サチコがバーバラという来客者を連れてきた。冒険者と名乗っているが、従者と剣のせいで勇者以外ありえない。そうでなくても、クルックーには法王だけが仕える神魔法がある。娘が出来てから初対面の人に会う際には必ず使っているため、間違えようがなかった。
従者も含めた五名は席に座り、バーバラの向かい側にいる家主が口を開いた。
「先程は失礼しました。勇者様が来たので驚いてしまいました」
「やっぱりバレバレかぁ……」
「えっ、バーバラさんって勇者なんですかー!?」
ここで初めて、サチコは事の重大さに気づいた。前のめりになって少女をまじまじと見る。
「うん、私は勇者でもあるの。あんまり広める気はないけどね」
「は、はわわ……勇者様を連れて来ちゃうなんて……私、なんてことを……」
バーバラは頭を掻いた。勇者としてよりも冒険者で名を上げたいためにやってるのに、すぐ勇者勇者言われる現状は不本意だ。
「前の時も大人達に勇者って言われちゃったし、勇者って隠せないのかなー」
「その剣と従者は目立ちますよ。見る人が見れば勇者と一目瞭然でしょう」
「うーん、コーラが目立つねぇ……」
ぺしぺしと、コーラのフードを叩く。バーバラ目線ではあまり目立たず、気づくといるように感じる。実際のところとしても目立たないのだが、勇者災害の記憶が焼き付いている人間からすれば恐怖と死の象徴だ。一目で身構える。
「自己紹介が遅れましたね。私はこの村の村人で、クルックーと言います。隣の人は茶飲み友達で、私の親友の、ミルキー・トーさんです」
「………………ふむ」
わざわざ琴線に触れる事を並べて嘘を吐いた。ミラクルはあと一押しという表情だ。
「闘神都市は私も見てました。良かったですよ」
「うむ、まあいいだろう。余はミルキー・トーだ!地に伏して崇める事を許すぞ!ふははははは!」
これからクルックーのやる事は見えた。自然体のバーバラという少女を間近で見ようということだろう。自然、勇者のお供とか従者という扱いになるため、ミラクルに配慮したのが今の対応だった。
「偉そうな人だなー……二人は何をやっているんですか?」
「村人と」「一児の母だな」
息がぴったりな暗躍コンビだ。鋭い目線をコーラに飛ばすのを忘れない。何か聞きたければ喋るな。そう言っていた。
(まぁ、私としても聞かれなければ喋りませんけどね。面倒ですし)
冷えた麦茶を口につけて、コーラは貝になると決めた。今の勇者をどうこうするつもりは起きない。それよりも自分に有益なものを彼女達は持っている。
「まずは冒険者としての依頼ですね。盗賊が少し遠くですが出現するようになりました」
「おおっ! それは私にぴったりですねー!」
バーバラは腰を浮かせた。雑魚狩りをして、感謝されて、お金を貰える。場合によっては盗賊の宝も奪える。お金のない冒険者にピッタリな仕事が来た。
クルックーは机にある地図にいくつかの赤丸をつけて、盗賊達の居場所を示していく。
「この近くで大きい山岳があったでしょう?
「なるほどなるほど! それを私がスパッと解決すれば……!」
「私達の村も感謝されて、良い事づくめですね。ただ、冒険者に依頼をして解決をしただけとなると風聞が悪いので、バーバラさんと一緒に私達がついていっても宜しいですか?」
「勿論ですよ! 私が全部ばさーっと切って退治しちゃいますから安心してください!」
胸を叩いて自信満々に依頼を請ける。高位の魔物ですら歯が立たない勇者にとっては、赤子の手を捻るようなものだ。
「アルカネーゼさんが帰ってきてからやろうって事にしてましたけどねー、勇者様がいるなら早めても大丈夫ですか」
ほんわかとしたサチコの呟きに、クルックーが頷いた。
「私、ミルキーさん、サチコさん、バーバラさんの四人で行けるでしょう」
「ええっ……立ち合いだと思ったら、皆さんも盗賊退治に参加するんですか!?」
見た目だけではただの主婦達、どれも一般人のようだった。てっきり村人達から代表で腕に自信がある人が来ると思っていたのに。
主婦達は一切気にする事なく、自分達が参加する前提で役割を明かしていく。
「昔は冒険者だったんですよ。私達全員多少は出来ます。私はヒーラーですね」
「私はガードですよー」
「余はソーサラーだ。バーバラがファイターならちょうどいいな」
「う、うーん……」
ただの盗賊退治だと思っていたら有閑マダム達の護衛になった。バーバラの中で少し難易度が上がった。
(のほほんとしてるし……この人達盗賊退治を何だと思ってるのかな。舐めてない?)
負ければレイプでは済まない。命も含めた全てを搾り取られるのだ。罠だってある。いくら勇者になっても全てを守れるような自信は無い。
「……一つだけお願いがあります。私が大体全部やっちゃうので、昔ちょこっとやってたとしてもあまり頑張り過ぎないでくださいね!」
「勿論です。皆やれる事をやりますがほとんどをバーバラさんにお任せします」
「今回はバーバラの前では目立たない事を約束しよう。現役の勇者は楽しみだな!」
「弁当は任せてくださいねー」
相も変わらずピクニック気分。良く言えば全く気負いがなく自然体だが、バーバラには平和ボケにしか見えなかった。
そのままクルックーは成功した時の話まで進めていく。ただし、これは勇者の分析に近い。
今代の勇者はどういう勇者なのか。それが一番重要だ。
「ここからは言葉遣いは素でお願いします。無理してそうなので」
「い、いいんですか?」
「その方がバーバラさんの事が良く分かりますし、これから一緒にパーティを組む立場ですから遠慮はいりませんよ」
「それだと助かるわー……いやー、正直疲れる……」
バーバラは肩の力を抜き、冒険者の体裁から一人の少女に戻った。大人相手に気を長く張るのは辛い。
「それでは報酬の話ですね。ただし、その前にいくつか質問があります。バーバラさんにとって一番欲しいものが変わりそうですし、出来れば用意したいので」
「goldが一番よ? ……おおっ!」
クルックーが『まとまった額のお金』を取り出すと、勇者の目の色が変わる。
価値観その1、お金大好き。赤貧に苦しんでいるバーバラにとっては当たり前の話だ。
「その反応だけで十分ですね。ではこれは前払いにします」
「え、ええっ!? これって結構……」
「裕福とまではいきませんが、貯えはありますので」
クルックーはそのままバーバラの方にお金を渡した。それだけで勇者が飼いならせるなら、リーザスは大陸の統一が出来る。それはそれで危うい。
「次に……バーバラさんは、どうして勇者になったんですか?」
「むむっ……んー……」
ここでバーバラは腕を組んで考え込んだ。裏切れない人はいる。
赤の他人に魔人や使徒の話はマズい。
「……どうやってなったかは話せないけど、理由なら一つ。強くなれるから」
「魔人や魔王を倒せとか、そこの従者に言われませんでした?」
「言いましたよー、でもねぇ……」
「世界の危機を救うとかそんなの知った事じゃないわ。資格があって、簡単に、早く、強くなれるから勇者になったの。勇者の務めとか全部やる気ないからー」
ドヤ顔で、勇者として最低な発言をした。全く悪びれずに話を続けていく。
「だから私は勇者って名乗らない。冒険者である私にとって、勇者はお金を稼ぐ為の道具よ!」
「え、えー……」
サチコも若干引いた。ここまで俗物的な勇者だとは思わなかった。しかしクルックーにとってはむしろ安心出来る答えだった。
「なるほど。勇者と言われる事に抵抗があるのは勇者災害をやったゲイマルクのせいですか。あれから10年、未だ恨みを持つ人も多いですね。一千万人以上殺しましたから」
「え、ええっ!? 嘘でしょ!?」
腰を浮かして話を疑う。最悪の勇者だとは思った。いくらなんでも桁が間違ってないか。
「前代の勇者は人類史上最多の人殺しですよ。彼のせいで勇者の評判は地に堕ちました」
「あーもう、ねーさんが恨むわけだわ。多少は隠してたの、正解だった……」
「冒険者として成功したいバーバラさんにとっては、勇者は隠したい肩書きになりそうですね」
「うー…………」
バーバラは机に突っ伏して呻く。ばたばたと落ち着きのない動きを大人達に晒している。
ラッキーだと思ったら、前代の勇者がブランドを散々に汚していた。こんなの詐欺だ。
「ふふ……くくくく……ふっ、そうか、そうか……」
ミラクルは勇者の道化のような姿に忍び笑いを漏らしていた。
「今代の勇者はこれか。いや、今代だからこそ、か……くくく……」
「一番平和、なのかもしれませんね。魔王がいない今となっては」
「…………は?」
基本的に黙り込んで、貝になっていたコーラが眉をしかめた。ミラクルは実に楽しそうに、勇者一行に変わった世界について明かしていく。
「魔王はもういない。魔王ランスが大怪獣クエルプランに継承しようとしてな、反発し合って初期化を起こした」
「あー、翔竜山に突っ込んで盛大に吐き出してましたけど……」
「それだ。クエルプランも元通り。近くにいた魔人達も巻き込まれて人間や魔物に戻る。最後に魔王魔血魂を壊して魔王そのものが終わった」
「………………………」
魔王システムの終焉。それは『
コーラの知識の中では、条件を確かに満たし得るものが揃っている。最大難易度の一級神がいるのだから、不可能ではない。
「な、なに言ってるのかわからないんだけど……」
「…………いつまでも、これが続くとは思えませんが」
「そういう
ルドラサウムが
「『楽しかったからまだ続けるよー! ネタバレ厳禁。出てこないでね』……だそうです」
「………………」
確かにコーラの主が言いそうな言葉遣いだ。
ゼスは穏やかだった。自由都市も平和そのものだ。幸せな人間が多すぎる。この状況が成立したとして、aliceが動かないわけがない。つまり彼女は動けない。神異変は今も継続中。
人間が、神を上回ったのだ。だからこの法王は穏やかな笑みを自分に向けている。
「いえい、ピース」
ついに二つの指を立てて勝利宣言までやった。
コーラは諦めて天井を眺めた。性悪女神と違って負の感情は沸かないが、戸惑いが大きい。
(状況は分かりました。でもこれ……どうするんでしょうかね?)
次にどうするべきか、まったくわからない。
新たな幕が開いたのにも関わらず、それを楽しむ観客はいない。もっと他の娯楽に気を取られて去ってしまったのだ。コーラがどうしようと、誰も見ていないのでは意味がない。
空白の思考の中で、隣のバーバラがちょいちょいと肩を叩いてきた。
「コーラ、ボーっとしてないで盗賊の居場所をこっちの地図にも書いておいてね。私はマッピングがまだ全然ダメなんだから」
それでも勇者がいる。神でも、人でなくても、勇者の従者という立場だけはある。
まだ仕事だけは残っていた。
「……はいはい」
コーラはリュックから地図を取り出して赤丸をつけていく。その後ろ姿には安堵の気配があった。数千年モノの社畜には、自由が目の前にあっても使い方がわからない。
コーラを作業に没頭させたバーバラは向き直り、これまでの話をまとめる。
「大体よくわかんない話だったけど、魔王はいない。魔人もいないって事よね?」
「そうですね。勇者に倒すべき者はいません。本当に自由ですよ」
「やったー!! 正々堂々冒険者として稼ぎ放題じゃない! なって良かったぁ~」
義務なし力だけは有り。勇者様様だ。
「バーバラさんの希望をまとめると、お金と勇者とバレないようにする道具が良さそうですね。この家では狭いですし、旅人向けの寝室を案内しますよ」
「あ、どうも! いい人だなー……」
「今の自由都市は細かく変更がありそうなので、私は暫く地図の修正をしていますね。先に行っててください」
クルックーは立ち上がり家を出た。バーバラはマッピングに時間をかけているコーラを放ってついていく。
「この村の旅人さんの為の寝室は教会と村長の家があるんですけど、村長は丁度不在でして教会になりますね」
そうしてクルックーが案内したのは、この村のサイズには不釣り合いな大きい教会だった。
大扉を開けると、バーバラの目に飛び込んでくるのは荘厳な祭壇。貴族が結婚式を行っても問題ないような高価そうな調度品。礼拝の為に座る椅子は年季が入っているが、だからこそ良いものであり、手入れも行き届いている。
「凄い……」
「神父さんが熱心なんですよ。この村の一番の自慢です」
二階席の天窓から光が差し込み、その中央に立つ女神の彫像の神聖性を増している。その彫像の足下まで届くような大きさの十字架。聖地カイズにあるものと劣らない、というかそのまま持ってきたような代物だ。
そして足下。赤いカバーがかけられた祭壇の上に、先客が十字架に肩を預けて眠っていた。
「誰かあそこで寝てるけど?」
「違います。あれが私達の村の……一番の目玉になるでしょうね。つい最近完成しました」
近づいてみると、その姿が人ではない事が分かった。法衣を着ているが、翼が後ろから生えている。剣と盾が近くに立てかけられている。何より、息をしていない。
「トリダシタ村の神父。ロードリングさんが信仰の果てに辿り着いた……女神alice人形です」
「……人形!? これが!?」
「145cm,等身大サイズらしいです。答えを得たと涙を流してここに安置しました」
まじまじと見てみると、自立せずに支えられている。力も入っていない。どこに人形な部分があるのか全く分からない。
「さ、触っても……?」
「どうぞ。信心故に不壊らしく、大丈夫だそうです」
バーバラは、おずおずと人形の手を触ってみた。
「あ、暖かいよ……どうやって……」
人肌の暖かさがあった。力を込めると、柔らかくも弾力を返してくる。様々な部位を触ってみても、人間と全く変わらない。骨のつき方、関節の曲がり具合、全てが自然そのものだ。
「ちょ、ちょっと失礼しまーす……ひゃぁっ……」
バーバラは興味本位で胸を揉んでみた。
貧乳だ。それでも女性特有の柔らかさが感じられる。少し力を入れれば指は潜り込み、ほんの少しaliceの胸の形を歪める。
そのまま上に指を這わせると、布越しに乳首の感触まである。どこまで力を入れているのか。
眠り姫は目を覚まさない。本物ではない人形なのだから当然だ。完成された美に対して、気づけば物凄く失礼な事をしていた。
「信仰か、奇跡か……もはやホムンクルスのようなものと言っていいでしょう。ある意味バランスブレイカーかもしれません」
「い、今にも動きだしそう……」
「これに収まる魂があれば、きっと動きますよ。ロードリングさんが言うには、神が入るのに相応しい器だと。凄く丈夫で、絶対に劣化しないと断言していました」
ミ・ロードリング司教、20年以上にも及ぶ狂気にも似た信仰の果てがそこにあった。
この世界で女神aliceの完全な再現に成功してしまった。クルックーから見ても違和感が無く、後に来たコーラが笑い出すほど完璧な出来だった。
「力だけは年相応の少女の力しか出せないそうですが……」
「いやいやいや……こんな人形見たことないわ……いいもの見させて貰いました」
礼拝堂に思わず頭を下げた。こんなものを作るとは、信仰心って凄い。感動するしかない。
「冒険者用の寝室はこの先にありますよ。客人と伝えておきますので、今日はこちらでくつろいで身体を休めて下さいね」
「あ、はーい♪」
クルックーが指差す方へと、バーバラはスキップして向かう。扉を開けたらパリティオランの宿に負けず劣らずのゆったりとした作りだった。
教会が豪華なら寝室も十分。今日は村の郷土料理で舌鼓を打てそうだ。
「うーん……勇者になってから良い事づくめね!」
荷物を置いてベッドに飛び込む。ベットはバーバラの体を柔らかさで受け止めてくれる。
これまでの旅は、失敗しても助けてくれる人がいた。戦えば無敵で頼られる。
勇者は困難なく成功が約束されている。魔王や魔人までいないらしい。
「ああ~~~~幸せぇ♪」
バーバラは幸福を噛みしめてくつろいだ。
明日からは盗賊退治、勇者には楽勝な、簡単な盗賊退治が始まる。
クルックー・モフス lv40
トリダシタ村の村人。技能レベルや細かい諸々を見抜ける能力がある。
今回の盗賊退治のヒーラー。
神魔法3 冒険1
サチコ・センターズ lv49
トリダシタ村のパン屋、村長の娘。一部ではSSと呼ばれる。
世話焼きが良く、割と誰とでも仲良くなれる人。
今回の盗賊退治のガード。
ガード0 パン1
ミルキー・トー lv66
クルックーの友人で自称世界の覇者。
盗賊退治でソーサラーをやるらしいが、どれだけ役に立つかは分からない。
魔法3,魔法科学1,付与1
ミ・ロードリング
辻ヒーリング中。手には1/6alice人形がある。
1/1程ではないが人形としてはスチールホラーレベルの超クオリティ。
悪霊から解放されたが、頭髪は手遅れだった。
1/1 女神alice人形
ロードリング司教が信仰の果てに完成させたもの。神経回路、内臓、その他全てにおいて完璧。
動き出すことはない。魂がない。そこに相応しい魂など一つしかないから今後も動く事がないだろう。あるとしたら、その魂に相応しい持ち主の肉体が崩壊した時だろうか。
誰かの夢が詰まっている。
我が栄光よ、鳴り響け。
ゲイマルク大殺戮の予想はちゃんとあります。既存設定で50%到達可能な手札が存在します。
バーバラはこれのお陰で10年経っても逡巡モードです。先代の勇者が頑張ったからね。
盗賊退治の始まり。次回、18~20には