※この作品はR-18です。

犬は吠えるがキャラバンは進む   作:タッパ・タッパ

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 難産でした。
 いろいろあって、自分で書いた文章を読み返すのも嫌になるほど。


第5話 地獄行きの列車に飛び乗り、天使のように遊ぶボク達

 ザックは呆然と佇んでいた。

 

 つんざく悲鳴。

 響き渡る怒号。

 湧きだすような苦痛のうめき声。

 鼻をつく焼け焦げた臭い。

 生臭い鉄の、血の匂い。

 

 

 目の前に広がる地獄のような光景。

 燃え落ちる家々の炎の熱を肌に浴びてザックは怯えるでもなく、狂乱に身を任せるでもなく、ただ虚ろな顔をしたまま立ち尽くしていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 かつて武装した者たちに襲われ、蹂躙されたことを教訓として、偏執的なまでに外敵への防御が固められたカルネ村。

 

 村を囲む堅牢な防壁には、襲撃者を即座に察知する見張り台や射手が立つ櫓(やぐら)などが据えつけられており、それらを守るのは戦闘能力に長けたゴブリンや力自慢のオーガ、そして村人たちもいざというときの襲撃に備え各々、弓の腕を磨いている。

 その防御態勢は村というレベルを超え、もはや砦に近いと言っても過言ではないほどだ。

 

 もし、この村を正攻法で攻め落とそうとしたら、それこそ百人単位の軍が必要であっただろう。

 火矢を用いて木製の防壁を焼き払う。破城鎚で正門を打ち壊す。そうしてこじ開けた突破口から、武器や鎧で身を固めた兵士たちが一気になだれ込む。

 当然、守る側もそうはさせじと、防壁上から熱した湯を浴びせかける。壁越しに矢を射かける。逆に一時的に門を開け、そこへ突進してきた者らを待ち伏せし、狙い撃ちにする。

 

 そういった戦いが繰り広げられたことだろう。

 

 

 だが、それはあくまで正面から攻め落とそうとしたときのこと。

 いかに堅牢な防備を整えようとも、それは外からの攻撃に対してものでしかない。

 

 すなわち、すでに内部に入ってしまった敵に対して有効なものとはいえるものではなく、実際にそのような相手に対しては無力であったということだ。

 

 

 

 カルネ村へ一台の馬車が向かってきていた。

 それはエ・ランテルへエンリが乗っていったような簡素なものではなく、またたまにやってくる行商人が使用する頑丈そうなものでもない。

 それこそ貴族の乗るような高級にして華美な装飾の施された馬車。御者台に腰かけているでっぷりと太った人物の身なりも、いかにも身分の高い人間が身に纏っているような――少なくともこの村の者が着ているようなものとはかけ離れた――高級そうな代物であることは遠目にも見て取れた。

 

 

 そんな馬車が街道を堂々と近づいて来ている様を、見張りに立っていたカルネ村の者は早々に発見した。

 

 ――したのではあるが、それに対し、はたして村としていったいどう対応すべきか、その意見がまとまらなかったのである。

 

 

 毛並みの良い立派そうな馬に曳かれているのは、どう見ても高い身分をもつ者たち、すなわち貴族が使用する馬車である。明らかに村を襲撃しようとする野盗の類(たぐい)とは異なるものであるように見えた。

 

 考えられるのは、この村を含めた付近一帯を管理している王国に属するお役人の馬車であろうか。こんな辺境の村に、貴族の乗るような馬車がやってくるなど、理由はそれ以外考えられない。

 だが以前、近隣の都市であるエ・ランテルからやって来た官吏たちは、先だっての襲撃による被害状況をかんがみ、当分の間、この村が納めるべき税の減免を認めるとすでに宣告してくれていたのだ。

 

 それで話はすんだはずなのに、いったいなぜわざわざ再びこんなところへお役人が使うような馬車がやってくるのか?

 しかも以前、官吏が乗ってきたものよりはるかに立派なものが。

 それも、護衛の姿すらなくたったの一台で。

 

 

 判断に悩んでいる間も、ドンドン馬車は近づいてくる。

 

 

 現在、カルネ村のまとめ役、最終的な意思決定権者は村長である。

 これまでは村の方針について村の人間たちで会議することはあっても、基本的に彼がほとんどの事を決めていた。教育機関などなく満足に学習等の機会を与えられていない村人らは、世の情勢を知るどころか満足に読み書きすらも出来ない者がほとんどである。そんな彼らでは目先の事――今年の作物の出来を心配するくらいがせいぜいであり、数年程度ならまだしも一〇年先を見据えた案など出てこないのが常であったためだ。

 そう言う村長とてまともな教育を受けたことなどなく、彼らとそう大差ないのではあるが、それでも長年にわたって村の長として外部との交渉事を繰り返してきた経験の差がある。

 

 だが、先の襲撃――襲い来る無慈悲な暴力の嵐を経験した後の現在、カルネ村の中でも特に発言力があるのは、実際に戦闘能力のあるゴブリンたちであった。

 そして、そんな彼らが忠誠を誓う、ただ一人の村娘にしかすぎぬはずのエンリの意見は決して無視できないものとなっていた。

 

 新たな時世の流れ、その変化を感じ取っていた村長は、いずれ村長の地位を彼女に譲り渡そう、今度エンリが帰ってきたら提案をしてみようと考え、秘かに村人の数人に話を通し、根回しをしていたほどである。

 

 そのため、本当なら今回の件についても村長はエンリ、並びにゴブリンらも交え、まったく何者かも、その意図も分からぬ謎の馬車、その接近への対応を相談したかった。

 しかし不幸な事に、この時、当のエンリは薬草の売買のためにエ・ランテルへとおもむいたきりであり、このカルネ村には不在であったのだ。

 

 

 ゴブリン及びオーガたちにとって、従属するのはあくまでエンリ個人である。

 

 彼女の妹であり、自分たちとも深い交流があるネム、そして彼女の属する集団であるカルネ村に対して配慮はしているものの、あくまでそれは二義的なものでしかない。

 言えばその通りにしてはくれるものの、ゴブリンたちが村長の指示に従うのは、あくまでこの村内におけるエンリの立場を考えてのものでしかない。

 

 もし、エンリにとって不利益になるような事を命じたら……。

 もしくは彼らがそう判断したら……。

 もしそうなったのならば、ゴブリンたちは村長の指示に従わないどころか、逆に他の村人たちに牙をむきかねないであろうことは容易に想像できた。

 

 それを分かっていたため、村長としてもエンリ不在の今、彼らに対し、もしかしたら戦闘になるかもしれない不審な馬車への対応を協議することは躊躇われたのだ。

 

 

 そうして悩んだ末に村長が下した判断。

 それは、あの馬車をとりあえず村内に迎え入れ、話を聞いてみよう。ゴブリンたちにはいざという時のため、周囲の空き家などに隠れて待機していてもらい、万が一の時は力を貸してもらおうという、よくは分からないがあの馬車に乗っているであろう者たちは、おかしなことなどしないかもしれないという、消極的にして希望的観測に基づいたものであった。

 

 

 もし仮に、このカルネ村によりゴブリンらと親しく、彼らとの間を橋渡しできるような人間がエンリの他にいたのならば、そしてその人物がある程度ものの道理が分かるような人物であったというのならば、村長は迷わずその人物と相談したことだろう。

 そうした場合、ひとまず村の門を閉ざしたうえで、接近してくる謎の馬車に対し、いったい何者なのか、何の目的で村にやってきたのか誰何(すいか)するという判断も下せたかもしれない。

 

 だが、あいにくとカルネ村においてゴブリンらと親しい人物は、エンリの妹であるまだ幼いネムただ一人であり、不審者に対する相談相手としては不適任と判断せざるを得なかったのである。

 

 

 そうして、前回の襲撃への反省と対策を元に築き上げられた塀、そこに造られた堅牢な門を通り抜け、村の広場へと入って来た豪奢な馬車。

 扉が開き、車内から姿を現したそれなりに立派な身なりをした鎧姿の男がしたこと。

 それは、頭を下げながら近寄ってきた村長の肩口へと、問答無用に剣を振り下ろすことだった。

 

 

 

 突然の凶行に悲鳴が上がった。

 村長の血に濡れた剣を振りかざす男が、次なる獲物めがけて再び剣を振り下ろすと同時に、近くの民家に隠れ潜んでいたゴブリン、そしてオーガらが音を立てて戸や壁を吹き飛ばし、その異形の姿を現した。

 もはや、どうすべきが最善かなどは後で考えるべきことであり、とにかく今はあの狼藉者らを倒してカルネ村を守る事が先決と、彼らは足音を立てて突進する。

 

 

 そんな彼ら――不意に現れた怪物(モンスター)たちの姿に、たった今、村長を殺した男やでっぷりと太った御者の男は震えあがったがそれより早く、馬車の扉から一陣の風が走った。

 

 馬車の中ですでに武技を使用していたうえでのクレマンティーヌの突進。

 それは人間の限界をはるかに超える怪力とタフネスを武器とするはずのオーガの懐に一息に飛び込み、その巨木のような首を一瞬で刺し貫いた。

 

 さらに次の瞬間、その巨躯が一瞬で業火に包まれる。

 そして、燃え盛る巨体がどうと地に倒れるなか、馬車の中から、さらなる新手たちが現れた。

 

 

 その姿に、カルネ村の者ら――村人だけではなくゴブリンたちまで――は誰もが目を疑った。

 

 馬車の中から次々と飛び降りてきた者たち。

 それはまさに、これまでカルネ村の者たちと肩を並べて襲撃からの復興に汗を流し、彼らに戦いの訓練をつけてきた、たった今、馬車に向けて殺到したゴブリンたちと寸分たがわぬ姿のゴブリンたちであったからだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 昨日の事であるが、エンリ並びに彼女を守るゴブリンらを襲ったベリュース一行。

 さんざんエンリをもてあそび、殺害した後に彼女の持ち物を調べてみると、たいした金は持っていないだろうという予想とは裏腹に、馬車の中には結構な額の硬貨が箱にしまって置いてあった。おそらくバレアレ家の工房に薬草を届けたその報酬であろう。思いがけない収穫に一行がホクホク顔を浮かべていたところ、ふとザックが持ち物の中に奇妙なものを見つけたのだ。

 

 それは手のひらサイズのみすぼらしい小さな角笛。

 

 はて、これは一体何だろうと首をひねった。

 遊牧でもしているときに羊なり牛なりの家畜を呼び集めるものだろうか? それとも何かあった時に周囲に危険を知らせる警笛なのだろうか?

 しかし、そもそも実用には少々小さすぎるような印象を受ける。子供のおもちゃだろうか? だが、そんなものをもう子供の時分を脱したような娘が後生大事に持っているのはいささか奇異に思えた。

 

 ザックから手渡され、物珍し気にそれをしげしげと見つめていたベリュースであったが、何の気なしにそれを吹いてみた。

 

 

 するとどうした事だろう。

 いったいいつの間に現れたのやら、焚き火を囲んでいた彼らの周囲をさらに取り囲むように、暗緑色にも似た肌の色をもつ矮躯ながらもがっしりとした身体つきの人影――ゴブリンの群れが立っていたのだ。

 

 

 これにはみな度肝を抜かれた。

 特にクレマンティーヌは。

 

 彼女はこれまでスレイン法国、いや世界屈指の戦士であるという自負があった。自分に匹敵する戦士は漆黒聖典の人間たちを除けば五指に足る程度であり、そんな者たちですら自分が本気になれば倒してしまえると、けっして自惚れではなくそう確信していた。

 そんな彼女をして、まったく気がつかぬうちに周囲を、それもたいていは駆けだしの戦士と同等、せいぜいいっても銀級冒険者程度の強さしか持たぬはずの、ゴブリンに囲まれていたのだ。

 

 

 その不覚に対する苛立ちから、クレマンティーヌは殺気を撒き散らす。

 気がついたら怪物(モンスター)の集団に囲まれていた事実に腰を抜かすほど驚いていたところへ、間近から発せられた殺気の奔流を浴び、瘧のようにガタガタと歯の根も噛みあわぬほどに震える男三名。

 

 そんな彼らに対し――いや、正確にはベリュースに対して――そのゴブリンらは一歩足を踏み出すと、一斉に頭を下げた。

 

『大将! 俺たちは何をすりゃいいでしょうか?」

『…………へ……?』

 

 予想外の反応に、ベリュースは実に間の抜けた声をあげた。

 

 

 

 どうやらベリュースが吹いたその角笛。

 それはゴブリンの集団を呼び出すというマジックアイテムであったらしい。

 いささか信じがたいのではあるが、当のゴブリンらがベリュースに忠誠を誓っている様子に、そうなのだろうと無理にでも納得するより他になかった。

 

 何はともあれ、そうだとするのならば、この後の事には色々と役に立つと考えられた。

 なにせ、これから彼らはゴブリンやオーガらが多数いるというカルネ村を襲う予定なのだから。 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 突然、村にやってきた貴族が使うような豪華な馬車からゴブリンの群れが降りてくるという想像をはるかに超えた事態に、思わず凍りついてしまったカルネ村の者たちをさらなる驚愕が襲った。

 

 

 不意にツンと鼻をくすぐった臭い。

 視線を巡らせると、一体どうした事だろう、村の外周にある畑付近からモクモクと黒煙が立ち上っているではないか。

 

 ――まさか、伏兵? 囲まれているのか? これは……村に対する大規模な襲撃か!?

 

 守るべきエンリ不在の中、どうすべきかと一瞬判断に迷ってしまったジュゲムらカルネ村のゴブリンたち。

 そんな彼らの首すじに鋭いスティレットの切っ先が閃いた。

 

 

 

 カルネ村の住人たちは、皆、戦闘の訓練を受けていた。

 先だっての襲撃の際、かの偉大なる魔法詠唱者(マジック・キャスター)が助けてくれなければ大変な事になっていたという事実、自分たちは為す術もなく虐殺されるだけだったという恐怖が、彼らを動かしていた。

 

 だが今、彼らの目の前で、見るからに恐るべき巨体のオーガが肌もあらわな女戦士の一撃で倒され、そして彼らに戦闘の訓練をしてくれていたあのゴブリンたちがまったく同じ姿形をしたゴブリンたちに囲まれ、次々と殺されていく様を前に、彼らの決意は露と消えた。

 彼らはかつてと同様、自らの上に降りかかるこの世の不合理を呪い、ただ悲鳴と共に逃げ惑う無力な存在へと戻ってしまったのだ。

 

 

 

 あらかた戦闘要員であるゴブリンらを片づけたクレマンティーヌと子鬼(ゴブリン)将軍の角笛によって召喚されたゴブリンたちは、一区切りついたと大きく息を吐いた。

 クレマンティーヌはスティレットにしたたる血を払いすて、水筒の水で口を軽くゆすいだ。ゴブリンらは額に浮かんだ汗をぬぐって、怪我をした者らに応急処置を施した。

 

 対して、それなりにしか役に立っていないベリュースは腰のポーチから笛を取り出し、それを甲高く吹いて襲撃成功の合図を送る。

 召喚されたゴブリンの内、全員は馬車に乗りきれなかったため、ゴブリン・ライダーを始めとした者たちは別動隊として森の中に隠れ、村人たちの注意が馬車に向いている隙に村外の畑などに火を放ったのだ。

 

 そうして一息ついた彼らはさらなる獲物を求め、こちらはまったくと言っていいほど戦闘の役には立たず物陰に隠れていたスタッファンとともに、逃げ惑う村人を追ってさらに村落の奥へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 そんな中。

 広場にぽつんと残された馬車。

 そのステップ上にザックはただ一人立ち尽くしていた。

 

 

 農村というものは、ある程度の類似性はあっても、それぞれの国や地域によって特色がある。

 帝国ならば帝国風、法国ならば法国風に。

 そして、王国ならば王国風に。

 

 

 一人佇むザックの身体がカタカタと震える。

 

 

 このカルネ村の光景。

 立ち並ぶ石造りの家々。日に焼け褪色した紫がかった屋根。各家ごとに拾ったような木の枝を組み合わせた囲いがあり、その内側のちょっとした庭には自分たちで食べる分程度の各種野菜が育てられている。軒先に作られた乾燥台では、採れた作物がぶら下げられ、風になびいている。

 

 リ・エスティーゼ王国特有の畑の並び。そしてリ・エスティーゼ王国に共通の家の造り。

 それはまさに、かつてザックが生まれ育ったあの村とまったく同じ様式であった。

 村を囲む強固な塀の有無という違いはあれども、その風景を目の当たりにしたザックの脳に、彼が生まれ、そして暮らしていた貧しい農村での過酷な生活の記憶を、そしていなくなってしまった大切な存在のことを強制的に思い起こさせた。

 

 

 ザックはまるで現実感のない、夢の中にいるような感覚のまま、辺りをふらふらと彷徨い歩いた。

 彼の周りには誰もいない。

 クレマンティーヌも、ベリュースも、スタッファンも、そして召喚されたゴブリンたちも、彼をおいて村人の襲撃にいなくなってしまっていた。

 ただ遠くから聞こえる悲鳴と、鼻をつく何かが燃えた臭いだけが深い酩酊の中にいるかのような彼の意識をくすぐっていた。

 

 

 幽鬼のような足取りでザックは歩き続けた。

 

 そうして、一体どれだけの時間が経ったのか。

 数分程度なのか、それとも数時間は彷徨っていたのかすら定かではないが、いつの間にやら彼は腰ほどもある麦畑の中を歩いていた。

 

 そのぼうとしたままの耳に、音が聞こえてきた。 

 なんだろうとゆるり首を巡らすと、どうやらいつの間にやら村から少し離れていたらしい。村を囲む人の身長の倍ほどもある塀、その出入り口となる開け放たれた門から幾人かの人間が悲鳴と共に走り出てきた。

 

 

 

「……!?」

 

 ドクン。 

 

 ザックの鼓動が高鳴った。

 

 

 驚愕の瞳で見つめるその先。

 転がるように村から逃げ出した数人の村人たちが見えた。

 

 その中にザックはあり得ない姿を見た。

 

 

「……お、おい!」

 

 

 駆けだすザック。

 逃げだした村人たちは村の外にある、人の背丈ほどもあるトウモロコシ畑の中へとバラバラに身を躍らせた。

 

 

「……ま、待って!」

 

 

 その内の一つを追い、ザックもまた畑の中に飛び込んだ。

 生い茂る緑の奥に人影は駆けていく。

 

 

「待てって……」

 

 

 わき目もふらず生い茂るトウモロコシの葉や幹を掻き分け、走り寄るザック。

 追跡者の存在に気がつき、彼女はさらに必死でその短い脚を動かす。

 

 

「……待て……! ……リ、リリア!」

 

 

 ザックの節くれだった手が、逃げだす人影の、その小さな手を掴んだ。

 後ろ手を捕まれ、恐怖と驚愕に顔を歪ませ振りかえったその顔。

 

 はぁはぁと息を切らせて立ち尽くし、その顔を凝視するザック。

 そしてそんな彼の前に立つ、茶色い髪を頭の両脇で縛り上げた少女――ネム。

 

 

 

 数瞬、二人はものも言わずに見つめ合った。

 

 凍りついた時の中、やがてネムは「……お、お姉ちゃ……」と助けを求める声を口にしかけた。

 

 

 その瞬間――ザックはネムの口元を抑え、小さな体を力任せに抱え上げると、一気に駆けだした。

 

 

 

 頬を打つトウモロコシの葉を気にかけることもなく、ただ全力で広場へと、停めてあった馬車へとひた走る。

 やがて止める者などないまま、これまで散々、非道の旅に彼らが使ってきた馬車の内へと、抱きかかえたネムと共に転がり込んだ。

 

 呼吸の整わぬままザックは馬車内に連れ込んだ、自身の汗ばむ身体の下に組み敷いた少女を見下ろす。

 ネムは口を塞がれているため声を発することさえままならず、男の体重と体温を密着した身体の上に感じながら恐怖に震え、その目じりに涙を浮かべていた。

 

 

 

 ザックは馬車の扉を閉めた。

 

 

 静かだった。

 貴族の使う豪奢な造りの馬車の中では、村中で轟く悲鳴もビロードの中敷きに吸収され、どこか異界に響くく(・)ぐ(・)も(・)っ(・)た(・)雑音のようにしか聞こえなかった。

 

 車内にいるのは二人だけ。

 

 ぐいとザックはネムの前髪を引きあげた。

 不意の痛みに微かな悲鳴とともに顔を歪める彼女の事など気にも留めずに、ザックはネムにその顔を近づけた。

 

「……好きなだけ騒いだらいい。お前はもう家に帰ることは無いんだからな」

 

 大きく目を見開き、それでいてまったく無表情のまま語られる言葉。

 

「これからお前はパンツ脱がされて、散々痛くていやらしい事をされるんだ。無理矢理チンポ突っ込まれて何度も何度も性欲と支配欲のまま、嗜虐心のはけ口になる」

 

 淡々と紡がれる悪逆非道な説明の前にネムがガタガタと震える間にも、ザックは言葉をつづける。

 

「誰もお前を助けてなんてくれないんだ。貴族のやった事だから仕方がないって、だーれも探してもくれなくなる。仕舞いにはお前の話をすることもいけないみたいな空気になって、だーれも話さなくなるんだ」

 

 ポンと、ザックは震えるネムの頭に手をやった。

 

 

「……悲しいなあ、リリア……」

 

 

 そして、ザックはネムの着ていた藍色のワンピースをぐいとたくし上げ、その腰にあったパンツに手をかけた。ネムが暴れるのも気にも留めずに、それを一気にずり下げる。

 あらわになった未成熟な性器。

 その割れ目に長年の生活で固くかさついた指を無理に押し入れると、こじ開けられたその隙間に、自身の性器を無理やりに押し込んだ。

 

 いまだ何かを迎え入れる用意など整わぬところへ強引にねじ込まれた痛みに、肺腑から絞り出すような声をあげたネム。

 だが、そんな彼女の様子になど気をとめることもなく、ザックは腰を動かした。

 

「リリア。……お前、引き取られていった貴族にこうされたのか?」

 

 圧倒的な力を持つ大人の男に、なすすべなく蹂躙される恐怖と絶望にネムは震える。

 

「性の事なんてなんて全然知らなかったのに、村から連れ去られたその日にもう、貴族の寝室に呼ばれたのか?」

 

 これまで体験したことのない、ろくに濡れもしない粘膜を力任せにこすりあげられる痛みにネムは泣き叫ぶ。

 

「たしか初潮もまだだったよな。でも、そんなお前のまんこにもう貴族のチンポがつき入れられたのか?」

 

 出し入れするザックの怒張に絡みつくのは、潤滑の役になどろくに立たぬ破瓜の血。

 

「初めてで血を流してるところに、容赦なく何度もぶちこまれたのか?

 

 ザックは腰の動きを早くする。

 

「そして……中に精液を出されたのか……?」

 

 ザックはひときわ強く腰を打ち付けた。

 その体がビクリビクリと震える。

 吐きだされた精液がぐちゅりと互いの性器の間から零れ落ちた。

 

 

 そうして、しばし身体の動きを止めたのちに、ザックは語りかけた。

 

「なあ、リリア。俺……ちゃんとお前の立派な兄ちゃんになれたのかな」

 

 見下ろすその先。

 組み敷かれた少女は、その幼い顔に笑みを浮かべて言った。

 

 

『お兄ちゃん。ようやく会いに来てくれたね』

 

 

 その笑顔。

 今、彼の目の前で、あの時生き別れた――長い黒髪を腰まで伸ばした彼の妹が目の端に涙を浮かべ、微笑んでいた。

 

「……リ、リリア。リリアぁっ!」

 

 ぼろぼろと涙をこぼしながら、さらに腰を叩きつけるザック。

 その身体の下で、茶色の髪を両脇で結い上げたネムは、焦点の合わぬ目を天井に向けたまま、口の端から吹き出る泡をゴポゴポとこぼし続けていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 泣いているような笑っているような奇妙な仮面の奥で、真白いし(・)ゃ(・)れ(・)こ(・)う(・)べ(・)は眼窩の奥に赤黒い光を灯し、ぐるり辺りを見回した。

 その視界に入るのは、いまだ黒い煙をあげる焦げ跡。そしてガタガタと自分たちの身に降りかかった殺戮と蹂躙の恐怖に身体を震わせながら、奇怪な姿のアンデッド――死の騎士(デス・ナイト)達に保護され歩いてくカルネ村の住人達。

 

 

 

 先だってエンリがエ・ランテルまでやって来て、そして冒険者組合にトブの大森林の調査を依頼した事を知った後、アインズがカルネ村を訪れることをナザリックの者らに告げた結果、しばし一悶着あった。

 

 曰く、至高なる御方がそんな雑事を行うには及ばない。

 曰く、僕(しもべ)の失態に至高なる御方自らが足を運ぶ事などない。

 曰く、そのような野蛮なる者らが住まう土地に再度、おもむかれるなど……云々。

 

 ナザリックの者たちとしても、至高なる存在であるアインズのその行為には愚かなる自分たちの想像すら出来ぬ深い智謀、策略があるのであろうことは重々承知はしていても、それは決してもろ手をあげて賛同できるものではなかった。

 アインズは、そんな無駄な深読みをする彼らに対して、さんざん詭弁や思わせぶりな台詞を重ねたうえで、ようやっと説得に成功した。

 

 そうした末に、やって来たカルネ村。

 しかし、そこはすでにあちらこちらの家々は火がかけられ崩れ落ち、収穫も間際だった畑は焼き払われ、村人たちはまさに戯れのままに惨殺されたあとであった。

 

 

 その〈転移門(ゲート)〉を通り抜けた先に広がっていた、あまりといえばあまりな、目を覆うような惨劇の光景。

 それを目にしたアインズは凍りついた。

 

 ――いったい何処だ、ここは? 俺はカルネ村に転移しようとしたはずだぞ。もしや転移に失敗した? 転移成功率一〇〇%のはずの〈転移門(ゲート)〉なのに、ゲームではなく現実となったため仕様変更があったとでもいうのか?

 

 

 そして別に転移に失敗したわけではなく、ここが自分にとって見覚えのあるカルネ村の変わり果てた姿なのだと理解するまでに数分を要し、そして理解したのちもアインズは何も考えられぬまま、ただ呆然と立ち尽くしてしまった。

 

 虚ろな心のままの耳に届いたのは、わずかに遅れてやって来たアルベドによる、不可視化して護衛しているエイトエッジ・アサシン達への警戒を命ずる声。

 

 ひとしきり周辺の状況調査の指示を出したのち、彼女は何も言わぬままの主に裁可を求めた。

 その言葉にようやくハッと我に返るアインズ。

 首(こうべ)を垂れるアルベドにちらりと目をやり、そして「それでいい。仔細は任せる」と口の中でつぶやくと、彼はいまだ黒煙をあげる村落内へと、ふらつきかける足取りをしっかと踏みしめて歩みを進めた。

 

 

 

 やがて周辺に展開したナザリックの僕(しもべ)たちからの報告により、散り散りになりながらも何とか生き永らえた生存者たちがいることが報告された。 

 今、この広場に面した家々には、突然の襲撃にさらされつつも、かろうじて隠れ潜んでいた者たちがナザリックの者らの手により保護され、集められていた。

 

 その様子を眺めていたアインズは、己が足元を見下ろす。

 広場の中央。そこにはすでに流れ落ちた血も黒く固まった、倒れ伏すオーガやゴブリンたちの姿があった。

 

 

 アインズにとって、ゴブリンらの見分けはつきづらいのだが、その体格や身に着けている装備からして、この世界のゴブリンらとは明らかに異なる、かつてエンリに渡した『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』によって召喚されたゴブリンらである事は知れた。

 そして、生き残りの者達から僕(しもべ)らが集めた情報によると、村を襲ったのは馬車に乗って現れた数人の人間、それと村にいたのとほとんど同じ姿のゴブリンの群れだという。

 

 

 それを聞いた瞬間、アインズの脳裏に浮かんだのは、ゴブリンを召喚し使役する事のできるアイテム、『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』である。

 

 この世界のゴブリンの特性として、人間と協調するという事はほぼ考えられない。

 だが、今回のカルネ村襲撃を行ったゴブリンたちは人間の襲撃者と共に行動していたという。

 そしてさらにそれを行ったのは、カルネ村にいた『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』によって呼び出されたゴブリンと、う(・)り(・)二(・)つ(・)のゴブリンらの群れ。

 

 もしや彼らもまた『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』によって呼び出された存在ではないだろうか?

 『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』はユグドラシルのアイテムだ。

 となると、他のユグドラシルプレイヤーが自身の保有しているものを使用し、ゴブリンを召喚したのだろうか?

 

 

 だが、アインズの物理的には空っぽの脳は、それを否定する。

 

 

 ――いや、それよりももっと可能性が高い事がある。

 この地には今だ使用されていない『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』が確実に一つあったはずじゃないか。

 

 

 その可能性――まだ確証はないとはいえ、ほぼ確定と思われる自身の推測に懊悩するその背へ、「アインズ様」と声がかけられた。

 肩越しに振りかえったその視線の先にいたのは、頭部をカエルにも似た化け物に変化させ、その背に蝙蝠の羽を生やした姿のデミウルゴスであった。

 

「僕(しもべ)に〈物体発見(ロケート・オブジェクト)〉を使わせ捜査しましたが、やはり『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』の反応は出ませんでした。おそらくこの村の娘――エンリに与えたものは既に使用されたものと思われます」

 

 

 やはりという思いが、アインズの胸をよぎった。

 この村を襲った者たちが従えていたゴブリンたち。それらを召喚するのに使われたもの。

 それは他のユグドラシルプレイヤーが持ってきたものではなく、すなわち――かつてアインズがエンリに与えた『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』によるものではないかということである。

 

 

 

 あの時。

 〈転移門(ゲート)〉を使い、初めてこの地にやって来て彼女らを救ったあの時。

 アインズはエンリに『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』を二つ与えたのだ。

 

 二つの内、一つはすでにエンリが使用し、それによって呼び出されたゴブリンらはカルネ村の防衛等の任務に従事していた。

 

 残るもう一つはというとエンリは万が一の事態に備え、使用せぬまま持ち歩いていた。

 このことはルプスレギナの報告、そしてエ・ランテルに入るときの一悶着に冒険者モモンとして関わったアインズ自身も確認済みだ。

 

 一応、門のところで問題になったため、これ以上持っていると厄介ごとに巻き込まれると判断したエンリがエ・ランテルで適当な者に売却し、その者が使用した可能性も無きにしも非ずではある。

 だが、自分でそう考えておいてなんだが、エンリの性格からしてその可能性はほぼないと思われた。

 

 

 エンリがエ・ランテルを訪れたのは昨日の事だ。

 そして冒険者組合の人間や門の守衛らに尋ねたところ、彼女はその日のうちに用事を済ませ、エ・ランテルを出て行ったという。

 

 エ・ランテルからカルネ村は――早馬などを使えば別だが――通常の馬車や徒歩では丸一日ほどかかる。

 すなわち途中で一度、野営をする必要はあるが、翌日には辿りつくことが出来る距離だ。

 だが、保護した村人たちの証言からは、昨日、エ・ランテルを出発したはずのエンリが帰って来たという情報はない。

 

 

 エンリが持っていたはずの、ゴブリンを召喚し使役する『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』。

 そのエンリが到着予定時間を過ぎてもなお帰らず、カルネ村は『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』で召喚されたと思しきゴブリンらの襲撃を受けた。

 さらに、そのエンリの保有していた『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』は、現在において既に使用した後らしくもう消滅している。

 

 

 それらの情報から辿りつく答えは、ただ一つ。

 

 カルネ村に帰る途中のエンリが何者かに襲撃され、持っていた『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』を奪われ、それにより呼び出されたゴブリンらがカルネ村を襲ったという事に他ならない。

 

 

 

 アインズは我知らず、ギリとそのむき出しの歯を噛みしめた。

 その湧き上がる怒気を抑える様に、傍らに控えるアルベド、そしてデミウルゴスはその身を震わせた。

 

 

 ――予測できたことだ。

 

 カルネ村からエ・ランテルまでの道のり。それは危険とまでは言わずとも、決して身の安全が保障される道程ではない。

 

 冒険者モモンとして周辺地域を旅してまわったアインズには分かる。

 主要な街道などでは警備の目を盗んで野盗などが出没するし、またすこし辺境の方へと足を向ければ人の住まう領域ではない森の奥からゴブリンやオーガ、悪霊犬(バーゲスト)を始めとした怪物(モンスター)の襲撃をうける。そのため、街道を行く商人は冒険者や傭兵の護衛を雇うのが常であり、そういった護衛を雇えぬような辺境の村々に住まう者達は出来るだけ集団を作って動くようにし、常に警戒を欠かさぬようにしていた。

 エンリは護衛として呼び出したゴブリンらと行動を共にしていたとルプスレギナから聞いていたが、それでも絶対に安全という訳ではない。

 

 

 それにアインズはエ・ランテルの冒険者組合で聞いていたではないか。

 最近、この近辺で街道を行く行商の者たちが、何者かに襲われるということが頻繁に起きている、と。

 

 その襲撃を行っている何者かが、エ・ランテルから出てカルネ村への帰途にあるエンリを襲う可能性も十分に考えられたではないか。

 なぜ、自分はその話を聞いていたというのに、エ・ランテルにやって来たエンリに新たな監視もつけず、行かせてしまったのか。

 街から離れた所にゴブリンたちも待機しているだろうから、わざわざ新たに護衛をつける必要もないだろうという判断は、ただの自分に都合のいい見通しのままではなかっただろうか。

 なぜ、その襲撃者がゴブリンたちをも打ち倒せる者たちであるかもしれないと考えを巡らせなかったのか。

 

 

 『子鬼(ゴブリン)将軍の角笛』でよべるゴブリンらは、この世界基準で言えば、それなりの戦力ではある。

 

 とはいえ、所詮はそれなりでしかない。

 

 YGGDRASIL(ユグドラシル)においてトップクラスのギルドのNPCであるナザリックの者らとは比ぶべくもなく、またこの世界の者たちでも強者といえる者たち――かつて会ったことのあるリ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフのような――が相手ならば歯牙にもかけられずに一蹴されることだろう。

 また、そこまでいかずとも、それなりに上位の冒険者クラスの者が相手だったら、もしくはそこそこ程度の戦士たちでも倍する数で襲われでもしたら――善戦はするだろうが――倒されてしまうのは間違いない。

 

 そう、あくまであのゴブリンらは、たいていの敵から身を守れる程度でしかない。

 森をうろつくゴブリンやオーガらくらいは倒せても、万が一本当の強者と争いになったならばひとたまりもないのである。

 

 

 その為に念には念を入れ、エンリらのいるカルネ村には、プレアデスの一人であるルプスレギナをつけていたのだ。

 彼女さえいれば、よほどの相手でもない限りは村およびそこに住むエンリを始めとした村人たちは安全のはずであり、仮に彼女の手に負えないような相手が現れたのなら、すぐにナザリックへ連絡が来るはずだった。

 

 だというのに運悪く、ちょうどルプスレギナは昨日から村を離れていた。

 それはアインズのせいだ。

 

 エンリがカルネ村を離れ、エ・ランテルに来るという知らせがなかったことを疑問に思ったアインズが、彼女をナザリックに呼び戻し、問いただしたためだ。

 

 そのため、一時的とは言えカルネ村にはいつものゴブリンやオーガらはいても、この世界の者らと比して破格といえる強さを誇る戦闘メイドにして万が一の際、ナザリックへの報告役となるはずのルプスレギナが不在という状況になってしまったのだ。

 

 

 その結果がこの有様。

 

 全容はいまだ不明だが、カルネ村は家々や畑に火を放たれたうえ、多くの村人が殺され、ほぼ壊滅状態。

 先だっての騎士たちの襲撃により多くの被害が出ていたところへ、再度の襲撃である。

 再建は困難、いやほぼ不可能と言っても過言ではないだろう。

 

 無論、ナザリックが各種、手を貸せば何とかなるだろうが、そこまで全面的に助けるべだろうかという疑問もわいてくる。

 この未知ばかりの異世界において自分たち――ナザリックの生存を第一と考えるアインズにとって、あくまで一農村に過ぎないカルネ村を助け、存続させるのにナザリックから持ち出しまでする価値はあるのかという損得勘定が頭をよぎる。

 

 

 無理に理由をこじつけようとするならば、エ・ランテルで利用価値のある存在にして、この世界における知己となったンフィーレアの思い人が、このカルネ村にすむエンリだからというものがある。

 

 もしエンリに何かあったとするならば、彼の落ち込みようは尋常ではないだろう。バレアレ家に頼んでいたこの世界の原料を素にしたユグドラシル産のものと同等のポーションの作成も、大幅に遅れが出てしまうことは間違いない。

 

 出来うるならば、エンリだけでも救いたいというのが本音のところだ。

 

 だが、そのエンリはというとエ・ランテルを出たきり、村へと帰らぬまま。

 いまだ生死もわからない。

 もし、先の判断通り、村を襲ったゴブリンらが子鬼(ゴブリン)将軍の角笛により召喚されたものだとしたら、今頃彼女は……。

 

 

 ――なんで、あの時……エ・ランテルの入り口で出会った時……その後、冒険者組合にエンリが行った時……なぜ俺はすぐエンリに、そして村に秘かに護衛を送らなかったのか……。

 ……俺がもう少し、慎重に動いていれば防げたはずだった。

 

 己が判断の甘さに、湧き起こる自責の念。

 そして幾度もどうすればよかったのかという思考の堂々巡りの果てに、ふと脳裏をよぎった最悪。

 それは――もし今回、被害に遭ったのがカルネ村ではなく、ナザリックそのものだったとするならば……というもの。

 

 

 その最悪の空想。

 何よりも大切なナザリック、かつての友人たちとの思い出が、侵入者によって徹底的に踏みにじられ、蹂躙される。

 それも、アインズの見通しの甘さによって。

 

 それを思い浮かべた瞬間、アインズの心の内より憤怒がマグマのように燃え上がり――そしてアンデッドの種族特性により、強制的に鎮静された。

 だが瞬間的だが断続的に幾度も撒き散らされた桁外れの怒気に、通りがかった村人、並びに恐ろしい外見を持ったナザリックの僕(しもべ)たちですら皆一様に恐れ慄(おのの)いた。

 

 

 湧き上がる感情の波を払い捨てるようにアインズは首を横に振り、冷静さを取り戻す。

 

 ――落ちつけ。実際にナザリックが襲われたわけではない。ともかく今はエンリの身の安全、その確認が第一だ。彼女はンフィーレアの思い人でもある。彼女だけは何とかして助けたい。

 それにたとえ襲われ殺されていたとしても、今の俺なら蘇生させることは出来るんだ。まずは彼女の捜索、そしてもし死んでいたとするならば遺体の発見こそが急務。

 

 

 そしてアインズは傍らに控えるデミウルゴスへ命じた。

 

 

 ――そしてなにより、これらのことを行った者たちの調査が必要だ。

 いったいどこの誰かは知らんが、これほどの事をしでかしておいて、ただでは済まさんぞ!

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ガタガタと、高級な造りであるとはいえ、走ればやはりそれなりには揺れる車内。

 そんな中でベリュースと、こちらは珍しくクレマンティーヌまでもが困ったような視線を交わせ、座席に腰かけていた。

 

 早足で駆ける馬に引かれる馬車。

 その車内の片隅では、抜け殻と言っていいような有様のザックがただぼんやりと虚ろな瞳のまま座り込んでいた。

 

 

 

 ひとしきり村での襲撃を終え、気がすんだとばかりに馬車へ戻ってきた面々。

 そんな彼らが目にしたものは放心状態のザックと、彼に襲われたらしく息も絶え絶えな村娘らしき少女であった。

 

 それを目にした彼らは困惑した。

 その少女を襲ったのはザックにほぼ間違いないだろう。

 別にそれ自体は問題ない。口から泡を吹き、ビクンビクンと痙攣している少女はやや幼いようだが、女性をレイプするのはいつもの事だ。

 それはいい。

 

 しかし、問題となるのはこの後の少女の処置である。

 ザックは、この少女をこのまま連れていくのか、それとも殺してここへ置き去りにするつもりなのだろうか?

 

 

 戻ってきた彼らにはこの少女が何者なのかは分からない。

 だが、事情を聞こうにもザック、そして少女自身も話が出来るような状態ではない。

 

 彼らは物言わぬ二人を前に、途方にくれた。

 

 かと言って、彼らが話が出来るようになるまで、このままこうして待っていてもしょうがないし、するわけにもいかない。

 彼らは脛に傷持つ身。すぐに何者かがこの地にやってくることは無いだろうが、かと言ってあまり長居もしたくはないのである。

 

 ひとしきり悩んだ末、とりあえず泡を吹いている少女は街道脇の茂みの中に投げ捨て、そのまま村を後にすることにした。

 

 

 

 今、街道を南にひた走るのは二台の馬車。

 彼らが乗っている貴族が使うような豪奢な馬車と、その後ろに続くのは間に合わせで体裁だけ整えたような屋根付きの粗末な馬車である。

 

 その粗雑な造りの馬車の御者台に座るのは、全身を布きれで覆った奇妙な人物。若干小柄ながらもずんぐりとしたその体形は、人としては異様な感を覚える。

 それもそのはず、彼は人間ではない。ベリュースが使った子鬼(ゴブリン)将軍の角笛によって召喚されたゴブリンのうち一体である。

 彼が御者を務める馬車の荷台には、カルネ村での戦闘で幾分人数を減らしたとはいえ、同様に呼び出されたゴブリンたちが、身を寄せあい隠れ潜んでいた。

 

 

 そうして街道を走り、馬車の揺れに身を任せることしばし。

 やがて、ドンドンと車内と御者台の仕切り板を叩く音が響いた。

 小窓を開けたベリュースに御者席に座るスタッファンは、馬の蹄鉄が地を踏みしめる音と車軸が馬車の軸受けとこすれ合う音に負けぬよう声を張り上げて問いかけた。

 

「おい、これからどうするんだ? このまままっすぐ道沿いに行くと、そのうちエ・ランテルに着いちまうぞ」

 

 その言葉にベリュースは「うーん……」と思案気な声をあげた。

 

 エ・ランテルに行くのは拙い。

 なぜならカルネ村に行く前とは異なり、今、彼らの道連れにはゴブリンらが混じっているからだ。

 ゴブリンは分類的には亜人であるが、人間にとっては怪物(モンスター)として排除の対象である。彼らを引きつれてエ・ランテルにでも行こうものなら、大騒ぎになることは必定。悪目立ちすること間違いなしだ。

 

 かと言って、彼らをほっぽりだすというのも気が引ける。

 マジックアイテムによって召喚された存在のようだが、彼らは召喚主であるベリュースに忠誠を誓っている。自分たちの利益のためにつき従う面従腹背のような輩(やから)ならいざ知らず、無償にして絶対の信頼を捧げてくる者らを切り捨ててしまう事は、さすがの彼にも後味が悪く、出来ない選択だった。

 

 しかし、じゃあ、どうすると言われても判断に困る。

 東の帝国に戻るのは拙い。例の帝都での一件がどれほどの捜査対象になっているかは分からない。

 かと言って、再び西の王国領に行くというのもあまり気が進まない。もともとそちらの方で官憲の警戒が厳しくなってきたため、王国を離れることを決めたのだ。そんな地へ舞い戻り、ましてやゴブリンたちと共に旅するというのも難しいだろう。

 

 

 どうしたものかと頭を悩ませていたベリュースに、横から声をかけたのはクレマンティーヌであった。

 

「西も東も拙いんならさ、じゃあ南に行かない?」

 

 その言葉にベリュースは思わず「はあっ!?」と声をあげてしまった。

 

 エ・ランテルの南。

 それはスレイン法国である。

 

 

「い、いや、南って何考えてんですか? 法国に戻るってんですかい?」

 

 そもそもクレマンティーヌとベリュースは法国の追跡から逃げ、この地にやってきたのだ。

 それなのに再び法国領に入る。それもスレイン法国が根絶対象と目の敵にしているゴブリンたちを引き連れてである。

 

 正気の沙汰とは思えない。

 

 絶句するベリュースの前でクレマンティーヌはひらひらと、その歴戦の戦士の証としてタコがいくつも浮かぶ白い手を振った。

 

「まあ、一時的に法国領には入るけどさ。最終的な行先は法国じゃないよ。目的地はね、竜王国の方」

 

 言われたベリュースの頭に周辺地域の地図が浮かぶ。 

 確かにエ・ランテルのすぐ南はスレイン法国の領土だ。

 だが、その東には竜王国の領土が広がっている。

 

「エ・ランテルの南東にはカッツェ平野があるじゃない? だから街道を堂々と進まずに少し離れて平野の端付近をぐるりと回るようにして竜王国まで行っちゃうってのはどう?」

 

 

 

 カッツェ平野。

 エ・ランテルの南東に広がる平野であり、定期的に行われる王国と帝国の戦場となる場所である。

 この平野の最大の特徴。それは、詳しい原因は不明だが、たびたび濃い霧が出現し、そしてその霧の奥より無数のアンデッドが湧いて出るということだ。

 このアンデッドの出現は近隣諸国の頭を悩ませており、各国とも賞金を懸けて冒険者やワーカーらに狩らせる、もしくは定期的に軍隊を派遣するなどの対策を強いられていた。

 

 そんなカッツェ平野であるが、あくまでその霧は常にたちこめているわけではない。

 どういう訳だかは未だ判明していないが、その霧が発生しないときもある。

 

 そして、ちょうど今の季節は秋口であり、例年の、王国と帝国の戦争が行われる時期が近い。

 つまり、カッツェ平野の霧が晴れる時期なのだ。

 

 

 エ・ランテルから南方に抜けるルートは山脈のすぐ東側、カッツェ平野の西の端に沿って街道が作られている。そのあたりまでは霧が流れ出てくることは無く、比較的安全に行き来が出来るためだ。

 だが、今ならばカッツェ平野の霧は晴れている。平野の中央部まで行けば、いまだ蠢くアンデッドたちもいはするのだが、その外周部付近ならばアンデッドに遭遇する危険性は非常に低い。仮にいてもそれは低級アンデッドのみであり、大した脅威とはならない。

 

 すなわち、それなりの戦力があるものの、その姿を人目に晒したくはないゴブリンらと共に行くのにはもってこいのルートといえる。

 

 

 そのあたりの事情に思い至ったベリュースであるが、それでもなお「うーん……」とうなり声をあげた。

 

「でもよ、竜王国っていってもやっぱりゴブリンたちは隠れたままでいなきゃならないよな。それにそっちはなんだか、ビーストマンの襲撃うけててやばいって聞くけど」

「だからいいんじゃない。ビーストマンの件でて(・)ん(・)や(・)わ(・)ん(・)や(・)してるうえに、さらに避難民とかで大騒ぎしてるところなんだもん。ゴブリンがいても紛れるのは簡単でしょ」

「んー……まあ、そうか」

 

 ベリュースの脳内に、着の身着のままで避難してきた難民とそこに紛れる変装したゴブリンの姿が浮かんでくる。

 たしかにクレマンティーヌの言う通り、適当な布きれでも体に巻きつけておけば、その体形は人間と比べてややい(・)び(・)つ(・)ではあるが、ゴブリンたちでもなんとか誤魔化すことはできそうだ。

 それにビーストマンという外敵――明確な異種族からの攻撃に混乱している国ならば、国内の治安を守る者らの内部への警備も手薄になっている事だろう。

 そう考えると彼ら自身のこれまでやってきた、そしてこれからもやる予定のレイプや略奪についてもまた足がつきにくいことは予想でき、ある意味、実に好都合といえる。

 

 

 言われてみれば、竜王国行きという提案はなかなかに悪くないように思える。

 そんな思考の天秤が傾きかけているベリュースへ、クレマンティーヌは駄目押しとばかりにさらに言葉をつづけた。

 

「それにさあ。知ってる? 竜王国を治めてるのって女王なんだよね」

「ああ、聞いたことはあるなあ……ん? な、なあ、もしかして……!?」

 

 ハッと息をのむベリュース。

 クレマンティーヌはにやにやとした笑みをその顔に浮かべる。

 

「えへへ、そういうこと。あのさあ、その竜王国の女王様……やってみたくない?」

「い、いや、そりゃやってみたいけど……でも、いくら国がビーストマンに襲われて混乱してるったって、女王といや、さすがに厳重に守られてるんじゃないですかい?」

 

 ベリュースの懸念は当然だ。

 確かに国は未曽有の危機に陥り、混乱していることだろう。各都市の警備は外から襲い来るビーストマンへの対策や警戒でいっぱいであり、街中の犯罪への対処は後回しにされていることは予想がつく。

 ましてや、街から街へ街道を行く者の安全などとてもではないが保証していられるものではないだろう。

 

 しかし、それはあくまで地方の情勢。

 たとえ末端が困難に陥ろうとも、国家の中央にして王の住まう首都においては、とてもではないが緩んでいるとは思えない。それどころか街中すべてがピリピリとした警戒感に包まれ、なにか不審な行動をしようものならすぐさま衛士に報告がいき、そして法に定められた以上の過酷な尋問の餌食にすらなりかねないのは確実だ。

 そんな状況の首都で、さらにほぼ間違いなく警戒が最も厳重であろう女王を襲うというのは、あまりにリスクが高すぎる。

 

 だが、そんな心配に顔を曇らせるベリュースに対して、クレマンティーヌはさらににやりと笑った。

 

「あのねー、城ってものはね。いざって時には王族が秘かに逃げられるよう秘密の抜け道ってものがあるもんなのよ。そんでー、私、漆黒聖典として何度か派遣されて行ったことがあってさ、法国のお偉いさんから、その秘密の抜け道のこと聞いてんのよね」

「おおっ! じゃあ、マジで……!?」

「そ。こっそり王族の居住区まで忍び込めるわよ。えへへー、その竜王国の女王ってどんな奴か知ってる? 竜の血を引いてるってことなんだけど、見た目は一〇歳くらいの女の子なんだよー」

「ふへへ、そりゃあすげえ」

 

 雲をつかむようなものから一転、現実味が出てきた話にいつもの調子を取り戻し、下卑た笑みを浮かべ舌なめずりするベリュース。

 

 

 不意にその馬車が大きく揺れた。

 突然のことに「わっとと!」と驚愕の声と共に、ベリュースは座席にしがみついた。振りかえれば、仕切り窓の向こうの御者席では、聞こえてきた話に興奮したスタッファンが半ば立ち上がり、馬車を引く馬の手綱を力任せに振るっていた。彼とて別に幼女を相手する趣味は無いのだが、伝説の竜の血を引くという王族を痛めつけ、蹂躙するという行為を想像し、いてもたってもいられなくなったのだ。

 

「おいおい、今、急いだってしょうがねえだろうが」

 

 口ではぼやきつつも、今、ベリュースの顔は目指すべき新たな夢を見つけ、キラキラと輝いていた。

 

「よっしゃ! じゃあ、この次の目標は竜王国! そしてその女王様だ!!」

 

 馬車のドアを開け放ち、ベリュースは陽光に照らされ草いきれの香る草原に向かって力の限り叫んだ。

 

「行こうぜ、皆! 待ってろよ、ロイヤルろりまんこー!!」

 

 スタッファン操る馬車が速度をあげ、その後ろをついてくる馬車に乗っていたゴブリンらもまた、自分たちの主のあげた鬨の声に歓声を上げた。

 ベリュースの言葉を聞いたクレマンティーヌは「ロイヤルろりまんこってなによ!」と馬車の中で腹を抱えてゲラゲラと笑う。

 

 

 

 そんな仲間たちの浮かれ騒ぐ姿を見て、放心し、抜け殻のようだったザックの顔に笑みが形作られた。

 

 ザックは笑った。

 いまだその顔は強張っていたが、胸の奥から湧いて出る暖かな気持ちのままに笑った。

 笑いながらも、涙が止めどなく流れ落ちた。

 二度と取り戻せぬ過去に――決してまっとうに生きてきたと胸を張れぬ、罪にまみれた己が人生に――いかに悔いようとも実の妹であるリリアとはもう会えぬのだろうという現実に――はらはらと涙がこぼれた。

 

 だが、そうして泣きながらも、ザックは笑った。

 仲間たちと共に、ザックは笑った。

 

 

 彼はかつて一人だった。

 

 貴族の圧政に虐げられる貧しい農村の人々。

 過酷な環境の中でたった一つの心のよりどころだった妹はどこかに売られてしまった。それを知っても、かと言って彼は妹を取り返しに旅立つことなど出来なかった。

 徴兵により強制的に帝国との戦争に駆り出された。そして、戦争が終わると雀の涙ほどの給金を貰い、収穫期を逃した畑の待つ村へと戻された。

 そんな出口のない生活から思いきって逃げ出し、そして半ば野盗のような傭兵団に加わった。

 

 だが、どこにいっても、どこまでいっても、彼は一人だった。

 

 しかし、今は違う。

 今のザックには仲間がいる。

 共に笑い、共に泣き、様々な苦楽を共にする仲間たちがいるのだ。

 

 こんな生活はいつまでも続かないだろう。

 いつかは終わりが来る。

 そうなったら、きっとひどい目に遭うに違いない。

 

 だが――そのいつかが来るまで、自分は皆と一緒にいよう。

 

 

 

 ベリュースは馬車から身を乗り出し、その拳を真っ青な青空とはるか高くに浮かぶ白い雲へと突き上げた。

 

「ひゃっほー! 俺たちの夢はまだまだ終わらねえぞーーー!!」

 

 

 叫ぶベリュース。

 その声は遮るものもない大空へと響いた。

 

 

 

 そんな澄み渡る海のように青い空。

 その中にたった一滴墨を垂らしたかのような、漆黒の姿を持つ悪魔が羽ばたいていた。

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