんよ。いくら強権的な改革政策してるからっていっても、そんなとこまでギッチギチに占めつけたら持たないしねー。皇帝陛下もそれは分かってるから、ある程度はお目こぼしはしてくれてるみたいなのよ。まあ、こっそり調べ上げてて何かあった時は、それを利用したりはするみたいだけどね」

「たとえば?」

「そりゃもうなんでもよ。それをばらされたくなかったらとか言って諜報の真似事させたり、あちこちへの依頼をそいつの名前で代行させたり。それこそ何かの身代わり、殺人の濡れ衣かぶせるとかもね」

「おっかねえなあ」

「なにせ、国家権力そのものだからやりたい放題よ。でも、そんなの裏の事なんて普通に生きてる国民には関係ない話だし、一般人には『鮮血帝』のおかげで暮らしやすくなったって好評だよ」

「ま、確かになあ」

 

 ぐるり辺りを見回したベリュースの目でも、道を行き交う人々の顔は明るいものが多いというのはよく分かる。

 

「こうして歩いてても、命の危険とかはなさそうだしな。表面上は落ち着いてても物を盗まれたり殺されたりって犯罪とかが身近にある状態だと、そういうのに怯えたような警戒するような、そんな空気があるもんだが、ここはそんな感じはしないからな」

「そ、そうなんですかい?」

 

 歩きながらそういった事を平然と話しているクレマンティーヌらに対し、ザックはというと怯えたように背を丸めて、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていた。

 

 

 彼がそんなに怯える理由。

 それは先ほどから時折、通りの角などにバハルス帝国の紋章が胸に刻まれた鎧を身につけた人物――騎士の姿が見えるためだ。

 

 別にかれらはベリュースらを監視しているわけではなく、通常の警邏活動、ああして街行く人を眺め、そのなかに手配書に描かれた人物がいないか探しているだけなのだが、そんな姿にザックはごくりと生唾を飲み込んだ。

 

 

 王国国民として従軍経験のあるザックにとって、バハルス帝国の騎士というものは恐怖の対象であった。

 全身を金属鎧で隙間なく覆い、さらには乗騎にまで装甲をかぶせた、それこそ鉄の塊とでもいうべき姿。その人馬合わせた巨体が突進してくる様(さま)。一般の王国兵が突きだした粗末な槍衾などものともしない、それこそ人間が相対すべきではない怪物(モンスター)と同類としか思えない死の使者。

 襲われる側としてそれを経験したザックの心には、帝国騎士に対する恐怖ががっしりと絡みついていた。今でもその姿は時折、夢に出てきて、その都度う(・)な(・)さ(・)れ(・)目を覚ますほどである。

 

 そんな彼らが――戦時とは異なり、軽装ではあっても――通りで待機する姿が目に入る度に、ザックの背に震えが走った。

 

 

「そんなに怖がんなくてもいいよ」

 

 そんなザックの兢々(きょうきょう)とした様子に、クレマンティーヌは砕けた調子で声をかけた。

 

「こっちが何かしない限り、何かしてくることはまずないからね。いちゃもんつけてきて金をせびったり、連れてる女を不審者の取り調べだとか言って屯所に連れ込んだりとかはまずしないよ。王国と違ってね」

 

 その王国を揶揄する言葉に、再びスタッファンが笑い声をあげた。

 

「んで、話を戻すけど。要は賄賂を渡すべき相手とかもよく見極めなくちゃならないとか、ちょっと勝手が違うけど、やっぱり同じ人間が住む国なんだからそれなりにって事よ」

「証拠隠滅をもっと丁寧にやったり、狙う相手をちゃんと選んでとかすれば、帝国でも大丈夫ってことですか?」

「そういうこと。でも、十分に注意は必要だよ。下手をうったりして、帝国の騎士連中に追い回されるとかなったりしたら面倒だからねー。さすがに全身鎧(フル・プレート)に身を包んだ騎士が一〇人とか相手だと――」

「やっぱり、さすがにクレマンティーヌさんでも拙いんですか?」

「まあ、全員殺すのはちょっと手間かなー」

 

 その飄々とした口調に、ザックは「はあ……」としか言いようがなかった。

 彼の恐怖の対象である帝国騎士、それも一〇人を相手にしても、負けるどころか手間程度と言い放つクレマンティーヌ。

 彼女が先日、自分は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフよりも強いのだと豪語していたのを思いだす。

 たしかにかのガゼフ・ストロノーフならば、帝国騎士一〇人くらいなら相手に出来るかもしれない。ならば、彼より強いというクレマンティーヌならば、それくらい出来るのかもしれない。

 ガゼフとの比較の言が、ただの彼女の慢心でないならばという注釈付きだが。

 

 

「まあ、あまり派手な事してまずいのは、帝国騎士に追われることじゃなくって、それが風花の連中に嗅ぎつけられることなんだけどね」

 

 そう言ってクレマンティーヌは、彼女には珍しく渋い顔をした。

 

 

 クレマンティーヌの今の立場であるが、実はそれなりに微妙なものであった。

 本人としては完全にスレイン法国と決別したつもりであり、国に帰る気などさらさらないのだがその事を、漆黒聖典の一人が遁走したという事実をスレイン法国側がはっきり認識しているかどうか、それが当のクレマンティーヌ本人としては未だ分からぬままなのであった。

 

 実は現段階においてスレイン法国としては、クレマンティーヌに関して特段、念入りに捜索しているなどということは無かった。

 

 例の巫女姫強姦未遂事件に関しても、彼女が関わっているかどうか、はっきりと判明していなかったのである。

 そちらに関してであるが、巫女姫の寝所に忍び込んだ男については調査が進められており、それが単独犯ではなく護衛となる人物もいたことは確認されている。だが、それが漆黒聖典のクレマンティーヌであるとは特定されてはいなかった。

 そして犯人についても、寝所の警護をしていた複数の人物に各種様々な働きかけを行っていた人物――ベリュースには嫌疑がかけられている。とはいえ、そちらも彼が真犯人であるとまでは断定されておらず、ベリュースについてもいまだスレイン法国内での指名手配にとどまっていたのだ。

 

 つまり、現在のところ、クレマンティーヌは漆黒聖典の任務を放りだし、法国に無断で行方をくらました問題児程度にしか認識されておらず、風花聖典の力を借りてまで積極的に、それこそ草の根を分けてでも探しだすといった程に捜索の輪が広げられているというわけではなかった。

 そのため、実際にはそれなりに自由に動くことは出来る。

 だがしかし、そうした法国内の実情なぞ、彼女が知りえるはずもない。

 今のクレマンティーヌには、そのあたりのラインをはっきりと確かめるすべはないのだ。わざわざ法国の人間と接触して、その辺を確認するというのは藪蛇に過ぎる。

 ただ、エ・ランテルを始めとした各都市で探った結果、あまり自分の捜索、捕獲に本気になっている様子はない事から、たぶん法国上層部は今のところ、その程度の認識なんじゃないかなという程度の推測はできた。

 

 だが、そうして今すぐ刺客が差し向けられるほどではなさそうだとは分かっていても、だからと言って好き放題やって大丈夫というわけでもない。

 最優先目標ではないというだけであって、スレイン法国が彼女のことを探しているであろうことはほぼ間違いないからだ。

 下手に他国で大きな問題でも起こそうものなら、それが風花の耳に入り、その結果、同じ漆黒聖典の人間が送り込まれる可能性がある。

 それだけは避けなくてはならない。

 いかに人類最強クラスの実力を持つ彼女といえど、同じ人類最強クラスの者たちではどちらが勝つかは分からないし、そもそも一対一ならばともかく相手が複数ならば、彼女とて勝ち目はない。

 ましてや、そんな人類などという枠を超越した、彼女らをはるかに上回る悪夢のような存在までスレイン法国には存在するのだ。さすがに、彼女一人のために評議国と戦争になる危険を冒してまであの番外席次を動かす可能性はほぼないだろうが、それでもそんな輩と戦うかもしれないというのは御免だった。

 

 

「ま、つまるところ、さっき話に出たように、この辺りでいつものをやるときには証拠隠滅や標的の選別とかを慎重にやればいいってことよ。ただ何となく気分で、ってのは控えりゃいいだけさ。まあ、とにかくトラブルは起こさないようにな」

 

 端的に話をまとめたベリュースが「ほれ」と屋台で買ったばかりの串焼きをザックの鼻先に差し出した。

 ただ焼いただけではなく、衣をつけて唐揚げ風にしてあるようだ。少し焦げたような香ばしい匂いが鼻先をくすぐる。

 受け取ったザックはそれを何気なく口にした。

 すると、噛みしめた瞬間――衣の内側からとろりとした肉汁がほとばしった。

 

 思わず、「うわっ」と声を出して後ろに飛びのく。

 幸い、とっさに飛びのいたことでなんとか溢れ出た肉汁が自分の服を汚すのを免れたのであるが、代わりに――。

 

「きゃっ!」

 

 ――ちょうど後ろを通りがかった人物――声色からおそらく女性――にぶつかってしまった。

 

 

「おっと……あっ、すいません!」

 

 慌てて振り向き――すぐさま謝罪の言葉を口にした。

 振りかえった彼の視線の先にいたのは、皮の鎧に身を包んだほっそりとした体形の人物。一瞬、男かと思ったが、その赤い紐で束ねられた紫の髪は長く、明らかに女性であるとしれた。 

 

「あー、こりゃ、本当にすいやせんでした」

 

 頭に手を当て愛想笑いを浮かべながら、ザックは再度頭を下げる。

 

 彼がそこまで卑屈な態度をとる理由。

 それはあきらかに、相手が実戦経験豊富な人物であると見て取ったためだ。

 

 

 ぶつかったその女性が着こんでいるのはあちこちを幾度も補修した様子のある、実用性を重視した皮鎧。そして腰に下げられた短刀。その鞘や柄は縁の部分などの色があせるほど使いこまれていることを、ザックは目敏く見抜いた。  

 

 これは彼が今まで生きてきたうえで身につけた彼なりの処世術。

 特に力のない彼にとって、下手に頭を下げるのを嫌がって事を大きくするより、さっさと下手に出てしまうほうがいいのだ。先手を打って謝罪することで、相手の面子(メンツ)を保たせたうえで、逆に必要以上の怒りをあらわせないようにしてしまう。すでに謝っている相手になおも怒りをぶつけることは、逆に怒っている側の印象を悪くすることにつながりかねない。たとえ腹に据えかねていたとしても、とりあえずは謝罪を受け入れた形にせねばかえって器が小さいと評され、自身の面子(メンツ)がなくなってしまう可能性があるためだ。

 案の定、突然ぶつかられた形となったその女性も、いまだ苛(いら)だった様子はあったものの公衆の面前ということもあり、勘気を収めて軽く息を吐いた。

 

「……まあ、いいわ。今度から気をつけてね」

 

 そう言って、くるりと向きを変え、露店の並ぶ広場の向こうへと踵(きびす)を返そうとした。

 その時――後ろを振りかえった瞬間、その長い髪が揺れ、その下に隠されていた耳があらわになった。

 

「あん? なんだ、人間じゃなくてヒトモドキじゃねえか」

 

 呟いたベリュースの言葉。

 彼としては特に喧嘩を吹っ掛けるなどの意図もない、ただ思ったことをそのまま口に出しただけの何気ない言葉だったのだが、その言葉は相手の、森妖精(エルフ)特有の長い耳にまで届いた。

 

 

 再度、振り向くその女性。

 

「……今、なんて言ったかしら?」

「あ?」

 

 その切れ長の目には、明確なまでに剣呑なものが浮かんでいた。

 

「もう一度、言ってみろって言ってんのよ!!」

 

 ビリビリと耳朶を打つ声。

 低く腹に響く、いわゆるドスのきいた声。それは目の前に立つ線の細い女性の口から洩れたものだとはとっさには認識しづらいほどだった。

 しかし、女性ながらも腹の底から発せられたその声は、聞いた者の心胆まで震わせた。

 ザックやスタッファンは言うに及ばず、ある程度荒事になれているはずのベリュースですら、思わず背筋がビクンと跳ね上がるのを隠しきれなかった。

 

 

「あら、どうしたのかしら? 急に口が無くなったのかしら?」

 

 口の端をゆがめて発せられる嘲りに、青ざめていたベリュースの顔に赤みがさした。

 

「おう、聞こえなかったか? ヒトモドキって言ったんだよ! そのでかい耳はとっくに切り取られてて、作りもので誤魔化してんのか?」

 

 ことさら挑発するように怒鳴り声を浴びせかけ、傍らにペッと唾を吐き捨てた。

 

 

 たった今、目の前で繰り広げられている一連のやり取り、それにザックは拙いと感じた。

 

 ベリュースは今、怒りのあまり冷静さを欠き、感情のままに暴言を吐いている。

 近隣の国々、すなわち今までいたリ・エスティーゼ王国、このバハルス帝国、そしてベリュースらがやってきたというスレイン法国の三国では人間の比率がとても多く、亜人種はもちろん森妖精(エルフ)やドワーフなど友好的な人間種ですら非常に少ない。とくにスレイン法国では徹底した人間至上主義がとられていると聞く。王国や帝国ではあまり歓迎されずに白い目で見られる程度だが、かの国では人間以外の存在となると露骨に蔑みの目で見られるのだという。

 

 以前、ベリュースはスレイン法国の出身だと言っていた。

 ならば、ここまで徹底した人間至上主義の思想を持っているのもまた頷けるものだったが、やはり拙い。

 

 まず、ここは様々な出店が立ち並び、多くの人が集まる広場である。

 先ほどから道行く人々が通り過ぎざまに、こちらへちらちらと視線を投げかけてくる。中には、いったい何が起こったかと足を止める者まで出始めていた

 ザックらは脛に傷を持つ身。こんな目立つ場所で一悶着おこし、そして警邏の帝国騎士に尋問されるなど冗談ではない。

 

 また、相手も問題だ。

 この目の前の森妖精(エルフ)らしい女――服装から推測するに盗賊系だろうか――は明らかに強いということは一目でわかる。

 体つきこそ華奢な感じはするが、今、怒りの感情をあらわにしているその視線は、歴戦の戦士のものだ。

 正直、自分ではとうていかなわないだろう。そして、それなりに鍛えているベリュースでも勝てるとは思えなかった。スタッファンは言うに及ばずである。この森妖精(エルフ)に勝てるのはクレマンティーヌくらいだろうか。

 

 ――あれ? そういえばクレマンティーヌさんは?

 

 エルフの怒気に気圧されつつ、ザックは辺りを見回す。

 ……いた。

 人ごみの向こう、露店の陰に身を隠すように薄茶色のフード付きマントを身に纏った姿がある。

 

 ――……って、おいおい。アンタ、高みの見物かよ!

 

 自分たちの最強戦力が素知らぬ顔をしていることに、頬を引きつらせるザック。

 だが、目深にフードをかぶった彼女、その視線の先が自分たちには向けられておらず、若干ずれた場所を捉えていることにザックは気がついた。

 

 ――ん? なんだ……いったい、なにが……?

 

 剣呑な空気を漂わせ、睨み合う森妖精(エルフ)の女と彼の連れであるベリュースの両名から目をそらし、離れた場所に佇むクレマンティーヌのその視線の先をたどる。

 すると――。

 

 

 

「おや? なにか、お困りごとですか?」

 

 涼し気な声が響いた。

 

 

 

 不意に現れた第三者に皆の目がそちらに向かう。

 そこに立っていたのは、一人の男。

 上背のある端整な容姿。白い衣服の上に、金で縁取られた黒色の部分鎧を身に纏っている。そしてその腰には、いまだ鞘に収められてはいるが見ただけで業物と分かるような剣を帯びていた。

 

 その姿を見た森妖精(エルフ)はゲッと嫌なものを見たように顔をしかめた。

 

「あんた、……『天武』のエルヤー・ウズルスだっけ? アンタみたいなゲス野郎が何、お天道様の下を歩いてんのよ」

「おやおや、ずいぶんと躾がなっていないようで。まあ、仕方がありませんね。半分とはいえ、劣った種族の血が混じってしまっているようですから」

 

 あからさまな嘲弄。

 その言葉に、侮蔑と嫌悪の入り混じった表情をその顔に浮かべていた森妖精(エルフ)――男の言葉を聞くに、もしや森妖精(エルフ)ではなく半森妖精(ハーフエルフ)なのかもしれない――は明らかにこれまでと異なる空気――殺気を漂わせた。

 その肌がひりつくような気配に、そばにいたザックらはその全身に鳥肌を立てたのに対し、新たに現れたエルヤーとかいう長い金髪をオールバックに撫でつけ、後頭部で結い上げた男は泰然とした態度のまま、薄く笑った。

 

「すみません。今、何かしましたでしょうか? いえね、なにやら殺気らしきものが向けられたような。いや、気のせいでしょうね。本当の知的生物ならば、あんなただ知性のないけ(・)だ(・)も(・)の(・)のような気配を発するなんてことはないでしょうから。……おっと、飼い主がやってきたようですね」

 

 見れば、遠巻きにこちらを見ていた人ごみを掻き分け、若い男が飛び出てきた。

 

「おい、イミーナ! 何やってるんだ?」

「いや、ヘッケラン。こいつらがいちゃもんつけてきたのよ」

 

 ほっそりとしたイミーナの白い指がさし示す先を追うように、ヘッケランと呼ばれた男は視線を巡らす。

 そして、その場にいた男たちの中に見知った顔を見つけた。

 

「ウズルスか……俺の仲間に何しやがった?」

 

 言われたエルヤーはというと、その端整な顔に皮肉気な笑みを浮かべ、肩をすくめた。

 

「これは心外ですね。たしか、あなたは『フォーサイト』のヘッケラン・ターマイトでしたか。いえね、あなたのところのペットが人様にむかって歯をむきだし、うなり声をあげて威嚇していたのですよ」

「歯をむきだしたりなんてしてないわよ!」

「おや、そうでしたか。どうやらその顔が野蛮な種族の普通の表情だったようですね。まともな知性がある人間種であれば絶望するより他にありませんが、実にお気の毒様です」

「この野……」

 

 再び、殺気をまとわせたイミーナの前にヘッケランが立ちはだかる。

 

「ちょ、ちょっと待った。落ちつけって、イミーナ。おい、ウズルス。お前、こんなところでトラブル起こす気か?」

「いえ、元からトラブルを起こす気などありませんよ。ただ、先にも述べた通りそちらの半森妖精(ハーフエルフ)が、通りすがりのごく普通の方にからんでいたようだったので、人として見てみぬふりもできず、止めに入っただけのことです」

 

 言われたヘッケランは辺りを見回し、そこにいたベリュースとザック、スタッファンに気がついた。

 ベリュースは何か言いたげであったが、そんな彼をスタッファンが横へ引っ張っていき、ザックは卑屈な愛想笑いを浮かべ、ぺこぺこと頭を下げた。

 

「……そうかい。そりゃすまなかったな。行くぞ、イミーナ」

 

 言いながら彼が顎をしゃくった方を見れば広場の向こうから、通りを巡回していた騎士たちが、いったい何が起こったとこちらに向かってきていた。

 ワーカーである彼らにとって、公権力である騎士たちに関わるのは好ましいものではない。叩けば埃の出る身であり、現状、痛くもない腹を探られたくはない。

 

 舌打ちするイミーナの肩をおし、ヘッケランは足早にその場を去っていった。

 それと同時にベリュースらもまた広場から退散した。自身もワーカーであるエルヤーはもちろん、ベリュース一行も官憲と関わり合いになりたくはないのだ。

 

 

 

 しばし後、レンガ造りの建物が立ち並ぶ通り、その裏路地へと入って警邏の騎士たちをやり過ごした彼らは、あらためて喧嘩になりそうなところを間に入ってくれた善意の人物――エルヤーへと礼を言った。

 

「すいやせん、兄さん。ありがとうございます」

「いえいえ、気にする事はありませんよ。人として当然の事をしたまでです」

「本当に助かりましたよ。それにしてもあんな殺気を当てられても動じないなんて、ずいぶんとお強いようですね。いや、すごいもんですな」

 

 揉み手をせんばかりにへりくだったザックの言葉は、強者であるエルヤーの自尊心と矜持をくすぐり、彼は満足げな笑みを口の端に浮かべた。

 

「なに、あれくらいどうという事はありませんよ。下等種族ふぜいが人間にたてつくのを見過ごすわけにはいかなかったので」

「あんた、ウズルスって言ったな。あんたもスレイン法国の生まれかい?」

 

 ベリュースの問いに、エルヤーは鷹揚に頷いた。

 

「ええ、そうです。もっともスレイン法国は私の剣の腕を正当に評価しようとしなかったので、洗礼名も捨てて飛び出してしまいましたがね」

「そうなのか。とにかく助かったぜ。まさか、街中にあんな人外どもがうろついてるとは思わなかったんでな。つい口に出ちまった」

「まあ、この辺りでもめったに目にすることは無いですがね。しかし、ごく稀にですが先ほどの者のように、その辺をうろついていたりすることもあります。まったく不快なことですが」

 

 本当に嫌そうに嘆息する。

 

「ちゃんと人間に逆らえないように調教しているのならともかく、あんなに反抗的なままにしておくとは……。いくらワーカーとはいえ、あの『フォーサイト』とかいう連中の正気を疑いますね」

 

 そこまで言うと、エルヤーはくるりと踵を返した。

 

「さて、では、そろそろ私も失礼させていただきますよ」

「そうかい。いや、とにかく助かったぜ。ありがとよ」

「ふふっ。なあに、困っている人を助けるのは当然のことですとも」

 

 そうして、さわやかな笑いと共にエルヤーは路地を抜け、日の光もまばゆい大通りへと歩き去っていく。

 残された三人はその溢れる人の波に消えていく背をただ見送っていた。

 

 

 

「いや、本当にあの人が間に入ってくれて、助かりましたね」

 

 安堵の息を漏らしながらのザックの言葉に、ベリュースはガリガリと頭を掻く。

 

「まあ、たしかにあの半森妖精(ハーフエルフ)はやばそうだったからな」

「なら、そんな奴、目の前にして堂々とヒトモドキなんて言うなよ」

 

 呆れたようなスタッファンの声。

 それにベリュースは慌てて弁解した。

 

「いや、だからさっきも言ったけどな。まさかこんなとこにいるなんて思わねーのに、突然目の前にいたもんだから、つい口に出ちまったんだよ。……それにしても、あいつ……ウズルスだっけ? なんだか、見た感じ、凄い強そうな奴だったな」

「ああ、あいつはそれなりに強いよー」

 

 不意にかけられた言葉に驚いて振り向くと、そこにいたのは先ほど距離をとって他人のふりをしていたクレマンティーヌの姿があった。

 

「って、クレマンティーヌさん。さっきの知らんぷりはひでえよ」

「知らないわよ。気分でとかは控えて慎重に、トラブルを起こさないようにって言ってたのはアンタでしょ? それなのに、自分から問題起こしといて」

 

 それを言われると、ベリュースはぐうの音も出ない

 

「んで、話を戻すけど、あいつはエルヤー・デイル・ウズルス。まあ、さっきも法国の洗礼名は捨てたって言ってたとおり、今はエルヤー・ウズルスだけで名乗ってるね。この帝都をホームにしているワーカーで、その実力はオリハルコン級冒険者の戦士にも勝てるって言われてるくらい」

「へえ」

 

 よく知ってるなあとザックは感嘆の声を漏らした。

 

「ワーカーってことは、仲間がいるんですか?」

「一応いるけどねー。まあ、あれを仲間って言っていいんだか」

「えっ?」

「まあ、一応仲間の範疇には入るけど、あいつの連れてるパーティーメンバーってのは全員森妖精(エルフ)なのよ」

「え? 森妖精(エルフ)?」

 

 その答えには驚愕した。

 つい先ほど、あれだけ森妖精(エルフ)を下等種族と貶(けな)していたというのに、自分はその森妖精(エルフ)と行動を共にしているというのか。

 

「それがねー」

 

 クレマンティーヌはくくっと笑う。

 

「普通のメンバーじゃなくて、奴隷森妖精(エルフ)どもを引き連れてるらしいのよ」

「は? 奴隷森妖精(エルフ)」

 

 あまりなじみのない言葉に、聞いたザックはぽかんと口を開けた。

 

「そ、スレイン法国は森妖精(エルフ)とは仲が悪くてね、戦争とかしてんの。そんで捕まえた森妖精(エルフ)の耳を切って奴隷として売ってるのよ。王国は奴隷制廃止したし、帝国でもあまりひどい扱いは禁止ってなってるけど、外国から流れてくる奴隷、それも多種族に関しては見てみぬふりって事になってんの」

「……なあ、じゃあその森妖精(エルフ)の奴隷ってのは、帝国とかで買えるのか?」

 

 スタッファンが身を乗り出して話に割り込んでくる。

 王国では奴隷制があった当時でも、森妖精(エルフ)などほとんど流れてくることは無かった。今、彼の頭の中では、種族的にほっそりとした体形にして見目麗しい容姿の者が多いとされる森妖精(エルフ)を奴隷として買い取り、めちゃくちゃにしてやりたいという欲望が渦巻いていた。

 

「裏の方にいけば買えるっちゃ買えるけど、とんでもない金がかかるよ。普通の奴でもね。ちなみにウズルスとか言う奴が連れているのは、、森妖精(エルフ)の中でもさらに戦闘能力があるって特殊なタイプで、それこそ金額なんてとんでもないレベルになるよ。だいたい相場で言うとね――」

 

 そこで口に出された金額は、聞いただけでザックやスタッファンが眩暈にも似た感覚を覚えるほどであった。

 半ば呆気にとられている彼らは置いておき、ベリュースはクレマンティーヌに語りかける。

 

「ずいぶんとあいつに詳しいみたいだけど、法国にいた頃からの知り合いなのか?」

「ううん、違うよ。ただあいつのことは向こうにいた頃から聞いたことがあってね。陽光聖典にスカウトしようかとかも言われてたみたい。でも、性格があんまりひどいってんでペケってなったみたいだけど」

「性格がって、クレマンティーヌさんよりひどいってのか?」

 

 ベリュースが笑って言う。

 

「漆黒聖典クラスに強いんなら性格が破たんしてても大目に見るんだけどね。そこまで行くほどじゃなかったみたいでさ。その程度じゃ、マイナス補えるくらいじゃないって判断されたみたい。……って、私より性格ひどいってどういう意味よー」

 

 ぷくーっと頬を膨らまし抗議するクレマンティーヌ。

 その顔を見た三人は噴き出した。

 そんな皆の笑い顔を見て、クレマンティーヌもまた陽気に笑った。

 

 

 

 そうしてひとしきり笑いあった後、彼女は言った。

 

「そんで、どうする? さっきのあいつら、やっちゃう?」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ひっ、ぐうっ!」

 

 

 押し殺した声が噛みしめた歯の間から洩れる。

 その広さの割に物がほとんど搬入されていない、がらんとして空虚な印象を受ける倉庫。窓からの月明りと〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉の込められたランタンの冷たい明かりに照らしだされた内に、その声は響いた。

 微かな快楽の色は混じりつつも、それを押しつぶすような憤怒と絶望が、のしかかった男の身体が前後するたびに肺腑の奥から絞り出される。

 

 二つの身体が叩きあわされるたびに聞こえる粘液質な音。

 それを掻き消すかのように怒声が響いた。

 

「おいっ! ふざけんな! ふざけんなよ、てめえっ!」

 

 倉庫の中央付近にポツンと置かれた粗雑な作りの、それでいて頑丈そうな背もたれのある椅子。

 そこに縛り付けられた男――ワーカーチーム『フォーサイト』のヘッケランは吠えた。

 

 

 数々の荒事をくぐり抜けてきた戦士の怒鳴り声。

 たとえ彼が今、身動き一つできない状態にされているとはいえ、その叫び声を耳にしたものは竦(すく)み、震えあがるだろう。

 だがしかし、その目の前、彼の大切な仲間であり恋人でもある半森妖精(ハーフエルフ)のイミーナを強姦している人物は、その怒声にもなんら動じることは無かった。

 今、後ろ手に縛られ、その身に着けた衣服は切り裂かれて、半裸の姿を晒しているイミーナの上で腰を動かしている男――エルヤーはその端整な顔に皮肉気な表情を浮かべた。

 

「やれやれ落ち着いてください。これは罰ですよ。劣等種族の血が混じった存在のくせに、人間にたてつくという、身の程もわきまえぬことをしでかしたことのね」

 

 そう言うと、大きく腰を叩きつけた。

 怒りのあまり、ぎりりと音が聞こえるほど歯を噛みしめるイミーナ。エルヤーの男根がつき入れられるたび、そのしっかと噛みしめた歯の間から抑えきれぬ声が漏れ出る。

 それに対しエルヤーは蔑むような、上位者然とした優越の表情をその顔に浮かべていた。

 

 

 目の前で繰り広げられる光景に、怒りに震えるヘッケランは必死で彼女を助けるため、縛り付けられた椅子から逃れようと身体を動かす。

 だが、両腕の腱は断たれ、片足の膝から下がないような状態で死なぬ程度に血止めがされた今の彼では、成人男性の親指ほどもある荒縄の拘束から逃れることは出来なかった。

 

 

「森妖精(エルフ)というのは劣等種族ながら、ここの具合だけは人間並みですからね。すこしでも人間の役立てることに感謝し――おっと」

 

 不意にイミーナがその上半身を起こし、ベリュースの喉笛に噛みつこうと試みる。

 しかし、その不安定な体勢からの襲撃は、熟練の戦士たるエルヤーにとって避けるのは実にたやすいものだった。

 

 身をそらしたその喉のわずか数センチ先で、がちんと噛みあわされた歯が音を立てる。

 怒りの表情を浮かべるイミーナに対し、エルヤーは嘲笑で返した。

 

「やれやれ。実に野蛮にして愚かきわまりないですね。もうすこし罰が必要ですか」

 

 ベリュースはその右拳を振り上げる。

 固く握りしめられた拳。鍛え抜かれた彼の前腕に筋肉が盛り上がる。

 その拳が組み敷かれたイミーナの顔面に叩き落とされた。

 

「!!!」

 

 重い音。

 声なき悲鳴をあげるイミーナ。

 殴りつけられるたびに、その頭がすぐ下の冷たい石床に叩きつけられ、幾度もはねる。

 鼻骨が折れ、止めどなく鼻血を流れでた。

 それを見たヘッケランはさらなる怒りの声をあげた。

 

「イミーナ!! おいっ、お前ら! 広場での復讐のつもりか!! なんでこんな事をする!?」

 

 身動きのとれぬヘッケランの怒りは、今度はエルヤーではなく、周りにいる者たち――ベリュースらへと向いた。

 言われた男女は、皆一様にへらへらとした笑いをその顔に浮かべる。

 

「まあ、この前の復讐もあるっちゃあるけどよ。俺たちゃ、帝国に来てから禁欲生活続けていてな。そろそろ誰かを痛めつけたくてたまらなかったのよ」

 

 ワインの入った革袋から口を離し、その口の端から赤い筋を垂らしながらベリュースはにやにやと笑った。

 

「俺たちはな、人を襲って金を奪って、そして女を犯しながら旅をしてきたのよ。まあ、そうしてたらちょっと王国の方で噂になってきちまってよ。そんで帝国にやって来たってわけさ」

「へひゃひゃひゃひゃ。まあ、それでいい加減、誰か襲おうかって話をしてたところで、タイミングよくそこの半森妖精(ハーフエルフ)がベリュースとトラブル起こしたんで、標的をお前らにしたって事だよ。お前ら、ワーカーらしいからちょうどよかったぜ。普通の奴と違って、ある日突然、消えても特に問題にはならないだろうしな」

 

 ベリュースの言葉を継いだスタッファンは、その品のない顔をさらに醜く感じさせるような笑みを浮かべた。

 ザックはしゃがみ込み、傍らに縛られて転がるアルシェに声をかける。

 

「かわいそうになあ。嬢ちゃんはぜんぜん関わりがない事だったのに、仲間のせいでとばっちりをくらっちまったんだからなあ」

 

 その言葉を聞き、クレマンティーヌは高らかな笑い声をあげた。

 

「あっははははは!! いや、本当にね! 本当にとばっちりで馬鹿みたい! ほんとにすごい馬鹿! あんたのせいで、大切なお仲間まで死んじゃったしね!!」

 

 ゲラゲラと笑いながら、アルシェと同様に床に転がる、だが彼女とは異なり縛られてはいないもののすでに命の輝きを失ったロバーデイクの目にスティレットの先端を突き刺し、茶化すようにぐりぐりと黒目を動かして見せた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 あの後、半森妖精(ハーフエルフ)であるイミーナを狙うと決めた彼らは情報を集めた。

 その手の事は裏社会の者に金を積みさえすれば、大概の事は調べられる。そして元漆黒聖典であるクレマンティーヌはこの帝都においても、そういった方面の人間に知己があった。

 

 程なくして、イミーナを含むワーカーチーム『フォーサイト』のあらかたの情報が知れた。

 各種武器を使いこなす戦士であるリーダーのヘッケラン。

 素早い動きが身上のレンジャーであるイミーナ。

 強固な鎧に身を包む神官戦士のロバーデイク。

 そして、まだ若いながらも第三位階魔法を使いこなす魔法詠唱者(マジック・キャスター)のアルシェ。

 

 

 彼らが目をつけたのは、アルシェである。

 当然であるが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)は近接戦闘に弱い。また、魔法を詠唱する関係から、不意の即応も不得手である事が多いのだ。

 素早さに関してならば、こちらには人間はおろか亜人種、異形種を含めても最速と言って過言ではないクレマンティーヌがいるのだ。その気になればあっという間に制圧できる。

 

 また、彼女の素性も標的として適していた。

 他の三人は冒険者やワーカーらしく、それなりに知遇はいるものの基本根無し草であり、その住処はワーカーらのたまり場である『歌う林檎亭』の二階である。

 対してアルシェは、現皇帝の施策によって取り潰された貴族の家の者で、夜は実家に帰っているらしい。

 つまり、『歌う林檎亭』から実家へ帰る道すがらならば、一人でいるところを攫ってしまうのは実に容易なことであった。

 

 

 そして翌日、彼女を捕まえたという手紙が『フォーサイト』の定宿である『歌う林檎亭』に届けられた。

 

 手紙を見たヘッケランらは当然のことながら激昂し、それを持ってきた男を捕らえ、執拗に尋問した。だが、そいつはこの酒場で『フォーサイト』に手紙を渡すよう金を渡されて依頼されただけの男だったため、ろくな情報は得られなかった。

 

 そうして彼らはこれが罠である事は危惧しつつも、背に腹は代えられず仲間のために指示された倉庫の中へと踏み込んだのであった。

 

 そこにいたのは拘束され、猿ぐつわを噛まされているアルシェ。

 その傍らに立つのは誰であろう、しばらく前に帝都の中央広場でイミーナとトラブルを起こしていた戦士風の男、そしてその取り巻きたちであった。

 更には同じワーカーである『天武』のエルヤーと、彼の仲間であるその長い耳を断ち切られた奴隷の森妖精(エルフ)たちまでもがそこに待ち受けていた。

 

 

 乾いた血の痕も生々しいアルシェの姿に、彼らは湧き上がる激情を抑えきれず、いったいこれはどういう事かと詰め寄った。

 それに対するベリュースらの返答はただの薄ら笑い。

 エルヤーもまた軽く肩をすくめただけだった。

 

 もはや語るだけ無駄だと判断した彼らは、即座に戦闘態勢をとった。

 前方には両手に双剣を構えるヘッケランと、こちらは盾にモーニング・スターという攻防バランスのいい装備のロバーデイク。そして後方ではイミーナが弓を構える。

 

 

 エルヤーは強い。

 彼はオリハルコン級冒険者をも上回るという剣技の持ち主であり、さらにこうしている今も、仲間にして奴隷である森妖精(エルフ)たちの補助魔法が飛び、その肉体能力を強化している。

 

 だが、そんなエルヤーを前にしても、彼らは負ける気がしなかった。

 

 個では圧倒的な強さを誇るエルヤー。

 そんな彼と一対一で戦うというのならば、ヘッケラン、ロバーデイクともに相手にはならないだろう。

 もちろん、専業戦士ではないイミーナなら言わずもがなである。

 

 だが――。

 だがしかし、それが『フォーサイト』であるならば話は別だ。

 彼らは幾度も仲間と共に恐るべき強敵を、切望的な状況を、艱難辛苦を乗り越えてきた。本来の仲間の一人であるアルシェが今、囚われの身になって欠けてはいるがそんな不利を背負っていても。個ではかなわないだろうが、しかし群としての『フォーサイト』であれば、どんな相手でも恐れることはないという自負があった。

 

 見たところ、敵である者達のうちで戦えるのはエルヤー率いる『天武』のメンバーのみ。

 それ以外の三人ははっきり言って戦力にもならないだろう。

 一応、武装しているとはいっても、剣を手にしている男は多少の心得はありそうだという程度にしか見えない。他の二人にいたっては、それこそものの数ではないだろう。

 

 人質であるアルシェの安全にさえ気をつければ、蹴散らすことは容易い。

 

 そう判断した彼らは視線を交じわせ、無言のまま、指でコンタクトをとる。

 彼らの狙いとしては、全員で最難敵であるエルヤーを真っ先に仕留める、……と見せかけてアルシェの脇にかがんでナイフを持っている男――高級そうな服に似合わぬ貧相な顔だちをしている――をイミーナの弓で撃ち、その隙をついて彼女を救出しようというものであった。

 

 そういった目算を胸に武器を構えた彼らに対し、エルヤーもまた剣を抜いた。

 じりじりとした睨み合い。幾多の視線が絡み、叩きつけあい、あたかもその視線のぶつかり合いが目に見えるかのよう。

 

 イミーナが弓を引き絞る。その瞳の先にはエルヤーがいるがその実、視界の端にはアルシェと傍らに立つ男を捉えている。いざとなれば、瞬時に狙いを変えることは可能だ。

 そうして頃合いとみたロバーデイクが盾を構え、一歩前に踏み出そうとした瞬間――。

 

「ぎゃっ!」

 

 響いたのはイミーナの悲鳴。

 予想だにせぬその後ろからの声に驚き、振り向いた彼らが目にしたもの。

 それは弓を構え後方に位置していたイミーナのそのさらに背後に立ち、手にしたスティレットで彼女の弓持つ肘を刺し貫いている女の姿であった。

 

 そして、そんな隙を見逃すエルヤーではない。

 

 風切り音に前を向くヘッケラン。

 だが、それはあまりに遅すぎた。

 一瞬のうちに間合いを詰めたエルヤー。その手にする剣が弧を描く。するとなめし革のズボンを履いたヘッケランの脚、その膝下がゆっくりと滑り、彼は血しぶきと悲鳴を撒きちらかせ地面へと転がった。

 

 

 ほぼ同時に響いた苦悶の叫び。

 それはロバーデイクに逡巡させた。

 

 ヘッケランとイミーナ、どちらの救護を優先すべきか。それとも先にアルシェを救出するべきか。

 

 迷ったのは一瞬。

 しかし、その一瞬が命取りになった。

 彼の胸元に、イミーナを横に蹴り飛ばし、一足飛びに襲いかかったクレマンティーヌの一撃が叩きこまれる。

 

 本来であれば、それは致命傷にはならないはずだった。

 十分に勢いをつけた必殺の一撃ならいざしらず、先に他者を襲った後、そのままの流れで繰り出された攻撃だ。

 いかに漆黒聖典たるクレマンティーヌといえど、頑強な金属鎧に身を包んだ、頑健な巨漢の神官戦士であるロバーデイクを一撃のうちに倒すことはできなかった。

 

 

 しかし、次の瞬間――彼女がつぶやくと同時に、その魔法を込めておくことができるスティレットの先端からまばゆい雷光がほとばしり、ロバーデイクの巨体を駆け巡った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その後、倒れたロバーデイクに止めを刺し、まだ息があるヘッケランやイミーナをとりあえず死なない程度に介抱してから暴れられぬよう縛り上げ、この悪魔の宴を始めたという訳であった。

 

 

「ちっ、少しやり過ぎましたか」

 

 舌打ちをし、つぶやくエルヤー。

 彼の下では、殴りつけ過ぎたらしく顔面が倍近く膨れ上がったイミーナがびくんびくんと痙攣していた。

 

「お前たち、治癒を」

 

 すぐ死んでは面白くないと、彼は仲間である奴隷の森妖精(エルフ)に魔法を使うよう命令する。仄かな光と共に発動した魔法の力によって、イミーナの顔が見る見るうちに元のやや冷たさを感じさせる顔へと戻っていく。

 そうしてすっかり治ったその顔を見て一つ満足そうに頷くと、エルヤーは再びその横っ面を殴り飛ばした。

 

 

 そんな光景を横目に、クレマンティーヌはまた一際大きな声で笑った。

 

「あははー! 見て、見て! この男、自分の恋人が強姦されて、寝とられてんのに、ちんこおっ起ててるよ」

 

 ゲラゲラと笑う彼女の言葉通り、椅子に縛り付けられ、ズボンを剥ぎ取られたヘッケランの股間には、その平均以上の大きさを持つ男根が血管を浮かばせ隆々とそそり立っていた。

 

「うわ、ありえねーだろ。自分の女が他人にやられてるってのによ」

「ふへへ。大方、こいつも女としてその半森妖精(ハーフエルフ)を見ていたんじゃなくてよ。自分の下で、女がされるがままになってるのに優越感を覚えて興奮していたんだろ」

「はははっ。違いないっすね」

 

 ことさら下卑た笑い声をあげる三人。

 その言葉は彼と恋人であるイミーナを挑発するだけの、愚にもつかぬ言葉であると分かっていても、ヘッケランは湧き上がる憤怒を抑えきれなかった。

 

「ぐ、があぁっ!」

 

 叫び声をあげ、己が身を拘束するロープを振りほどこうと試みる。

 しかし、片足は膝から切断され、出血で死なぬ程度に回復させられているだけの今の彼ではその体を椅子の上で揺らすくらいしかできなかった。

 

「うはは! なに? そんなにもがいて。興奮したけど手が動かせないから、しごいてほしいって?」

 

 クレマンティーヌの鉄脚絆が、むき出しになっているその股間を踏みしめる。

 固い靴底で容赦なく踏みしだかれ、うめき声をあげるヘッケラン。

 それに対してクレマンティーヌはさらなるサディスティックな笑いと共に、ぐりぐりと足にかける力を変えてやった。

 

 

 

「ち、ちくしょう……ちくしょう!」

 

 そのまなじりから涙をこぼすイミーナは自らの腕の皮膚がこすれ、肉が抉れるのも気にせず、己が両腕を縛る荒縄を力任せに振りほどいた。

 その拳を自らにのしかかるエルヤーの顔面へ叩きこむ。

 

 しかし――。

 

「おや、なんですか、これは?」

 

 それを避けようとすらしなかったエルヤーは嘲りの言葉を口にする。

 彼がそう言うのも当然。

 イミーナのパンチは彼に痛打を与えるどころか、逆に殴りつけた彼女の方に苦痛の声をあげさせるにとどまったからだ。

 

 

 イミーナの突き出した拳。

 そこには握り拳を作るべき――本来あるべき指がなかった。

 

 エルヤーは苦悶に呻くイミーナの手を握り、その包帯で止血された指、切断された骨の髄をぐりと指先で抉った。

 人のものとは思えぬ悲鳴が響く。

 

 

 彼らは手足を縛り自由を奪ったとはいえ、それでも手先が器用である彼女のことを警戒し、捕獲した際にその両手両足の指をすべて切断しておいたのである。

 レンジャーの技能を持つイミーナにとって、手そして足の指を失うことは自分の生命を失うことにも等しい。もはや魔法による完全な治療を受けない限り、その卓越した射手としての腕を振るうことも、かつてのような軽やかな身のこなしを行うことも出来ないのだ。

 

 そんな彼女の見るも無残な姿に、ヘッケランもまたその目から涙をこぼした。

 

 

「ずいぶんと、この半森妖精(ハーフエルフ)にご執心みてえだな」

 

 二人の様子を見て、にやにやと笑うベリュース。

 そんな彼に対しイミーナは憎悪の瞳を向け、ペッとその顔に向けて唾を飛ばした。その唾は狙いたがわずベリュースの頬へと当たる。エルヤーが彼女の顔をもう一度張り飛ばそうとするが、それをベリュースは止めた。

 そうして彼が手にとったのは一本のナイフ。

 

「じゃあ、こんなのはどうだ?」

 

 彼はそれを反抗的な目で睨みつけるイミーナの眼前へと突きつける。

 一瞬、思わず本能的な恐怖に視線を揺らしたものの、毅然として睨み返すイミーナ。そんな彼女の表情の変化を見て取り満足げに笑うと、彼はそのナイフのきらめく先端を横に動かし、やがてそれをとある一点でピタリと止めた。

 

 

 ベリュースの意図に気がついたイミーナは、ひいっと声を漏らした。

 そして――。

 

「ま、待って! それだけは止めて!!」

 

 ――と叫んだ。

 

 だが、当然ながらそんな哀訴を聞くいわれなぞない。

 むしろそうやって哀願するからこそ、やる価値があるのだ。

 

 

 ベリュースは半森妖精(ハーフエルフ)であるイミーナの、その長い耳の先を掴むと――手にしたナイフで切り裂いた。

 

 

 つんざく悲鳴。

 

 幾度か刃を前後させると、その森妖精(エルフ)の血を引く者特有の長い耳が、ベリュースのつまんだ指先にだらりと垂れさがった。

 彼はそれを床に投げ捨てる。スタッファンがそれをこれ見よがしにぐりぐりと踏みつけて見せる。

 そして、残されたもう一方の耳へとその手を伸ばした。

 

 

 

「あ……うぁ……あ……」

 

 両耳を半ばから切り落とされ、虚ろな表情を浮かべるイミーナの口から、意味をなさない呻き声が漏れる。

 

 耳の切断。

 それは肉体的に人間よりはるかに鋭敏な聴力、その幾分かが失われるという、ただそれだけの効果でしかない。たとえ、それで聴力に衰えがあったとしても、それでも森妖精(エルフ)の研ぎ澄まされた聴覚に捉えられる音は通常の人間をはるかに上回るものである。

 だが、そんな誤差範囲でしかない肉体的優越よりも、耳を切り取られることは森妖精(エルフ)にとって重要な意味を持つ。

 

 それは森妖精(エルフ)の持つ誇り、その全てを剥奪されたということに他ならない。

 

 無論、それは形式的なものにすぎない。

 外耳を切断され、失った事によるデメリットは、先にも述べたように大したものでもない。

 だが、それは彼女たちにとって、それこそ命に匹敵するほどであった。

 その長い耳こそが、森妖精(エルフ)の種族としてのアイデンティティなのである。

 それ故、森妖精(エルフ)を奴隷とする者たちは、手足の腱を断ち切るなどして実際の戦闘能力を失わせぬままに反抗しようとする心を徹底的に打ち砕いたのち、最終的にその特徴的な長い耳を切り取ることで、彼女らを従順な奴隷に仕立て上げていたのである。

 

 

 そして、それは純粋な森妖精(エルフ)でもなく、ハーフとして人間の街に順応していたイミーナをして、絶望の淵から叩き落とすほどの意味を持つ行為だった。

 

 レンジャーとして活動するための手と足の指。

 そして、そのせいでつらい目にもあったとはいえ、まごうことなく己の一部であった長い耳。

 それらを失ったイミーナの心は折れた。

 

 

 そのベリュースのやった行為によって、イミーナの反抗的な目から光が失われた事に、エルヤーは哄笑した。

 

「ははは。さすがですね。じつに良い。いや、なかなかに躾けというものが分かってらっしゃる」

 

 そしてエルヤーはその顔に弱者を踏みにじる愉悦の表情を浮かべた。

 

「さあ、ラストだ。いい子を孕みなさい!」

 

 そう言って、腰の動きを加速させるエルヤー。

 それに対し――。

 

「い、いや! やめて! 子供なんて、あんたの子供なんて孕みたくない!!」

 

 そこに幾多の苦難を潜り抜けた戦士はいなかった。

 イミーナはただ幼子のように泣きじゃくって首を振った。

 

 エルヤーがひときわ強く腰を叩きつける。

 その瞬間、熱いものがイミーナの胎内へと吐きだされた。

 

 

「いやーーーっ!!」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 ランタンの光に照らされた倉庫の中に、嗚咽の声が響いていた。

 滂沱の涙を流しつつ、その四肢を力なく投げ出し冷たい石床に横たわったまま、股間から白濁液を垂らすイミーナ。

 

 そして、事が終わった後の爽快感から実に朗(ほが)らかな気分にあるエルヤーとベリュースは、実に仲良く語り合っていた。

 

「いや、それにしても手や足の指を切り落としてしまうって、あんたのアイディアがさすがだな。やっぱ、そんな事を思いつくところが歴戦の戦士だな」

「なに、その程度は誰だって思いつきますとも」

「謙遜するこたぁねえだろ。手の指を切り落とせば武器を持つことも出来ないだろうくらいは思いついても、足の指もってのは考えつかねえわな」

「私たちは普段、足全体を覆う靴を履いていますから、足の指の重要性は気にも留めていません。ですが、これがどうして踏み込みや跳躍など、足指の重要性は多岐にわたりますからね」

「いや、やっぱさすがだわ。普通は足の腱を切っちまう方がいいと思うもんだぜ。そうすりゃ足が動かなくなるからな。でも、そうしちまうと歩くこと自体が出来なくなっちまうから、連れまわすのには不便だしな。その点、指だけ切り落としちまえば、素早い動きは出来なくなるが、足裏は残ってるから歩くことは出来るもんな。奴隷にするんならそっちの方がいいわ。アンタの発想は大したもんだぜ。それにあいつはハーフみたいだから、それ無しで耳を切り落としただけじゃ、ああはならなかったろうしな」

 

 感心の声をあげるベリュース。スタッファンやザックもまたそれに同意して何度も頷く。

 投げかけられる称賛の言葉に、エルヤーは我知らずその鼻を膨らませていた。

 

 そうして皆はまた陽気に笑い声を交わした。

 

 

 そうすることしばし、エルヤーはさてと立ち上がった。

 

「あ、もう行くのかい?」

「ええ、そろそろお暇(いとま)させていただきますよ」

 

 それまで所在なく立ち尽くしていた森妖精(エルフ)たちが集まってきて、彼の身だしなみを整える。

 

「では約束通り、この半森妖精(ハーフエルフ)は貰っていってもかまいませんね?」

「ああ、それがあんたを雇うときの約束だったしな」

 

 ベリュースとしても、自分自身の手でイミーナを嬲れなかったのは心残りだが、それが今回、彼――エルヤーを雇い入れるときの条件の一つであったためだ。

 

 

 それなりの手持ちはあったのだが、それはあくまでそれなりでしかなかった。

 ワーカーチームでも高位の『天武』を雇うにはさすがに少々心細かったのである。

 そこで彼らを雇う際、標的である『フォーサイト』のメンバーの内、半森妖精(ハーフエルフ)のイミーナを生け捕りにして引き渡すという条件を提示したのだ。

 

 同じ帝都を拠点とするワーカーという同じ稼業のため、たまに顔を合わせることもあったが、そのたびに自分に対してつっけんどんな態度をとるイミーナ。そんな彼女のことをいつか捕らえ、痛めつけてやりたいとは思っていたものの、エルヤーには彼女を殺すことは出来ても、上手く生け捕りにできる自信がなかった。

 そこで彼はその提示された案に乗ったという訳だった。

 

「んー……。どうせだったら、もう少し残らないか? そっちの奴もこれから犯るつもりだしよ」

 

 スタッファンは身動きできぬよう縛られ転がされているアルシェの方へ目をやる。

 しかし、エルヤーは微かに眉をしかめ、「遠慮しますよ」とその首を横に振った。

 

 

 エルヤーとしては、イミーナに関してはこうして嬲り、虐げ、責め苛んでやっても、そこに罪悪感なぞ感じない。むしろ種としての上下関係を叩きこんでやったと実に誇らしい気分であった。

 

 一方、アルシェはごく普通の人間の魔法詠唱者(マジック・キャスター)である。

 人間以外の存在、半森妖精(ハーフエルフ)であるイミーナとは異なり、人間なのだ。

 良識ある男性として、か弱い女性がひどい目にあうというのは想像するだけでも耐えがたい事なのであった。

 

 この後、うら若き人間の女性である彼女が、ベリュースらによる非人道的にして苛烈な行いの下にさらされるであろうことは、容易に想像がついた。

 それを思うと彼――エルヤーの心は痛んだ。

 

 しかし、彼もワーカーとして表沙汰にはできぬような依頼を幾多もこなしてきた身。中には非道極まりないと眉を顰めざるを得ないものも多々あった。

 感情的には憐憫を覚えるものの、だからといってその感情のままに依頼主に刃を向けてまで彼女を助けようとしないだけの分別が彼にはあった。

 

 

「お前たち、そいつを運びなさい」

 

 悲痛な運命が待つであろうアルシェのことを意識の外に追いやり下したその命令に、森妖精(エルフ)たちが倒れ伏し、凌辱の痕もあらわなイミーナの許へと集まった。

 股間から溢れだす精液を拭い去り、歩ける程度に間隔をあけたロープをその足に縛りつけ、その裸身を覆い隠すローブを頭からかぶせた。

 おそらく、これから彼の拠点としている宿へと向かい、そこでさらなる凌辱が続けられるのだろう。

 

 その指を失った手を縛られる前にイミーナは、エルヤーに支配されている奴隷森妖精(エルフ)達に囁きかけた。

 

「……あなたたち。あなたたちは回復魔法を使えるんでしょう? お願い。私のこの手を治癒して。そうしたら隙を見て、あのクソ野郎を殺してあげるから」

 

 心の中で消えかけた、だがまだ確かに胸の奥にある殺意の炎を振るい起こし、そう小声で訴えたイミーナ。

 

 しかし、そんな復讐するのに千載一遇ともいえる言葉をかけられた森妖精(エルフ)の女たち、その顔。

 そこに浮かんでいたのは、自由への希望でも、自分たちと同様の目に遭わんとしている女性への憐憫でもなかった。

 

 それを見たイミーナは愕然とした。

 そこにあったのは、憎い人間の血が混じった者が虐げられることへの、自分たちより下となる者が加わったことによる暗い嗜虐の喜び。

 彼女たちは圧政者によって虐げられ、それに立ち向かうことを、そこから自由になることを望むものではなかった。絶望と諦観の中で、自分たちよりさらに不幸になる者を望み、嘲笑うだけの存在となり果てていたのだ。

 

 

 そして最後の希望も潰え、その目から光が失われたイミーナの口に、動物のようにハミが咥えさせられる。

 言葉も行動の自由も失った彼女は両脇を森妖精(エルフ)に抱えられるようにして、倉庫の出口へと連れ去られていく。

 

 彼女らの後を追い、エルヤーもまたそちらへ足を向けた。

 

「皆さんとのことはなかなかに楽しかったですよ。名残惜しくとも、出会いがあれば別れもあるのは必定。ですが――」

 

 そう言って、彼はさわやかに微笑んだ。

 名残惜しそうな表情を浮かべているベリュースらのことを肩越しに振りかえる。

 

「ですが、友情に費やした時間は関係ありませんとも」

 

 その熱い思いが込められた言葉。

 それに、その場にいた誰もが思わず涙ぐんだ。

 

 

 

 隅で呆れ顔をしているクレマンティーヌは除いて。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そうしてエルヤーは出ていき、重い鉄製の扉が閉じられる。

 その場に残ったのはベリュースら四人、それに椅子に縛り付けられ項垂(うなだ)れているヘッケラン、縛られこちらは転がされているアルシェ、そして物言わぬロバーデイクの死体のみであった。

 

 

 そんな中、空気を変えるようにベリュースはパンとその手を鳴らす。

 

「さってと、じゃあ、俺たちも楽しもうぜ」

 

 言って顔を向けるその先には、親友の悲痛なまでの運命に涙するアルシェの姿があった。

 

「へへへ。じゃあ、今回は俺が先でいいよな」

 

 舌なめずりしながら、アルシェのあまり成熟しているとは言い難い肢体を頭のてっぺんから足の先まで舐め尽くすように視線を動かすスタッファン。

 それに対して「まあ、いいか」と軽い感じで了承の言葉を口にしたベリュースは、転がされたままのアルシェの許へと大股で近寄った。

 

 肩口で切りそろえられた金髪をぐいと引っ張ると、涙で濡れた目元がキッと彼らのことを睨みつける。

 

 しかし、あいにくベリュースは歯向かう相手には弱いが、抵抗できない相手にはめっぽう強いのだ。

 

 反抗的な態度の彼女の腹に――本気ではなく軽くだが――蹴りを叩きこんだ。

 口の猿ぐつわにより呼吸もままならず、苦しそうに咳こむアルシェ。

 そんな彼女にクレマンティーヌが嬲るように語りかける。

 

「それにしても、あんたって馬鹿よねえ」

 

 投げかけられたのは、あからさまな嘲笑。

 

「たしか現皇帝にとりつぶしになった貴族の家の娘で、魔法学院で天才とか呼ばれてたのに、両親の借金返すためにワーカーになったんだっけ? 自分は命がけの仕事なのにろくな装備も買わないで、そんで稼いだ金を全部、家でぶらぶらしてる親に渡してたとか。うっはー、チョーウケるんですけどー」

 

 裏社会の人間に金を掴ませて調べ上げた彼女の素性、それは『自由』に生きることを決めた彼らからすれば、実に馬鹿馬鹿しいとしかいいようのないものだった。

 

「馬鹿じゃないの? そうやって、自分一人犠牲になってれば皆を助けられるなんて思ってたの? でも、残念。これまではよかったけど、これからは助けてくれる人はいませーん。だって、あなたは今日ここで死ぬんだからね。あなたが死んだ後は、誰もあなたの家族を助けてなんかくれないのよ。あなたという金づるがいなくなった後は……そうねえ、借金取りに財産全部奪われて、一家総出で乞食にでもなるのかしら。通りの隅にゴザでも敷いて、全員ずらっと並んで正座して、『右や左の旦那様、無能さゆえに全部失った哀れな元貴族にお慈悲を』とか言ってさ。ああ、そうだ。そうだった。男ならともかく女なら、再就職先も探してくれるんじゃないかな。もしかしたら、アンタの妹とかも増えるかもねー」

 

 自分で言って、こらえきれぬとばかりにゲラゲラと笑った。 

 それを受けて、他の面々もまたことさら彼女の事を貶すように下品な笑い声をたてる。

 その降り注ぐ侮蔑の雨にアルシェは歯を食いしばり耐えていた。

 

「んー? どうしたの? 悔しいの? こんな事言われっぱなしで悔しいのかなー? あ、なんか言いたいことある? 聞かせてよ、負け犬の遠吠えくらいはさ」

 

 クレマンティーヌはこれ見よがしににやにやと笑いながら顔を近づけ、その口元を覆う猿ぐつわを解き、口内に詰め込んでいた布きれをずるりと引っ張りだした。

 

「いや、あんたってホント、救いようがないわよねえ。え? ただ自分を生んだだけの相手のために、同じ血が流れてるってだけの妹たちのために、あんたが犠牲になるなんて。血が繋がってるからなんだってのよ。血縁なんてゴミでしょ。ん? 悲劇のヒロインでも気取ってた? あんたがずっと我慢してれば、いつかそのうち、そいつらが改心してみんな仲良く暮らせるなんて思ってた? 『私たちが間違っていた。これからは心を入れ替えて働くよ』とか、言いだすと思ってた? あはは。馬鹿よねー。そんな連中、とっとと捨ててれば、こんな結末になることもなくアンタは幸せに暮らせてたのにねー」

「……あなたには……」

「ん?」

「あなたには分からない。家族がどんな存在か。血を分けた存在の大切さが」

 

 彼女は冷たい床に手足を縛られたまま転がされ、惨めな姿をさらしながらも言いつのる。

 

「周りから見ればひどいと思うかもしれない。愚かと思うかもしれない。とうてい暖かな家庭とは思われないかもしれない。私の足を引っ張るだけの、ただの枷でしかない家族なんか捨てるべきと思うかもしれない。でも――」

 

 アルシェはその切りそろえられた金髪の奥から、自分に嘲りの視線を向けている者たちをきっと睨みつけた。

 

「――でも、家族というのは自分のとって有益かどうかなんてものじゃない。あなた方のような人間には分からないかもしれない。あなた方のようにどれだけ他人が自分に分け与えてくれるか、どれだけ他人から奪えるかしか考えない人間には無縁、理解できないかもしれない。人は間違う。親しい間柄でも考えはすれ違い、傷つけあう。でも有能か無能か、自分にとって益となる存在か害となる存在かは関係ない。ただそこにいてくれるだけでいい。見返りなんていらない。一緒にいてくれるだけでいい。それが家族というものなの」

 

 

 発せられたアルシェの言葉。

 それに――その場にいた者らは茶化す言葉をかけられなかった。

 青臭いと鼻で笑う事は出来る。何をきれいごとを語っているのかと、今のお前は自分がどんな状況におかれているか理解しているのかと、今、縛られ転がされている事実がすべてだと、嘲笑うことはできる。

 

 だが――。

 だが、彼らはそれらの言葉を口にはできなかった。

 なぜなら、アルシェの言葉には、余人が卑しめられるような余地などない重みが込められていたから。

 それは家族のために、栄光の約束された未来を捨て、日の当たらぬワーカーへと身を落とし、幾度も死線をくぐり、時にはは(・)ら(・)わ(・)た(・)を撒き散らしながらも戦い続けた過去、歴史。

 無軌道に生きることを旨とした彼らをして、その言葉に込められた思いの前には、二の句を継ぐことなどできなかった。

 

 

 

 ただ、一人を除いて。

 

 

 

「……あん?」

 

 あたかも乾いた木々がこすれるような、そんな低い声。

 

「……家族? 家族が何だって……?」

 

 それは耳をすませねば何と言っているのか聞き取れない、人に聞かせるためのものではない、ただ開いた口の端から偶然漏れ出た、心の髄よりにじみ出たような声。

 しかし、囁(ささや)くような微(かす)かな声ではあったがそこには、ねっとりとした憤怒と憎悪、それらがほんの皮一枚下で混ざり合い蠢いていた。

 そんな、クレマンティーヌの声。

 

 

 瞬間――殺気が撒き散らされた。

 それはベリュースらは言うに及ばず、『フォーサイト』として幾度も死線を潜り抜けてきたヘッケランやアルシェですら、戦慄を覚えるほどのものであった。

 

「有能でも無能でも? そこにいてくれるだけでいい? それが家族だって!?」

 

 その怒声に、傍らで聞いていただけのザックですら思わず「ひいっ」と声を漏らした。

 

 

 彼女の素性を詳しくは知る者はいない。

 アルシェやヘッケランは言わずもがなであるし、ザック、スタッファンも語れるほどではない。もっとも彼女と付き合いが長いベリュースですら、漆黒聖典に所属していたものすごく強い戦士であり、非常にエキセントリック且つ刹那的な性格の持ち主としか知りえていなかった。

 いったい何が彼女の逆鱗に触れたのか、それはこの場にいた誰もが分からなかった。

 

 だがしかし、今、目の前で荒れ狂っている、燃え盛る業火をその胸の内に荒れ狂わせているが如き獰猛な殺気の奔流。それにさらされた者は皆等しく息つくことすらできなかった。

 

 

 不意に空気が変わる。

 凶暴にして猛烈なまでの敵意はぴたりと止まり、それを発していたクレマンティーヌはちっと一つ舌打ちすると、くるりと背を向けた。

 

「私ちょっと出てくるねー。……ベリュース、あんたついてきなさい。あと、その女、まだ殺さないようにね」

 

 そう言いのこし、すたすたと出口へと歩きだす彼女。そんなクレマンティーヌの後を、また機嫌を損なわれてはたまらないとばかりに、ベリュースは慌てて追いかけた。

 

 そして残された者達は無言のまま、ただその背を見送るより他になかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「たっだいまー!」

 

 響いた陽気な声。

 振り向くとそこには、しばし前の不機嫌さはどこへやら、いつもどおり陽気にへらへらと笑うクレマンティーヌがいた。

 

「あ……おかえんなさい」

 

 ザックは噛んでいた干し肉をごくりと飲み込み、そう言った。無理に飲み込んだため、少し喉に引っ掛かったが、皮袋のワインでなんとか流し込む。

 

 

 あれから二人が出て言った後、残されたザックとスタッファンは当初の予定通り、アルシェを襲おうか悩んだ。

 だが、クレマンティーヌは出がけにアルシェを殺すなと言った。強姦するだけなら殺すわけではないから一応セーフな気もしたのだが、先ほどの彼女の怒気、あれを思い返すとどうにもやる気が湧かなかった。

 そのため、彼らはこうして乾物を齧りながら酒をちびちび飲み、二人の帰りを待っていたという訳だった。

 

 

 ご機嫌そうなクレマンティーヌの後ろから、ベリュースもまた続いて姿をあらわす。

 見れば、なぜだがやたらと重そうな麻袋を背負っている。

 

「えへへー。あのね、皆にお土産があるよー」

 

 顎をしゃくると、額に汗を浮かべていたベリュースが肩に背負っていた麻袋をどさりと床へ下ろした。

 重荷から解放され、大きく息を吐く。

 だが、そうして一息ついたところへクレマンティーヌから冷たい視線を投げかけられ、ベリュースは慌てて袋の口を解いた。

 

 彼が袋の口のひもを解くと、そこに入れられていた中身が転がりでてきた。

 

「……それは?」

 

 枯草色の大きなズダ袋。

 そこから出てきたのは――手足を縛られた幼い二人の少女。

 

 

 それを見た一同は訳が分からぬとばかりに、目をぱちくりとさせる。

 だが、その中で唯一、その少女らが誰なのか分かったアルシェは大きな声をあげた。

 

「クーデ! ウレイ!」

 

 その反応に、満足げにクレマンティーヌは頷いた。

 

「うん、そうだよー。あなたの大切な妹たち。せっかくだから招待してあげちゃった」

 

 彼女はそうにこやかに笑い、鎧に飛び散った、まだ乾ききっていない血のしぶきを手でごしごしと拭い去った。

 

「な、なんで……どうやって……?」

「そりゃ、決まってるじゃん。アンタのお家を訪問してきたのよ」

 

 その答えに、ザックは驚愕の声を漏らした。

 

「……え? ちょ、ちょっと待ってくださいよ。もしかして……攫(さら)ってきたってんですか? 家に忍び込んで? い、いや、たしか、こいつの家って没落して元がつくとはいえ貴族なんですよね? そんなところの子供攫ってきたら、さすがに家の奴らがすぐ官憲に連絡するんじゃゃ……?」

「ああ、だいじょぶ、だいじょぶ」

 

 不安げなザックに、クレマンティーヌは事もなげに答えた。

 

「家にいた人間、皆殺しにしてきたから、しばらくはばれないって」

「……み、皆殺し……?」

「そう、なんかふんぞり返ったえらそーなおっさんとか、ぼんやりしたおばちゃんとか、執事っぽい爺ちゃんとか、その他にも家にいた連中ぜーんぶ。いっやあ、さすがに逃げられないように気をつけて、あんだけ殺すのはちっと大変だったなあ。ま、そんなわけで、すぐに通報されるって事はないから、安心してよ」

 

 そのあっけらかんとした答えに皆、愕然とした。

 

 

 一家皆殺し。

 それも元貴族の家である。

 彼女の言う通り、即座には通報されないかもしれないが、事が明るみになったら大騒ぎになることは間違いない。

 

 しでかした事の大きさにザックらが息をのむ傍ら、「さあってと、じゃあ、始めよっか」と陽気なクレマンティーヌの声が響く。

 だが、そんな声にも、その場にいた者たちはただ呆然として立ち尽くしたままだった。

 

「んー? どしたのー? せっかく女が増えたんだから、犯っちゃいなよ。嬉しいでしょ?」

「え? い、いや、犯れっていっても……そいつら、子供じゃないですか」

 

 腰の引けたザックの言葉。

 それに対してクレマンティーヌはへらへらと笑った。

 

「うん、そう子供。えへへー、良かったねー。こんな子供犯れる機会なんてさすがにそうそうないよ。それに元がつくとはいえ貴族だからね。その辺の道端で食いもん欲しさに、マンコ貸してる薄汚れたガキとは全然違うよー」

 

 あらためて、袋から転がり出てきた二人の少女に目をやる。

 たしかに彼女の言う通り、この二人はあきらかにその辺の子供とは違う。袖口などが擦り切れかけているとはいえ、その身を包んでいるのは上質の服だ。その手も豆やタコのないすべすべの手。肌は日焼けもしておらず白いままだ。

 その姿をみて、かつては貴族に虐げられてる農民であったザックの心に黒いものが浮かんでくるが――。

 

「いや、つっても、さすがに小さすぎますよ……」

 

 そう。

 どう見ても、彼女らは性交するには幼すぎる。

 口に出すのもはばかられる非道な行為をこれまで幾度も繰り返してきたとはいえ、こんな幼い幼女が相手ではさすがに気が咎めるのだ。

 

 それでもまだ年が二桁を超えたくらいの少女ならば、無理にでも奮い立たせることも出来るかもしれない。

 だが、彼女らは性的な要素を全く感じさせない、本当にまだ子供なのである。

 あいにくと彼らの中に、幼女に対する特殊な性的嗜好の持ち主はいない。

 そのため、ザックらは縛られた幼い少女らを前にして、困惑の表情を浮かべるのみであった。

 

 

 そんな男たちの気のない様子に、クレマンティーヌは気分を害したようだ。

 その笑みの間から、一瞬氷のような冷たいものが顔を覗かせ、それを見た面々は仲間ながらもその身を震わせた。

 だが、またすぐに彼女の顔には、にこにことした笑みが浮かんだ。

 

「まあ、いっかー。うん、別にアンタらがやりたくないなら無理にやれとかは言わないよ」

「……え、ええ、さすがに……すいやせん……」

「いいって、いいって」

 

 そして彼女は吐き気をもよおすような邪悪をたたえた笑みを、傍らへとむけた。

 

「だって、男はもう一人いるからねー」

 

 彼女の視線の先にいた者。

 それは椅子に縛られ身動きの取れない、少女たちの姉アルシェの仲間である戦士、ヘッケランであった。

 

「な、なに……!?」

 

 椅子の上でヘッケランは驚愕に身じろぎした。

 

「だからー、あんたにこのガキども犯らせてやるって言ってんのよ。お友達の妹たちなんだから、ちゃんと面倒見て初体験させてやってね」

 

 そう言うとクレマンティーヌはさっさと双子の少女のうち、片方の服を切り裂き、その未成熟な性器をあらわにさせた。ついでにそれまでしていた目隠しと猿ぐつわも取っ払う。

 突然、目に光が差し込み、その刺激に気を失っていたクーデリカは意識を取り戻した。

 気がついたら埃っぽい倉庫の中、見知らぬ大人たちに囲まれ、しかも自分は裸という、幼い少女の理解の範疇をゆうに超えた状況に混乱し、泣きそうな表情を浮かべるクーデリカ。訳が分からぬとばかりに辺りを見回す。するとそこに大好きな姉の姿を見つけ、彼女は「お姉様!」と声をあげた。

 そんなクーデリカの横っ面をひっぱたくと、クレマンティーヌは涙を浮かべる彼女の首根っこを掴み上げ、身動きできないヘッケランの許へと引っ張っていったのだが――。

 

 

「……ちょっと、あんた。何よ、それ」

 

 いかにも機嫌の悪そうな声。

 彼女の視線のその先、攫ってきたアルシェの妹であるクーデリカと性交させようとしたヘッケランの男根が、その股間でぐったりとしたままであったためである。

 

「さっさとおっ起てなさいよ」

 

 そう言われても、当のヘッケランとしても仲間であるアルシェの妹らしい幼女と、それも当のアルシェが見ている前でそんな事などしたくない。

 そもそも、彼も幼女を対象とした特殊趣味などないため――胸囲やその他の成熟度はともかく、ふくらみに関しては、クーデリカとイミーナの間に大した差はないとはいえ――興奮しろというのがどだい無理な話なのだ。

 

 

 自分の妹が自分の仲間にレイプされる姿を見せつけてやるという計画が、いきなり頓挫したクレマンティーヌは腹立ちまぎれにだんだんと足踏みした。

 わざわざ出かけていって、一家皆殺しなんぞという事までやってクーデリカとウレイリカを確保してきたのである。そんな結構な手間暇をかけてまで攫ってきたのに、それが無駄になるというのは許せないことであった。

 

 ぎろりと視線を巡らせる。

 運が悪い事にその回した顔、金色の瞳に真っ先に捉えられたのはそのぶくぶくと太った身をすくませ、立ちすくむスタッファンであった。

 

「……スタッファン……あんた、こいつを起たせなさい」

「……え……?」

「だから――」

 

 クレマンティーヌは八つ当たりにも似た勘気を撒き散らせながら叫ぶ。

 

「――こいつのちんこを起たせなさいって言ってんの!?」

「……い、いや、どうやって……?」

「は? ちんこなんだから手で掴んで、しごいてやりゃ起つでしょ!?」

「そ……それを俺がやるのか……?」

「いいから、とっととやんなさい!!」

 

 もはや殺気の入り混じる怒声を叩きつけられ、スタッファンはビクンとその背を跳ねさせた。

 転がるようにして、ヘッケランの縛られた椅子の許に走り寄り、そのぶよぶよとした芋虫のような指で、彼の男根を握る。 

 男の一物をしごく気色悪さより、クレマンティーヌからの癇癪(かんしゃく)を逃れたいという思いが勝(まさ)った。彼はその手に伝わる生温かさに顔を歪めつつ、文字通り、必死の思いでその手を動かす。

 だが、頼むから勃起してくれという彼の願いもむなしく、異常な事態にあてられているヘッケランの男根が固さを取り戻すことはなかった。

 

 苛立ったクレマンティーヌはスタッファンに対し、「尻に指入れてやんなさい」と言い放った。

 「へ?」と間抜けな声で聞き返すスタッファンに、クレマンティーヌは再度、怒声を浴びせた。

 

「だから! 尻の中に指突っ込んで前立腺いじってやれって言ってんの! とっととやれ!!」

 

 もはや声にならぬ声で「ひゃい」と返事をしたスタッファンは、男の肛門に指を突っ込むという行為に対する嫌悪などすべてをかなぐり捨てて、言われた通りにした。

 ぬるりとした感触と生温かさの中、ぐりぐりと指を動かす。

 すると、いかにヘッケランといえど単純な生理的な刺激には逆らえず、見る見るうちに彼の股間にまさに怒張というべきものが再度、そそり立った。

 

「あっはっはっはっは。いや、もう準備オッケーだね! じゃあ、始めようか」

 

 そう言うと、ヘッケランの股間の前にしゃがみ込んでいるスタッファンを蹴り飛ばしてどかせた。そしてクーデリカの幼い身体を持ち上げ、縛り付けられたヘッケランの上へと下ろす。

 

 

 だが――。

 

 

「なんで、入んないのよ!?」

 

 

 当然であるが、入る訳はない。

 クーデリカはまだ少女の域にすら達していない幼女である。当然、その性器は未成熟なものでしかなく、そこに男性を受け入れられるような構造ではない。

 さらにいうならば、ヘッケランの股間のモノもごく一般的な男性と比して、結構大きいものであった。

 

 大きなものを、小さいところに入れる。

 入る訳がないのである。

 

 その事実に、周囲の者ら――アルシェだけではなくザックらまでも――が秘かに安堵の息を漏らすなか、クレマンティーヌは一人、更に逆上し憤(いきどお)った。

 

「そのままじゃ入んないって? じゃあ、広げてやろうじゃないのよ」

 

 言うと、椅子に固定されたヘッケランの上に真向かいに腰を下ろす形となっていたクーデリカの首を後ろに引っ張った。

 悲鳴と共に、ごろりと石床の上に転がるクーデリカ。

 クレマンティーヌはそんな彼女のまだす(・)ら(・)り(・)ともしていない、ぷよぷよとした柔らかさをもつ足を片方ひっつかみ、グンと上に引っ張り上げた。

 そして、もう片方の手に閃いたもの。それはこの前、『漆黒の剣』のニニャから奪った、柄に四つの宝石がはめ込まれた黒い刀身の短剣。

 

 

 

 彼女はその切っ先を、クーデリカの股間に突き立てた。

 

 

 

 声にならぬ悲鳴が上がる。

 まるで新鮮なエビか何かのように、片足を掴んだクレマンティーヌの下で、クーデリカの身体が突然の、それも耐えることなどできようがないほどの苦痛に跳ねまわる。そうして暴れることなどお構いなしにクレマンティーヌはさらに抉るように刀身を少女の幼い身体、その奥へと沈めていった。さらなる苦痛に幾度も身をよじるクーデリカ。そのたびにクレマンティーヌの短剣を持つ手に肉が抉られ、骨を削る感触が伝わってくる。

 クレマンティーヌはわずかに口の端をゆがめると短剣を引き抜き、その苦悶にあえぎ、身じろぎする幼女の身体を抱え上げ、勢いをつけてヘッケランの上へと下ろした。

 

 

 再び、およそ人の声とも思えぬものが倉庫内に響いた。

 悲痛な表情を浮かべるヘッケランの上で、クーデリカはうち上げられた魚のようにパクパクと口を開け閉めしていた。

 ヘッケランの男根が突き刺さった股間の傷口からは、止めどなく鮮血が滴り落ちる。

 

「あっははは! 初体験おめでとー。じゃあ、動かしてやんないとねー」

 

 そう言うと、彼女は今だ下腹部付近より総身に走る激痛にガタガタと震えているクーデリカの短いが艶のある金の髪をひっつかむと、それを引きちぎるような勢いでその小さな体を上下させた。動かすたびに彼女の足がブランブランと揺れる。掴まれた少女の髪がぶちぶちと音を立てた。

 

 

 

 少女の悲鳴、アルシェの制止の叫び、そしてクレマンティーヌの狂笑が辺りにこ(・)だ(・)ま(・)する中、顔をひきつらせたザックは傍に立つベリュースへと声を潜めて話しかけた。

 

(ちょ、ちょっと、ベリュースさん! いいんですか、あれ!)

(よくはないだろうけどよ……)

(じゃあ、なんとかしてくださいよ)

 

 だが、そう詰(なじ)られたベリュースもまた、目の前で繰り広げられているあまりの所業に、顔を真っ青にしながら言い返した。

 

(い、いや、つってもよ! どうしろってんだよ!?)

(クレマンティーヌさんとつきあい長いんでしょ?)

(長いったって、お前らより何か月か先に知り合ってたってだけだよ!)

(……あいつの実家に忍び込んでそこの連中、皆殺しにしたってほんとですか?)

(……マジだよ)

(どうすんすか? 元とはいえ貴族の邸なんて、さすがにやばいでしょう!?)

(いや、だからよ! どうしようもないっての!! クレマンティーヌさんははっきり言って、人間種最強なんだよ。俺たちじゃ、逆立ちしても勝てないくらいのな。そんな人がやる事をどうやって止めるって!? 止めらんねーよ!!)

 

 

 こそこそと小声で言い争う二人をおいて、やがて無限とも思えた地獄にも終わりが訪れた。

 必死で歯を食いしばっていたヘッケランであったが、ついに口の奥でうめき声を漏らし、その椅子に縛られた身体を震わせた。それと同時に、クーデリカの未熟な体内に突き入れられた彼の怒張から精子がほとばしる。

 

 ゲラゲラと笑いながら、クレマンティーヌはクーデリカの身体を後ろに引き倒した。

 音を立てて背中からひっくり返るクーデリカ。その無惨にも、彼女の身体に比してもあまりに大きすぎ、長すぎる短剣が突き立てられたその股間からはどろりとした白濁液が、止めどなく湧き出る鮮やかな赤い血液のなかに混じり流れ落ちる。

 もはや悲鳴をあげる力もないクーデリカ。

 そのあまりに無残な姿を前に、姉であるアルシェは慟哭した。

 

 

「とうっ!」

 

 軽やかな掛け声と共に宙を舞ったクレマンティーヌのそろえた両足。それが、ガチガチと歯をかみ合させて痙攣しながら仰向けに横たわるクーデリカのすべすべとしたイカ腹の上へと突き立った。

 文字通り臓腑の奥から漏れ出るような声。その口や肛門、そして性器だったはずの箇所から鮮血とその他もろもろの各種体液や内容物、そしてその幼い肉体内部に収められていたピンク色の肉などが飛び出した。

 

 そのビクンビクンと痙攣する、もはや人ではなく奇怪な人形とでもいうべき姿に、クレマンティーヌはさらに哄笑をあげた。

 

「あ、ははははは! 笑えるわー! ホントに、チョーおかしー!! ねえ、お姉ちゃん、見てる? これが、これがアンタが大切にしてた妹よ。うはー、マジで気持ち悪いわー!」

 

 そのむき出しの腹を抱えて笑いながら、彼女は哀れなクーデリカを足蹴にした。

 

「こいつが力もない無能だから! アンタが力もない無能だから、こんな有様になったのよ。本当に役立たずってどうしようもないわねー」

 

 クレマンティーヌは倒れ伏しているアルシェの許に歩みより、グイッと髪を掴んで、その顔をあげさせる。

 

「さあて、じゃあ、次はアンタの番ね。アンタもたっぷりと痛めつけてあげるわ。あ、でもね……」

 

 そう言うと、クレマンティーヌはその顔に邪悪たっぷりの笑みを浮かべた。

 

「でも、妹はもう一人いるよね。あのさ、アンタに選ばせてあげる。私ねえ、ちょっと今日は疲れちゃったからさ。拷問とかあと一人くらいしかする気ないんだよねー。ねえ、どっちに拷問すべきかな? アンタの方か、それとも妹の方か。しなかった方は助けてあげるよー。嘘じゃないって」

 

 にやにやと笑うクレマンティーヌ。その笑顔はまるで瀕死の獲物をもてあそぶ猫のよう。

 しかし、そんな彼女に対し、腹を決めたアルシェは流した涙の跡も乾かぬまま、強い意思のこもった視線を向けた。

 

 そして、彼女が口にしたのはクレマンティーヌが予想していた、妹のために自分が犠牲になるという自己犠牲の言葉でも、自分が助かりたいがための哀訴の言葉でもなかった。

 

 

「あなたは悲しい人」

 

 

 不意に放たれたアルシェの言葉に、虚をつかれた形となったクレマンティーヌ。

 

「……んー? どうしたのかなー? あ、もしかして、自分が長々と話して時間稼ぎすれば、何とかなるかもって思っちゃってるー? うーん、残念だけどね、そんなことしても――」

 

 アルシェはクレマンティーヌの言葉を遮り、その赤の瞳を見据えて言った。

 

「あなたは証明したいだけ。無償の愛なんて存在しないと。この世にあるのは打算だけだと。それを自分に言い聞かせたいだけ」

「……あのさ――」

「あなたは自分が家族に愛されなかったから、そんな関係がこの世にあるはずがないと思いたいがってる。家族間の愛情。そんなものは実在しないんだと、物語の中にしかないまやかしだと。でも、あなたがどう思おうと、それは存在する」

「……黙れよ」

「あなたは家族に恵まれなかったかもしれない。あなたの周りの人たちは、能力の有る無しだけ人を判断していたのかもしれない。でも、だからといって、この世界のすべての人が、全ての家族がそうだとは限らない」

「……黙れと言っている……」

「全ての家族が、家族愛を持っているとは限らない。あなたは生まれつきの家族には恵まれなかったかもしれない。それは不幸、悲しい巡り合わせだったかもしれない。でも、その気になればこの世のどこかで、利害なんて関係ないと言える、大切な存在は見つけられる」

「黙れーっ!!」

 

 湧き上がる怒りのままにクレマンティーヌはその手の短剣を振り下ろした。

 その切っ先がアルシェの肩を抉る。

 だが、苦痛に顔を歪めつつも、彼女はその視線をそらさない。

 

「この世は弱肉強食、弱い者は虐げられる、虐げられたくなければ自分が虐げる側にならなければいけない。それがあなたの信念。だからそれを否定するようなものは許せない。他者の事を思う人間の存在を許せない。あなたは自分が不幸だから、それが自分だけだと思いたくないから、こんなことをしている。この世界には不幸しかないんだと、それを証明したがっている。この世界はひどい世界だから、だから自分が不幸なのは仕方がないんだと思いたがっている」

 

 そして彼女は言った。

 

 

 

「あなたは絶望したがっている」

 

 

 

「黙れーっ!!」

 

 激昂したクレマンティーヌは、ただひたすらに、その手の凶器を幾度も振り下ろす。

 そのたびに、飛び散る鮮血が、肉片がそこかしこに撒き散らされる。

 

 

 

 その悪夢のような光景を前に、ベリュースらは生きた心地もせず、ただ立ち尽くすより他になかった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 早朝の街道に、馬車を引く馬の蹄鉄の音が響く。

 御者台で手綱を握るのはでっぷりと太った男。その身綺麗にした服装や髪形から、普通の市井の者ではなくそれなりの地位にいるものではないかと思われた。

 その男が走らせる馬車の歩みは早い。今日中にどこか遠くまで行かねばならぬ用事はあるのかもしれないが、あれでは馬の方が疲れ果ててしまうのではと、見たものが不安を覚えるほどの速度で、その貴族が使うような豪奢な造りの馬車は街道を駆けていく。

 

 そして、そんな馬車の車内。馬車とは思えぬほどゆったりとした広さを感じさせるビロード敷きの座席には、クレマンティーヌがゴロンと横たわっていた。

 その反対、御者側の長椅子には並んで腰かけるベリュースとザックの姿がある。

 

 サスペンションがよく効いているため、通常の馬車などと比べ、揺れははるかに少ないのであるが、それでも全く揺れないという訳ではない。

 だが、その揺れで身体を動かし物音を立てぬよう、二人はびしりと背筋を伸ばし身を固くしていた。座り心地のいいはずの座席であったが、そんな姿勢を長時間とり続けているため、彼らはまるでその身を休める事ができないでいた。

 

 彼らとしてもあんな狂乱の姿を見せたクレマンティーヌと同じ車内にいるのはま(・)っ(・)ぴ(・)ら(・)であり、できればしばらく距離を置いておきたいところなのであったが、馬車の御者役をいち早くスタッファンが取ってしまった。

 本来、この馬車の御者台は二人並んで腰かけられるほどのスペースがあるのだが、標準体型ではない彼にそこに居座られると隣にもう一人座ることは出来ない。

 そのためベリュースとザックは二人して、クレマンティーヌの勘気を買わぬよう息をひそめて、車内で物言わぬ置物に徹していたのだ。

 

 

 あの後はひどいものだった。

 クレマンティーヌの激憤は治まるところを知らなかった。

 対して、アルシェというあの魔法詠唱者(マジック・キャスター)はそんな彼女を前にしても、前言を翻すことなく一歩も引こうとしなかった。血を流し、その身が切り刻まれてもなお一言たりとも命乞いの哀訴も、苦痛の悲鳴さえも上げなかった。

 唖然としたまま、ことの成り行きを見守るしかなかった彼らの前で、アルシェがその命を落とし、やがて彼女であったらしき肉片へと変わるまで、クレマンティーヌはその体をスティレットと短剣で刺し貫き続けた。

 

 どれほど時が経ったのか定かではない程の後(のち)に、当のクレマンティーヌは不意にポツリと「飽きた」と言い捨て一人、全ての事柄から興味を失ったように振り向きもせず、馬車へと戻っていった。

 

 その後、彼らは必死に動いた。

 まだ息のあったヘッケランに止めを刺し、彼らの死体をアルシェとかいう女の実家らしき貴族の邸に運び込んだのだ。

 玄関には鍵をかけておき、目立たぬ所にある窓から脱出したため、おそらくすぐには発覚しないだろうという目算はあったものの、やがては発見されるだろう。

 しかし、そうしておくことで後(のち)に見つかった場合でも、ワーカーという犯罪者すれすれの存在である彼らが、一応とはいえ元貴族の家に忍び込み、その家の者らを殺害。そして、その後に金銭の取り分で殺し合ったという筋書きが成り立つ。

 

 ……成り立ってくれれば――そういう結論にいたってくれればいいなあという、じつに希望的な考えによるものではあるが。

 

 正直、やった張本人である彼らですら、そうあっさり処理されることはまずないだろうと思っていた。

 その最大要因は、その家の娘であるクーデリカとウレイリカの存在である。

 

 あの後、瀕死ではあったがまだ息のあったクーデリカ。彼女に所持していたありったけの治癒の回復薬(ポーション)をかけ、その怪我を直した後で、気絶したままのウレイリカともどもその辺の孤児院の軒先に放りだしてきたのである。

 

 さすがに彼らでさえ、まだ幼い彼女らを殺してしまうのは気が咎めた。直前に、姉であるアルシェへのあの無体極まりない行為を目の当たりにしたから、というのも要因の一つである。

 とにかく彼らにしても、もうこれ以上、血は見たくなかった。あんな惨劇の世界から遠ざかりたかったのだ。

 

 しかし、かと言って逃がした彼女らが、自分たちの風体を官憲に伝えたら拙いことになるのは確かだ。

 それが分かっていたため、彼らは日が昇り、都市の城門が開くと同時に帝都から逃げ出したのである。

 

 

 

「……ねえ」

 

 馬車内の長椅子に横たわり、頭の後ろで腕を組んで、何とはなしに赤いビロードの裏地が貼られた天井を見上げていたクレマンティーヌが口を開いた。

 これまで無言であった所へ声をかけられ、ベリュースらの背がビクンとはねる。

 

「ねえ。私ってアンタらより、はるかに強いよね?」

 

 その言葉には、さすがに男としての矜持が傷つけられるのを覚えたものの、それはまごうことなき事実であるため、彼らはおし黙っていた。

 

「……ベリュース。もし私が弱かったら、役に立たなかったら、アンタ、私と一緒に法国を脱出しようって思った?」

「え? えーっとな……」

 

 聞かれたベリュースは一瞬、困惑のあまり、言葉に詰まった。

 これまでクレマンティーヌは、威張り散らすことは無かったものの、常に傲岸不遜にして圧倒的な自信に満ち溢れていた。そんな彼女がしおらしく他者の意見を聞こうなど初めてであったためだ。

 彼はどう答えるべきか悩み、つっかえながらも思った事をそのまま口にすることにした。

 

「……そうだな。もしクレマンティーヌさんが弱かったら、まあ、すげえ困ったことになったな」

 

 それは事実だ。

 およそ人類最強クラスといえる彼女の戦闘能力。

 それがなければ、彼らがしてきた略奪と強姦の旅は上手くいかなかっただろうし、そもそも法国からの脱出自体できなかった可能性も高い。

 

 だが――。

 

「……んー、それでもよ。もしクレマンティーヌさんが強くなくても、俺は一緒に旅してたと思うぜ」

 

 ベリュースはそう言った。

 

 

「そりゃ、クレマンティーヌさんの力にはこれまでも助けられてきたよ。こういっちゃなんだけど、利用価値って考えりゃ、それもうすげえもんさ。でもな、その……まあ、俺としても、たった一度きりの人生なんだから好きに生きてやるぜとは思ったもののよ。けど、やっぱり、一人じゃ寂しかったと思うんだわ。だからさ、アンタが一緒に来てくれるって言ってくれた時は、すっげえ嬉しくて心強かったぜ。なあ、ザック。お前もクレマンティーヌさんが一緒でよかっただろ?」

 

 その言葉にザックはうんうんと頷いた。

 

「そ、そうっすね。俺も皆に拾われなきゃ、どうなってたことか分からないですし。それに役に立つ立たないって言うんなら、それこそ俺なんて人の事をとやかく言える立場じゃありませんしね」

 

 そう言って、はははと乾いた笑い声をあげる二人。

 だが、それを訊いたはずのクレマンティーヌが何も言わぬままなことに、段々とその笑い声も小さくなっていき、やがて車内は再び沈黙に包まれた。

 ガタガタと車輪が街道を走る音だけが響く。

 

 

 やがて、天井を見つめていたクレマンティーヌはごろりと、二人に背を向けるように、横向きに姿勢を変え――。

 

「……あんがとね」

 

 ――と小さくつぶやいた。

 

 

 その言葉に、二人は何も言えぬままであった。

 そうして、しばしの間馬車に揺られていると、ごんごんと彼らの背後の壁を叩く音がする。

 御者台との仕切り窓を開けると、そこから見えるのはスタッファンの贅肉で膨らんだ顔。

 

「おい、これからどうするんだ?」

 

 問われたベリュースは、若干思案気に顎を撫でた。

 

「……とにかく、帝国を離れよう。エ・ランテルへ向かおうぜ」

「いいのか? そもそも向こうで目立ちすぎたから、俺たちは帝国に来たんだろ?」

「仕方ないだろ。とにかく今は一刻も早く帝都から離れることが先決だ。それにエ・ランテルに行ったからってすぐに拙いことになる訳じゃないだろ。とにかくエ・ランテルで仕切り直しといこう」

 

 そうして四人の乗る馬車は一路、来た道を戻りエ・ランテルへと、登り始めた陽光の中を駆けていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 扉の開く音に、その場にいた者たちの視線がそちらへ向いた。

 入ってきた人物が何者なのかを知ると、その場の喧騒が潮を引くように遠ざかっていった。

 誰もが息をのみ、冒険者組合に入ってきたその姿を見つめた。

 

 その場にいた者たちの注目を一身に受けつつも、当の本人はそれを気にも留めた様子もなく、装甲靴(サバトン)の音を響かせ、受付へと向かった。

 

「頼まれていた仕事は終わらせてきた。また別の仕事はあるか?」

 

 淡々とした口調で任務の終了を告げるその姿に、誰もがほうと息を吐いた。

 なぜなら彼が請け負った依頼、それミスリル級冒険者が数週間かけてようやく終わらせられるであろうものだったからだ。

 彼がその依頼を受けたのはつい三日前である。

 たった三日で、高位冒険者でさえ相応の準備期間をとった上で遂行する困難な依頼を終わらせたという事だ。

 

 

「い、いえ、モモン様に依頼できる仕事は、今のところございません」

 

 上ずった声で告げる受付嬢。

 

 

 彼の名はモモン。

 しばらく前にこのエ・ランテルにふらりとやってきた謎の人物である。

 常に漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包み、常人であれば両手で扱うことすら難しいであろうグレート・ソードを片手に一本ずつ二刀流で扱う剛力の戦士。

 そして、彼の供は黒い髪に黒い目という異国風の顔立ちをした、まるで芸術品のような美しい容姿の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、ナーベである。

 

 彼ら二人はこのエ・ランテルで冒険者登録をすると、すぐにめきめきと頭角をあらわした。

 

 おりしも時を同じくして、このエ・ランテルはとんでもない難事に巻き込まれていた。

 街のすぐ近くで、第三位階魔法を使う吸血鬼(ヴァンパイア)が出没したのだ。

 これに対して冒険者組合はすぐさま、この街にいるミスリル級冒険者チーム三つを派遣したのだが、それが全滅という憂き目にあったのだ。

 その惨憺たる結果に、冒険者組合だけではなく、街の行政を含めたすべてが恐慌に陥った。

 

 冒険者とはただの何でも屋ではない。

 国に仕える兵士たちが戦うのはあくまで人が相手。対して、冒険者は怪物(モンスター)に対するスペシャリストである。

 金で雇える存在とはいえ、彼らがいなくては付近に現れる人に仇為す怪物(モンスター)たちを誰が倒すというのか。街を訪れる行商人の護衛を誰がやるというのか。彼らがいなくてはそもそも街の安全確保すらも危ういのだ。

 そんな冒険者の中でも、この街にいる最高位の者たちがすべていなくなってしまったのである。

 その損失は筆舌に尽くしがたい。

 

 しかも、そんな犠牲を払ってでも事態が解決したのならばまだいい。

 最悪なのは、彼らを失ってもなお吸血鬼(ヴァンパイア)は健在であったということだ。

 

 冒険者組合は緘口令を敷いたものの、人の口に戸は立てられず、ミスリル級冒険者全滅の噂は瞬く間に街中に広がった。

 街中がパニックに陥り、エ・ランテルを捨てて他の都市に脱出しようとする者まで出始める始末。

 

 そうして街が絶望に包まれる中、思わぬところに救いの主がいた。

 

 それは冒険者として最低である銅のプレートを持つ冒険者――モモンである。

 

 彼は慌てふためく人々の前で、自分がその吸血鬼(ヴァンパイア)を退治してくると告げた。

 たかが銅級冒険者が何を言うのかと誰もが鼻で笑ったが、彼はそんな嘲笑を背に受けても、気にも留めずに出かけていき――。

 

 

 ――そして、吸血鬼(ヴァンパイア)を退治したのである。

 

 

 確認のために戦場となった場所を訪れた者たちは、目を丸くした。

 ちょっとした森の一角であったはずのその場所が、広範囲にわたって焼け焦げ黒化し、一部は砂漠化すらしていたのだ。

 一体どうやったのかと問い詰められた彼は、高位階魔法を封じた魔封じの水晶を暴走させたのだと語った。

 

 その言葉だけですべて納得したとは言い難かったが、ともあれ彼が吸血鬼(ヴァンパイア)を倒したことはまぎれもない事実である。

 そこで冒険者組合は特例として、彼を一足飛びにミスリル級冒険者へと昇格させたのだ。

 

 その後の彼の活躍は目覚ましかった。

 いなくなったかつてのミスリル級冒険者の穴を埋めるように、休みなく依頼を受けてはそれを瞬く間にこなしていった。

 その実力に疑問をいだく者はすでにいない。

 やがて彼らはその身に纏う鎧からチーム『漆黒』と呼ばれ、街の者達から畏敬の目を受ける存在となったのだ。

 

 

 

 さて、受付嬢から仕事がないと告げられた当のモモンは、ぐるりと組合内を見回した。

 

「ふむ。しかし、私が入ってきたとき、皆、ずいぶんと熱心に話をしていたようだったが」

「あ、ちょっとした問題があるのですが、モモン様にご依頼するほどの仕事ではございません」

 

 受付嬢は言った。

 

「実は最近、この近辺で何者かに行商の人たちが襲われるなどの被害が増えておりまして――」

 




 最初、シンプルにベリュースらがフォーサイトを襲うという話だったんですが、せっかく帝国に来たんだからエルヤーも出そうと思いいたった結果、書いても書いても終わらないという状況に……。
 次はシンプルに行こうと思います。
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